深宴

6話



著者.ナーグル












 彼は新入り、奉仕者だった。

 とは言っても、新入りの中では最古参だ。
 もっとも彼より後に仲間になったのははいずれも彼のことを年寄りと馬鹿にしている。本来なら最も若い一族がするべき力仕事や雑用を、始終彼に押しつけてくる。それはそうだろう。100日以上経ってるのにまだろくに変異をしていない出来損ないなのだから。現に彼より後に仲間入りした者の一人がさんじゅわんに選ばれるにいたって、彼は完全に無能のそしりを受けていた。
 扱いの悪さに呪いと抗議の声を上げるが、若者は全く気にしないで彼をいじめる。
 そして上も彼を便利な道具と使役する。
 惨め極まる生活だが、それでも彼はここから離れる気はなかった。

 上にいる時は無気力に、明日への希望など見えない最低の暮らし。時の流れと共に擦り切れていくだけの自分はもうたくさんだ。異臭ぷんぷん、ゲロと酒の臭いにまみれた汚物に戻りたくはない。同じ臭いを放つ者なら、死臭を放つ支配者になる方が遥かにましだ。
 そう、臭いだ。全ては臭いと飢えだ。食事と酒と女に飢えた餓鬼。
 一日中食べ物と柔らかな寝床のことばかりを考え、風の強い陽や雨の日には寒さに震える。繊維がボロボロに擦り切れたサイズの合ってないちぐはぐな衣服は、慈愛に満ちた聖母だって近寄ることを躊躇する臭いを溜め込んでいる。
 糞壺の蛆だってもっと未来への展望が開けているだろう。最悪なのが、彼がその状態に満足しきっていたことだった。正確には満足なんてしてはいなかったが、彼の細胞は一切の向上心が存在しなかったから同じ事だ。

 彼は俗に言うホームレスだった。名前は勿論あったが、既に忘れた。
 放置したパイが腐るように誕生日を忘れ、年齢を忘れた。彼は誰でもなくなっていた。誰も気にしない。いてもいなくても世界になんの影響もない。むしろいない方が空気を消費しなくて良い。彼自身自嘲気味にそう考えていた。

 そんな彼が地下の空間にたどり着いたのは半分以上偶然だ。
 雨を避けてガード下に入り込み、その先に冷たく澱んだ空気が噴き出す入り口を見つけた。内臓に寄生する蛇の瞳のように暗くて深い穴だ。噴き出てくる腐っているが明らかに生きている風を感じ、彼は唇を舐めた。恐怖をむやみにかき立てるカビの臭いに、心騒がせられる。
 怯えながらも腐敗臭のするゲップをすると誘われるように中に入り、暗闇の中で彼らに出会った。

 彼らは歓迎してくれた。

 悲鳴を上げた彼の手足を指の数がまちまちな ――― 3本だったり5本だったり6本だったり13本だったり ――― 腕が押さえ込んだ。コンクリートが砕けた砂利が膿んだおできだらけの背中に突き刺さる。

 鮫の歯を生やした怪物がにんまりと笑う。

 そして得体の知れない生臭くて真っ白な液体を振る舞ってくれた。
 薄汚れたひび割れのあるコップ一杯の液体を喉の奥に流し込む。それは通過儀礼だ。
 人間というちっぽけでつまらない存在の中に、偉大なる霊の精髄が満たされるのだ。押さえつけられ、無理矢理ドロドロしたその液体を飲む寸前まで感じていた恐怖や嫌悪は飲み干すと共になくなった。口元についた液体を手でぬぐい、それすらも勿体ないと丹念に舌で舐る。

 それは神の恩寵。
 これは神の血だ、涙だ、汗だ、小便だ、腐った脳漿だ、溶けた脂肪だ、精液だ。
 胃の粘膜を通して血液に溶け込み、全身に染み渡ると共に彼という人間はもういなかった。

 『支配者』達の一員 ――― 正しくはその見習いへと生まれ変わったのだ。

 ただただ幸せだった。暗く陰鬱で苦痛に満ちていた世界が初めて輝いて見えた。

 これから長い時間をかけて生まれ変わる。
 神の血液を接種することで現れる変異は苦痛を伴った物となるだろう。場合によっては変異に耐えられずに死んでしまうかも知れない。しかし、安酒と麻薬でふやけた脳髄はそれすらも愛おしいと思った。

 字分ハどンなすが多になRUのだ聾?











 仲間になってから4ヶ月。
 体に変異は表れていないが支配者たちと共に暮らし、彼らの食事を食べることにも慣れた。
 思考は澱み、ただただ至福の快楽に包まれる。
 地下鉄の罠に捕らわれた人間を食らい、いずれ支配者になることを夢想しつつ彼らに奉仕する。
 既に道徳心や知能の低下、味覚や趣味嗜好の変化に始まり、闇を見通せるようになるなど肉体的な変化も始まっている。
 しかし、本来なら当に現れていなければいけない肉体の変異はまだ現れていない。だが、彼は焦ってはいなかった。ゆっくりとではあるが、確実に変異の予兆は起こっているのだ。恐らく、人間だった時に煩った胸の病気の所為で変異が遅れているんだろう。だが、あと2ヶ月もすれば僅かに残っている正気は失われ支配者の一員になれるはずだ。

 何事もなければ―――。

 だがその何事が起こってしまった。切っ掛けは、彼が一員に加わってから8度目の供物を捕らえた時だ。第三新東京市のような大きな街では、毎日が何人か人がいなくなる。失踪だったり事件に巻き込まれてだったり、あるいは地底に潜む怪物の罠に捕らわれてと言った理由でだ。
 もっとも、真剣に統計を取ればいささか原因不明の集団失踪の割合が多いことに気がつくだろう。

 食料となりうる男が一つ、母となりうる女が四つ。まずますの成果だが、捕らえる過程で思わぬ犠牲が出た。
 …とある理由から女断ちをしていた大腿骨とその郎党が暴走してしまったのだ。教祖は獲物を捕らえても決して電車内では襲うなと言っていたのに。結果、抵抗した女の攻撃で支配者の一人が首の骨を折られ食料となりはててしまった。抗議する仲間達を威嚇して追い払うと、大腿骨のグループは食料を独占したうえに女の一人をその場で輪姦してしまった。

 電車の中で行うのは速やかに獲物を捕らえ攫っていくこと。それ以外は許されない。電車内で血を流すのは、教祖が女を検分する以前に襲うことと同じく絶対禁止項目の一つ。
 制裁は速やかに行われる。

 教祖が事情を知るまでの3時間にわたって彼らは電車内で好き勝手にしていたが、最上位の支配者である「肋骨」が電車内に乗り込んでくると共に全ては収束した。大腿骨は郎党も含めて6人全員が捕らえられ、食料の死骸と獲物の女 ――― マナは回収された。
 どうにかこうにか意識を無くした女達を祭壇に設え、教祖に検分して貰ったが教祖はあからさまに不機嫌だった。黙っていれば温厚に見えるな丸顔を歪め、禿頭から湯気まで出して渋っている。教祖の怒り、正しくは神の怒りを今更に感じ取って大腿骨は傷だらけにされた顔に恐怖を浮かべて震えている。
 少しいい気味だと彼は思う。乱暴者の大腿骨はよく彼をいじめたのだ。大腿骨を待っている運命を想像し、彼はニヤリと笑った。

「神はお怒りだぞ」

 ぼろぼろになり、友人達のように意識を無くして慈悲深い闇の腕に抱かれることも出来ず、座り込んでシクシクと啜り泣くマナ。周囲の異様な事態に意識を向けることも出来ない彼女の様子に、教祖は未練がましくマナを見つめては溜息をつき、舌打ちを繰り返した。

「洗ってやって、身綺麗にして抗生物質とか薬で消毒すれば…。いや、やはり感染の恐れは、くそ」

 以前の彼なら、教祖が何を言っているのかわかったのだろうけれど、白い液体でぼやけた知能ではただ怒っていることしか理解できない。

「勿体ないが仕方がない。くそ、下等な奴がせっかくの上玉を。ただではすまさんぞ。
 ………皆の者、神の言葉を伝える」

 ざわめきが収まる。彼もまた、唾を飲むことも忘れて教祖の言葉に聞き入った。

「まず、授かり物の扱いについて述べる」

 順繰りに、元はビルの壁面だったコンクリートのテーブルに並んで仰向けにされた三人の娘を指さす。闇夜でも輝く金色の髪、支配者達同様に異様に白い肌を持った銀の髪、濡れたように艶を帯びた長い黒髪。

「この三人を宴の間に運べ。十字架に磔にしろ。だが決して手を出すな、傷を付けるな。私が手ずから三人に洗礼を与える。
 そう、イバに洗礼を与えるのだ」

 性器を引きちぎられた犬の呻きそっくりな興奮のどよめきが走る。一つは教祖が常々語っていた聖なる存在、イバの名を口に出したこと。つまり、あの三人の中に救世主の母がいるのだ。随喜の涙が知らず知らずのうちに溢れる。そしてもう一つは純粋にこれから始まる祭りに対する期待と興奮から。そしてもう一つは三人に数えられなかった女、つまりはマナがどうなるかという期待。教祖は腐った落ち葉の泥虫に最大限の恩寵を与えることにした。
 未練がましく血と精液で汚れたマナの後ろ頭を見つめた後、こう宣った。

「この娘はおまえ達に娶らせる」

 マナは教祖の言葉が聞こえていなかったようだが、直後の怒号じみた歓声にビクリと裸体をすくませた。常になく脅えて弱々しくなったマナの目が、支配者達と、教祖と、そして意識を無くした友人達とをかわるがわる見つめる。

「いや、ねぇ、やだよ、私を、どうするつもりなの? ねぇ、おじさん、助けて、助けてっ」

 全ての支配者達が「俺に、俺に」と要求する。
 資格がないのも関わらず、彼もまた手を振り上げて要求する。

『う〜〜〜っ』

 うなり声と共にどよめきが一斉に収まった。厳しく躾された犬のような大人しくなり方だ。
 支配者達を掻き分けてのそりと、マナの前に歩み寄ったのはもはや人の姿形をとどめなくなった最も大きな変異を起こした存在、最強にして教祖と神を除けば最高階梯の支配者、皮膚だ。

「ひぃ…………っ!」

 この世の地獄を味わったはずのマナの顔が恐怖に引きつった。暴力、逃走、悲鳴、そういった抵抗手段は狂気に流されてしまった。息をすることも忘れたマナという名前のマネキン人形を小脇に抱えると、皮膚はゆうゆうと検分の間から自分の巣へと向かう。まずはたっぷりとマナを味見した上で、聖なる魔宴に参加するつもりなのだろう。彼の郎党が後を追う。
 マナという新しいパートナーを得た皮膚は、それまでのパートナーを解放する。それをもらい受けようと言う、独身の支配者だ。本音を語れば、皮膚は2人ともつがいとして留めておきたいのだろうが、一夫一妻は教祖が、つまりは神が定めた絶対のルールだ。多妻を許されているのは神と教祖だけ。

 皮膚とマナが姿を消すと、再び空間に熱とどよめきが戻る。
 次はいよいよお楽しみだ。

「…次に命じるのは残念なことだ。神の名の元に、禁を破った支配者とその一族6名に罰を与える」

 隠す必要の無くなった怒りと嫌悪を剥き出しにして教祖は言った。『あの臭いと汚れでは今夜中に車庫に戻すなんて不可能じゃないか。くそ、余計な手間を取らせて…』と意味不明の呟きが続くが、きっと神と語らっているのだろう。彼が不機嫌になると神の恩寵は少なくなる。食料、飲むと気持ちの良くなる液体、いい気持ちがする粉、ボロボロの毛布、かびくさい古着、水…。しばらく食糧不足が続くだろう。それもこれも、支配者でありながら禁を破った大腿骨の所為でだ。
 不遜にも彼は支配者を、いや元支配者を睨んだ。
 彼と同じ気持ちの支配者とそのなりかけ達全ての突き刺すような視線に、大腿骨は身じろぎする。

「全員、聖なる食料となることを命ずる」

 当然だ。彼は拳を作って大腿骨に向かって振り回した。犬の群れに囲まれた猿のように落ち着きのない顔で大腿骨、いや食料達は周囲を見渡す。彼の名の由来、異様な長さに発達した両足がブルブルと震えた。一見、鹿を思わせる形に変異した彼の足は速いように思えるが、実際は左右で長さがちぐはぐなうえに一部の骨が筋肉を突き破っているため、大腿骨は満足に走ることも出来ないのだ。蹄もデコボコしているため、腕を使わなくては真っ直ぐ立つことも実のところ難しい。はっきり言えば変異してるだけの出来損ない。制裁は速やかに、室内で完遂されるだろう。
 ただ腕力が強いこと、好戦的なことから見習達から恐れられていただけだ。

 そして彼の予想は正しかった。











 10分後、鮮烈を極める前夜祭の直後、顔を背けたまま教祖は言った。

「そやつらの妻だった女は、おまえ達で好きにするがいい」

 一瞬、彼の心に期待がよぎる。40数人いる支配者達の中でまだ妻がいなかった者は6名のみ。だが6人の支配者(大腿骨のグループは全員妻を持っていた)が減り、さらにマナが加わることで7人の女がいる。優先権はまず支配者にあるとは言っても、一人余る。

 余った一人はどうなる?

 まだ本格的な変異を起こしていないとは言え、支配者以外では自分が最も古参だ。自分にも、自由に出来る女が、妻が、できる。心が沸き立った。涎が止まらない。興奮に手足がブルブルと瘧の如く震える。大腿骨の妻だった長い黒髪の女を妻に欲しいと前から思っていたが、それが現実になるかも知れない。彼の中でその期待は願望から決定事項へとすり替わるのにそうはかからない。あの白い乳房を好き放題に―――。

 だが期待は打ち砕かれた。そもそも、変異していない彼に妻が与えられるなどあるはずもなかったのだが…。

 ほどなく大腿骨の妻は誰にも与えられないことが決定した。最初期に捕らえられた大腿骨の妻は出産が近くなっていたからだ。もう2,3日だろう。
 出産が済むまでは ――― それも無事に済むという前提でであるが ――― 動かしたり他の支配者の妻になることは出来ない。様子を見てきた支配者「指」が目を見開き、蜘蛛の足そっくりな指を蠢かせながら甲高い声でわめいている。ほとんど意味のない、ところどろこに人の言葉が混じった叫び声。
 支配者達には一切の異論はなかった。もしかしたら遂に人の腹からまっとうな仲間が生まれるかも知れないという期待と希望。
 支配者全てが妻を持つことになった今宵は記念すべき一日となるだろう。

 彼をのぞいて。

 手に入って当然と思っていた物が、するりと指の隙間から抜けていった時、彼の理性は真の意味で失われた。唯々諾々と命令に従いながらも、怒りはますます強くなる。周りから命じられるまま、アスカ達を抱えて祭りの部屋に運ぶ途中、むくむくと怒りと共に恐ろしい考えが浮かんでいく。

 どうせ、もうすぐ自分は支配者の一員になるんだ。
 その時には、この女達も支配者達に与えられている。教祖は女をまず洗礼を与えたあと、まれに自分の妻の一人にする。この3人の誰かを妻にするとは限らない。仮に妻にするにしても1人だ。そうに違いない。
 うんうんと何度も頷く。頷くうちに、自分の考えが正しいという気持ちが強くなる。

 …真実は、教祖はレイ以外の2人を妻にするつもりでいたのだが、いずれにしても彼にはもはや意味のない真実だった。

 意識のない女の体を肩に担いで運びながら、先取りして妻を貰ってもいいじゃないかと強く思う。その時やっと気がついた。周囲に誰もいない。シンとした静けさと澱んでいるが生きている空気の臭い。年寄りで足の弱い彼をおいて、他の連中はアスカ達を運んでしまっていた。目をこらすと、20メートルほど先を数人が歩いている。キラキラと弱電灯の光でアスカの髪が光っているのが見えた。向かう先は宴の場なのだが、彼は足を止めた。

 自分の妻になる女なんだ。
 先取りしたっていいじゃないか。

 決心すると、ズシリと背骨を痛めていた女の重みが急に愛おしく感じる。急に意識した柔らかさと温もりに指先まで痺れる。その瞬間、小さく呻いて彼は射精した。











 数分間の忘我状態の後、ウットリとした表情を一変させてキョロキョロと周囲を注意深く見渡す。誰もいない。音一つしない。電灯に煌めく赤い瞳も感じられない。
 良くも悪くも精神の変異も完全に済んでいない彼は、こういう人間的な欲望に直結した行動を押さえることが出来ない。音を立てないようにそっと向きを変えた。向かう先は、大腿骨の住処だった空間だ。彼の元妻は残されているだろうが、だからこそ支配者は近づかない。出産に伴う出血が彼らの獣の理性を狂わせるのだ。
 つまり、誰も近寄る者はいない。当面、女を隠しておくには最適な場所というわけだ。いずれは自分の住処にしてしまおう。もし無事に出産が済んで、大腿骨の妻が生きていたら自分の妻にしよう。いま肩に担いでいる女は皆には秘密にしておいて、自分は他の支配者達から一歩先を行く2人の妻を持つ存在になるのだ。なんて素敵な思いつき。ヒュゥ、ととっくに忘れ去っていたはずの口笛を吹く。
 この高揚感、また射精したくなった。
 まったく今日は良い日だ。こんなに若くて命に満ちあふれた女が妻になるんだから。何が良いって、髪の毛が彼の最も好きな色である黒色なのだ。

 上機嫌のまま、大腿骨の住処である陥没した穴蔵にたどり着くと、文字通り荷物でも放り投げるように穴の中に女を落とした。高さは2メートルほどあるが、下に砂がたっぷり敷き詰められているから大丈夫だろう。じっと目をこらすと、小さくうめきながら女は体をよじっている。
 怪我したかも知れないが、生きているならどうでもいい。

 勝手に納得すると、彼はきびすを返して宴の間に向かった。これから始まる宴は娯楽の少ない地底世界では決して外すことの出来ない一大エンターテイメントだ。運が良ければ奉仕者であっても参加できる最高に気持ちの良いお祭りだ。
 大腿骨の腎臓を手に入れられるだろうか。彼は腎臓が一等お気に入りだ。あの微かな苦みがたまらない。思い出しただけでヤニ臭い唾液が口一杯に溢れる。自分を特にいじめていた大腿骨、その腎臓の味は格別だろう。支配者達は互いのパートナーを場合によっては交換し合い、快楽を貪る。奉仕者達にも食料に溢れ、女の痴態を堪能できる。白い布や粉や液体もふんだんに振る舞われる。
 目の前にお楽しみと薬にぼやけた支配者達は、きっと数だってまともに数えられない。女が一人足りないことなんて気がつくはずがない。馬鹿な支配者ども。

 彼の予想は正しかった。
 女が足りないことに支配者は気がついたが、どう足りないのかわからない。その内、数え違えたかと勝手に彼らは納得して宴の準備は進んだ。
 だが彼の勝手な未来予想図は、憤怒に彩られた顔の教祖によって訂正された。

 黒髪の女をどうしたか、運んだのは誰だと問いつめられ、一同の視線が大腿骨を貫いた時と同じように彼に向けられた。教祖は言い訳を許さなかった。汚された女に用はない、吐き捨てるように言うと教祖は顎で周囲の支配者達に指図した。殺到する支配者達に、俺ももうすぐ仲間になるんだと叫んだが全く効果がなかった。
 文字通り、彼は血と骨で罪を償うことになるのだ。

 皮がむしられる、脂肪を吸い出される、筋肉が無数の針で出来た口で囓り取られ、血管に鋭い鮫の牙が噛みつき、弓の弦を張るようにピーンと引っ張っていく。指が根本からむしり取られた。誰かが骨を噛み砕き、髄液を啜っている。剥き出しになった内臓が素手でえぐり出された。痛い。金槌を持った奉仕者の一人が痙攣する踵目がけて鉄の塊を振り落とした。足が砕ける痛みに死にかけた全身が痙攣する。誰だ、血を吸うな。痛い痛い苦しい苦しいどうして俺がこんな目に。この世には最低最悪なことがある。手に入れて当然の女を抱けないことと、死にたいと思っても体がそれを拒否することだ。心臓マッサージなんてやめてくれ。

 死とはこんなに辛く苦しい物だったのか!











 元はコンビニとして使われた建物の中一面に、ぼろ布や麻布を敷き詰めた蒸し暑い部屋が皮膚の住処だ。じとじとと湿り、フナムシほどの大きさがあるダンゴムシや指ほどの大きさがあるハサミムシが這いずるぼろ布の海の真ん中にマナを放り出すと、仲間達から『皮膚』と呼ばれる怪物はマナの正面に腰を下ろした。建物の残骸の外では彼に付き従う若い怪物達が数名連なって見つめている。これから始まるマナと怪物による性交劇はちょっとした余興だ。嗜虐に満ちた怪物達の暗い心をきっと満足させてくれる。瞼のない赤い瞳をランランと輝かせて怪物達は上演される時を待った。

「いや………」

 蒸し暑いにもかかわらずマナは剥き出しになった肩を抱いて震え続ける。
 恐ろしくて仕方がなかった。戦自の少年兵として、人を殺す訓練を行ったはずの自分なのに、すっかり取り乱している。体を壊したことに加えて、人を殺す適正がないという理由から除隊させられたのだけれど。

「こないでよ、私、を。どうするつもりなの…。ああ、助けて、助けて、助けて…」

 先程自分を凌辱した怪物達も十分に恐ろしかった。蝋のように白い肌、ガラス玉のような赤い瞳、骨張った体、吐き気を催す腐敗臭、人間のそれとは似ても似つかない生殖器とそれが体内に潜り込むあの感触…。あの化学物質じみた精液が細胞の中へ染み込む瞬間よりも恐ろしい物なんてあり得ない。
 しかし、目の前にいる怪物は周囲の怪物や虫のことすらも忘れてしまうほどに恐ろしいと思った。

 一見したところ、周囲で鈴なりになっている怪物達と同じだ。真っ白な肌に赤い瞳、ねじ曲がった手足、剥き出しになった赤黒い歯茎から生える錐のように尖った無数の歯。乳歯や永久歯などと言った単純な物でなく、鮫みたいな何列も尖った歯が生えている。
 犯された時の恐怖が脳裏に蘇る。あの手が、舌が、生殖器が蹂躙していった。いや、正確にはもっと酷い恐怖が脳裏に浮かぶ。この怪物は先程の怪物とは桁が違うことを本能的に感じてしまって。

「シンジ、シンジ…」

 愛しい男の名前を呟くマナの前で、怪物は熊ほどもある巨体をぐっと仰け反らせていく。
 威嚇のつもりなのか、明らかに他の怪物とは違う肌がマナの眼前にさらけ出される。なにか妙な物がくっついているのが見える。

「なに、これ。…そんな、やぁぁ」

 最初、暗いこともあったしデコボコしたそれが何かはわからなかった。その正体を知るのは数秒後だ。樽のように太い胸部のデコボコは異常に盛り上がった肋骨だとわかった。肋骨は皮膚を突き破り、肥大しきって全身鎧でも着込んでいるようにマナには見えた。実際、鎧となって怪物の急所を守っているのだろう。肋骨だけでなく、背骨や腰骨、さらには肩胛骨の辺りにまでも異様な盛り上がりを持っている。あれも骨が変形した鎧なのだろう。
 ふと、目が慣れたのか怪物の肋骨の隙間に何かが挟まっているのが見えた。

「ち、違う…。うそ、ありえない」

 その正体を悟った瞬間、ガチガチとマナの歯が音を立てる。

(違う、違う、そんなことあるはずがない! そんな恐ろしいことあるはず無いわ!)

 逆さになって虚ろな瞳を向ける顔。焦点を結ばない視線がじっとマナを見つめていた。どこの怪談話か。若い女性の顔が怪物の体から生えている。胡乱な瞳は左右に揺れる。
 過去に流した涙と涎、泥で汚れているが、きちんと洗って化粧をすれば、きっと可愛い笑顔なんだろう。もしかしたら友達にだってなれたかも知れない。でももう、友達にはなれない。同じ境遇になら、なれるのだろうけれど。

 ようやく、怪物の肋骨の隙間から飛び出している白いものが何かわかった。

「あれが、手。あれが、足。頭があって、そして、そして、あそこで繋がって…。ひ、ひぃぃぃっっ!!」

 ひきつれた悲鳴を上げてマナは両手で顔を掴んだ。爪が頬に食い込むがその痛みをマナは甘んじて受け入れた。早く夢から覚めないといけないのだ。そうしないと、悪夢はいつまで経っても終わらない。

 怪物の脇から伸びて、背中に回された白い物は捕らわれた女性の腕。その手首は肩胛骨から伸びた皮をむしったコウモリの羽のような指に捕らわれ、抱きしめることを強制させられている。ご丁寧にしがみつくための手すり状の骨まで背中から生えている。怪物の腰をしがみつく女性の足は、怪物の背骨の辺りで足首を交差させた姿勢で、やはり腰から生えた指で押さえられている。そしてそこだけ別の生き物のようにヒクヒクと動く女性の股間は、怪物の股間にやはり押しつけられ、そこから生えているヌメヌメと赤黒く光る生殖器によって貫かれていた。ずるりずるりとゆっくり動いているのがどうしても見えてしまう。

 これからどうなるかなんて、そんなこと考えるまでもなくわかった。
 パカパカと自在に動く肋骨がまるでチューリップの花が開くように左右に開いた。女の細腰を自分の胴体ごと縛っていた長い尻尾が高速をゆるめ、同時に女の両手首、両足首を固定していた指が開いて捕らわれていた女を解放した。
 一瞬、女の股ぐらだけが地球の引力に逆らうように怪物の生殖器に食らいついて抵抗したが、ずるりと音を立てて女の体は自由になった。

「あ、はぁ…。はっ、はっ、はっ、はっ、はぁ…。はぁ、ああ。や、やぁぁぁ」

 女は腐ったぼろ布の上で女は身じろぎする。手足に力が入らないのかジタバタもがいているが、生まれたての赤子だってもっとましな動きをするだろうに。狂人特有の澱んだ目をして、決して大きいというわけではないが鮮やかなまでに赤い怪物の生殖器を見つめている
 。まだ一物をくわえ込んでいるかのように開いたままの秘所からはどろどろとした薄い精液が止めどなく溢れ、体内から逃げていく熱とその源を惜しむように女は甘く媚びるような呻き声を漏らした。

「あはぅ、ううぅぅ。やぁぁぁ。して、してぇ」

(正気を、失っているのね)

 自分自身、相当正気を無くしているというのに、マナの頭の片隅は冷静に分析する。

 ふと、マユミが持っていた本に載っていた魚のことを思い出した。アンコウは、雌が雄より圧倒的に大きくて、雄は雌に出会うとその体に同化し、ただ交尾をするためだけの器官と成りはてると言うことを…。この怪物は、アンコウとは逆に雌を捕らえてしまうというわけだ。
 …あの女性の様子から見て、たぶん、ほとんど1日中犯しっぱなしにするのだろう。確実に妊娠させるために。
 だというのに、その怪物がせっかくの雌を解放するというのはどういうことか。

(すっかり弱ったあの人の代わりに、私を…)

 反射的に怪物から逃れようと後ずさりするマナ。だが、怪物の伸ばした腕はあっさりとマナの細腰を掴んだ。なんという大きな指先だろう。人差し指の長さは30cmを超えている。人形みたいにマナを掴みあげると、マナの必死のジタバタとした抵抗を物ともしない。

「いい、いやぁぁぁぁぁぁぁっ! はなして、放してよ! もう、もう、きゃあああ――――っ!」

 マナの眼前で怪物の胸部が赤くぬめる。めくれあがった肋骨を開いた内側には、赤黒い肉塊がぐじゅぐじゅと音を立てて呻いている。たこの吸盤状の物が幾つも幾つも…。
 お椀型にめり込んだ肉の坩堝がなんのためにあるのか、本能的にマナは悟る。

(あれは、女の子の、胸を、捕まえて…っ)

 緊張から乳首が固く尖った胸乳に熱を感じる。悲鳴を上げ、怪物の腹に蹴りを入れながら抵抗したが気がついた時にはほとんどぴったりと怪物と体が密着していた。
 逃れられない…そうと悟った瞬間、怪物の哀れな花嫁は観念したのか固く目を閉じ、少しでもその時を遅らせようと大きく首を仰け反らせた。

「あ、あああぁぁぁ…。やだ、やだぁ」

 時間にして1秒にも満たない時間稼ぎの後、どろどろした吸盤状の腐肉が遂にマナの乳房に吸い付いた。

「はぁ、あ! あああ、ああ…そん、なっ」

 瞬時にマナの頬が深紅に染まった。マナの首が激しく左右に振り乱される。

「ああ、ぁああっ! や、そんな、胸、イヤ――――っ!」

 乳房全体が揉まれ、乳首に何かが吸い付いてくる。
 人間の手や舌では到底再現できない愛撫に背筋が凍り付く。言葉を絶する感触に言葉を無くした美女を追いつめる責め苦はなおも続く。
 一瞬、チクリとした痛みが走った後、言葉に出来ない恐怖がマナの全身を駆け巡った。今、どうなった? 今、何をされた?
 答えの代わりに快楽が全身を包んだ。乳房全体を恐ろしいほど優しく、だが執拗に愛撫される。下からすくい上げるように、いや、稜線に沿って撫でられている?
 わからない、どんな事になっているのか、どんな愛撫をされているのか…。
 ただ、じゅっぱじゅっぱ、ぐぽぐぽと大袈裟な音と、ちゅうちゅうちゅくちゅくと赤ちゃんが立てるような可愛らしい音がマナの耳をこそぐった。

「はっ、や、ああああああっ。うそ、くすぐったい、だけ、ぁあぁぁぁ」

 自分で言っておきながらなんと嘘くさい言葉なのか。吸い付く感触と熱は恐怖と嫌悪に強ばるマナの緊張を解きほぐしていく。手足が戦慄いた。指先までを痺れさせる快楽に、全身を翻弄されてしまう。胸全体が溶けていく快感にマナは麻薬中毒者のような喘ぎを漏らすことしかできなかった。悔しさと快楽の入り交じった表情でマナは涙を流した。

「ああ、あああぁぁ。やだ、いや、シンジ、シンジ…。痺れる…熱いよぉ。どうして、こん、な」

 ぎちぎちと音を立てて肋骨がマナの体を締め付け…いや、抱きしめる。ぴったりと密着したマナの腰に細い肉の鞭が絡みつき、古新聞の束を縛り上げるようにきつく…だが決してマナを苦しめないように締め付けた。いつの間にか怪物の背中に回されていたマナの両腕が、感極まったのか怪物の体にしがみつく。

「ああああ、ううぅぅ〜〜〜〜」

 乳首をつままれた? いや、吸い付かれて甘噛みされた上で転がされているのだろうか。弛緩したマナの全身からぽたぽたと汗が流れる。力なく垂れ下がり、揺さぶられるだけのマナの頭から玉の汗が髪を潤し、溢れてこぼれ落ちる。その汗を求めて無数の虫たちがマナの真下に集まり始めた。
 胸乳から広がる快感の電流に翻弄されたマナは、彼女の苦手な虫が集まってきていることにも気がつかない。

「ああ、ああああ…。ああうう、はぁ、ううう〜〜〜っ」

 いつの間にかマナの体は宙に浮いていた。両手だけでなく、健康的な太股がどこまでも艶めかしい足を使って巨大な怪物の体に全身でしがみついていたのだ。股間を怪物に押しつけるようにして両足を怪物の腰に絡ませる。怪物の尾で縛られているため、特に力を入れなくてもしがみつくことは容易だった。

「あ、はぁ、ううぅぅ。ん、だ、め…なのに、ああ、こんなこと、しちゃ、だめ…なのに」

 そんなことをしたらダメだ、そう頭ではわかっているのだけれど、快楽に対する条件反射で体は勝手に動いてしまう。快楽に彩られた体はそうなるように出来ているのだ。
 ガチリと錠前の音を立ててマナの両手首と両足首が固定された。見なくてもわかる。コウモリの指先で捕らえられたのだ。
 捕らえて次に来るのは?

 ゾワリ…。

 うなじの毛が逆立つ。股間に押しつけられる熱とその正体に全身が震え上がった。苦しいほど全身が熱を持っているというのに。
 覚悟を決めたつもりだったけれど、しかし現実はなかなか難しい。
 いよいよ入ってくる…。受け入れてはダメ、逃げないといけないのに、と心は思うのだが、体は逃げようとしない。そもそも逃げたくてもこうなっては逃げられないのだけれど。
 なるほど、上手いやり方だ。と、もし学者か何かがいたらそう感想を述べただろう。
 最初に圧倒的な恐怖を見せつけ、精神的肉体的に獲物の抵抗を奪った後、胸の肉塊の中に隠れた毒針を刺して麻痺させてしまう。さらに愛撫を繰り返し、否応なく獲物の性感を高めていく。恐怖に強ばった獲物はまず麻酔による弛緩で体は心の制御から離れ、刺激に反応するがまま自分から抱きついてしまう。それをしっかりと捕らえ、固定してしまう。

「うう、うう………たすけ、て。いや、それは、イヤ…。いやいやいや、イヤぁぁぁ。悔しい、イヤなのに、こんな、レイプでレイプで…。
 やだよ、やだ、あああっ、お願い、ひっ、きひぃ! シンジぃ助けて、助けに来てよぉ」

 反応したくない、感じたくないっ!

 必死になって心の中で何度も叫ぶ。
 だが、そんな彼女の儚い抵抗を嘲笑うように、ツンツンと具合を確かめるため生殖器の先端が淫らなマナの女性自身をつついてくる。ぬめぬめとした生殖器の先端がわずかにヴァギナを割って潜り込む。その度に腰を跳ね上げてマナは呻いた。
 じっとりと重い汗を浮かべ、イヤイヤと唯一自由になる首を左右に振り乱して体をよじる。残酷なことに、注入された麻酔が少量だったのと、大量に汗を流していたからかマナの体に力が戻ってきた。それに伴い、惚けていた心に正気が戻ってくる。

「ああ、助けて、助けて、イヤ、もう、イヤ。犯されるのは、セックスなんてもうイヤぁ!」

 髪の先まで汗でぐっしょりと濡れている。耳横の左右の跳ね毛が心なしか萎れているように震えた。髪先から飛び散るマナの汗の塩分を求めて、虫たちが右に左に踊り狂う。これから始まる饗宴の前奏だ。

「ひぅぅ、どうして、こんっ、な。いやいや、わたし、こんなこと。放して、放して…」

 ようやく狙いが定まったのか、直径2cmほどの生殖器がマナの中心に押し当てられた。数秒後の熱と圧力を予感し、たまらずマナは首を後方に仰け反らせ、全身を硬直させる。せめて力を込めて体内の圧力を高めることで、挿入を妨げようとでもするように。まったくもって無駄な努力だ。

「ああ…」

 固く閉ざされたマナの両目から、キラリと銀の滴がこぼれ落ちた。

「あう、うぅ、んんんっ! んっ、あうううぅ、ん〜〜〜〜っ」

 滴が地面に落ちたのとほぼ同時に、マナの体が押しつけられる。
 熱く粘つく生殖器が、再びマナの体内を汚すために潜り込む。アボガドに似た亀頭部分がマナの緊張や締め付けなど物ともせず、いやかえって快感がいや増して儲けたと言わんばかりに喜び勇んでマナの膣をうがち、蹂躙した。

 ギシ、ギシギシギシ

「ああああぁぁぁ。あああ、あっ、あっ、また、あああっ。あああぅっ」

 堪えきれずマナが暴れるたびに怪物の体が家鳴りに似た音を立てる。しかし決してマナの体を解放しない。ひゅぅ、ひゅぅ、ひぃ、ひぃと笑うような声を立てて、より深くマナの体内に挿入していく。

「そんな、ああうぅ、痛い、痛いぃ…。痛い、そんな角度、無理よぉ。そんなに、入らない、よぉ」

 鋭い痛みに耐えきれず、ひしとしがみついてマナが哀願するが構わず怪物の生殖器はマナの奥の奥へと潜り込む。確かに、かなりきついがまだ余裕はある。奥へ、奥へ、膣の最奥にある子宮口のこりこりとした弾力を求めて。

「あ、はっ、ううっ」

 遂に根本まで生殖器が挿入された瞬間、マナの体がビクリと断末魔に震えた。しがみつく手足はブルブルと痙攣し、腹を割く痛みと、子宮口に感じる怪物の存在に呻くことも出来ない。マナの心を襲うのは、処女や貞操を奪われる以上の恐怖だ。この痛みは、やがて快楽に変わってしまう。痛いこと苦しいことに体は慣れ、その内気持ちいいと感じてしまう。体が堕ちれば、いずれ心も堕ちてしまう。
 本当に堕ちてしまう。

「…う、い、や。イヤだよぉ」

 シクシクとしゃくりあげるマナの顔を、長い舌を伸ばして怪物は舐め始めた。閉ざされた瞼の上だけでなく、可愛らしい鼻、さらには口元までを執拗に舐め、マナの味を堪能していく。

「ああうううぅぅ。うううぅぅ、ひ、やめて、舐めない、で。ああ。そんな、う、うああああっ。もう、もう胸イヤだよぉ…。あ、やぅぅ」

 半ば忘れていた乳房への愛撫が再開される。ゾクンと深奥が震えた。
 股間と膣内にはまだひりひりとした痛みを覚えているが、胸は既に快楽の海に溺れ始めている。それに膣の方も早速、堕ちようとしている。怪物の生殖器からぬるぬるした粘液が噴き出し、膣内一杯に溜まり始めているのを感じる。射精とは違う、もっと別の何かだ。

 大量のタンパク質、ペプチド、ステロイド、バソプレシン、チロキシン、アドレナリンなど成長ホルモンや、甲状腺ホルモンなどを大量に含んだその液体は、著しい代謝の促進や治癒力の向上を促す。それはマナの膣の摩擦による損傷を速やかに回復させると共に、彼女の快楽中枢を刺激し、覚醒させる効果を持つ。もちろん、成長ホルモンの過剰摂取は肉体のバランスを崩し重大な問題を引き起こすのだが…。当たり前だが、怪物にはそんなことを知るよしもないし、知ったところでどうもする気はなかった。

「ひぃっ、うっ、うううううぅぅ。胸ばっかり、ううう、ああああっ。ああ、やだ、お腹が、お腹がっ」

 ただただ、マナの美肢体を貪り続ける。

(やぁ、やぁぁぁ。頭が、気持ち悪くて、イヤなのに、ぼぉーっと、して、助けて…)

 見えないお腹はきっと達するに達せないもどかしさで波打っている。胸の愛撫に比べ、挿入された生殖器の動きはマナがもどかしいと思うほどに緩慢で緩い。怪物の意図を悟り、絶望にマナは呻いた。挿入しても決して自分から動いたりはしない。せいぜいは体を揺するくらい。そうして、たっぷりとマナの体をじらして、1日中の…いや、このままマナを自分の一部にかえてしまって永遠の交尾を楽しむつもりなのだ。

「ううう、やだ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁはぁはぁはぁ。あぁ、あぅ、こんなの、だめ、だめぇ。ああ、生殺し、死ぬ、死んじゃう」

 いつしか開きっぱなしになったマナの口から涎が溢れた。ぬめった液体は口元を伝って床に滴る。そして無意識のうちにマナは腰を押しつけていた。しがみつく指に白い筋が浮かぶ。

「くふぅ、ふぅ、はぁうぅ。ああ、切ない…」

 ゆっくりと怪物…皮膚は立ち上がると、体を揺すりながら歩き始めた。想像を超えたマナと皮膚の初夜の艶めかしさに惚けていた周囲の怪物達が慌てて道を空ける。
 足を踏み出した震動が、思わぬ衝撃をマナに撃ち込んだ。

 ―――マナの目が見開かれる。

「ああはあぁぁぁああっ! 不規則に、奥に、当たって!
 いやぁぁぁぁ、イク、イクイク、いっちゃぅぅ――――っ!」

 獣の交合で達してしまい、ビクビクと痙攣するマナの嬌声が木霊となって通路に響いた。
 荒い息を吐き、まだ快楽に惚けながらも心地よい倦怠感の中でマナは思った。
 今はまだ、心は折れていないけれど、それもいつまで持つだろう。怪物は否応なくマナの中で存在感を増していく。心の中と、体の中両方でだ。怪物の向かっている先と、そこで待つものを想像してマナは恐怖に震えた。

「しん、じ…」

 彼の名前を、いつまで覚えていられるだろう?
 歩行に合わせてズンズンと生殖器でえぐられるたびに、再び身体が熱を帯びていく。
 ああ、そうだ。怪物は森の獣、狼なのだ。そして自分は、狩られることを避け必死に逃げながらも、捕らえられ喰われるときに性的快感すら覚える牝鹿なのだ。
 また、ほんの数分の睦み合いで淫蕩なる牝鹿の体は達してしまうだろう。それで終わりではないのだ。怪物が、満足するまで、いや…身籠もり、その子を出産するその時まで解放されることは、多分、ない。

(シンジのこと、忘れる前に、死ねる…と、良いな)





初出2006/05/01 改訂2006/06/27

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