エヴァンジェル隷奴

- 前編 -



著者.ナーグル















「つまり、どういうことなの?」

 分厚い扉越しに聞こえてくるマナの声は、顔が見えなくても戸惑っていることがよくわかる不安を帯びていた。声こそ出さなかったが、隣の独房に閉じこめられているマユミとレイからも不安と焦燥が伝わってくる。その不安はアスカに対しても胃に凝りを感じさせる重苦しいものだった。
 うなじの毛が逆立つ怖気を押さえ、唇をなめて湿らせながら、アスカはなんて言えばいいのか考えて数秒間逡巡する。
 言い訳、甘い期待、情報を必要最低限に…。
 色々考えたが、結局アスカはそのまま伝えることにした。隠してもごまかしても、結局数時間後には彼女たち全員が真実を知ることになるのだから…。

「私たちはこれから調教されて…。政治家とかそういった人の愛人にならなきゃいけないんだって」

 可能な限り落ち着こうとしたアスカだったが、どうしても声が上座ってしまう。だが衝撃的なことを聞かされたマナたちは彼女の声音に気づかない。
 
「なんで、そんな…」

 マユミの声はどうしようもなくか細い。
 調教なんて普通に生きていれば一生関わりを持たないような単語だが、本好き故にか色々なジャンルの本を読んでいるマユミはその単語の持つ、ネガティブな意味を知っている。畳1畳ほどの広さしかない息苦しく、狭苦しい独房にこれ以上ないほどぴったりな消沈した呟きだった。

「私が海を見たいなんて言ったりしなければ…」
「え……そんな、違う、違うの。違います。アスカさんを責めてる訳じゃ、ないです」

 こんなときにも他人を気遣うマユミの言葉とそこから感じられる彼女の優しさ。彼女たちを巻き込んでしまったことにアスカの心が痛む。











 なんだかだと色々あった末、平和になった第三新東京市であったが人間が人間である異常、闇が生じるのは仕方がないことだといえる。いつこの売春組織がつくられたのかは定かではないが、顧客や幹部の多くに市の上層部を抱え込んでいてその権力は物凄まじい。仰々しいことに悪徳の都『ソドム』の名前を冠したこの組織はメインは前述通りにVIPへの性奴隷の斡旋や供給を行っている。そして裏では暴力団や外国マフィアなどとも繋がっており、賭博、麻薬の密輸や殺人すらも行っている。

 久しぶりにそろって遊んだ帰り「海を見たい」というアスカの提案に乗って港に行った彼女たちが見たのは、怪しい数人の男たちが外国人らしい白人男性から、白い粉や樹脂が入った大量のアタッシュケースを受け取り、一方で見目麗しい女性たちを彼らに引き渡している現場だった。
 立ち入り禁止区域でひっそりと行われていたはずの取引は、普通だったら気がつくはずはなかったのだが、捜査官が見つかり、射殺される音が響いたことと、念のため周囲を警戒して散策していた男たちに見つかったのは不運としか言いようがない。
 逃げようとした4人だったが、男たちの行動は素早かった。
 捕らわれ意識を失った4人は密やかにいずこかへと運ばれ、気がついたときには今のような状況だった。

 そして誰よりも先に目覚めたアスカは、恐らく無駄に怯えさせるためだけにこれからどういう境遇になるのかを聞かされていた。そしてその悲惨な未来を、ようやく目覚めたほかの三人に聞かせたところというわけだ。
 沈痛な沈黙が3人の心境を物語っていた。好きでもない男たちにさんざんに弄ばれ、そして物のように、いや飽きたら捨てられる愛玩動物として売られてしまう。売られていくのは上海の成金か、中東の王族か。あるいは欧州の新貴族のところへか。真っ青な顔をしてマユミはふるえる。強ばった顔で瞬きもせずにマナは扉を見つめる。耳鳴りがして、飛行機が舞い上がった直後のような墜落感が、終わることなく続く。自分の意識がどこか遠くへ飛んでいくような頼りない感覚が全身を支配していた。

 数分間の沈黙の後 ――― ぼそりとレイが呟いた。

「逃げられないの?」

 遠回しに何か気づいたことはないかとアスカをつつく。しかし、アスカの言葉は予想通りのものだった。

「あったらとっくにどうかしてるわよ。それに、仮に気づいたことがあったとしてもそれを今ここでみんなに話す気はないわ」
「ど、どうしてですか? アスカさん、まさか…」
「自分だけ逃げるつもりなの!? アスカずるい!」

 息をのむマユミと声を荒立てるマナに対し、鷹揚にため息をつくとアスカは噛んで聞かせるように言った。

「違うわよ。こんな……盗聴器が仕掛けてあってもおかしくない場所で軽々しく脱走の企てなんて話せるはずがないでしょ」
「あ…そう、ですよね」

 マユミは気味悪そうに狭く薄暗い独房内を見渡す。窓一つないし目っぽいコンクリートむき出しの壁、裸電球1個だけの明かり、端が腐り出している畳部屋だが、たしかにどこになにがあってもおかしくはない。相談をするにしても、絶対周囲に漏れないような状況でないとできないのだ。
 そうと気づくと今までの自分の呟きや泣き言を誰かに聞かれたのではないか、いや聞かれたに決まっている。その所為でよけいに酷い目にあったりするのでは…。不安ばかりが大きくなる。

「どうなるんでしょう…これから?」

 つっかえつっかえ、喉の奥で暴れる吐き気を飲み込みながらマユミはそれだけ呟いた。
 アスカの答えは単純明快。
 マユミの予想通りで、そして一番聞きたくなかった言葉だった。

「どうにかできないかぎり…。たぶん、私たちは二度と会えない。別々のところに連れて行かれて、未来の『ご主人様』の趣味嗜好に合わせた調教をされて、納品されるわね」

 アスカの悲痛な言葉に改めて一同は言葉を失う。そして茫然自失となったから、彼女の言葉に含まれていた奇妙な違和感に気づけなかった。











 そして2週間後。

 シャワーを浴びて汗を洗い落とした美女が、滴を絨毯の上にしたたらせながら大股に室内を横断する。湯気と共に香水に似た馨しいフローラルが漂う。張りのある肌に水滴がちりばめられた黄金となって輝く。幻想的な光景だった。
 彼女がいるのはバスルームに隣接している、そこだけで50坪ほどの広さがありそうな第三新東京市でも最高のホテルの一室だ。隣の部屋からは音楽が流れてきている。適当に滴を拭い、バスローブを纏うと『惣流アスカ・ラングレー』は濡れた蜂蜜色の髪をまとめあげ、タオルを巻く。白人種特有の肌はピンク色に火照り、艶めかしさは匂わんばかりだ。

「ふぅ…」

 大きく開いたライトブルーの瞳。タオルの隙間からのぞくハニーゴールドの髪。
 麗しい美の女神にふさわしいゴージャスな部屋に、その部屋が色褪せさせるビーナスの化身が裸体を惜しみなくさらす。それはどこか桃源郷のように不思議な光景だった。なぜなら、美しくも清廉な彼女だったが、不思議と耕した土のような猛々しさを持っていたからだ。

 キングサイズのベッドに仰向けに倒れ込み、湯上がり後の気怠い感覚に身も心も浸らせる。
 このまま眠ってしまいたいような ――― 怠惰で心地よい感覚に一瞬意識も遠のく。でも眠ってなんていられない。すぐに彼女の目は鋭気に満ちあふれ、色っぽく半開きにした唇から『ハァ…』ととろけるように甘いため息を漏らす。
 リモコンを操作すると、壁にかけられていたクリムトの模写と見えていた絵画が明滅し、どこか別の場所の光景を映し出した。映像は左、正面、右とで別々の場所を映し出している。
 ちらりと時計に目を向ける。

(いよいよね…)

 よく冷えたレモネードを飲み干し、それが全身に染み渡るのを感じながらアスカは数分後の饗宴を想像した。だがおそらく想像以上の淫靡な宴が行われることになるだろう…。可愛そうなレイ。不幸なマユミ。哀れなマナ。
 時計の長針と短針がぴったり直角に…午後9時になったことを告げる。
 宴の時間…さすがのアスカもゴクリと唾を飲み込み、興奮に息を荒くさせていた。





























 左のテレビに長い黒髪の美女が映し出される。髪のふちをワンレングスボブ(おかっぱ)にカットしている癖のないストレートな髪は、背中の中程まであり、艶やかで見ていると吸いこまれそうなくらいに黒い。墨のように黒い髪と対照的に肌は和紙のように白く、怯えを隠せない濡れた子犬のような雰囲気をこれでもかとばかりに纏っている。見ようによっては地味な顔にされた唯一の化粧である口紅が、そこだけ血のように赤く、絵巻草紙の登場人物のように非現実的な印象を与える。だが当事者である彼女…『山岸マユミ』にとっては、眼前の光景は夢であって欲しいだろうが、2週間の間になされた数々の調教と同様、これから彼女を待ち受けているのは現実だ。

「ひっ……い、いや。なんなの、なんなの、これ」

 細い体をより小さくしようとするようにマユミは自分で自分を抱きしめる。頼りなく震える肩、涙の浮かんだ瞳、アスカも羨む大きな胸とほっそりとした腰のいずれも、彼女の眼前の捕食者…彼女を購入した男の嗜虐心を煽っている。一瞬、アスカは蝶マスクを付けた全裸の男と意識がシンクロしたような気さえした。子犬のように震えたマユミはこれから美味しくいただかれる。男に意識を投影し、自分が男根を備えた筋肉質の男になったような錯覚を覚える。
 詳しく調教の内容を聞いたわけではないが、マユミは徹底的に性感高められる一方で、男に対する嫌悪を徹底的に植え付けられているらしい。それこそ髪を撫でられただけで肌を上気させ息を荒げる。だがこの世でたった一人以外の男に体を触れられるのは、彼女にとって最低最悪の焚書同然のことなのだ。

(そんなマユミが、これからシンジ以外の男に犯され、嫌なのに感じてしまう。それも気絶するまで、ううん、気絶しても何度もイかされるかと思うと…)

 ぞくりとアスカは背筋をふるわせた。
 マユミを調教したのは、60近い初老のかなりしつこい性格の男だったと聞いている。老人はしつこい。しつこい男にどんな調教を受けたのか…。体験したいとは思わないが、見てみたかったとは思う。マユミは元々淫乱の素質があるとかで、徹底的に快楽調教と奉仕調教を仕込まれたという話だった。条件反射になるまでキスやフェラ、手淫の技術を仕込まれ、どんなに心で拒絶しても、眼前にペニスが突きつけられれば嫌がりながらもしゃぶりつかずにはいられない。

(ふふふ、嫌がってる嫌がってる)

 結婚とかそういったことに夢見がちなところのあったマユミには状況は最悪だろう。なにしろ今の彼女が身に纏っているのはレースとフリルを装飾された純白のドレス…いわゆるウェディングドレスなのだから。
 マユミの職業は基本は第三新東京市私立図書館の司書だが、副業としてモデルをしている。モデルといってもファッションモデルやグラビアモデルではなく、企業の紹介や教会や結婚式場などの広告写真専門モデルである。通常、名前など出ることもないし手だけの撮影とかだったりするのだが、友人から頼まれ、断り切れずに高校時代から続けてきた息の長い仕事故に意外にファンが多い。彼女の写真を集めた同人写真集がこっそり作られているくらいだ。
 そして彼女にとって18番ともいえるのが結婚式場などが作成する新婦の写真だった。両親を亡くして孤児となった彼女は教会に縁が深かった為、特に新婦のモデルは最も多くこなしてきた。必然的にウェディングドレスは彼女の仕事着同然だった。

 それにしてもウェディングドレスがよく似合っているとアスカは思った。普通、マユミのように大きな胸をしていては、オフショルダータイプのドレスを着ると人生に疲れた商売女のように見えるものだ。しかし職業柄、着慣れているということもあるだろうが、マユミはウェディングドレスを着こなしていた。
 まあ、それもある意味当然だろう。写真の女性にどういう未来が待っているか知らずに、一流のクチュリエがわざわざデザインして制作した2000万円以上する彼女だけのドレスなのだから。わざわざそんなものを用意する…それほど、マユミを追いつめている男は彼女に固執しているわけだ。

「あ、ああ…こ、こない、で…下さい。助けて、助けてっ! 誰か、誰かぁっ! お願いです、誰か、助けてください!」

 じりじりとマユミは後ろに下がって逃れようとしている。だが、彼女も内心はわかっているだろう。どこにも逃げられはしないことを。
 なにしろ、彼女が今いるのは荘厳な雰囲気に包まれ、豪奢なステンドグラスで飾られたカトリック系教会の聖堂内なのだから。それも、多少の知識があればこの教会はバチカンから大司教が派遣されているほどの教会であり、第三新東京市で、いや事実上、日本で一番位階の高い教会だということがわかる。
 マユミは奨学金や学費、就職先の紹介などこの教会に、神父や尼僧たちの世話になってきた。本当の親のように思っている人たちもいる。だが、1年中休まず、常に扉を迷える子羊たちのために開けているはずの場所は余計な部外者が入り込まないように閉鎖され、迷える子羊たちは別棟に案内されるようになっている。
 組織と繋がっている神父や尼僧達は一部は気の毒そうに、一部は聖職者にあるまじきどす黒い情欲に満ちた目でマユミを見つめていた。中にはマユミと個人的に知り合いの者もいるが、それでもなお彼女を悪魔の舌先に供じようとしているのだ。
 本来なら、秘密が漏れる危険を可能な限り排除するため、人目を除外した専用の施設で事に及ぶのだが、マユミを所望した男は是が非にでもと教会での秘め事を希望した。

「どうして、どうしてなの? なんで、誰も…助けて、くれないんです? ああ、いや」

 追いつめられ、逃げて、あざけられて。
 ついにマユミは逃げ場を失い、説教台の前に特別にしつらえられたキングサイズのベッドの上に倒れ込んだ。

「………っ、きゃあっ!」

 ふわりとケープと黒髪が舞い上がり、ダフネのような哀れみと嗜虐心を呼び起こすマユミの悲鳴が聖堂内に木霊する。彼女がベッドに到達するのが合図だったのだろうか。マユミを実の娘のように慈しみ、神の祝福を祈ってくれていたはずの司教は別人のように歪んだ顔をして厳かに宣言した。

『それでは、これより結婚式を開始します。誓いの前に新郎は新婦を喜ばせなさい。新婦も新郎に応えなさい。神はすべてを見ています』
「司教様、そんな、助けてっ! どうし、て…い、いやぁぁ―――っ!!!」

 男は某アニメの怪盗よろしく、ベッド上のマユミに飛びかかった。
 恐怖に身をすくませるマユミにのしかかり、その量感たっぷりとした乳房を下から掬い上げるように握りしめる。刹那、調教と媚薬で敏感にされていたマユミは息を詰まらせるようにして喘いだ。

「はぅ、くふぅぅ…んんっ」

 首を大きく仰け反らせ、大きく肩で息をしながらどこまでも甘いため息のような喘ぎ声を漏らすマユミ。じたばたとひっくり返されたカブトムシのように手足をもがかせているが、その力は弱く、男にたやすく捕まえられる。

「ひゃぅぅぅぅ―――――っ! あ、ああ、な、なに、これ、なんなの!?」

 男に手足を触られた瞬間、マユミの全身は総毛立ち、同時に言葉にできないほどの官能が彼女を貫いた。頭頂部がひりひりと緊張し、目がぼやける。手足には力が入らなくなり、股間と男に触れられている箇所だけが焼けたように熱い。

「な、なんで、こんな…ああ、いやぁ。胸、揉まないで、下さい」

 途切れ途切れの声でマユミは男からの愛撫を拒絶する。
 嫌なはずなのに気持ちいいのが恐ろしくて仕方がない。好きでもない男の愛撫で感じるなんて、あるはずがないのに…

 彼女の困惑ももっともだろう。
 彼女に施された調教の過程で電気ショックと薬物による記憶消去があった。そのため、マユミには調教を受けた記憶が残っていない。記憶がないからこそ、娼婦以上の技術を持つほどに調教されていても、女達は清純な気持ちのままなのだ。
 わずかにおぼろげな悪夢の記憶が残っている。ほとんど覚えがないからこそ、自分の体が自分の物じゃないかのように男の愛撫に反応し、初めて自慰をしたときのように、いやそれ以上の興奮に体は昂ぶる。
 
「あああああっ! い、いやっ! いやぁ―――っ!」
 
 シンジを想ってした自慰よりも、この名前も顔も知らない男による愛撫に反応してしまうことが、マユミには思い人に対する耐え難い裏切りに感じられた。今にも頭が破裂しそうな背徳感が、マゾの素質があるマユミの官能を呼び覚ます。

「やだ、やっ、は、はずか、しいっ。あ、ひ、ああっ。ああ、ああああ、く、ふぅぅ。い、やぁ…やめて、お願い、です。や、やめてぇ…。胸、いやぁ。ああ、シンジさん、シンジさん…」

 首を振って拒絶しようとするが、目聡く男は彼女の顎をつかんで固定すると、唐突に彼女の唇を奪った。見開かれた隷嬢の瞳に涙が浮かぶ。

「ふむっ!? ひゅむぅぅぅぅ〜〜〜〜!?(いや、嫌っ、キスされ…初めてなのに、こんな、こんな人に!)」

 ファーストキスを奪われた衝撃に目を白黒とさせ、涙を流して身をよじる。必死になって彼女にできる精一杯で暴れる。腕は児戯のようにぽかぽかと男の胸をたたき、足はのしかかる男の腹に太ももを押しつけ逃れようとする。急に動いたことで酸素不足に陥りそうになったが、それでもマユミは必死にあがいた。

「ちゅ、ひゅむ、ん、んくっ、んっんっんっ。あ……んんん〜〜〜〜っ」

 長い長い、嵐の中の船、その乗員が感じるよりも長いキスだった。
 彼女の口腔内には生臭い息と唾液を伴って男の舌が進入してきている。息苦しと嫌悪にマユミはえづき、身をよじらせるが顔を固定されていては彼女の腕力では到底逃れ得ない。男の舌はマユミの中で縦横無尽に暴れ回り、頬の内側や歯茎を舐め回す。気持ち悪さのあまり、男の舌を押し返そうとマユミが舌に意識を集中したとき愕然とした表情のまま息をのんだ。息をのむと同時に男の唾液まで飲み込んでしまったが、そんなことも気に止まらないほどの衝撃だったのか、マユミはメガネの舌の目を見開いたまま、身動き一つせずに男の体重を全身で受け止めていた。

(どうし、て? なんで、なぜなの? なんで、私…)

 彼女はそうしようなんて微塵も想っていない。今も激しい嫌悪に胸はむかつき、喉の奥が粘ついている。
 だが彼女の舌先は違った。よく躾けられた犬さながらに、男の舌を感じた瞬間、自分から男の舌を求めていた。蛇の交尾のようないやらしさで、積極的な自分から絡みついている。

(な…にを。なんで、なんで、どうして私、自分から…キスして、舌を、絡めて…。嘘、いや、いや)

 自分で自分のしていることが理解できない。
 マユミがそう感じたとしても無理はない。意識からは消えていても、この2週間、寝る間も惜しんで徹底的に仕込まれた彼女の体は、条件反射で男の愛撫と行動に応えてしまうのだ。今のようにキスをされれば、嫌がりながらも自分から口を半開きにし、糸を引く艶めかしい舌を絡め、男の唾液を飲み干してしまう。

「ん、くちゅ、ちゅっ。ふみゅ、ちゅ…んん、あふ、ちゅぷ…」

 男の蹂躙を受け入れ、そして自分から男の口の中に舌を差し入れる舌同士の交合。背筋を走るゾクゾクとしたうずきにマユミは思わず可愛い声を漏らして喘いだ。

「あふ、きゅ…う……うぅん」

 全身茹だるように火照って、何がどうなってるのかさっぱりわからない。
 胸をたたいていた腕はいつしか、甘えるように男に縋っている。右手は手の平を胸毛の生えた胸に押しつけ温もりを感じるだけでなく、自分の豊乳を男が愛撫しやすいように二の腕で膨らみを押し上げ、左手は少しでも男と密着するように、自分から男の背中に回されきつく抱きしめている。
 両足は暴れることをやめ、それどころか無意識のうちに左右に押し開き、間に男の腰を受け入れ、もじもじと腰の後ろで踵を交差させるように絡みついている。

(なんで、なんなの? なに、これ。私が、私じゃない…違う、こんなの、こんなこと私…)

 改めて自分の状況に、自分のしたことに気がついたマユミの顔が火がついたように赤くなった。そして同時に体の芯から痺れたように震える。熱くて熱くて訳がわからない。胸を愛撫されているだけなのに、気が狂いそうな官能に支配され、嫌なのに感じてしまう。愛撫され続けている胸から感じる快感が、最初は小さかったのに今は業火となって全身を焼いていた。もう、痺れた体に力は入らない。指一本動かすのだって、今のマユミには一苦労だ。

「ふぁ、あっ、ああぁ……ん、ちゅく、なんで、こんな…」

 たっぷり数分間に及ぶキス、というより口腔愛撫からようやく解放されたマユミの口から涎がこぼれる。男とマユミの口の間に、一瞬長い橋が架かり、ぷっつりと切れた。ぐったりと脱力したマユミの額には汗が滲み前髪が張り付いている。男はそっと前髪をなでつけてやると、マユミの両の乳房を存分に堪能するためにしっかりと握りしめ、いやらしく、執拗に揉みしだく。

「あふっ、ふっ、ふっ、ふぅぅ―――っ。んん、ああぁ、か…はっ。む、ね、嫌ぁ…。こんな、こんなの、こんなのぉ」

 彼女のコンプレックスである豊乳が思うさま嬲られ揉まれ、快楽と嫌悪にマユミは悲痛な啼き声を上げる。スカートの裾に切れ目が入れられ、乱暴に引き裂かれる。あらわになったレースのショーツに痛いほど堅くなったペニスが押しつけられ、クロッチ越しに男の熱と興奮を感じさせられて、マユミの体が恐怖にわななく。彼女だって馬鹿じゃない。これから、自分がどういう目に合わせられるのか…。無意識に刻まれた調教の知識がなくても、簡単に想像がつくことだった。

「あ、ああ、いや、いやいやぁ…。イヤです、お願い、しないで、そんなこと、そんなことしないでぇ…」

 痛切な哀訴の泣き声と拒絶の呻き。神の子羊たちと十字架上の救世主が見下ろす中、聖堂で行われる背徳の儀式はこれからが佳境だ。





























(義理でも親に裏切られるって哀れなことね…ってこっちも見逃せないわ)

 マユミの映っている左のディスプレイから正面のディスプレイへと視線を向けると、こちらでもあられもない淫靡な光景が繰り広げられていた。

「んっ、あっ、う、あっ、いやっ、あ、はっ、ああっ」

 四方をコンクリート剥き出しの壁で囲まれた狭い部屋だった。飾り気のないスチールのデスクが2台と、肘掛けのない粗末なパイプ椅子が三つある。机の一つは部屋の中央に設置され、一つは目立たないように唯一の出入り口であるスチールの扉の側に設置されている。刑事物のドラマなどを見慣れた人間なら、漠然とそこが取調室だと想像がついただろう。
 部屋の中には一組の男女の姿があった。容疑者と尋問している刑事…ではもちろんない。

 女は奇妙な格好をしていた。両手を膝に当てて体重を支え、背中が地面と平行になるよう尻を突き上げた体勢…いわゆる馬跳びの姿勢で喘ぎ声を上げている。
 男は顔の上半分だけを隠す蝶マスクをつけただけの全裸で怪しいことこの上ないが、床に脱ぎ散らかされた糊の効いた青い制服から、一見して高い階層にいる人間だと見て取れる。そして男は悠々と椅子に腰掛け、眼前に突き出された女の陰部に顔を埋め、執拗な尋問を繰り返していた。

 女が誰なのかはアスカには容易にわかる。
 サイドが外ハネになるようセミショートにカットされた栗色の髪、垂れ目の童顔という人懐っこい面立ち、細身だが鍛え上げられてしなやかな肢体の持ち主『霧島マナ』だ。
 アスカの親友であるマナ。むろん、彼女は取調室にいても犯罪者ではない。むしろ、犯罪者とは真逆な職業だ。
 高校を卒業して彼女は警官となっていた。剽軽で適当なように見えて、正義感の強い彼女にふさわしい選択だっただろう。

 だが彼女は屈辱と嗚咽を噛みしめながら、憧れと誇りをもっていた婦警の制服を着ている。いや、着せられている。マユミに負けず劣らず変わった趣向だが、警察関係者の美女が先方の要求だった。はっきり名前を伝えられたわけではないが、向こうが要望として出していた女性の特徴はマナに恐ろしいほどに適合していた。評判の美人婦警として有名なマナが今まで組織の獲物にならなかったことが不思議なくらいだから、別に不思議なことではない。

(遅ればせながらも、ふさわしい場所と待遇になったということかしら)

 いままでマナがそうならなかったのは、色々と準備が整う前に他の男に捕まることを先方が恐れたからだろう。

 マナは相手が誰か知っているのだろうか、とアスカは思う。知らない方が幸せだろうが、だからこそ教えてあげたいと暗く熱い欲求を覚えてアスカは口元をゆがめた。警察内部の汚職、暴力団への押収銃器や薬物の横流しをしていると影で噂されている警視こそマナを陵辱している男だった。『証拠はないけど、あいつは絶対黒ね!』と酒の席でぶっちゃけていたマナを思い出す。恐らく、マナがこの世で最も嫌っている男の一人だろう。親子ほども年の離れた、そんな下劣な男にマナはこれから犯される…。

 アスカの右手がそろそろと股間へ伸ばされ、バスローブの裾を割って秘めやかな淫唇をそっと撫でさする。

「はうっ、うん…」

 すでに熱く濡れたラヴィアとクリトリスが刺激され、ピンクの電流がアスカの全身を貫いた。首をのけぞらせ、反射的にぎゅっと強く乳房を握りしめながらアスカは喘いだ。エヴァのシンクロ技術を流用して作られたヘッドセットを模した髪飾りは、目を閉じていても直接映像をアスカの脳内に投影する。自慰に没頭しながらもアスカは存分に『親友』達の痴態を楽しむことができる。

(もっと、もっと猥らな姿を見せて…マナ)



 中年から初老にさしかかっている太った男が、猥らに突き出されたマナの股間に顔を埋め、びちゃびちゃと音を立てて舐め回している。太ってはいても筋肉のしっかりついた男はいかにも精力に満ちている。まだ19歳のマナにとっては老獪さでも体力でもまるで勝負にはならないだろう。
 すでにマナの臀部から内股は唾液ととめどなくあふれる愛液によってぐっしょりと湿り、引き裂かれた黒ストッキングの破れ目から、水たまりのようにむき出しになった柔肉がのぞいている。人にもよるが性豪として最も脂がのる時期にいる男の攻めにかかっては、2週間そこそこの短期調教しか受けていないマナでは、組織の新人娼婦として奉仕するどころではないだろう。

「ああ、ああっ、あっ、や、いやぁぁっ! こ、こんなの、だ、だめぇ」

 上気してピンク色に火照った肌よりも熱く塗れた淫唇を男の舌がこじ開けていく。2週間にわたる調教と、今日のお披露目のためにじっくりと時間をかけて投与された薬物によって、今のマナは全身性感帯同然だ。相手がどんなに忌み嫌っている相手でも、いやさ犬や豚のような獣だったとしても愛撫され耳元に息を吹きかけられれば濡れて、感じずにはいられない。

「ああ、くあああっ、や、やだっ。そんな、やめて、おねがい、ああ、あああっ。お願い、だから、ああ、もう、許して、よぉ」

 目を見開き、全身をぐっしょりと汗で濡らしながらマナは切れ切れにうめいた。だが彼女は逃げようとしない。2週間にわたる調教は彼女から逃げるという選択肢を奪い取っていた。

「あふ、ふぐぅ、うううううっ。あああ、ああ、あん、いやぁ…」

 たとえ逃げられる状況になったとしても、彼女の体と心は凍り付き、逃げることはできないのだ。そして怯えて震えたままむなしく時間は過ぎ去り、彼女は無力なまま陵辱者の餌食となる。
 勝ち気なマナには手っ取り早く危険な調教が行われた。麻薬と電気ショックを併用した強制的なしつけは調教師の予想以上に彼女に馴染み、鋼鉄のように強い意志を保ったままで、だが命令には絶対服従するようにできたと聞いている。さながら、忠実にして勇猛な軍用犬といったところだろう。

『くっくっく、逃げないのか? その扉を開けて、外にいるだろう他の警官達に助けを求めてみたらどうだね?』
「あ………ああっ。あ、ああ、た…たすけ、誰か、たす、け」

 男の嫌らしい囁きに一瞬マナの目に光が戻り、出口を、彼女にとって唯一の希望に目を向ける。口が開き、舌がわななく。

「たすけ、ああううぅぅぅ。なん、で、どうして…声が、出ない、の?」

 だが、数秒間の逡巡の直後、がっくりと頭を垂れてマナは嗚咽をあげた。逃げられるのに、逃げられない。絶望のスパイラル。調教師の被虐調教は完璧なようだ。まず苦痛を与えることからはじめ、じっくりと尻穴をほぐし、アナルセックスを教え込む。はじめは痛いばかりで、だから執拗な調教に正気を保っていられた彼女だったが、薬を併用し始めさらに時折見せる優しい愛撫に苦痛に慣れきり、敏感になっていた体が反応するのには戸惑っただろう。感じたくないと思っても、苦痛に対して鈍感になった分、その影に隠れた僅かばかりの快感にはどうしても反応してしまう。
 一度快感を覚えたらこっちのものだ。三角木馬上での鞭打ちや蝋燭垂らしで絶頂に達し、浣腸器を見せられただけで秘所が濡れるまで肛門の快楽を教え込む。
 処女だが猥らで、口答えするが命令には絶対服従する女。調教師は見事に注文に応えたようだ。
 もっとも服従をしこむのに手間がかかり、肝心の快楽調教や奉仕についてはあまり教えられなかったそうだが、顧客は基本だけ調教しておけばいいと言っていたので問題はない。自らの手で下拵えのすんだ食材を調理するのも、また格別な物らしい。

 くちゃくちゃと音を立て、吸い付き嬲りながら、男はマナの奥の奥まで舌先を堅く凝らせて挿し入れた。

「ふっぐ、ひぃぃぃっ!」

 マナは血走った目を見開き、歯を食いしばって喉奥にまでせり上がってきた声をこらえる。声を出せば、体から力が抜けて崩れ落ちてしまうだろう。それでは男の…『ご主人様』の命令に違反してしまう。ご主人様は野良猫のように敵意に満ちた目をして睨むマナにこう言った。

『尻をこっちに向けろ。高く掲げて、そうだ尻相撲でもするように突き出せ。自分の手で尻を割り開くんだ。そうだ、そのままの姿勢を維持しろ。命令だ…命令だぞ』

 そしてピシャリと鞭を鳴らして、マナの骨身にしみた苦痛の中の快楽を思い出させる。その音だけでマナの敵意は骨抜きになってしまった。逃げ出すつもりでいた足先から力が抜け、言われるまま頬を上気させ、肩で息をしながらとろんとした目のまま男の言うとおりに背中を向ける。背中を向けたところで、自分が何をしたのかようやく気づいてハッとした目をする。

「え、嘘…わたし、なんで…?
 ちょ、ちょっとなにを、する…つもりなの? 私は、何をされても、絶対に、あんた達の思うとおりには…ならない」

 形ばかりに口答えするが、チョコレートよりも糖蜜よりも甘い声にはまるで説得力がない。
 マナの背後で、わざとらしく音を立てながら男は警官の…それも警視正以上の人間が着る制服を脱いでいる。不安と焦燥にマナがなにか言いかけたとき、唐突にマナの股間に生暖かい物が触れた。

「んっ、ひぅうううっっ!? あ、やだっ、なに、これ!? あ、ああ、き、気持ち、悪い…んひぃっ!?」

 まるで鉛色の巨大ナメクジが股間にとりつかれ、卵を産み付けられているようなおぞましい感触。だが、それはナメクジなどではなく、マナに命令をしているご主人様の舌先だ。どんなに嫌でも逃れることは…許されない。

「はぁぁっ、あああっ、あん、ああん、あんっ! ああっ!」





 それから延々とマナはクンニで責められ続けている。餓狼が肉をガツガツと貪るようにラヴィアを舐められ、軽く歯を立てられるのは勿論、ぷっくりと屹立したクリトリスを鼻先や舌先で刺激される。その度にマナの体内で稲妻がきらめき、快感の電流が爪先まで痺れさせる。薬で開花させられた性感は拷問じみた痺れでマナの精神を翻弄し続ける。
 マナはひたすらに喘ぎ、拒絶し啼き声を上げているが、その間の男からあった言葉はただ一つ『姿勢を崩すな』だけだった。

(辛いよ…きつい、苦しいよ…。でも、姿勢を崩したら、命令を破ったら、また酷いことされる…鞭で、打たれて、蝋燭垂らされて…。もしかしたら、クリップで乳首を挟まれるのかも。また電気ショックとか、まさか、また針を刺されたりするんじゃ…。そんなの、絶対に嫌よ)

 酷いことをされた記憶がマナ自身にはなくても、体は覚えている。目を閉じると彼女に苦痛を刻んだ行為と道具がフラッシュバックする。鞭、蝋燭、クリップ、その他名前もわからない様々な器具…。抵抗は不可能だ。要求されるがままに猥らなポーズを取り、男の責めを受け入れるしかない哀れで淫靡な婦警隷奴。

「はっ、あっ、あうぅぅ…うっ、うっ、くぅ…………うっ、あうぅ」

 腰から全身が熔けいていくような熱い官能にマナは狂いそうだった。屈辱、恐怖、困惑に彩られた快感はマナの正義の心諸共に彼女の体を蹂躙していく。
 たとえ愛撫されていなくとも到底耐えられそうにないほど長い間中腰でいたマナだったが、それももう限界のようだ。がくがく震える膝は今にも崩れ落ちそうに頼りない。

「ああ、ああああっ! 駄目、もう、駄目! 耐えられ、ないっ! もう、足、限界、よぉっ!」
『ひゅぐ、じゅぐ、じゅぶ、じゅるじゅるじゅる…』

 音を立てて啜り上げられた瞬間、目を見開き、首を仰け反らせてマナが悲鳴を上げた。たまらず手をついて体を支え、ヒィ、ヒィと喘息のような息をし始める。
 男は姿勢を崩したことに僅かに動きを止めて眉をひそめるが、マナが全身を瘧のように震わせて官能の刺激に耐えている姿を確認すると、にんまりと口元に笑みを浮かべ、かまわずクンニを再開した。

「ひ、ひぃ、ひゃう! はう、あうあうっ、あああっ、あっ、ああっ! 駄目、こんなの、駄目ぇーっ! 駄目だったらぁっ!」

 中腰から四つん這いになったマナはまた狂ったように喘ぎ声を上げ、男から、快感から逃れようと尻を振り立てる。
 涎と愛液のまざりあったものは太股から膝、ふくらはぎを伝い落ち、踝を通って靴の中にまで染みこんでいく。床には猥らな水溜まりがゆっくりと大きさを広げていく。
 マナ自身はもう限界であったが、禁忌の取り調べはこれからが本番なのだ。





























 アスカの眼前で淫靡な光景を映し出している三つのテレビ。生放送中の陵辱劇の三つ目は、勿論『綾波レイ』が主演女優だ。
 豪勢な寝台の上でレイは息を切らせて奉仕を続けている。広く豪奢な部屋だった。その割には生活感がなく、カビくさい田舎の廃屋のような非現実的な感じがする部屋だ。そのホテルの一室と言われても納得できる部屋は、実のところ病室だった。それも一般の患者は使うどころか存在すら知らされないような病室だ。

「は………あぁ…………ん……」

 時折、見開かれる瞳はいつにもまして赤く見える。泣いているように瞳は揺れ動き、ショートシャギーにカットされた色素の薄い銀髪が汗を吸って濡れ光っている。薄桃色のナース服を纏ったレイの肌は、興奮していてもなお死人のように青白い。妖精が現実の存在だとしたら、きっとレイのような女性のことを言うのだろう。
 タイトな衣服を着てもなお、隠しようのない豊かな胸の膨らみが彼女の動きにあわせて揺れる。
 その色合いはレイを妖精のように儚く神秘的な美で彩る一方、どうしようもなく淫靡な彼女の現状を際だたせていた。

「ふぁ、ああぁぁ…………あっ…………あっ………………………ん…ぁ」

 声を出すことを必死になって堪えているのか、途切れ途切れに断続的な呻き後をを漏らしている。エヴァのパイロットで出生というか、その誕生に秘密がある彼女はとかく病院や研究期間という物に縁があり、学校を卒業すると誰に言われるでもなく、看護婦…看護士を職業として選んだ。
 学校の成績も良く、運動神経にも優れていた彼女だから、もっと色んな選択肢があったはずだとシンジやリツコは少し呆れ、同時にレイらしいと素直に応援していた。だから、と言うわけではないがレイは看護士という職業を誇りに思うとことがあった。命の重みを知った今なら、レイは最高の看護士になれるだろう…。だからレイは頑張った。人の命を救うことを、シンジやリツコの期待に応えることに生き甲斐を見いだし、誰もかなわないほど献身的に働いた。
 相変わらず無表情で無感情ではあったが…時折見せる柔らかな笑みと気持ちのこもった看護で、第三新東京市のナイチン・ゲールと呼ばれるくらいに。

 ぴちゃ…ぴちゃ…ぴちゃ…。

「ううぅ、うっ……………………ふ…んんっ。くっ…………ふぅ、ううぅ……」

 彼女が努力してきたのは患者のため、人々を救うため。そしてシンジとリツコの喜んでくれる顔を見るため。シンジの側にいて、頑張ったね、偉いね、と誉めてもらってもっともっとポカポカするため。

「くぅぅ………………ふぅ、あ…………ひぅ………」

 見ず知らずの男の顔の上にまたがり、秘所を舐め回されながら粒々と屹立したペニスを手淫するためにではない。

「あう………………はぅ………はぁ、はぁ……。ん……きつい…」

 だが、口答えや抵抗は許されない。促されるままに股間を男の鼻先に押しつけ、おとなしく愛撫を受け入れながらグロテスクなペニスを擦り続けなければならない。抵抗するどころか、考えることも許されない。反抗という単語を思っただけで、天井が崩れ落ちて押しつぶされるのではないかと思うほどの焦燥と恐怖で全身を締め付けられる。アスカに人形と呼ばれていたころと同じく、ゲンドウを慕うように隷属し、リツコの命令に唯々諾々と従っていた中学生だったときのように。
 あのときはシンジがいたから、トウジやヒカリ、マナやマユミという騒がしくて鬱陶しいが彼女を支えてくれる人たちがいたから、レイは人形ではなく人間でいられた。

(でも、もう…だめ、なのね)

 レイもまた、2週間、太った中年の調教師から調教を受けていた。看護婦という職業を最大限に生かすためマユミ以上の奉仕技術と、感情に乏しい彼女に恥じらいを教え込むため、徹底的な羞恥の感情を仕込まれていた。奉仕はともかく、レイに羞恥を教えるのは大変な作業だったようだが、彼は一世一代の仕事を成し遂げていた。

 くちゅ、ぴちゅ、ずちゅ…。

 男…というよりもぶくぶくと太った豚のような老人が鼻を鳴らしてレイの秘肉の感触と滲み出る愛液を舌先で味わう。生暖かい舌先の感触がズルリと敏感な柔肉を舐めとった瞬間、ぞくりと背筋に悪寒を感じてレイは体を震わせる。全身が鳥肌立ち、冷たい嫌悪に全身を支配される。直後、一気に内側からの熱でレイの心と体が燃え上がる。

「あ………あぁ……………………はうぅ……」

 うっとりと目を閉じ、天を仰いでレイは呻き声を上げた。ほの暗い照明が真っ向からレイの顔を照らす。薬で昂ぶった体は、老人の軽い愛撫であっても通常の性行と同じくらいにレイを感じさせる。

「んんん、あぅぅ………………ふ、くっ……………………うぅ…っ」

 軽く達したのか、真っ赤な顔をしてレイはぶるぶると小さく体を震わせる。レイの小刻みな震えと共に、小水を漏らしたかと思うくらいに大量の愛液があふれ出る。飲みきれないほど大量の愛液に顔中をぐっしょりと濡らして老人は満足そうに口元をゆがめた。

『ふふふ、イったのか? イヤらしい奴め』
「うっ……………………………ち、違う、もの」

 全身がとろけそうな快楽で縛られ、意識が飛びそうになりながらもレイは老人のからかうような言葉を否定した。奇妙なことに、純粋な反抗は口にできないが、こういう強がりじみた反論はできる。
 レイの説得力のない否定を揶揄するような笑みを浮かべると、再びクンニを再開した。こういう生意気な娘は言葉よりも行動で示すことが一番だ。それが彼の出した結論だった。

『先にイってはならんぞ。患者ではなく看護婦が先にイくなどもってのほかだ』
「………………………は………………あ………ひっ…………。 そんな、だっ、め…んん……ひ…………………っ。もう、む……り………」

 じゅぶ、じゅぶ、じゅぷ、じゅる

 先の愛撫とは比べものにならない、貪るような愛撫にレイの体が跳ね上がる。小刻みに震える腰を少しでも男から離そうと持ち上げかける。ペニスへの手淫も忘れて逃れようとするレイに男は不満の目を向け、ついでレイに、というより周囲で聞いているだろう盗聴器の向こうにいる人間に聞かせるように呟いた

『ふむ、愛撫勝負と言ったはずだが…。患者の要請を無視する看護婦! 命令を無視して逃げるとは! 彼女を調教したのは腕利きと聞いていたが、とんだ評判倒れだったようだな。まったく躾ができていない!』

 躾という言葉が出された瞬間、レイの目に驚きと同時に恐怖の色が浮かんだ。記憶にはない…。けどどうしようもなく恐ろしい。
 やはり、調教の過程で行われた薬物と電気ショックにより記憶を消されているレイは、調教を受けた記憶は全く残っていない。だが、体と深層意識は覚えている。反抗的というわけではないが、まったく従順ではない彼女は調教師の男から手ひどい調教を受けていた。勿論、納品できなくなるため手ひどく傷つけるような調教ではない。
 ただ、彼女の心を縛り上げる精神に加える拷問を執拗に受けたのだ。

(……碇、くん……)

 なぜかシンジの顔が脳裏に浮かぶ。シンジのことを思いながら膝立ちの姿勢を保ち、逃げるでもなくのがれるでもなく、そのまま身動き一つしない。老人が焦れ始めたときになって、あきらめの混じった表情でレイはうつむいた。唇を噛みしめて耐えるレイの姿に、老人はサディスティックに笑う。

(なぜ? どうして、逆らえないの?)

 患者の要望に看護婦は応える物だから? 違う、そうだけどこれは違う。
 たしかに、病院の患者名簿には老人の名前はあるかもしれないけれど。
 自分で自分がわからなくなる。確信はないけれど、逆らえばシンジに危害が及ぶような気がする。だから逆らえない。逆らってはいけない。自分が拷問を受けるのなら、いや殺されても平気だけど、シンジに危害が及ぶようなことはできなかった。現実はどうかはわからないけれど、この老人に、『ご主人様』に逆らうとシンジに危害及ぶ。

「わかった…わ」

 諦めきった、投げやりな調子で呟くとレイはおとなしく座り込んだ。もじもじと腰を揺すりながら、たっぷりとした安産型の尻と秘所を男の鼻先に押しつける。

『ははははは、そうだ、そう。いいぞ、ほら手淫を…いや、口でしろ』
「う、うううぅ………………わか、った…わ」

 ぞわりぞわり、ぞくりぞくりと彼女の背筋を走り、狂わせる官能のうずきに翻弄されながら、レイは必死になって体をかがめた。老人の舌の触れたところから腐っていくんじゃないかという気もする。そういう潔癖症みたいなことを考える自分じゃなかったはずなのに、と戸惑いつつじわりじわりと染みるように広がる生ぬるく、むず痒い感触に息を詰める。

 (どうしてなの? 体が熱い…。汗が、止まらなくて、胸が、痛い)

 シンジにかつて「お母さんみたい」と言われたときに感じた気持ちと似ているが、それよりも強く耐え難い感じ。それが羞恥だと自覚することもなく、レイは目と鼻の先で屹立し、ヒクヒクと蠢いているグロテスクなペニスに目を向ける。

(汚い…臭い…)

 こんなものを口に含めなど、とんでもないことを言う。死ねばいいのに、屠本気で思う。レイは嫌悪を隠さないまま、じっとペニスを、ペニスの先端でてかてかと光るドス黒い亀頭を見つめた。こんなこと、できるはずがない…。でも、やらないわけにはいかない。

「あむ…う、んんっ(な、ぜ…?)」

 状況に気づいたとき、既に彼女は老人のペニスを口に含んでいた。
 やったことがない、できるはずがない行為をレイは躊躇うことなくやってのけていた。まるで催眠術でもかけられたように。朝起きてまず顔を洗うように、目前のペニスにレイはむしゃぶりついていた。生臭い吐き気を催す男の味が口内いっぱいに広がり、胃の奥から吐き気が溶岩のように噴出する。

「あぶ、ううぅ、ふ…ひゅぶ、んん………………ちゅぷ、ちゅ、くちゅ」

 どうして? レイは戸惑っていた。吐き気を覚えたのはほんの一瞬のことで、ペニスの苦みも加齢臭も気にならないどころか、舐めなきゃ、しゃぶって気持ちよくしなきゃ、という不合理な気持ちで一杯になる。嘔吐感を無理矢理飲み込むと、戸惑ったままレイは口一杯にほおばり、喉の奥や頬全体で味わうように愛撫する。ビクン、ビクンと痙攣し始めると、舌先で尿道口をちろちろと舐め、滲み出る先走りをゆっくりと舐めとっていく。

『お、おお、おお―――っ! う、上手い、上手いぞ…。そ、そうだ、く、くぅ…もっとカリを舌先で、なぞるように…』

 絶妙なフェラチオの技巧に、クンニを忘れて老人は叫んだ。心臓が痛いほど高鳴るが、彼はその痛みを歓迎した。そのまま意味をなさない、麻薬中毒者のうわごとのような叫びを漏らし、もっともっととレイにフェラチオを要求する。本音を言えば男を喜ばせるような行為はまっぴらごめんだが、フェラチオを続けている限りは男からの執拗な攻めは中断する。それに潜在意識に刻みつけられた奉仕の技は的確に男の敏感なところを責め立てる。

「んちゅ、ちゅぶ、じゅ、じゅる、じゅく、ちゅ、ちゅぶ、ちゅ、ちゅ、ちゅっ、ちゅっ……ちゅっ」

 綺麗に拭われ、舐られて男のペニスはテカテカと全体が黒光りしていた。なおもレイは竿を舐め、睾丸を優しくもみほぐしながら、陰毛のざらざらした感触と共に口に含む。

『お、おおっ、うぉおおお、くぉぉぉ! だ、出すぞ! か、顔に…!』
「ちゅぶ、ちゅ、ちゅ…………………あ、は、わかった、わ」

 せっぱ詰まった呻きに、レイは素直に応じた。呻きに含まれたほんの一言の意味を的確に判断し、くわえていた亀頭を解放すると、尿道の奥をのぞき込むようにしてチロチロと舌先を蠢かして、尿道口を舐める。

『お、おおおおっ!』
「―――っ! ああっ」

 男のだらしない断末魔の声と共に、ぶるりとペニスは大きく震え、膨らんだ鈴口から大量の黄色みがかった精液を噴出した。ゼリー状の半透明の物が混じった、長期間射精を我慢していたらしい臭いの濃い精液をレイは目を閉じて顔で受け止める。少し薬臭いことから、男が健康を害していることがわかった。

(あ…………熱い……)

 まず最初の一閃がレイの額を汚し、続いて二閃目が鼻のすぐ上に降りかかる。さらに数回、ぶるぶると震えながら、迸りとは到底いえない勢いで精液を滲ませながら、ゆっくりとペニスは弛緩していった。

「あ……………………は、あぁ…………」

 初めてだけど、初めてではない顔射にうっとりとした顔をしてレイは呻いた。男が射精した瞬間、確かにレイもアクメに達していた。全身が熱くて溶けそうで、痛いほど熱くなった股間の刺激に彼女は息を荒くさせる。疲れ切り、ぐったりと倒れ込み、肩で息をするレイ。ハァハァと息を荒げ、無意識のまま汚液で汚れたペニスを口に含む。苦くて喉に張り付くボンドのような精液。それをちゅぱちゅぱとキャンディーバーを堪能するように舐めとり、尿道管に残った精液をちゅうっと吸い取っていく。そう、娼婦顔負けの技術と奉仕の精神を仕込まれたから…。

「あふ、んん…………ちゅぷ、ちゅ………………れろ、あむ…ちゅ」

 ほどなく、ペニスや睾丸部分に密生した陰毛からも綺麗に精液の跡はぬぐい去られた。そして、それと同時に射精して柔らかくなっていたペニスは再び硬度を回復してレイの眼前で屹立する。

「………まだ、なの」

 あきらめのため息をつき、レイは老人の次の言葉を、あるいは行動を待った。逃げよう、抵抗しようという気持ちはすでにない。どうせ無駄だから。失敗して捕まれば、酷いお仕置きを受けるから。自分だけでなく、大切な人まで巻き込んでしまうから。それなら積極的に、自分からご主人様を気持ちよくした方が良い。いつか逃げ出すチャンスが来るかもしれない…。
 それに、看護婦は患者に尽くすものだから。
 大儀そうに上体を起こして老人が楽しそうにささやいた。

『待ちきれないのか、淫乱な女だな』
「…………………………違う、わ。私は、淫乱なんかじゃないもの」
『くははは、次はいよいよこの極太金剛チンポでおまえをヒィヒィ泣かせてやるわ!』

 犯される…。逃げたい…。逃げなきゃ…。だけど…。

「……………………もう、だめなのね」





























「あっ、ああぁぁぁっ!!」

 レイが達すると同時に、アスカもまた感極まった声を上げて全身を震わせていた。執拗に秘所を愛撫していた右手は愛液でぐっしょりと濡れ、シーツまでも染みこみ酷い有様だ。アスカの脳裏でめくるめく黄金色の幻想が駆けめぐり、どこまでも高みへと意識を運び去る。
 そして突然の墜落感と共にアスカの意識は現実世界へと帰還した。

「あ、あううぅ、はぅ、ああ…。シンジ、シンジ」

 アスカは満足そうに濡れて糸を引く右手の指先を見つめ、それから静かに目を閉じた。
 親友達のリアルタイムの陵辱劇をおかずにしての自慰行為は、今までアスカが感じたことのないような充足感を味あわせていた。このまま眠りに落ちていきたいような満足感がアスカの全身を包み込んでいる。

「素敵、だったわ…」

 うっとりとした声で言うとアスカは数秒間、じっとして身動きひとつしない。
 本当に眠った…わけではなかった。
 呼吸が整うまで待っていた、よしんばこのまま眠りに落ちていきたい気分のアスカだったが、やおら目を見開くと再び眼前のテレビ画面をにらみつけた。チラリと目の端にとらえた時計は午後10時を指している。

「ああ、いよいよだわ…」

 ゴクリ、と大きく喉を鳴らしていよいよ犯されようとする親友達の姿を、彼女は ――― 売春組織『ソドム』の上級幹部であるアスカは ――― 目に焼き付けようとする。

 夜はまだ長い。魔宴はこれからが本番だ…。












初出2010/01/11 改訂2010/01/27

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