深宴

第10話



著者.ナーグル
















(待って、連れて行かないで! マユミを、マユミを…)

 連れ去られるマユミを追い掛けようとアスカは暗がりに飛び込み、そこで途方に暮れた。
 しばらくは弱い光でもわかる怪物の粘液が道すがら地面にこぼれ、そして足跡が残っていることが見て取れた。だが、少し先に進んだところで、地面が固いアスファルトの残骸となっていた。

 足跡は勿論残らず、弱い光では濡れた黒ずみは見分けられるはずがなかった。

「そん、なっ」

 ガクガクブルブルとアスカの体が震え、痺れたように四肢に力が入らない。

 失われた―――。

 仲間の、友人の、そしていざとなった時の囮の…。マユミは失われてしまった。
 恐らく永遠に。
 それもアスカの判断の誤り、いや、濁った欲情のためにむざむざと。

「はっ、はぁっ。はぁっ。ま、マユミ…。わ、わたしの、私の…所為なの? 嘘、違うわ、そんな、事…」

 単なる自己肯定。それが間違っていることは、呟いたアスカ自身がよくわかっていた。マユミは、彼女自身の選択と判断によって、永遠に怪物の花嫁となることが決定付けられたのだ。

「うっ。うぐっ。くっ……」

 胃と食道を蠕動させる吐き気を、粘ついた唾液と共に飲み干し、アスカはマユミの消え去った方向とは違う暗がりを見つめた。この位置に来たことで気がついたが、うっすらと闇に浮かぶぼやけた線が見える。斜めに地面から上方に向かっているあの線は、恐らく線路の盛り上がりかそれに類するなにかだ。

 マユミの置き土産だろうか。もちろん、そんなわけがない。だが、アスカはそう思うことにした。
 仲間を見捨てたことは決して許されない。許されるはずがないし、自分が自分を許せないのはわかっている。

(だけど、そんな私にもまだできることはある)

 レイと、マユミと、そして恐らく、マナを犠牲にした上で、唯一彼女だけが虜になっていない。
 そんなアスカに出来ることは、地上に脱出し、三人を助けに戻ることだ。教祖をとらえて地上の捌きに掛け、怪物達は一匹残らず蹂躙する。

(それまでは…。脱出するまでは…)

 そう、たとえ友を裏切ることになっても、人間としての尊厳を捨てることになっても…。


 アスカにとって幸いしたのは、線路にたどり着くまでに予想以上の時間がかかったことにあった。
 怪物達の大半は、当初こそ意気込んで線路を巡回し、駅周辺をうろついていたが、肉体的には人間に過ぎない教祖が休息のために一時退散したのを皮切りに、飢えと疲労で散り散りとなり、一人、二人と歯の抜けた櫛のようにその場からいなくなった。

 もし彼らが当初の勢いそのままに屯していたら、アスカは行くに行けない状況に臍をかみ、ついには怪物達の人海戦術に捕縛されていたことだろう。
 耳が痛い程の静寂の中、人気のないひっそりとした駅の廃屋をくぐり抜け、ざらついた礫岩で固められた線路をアスカは進む。地獄の餓鬼よりも惨めに、目立たないように身を潜めてアスカは線路を歩き続ける。ともすれば大声を上げて駆け出したくなる程の焦燥感に襲われる。

(ダメ、今騒いだら、みつかったら、今までの苦労とみんなの犠牲が水の泡よ)

 一歩一歩、着実に地上への道を進むアスカ。

 だが、やはりそう簡単にアスカの脱出を許す程、この地下帝国の掟は甘くはないようだ。ふと、物音に気がついて彼女は背後を振り返る。何も見えない。空虚な闇とカビくさい空気だけが渦巻いている。
 空耳か…一瞬そう思ったが、すぐに暗闇の中で異様に響く重低音が、今度はハッキリとアスカの鼓膜を震わせた。

(見つかった―――!!)











 電車の冷たい床の上で、アスカは力なく横たわっている。
 とらえられ、引き倒され、側頭部に強い一撃を受けて意識朦朧となったアスカはもう立ち上がることだって満足に出来ない。腰の後ろに回され、ひとくくりで縛られた手首が鈍く痛む。濡れた麻縄がきりきりと絞り込むように食い込んでくる。

(痛い…こんな、風に、縛る必要なんてないのに…)

 縛られていなくても、孟冬としていなくても、体力も限界だった。逃げようたってもう逃げる気力もない。
 体力だけでなく、捕まってしまったことで張りつめていた彼女の精神の糸も切れてしまっていた。

「う、うううっ。ううっ。くぅ、くっ…く…」

 負けた。あれだけの犠牲を払った戦いは、結局アスカ達の負けに終わってしまった。
 乾きに苦しんでいても、涙が溢れて止まらない。

 捕まるまでの10分間、戦って戦って戦い抜いた。最初に襲ってきたのは、体重が500kgにも達しようかという、全身を装甲で固められた人間蜘蛛。異常発達した肋骨を足代わりにして歩き回る最強の支配者、通称『肋骨』だ。
 顎は昆虫のように左右に割れ、金属質の牙が何もかもを噛み砕いてしまう。
 勿論、ただの人間に勝てる相手ではない。
 肉は噛み裂かれ、骨は砕かれ、内臓と血を啜り出される。勿論、アスカは女だからそうなる前にたっぷりと柔肉を味見されてしまうだろう。アスカが発狂してしまうその時まで…。

 だが、アスカは力なく逃げ回るだけの存在ではなかった。逃げる途中で見つけた鉄パイプとアルミ棒を削り、その粉を混ぜた物をビニール袋に詰め、万一の護身用の武器として用意していたのだ。テルミット反応という言葉とそれが意味する物を知らない肋骨は、激しく顎を噛みならした瞬間に、脳を沸騰させてその生涯を地響きと共に終えた。

 続いてアスカに襲いかかったのは、垂直の崖をひょいひょいとこれまた蜘蛛のような身ごなしで登りきり、アスカに飛びかかった支配者『目』だ。
 体高50cmほどの、頭部と一体化したダルマ型の胴体に、長さ1.5mを超える手足の区別ない四肢を備えた怪物だ。蛙じみた顔に目と口、そして股間の生殖器ばかりがぎょろぎょろと大きい。絶対の自信でアスカに襲いかかった目は、アスカが拾い集めた、期限切れだったがどうにかガスの残っていたスプレーと携帯着火器具を使用した即席火炎放射器からの火炎を浴びせられた。垢で汚れた肌を焦げ付かせ、異臭を撒き散らしながら目は一声甲高い悲鳴を上げると、全身に粘つく炎をまとわりつかせたまま、崖下に落下していった。
 頬を突き破る程の乱杭歯をはやした『歯』、異常発達した脳の松果体が額を突き破りカタツムリの角のようになっている『触覚』など、その他の支配者がアスカを襲ったが、いずれも返り討ちにあった。

 アスカの脱出を阻む物は、彼女を止められるものは何もない。
 そう思われた。

 しかし…。

 彼女を轢いても構わない、そんな勢いで電車が背後からつっこんできた。
 脇に避けたアスカの横をすれ違い様、開いたままの扉から『豚』、『魔羅』、『舌』といった支配者とその奉仕者達を吐き出した瞬間、彼女の戦いは終了した。











 連結器から外され、1両だけの電車の中にいるのはアスカとニヤニヤと笑っている教祖の二人だけ。
 車両の周囲を、支配者と奉仕者達の一団が興奮にミャアミャアぺちゃくちゃと人間外の言語で囀り会っている。

「大した物だ。かつてここまで逃げおおせた者はいなかった。しかも、ただ逃げるだけでなく同士達のいずれかを殺せるような者など、皆無だった」
「なにが……言いたいのよ」
「いや、素直に誉めているんだよ。惣流・アスカ・ラングレー」
「私が、誰かを…」
「勿論、知っているともさ」

 確かめるように、一言一言をゆっくり言うと、教祖はじっとアスカの額を見つめた。
 視線をそらしはしないが、居心地悪そうにしているアスカを見る彼の顔は至って真面目だ。あと数百メートル、それでアスカは逃げ出せたわけではないが、地上の人間が普通に出入りする場所、その入り口にまで達することが出来たのだ。
 その一点だけを持っても、アスカの行動は賞賛に値する。

 そう、その美貌を抜きしても、だ。

 蜂蜜色をした豊かな金髪、白人の血か、透けるように白さと血色のよさを際だたせるきめ細かい肌。
 モデルを一時やっていたと言うだけあって、本職顔負けのスタイルのよさ。あの足の長さと肉付きの良い太股はそれだけで情欲をかき立てさせる。日本人的な面立ちをしながらも、青い瞳を備えた妖精めいた美貌の持ち主だ。

 疲労でやつれ、病で歯の抜けたネズミ並みに薄汚れていてもアスカの輝きは些かも衰えてはいない。第三新東京市、いや世界レベルでベスト10に数えられるほどの美女だ。まともに性欲を持つ男なら誰死をも誘惑する魅力に満ちている。

 美しさだけでなく、知性、権力、名誉、資産、ありとあらゆるものを持ち得た現代の女神。
 それが、社長とは名ばかりでネルフにこき使われる、私鉄の社長とは名ばかりで資本の大部分を融資でまかない、下請けとしてこきつかわれている人間に組み敷かれ、良いように弄ばれる!
 噂ではアスカはネルフのトップである碇シンジの愛人とも、まだ発表されたわけではないが婚約者として最も有力な人間とも言われている。
 そんな女を蹂躙する…。極上の、肉汁滴るステーキを前にしたような唾液が、知らず知らず教祖のヤニ臭い口中に溢れた。

 一度は逃れたと思っていた小鳥だからこそ、この手に戻ってくるとなお愛おしい。
 双眸をゆるめて彼は口元を舐めた。

 だが、やすやすと彼女は屈服しまい。
 下手に手を出せば舌を噛む覚悟すら持っているだろう。数える程だが、そう言う人間も今までの犠牲者にはいたのだ。
 それを避けるために、あらかじめ歯を抜いておく、動けないように手足の腱を切ってしまう、という鬼畜めいた処置を執ることも考えたが、彼はアスカをアスカのまま隷属させたいのだ。アスカだったモノを手元に置いて悦に入る程、退廃していないと自負している。

 怪物達に輪姦されるか、それとも自分の妻になるかの二者択一を迫る…。
 当初はそう考えていた。いかにアスカでも、あの怪物達に言いようにされるのを望みはしない。わずかでも、脱出の可能性と生存の可能性が有れば、自分の妻の一人となることを選ぶだろう。そう思ったが、明日の贖罪として運ばれていく肋骨達の亡骸を見ると、とてもそうなるとは思えない。
 アスカは綱をつけておけない山猫だ。決して飼い慣らすことは出来ないだろう。

(食いちぎられるかも知れない)

 それはさすがに遠慮したい。

 ならばどうするか。
 薬を使うか、飢えさせて屈服を誘うか…。
 いや、あくまでアスカをアスカのままで手中にしたい、それでは元の木阿弥だ。



 オオオオォォォォ………



 彼が躊躇している時、天啓のようにそれは起こった。空気が唸っている。断末魔の鳥の羽ばたきのように不吉に。
 周囲でざわめいていた支配者達が、一斉に顔を見合わせ、戸惑ったように電車と遠くの闇の中を見つめて囁いている。ざわめきとかすかな地鳴り様な音を聞き、教祖は今日が66日目であることを悟った。

「神が目覚めたか…」

 そうだ、アスカに神を見せよう。そして地下世界の秘密を教えよう。
 壮健な人間でも、下手したらショックで正気を失いかねない地下世界の真実。私の妻なった方がよっぽど幸せだと考えるに違いない。

 この街の本当の意味での支配者と彼らが崇める神だ。

 彼女以外の全員、レイとマナ、そして捕まったと報告のあったマユミの運命を知れば、アスカも考えを変えるだろう。
 にやり、と無精髭が生えた口元を歪めて教祖は微笑んだ。

「ミス惣流。神に会いたいと思わないかね?」

 鬼畜の笑みで教祖は言う。骨から肉を剥がされるような焦燥感がアスカの胃をねじった。











「どこに連れて行く気よ…」
「言っただろう。神の所へだと」

 芋虫のような格好で縛られ、指一本動かせない格好でアスカはいずこかへ運ばれている。擦り切れ、太股の付け根まで裂けたスカート、かき傷だらけで所々素肌が見える上半身。赤いドレスを殉教者のトーガのように纏ったアスカは、みすぼらしく惨めであったが、今の境遇には相応しい出で立ちと言える。無数の支配者達に見越しでも担ぐように無造作に運ばれている。冷たくざらざら仕立てから伝わってくる死の気配にアスカは戦慄いた。

 腐った肉、30日前の牛乳、ゲル状に溶けたチーズとその中で泳ぐウジ虫。腐った胸襟から腐汁と黄ばんだ肋を見せる。
 支配者達はウジ虫だ。地下の腐界を泳ぐウジ虫だ。

「神…。神なんているわけないわ。だいたい、この怪物達だって…」
「怪物ではない。支配者だ。この街を支配する私たち全ての支配者だ」

 教祖が支配者という時の、どこか馬鹿にして嘲る響きにアスカは鼻白んだ。別に怪物達に同情したわけではなく、何とも言えない胡乱なモノを感じたからだ。

 興奮に支配者達のざわめきは最高潮だ。聖夜に浮かれるカップルだってここまで露骨に昂ぶりはしない。ふと、アスカはサッカーファン達の狂乱を思い出した。
 彼らはほぼ全員がパートナーである女を抱えているようだ。暗闇の中でもこもこと女達の手足がひくついているのが見える。中には犯しながら歩いている者までいる。怪物の囁き、女達の意に染まぬ喘ぎが洞窟内に木霊して消えていく。
 なにやら期待に顔を輝かせる奉仕者、不安を押し隠せない新参の奉仕者。教祖は彼らの中でにやつきながらも緊張しているらしい。

(あの中に、レイや、マナや、マユミもいるのかしら)

 胃に穴が空くような絶望の中、アスカは目を彷徨わせた。聞き覚えがあるような喘ぎ声が一際大きく響く。
 この暗がりと喧噪の中で友人達を見つけ出すことは出来なかった。










 人と獣の集団は暗がりを抜けて瓦礫の山を踏み越えて進む。
 アスカが捕らえられたところから、30分近くは歩き続けただろうか。
 いつしか、アスカは異様な熱気を感じていた。空気は熱に脈打ち、ネズミの死体で埋まったどぶのような吐き気のする悪臭が立ちこめる。冷たい死者の骨のようだった岩肌も、いつの間にか両生類の引き剥いだ皮膚状の粘膜がべったりと表面を覆い、ぬらぬらと光っている。光…怪物達が持つ松明や懐中電灯とは別に、通路の奥は今やハッキリと、気のせいでなく青白く光っているのが見て取れた。

「どこに連れて行く気なのよ…。答えなさいよ」

 なにを問いかけても返事をしない教祖にいい加減焦れていたアスカだったが、その熱帯植物で一杯の温室じみた熱気と湿度は、アスカの呼吸を詰まらせる。もし臭いに色があったら、さぞや体に悪そうな色をしていたことだろう。そのうち、何を言っても教祖は答える気がないことを悟り、アスカは黙り込んだ。
 そして、喉に込み上げてくる吐き気を催す異臭。煙草を吸ったようないがらっぽさにアスカは首を振る。
 夢でも見ているような気怠い感覚に全身を締め付けられていく。


 ふと、アスカが気がついた時。世界が密かであることをやめていた。
 目の前が狭い通路ではなくなり、広く大きく広がっている。狭い胎内洞窟のような通路はいつしか大きく広がり、大きな、ドーム球場並みの広さがある空間になっていた。無花果の実…。
 だが、勿論そこは先の地震で陥没した地表部分などではない。本能的にアスカはそれが地震以前より存在していたところだと悟った。
 ゆらゆらとカゲロウのように揺らめく明かりは、支配者達が持ち込んだ松明のためだけだろうか。いや、こんな地下の閉鎖空間で松明をつけるなど自殺行為のはず。それなのに平気で火を使っていると言うことは、ここは閉鎖空間ではないのだろうか?
 この明かりは、もしかしたら地上から光ファイバーか何かで引き込んでいる…?

 ほぼ円形をした空間はすり鉢状に窪んでおり、うっすらと白く澱んだ水が溜まっている。さほど深くはなさそうだが、水が溜まっている範囲はかなり広そうだ。

(地底湖?)

 異様な臭気と壁や床のぬかるみの原因がこの怪しい地底湖であることをアスカは悟った。恐ろしいことに、黴が広がるように下水の油かすのようなヌルヌルは洞窟一面に広がっていっているのだ。今はまだ、影響は手の平と比べて小指の爪先くらいだが、いずれ地下世界全てに広がっていくだろう。そしてついには地上にも?

 混沌の汚れに呪いあれ!
 我知らず、アスカは心の中で叫んだ。彼女自身、ふと忘れそうになるがキリスト教徒である彼女は反射的に聖書にあるようなことを考えてしまう。鏡が無くて良かったと思う。自分の顔色はきっと見られたものではないだろう。

「見ないふりか? ちゃんと見て、神を目の当たりにした感想を是非聞きたい」

 顔面を蒼白にして、意図的に部屋の中心を見ようとしないアスカを教祖はせせら笑った。
 思った以上に強情なのか、いずれにしても抵抗する心が強いというのは結構なことだ。聖母マリアの貞操並みに強情すぎるのも考え物だが、簡単に堕ちられてはつまらない。

 アスカと教祖の乗った御輿を下ろすと、支配者、奉仕者の区別無く、次々と人間もどき達は空間の中央へ向かって行進していく。ぬめぬめしたぬかるみを踏み分け、足首、くるぶし、膝までも正体不明の粘液で濡らしながら歩き続ける。否が応でも、彼女の視線も彼らの進み行く先を見てしまう。

 それはそこにいた。
 柔らかく、穏やかな温もりの中、自らの分泌した愛液の海に浸されてそれは、確かにそこにいた。



(………使徒?)

 様々な形をした肉の柱が林立している海の中。
 最初アスカの脳裏をかすめたのは、かつて戦った使徒という怪物なのかという思いだった。すくなくとも、内蔵が絡み合うそのぶよぶよした巨大な肉塊は、知ってる限りでどんな生き物にも似てはいなかった。頭がどこかもわからない、いや、そもそも脳とか神経とかそう言ったモノはおろか、心臓などの生命維持の器官さえもあるのかどうか…。

 パッと見て、皺がない(かわりにヒキガエルの体表にあるようなぶつぶつが一面に浮き出ている)人間の脳みそに全体の形は似ていた。ただし、普通の人間の脳は直径が10メートルほどもないし、タコかイカのように大小様々な触手をはやしてはいないし、松果体にあたる部分が歪に膨れあがり、蠅取り蜘蛛のような黒光りする複数の目がついていたりはしない。その歪な六角形の目の間には、女性器に酷似したグロテスクな縦割れがブユブユと震えていた。
 腐敗と汚濁を煮溶かし、鋳型にはめ、悪徳が形を持った。

 使徒との戦いをくぐり抜けたアスカですら、呼吸を忘れてしまうグロテスクな未確認生物は、己の吐き出した不浄な液体のプールに身を浸し、支配者達が集まるのを待ち受けていた。

 支配者達が近寄るに連れ、丸太程もある8本の触手がのろりのろりと蠢き、ぴしゃりと水面を叩いた。泡と飛沫が澱んだ水面を波打たせる。
 喜びの歌を歌いながら、支配者達は両手を広げた。それは四肢が欠損していたり、人体でいることが出来なくなったもの達も含めてだ。そして彼らは驚きの行動に出た。

(女達を…)

 折角捕らえていた女達を、今もなお交合中だったもの達も含めて解放したのだった。
 いや、解放したと言うより、かき抱いていた手を離し、奥深くまで挿入していた生殖器を引き抜き、無造作に女達を水たまりの上に放り出したのだ。
 それは、アスカは知らないがマナを妻として中に取り込んでいた怪物、『皮膚』もまた例外ではなかった。卵の殻を割るように装甲と化した肋骨を開き、ぬめつく粘液で全身を濡らしたマナを産み落とす。割れた卵の殻からあふれ出る、白身を纏った黄身のようにマナは水たまりにこぼれ落ちた。

「これからが見物だ」

 教祖を一瞥し、再び視線を水たまりの中の女と支配者達、そして奉仕者達にアスカは向ける。
 奉仕者の中には支配者が解き放った女達の方を物欲しげに見ている者もいた。寸前まで犯され、肩で息をしている女達は艶めかしいが、もちろん、女達に手を出せば次の瞬間、鳩尾から内臓を掴み出されるのは目に見えている。
 それに、これから行われる祭典は…先だって禁忌を犯したが故に殺された老いぼれ奉仕者のような…臆病者には恐ろしいだけだが、恐怖を乗り越えた者には至高の快楽をもたらしてくれるのだ。

 支配者達、奉仕者達の区別無く、男達は思い思いに神の周囲の盛り上がりにまとわりつく。男性器に酷似したもの、無花果の実状の肉塊、丸い盛り上がり、芋虫状のもの、女が尻を突き出しような形のもの。支配者、奉仕者達は思い思いに自分の体型にあった肉塊に群がり、虚ろな眼窩のような穴や、蜜を滴らせる亀裂に、生殖器を挿入した。

『オオオォォォォ……』

 挿入の瞬間、亀裂は音を立ててぎゅっと男達の生殖器を絞り上げた。神経の束に快楽が絡みついていく。股間から全身を貫く快楽が男達の細胞を粉々に打ち砕いた。

『オウゥゥゥオオオオォッ!!』
『ギャオオオオオ―――ッ!』
『ギィアアアァァァァ!!』

 断末魔の痙攣に身もだえる男達は金切り声を上げている。そして水中に隠れていた無数の触手がイソギンチャクのように一斉に花開く。魂が汚染される快楽と引き替えに、触手達は男達の体に先端を突き刺した。指程の太さの白い細管が、瞬時に鈍く赤く染まる。血が、絞り出されていく。

「ひっ。な……なによ、あれ」

 快楽と引き替えに、血と精液を搾り取っていく。炎に炙られた蜂が流れ星のように地面に落ちるのと同じくらい確実に、男達は死に近づいている。だが男達は鉛色の肉塊とのグロテスクな交合をやめようとはしなかった。

『あ、あ、あ、あ、ああ、あ』

 男達の歓喜の歌に合わせて、部屋の中の肉塊も身悶えして歌っている。見れば、乾涸らびた鶏のレバー状だった神はいつしか体表に艶が蘇り始めていた。色もどす黒い鉛色から化膿した歯茎のような鮮やかな赤色へと変わっている。
 肉塊は水面下で触手の群れと繋がっている。いや、壁面や天井の脈動する壁とだってそうだ。となると、今アスカ達は怪物達の腹の中にいる…。

「そんな……そんな……」

 絶望とはこんな事を言うのだろうか。
 自分は、多分教祖と一緒にいるからすぐにどうこうなったりはしない。だが、怪物達でさえあんな目に遭うのなら、いや、怪物だからこそあんな目に遭うのかもしれないが、女達はどうなるのだろう。
 アスカの疑問を待ちかねていたように、水たまりの中に横たわっていた女の一人が驚いたような悲鳴を上げて跳ね上がった。遠目にもわかる長い黒髪の美女…。

「マユミ」

 全裸の親友に起こった運命を見守るアスカの吐息が、いつしか、艶めかしく熱を帯び始めていた。











 再び親友から裏切りの視線で見られていることに気がつくこともなく、マユミは一糸纏わぬ裸体を惜しげもなく晒したまま、中腰になってもじもじと膝を擦り合わせている。
 これだけの目にあっても外れていない眼鏡の下の血走った目は、瞬きすることも忘れてそれを凝視している。

「ひっ…あああっ! やっ、いやぁぁぁっ、入っちゃ、だめっ!
 だ、だめぇ…」


 髪を振り乱して彼女の上半身が跳ね上がると、粘液に濡れた乳房が大きく揺れ動く。
 股間に両手を伸ばし、まるで膝立ちで自慰をしてるように見えるが実際は違う。マユミの両腕は必死になって秘所に潜り込もうとする細長い物体を握りしめていた。蛇はさほど太くはないが細長い胴体をくねらせ、頭を支配者の精液で満たされたマユミの膣内に潜り込もうとしてくる。
 どんなに強くきつく掴んで爪を立てても、それはじりじりとマユミの胎内に潜り込む。

「んくっ、あああ、あ…ああっ」

 ほんのわずかにマユミの腕から力が抜けた刹那、マユミは膨れあがる胎内の異物感と虚ろになった両手の感覚に目を見開いた。細い尻尾の先が、マユミの秘所から僅かにのぞいていてブルブル震わせながらゆっくりと胎内に消えていった。

「う、嘘…」

 大人の親指程の太さをした全長30cmほどの異物が胎内に潜り込む。ヌルヌルした体表面が膣内の襞や壁に絡み、吸い付いてくる。その感覚はあったが、当初マユミが予想した衝撃はまだ来ない。

(あ、ああ、いやぁ。やだ、こんなの…)

 彼女が覚悟を決めきれない数秒後、それは唐突にマユミの全身を仰け反らせた。



 ズクン


「はっ、う………ぐっ!」

 膝立ちの姿勢のまま、胸を誇示するように大きく背筋と首筋を仰け反らせ、マユミは声にならない悲鳴を上げた。苦痛では勿論ない。予想を遥かに超える麻薬のような快楽が楔のように打ち込まれた。細胞にとけ込んでくるような蹂躙がマユミの膣と子宮内部を蹂躙していく。

「ん、んんん〜〜〜〜〜〜っ!」

 痛みで紛らわせようとしているのか、我知らず左腕は豊乳をきつく掴み、右手は異物感で盲腸患者のように硬直した腹に当てられる。

(い、いる…。私の、中に、なにか、蛇みたいなのが…そして、食べてる)

「ひき、ぎぃぃ――――っ」

 食いしばった奥歯がきりきりと音を立て、固く閉じた瞼から枯れ果てたと思っていた涙の滴があふれ出る。この正体不明な、白濁の海の中で泳いでいた巨大な精子にそっくりな生物は、男と交合しているような快楽と引き替えに、マユミの胎内を満たしていた支配者の精液を貪っている。いや、精子だけではない。

(あ、ああ……とられ、る。赤ちゃん…。お父さまと、私の、赤ちゃん…)

 まだ正気を失ったままなのか。怪物と化した父親との間に出来た不義の子供を奪われることに、マユミは涙した。
 まだ形にもならない着床したばかりの受精卵までも、この巨大な精子のような蛇に喰われている。確認したわけではないが、マユミは受精卵を奪われたことを悟った。実際に産んだわけでもないのに、これが母親になると言う感覚なのか。

「あ、あうぅ。ご、ごめんなさい…。お父さま、ごめんなさい、ごめんなさい…。赤ちゃん、私の赤ちゃん…守れ、無かった。うっ、ううっ」

 守れないばかりか、胎内で蛇が蠢くたびにマユミは背骨が折れそうな程に跳ね上げ、全身を小刻みに痙攣させて官能の渦に翻弄されてしまう。気持ちいいと言うより気持ちが悪い。だが、この髪の毛を触られただけで達してしまうような淫らな体は敏感に反応してしまう。
 不定の狂気の中、父親の妻となることを決めたはずなのに、それなのに、得体の知れない生物の蹂躙に浅ましくも反応し、乱れ狂ってしまう。

「あっ。ああっ、やめて、でてって…。お父さま、お父さま…ああ、私の、意志じゃ、ないの。はぅぅ、許して、嫌いに、ならないで…」

 いつしか自己憐憫と正当化が彼女をかえって追いつめるからだろうか。いつしか半開きになった口元からねっとりとした涎を垂らし、自ら秘所と胸を愛撫しながら、マユミは絶え間ない絶頂地獄に落ちていく。

「ああ、ああっ。はぅぅ、あぅ、あんっ。違う…の。んんっ…おとう、さま…ゆるひ、て」

 何度目になるかわからない絶頂に腰を突き上げながら、マユミは意識が混沌の闇に落ちていくのを悟った。だが、すぐにまた快楽によって無理矢理目覚めさせられるだろう。つい先程まで飽きることなく何時間も続けていた父親との交合のように。

「はぅ、う、ううん…。うっ…」

 最も長く耐えてはいたが他の女達同様、白い海で喘ぎ声を上げる雌の一人となったマユミは気づかない。
 快楽に浸されながらも、嫌悪の感情を忘れられないのか涙を流しているのは、彼女らしいところではあった。だが、彼女は泣いているが故に目を閉じていて幸いだったかも知れない。
 マユミが必死になって許しを請うていた父親は、妻となった娘の事を忘れて、一匹の獣となって赤黒い肉塊に腰を打ち付けていた。全身に無数の触手を突き刺され、体液を搾り取られながら。











 マユミだけではなく、少し離れたところではマナが四つん這いになって獣のような喘ぎ声を上げていた。小ぶりだが引き締まった乳房を張りつめさせ、手足をわななかせ、全身からぽたぽたと汗を流している。

「あうぅ。ぐぅぅ…。なにこれぇ、いい、いいよぉ…。こんな、なのに、凄く。いい、よぉ。でも、あの怪獣の方がちょっと、良い。ああ、でも、やっぱり、耐えられ、ないっ。気持ちいいのは、おんなじっ!
 ああ、あああぁぁぁぁ――――っ!」

 数匹、そうマナの胎内には数匹の蛇が潜り込んでいる。
 それが一斉に泳ぎながら精液を貪る快楽にマナは翻弄され、目に狂気の光を宿して恥も外聞もなく嬌声を上げ続ける。
 いつしか、より快楽を貪ろうと指先が硬く凝った乳首を摘み、粘液を擦りつけるように転がし始めていた。

「いい、良いよぉ。シンジ、シンジ、気持ちいいよぉ」











 3人の中で一番悲惨なのはレイかも知れない。
 本来なら犬の檻の中に一緒に閉じこめられて、ここには来ていないはずだったのだから。それが数名の支配者達に教祖の目をかすめて輪姦されていたが為に、神からの招集があったとき同時に連れ込まれてしまったのだ。
 輪姦されたレイは、口と言わず顔と言わず腸の中にも精液を吐き出されていた。
 それらを求めて、一斉に、蛇の群れがレイの体に絡みついていたのだ。

「んぶっ、ぐぅ、ふぅ、ふぐぅぅぅ!」

 真っ白な白子のような肌をさらけ出させ、レイの口に蛇が潜り込もうとしている。息苦しさに顔を赤らめ、必死になってレイは舌と歯で追い出そうとしているが、疲労して痺れたレイではその抵抗もそう長くは続かない。口中を舐めるように吸われ、精子の一かけも残さずぬぐい取られる。
 この蛇は精子を奪うのと引き替えに、感覚をぼやけさせる麻酔薬のような物を分泌させるのだ。

「う、ぐぅ、うぐ、ふぐっ。うっぐ、うっぐ、うぐ、ぐぅ」

 やがて、イヤイヤながらレイは胃の中に2匹目の蛇を受け入れなくてはならない。

(い、碇…くん。わたし…わたし)

 脱力し、ぺたりと座り込んだままレイは虚空を見上げていた。顔や胸にこびり付いた精液の残滓すらも蛇は求めてレイの体中を這い回っている。乳房に巻き付き、首に絡んでうなじを舐める。今も一匹の蛇が鎌首をもたげてレイの顔を舐め回している。蛇の口が精液を舐め取った後は、赤く艶を帯びて疼いていた。

「ぐふ、ふうぅぅ。あ、ああ、碇君、熱い…の。うあ、ああ、熱い」

 水深5cmほどの水の下では我先にと蛇が膣と尻を求めて絡み合っている。既に膣に2匹、後ろの穴に3匹もの蛇が頭を潜り込ませている。よほど大量の精液を吐き出されたからだろう。
 レイは自分がただの精液の詰まった革の袋にされたような気さえしていたが、今ではその考えが正しいのではないかとさえ思っている。精液を貪られるたびに、体は快感に突き上げられ激しく喘ぎ声を上げて身悶えする。

「ああ、うああぁぁ。碇君、碇君、碇君…」

 もはや自分が何を言っているのか、何を見ているのかレイはわかっていない。ただ幻影のシンジが厳しい目で自分の目の前に立っているのを見ている。
 ビクン、ブルブルと音を立ててレイの体が跳ねた。すっかり精液をぬぐい去られ、剥き出しになった玉のような肌は汗で濡れている。汗の滴が光の星となっておぞましい空間の中、それだけが美しく輝いた。

「はぅ、ああ、碇君、碇君。あなたの方が、ずっと、気持ちいいわ。だから、いや…ううん、んん…」

 いや、美しいのはレイだけではない。
 マユミも、マナも、女達はすべからく美しい。グロテスクな血の華となった男達と部屋中央の神がグロテスクすぎるだけかも知れないが。











「マユミ…レイ…マナ」

 瞬きも忘れてアスカは友達の嬌態を見つづけていた。そして支配者達、奉仕者達の酸鼻に満ちた有様も。
 こんな光景で興奮するなんて、自分にはサディストの素質があるのかも知れない。思い返せば14歳の時、理由もなく良くシンジをいじめていた。あれはうじうじしたシンジに、なんの苦労もなくパイロットとなったシンジに対する憤りが原因だと思っていたけれど、もしかしたら…。

 アスカの様子に誤解したのか、教祖が口元を吊り上げて呟いた。

「あのプールの中には、神が産んだ蛙の卵から生まれたオタマジャクシがたくさんいる。ただし、決して蛙にはなることが出来ないオタマジャクシだ。何百匹といるこいつらは、支配者達が放した女達の胎内に潜り込み、精液や、もしできていたら胎児や受精卵を貪り食う。女達はそうして腹の膨れない綺麗な体を保てるというわけだ。ただし、妊娠3ヶ月目ともなると大きすぎて喰うことが出来ないようだが。たまにいるそういう妊婦は見逃され、場合によっては出産することになる。もっとも、まともに生まれた化け物なぞ未だにいないがな。
 おおそろそろか。ふふ、これからが見物だぞ」
「…なにが始まるのよ?」

 甘いミルクのような濃厚な臭い。目眩のするような感覚の中で、アスカは教祖の言葉を待った。

「ノルマを満たせなかった者への懲罰さ」








 突然、男共に刺さっていた細い触手が引き抜かれ、一斉に姿を消した。
 体中から血を流しながら、男達はその場に昏倒するように座り込む。未だに夢の世界を彷徨っているのか、ぼんやりとした目をして、何が起ころうとしているのかわかっていない。
 神の触手が振り上げられた。

 太いミミズかゴカイのように無数の体節がある触手は、複数の支配者達を絡め取った。

 遠目で見つつ教祖が意外な顔をする。
 触手が捕らえたのは神の薫陶も篤く、肋骨の亡き今、間違いなく支配者達の頂点に立つはずの皮膚だったからだ。
 捕らわれたのは皮膚だけではない。

 皮膚の他に教祖が名前も知らない支配者(マユミの父)、胃とその部下の支配者達数人が捕らわれ、触手に胴体を巻かれてたかだかと宙に吊り上げられている。
 女達の中に、いてはいけないレイがいることを見て取り、大体の事情を察したのか教祖は心の奥底に救う邪悪を吐き出すように呟いた。

「ふん、女を犯すことしか脳のない馬鹿共が。女に吐き出しすぎたか」
「どういうことよ?」
「言ったろう。ノルマが足りてないと。神はあいつらの出す精液が薄いとご立腹だ」

 そして、馬鹿は神に喰われて終わるのさ。
 不気味な肉塊の中心が開き、鮮やかなピンク色をした口腔が剥き出しにされた。無数の白いトゲが生えた鋼鉄の処女。無造作にキィキィと悲鳴を上げて手足を振り回す皮膚の上半身がくわえ込まれ、ぞぶり、とアスカの耳に不気味な音を響かせた。
 轟く歓声、飛び散る内臓。皮膚には過ぎたフィナーレ!

 複数回の咀嚼の直後、上半身は飲み込まれる。皮膚は足りない精液と血の代わりに自らの肉と骨を捧げたのだ。
 下半身だけとなった皮膚は、そのまま紙で出来ているかのように放り捨てられた。神は皮膚の亡骸を一瞥もせず、哀れっぽい悲鳴を上げているマユミの父を丸ごと口に放り込んだ。歯が噛み合わされた瞬間、マユミの父の五体は引き裂かれた。内圧で飛び出た眼球と口から溢れる内臓。黄色い正体不明の筋が浮いた胃袋を口から舌のように垂れ下がらせ、彼は『ま…ゆ』と呻いたがそれで終わりだ。
 悪臭のする血液を撒き散らし、彼の首が娘の眼前に転がり落ちる。

「お父、さま」

 いまだ彼女を苛む快楽も忘れ、白目をむき、糸の切れた操り人形となってマユミはその場に崩れ落ちた。
 マユミの父に続いて、胃とその信奉者達が喰われた。それで惨劇は終わりだった。
 満足したのかぶゆぶゆと体を震わせると、神は体中の腫瘍からじくじくと白濁した体液をとめどなく溢れ去れ、水底の排泄口から、細長い寒天状の卵を産み落とした。アスカ達の眼からは突然、半透明の盛り上がりが水底を割って現れたように見えた。
 それを見て取ると、おもむろに教祖は立ち上がり、どこに持っていたのか拡声器を手にして声を張り上げた。

「神は満足なされた。支配者達、奉仕者達。卵とヒルコを集めろ」

 彼らは精液を吸って満足しきった蛇…。教祖の言葉を信じれば神のオタマジャクシ、ヒルコは今は水面にたるんだ体を浮かばせて身動ぎもしていない。
 それを支配者達は拾い集めていく。その一方、奉仕者達は卵の固まりに手を突っ込み、寒天状の皮膜を突き破ってその中のニキビの芯じみた卵を集めていく。だが、大量すぎてとても全部集めることは出来ない。
 そういった連中がヒルコとなって白濁液の海を泳ぎ回るのだ。

「もう察しがついていると思うが、そう、あれらこそが天使の精液の原料だ。卵とヒルコを磨り潰し、成分を絞り出し、精製することで作られている。そしてそれらを集めることが許されるのは、支配者と奉仕者たちだけだ。それも自らの精液と血肉、人間であると言うことと引き替えにようやく集められるのだ」

 そう、支配者なのだ。自嘲するように教祖は笑った。
 たしかに自分は彼らを支配しているように見える。麻薬で大金を稼ぎ、さらに第三新東京市の上層部、企業、政治家、官僚達などもこの麻薬に汚染され、今は少なくない人数が彼の、麻薬の卸元の言いなりだ。教祖は第三新東京市の過半数を支配していると言って過言ではない。
 だが、真実は違う。

 ひとたび麻薬の供給が滞れば、どんな恐ろしい禁断症状が現れるか。普通の麻薬とはワケが違う。中毒者に苦痛だけをもたらす禁断症状など有るわけがない。第三新東京市はパニックに襲われるだろう。そんなことになったら、彼だって無事ではいられない。

「支配者達を満足させ、途切れることなく、神の精液を作り続けなければならんのだ…。結局、私も、あいつらに使われているだけ。奴隷なのだ」

 支配者達は真実、この街の支配者なのだ。夜と闇と影の中で密かに、いじいじと蠢く…。
 会社を潰さないために、無理矢理宗教団体の教祖にされ、会社を乗っ取られ、ついにはこんな地下世界に引き込まれて彼らの衣食住と獲物を供給し続けなければならない。
 どこで狂ったのだろう、と思うのだが、こんな地獄のような生活の中で、多少の役得があっても良いではないか。

「さて、ミス惣流。いますぐ友達と同じ運命を辿るか、それとも私の妻の一人になるか…。決心はついたかね?」
「もし妻となる気があるのなら、これから君とセックスをしたいのだが。それも、電車の中で」

 きりきりと油の切れたゼンマイ仕掛けのような動きで、アスカは教祖の顔を見つめた。
 その魂の抜けた表情が全てを語っている。教祖は舌なめずりをしてアスカの頬に手を添えた。ビクリと体を震わせるが、アスカは抵抗しようとしない。
 そう、聡明なアスカならきっとこうすることがわかっていた。

 怪物達の中に放り込まれるのと、教祖の妻の一人となること。
 どちらがより生存の可能性が高く、そして脱出の可能性があるのかを。

「おぅおぅ。物わかりの良い。それでは、早速電車に戻ろう。痴漢プレイと言われてわかるかな?
 私はそれが大好きでね。そうそう、物わかりの良いご褒美に、君の友達も特別扱いにして上げよう。いずれ感染症を防ぐワクチンも開発される。ネルフ程ではないが、私の所の研究者もなかなかに優秀なのだ。いずれ君の友人達も、私の妻にくわえよう。
 …一度に四人も、と思ったので無造作に奴らにくれてやってしまったが。こうしてみると、支配者共にくれてやるには惜しすぎる美女達だ」

 教祖は慈しむ口調でそう言った。






初出2007/01/01 

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