深宴

第12話



著者.ナーグル
















 夢を見ているような…。
 どこまでもふわふわと舞い上がっていく高揚感がアスカの五体を指先まで満たしていく。

 やたらと激しいハァハァという喘ぎが聞こえる。ドクドクとこめかみを流れる血流の音さえ知覚できる程に神経が高ぶっている。
 壁紙の貼られていないコンクリート剥き出しの壁、寒々とした電灯の白い光。やたらと大きいベッドと汗を吸って冷たいシーツ。
 どこかよくわからない場所で、全裸のアスカは仰向けに押さえつけられている。あの電車の後、どこで何をどうしたのか彼女は覚えていない。ただ気がついた時にはこの部屋にいて、教祖に押さえつけられ、犯されていた。

 今もまた。

 彼女の腹に跨った全裸の中年男が、『あの』惣流・アスカ・ラングレーに命令をしている。

「ほら、ほら、もっと気持ちを込めて胸を動かせ」
「そんなこと、言われても。やったこと、ないのに……。こ、こう? ああ、ふぅ、んん、ふぅ…」

 殴る、はね除けるという抵抗の選択肢は既に無い。
 言われるがままに眼前に突き出され、胸の間に挟むことを強制された肉棒を柔らかな乳肉で愛撫することを余儀なくされる。つたない動きだが、それがまた教祖の征服欲を刺激する。いずれは、彼の指導よろしく商売女顔負けの技術を得るだろう。その時のことを思うと…。ゾクリとした快感が教祖の背筋を貫いた。プリプリした肉の間にテカテカと光る亀頭部分が飲み込まれ、擦り立てられヒクヒクと震える。熱に朦朧としながらもそれが意味することを悟り、ゾッとした物にアスカは襲われる。

「んっ……んっ……んっ……んっ……んんっ。も、もう、終わりにしてぇ。てが、痛い、のよ。休ませて」
「ほれ嫌がる前に手と舌を動かせ。今日はもう終わりにしたいのだろう」

 ぐすっ…。小さく鼻を鳴らすと、涙目のままアスカは僅かにのぞく亀頭に舌を這わせた。本人の望みとは裏腹に、彼女の舌は扇情的に動き、唾液と先走りを混ぜ合わせていく。乳房はアスカ自身の両手 ―― 左手の薬指に指輪を着けた ―― でこね上げられ、右に左にピンク色の乳首が振り回される。

「あう、んちゅ、ちゅぷ、ちゅぱ、ちゅぱ、ちゅっ、れろ、んんんっ…はぁ」

 嫌がりながらも連日の指導で覚えた舌技は教祖の肉棒に絶妙の刺激を与え、快感の刺激で痺れさせる。柔らかな髪を揺さぶりながら何度も肯くようにアスカは首を前後させる。激しい動作に息が詰まり、苦しさで肺が痛くなるがなぜかグロテスクな亀頭に舌を這わせることをやめられない。吐き気がする味なのに、奇妙に癖になっている。
 言われてもいないのに口をすぼめて亀頭をくわえ、うん、うん、と呻きながら舌で丹念に愛撫すると、ビクビクと口腔内で亀頭が痙攣した。身じろぎすると、さらさらと長い髪がシーツと擦れて音を立てる。

「ううっ! か、顔に、かけるぞ」
「ひ、ひゃだっ、髪にかけたりしたら、殺してやっ」

 唐突に肉棒が跳ね上がり、口から飛び出した先端がアスカの鼻先に擦りつけられた。赤いアスカの唇と対照的な、濃い紫の肉棒。見守るアスカの前で、色がより一層濃くなり、風船が膨らむように一回り太くなる。

「んんんん――――っ!」

 予想される白濁が口や目にはいることを嫌って、硬く目を閉じ顔を背ける。だが容赦なく、欲望の白濁液はアスカの顔面に吐きかけられた。

「アスカ、出るぞ」
「いやっ…!」

 頬に熱い粘りを感じ一瞬遅れて前髪が揺れた。
 頬や瞼、鼻、口元にねっとりとしたザーメンが降りかかり、柔らかな前髪にかかったザーメンがヌルリと糸を引きながら滴り、アスカの顔を濡らしていく。

「う……んんっ。あうぅ、く、臭い…もう、いやぁ」

 好きでもない男の悪臭はおぞましく、1ccだって吸い込みたくはない。そう思っても、愛撫で疲労しきったアスカの体は肩で息をして、少しでも多くの酸素を補給しようとしてしまう。内側から汚染されていく。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。ああ、も、もう、許して」
「なんのまだまだだ。今夜もアスカのマンコを味合わせて貰うぞ。ほれ、いくぞぉ」
「もうイヤぁ…あっ、んんんっ! あう、ああぁぁ、きつい、激し…っ。おああぁ、くあぁぁ」

 アスカの拒絶は無視され、力の抜けた両足が抱え上げられる。閉じようとするが力が入らないし、既に教祖の太った体が間に入り込んでいる。正常位で貫かれた瞬間、アスカの体が硬直した。蜜壺に溢れかえる愛液が亀頭でかき回され、ぶるんぶるんと巨乳を揺らすほど体を震わせ、ぐっちょぐっちょと淫らな音を程なく立て始めた。

「あああ、あう、はぅ、はぅぅ、はぅ、いやぁぁ…。あ、ああ、頭が、ああ、感じ、こんな、ああ、凄っ」
「んっ? そんなに、良いか。凄いと、言う程」
「あう、くっ、言ってな…あああ、い、そんな、ひっ、ことっ。ああ、いい、ひぃ、きゃひいぃ―――っ!」

 教祖は膣内の圧力の強いところと弱いところを巧みにほじくり、襞をかき回していく。
 アスカの両手がぎゅっとシーツを握りしめ、知らず知らずに体が反り返っていった。どんなに心で拒絶し、否定しても体は正直だ。

「おお、アスカ。こうか、こうかっ! これが、良いのか!? わ、私も、良いぞぉぉ」

 ここがアスカのツボだ。的確に膣の奥の一点を狙って教祖は腰の動きは激しいものから、小刻みなピストン運動へと変化させる。じゅっ、じゅっ、ずっ、ずっ、淫らな音と共に泡立った愛液が飛沫となってシーツの上に飛び散った。

「ひぃぃぃっ! 奥に、ああ、イヤぁぁあっ! 感じたくない…! シンジ、シンジぃ! レイ、マユミ、マナぁっ! 加持さん、ミサトぉ! 助けて、誰か、誰か助けてっ! ママ、ママぁ! やだ、こんなの、ああ、うあぁぁぁぁぁ……ああっ!」
「うおおぉぉ、もっと腰を振れ。吸い付く、吸い付くぞっ」
「やだぁ! いきたく、ないっ! もう、こんなの、ああっ! ああああぁぁぁ―――っ!」

 絶頂でアスカの足が男の腰に絡みつき、痙攣しながらより強い密着を求めて締め付ける。同時に両手でアスカの胸をこねくり回していた教祖の背筋も総毛立ち、ぶるっと大きく腰を震わせた。

「お、お、おおぉっ」
「うんんんん――――っ! ん…んんっ、ああ、ま、また、中で、出し…た。ああ、やだ、本当に…妊娠、いやああ」

 もう何度目かもわからない生温い感触が胎内に広がっていく。
 涙でアスカの視界が曇った。もう今更とわかっているけれど、それでも納得できることではないし受け入れることは出来ない。そして、細胞に染み込むように精液の感触が広がって行くと共に、アスカは再び意識が薄れていくのを感じた。自分のことなのに、どこか他人事みたいにアスカはそれを受け取る。

(うう…どうして、私、こんなことに。泣く程、ううん、死にたいくらい嫌なのに。気持ちよくて、抵抗、出来ない。また、眠い。また、意識…が……)











 再び目覚めた時…。
 教祖はいなかった。自分以外誰もいない寒々とした部屋の中、ベッドの上に一糸も纏わぬ姿で寝転がっている自分に漸うアスカは気がついた。記憶はほころんだ布のように途切れ、欠如し、何があったのかはっきりとしない。確か、電車の中で教祖に犯された時は制服を着せられていたはずなのに、今は何も着ていない。

(あのあと、ここに運ばれて、好き放題に…)

 急速にアスカの意識は覚醒した。ハッとした顔で掛けられていた布団代わりのシーツを引きはがし、弛緩したまたの間を覗き込む。

「夢じゃ…なかった」

 なにかの間違いであって欲しい、悪い夢であって欲しいと叶わない可能性を願っていた。だが、現実とは冷たい月面のように残酷で無慈悲だ。綺麗に拭われて、処女のような柔肌は一見して美しく艶やかだけれど、今も何かが挟まったような異物感がアスカの股間を疼かせている。

(ああ、やっぱり犯されてたんだ)

 悔しくて情けなくて悲しくて胸が張り裂けそうだと思うけれど、不思議と涙が出てこない。シンジはこんな事くらい気にしたりはしない。変わらぬ、いや前以上に愛と労りを向けてくれる。それは間違いないけれど、そんなことは慰めにもならない。意識だけが鮮明なまま、深く鬱に沈んでいく。
 内心馬鹿にしていたマユミやレイと同じく、みっともない姿をさらしたんだろう…。

「なによ。なんで、こうなのよ」

 自嘲気味に頬をひくつかせながら呟いた。全てどうでも良いような気がしていた。テレビゲームをした時、どんなに上手くいっていても、最後の最後でしくじったらリセットを押す。今が丁度そんな気分だった。だが、現実にはリセットスイッチなんてない。
 はぁ、と重々しく溜息をつきながらもアスカは周囲を見渡した。
 牢屋がないことから、教祖に捕まり体を洗われた廃ビルの一室とはまた別の部屋と察しがついたが、どのみち大した違いがあるわけでもない。

(そうよ、このまま捕まったままでいるなんて…。逃げ出さないと…。そして、シンジの所へ帰るのよ)

 ここら辺はさすがアスカと言わざるを得ない所だろう。アスカ以上の能力を持っていたとしても、マユミやレイ、マナではこうはいかない。逆境の中でどこまでも前向きで、理不尽な運命に対し抗い続ける。

(まず情報収集。いえ、その前になにか着る物と履き物ね。…って、誰!?)

 実際の所、自分自身が想像していた以上にアスカは茫然自失していたのかも知れない。ベッドの横に所在なさげに立っていた人影に今更ながら気がつき、アスカはベッドの上でビクリと体を硬直させた。金髪を跳ね上げ、犬に突然吠えられた野良猫のような驚きに、彼女…カーゴの手すりを掴んでいた少女は「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げる。

「誰!?」
「え、あの、覚えて、いえ、わかりませんか? 私、あの人、いえご主人様に言われて、ここ2週間ずっとアスカお姉様のお世話をしていた…」

 アスカに答えたのは、あまり似合ってないが大量生産品らしいブラウスを着てカーディガンを羽織り、タイトスカートを履いた美少女だ。柔らかそうな長い髪の毛を揺らして、その少女は答えたが、一瞬、アスカは何を言われたのかわからなかった。いや、理解したくなかったと言うべきだ。この名前もわからない少女が自分と同様、教祖に囚われていること、そして自分の世話係を言いつかったこと、それはわかる。理解したくなかったのは、彼女が口にした『2週間』という言葉の意味だ。闇がコウモリの翼を広げて舞い踊っている。

「2、2しゅう…かん? え、なに…言ってるのよ?」

 知らず知らず呼吸が荒くなるアスカに少し怯えながらも、少女は健気に、自分の後輩である憧れの人に残酷な現実を告げる。薄くリップを塗った少女の唇が開き、擦れ声がアスカの鼓膜を震わせる。

「アスカお姉様が、ご主人様に指輪を着けて貰ってから、今日で15日になります。もう、半月以上…」
「嘘。だって、そりゃ、こんな昼も夜もわからない場所で麻薬うたれて、ワケわからなくなったけど、でも、まだ半日くらいでしょ? 精々、2日か3日くらいで」
「違うんです。ショックなのはわかります。でも、本当なんです。あの日から毎日、お姉様はご主人様から半日ごとに麻薬を打たれて、その度に、レ…愛していただいていました」

 気の毒そうに少女は言うが、恋人に耳元で囁かれたようにうっとりと頬を染めていた。電車の中でのアスカと教祖のセックスは悲惨な惨劇に慣れて心が摩耗し、瘡蓋だらけになった彼女ですら衝撃を覚える光景だった。汗みずくになったしなやかな肢体が跳ね回り、闇の中でも光る蜂蜜色の髪が千々に乱れ、甲高い人に命令され慣れた声が哀れっぽい懇願を漏らす。美が醜に蹂躙される…。なんとゾクゾクすることか。
 もしアスカが冷静なら、少女が半ば洗脳されて今の状況を受け入れていることに気がついただろう。いや、歪な喜びさえ感じている。
 口をもごもご動かして、悔しいぐらいアスカお姉様ばかり…と少女はなおも続けるが、アスカは聞いていなかった。2週間以上、ずっと犯され続けていた? 束縛する蜘蛛の糸は確実にアスカを追いつめていた。2週間の間に失われた様々なことがら。
 頭の中で音を立てて血が流れている。こめかみが疼き、視界が真っ赤に染まった。
 無邪気に少女が大きな目を輝かせてアスカにしなだれかかった。

「あの、落ち着いたら食事、用意しますね。今日1日、お姉様はゆっくりしているようにってご主人様が…。って、お姉様、落ち着いて!」
「ふざけるなぁ――――っ!!!」



 ひとしきり暴れて、喚いて、泣いて、疲れ切って獣みたいに眠って、目覚めてようやく落ち着いた時。
 既に半日以上が経過していた。
 少女は目覚めた時もやはり側にいて、裂いた枕やシーツの残骸が散らばっているのを片づけていた。そして彼女に勧められるまま、空腹に勝てずに食事をした。まだ残っている薬の影響でか、冷静な判断力が働かなかっただけかも知れないが、冷めてはいるがちゃんと調理された人間の食事を、アスカは美味しいと思いながら食べた。

(ああ、私、ダメになっているわ。こんな料理を美味しいって、思うなんて。違う、心じゃなく、体が欲しがってるんだわ)

 惨めさで涙がボロボロとこぼれるが、体は一度受け入れた食事を諦めるなんて事はできず、黙々と食べ、飲み込んでいく。恐らく、数日ぶりのまともな食事だったのだろう。意識のろくにない時、どんな物を飲み食いしたのか想像するのも恐ろしい。知らない方が幸せ、と言うこともあるのだ。

「お姉様、お姉様」

 泣きはらして赤くなった目でじゃれついてくる少女を見つめる。
 洗脳どころではないのかも知れない。無邪気にさえ見える笑みを浮かべて、少女が食事を終えたアスカに話しかけている。

「アスカお姉様。お風呂の用意も出来てます。服もです。ちゃんとしたドレスですよ」
「服を着て、どうしろって言うのよ…」
「今夜は狩りをする日なんですって。それから、アスカお姉様のお友達、その人達をどうするか一緒に決めるんだそうですよ」

 本当に無邪気に、幼児のような声で少女は言った。ああ、とアスカは悟った。自分とどれくらいの違いがあるかはわからないけれど、この少女は、とっくに狂ってしまっているんだ。捕まった人間達がどんな目に遭うのか、彼女が知らないはずはない。それなのに、さも愉快そうに話している。

「お姉様のお友達、抵抗してばっかり」
「抵抗?」
「お姉様が助けに来てくれる、ってそんなことばっかり言ってるんですよ。変なの。お姉様は私と一緒にここでこうしているのに」

 言葉という毒の短剣が音を立てて心臓に刺さった。大きく胸が裂け、脂肪と筋肉が剥き出しになり、ピンク色がかった血液がドボドボとこぼれ落ちていく…。











 地下通路…土砂で埋まったビルの入り口をトンネルで繋いだ通路を通って、かつてレイが凌辱された円形劇場までアスカは来ていた。彼女の思っていた以上に、この地下世界は開拓されているようだ。あんなゴミゴミした所を、ろくな灯りもなくどうやって怪物達は彷徨っていたかと思っていたが、どうもいたる所に掘られた通路を使っていたらしい。
 これはその中でも、教祖とそのごく親しい物専用の通路というわけだ。
 背筋を曲げなくても歩ける高さと広さ、そして5mごとにある蛍光灯が用意されている。躓かないように地面には歩道用煉瓦が敷かれてさえいる。

「どこに連れて行く気よ?」
「それは勿論、ご主人様の所です」

 自分がアスカから敵意を向けられていることを悟り、なぜだろうと戸惑いながらも少女は答える。飼い慣らされた犬のような少女を軽蔑しながらも、アスカは奇妙な感覚に戸惑っていた。この少女だけなら、逃げることは容易い。だが、なぜそうしようとせず、案内されるがままに歩いているのだろう?
 決着をつけたいから? それとも…。
 戸惑っている間に、アスカが世界で二番目に会いたくなかった男が目の前にいた。一番は、シンジだ。こんな惨めな姿を見られたくない…。

「おお、美しい…」

 用意された真っ赤なドレスを着たアスカが姿を見せると、教祖は嬉しそうに頬をほころばせた。
 不承不承着せられたとは言え、スリットの切れ上がりもきわどいドレスは豊満なアスカの肢体を美しく…というよりいやらしく飾る。剥き出しの肩をアスカが寒そうに抱きしめると、胸が圧迫されて谷間が強調される。

「誉められても気持ち悪いだけよ」
「ふっ。ベッドの上ではあんなに可愛らしい声を出していたというのに」
「くっ…! そんなの知らないわよ!」

 ヒキガエルじみた口のニヤニヤ笑いを見ていられず、アスカは真っ赤に染まった顔を背ける。羞恥と屈辱に身を震わせている。首筋まで赤くしたアスカの反応を、ペロリと舌を出して教祖は楽しんだ。彼女の味を思い出しただけで、唾液が溢れかえる。何度食しても飽きが来ない至高の美食だ。あっさり堕ちられては、壊れられてはつまらないだけという物。

「ふむふむ。10日以上、おまえだけに構っていて他の妻達が欲求不満だったので、今日は慌ただしくも他の妻達の相手をしていたが、たった1日独り寝をさせただけでもう寂しくてたまらんか」
「ちっ、違うわよ! あんた馬鹿じゃないの!? 冗談はその顔と腹だけにしておきなさいよ」

 もうちょっとからかっていたいが、今は別件で忙しい。名残惜しそうに教祖はアスカから顔を背ける。重い酒樽のような腹がタプタプと音を立てて揺れた。

「それでは、これから儀式の始まりだ。名残惜しいがアスカ」
「さっさと消えたら」
「…そこのテレビに一部始終が映っている。よーく見て、これからの事を考えるんだな」

 アスカは答えず、仕掛けを動作させて奈落から上のステージ上にあがる教祖の背中を睨み続けた。

(今後のこと? 何をするつもりなのよ?)

 微かに震えながら大きく空気を吸い込むと、アスカはテレビ画面に視線を向けた。場違いな100ichサイズもある最新型の液晶テレビには、闇ばかりが映っていて何も見えない。だが唐突に、闇が瞬くと、アスカが息を呑む光景が映し出された。

(レイ、マナ、マユミ!)











 レイ、マナ、マユミ達の三人がステージ上にいた。三人ともいままでどう過ごしていたのかわからないが、少なくとも、病気や怪我などを患っている様子はなさそうだ。引き裂かれたドレスの代わりに与えられた物だろうか。三人とも大型犬用の首輪をつけられ、安物のインナーをつけ、大きめのワイシャツを羽織っただけという共通の格好をしている。三人の匂い立つような色気と寒々しさに、思わずアスカは身震いする。身を寄せ合うようにして、レイはいつもと同じどこか投げやりで遠くを見るような目をしている。マユミは少々違和感を覚えるが、教祖に向かって敵愾心剥き出しの貫くような視線を向けている。そしてマナは、マユミの胸に縋り付き、顔を伏せたまま時折体を震わせている。どうも泣いているようだ。

(とりあえず、無事みたいね。)

 少しだけホッとするアスカだったが、以前と同様に周囲の座席に集まっている無数の人影の気づき、胃に冷たい物を感じた。

(まさか、あいつら全部でレイ達を…)

 いつぞやと同じく、周囲を支配者と奉仕者達が取り囲んでいる。一言も発せず妻を犯しながら…。
 ゴクリと音を立てて唾を飲み込み、急に全身に熱を感じて戸惑う。自分の予想の通りだったらレイ達は確実に壊されてしまう。その先に待っているのは、確実な死だ。アスカの懸念を感じ取ったのか、少女が悪戯を怒られるのではないかと恐れる子供がするような上目遣いに話しかけてきた。

「大丈夫ですよ。あの三人は病気の検査と治療も終わっています。先日、新型のワクチンとかも完成したとか言ってましたよ。わざわざ注射したくらいだから、そんなに酷いことは、しないと思います」

 頼り無いが、それを信じるしか有るまい。
 藁のようにか細い希望に縋り、再びアスカはテレビに視線を戻した。画面では教祖がおもむろに腕を動かし、ステージ上に数人の人間を引きずり上げさせている。
 全員全ての衣服をはぎ取られ、所々殴られたらしい青アザや出血が見て取れる。今もかなり乱暴に扱われ、苦痛に呻いているが抵抗する気持ちはなさそうだ。10歳程の少年が一人、20前後の青年が一人、中年の男が三人、初老の男が一人。全員、一様に瞳に怯えを浮かべ、教祖とステージの端とに視線を振り分けている。

(あの人達、私たちと同様に捕まったのね)

 彼らの視線を追うと、ステージの端に固まっている白い影が見て取れる。支配者達ではない。支配者や奉仕者達に囲まれ、脅えて泣きじゃくっている数名の人間達。いずれも震え、薄汚れた格好をしている。共通している項目は全員が女性であると言うこと。恐らく、男達の恋人か配偶者、家族という女性もいるのだろう。

(酷い…。あの人たちを人質にして)

 過去を思い出したからか、強い怒りを覚える。画面の教祖を睨んでいる内に、知らず知らず、握りしめた指先に力がこもっていった。











「紳士淑女諸君。ようこそ我が世界へと告げよう。そして健やかに、とも告げよう」

 芝居がかった言葉遣い。教祖は明らかに今の立場に酔っていた。

「私たちを、どうするつもりだ…、いや、どうするつもり、なんですか?」

 尋ねる中年男性の脳裏に浮かぶのは、ほんの数十分前、酔っぱらっているのか状況もわきまえず、がむしゃらに喚いて抵抗した名も知らぬ少年が、怪物達に八つ裂きにされた光景だ。その少年は手足をむしられ、頭皮ごと毛髪を引きはがされ、体中の肉という肉を囓り取られていた。さながら手足のない人体模型だ。そして、怪物達の悪魔的な処置により、出血を抑えられ今も死にきれずに(アスカの見ているテレビカメラの死角で)痙攣し続けている。

「どうするかは君たち次第だ。彼のようになるか。それとも無事に地上に帰るか。全ては君たち次第」

 そう、彼らが見ていたのは家族…ではなく、その途中にいる少年だった物だ。
 ホーム下に引きずり込まれた少年の悲鳴は今も頭蓋の中で木霊している。どんな目に遭わされたのか、想像するしかないが、再び彼が姿を現した時には、既に彼は彼でなくなっていた。両目は綺麗にえぐられ、黒ではなくどす黒い赤の眼窩が瞬きもせずに世界にサラされている。血だまりと化した眼窩の中で、時折、ぴくぴくと釣り餌のミミズのように動いているのは千切られた筋肉だろうか。舌を食いちぎられ、喉に穴を開けられた今は悲鳴を上げることも出来ず、ヒューヒューと甲高い鬼哭のような呼吸音を立てている。彼の周囲には数人の怪物…支配者がうずくまり、何の意図があるのか性器を愛撫してその手に精子の迸りを受け止めて喜んでいる。ムッとする血と内臓の異臭にめげることなく、芋虫となった少年に犬のように口を付けて皮膚と皮下脂肪を器用に囓り取った。黄色い脂肪の下のピンク色の筋肉と、その表面を走る青い血管がヒクヒクと蠢く。

「ヒュー、ヒュ、ヒュー」

 今更それが苦痛をよんだのだろうか。ばたんばたん、体を大きくよじらせている。何度も地面に打ち付けた頭から血が飛び散った。彼の連れだったらしい青年が、口元にこれ以上吐く物が無くて苦しいのか身を二つに折ってえづいた。「殺してやってくれよぉ」そう呟いた。ニヤニヤと笑いながら、落ちくぼんだ眼窩の支配者が芋虫少年の側に屈み込む。魚のような細かい歯が無数に生えた口を大きく開け、そこだけ無傷な性器を口に含むとモゴモゴと舌を動かしている。
 彼、あるいは彼女なのかも知れないが怪物の意図していることは明白だ。

 ズグン

 音を立てて性器は食いちぎられ、鮮血と精子が混ざったピンク色の体液が飛び出した。同時に限界まで反り返っていた少年の背骨がへし折れた。ゲタゲタと支配者達は笑い狂う。女達の喘ぎ声と重ねて、繁殖期の蛙の合唱さながらに狂気の不協和音が木霊する。



(あんな目に遭うなんて、絶対に、イヤだ…)

 蒼白の表情で中年男は這い蹲る。なんとか自分と家族だけでも助けて欲しい。もし、この場の男達で殺し合えと言われれば、躊躇無く殺し合う覚悟だった。
 彼の瞳に浮かんだ人殺しの覚悟。ほどよく腐った硫黄臭のする卵のような目。
 それを見て取った教祖は何度も頷くと、悪魔だってここまでは言わないような言葉を口にした。彼は心底から今の状況を楽しんでいた。

「そこにいる三人の女達を犯せ。抵抗しようが、向こうで家族が見ていようが、そんな事は関係ない。とにかく、その女達を犯しまくれ。膣に、顔に、髪に、体中に精液をかけろ。精液で染め上げろ」

 キョトン、とした表情で男達はレイ達に視線を向けた。同時に、ぎょっとした目でレイとマユミが教祖と、気配をあからさまにかえる男達に向ける。

「ただし、その前に…」

 口元で指を左右に振ると、それが合図だったのか教祖の横に控えていた『さんじゅわん』の一人が、両手に抱えるように持っていた鉄棒を彼らの前に放り出した。カランカラン、と乾いた音を立てて目の前に転がる鉄棒を拾い上げ、男達は怪訝に首をかしげる。

「そこのガキ、そいつを力一杯殴れ。血が出るくらいに、骨が折れるくらいに。それが出来た奴から、その女を犯せ」
「そんなことできるわけが…」

 既にレイ達の美しさに邪な感情を抱いていた男達だったが、教祖の言葉に尻込みを感じる。冗談でも試しでもなく、教祖はそれを心底から望んでいる。殺せと言われた子供は状況がわからないままに、強ばった表情のまますぐ側の中年男にしがみつく。教祖の言葉は先程殺しの覚悟を決めた中年男に目眩を覚える程のショックを与えたが、それ以上にもう一人の中年男には了解できないものだったようだ。

「自分の、息子を、殺せと言うのか…」

 脅えて泣きじゃくる息子をひしと抱きしめ、彼はそこまで言いかける。手に持った鉄棒が震われる先は息子ではなく、彼と彼の息子に向けられる全ての悪意だ。鉄棒の切っ先が教祖に向かって差し向けられ、呪いの言葉が吐きかけられる。だが、それ以上は口に出来なかった。
 いつの間にか支配者の一人が音も立てずに彼の背後に立っていた。悪臭と悪寒に彼が背後を振り返った時、その支配者は大きく口…いや、正しくは彼には口はない。先日の神との交合以後、新たな恩寵がその身に現れていた。下顎が腐りおちている。代わりに、そこには大きく開いた丸い開口部がうじゅうじゅと音を立てて蠢いていた。ほとんど直角に折り曲げた開口部。
 中年男が最後に見たのは、タコの吸盤…というより、ヤツメウナギの口のような支配者『吸盤』の悪魔の口だった。イソギンチャクのような支配者の口が大きく開いた。
 恐ろしい光景にマユミの悲鳴が木霊する。

「きゃああぁぁぁぁ――――っ!」
「んぎゅぅぅぅぅっっっ!! ぎゅぅぅ、ぐぅぅぅ、ううぅぅ!!」

 吸盤の周囲にみっしりと生えた小さな牙が男の顔面に食いつき、強烈な吸引が内出血を生じさせ、男の顔面を赤く染め上げる。岩に張り付くフジツボやカメノテのような石灰質の歯が、皮脂と汗でぬめった皮膚に食らいつく。表面にヤスリのような細かい溝がある歯は、地面に杭を打つように男の皮膚を突き破り、肉をほじくりながらガリガリと頭蓋骨に刻みをつけた。血がぽたぽたと極少量滴り落ちた。息をすることも出来ず、苦痛に男は呻いた。手足を激しくばたつかせ、なんとかはね除けようとするが、男以上の力でしっかりとしがみついた『吸盤』は放さない。締め付ける腕の力はますます強まり、男の関節はねじれて外れ、骨に亀裂が生じていく。

「ぎゅあああぁぁ……」

 半ば飛び出した男の目に、吸盤の中心部が魚の口のように開くのが見えた。文字通り目を背けることも閉じることも出来ず、割れた貝殻のような歯とウジ虫のような突起が蠢き、迫るのを見つづける。あの歯が、牙が、永遠とも思える時間の中、ゆっくりと迫り、食らいつき…。ヒトデに喰われる寸前の貝は、こんな、気持ちで…。

 ビクン、ビクン…。父親が死に行く事態に「あー、あー!」と子供が平板な悲鳴を上げ続ける。固く握りしめられていた男の手が大きく開き、指の形に変形した鉄棒が転がり落ちた。
 ゾブリ、ガリ、ジュグ。不気味な音が響き男の体が痙攣し続ける。それも程なく止まった。粘つく赤い糸を引いて吸盤が口を離した時、男の顔の下半分は消えて無くなっていた。
 真っ赤に染まった口から肉片混じりの涎をこぼれさせ、吸盤は隣の中年男に視線を向けた。

 次はおまえだよ。赤く濁った瞳が雄弁に吸盤の意志を語っている。

 それがスイッチだった。少年と中年男は一斉に鉄棒を拾い上げ、吸盤と教祖…ではなく、悲鳴を上げ続ける少年に撃ちかかった。

「い、いやぁぁぁっ! 人殺しぃー!」

 女達の悲鳴。アスカはいつの間にか自分の口からも悲鳴が出ていることに気づかない。
 まだ柔らかな少年の頭蓋骨が陥没し、脳漿混じりの血液がびゅっと噴き出る。飛び込んだ鉄棒が脳組織をかき混ぜ、でたらめな痙攣と共に永遠に消えることのない障害を子供に与えた。続いて二撃目の鉄棒が子供を打ち倒し、初老の男が叩くのではなく、突きだした鉄棒が肋骨をへし折って肺腑に突き刺さった。口と鼻から血泡が噴き出し、10年にも満たない生涯を終える。屍となった体はなおも何度も打ち据えられる。
 皮膚は裂け、肉はちぎれ、骨が砕ける。いつしか、子供の体はミンチとなっていったが男達はそれでも殴ることをやめない。
 狂気が伝染していく。いや、人がすべからく内面に持っていた悪意が形を持って噴き出したのかも知れない。

「ふむ、もういい。充分だ」

 あまり面白くもなさそうに見ていた教祖が吐き捨てるように呟いた。彼は内心、洗練されていると思っている。それは自信の猟奇趣味に関してもそうだ。面白いのは、親が葛藤に苦しんでいる間と、遂に殴りかかった瞬間だ。気を利かせたつもりだったのかも知れないが、吸盤のしたことは些か興を削いでしまった。ここは父親が息子を殺すのでなくては面白くなかった。
 不器用な死がもたらしたつまらなさは、生、いや性によって打ち消さなければ。盛り上がりを取り戻すためには…。

「犯せ」

 のろり、のろりと男達がレイ達に迫る。マナをかばうようにレイとマユミが男達を睨み付ける。もう彼らは被害者ではない。周囲の怪物達と同様、いやそれ以上に呪うべき存在になったのだ。だが、なんと自分たちは無力なのか。逃れることも出来ず、戦うことも出来ない。死ぬことも…できない。
 だって、アスカが助けに来てくれるかも知れないから。

「こんなことして、何が楽しいの!?」

 マユミは血を吐くように教祖に問いかけるが、教祖は答えなかった。黒髪と肩を掴まれ、無理矢理顔を向けさせられる。

「くぅぅ、ううぅっ。アスカさん、シンジ…さんっ! んむ、むぅぅぅ!?」
「碇くん。あ、あぅ…」
「いやぁぁぁ、マユミちゃん、綾波さん、助けて! いや、もう、もうイヤイヤぁぁぁ」


 言語を絶する凌辱劇が始まった。その場にいた教祖以外の全ての人間が絡み合っている。これは未来の暗喩だ。本能的に悟った。今レイ達を犯している人間の男達、彼らはしてはいけないことをしてしまった。遠からず、彼らは変わってしまう。周囲で彼らの家族を犯している支配者達同様の存在に。今でこそ、彼らは人間だけれど、人間だけど、彼らは既に人ではなくなっている。
 毒の洗礼を受け、彼らは鬼になった。

 それもこれも、全部、アスカが、友の凌辱される姿に見入ってしまったから。
 何が一番大事なのか、それを忘れて。

(許し、て。レイ、マユミ、マナ、ごめんなさい。許して、許して…)

 テレビの前で嗚咽を繰り返しながら、アスカは涙を流した。見ていることしかできない。それどころか、あそこにいなくて良かったと、安堵している自分の情けなさ。そして、凌辱される親友達の姿に言いしれぬ興奮を覚える自分の浅ましさ。

(私が、逃げ切れていれば。あそこで、捕まらなければ…。でも、でも、一生懸命頑張ったのよ。私が、悪いんじゃ、無いわ。仕方が、無いの。仕方がなかったのよ…)










怪物、人間、その差はどのくらい有るのだろう…。







初出2007/03/13 

[Back] [INDEX] [Next]