肉体決済 〜レイが全てを売り渡した放課後〜



02.麗少女、聖涜

その日の放課後。終業のチャイムで賑やかさを開放された教室の中で、レイは机の中身をまとめ、鞄に放り込んでいた。
さして掛かることもない作業を終え、なんとくなく級友たちの間に巡らした視線は、留まる先を見出さないまま下校の準備の整った手元へと戻る。
前日までに伝えられていた呼び出しに応ずるべき時間が来たかと自分の席を立ち上がった時、レイの唇からは重たげな息が漏れていた。

たまたま近くにいた幾人かは、その日のレイが朝からいつになく上機嫌であるように見えていたことから―― 彼女たちは、ついにあの無口な美少女にも春が来たのかと噂し合っていた―― そんな憂鬱そうにも映る態度を不思議に思ったが、すぐに意識を放課後の楽しい過ごし方へと移し、一人すっとざわめきを離れる細い背中を気に留める事は無かった。
それだけのクラスメイトたちであったから、レイが踵を返した先が普段とは違う方向であるなどとは、誰一人も気付かない。
だから、レイがまだ閉まったままの引き戸を開けて廊下へとくぐり、顔を横に向け直したところではっと気付き、無表情な彼女にしては随分はっきりと顰めっ面を作ってみせたのを見た者は、彼だけだった。
そこには自分のクラスからはとっくに出てきていたらしい相田ケンスケが、壁に背をもたせかけて待っていたのである。
ケンスケもその瞬間にレイを認めていたのだろう。
ニッと唇を吊り上げた表情は、彼女とは対になる感情を浮かばせたものだと思われた。



◆ ◆ ◆



学園の敷地でも最も北寄りに延びた校舎の一翼は、今日も人気の無さに満ちている。
廊下に響く制式上履き特有の軽い足音は二人分っきりで、片方は明らかに気の逸りを示し、もう片方の足取りをも急かすもの。
相田ケンスケに手を取られ、レイは彼の極めて私的な活動の拠点と化した写真部室へと連れられていく。
自分のそれよりも熱を帯びて感じる手に指まで絡められ、じっとりと膚を侵すような汗ばみにレイは不快を覚えていた。

(手……)

繋がれた腕と腕が、相田という以前の級友と自分との間に吊り橋のように伸びている。
人の目が周囲に無くなったとみるやすぐに彼女に要求し、どう反応を返すかを楽しむように開いて寄越してきたケンスケの手のひらを、レイは確かに彼にはその権利があると納得して握った。
差し出されたのは右手であったから、レイも利き手に持っていた鞄を反対に変え、握りの感触が薄赤く残った手を言われるままに与えようとした。

ただ、繋ぐその刹那で覚えた躊躇。
―― ダメ)と、掴むべきではないと、レイは理由も分からずに覚えたのだ。

向かう途中で所在を失ったような動きは一瞬と呼ぶには不自然な停滞で、ケンスケにも確実に伝わったことだろう。
彼の要求には正当性があり、レイはネルフでの様々な指示にと同様、速やかに従うべきであったそれへ抵抗を見せてしまった。
彼を不快にさせた筈だ。
だが、ケンスケは寧ろ愉快そうにレイが躊躇うのを確認しておいて、手を捕まえに来たのはそれから。
後は、教室を出る間際とは打って変わって、早くケンスケの部室に着けば良いのにとさえ考えている心の内だった。

(……離して欲しい)

しっかとした握られ方を、しっかりとし過ぎではないのか、何もそこまでぎゅっと力を込めてこなくてもと思いながら、レイはかつてシンジに望んだ行為と同じであるのに心に受ける印象はまるで異なるその感触を、鬱陶しいとすら感じ始めていた。

誰かが……、そう、こんな日頃誰も近寄らないようなはずれの場所にも、偶には通り掛る生徒もいるだろう。そんな誰かが、あの曲がり角からでも姿を現してくれれば、

(……きっと、慌てて手を離してくれるのに)

レイの見るところの臆病にさえ通じる相田ケンスケの用心深さが、彼の領域であるあの部室以外での不審を誘う真似を掣肘してくれるに違いない。
そこまで想像して、何故か浮かんだその「通りすがり」の顔が、馴染みのセカンドチルドレンのものであり、そして次にシンジであった時、

(……っ、あ……?)

レイは訳も分からぬ衝動に駆られ、顔を背けていた。

それから、そうして自分でも不分明な動揺を抱えたままでは、部室まではすぐだった。
実際、同じ校内で大した道程があったわけでもないにせよだ。

「……さ、着いたぜ。綾波」

部室の中は暗い。
たった一人の部員兼部長が、部屋を空ける時、神経質なほど毎回欠かさず窓に暗幕を下ろしているからだろう。
レイの手を握ったままドアの鍵を開けたケンスケが、照明のスイッチも入れないままでレイを中へと促す。
レイは頷き、そして後に続いた。



◆ ◆ ◆



「ほら、座ってくれよ」

先日のケンスケがカメラを磨いていた机は、今日は来客のための席として用意されていた。
おそらくは年数を重ねて事務室か職員室かからお役御免で回されてきたらしいくすんだスチールデスクに、片袖の鍵付き引き出しを開けて取り出されたファイルより一枚が置かれる。
契約書だというその書面にサインをすることが、つまり今回の代価としてレイが自分の両手の所有権をケンスケに譲り渡すという約束を、分かり易く儀式化したものだった。

「内容にいまさら文句は無いよな?」
「……ええ。分かっているわ」

座らせた傍らに自分は馴れ馴れしい距離で立つケンスケは、肩越しにレイの手元を覗きながら更に右手の人差し指を出させて、それで拇印をしろとまで言う。
彼女が「人形姫」とまで揶揄される綾波レイでなければ、ため息を吐いてしまっていたことだろう。
書類の内容からしてレイの目には、随分仰々しく見せているのねと、身の丈に合わない言葉を並べ立てている印象が濃い。
元より、扱った商品の性質からこの契約の中身に至るまで、まともに世間に明かせることではないのだ。
所詮はレイとケンスケとの二人の間に留めるしかない話であり、たとえ約束の履行を果たさずとも、契約書は何の強制力も発揮しえない。
儀式には儀式以上の意味は無く、単に約束を強調して優位性を確保しようというデモンストレーションに過ぎぬもの――

そう見透かしてしまうくらいにレイが冷静さを取り戻すほど、彼女の署名の入った「所有権譲渡契約書」を手にしたケンスケは、はしゃいでいたのだった。

「オーケイ、これでもう綾波の手は俺のもんだよな」

抑えられてはいても、今にも躍り上がりそうな気配の篭る声で言う。
きっと精一杯取り繕っているに違いない態度をは、得意そうにヒクヒクとうごめく小鼻までもが裏切っていた。
聞かされる少女にしてみれば、これもまた何度同じ確認を繰り返すのかとうんざりと―― 丁度ケンスケの気分とは反比例の軌跡を描く心持ちで、その分醒めさせる有様だ。

そうして、そんな上機嫌なケンスケが書類から再び傍らへ、巣穴へとわざわざ飛び込んできてくれた美しい獲物のつもりでいる少女へと意識を戻した時。
そこに腰掛けているのは、いつものように何の興味も映さない瞳をただ向けてきているだけの綾波レイなのだった。

「…………」

蛍光灯が点けられている下では一層顔も肌も青白く、無言の視線さえも寒々しい。
際立って整った顔立ちであるだけに、感情の起伏らしいものがまるで窺えないでいると、無機質に作り物めいてさえ見える程だ。
同じルビー色の瞳であっても、それはガラス玉程度の輝き。

ケンスケは、少し前、今はいないあの少年の姿を折りにつけて教室の片隅から追うようになっていた頃の横顔を記憶している。
その彼にしてみれば、落差を思わされて鼻白まざるをえない。
まるでいつもの態度と変わらずに、書き割りに描かれた人垣の一人を見るような目付きだった。

(ちぇっ、付き合い悪いんだから。盛り下げてくれるよなぁ……)

これまでの“顧客”の反応ならば、ここで何をされるのかという怯えた表情が楽しめた。
否とは拒ませない立場に立って、処女が男に抱く恐怖感をたっぷりと味わっておいて、次の陥穽を仕掛ける。
そっちはそう経験があるわけでもないが、値の張る料理でなら、まずはオードブルを堪能してでなければメインデッシュに移ろうにも物足りなさがある―― そんな、無意識に当然視していたステップだったらしいと気付かされる思い。
今回は一筋縄ではいかぬ相手なのだからと期待半分でいたつもりが、思ったよりも落胆している自分がいた。
きっとそれは、最近の思わぬ“飽食”のせいだろう――

ケンスケはニヤリと口の端を楽しげにして、気を取り直す。

(ま、分かっちゃいたさ)

知る限り、たった一人をだけ特別にしている綾波レイにとって、自分がその程度にだけ意識を傾けておけば良い存在なのはとうに知っていたことなのだ。
今更だよなと。

―― 良いね。取り引きがスムーズに進むってのは文句の無いことさ。そうだろ? 綾波」
「…………」

ヒラヒラと翻してみせる契約書に、無表情のレイもこれで憮然としているのだと思っておけば、それはそれで楽しい。
つまらないものを見るようにしていてくれても、それで良い。

(どいつもこいつもバカにしてくれてありがとうよ。そうやって油断してくれるおかげで、俺は好きなだけつけ込めるってものだからさぁ)

この部屋に呼び込んだ綾波レイを、芯までしゃぶり尽くす。
もう充分に段取りというものを掴んだ一連の手順の中に、獲物はいるのだ。
つまりは、事が順調に進んでいるというだけのことである。

「それで、と」

内心に駆け巡った感情の起伏をおくびにも出さず、改めてケンスケは愛想の良い声を出す。
その視界の端に、拇印を押させたままレイの指先が赤く留まっていた。



◆ ◆ ◆



「……いい。自分で拭くから」
「まぁまぁ、そう言わずに大人しく拭かせろよ」

微かに眉根にしわ寄せて、レイは不意に右腕を持ち上げた手が指先を拭うのに任せていた。
言われてやり易く広げた指の股にも、その必要も無いだろうにポケットティッシュは丁寧に這わせられていく。

「別にサービスってわけじゃないぜ? いつもはこんなことまで俺がやることじゃないけどさ」

いつもはと、露骨にアクセントを置いておいてケンスケは続ける。

「これってもう俺のものじゃん。大切にしとかないとなー、ってね。ヘヘヘ」

そこでまた厭らしく笑うのである。

さして何の実害があるわけでもなし。不快ではあったが言い分は妥当なものだと受け止めたレイは、好きにさせておこうと考えた。

「……そう。なら、早く済ませて」

言って、その這い回る感触は意識から締め出しておく。
その態度はネルフでの長い実験体暮らしの間に身に付いたものだった。

そうしてたっぷり五分以上は掛けただろう。
充分以上に汚れのとれた手をそのままためつすがめつしておいて、次にされたことは机の上に両の手のひらを置いてカメラに撮られることだった。
パシャパシャと角度を変えては何度もシャッターを切っているが、契約書類と一緒にしてファイルにまとめておくのだという。
レイの位置から確とは見て取れなかったものの、先ほどのファイルには言われてみればそれらしい厚みの端も挟まっていた気がする。
『別に綾波のだけじゃなくてさ、これまでの取り引きで手に入れた物をこうやって管理してんの』とカメラを構えながら説明するケンスケは、そうそう簡単にロッカーなどに放り込んでおけるという性格ではないものばかりだからと言っていた。
いちいち意味ありげにせずにはいられないらしいのは、そういったパーソナルなのだとこの同級生の認識に付け加えておけば済む。
それよりも、

―― それで、わたしは何をすれば良いの?」
「ん〜?」

ケンスケは撮影したばかりのフィルムを取り出しながら生返事を寄越す。

「まだ、何をすれば良いのか聞いていないわ」

聞かされていたのは契約書類のことまでだった。
実際にそこにサインをし、やはり実効的な「取り引き」の裏付けになるものではないと分かったとき、レイは曲がりなりにも求めた分だけの情報屋としての能力を示して見せた級友が、他に何らかの担保を取ろうとするのではないかと警戒を強めた。
レイとて一人の少女。男に対する自分の女だという性別の意味を承知してはいる。
しかし、予想の内にあった性的な要求はなく、この彼は馴れ馴れしい接触をしてきたものの、手を―― という約束の範疇に留めてみせて、そして写真を撮っているだけ。

「手を―― 、私の手を手に入れたいというのは、写真を撮りたいというだけではないのでしょう?」
「そりゃあね、それならモデルになってくれって言うよ。現にそうやってモデルをやってもらってる子もいるしね。……しかし、手のモデルってのもまたフェチだよなぁ」

応えははぐらかして聞こえる。
レイは軽い苛立ちを覚えて声を強めた。

「具体的なことを聞かせて欲しいの」
「へぇ……。綾波って、意外と短気なんだな」
「あなたは私に何かの手伝いをさせたいのじゃないの?」

他人の手を必要とする。
所有権をとまでは多分滅多に使われる言い方ではないだろうがと、レイのような人付き合いに疎い少女にも感じられたが、つまりは具体的には融通の利く労働力を指すのではないかと。
それが性的な脅迫の次に予測を上げていた彼女なりの解釈だった。

「あなたの、手をという言い方は分かり難いわ」
「そりゃあ、ねぇ……」
「……私はあなたが普段持ち歩いているような機材の取り扱いについては疎いの。させたいことがあるのなら、適切な指示をして」

『……でなければ、出来る手伝いも出来なくなるわ』と、言って見やる脇には、先日は机の真ん中に広げられていたカメラをはじめとする雑多な撮影道具類があった。
他に棚にも、今も電源が入ったまま何かの動作を続けているらしいビデオデッキや、それにコードを垂らして接続されているビデオカメラ、山積みの8mmテープが無秩序に並んでいる。

「……はぁん? ああ、なるほど。そっか、綾波も俺の趣味はとなると真っ先にそれが浮かぶんだな」
「……?」
「で、手伝いでそれを……ってわけね。ははぁ……」

『じゃあ、手伝ってもらおうか』と、そう言ったケンスケの面白がりようからすると、当初の予定とは違っていたのかもしれない。
そうであっても、こっちだと呼んでそこを見せるつもりなったのは、レイの勘違いが結果として彼の心積もりに利用できる―― 寧ろ彼がより楽しめそうだなと、その蛍光灯の光が反射している眼鏡の奥で判断したからに違いなかった。

「……あなた、これは……」

絶句するレイとは、恐らく非常に希少なショットになった筈だ。
少なくとも、常にカメラを持ち歩き、特にレイのような学内でも人気の高い少女たちのシャッターチャンスを狙っていたケンスケならば、逃さずカメラに収めていたろう。
だが今の彼は、パチパチと手元のスイッチを入れていき、元は簡単な水洗い場だったらしい一角を囲っていた暗幕を開いた中、壁の棚にずらりと並べられていたモニターが映し出す光景で綾波レイの目を見張らせたという、その成果をニヤニヤと楽しんでいた。

そこにはレイも見覚えのある女子更衣室の様子が映し出されていた。
異常なローアングルから映す、今まさに着替え中の女子のスカートの中身が、同性ならば息を呑まずにはいられないほどはっきり、くっきりと、モニタいっぱいにクローズアップされていた。
体操服を脱いでブラウスに着替える途中、ブラジャーまで外してしまって汗を拭う、小ぶりの乳房の湿りを浮かせて揺れる様子までが卑劣なレンズに捉えられていた。

それだけではない。
その隣のモニターの中、一列に表示されたウィンドウがどこかの階の女子トイレの個室全てを押さえているらしく、真っ白な便器ばかりが並んでいた。
そのカメラセッティングがどんなに残酷な妙をもって配置されているのかは、不運にも扉を開けて入ってきた少女が便座に腰を下ろし、ショーツを膝までずらしてしまって、たとえ恋人にだって見られたくは無いだろうシーン一切を、顔も股間もしっかりと確認出来るアングルで撮られてしまってたことが証明していた。
しかも、別のモニターには職員用トイレまでが映し出されている。

他にも学園のそこかしこで何の警戒も抱かずに過ごしている女子生徒たちを、階段を上がる下から、鉄棒に太股を掛けて健康的な運動を行うその至近距離から、人目をカーテンが遮っている筈の保健室のベッドの上から、密かに設置された隠しカメラがケンスケの分身となって全てを記録していた。

中でもレイの綺麗な睫毛が震えてしまったのは、まさについ先ほどに後にした自分たちの教室もが盗撮されていて、それも自分の席が特に大きなウィンドゥで監視されていたことだった。

「……どういうこと?」
「あれ、意外だった? 違うよな。綾波だって惣流あたりから聞いてんだろ、俺が皆に盗撮魔って呼ばれてるのはさぁ」

―― そう、確かにそうね。レイは胸の内、頷いた。
友人と呼べるようになったのか、それとも以前のような反目が目立たなくなっただけなのか。微妙な関係でいる戦友、惣流・アスカ・ラングレーは、相田ケンスケという人物について触れるならば、口を極めた攻撃を躊躇わない。
彼に反感を持つ女子生徒たちの最右翼と言える。
悪評の絶えないこの少年がこの年頃の潔癖な少女たちに人気がある筈も無かったが、中でも、特に実際に自分が商売に使われているのは確実だと吐き捨てる彼女が、何故そこまでの嫌悪を向けるのか。
今はじめて、自分もまさにあの更衣室やトイレの少女と同様に視姦の視線に晒されていたのだとおぞましい実感を得て、レイは理解したのだ。

許せない。そう湧き起こった感情は、目の前のこの不埒物に平手でも浴びせてしまえと命じていた。
が、同時に同じくらいの嫌悪感もこみ上げている。
たとえ報いと苦痛を与えてやるにしても、この穢らわしい存在に触るのは、嫌――

「すぐにその機械を止めて。……先生を呼んで来るわ」
「はぁ? なに言ってんだよ、綾波」

怒りに震えるレイに意に介した様子も見せず、嘲弄するように軽薄な態度を取り続けた。
それどころか、自ら破廉恥な盗撮現行犯の現場を見せたケンスケは、あまつさえそれを手伝えとまで言い放ったのである。

「手伝うって言うから見せてやったんだろう?」
「……わたしを侮辱すると言うの? 見損なわないで」

言われるがままに加担するような女の子だなどと扱われるのは、我慢がならない。
柳眉を吊り上げるレイ。

「綾波がどう思うかなんて知らないよ。……分からないかなぁ」

ケンスケは肩をすくめた。

「手がさ、ご主人様の仕事をすんのは当然じゃん。邪魔したり、チクったりするなんて聞いた事無いぜ?」
―― !?」

『ほら、もたもたしてんなよ』と、盗撮装置を操作する席へ促す。
そして、契約を持ち出した言葉に凍り付いたようになってしまったレイが、落ち着き無くその椅子とモニターと、そしてあからさまにケンスケから逸らしてで忙しなく視線を動かしているのを眺め、ほくそ笑んでいるのだ。

「そうさ、犯罪だよ。綾波が躊躇うのは分かるけどさ、それを言うならそっちが俺に頼んだ事だって犯罪だったろ?」
「それは……」
「自分は人に犯罪を犯すように頼んでおいて、自分は嫌だって? それってすっごく自分勝手だよな」
「…………」
「言っとくけど、俺は綾波の時と違ってお願いしてるんじゃないぜ? やれって、命令してんの。自分の手に、ね」
「……っッ」

その言葉に抗する理屈を、綾波レイは見つけることが出来ない。
契約による束縛など、いざとなればと考えていた通り無視するに気の引けるところは無かった。
だが―― 、自分の依頼とはつまり、この相手に法を破らせたものだった。そのことをこの場ではと都合良く認めずに済ませられるほど、レイは器用に生きる少女ではないのた。
悔しくも、こんな卑劣な同級生の言葉だというのに、罠であると容易く理解できるというのに。
相田ケンスケを犯罪者に仕立て上げておいて、いざこの身にその行いが返って来たときに否を唱えることが、どうしても許されるとは思えなかったのだ。

「いや、ほんと助かるよ。ほっといたら馬鹿みたいにでっかいデータになる一方だからさ、やっぱり人の眼でえり分けしてくれる手が欲しいってね。マジで猫の手も借りたいってくらいだったからなあ」

ただでさえ血色の悪い顔を一層青ざめさせて、レイがその誇りと潔癖な性格に逆に苦しめられる様が、ケンスケをますます楽しそうにさせている。

「何、そんなに固くなることじゃないよ。今日は横で教えてやるからさ、綾波は俺が言う“美味しいショット”が映ってるのを見付けたら、分かり易く見出しをつけて録画データを保存しといてくれれば良いんだよ」
「今日、は……?」

『覚えてもらいたい仕事はまだまだあるぜ?』と、既に絶望に囚われてふらふらと崩れるように椅子に座り込んでしまっていた
少女に、この眩暈よりもまた明日が尚昏い思いに襲われると予感させる、その言い放ち。
予感とは即ち、受け入れざるをえないでいる己の姿のイメージであった。

(いけない……)

レイはケンスケに手を取られ、その卑劣な行いに加担するスイッチへと指先を誘導されつつ、必死に頭を働かせようとしていた。
急いで考えをまとめねばならない。
禄でもないこの状況から脱出する糸口を見つけねば、きっと泥沼にはまるような悪循環が、自分を更に悪い事態へと捕えていくに違いない。
この卑劣な同級生は、明らかにそのつもりでいる。
きっとその先に待ち受けている運命は、女の子ならば一番怖れる―― アスカ達が脅かすように語って聞かせた、色魔・相田ケンスケの毒牙に掛けられてしまう悪夢の実現だ。

(どうして……、どうして私はこんな人に頼みごとをしようと思ったのかしら……)

引き離された日より久方ぶりに恋しい少年の声を聞くことが出来た喜びを、後悔が色褪せさせようとさえしていた。

「……お、右のモニター、また誰か更衣室に入ってきてるじゃん。ほら、撮って。これでズームアップしてさ、スカートを脱ぐとことかシクらないでくれよ」

(あ、あ……そんな……!?)

「ククッ、良いぜ。委員長じゃないか……。よくもまぁ、嬉しい獲物が飛び込んできてくるよな」

『よくもまぁ、ナイスタイミングじやねぇの』と小さく呟いた声はレイの耳には入っていなかった。
レイは真っ青になって、録画をスタートさせるキーに置かれた指を震わせていたからだ。

「ほら、押す!
「待っ……、あっ……!」
「綾波だって女の子だから分かるだろう? 下着とか、おっぱいとか、お尻とか、女の子が男に見せたくないところが逆に俺らには嬉しいんだよ」

レイの指が開始させてしまった録画モードに、他でもない、今の彼女にシンジが居ない分を埋めるように何かと世話を焼いてくれていた友人の着替え姿が捕えられていく。
ロッカーに荷物を入れて、今日最後の授業が体育だったらしいブルマに掛け―― そこで、急にきょろきょろと辺りを気にする仕草を見せる。
そして彼女自身の他に誰も居合わせていないのを幸いと感謝するように、ほっと息を漏らし、もじもじと紺色の生地を下ろして行く。

「……!?」
「ククッ」

刹那、レイは瞬きを忘れ、ケンスケは肩越しに覗き込みつつ厭らしい笑い声を立てた。

「見ろよ綾波。あのお堅い委員長が意外だろう? すっげー、エッチぃの履いてんじゃん。紐パンだぜ、あれ」

『しかも、スケスケ』と、まるでレイを辱めるような口調で言われずとも、彼女もまた驚いていたのだ。
クラスが変わっても委員長を努めている、周りから真面目さが個性の第一に挙げられそうなあの彼女。それが、隠れるようにして着替えを行うその下着は、モニター越しに目を見張った少女がどれだけ世事に疎くとも、あれは違う……あれはなにか、存在の意味合いを性的なアピールに置いているものなのだと本能的に悟る、扇情的なデザインだったのである。

―― 女の子らしいとは、どういうことだろう。
そう自分の私服の少なさや、特に不自由は無いと考え満足していた下着類へ改善の必要性を説き、そこでいちいちシンジの名を上げて頬を熱くさせて、何となくでも意識を変えてくれていたのはアスカや彼女だ。
「女の子」としては学ぶべき存在。
いちいち頷かされる知識と技能を身に付けていると、女の子初心者の目からは尊敬すら抱いてしまう彼女。
だから、なのか。あの、見ているだけで何故か気恥ずかしい下着は。

(……いいえ、違う。私たちと一緒の時は、違ったわ……)

ならば何故?
戸惑うばかりだ。混乱には拍車が掛かる一方で、こうして特別でもない同級生に言われるがままになって盗撮という恥ずべき振る舞いをさせられている自分の今から、現実感が薄れ消えていく。

「……なぁ」

たった今、憎らしいと心底に思った少年が耳元に顔を近付ける。

「あれって、オトコを誘惑するための下着だぜ。きっとトウジと宜しくやるつもりなんだよ」

それは―― 、綾波レイの願望だったろうか。
淫らなと形容されるべき下着を想い人であるジャージ姿の少年に晒し、薄過ぎるほど薄く透けた生地がせめてと覆う部分を示す彼女。
恥ずかしげに立つ彼女のあの足の付け根の部分は、若い牡である彼の眼を大いに惹き付けるだろう。
効果は絶大にして、少女は想い人から熱い抱擁を受け、その腕の中でうっとりと目を瞑ってキスをせがむのだ。
その時、彼女の女性としての役目を歓喜の中に果たそうとする場所には、お互いがぴったりの男と女だと認め合ったサインとして、少年の隆起する性器が押し付けられている――

平素の冷静を無くした脳裏に、(ああ、碇くん……)と、思わず思い浮かべてしまった優しい顔。

「羨ましいよな、綾波はさぁ……?」

ある筈も無い親密さの距離から囁かれ、そして首の横に回された手が馴れ馴れしく彼女の肩を撫でさすっているのにも気付かない。
それ程に、その手をケンスケのものとされてしまった一日目に受けた衝撃は大きかったのだった。




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Original text:引き気味
From:エロ文投下用、思いつきネタスレ(3)