BEAUTIFUL PARTY

第9話 後編



著者.ナーグル


















(もう私の番ね)

 苦悶を堪えながら、だが疲労で眠りにつく仲間達の姿にアスカは今更ながら困惑を覚えた。
 オークに凌辱されていたことを夢と思うことはさすがに出来ない。あまりにも圧倒的な刺激は今も痺れとなって全身を包んでいる。 胎内でオークの汚れを焼き払う炎のもたらす痛み。それは祝福でもある。痛みに悶える彼女達は辛そうだが、一方で安心した顔をしていた。時間ギリギリだという話だったけど、恐らく彼女達は救われるだろうとアスカは思った。
 いや、救われないといけない。

(でも私…)

 彼女達の姿は未来の自分の姿。なのだろうか。
 深くゆっくりとした息をする救い主…六分儀シンジの半裸の姿を見つめて、アスカは何度目かわからない嘆息をする。
 他に方法がないとはいえ、命の恩人とはいえ、あったばかりでろくに知らない男と身体を重ねるなんて、やはり冗談ではないと思った。先ほどは威勢よく啖呵を切ったが、自分のためと言うよりも仲間のためだった。
 自分のミス(とアスカは思っている。ついでに全面的な責任が自分にあるとも思っている)でオークに凌辱されるような目にあった仲間達は救わないといけない。
 そう思ったからさっきはああ言ったけれど。

(いざ自分が、となるとなかなか覚悟が決まらないわね)

 というより嫌で仕方がなかった。

「嫌よ。嫌」

 シンジに抱かれている自分を想像すると蜂に刺されたように胸が痛んだ。我ながら馬鹿みたいな意地を張っていると思う。こればかりは性分なのでいかんともしがたい。それに戦乙女は異性との接触を避けるもの。

(いまさら、掟が何よ。でも)

 好きでもない男に抱かれるのと、オークの子供を他の手段で中絶するのとどっちがマシなんだろう。くわえて後遺症というものに実感が湧かないことが足踏みさせている。

「どうかしてるわ。秤にかけるようなことじゃ、ないじゃない」

 一時の屈辱に耐えるのと、一生続く苦しみに耐えるのとなんて考えるまでもない。そもそも、既にオークによって汚された身体なのだ。迷う事じゃない。

(でも、それでも、私は…)

 思い出が彼女を縛っていた。幸せな過去という記憶が、皮肉にも彼女を不幸にするように…。















 少しして。
 レイ達とは離れた場所にアスカはシンジと二人だけで座っていた。アスカから1Mほど離れて腰に布だけ巻いた格好のシンジは、居心地悪いのかそわそわとしていた。
 突き刺さる視線を感じて、とにかく落ち着かない。

(な、なんなんだよこの人…。凄い目で睨んでるよ。気も強そうだし、やっぱり仲間を…友達にああいうことをした僕を怒ってるのか)

 暑いけれど全身を布で包んで、顔と手首以外は完全に覆い隠して警戒を解かないまま、じっとシンジを見つめている。
 気の強い女性は苦手なのか、異様に怯えた様子のシンジ。風が吹くだけでビクッとする彼をよそに、アスカは全然別のことを考えていた。

(むぅ、なんか)

 顔は…まあ悪くない。でも滲み出る人の良さと呑気さ、緊張感のなさはどういうわけか腹が立つ。
 緊張感のない異性の知り合いは一人だけで充分なのに。
 年寄り臭い雰囲気があるけど、それは疲れてるからと好意的に解釈できなくもない。実際に初見と比べて目にはクマができ、頬はこけて髪もぱさついた感じしている。
 アスカ好みのマッチョ系のたくましさはないが、引き締まった身体は充分に鍛えられている。背は少し低いがチビと言うほどでもない。釣り合いがとれないこともないと思う。

(って釣り合いとか何考えてるのよ私は。うう、違う違う違う違う違うー!)

 頭を振って恋人みたいに歩いている自分の姿をかき消した。
 どのみち、そんな小市民的な幸せはあり得ない。ただ、まあ、絶対に死んでも嫌ってことはないかも。
 そもそも彼が嫌とか言うことではなく、高いプライドが足を引っ張っているだけだ。
 深呼吸をして、オークに犯されたんだから今更男の一人や二人、と気持ちを切り替えれば…。

(でも、本当に、あったばかりの人と、私…しちゃうの? 貴族でも、恋人とかでもないわ。知り合いですらないわ。
 マユミやレイみたいに幼なじみとか、初恋の相手とかそんな関係でもない。
 そもそも私に異性の幼なじみなんていないし、一緒に遊んだ男の子なんてたった一人しか…。
 もうあの人のことはいいわ。今問題なのはこいつよ。やっぱり、嫌。
 名前だってさっき聞いたばかりなのに、発情期の犬みたいに身体を…)

 彼とは元々知り合いで好意を持っていたマユミにレイ、雰囲気に酔いやすいヒカリ、おおらかな考えのマナと違い、肉体関係を持つことへの理由付け、妥協点を見つけようと四苦八苦している。

(本当にどうしよう…)

 迷っていても時間ばかりが無駄になることは理解している。
 はぁ、と大きく肩をすくめるようにため息をつくと、疲れた目でアスカはシンジに話しかけた。

「とりあえず、顔でも洗ってきたら? 凄いクマよ」
「え? あ、うん」

 有無を言わせないアスカの言葉に、シンジは数回素早く瞬きして、躊躇いがちにうなずき返した。











 ほどなく、キャンプ地から少し離れた池に二人は一緒にいた。
 森の奥深くうっそうと草木が茂り、湿った空気のにおいが鼻腔をくすぐる。影が時に薄暗く毛布のように周囲を包んでいて、顔をまだらに染めながらシンジは注意深く周囲を伺った。
 色濃い水や湿った土、カビや苔の臭いはする。だが熊や狼などの気配はない。少しなら武器を手放しても問題なさそうだ。
 湖面を見つめるが磨いた鏡のように静かだ。

「じゃ、じゃあ僕、こっちで顔洗ってるから」

 シンジはアスカから離れた場所で顔を洗い、濡らした布で身体を拭いている。言われてみれば汗まみれだったので、こうして汚れを落とすのは脱皮しているようでホッとしていた。
 気持ちが落ち着くと余裕が出てくるのは人の常。

『もう、最低。こんなところに、こんなところにも汚れが、耳とか髪とか…。つくづく…何よこれぇ!』

 バシャバシャと盛大な音を立ててアスカが身体を洗ってる音が、急にはっきりくっきりと聞こえてきた。
 目で見なくても手に取るように様子がうかがえる。
 バキバキと音を立てて草の茎を折る音 ――― 海綿に似た花をつける丘スポンジ草 ――― がして、少し遅れてゴシゴシと勢いよく身体を擦る音がする。
 微かに感じる乳の臭いは石鹸を使っているのだろう。

(そういえば、他の子達も身体洗いたいんじゃないのかな)

 寝てるんじゃなかったら他の子も一緒だったかもしれない。
 …美女5人が一緒に洗いあう場面を想像してみる。脇や肩を伝って流れる石鹸の泡、泉のニンフのように戯れる美女達。教会画のように美しい光景だろう。
 だが実際に聞こえるのは、アスカの愚痴と乱暴に髪や身体を洗う音。

「なによ、なによ、なによもう…。こんなところも」

 いや、でも、これはこれでむしろ…。
 音だけから全体を想像するのも乙なモンだぞ、とは加持が尊敬するという海賊の言葉だったか。

「あ…」

 疲れ切ってもう立たない。と思っていたシンジの一物が、いつの間にかまたムクムクとコブラのように鎌首をもたげていた。
 どこにそれだけの余力が残っていたのか。
 誰かに見られているわけでもないのに、顔を赤くしてシンジは天を仰いだ。木陰を通して午後遅くの太陽が見えた。

「膨張しちゃった。嘘だろ」

 思いっきり苦手なタイプだってのに、それも弱々しく泣いてるのに。自分の身体に裏切られた感じがしてシンジは戸惑う。
 これから彼女とするわけだけど…。勃起するのかという最初にして最大の問題はクリアーできたが、本当に出来るんだろうか。
 土壇場で彼女嫌がって拒絶しそうだ。

(あの洞木って人みたいに、無理矢理っぽく、いや無理矢理とかあり得ない。そんな、でも、いやそうしないと彼女はオークの。でも、本人が望まないなら)

 右手で顔を隠すようにして逡巡するシンジの横を、さざ波一つない水面を音もなく馬の頭が泳いでいく。

(え? 馬?)

 振り返った先にはもう何もいない。だが、見間違いではなかった。
 馬によく似た水魔ケルピー。不注意な旅人を水中に引きずり込み、内臓と魂を喰らう。正体に気づき、立ち上がりかけたシンジの耳には何も聞こえない。アスカの悲鳴も水中に引きずり込まれる音も、それどころかさっきまで普通に聞こえていた彼女の愚痴と身体を洗う音も。

「な、何をしてるんだ!?」

 聞くまでもなく答えはわかっている。そして彼女に待ち受けている運命も。
 瞬きする間もなく、シンジは水中に飛び込んでいた。











「……なにやってんのよあんたは」

 心底呆れかえった声でアスカに貶されているのにシンジは気がついた。
 髪の毛を水で濡らして肌に張り付かせたアスカが、つまらない物を見るような…それでいてちょっとだけ嬉しそうな…そして、素直に喜べないのか複雑な顔をしていた。

「あ、あれ…。何が、どうなってんだ」
「覚えてないの? まったく、あんたバカ? 私がケルピーごときにやられるわけないじゃない。
 そもそも泳げないのに無茶するんじゃないわよ」

 まだ水の滴る頭を振って水滴を振り払いアスカは「フン」と鼻を鳴らす。
 記憶を混乱させながら周囲を見回したシンジはギョッとした。裸のアスカの膝枕に同じく裸の自分が横たわっていたのだから。
 見上げる視線の先には大きいわけではないが、二つの膨らみが呼吸に合わせて揺れ動いている。

「う、お、えええぇっ!?」

 焦って起きあがろうとするシンジだったが、肩をすくめたアスカはそれを押しとどめた。

「うっさいわね。
 …助けに来てくれたのは、まあ、なんちゅうか余計なお世話だけど、いちおう感謝してやるわ。ま、逆に助けられてちゃ世話ないけどね」

 そう言うアスカの顔は実に生き生きとしている。目が輝いて口の端がつり上がって本当に楽しそうだった。
 助けてもらった借りしかなかった相手に貸しが出来て、とどのつまり対等な関係になったのが嬉しいのだろうか。
 クスクスと笑いながらチクチクチクチクとシンジの気にしているところを攻め立てる。

「金槌。泳げないレンジャー…くくっ。ふふっ、あはははは。あーおかし。助けるはずの相手に逆に助けられるなんて、あんたさぁ、コメディアンに転職したら?」

 シンジのナイフを片手で回して弄びながら実に楽しそう。ああ、なんかデジャビュな光景だとシンジは思った。
 泳げなくなった原因である水難事故の時も、こんな風にからかわれたっけ。

「これで貸し借りなしよ」
「……ああ、うん。君がそう言うなら、もうそれで良いよ」

 急に疲れが出たのかグッタリとしたシンジの額を、アスカは撫でつけて張り付く前髪払ってやった。
 じっとどこか暗い目を見下ろしたながら、アスカはゆっくりと顔を寄せていく。

「あんたさ、シンジだっけ。ちょっと、あいつに似ているかもしれないわね」
「あいつ…?」
「ちっ、話しすぎたか。あんたには関係ないわよ。それとさ、あんた私をなんて呼べばいいか困ってるでしょ」
「え、その…そんなことは。あ、うん。少し」

 鼻息を感じるほど近くのアスカの整った顔にシンジは息をすることも忘れて見入った。吸い込まれそうなくらい青い瞳から目を逸らせず、瞬きも出来ないままのシンジにアスカの唇が触れ、ゆっくりと離れた。
 前歯がカチリと触れあい、反射的に二人は顔を傾ける。
 キスの時間はほんの数秒。恥ずかしそうに二人は唇を離した。お互いの心臓がドキドキと音を立て、初めて同士でもあるように甘酸っぱい物を感じている。

「アスカで良いわ。私も、あんたのことバカシンジって呼ぶから」
「…………うん」




 太陽はオレンジ色になりかけていた。

「はぁっ」

 池の畔の湿った地面の上にシンジとアスカ、二人は身体を寄せて横たわっている。
 当初はかたくなにシンジが上に来ることを拒んでいたアスカだったが、シンジの手が彼女の肌に触れると、生まれたての子鹿のように怯えていた彼女は途端に大人しくなった。
 シンジからしたら暴れ馬や怪我して興奮する動物をなだめるのと同じことをしてるのだが、効果はてきめんだった。結局、相手を心地よくして警戒を解くという点では、動物の魅了と前戯としての愛撫に違いはないのだから。

「ん、くぅっ。あっ、はっ、うっ。くぅぅ…あ、そこは、はぁ」

 くすぐったそうにしていたのは最初だけで、すぐにアスカは身体をくねらせて悶え始める。
 身体の下敷きにされた髪の毛が土に絡んでいくが、アスカはそれどころではない様子で切ない喘ぎを漏らし続けた。

「アス…カ…」
「んくっ、ひぅ、ひゃ、は、はぅぅん」

 アスカは歯を食いしばり、もどかしそうに両手を握りしめている。シンジにしがみつき、ぎゅっと抱きつけばこの落ちていきそうな感覚も薄れるとわかっていても、それができないでいる。
 しおらしく潤んだ目でシンジを見上げながら、シンジの手が口が肌に触れる刺激を甘受する。

「あ、ああぁ。うぅ…ん、はひっ」

 仲間と比べるとあまり胸が大きい方ではないアスカだが、仰向けになるとその差は顕著になる。
 無意識のうちに仲間達と比べて、内心コンプレックスを抱いていたアスカだから、胸を触られるのは気になって仕方がないのかその顔は
 柔らかいには柔らかいが、あまり盛り上がりのない胸を撫でさすり、探るように絞るようにピンク色の蕾をつねる。

「いっ…いいっ、あいぃ」

 電流のような刺激がアスカの全身を走り、シンジの身体を持ち上げるほど勢いよくしなやかな肢体が反り返る。
 シンジは慌てず左手を地面について身体を支えると、右手でつまんだままの乳房に口を寄せ、誘うように赤く硬くなっている乳首を口に含んだ。

「ふぇえええぇっ!? えっ、あっ、ひぃあっ、やっ、あああああっ!」

 息を詰まらせ、泣いてるような声でアスカは悲鳴を上げる。
 仰け反ったまま頭頂部は泥を擦り、髪に砂粒が混じっていくザラザラとした感触が伝わるが、それどころではないのか彼女の意識は全てシンジに向けられていた。

「ば、こら、バカぁ…。なに、調子に乗ってる、の、よぉ。さっさと、必要な、ああ、ことだけ…くっ、しなさい、よっ」
「ふぐっ、ちゅ…はぁ。でも、さ」
「くううぅ。でも、なによぉ…?」

 涙を目の端に溜めたアスカを一瞥し、再び乳首にしゃぶりつく。舌を絡め、唾液でネットリと湿らせながら小さなつぶつぶ一つ一つの感触を舌先に感じ取る。
 たちまち戦慄き始めたアスカの細腰を右手で捕らえると、体重をかけてのし掛かりながら少し強くシンジは吸い付いた。

「はうぅぅぅぅっ。や、だめ、わたし、お、おかしく…」

 赤く痣が残るほど強くキスされ、さらに甘く噛まれる官能の刺激がアスカを翻弄する。
 アスカの指先が地面に爪を立て、柔らかな泥を耕すように引っかき回していった。

「ひゃぐぅぅぅっ! ば、バカバカっ、ああ、バカぁ! 誰が、そんなことまでして良いって、んあ……あっ」

 怒ったようなアスカの悲鳴をシンジは無視し、たっぷり、じっくりとアスカを味わい…ゆっくりと開放した。涎まみれになった乳首は開放されても、ピンと硬く凝っていた。
 深呼吸をしながらゆっくりと脱力するアスカをそっと支えてやりながら、シンジはじっと左乳首に目を向ける。片方だけというのは公平じゃない。

「じゃあ、今度は左を気持ちよくしてあげるよ」
「ええぇ? やだ、ダメよ、これ以上、わたし、おかしくなる…っ」

 強気な彼女が涙目で拒絶の言葉を口にする。
 だが本気で抵抗する気はないのか、それとも抵抗する気力もないのか、シンジの言葉が冗談ではないと悟ったアスカはゆっくりと深呼吸をしてシンジの愛撫に鼓動を早めていく。

(あああ、どうして、逆らえないの? こいつは、バカシンジはオークじゃない。首輪もないのよ?)

 信じられない―――。両目を見開き、シンジの体重を全身で受け止めながらアスカは自分で自分が信じられなかった。
 シンジの唇が左の胸に触れ、涎の跡をたっぷりとつけながら犬のように舐めていくのを慄然としながらアスカは受け入れていった。

「あっ、はぅ、ひゃう、はっ、はぁ」

 確かにシンジを受け入れる気にはなったけど、それは適当に気分だけ出して、することだけしたらさっさとそこで終わらせるくらいのつもりでいた。
 そのつもりだった。

(な、なのになのに! こいつ、ああ、もう、ダメぇ。わたし、変、変よ。ああ、ママ、ママぁ…)

 いや、そう上手くいくかなぁ、とか多少は思っていたけれど、それでも乞うまで翻弄されるとは思っていなかった。
 ねっとりたっぷりと溶岩のように熱い舌先にとかされていく。先ほどまで口腔愛撫されていた右の乳首は、シンジの右手に弄ばれている。両方の胸を同時に責められ、アスカは胸全体が夏場の砂糖菓子のようにとろけていくような気がしていた。

(やっぱり…気を許すの、は、早すぎたのかしら?)

「きゃっ、ああっ」

 アスカが仰け反った拍子に、「じゅぱっ」と粘ついた音を立ててシンジの口から解放される。
 痛々しいほどに赤く染まり肥大した乳首が震える。

「あああっ、はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ、ああぁ」

 肩で息をするアスカの全身は赤く染まり、特に顔は頬から耳元まで真っ赤になっている。
 涙で潤み、抗議するような非難するような目をしているが、心の中の非難とは裏腹にあまり怒っているような雰囲気ではない。少なくとも、シンジにはそう見えた。

「大丈夫?」
「……気遣うくらいなら、最初から調子に乗るんじゃないわよ。この、変態っ」
「えっ、ごめん…」
「バカ…バカシンジ。あやまるようなこと、なんでするのよ…」

 両手で胸を隠しながら、じっと見上げるアスカの瞳にシンジは言葉を詰まらせる。
 最初に感じた印象通り、他社に勝手にされるのは嫌いらしいとシンジは思った。それに、考えてみれば彼女はオークの虜になっていたのだ。なにが彼女の地雷なのかわかったものじゃない。
 自重するべきだった。ヒカリやマユミとのことを思えば、そうあってしかるべきだったのに。

「ごめん…。僕、その、アスカのこと、考えないで」
「わ、わかればいいのよ。調子に乗らなきゃ、そんな私も、だから、だからそんな落ち込まないでも良いでしょ」

 急に雨に濡れた子犬みたいに項垂れるシンジにアスカは内心ため息をつく。
 マユミと見た目だけじゃなく中身もよく似てるなぁ、こいつは…。
 きっと物心ついてから他人に怒られたり誉められたりすることがほとんどなかったんだろうな、と思う。
 シンジみたいにちょっとしたことで落ち込んで、いつまでもウジウジ悩むような奴は大嫌いなのだが、だが逆にこういうダメ男を放ってもおけない。面倒くさい性格だな、とは自分でも思うけれど。

「もういいわよ。はぁ…ホント面倒な奴。
 まったく。さっき、私を助けようと…飛び込んだみたいにすれば良いのに」
「え?」
「なんでもない。もう…。もう良いから、さっさとしなさいよ」

 このままじゃ夜になってもこんな態かもしれない。

(私の方から受け入れないと、ダメか…)

 目を閉じると、ゆっくりとアスカは力を抜いた。深呼吸を繰り返しながら、隠していた胸を少しずつシンジの眼前に晒していく。

(くぅ………。は、は、恥ずか…しい)

 シンジの視線を感じる。興奮と共に鼓動が早くなり、耳の横で脈打つ音が聞こえる。
 胸が苦しい。興奮で炎症を起こしたみたいに身体全体が熱くなっている。
 冷たい地面が背中に触れる感触が心地良い。

「は………っ、あ、はぁ」
「アスカ」

 シンジの囁きがこそばゆい。
 おっかなびっくり、そろそろとシンジの手が肋骨の浮き上がりに沿ってアスカの横腹を撫で、一瞬の躊躇いの後、両手が背中に回される。

「ううぅ…」

 シンジに抱きしめられた。そう悟る間もなく、胸に押しつけられるシンジの胸板の圧力に息が詰まる。
 太くないわよね? とレイと比べてしまうアスカだが、直後のシンジの問いに眉をひそめて睨み付ける。

「ん…アスカ。キス、するよ」
「うぅ、もう、バカぁ。いちいち、聞くんじゃないわよ。…………んんっ」

 さっきしたような軽いキスとは違う、濃厚な口づけにアスカの息が詰まる。
 唇の弾力と感触に続き、こじ開けるようにシンジの舌が侵入してくる。文句はそのまま飲み込んでしまう。ほとんど無味無臭のはずなのに、明らかにシンジを感じる唾液の味に眩暈を覚える。

「あんっ………んんっ、う、うっ…んん、ちゅ、うむぅ、んんっんっ、んっんっ」

 無意識のうちに息を止めたアスカの胸が、ゆっくりと火がついたように痛む。
 だがその痛みを忘れるほどの陶酔感が彼女の全身を包んでいく。じっとりと汗ばんだ肌は吸い付くようにシンジの肌に触れあい、更に燃え上がる。
 羞恥だけとは言い難い、泣き声とも喘ぎともつかない声が四方に響く。

(初対面なのに…。好きでもない、男相手なのに…。なんで、どうして、こんな、こんな…)

「ぷぁ…っ。はっ、はぁ、はっ、はっ、はぁ、はぁ、はぁ」

 たっぷり1分ほどのキス。
 ゆっくりと唇が別れると同時に、二人は大きく胸を上下させて空気を求める。

「はぁ、はぁはぁ、はぁ、あっ…はぁ。ううぅ」

 トロンとした目でシンジを見上げるアスカ。汗みずくになった肌に土と髪の毛が張り付いている。抱擁を解いたシンジはゆっくりと上体を起こし、しなやかなアスカの足を撫で、ゆっくりと押し開いていく。

「ああ…」

 シンジの視線が淡い金髪に彩られたアスカの秘所をみつめる。瞬きしない目が充血していき、鼻息が荒くなる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…アスカ、アスカの、ここ」
「な、なに? どこか…変……なの?」
「金髪だ」
「…それがなんだって言うのよ」
「いや、その、下の毛は黒いのかな、とか」
「ばっ、バカでしょあんた! ううん、絶対にバカよ! こ、この…バカ。ド変態」

 尻すぼみなりながらそれだけ言うと、顔を真っ赤にしてアスカは顔を背ける。
 そういうアスカだが、あまり怒ってる雰囲気ではない。むしろ仲間と比べられたことを悟って、恥ずかしそうな、負けてる・劣ってるところがあるんじゃないかとそっちの方が気になって仕方がないように見えた。

「……なんでこんなバカが私たちを助けたのよ」
「バカバカ言わないでよ。そりゃ、君に、いや、アスカに比べたらバカ…だけどさ」
「ふん。自分がバカってわかってる分、そうじゃない奴よりは幾分マシよ。そんなに卑下することないわ」
「う、うん。ごめん」

(なんですぐ謝るのかしら?)

 誉めたのに謝ったりして…。
 男なんて生き物はもっと尊大で傲慢な生き物のはずなのに。ホント、こいつと話してると調子が狂う。

「もう良いから。さっさとしてよ」
「え、うん。でも、本当に…良いの?」
「…くっどいわね」

 肯定の返事の代わりにアスカは自分から足を開き、秘所を大胆にシンジに見せつける。身体をくねらせると、むっちりとした太股の間の秘所がきらりと夕焼けに光る。
 すでに充血して愛液を滲ませていた淫靡な下の唇に、慣れた物でいそいそとシンジは一物を押しつける。

「あ、アスカ…」
「ううぅ…」

 じわり。
 熱と共に快感が双方の媚肉に染み渡る。
 羞恥にアスカは目を閉じただけでなく顔を横に背け、シンジは息を荒げて汚れてもなお誇りを失わないアスカから目を離せない。
 興奮に全身を紅潮させた二人の息は茹だったように熱い。

「あう、あううぅ。お、押しつけられてるだけで…ああっ」

 触れただけなのに背筋をぞくりとさせながら駆け上る快感にアスカは思わず快感に満ちあふれた声を上げた。
 手が、足がシンジにしがみつき、指が弓形に曲げられ規則的に震える。反射的にシンジの首にしがみつき、耳元で熱い吐息を漏らした。

「あ、あはぁ…んっ。あっ、あん、ああぁ」

(触れてるだけなのに、挿入、されてないのに…それなのに、オークにされてるときより、私、興奮して、感じて…る?)

 自分の身体が自分の物じゃなくなった様な快感の渦に翻弄されている。
 綿に水が染みるように鈍痛じみた快感が細胞に満ちあふれ、ブルブルと瘧のように身体が震えていく。

「あっ、あん、あっ、あっ、あっ、ああぁ」

 なんてそそらせる声なんだろう。
 あれだけ強がっていたアスカが無我夢中でしがみつく様子に、シンジはゴクリと生唾を飲みこむ

「アスカ、アスかぁ。か、可愛いよ。アスカ」
「ばっ、バカぁ…バカ、バカ、バカぁ。なにが、か、かわっ、かわいい、よ…あっ、はぁ……んんっ」

 下半身をとろかすゾクゾクとした疼きとシンジの囁きにたまらず声を上げ、再びアスカの身体が仰け反っていく。無我夢中でしがみつく手に力は入らず、汗でぬめった肌の上で何度も滑らせながらも、それでも何度も抱きつこうとする。

「ひゃ、ひゃうぅっ。あ、ひぁ、いやぁぁ」

 アスカの茹だった首筋に浮いた汗をシンジはペロリと舐めた。

「バカっ! あああっ!」
「う…ああっ」

 予想外の刺激で反射的にアスカの身体がバネ細工のように跳ね上がり、押しつけられていただけだったシンジの一物がぬるりとアスカの膣内に挿入された。
 淫唇を押し割り、膣口一杯に膨れがった亀頭が押し広げる。粘膜同士が吸い付き、競り押し合う感触に二人は堪らず声を上げた。
 シンジは少し呻く程度だったが、連日オークの調教を受けてきたアスカの感度は段違いだ。

「あああっ、あっ、あああっ! 入って、く、ひぃぃ…んあ、おあ、あひぃ…ああっ!」

 ビクン、ビクンと身体全体を痙攣させ、その所為でますます深くシンジの一物が深く挿入されてしまう。
 折れそうな勢いで首を仰け反らせるアスカ。白目を剥き、だらしなく開いた口からは舌をつきだして悶え狂う。

「やっ、やっ、ひぃぃ――――――っ!」

 それはアスカの待ち望んだ、だが、準備が整う前に繰り出された致命的な一撃だった。
 敏感になりすぎた膣を硬い肉棒が擦り、コリコリと充血して硬くなった部分を刺激する。
 深呼吸して気持ちと鼓動を落ち着かせることもないまま、無造作に挿入された『人間』のペニスの感触。オークの奴隷妻とされていたアスカにとっても、それは空前絶後の快感の大渦となって彼女を翻弄していく。

「は、はひっ、ひっ、ぐっ……はっ、はぁ、ひぅ………」

 シンジの背中にアスカの爪が食い込み、鮮血が滴る。僅かにシンジは苦痛で顔を歪めたが、それ以上に下半身が吹き飛んだような快感に囚われ、一物を抜く事なんて気にもならない。

「アスカ…動く、よ」
「ああ、あぅ、あっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、あん、ああ、やっ、やだ、ば…バカぁ」

 互いの胸を密着させると、少し腰を持ち上げゆっくりと腰を律動させていく。いったん根本まで挿入されていた一物がゆっくりと引き抜かれ、愛液にまみれたまま再びアスカの中に挿入されていく。
 ゆっくり、だが確実にアスカの内に楔を打ち込んでいく。

「はぁ、はぁはぁ、はっ、はぁ、はぁ、ああぁ…し、しん…じ…。きつ、い…苦しい…わ。あ、ああぁ」
「ち、力を…抜いて」
「力、抜けって、そんな、無理。でも、もう…」

 苦痛でも堪えるように呻いていたアスカだったが、ゆっくりと呼吸を繰り返し、言われるがままなんとか強ばった身体から力を抜いていく。脂汗を浮かべながら痺れてしまった手に指令を出すアスカ。
 爪がまたシンジのを傷つけないよう、ゲンコツを作った上で抱きつき、少しでも楽になるよう痺れてしまった足の位置を少しずつずらしていく。

「はぁ、はっ、はぁ、ああ…なに、これ…頭、痺れて、訳、わかんない」

 オークに、族長に犯されたときこんなにも凄まじい感覚があるとは思ってもいなかった。恐らく、アレを超える快感という物はこの世に存在しないだろう。アスカだけじゃなく、レイもマナもマユミもヒカリも同じだと思う。その認識は今も変わっていない。

(でも、違う…人間の、男の、人の……これ…あんなに、凄くない、けど…でも)

「気持ち、いい……ああ、シンジぃ」

 人間だからこんなに感じているのか。それともオークの調教を受けていたからなのか。
 好きでもない相手としてこれなら、それなら好きな相手としたらどんなに凄いんだろう…?
 呼吸が整ったのか、トロンとした目でアスカはシンジとの性行に没頭している。剥き出しの性欲に翻弄され耽溺した彼女の身体は躾けられたとおり、無意識のうちにゲンコツを作りシンジの身体を傷つけないようにしがみつく。

「アスカ、アスかぁ…」
「んっ、んんっ」

 シンジの腕が上気したアスカの肌を撫でさすり、飢えた口が無防備に開いた唇を乱暴に貪る。

(あああ、なんで、なんでこんなに…気持ち、良いのぉ?)

 すっかり夢見心地になったアスカは自分からシンジに腰を押しつける。濡れた陰毛が絡み合い、肉と肉がぶつかる。

(いく、イっちゃう。ああ、イきそう…イくの。イきます。私、ああ、私、ああ…)

 無防備な彼女の体も心に、ズキズキするような快感はゆっくりと染みいっていく。
 じわり…と快感が湧きあがる。股間が痺れたようになり、自分が達しようとしているのをアスカは悟った。そしてアスカを犯しているペニスも膨れあがり、火傷しそうなほどに熱く硬くなっていることを悟った。
 この人も、絶頂を迎えようとしている。
 絶頂…達する…射精…熱いのが、私の、中に…。

(しゃ、射精…されちゃう。中に…また、私の、中に)

 相手はオークの族長ではない。人間の…恩人の、シンジだ。
 好きなわけではないけれど、オークの子供を孕まないために必要なこと。わかっている。わかっていたけれど。
 しかし、連日の族長による調教はアスカの肉体と魂に消えることのない傷跡を残していた。シンジに我を忘れ征服されようとしていたアスカの中で、それはマムシのように鎌首をもたげる。







「は、あぁ……ご主人、さま…」

 射精される。そう思った瞬間、無意識のうちにアスカはうっとりと言葉を呟いていた。
 安心して身を任せているアスカは、シンジが強ばっていた顔を醜く歪めたことにも気づかない。シンジだけど、それともシンジだから気持ちいい。

「ん、んん…急に、どうしたのよ」

 イく寸前で急に動きを止めたシンジに、惚けたままアスカは不満の声を発する。
 ハァ…と息を吐き、ゆっくりとアスカは目を開けた。

「……っ!? シンジ…」

 血涙? いや、泣いてないけど泣いてるみたいに凄愴な顔をした男の顔。
 どこかで見覚えのある面影…いや、知らない男の人、シンジが見下ろしていた。
 一瞬、状況が思い出せなかったアスカだが鼓膜に残る自分の呟きが、鮮明に脳裏に響き渡り全てを悟った。

『ご主人、さま』

(あ…ああっ。いま、なんて…言ったの?)

 族長の凌辱がフラッシュバックする。忌まわしいはずの記憶なのに、なぜか身体が歓喜に震えた。
 自分にどれだけ深く楔を打ち込まれていたのか、今ようやくわかった。ヒカリは随分大袈裟なことをしてるな、と思ったけれど…決して彼女はやけくそになっていたわけではなかったのだ。
 瞬きもせず見下ろすシンジの血走った目に、自分がオークに犯されてる姿が映って見える。
 今シンジはオークに犯されているアスカの姿を想像しているのだろう。

(やめて、やめて、やめて…。そんなの考えないで、違う、違うわ…。違う)

 アスカは恐ろしかった。
 会ったばかりで、これが最初で最後の接点のはずの相手がこんな剥き出しの感情をさらすなんて。

「あぁ、あっ、ご、ごめんっ」

 反射的に顔を背け、逃れようとする。
 その動きはシンジからは逃げようとするように見えた。
 嫉妬か、あるいは迂闊さに対する怒りだろうか。

「……逃げるな」
「ひっ」

 押し殺した声でアスカの動きを封じ、シンジは背後から抱きしめる。アスカの体は震えていたが温かかった。

「違う、違うのよ。違うんだってば、そうじゃなくて、あの、とにかく、違うのよ。違うの…」
「わかってる…ごめん、わかってるよ。謝らないでよ…。君は、何も悪くない。だからお願いだから、逃げないでよ」
「シンジ…」

 もっと早く、夜を徹してでも虱潰しにこの辺りを探していたら、アスカ達がオークに敗北するより先に彼らを見つけることができたかもしれない。
 アスカだけじゃない。レイとマユミも、マナもヒカリも無理しているんだ。

「ごめん…」

 うつぶせになったことで量感を増した乳房を、背後からきつく握りしめる。熱く柔らかかった。この胸の柔らかさも、全部オークに…。
 弾力を確かめるように揉みしだくと、すぐにアスカは「あぁ」と呻くように啼き声をあげる。

「あっ、ああぁ…そん、なっ。ああぁ…シンジ」

 悲しみで押しつぶされそうになっていても、性的な刺激を与えられると淫らに悶え喘がずにはいられない。
 彼が想像も出来ないことを、ずっとずっと…。
 横臥状態にしたアスカの片足を膝裏から掬い上げ、自身の肩に引っかけるようにする。少し強引に押し広げられた淫唇に再び深く一物を押し当てる。

(ああ、み、見られてる…恥ずかしい、所を、シンジに)

 シンジの射抜くような視線を感じる。今の自分がどんなに淫らな格好をしているのかを想像し、アスカの全身が赤く染まる。

「ああ、は、はずか、しい…わ。う、ううぅっ」

 羞恥のあまりアスカは髪を噛みしめて嘆いた。このまま雪のように小さくなって、溶けて消えていきたいような。
 小さくしゃくりあげているアスカの身体は、シンジの方に引き寄せられる。

「あ…」

 顔を見られながらじゃなくて良かったとアスカは思った。
 閉じた瞼の奥の夜よりも暗い闇の中で、想像のシンジが侮蔑の視線で見ている。きっと、きっと…。オークとの情事を楽しんでいたと思ってるに違いない。本当はそんな目をしていないのはわかっているけれど、いや、いっそ本当にそんな目で見て欲しかった。
 そうすれば自分を蔑んで生きていくこともできるから。

「はぁ、あ、ああぁ、はぁ。シンジ」

 膨らんだ秘所を押し開くように、ゆっくりと亀頭が割れ目に沿って擦りつけられる。

(わたし、凄く濡れてる。ああ、来る…来て…)

 顔を快楽と喜びに惚けさせて、悲しみと喜びに涙を流して、熱い吐息をアスカは漏らした。
 期待と申し訳なさで息を荒くなる。震えながら深く息を吸い、ゆっくり吐き出したとき…。ぬるりと先端部分が飲み込まれた。


「ああああっ! あ、ああっ! ごしゅ、くっ……シンジっ!」


 シンジと再び結ばれた幸福感がいや増すのと比例して、オークに凌辱されてしまった悲しみも増していく。シンジのことだけを感じていたいのに、また『ご主人様』『族長様』などと呟いてはいけないと身構えると、どうしてもオークを族長のあの圧倒的な凌辱を思い出してしまう。

「ああ、あああっ。思い出したく、ないのに…シンジ、助けて、助けてよ」

 一度意識するともう忘れようとしてもそうはいかなかった。
 シンジと族長を比べてしまう。
 どっちも言葉をなくしてしまうくらい気持ちいい。『気持ち良い』という共通項があるのが最悪だった。
 反射的に、そんなこと考えたくないと思っていても族長とシンジを比べてしまう。考えまいとすればするほど、どうしたって族長のことを思い出してしまう。
 あの圧倒的なペニスの質感。
 でこぼこした腫瘍が生み出す人外の快楽。シンジと、人間との性行とは比べものにならない濃厚な性行。
 それなのに劣ってるはずのシンジとの性行はアスカを族長と同じくらいに…いや、見方を変えればそれ以上に翻弄する。

「違う! シンジよ。オークじゃない…のに、思い出したくないのに、嫌、嫌ぁ…」

 シンジだ。シンジなのに。
 胎内でウジ虫が這い回るあのおぞましくも凄まじい感覚が蘇る。呪いの言葉がいつしか歓喜の嬌声に変わっていく敗北の記憶。

「あう、あう、ああう、あ、あああっ」

 全身が火照っていた。汗みずくになった体にシンジが覆い被さり、勢いよく腰を前後させている。亀頭だけアスカの胎内に残る程度に引き抜き、すぐに根本まで挿入する。
 激しいけれど、その動きは優しくいたわりに満ちていた。

 優しい?

(あれ?)

 瞼の裏に浮かぶ族長の姿に、一瞬ノイズが走った。鮮明だったはずの記憶は薄れ、抱きしめるシンジの手の優しさを感じる。

(消えてく…? シンジ、シンジのが、シンジので私、私の身体)

 火山が噴火するように乱暴に、どこまでもどこまでも際限なく持ち上げていくようなオークの凌辱より、緩急付けて刺激を与えてくるシンジの方が、ずっとずっと気持ちが良いとアスカは感じた。

「あっ、あん、あっ、あっ、ああっ。シンジ…の方が、うそ、ずっと、ずっと、気持ちいい、嘘、ああ、嘘でも良い。シンジ…感じる。感じるわ、ああ、シンジ」

 数値化したらオークの凌辱と人間のそれは文字通り桁が違うはずだ。

(シンジの方が、ずっと、ずっと気持ちよくて、暖かい)

 力任せなだけのオークの凌辱の記憶が、シンジとのがむしゃらだけど思いやりに満ちた性行でで徐々に上書きされていく。
 アスカは恐る恐る、だが確信を持って肩越しに背後に目を向けた。
 相変わらず泣きそうな顔をして歯を食いしばっているけど、慈しむ目がアスカを見つめ返してくる。

(シンジで、シンジので。塗り替えて…。汚された私をシンジで一杯に、綺麗に、して)

 シンジが一突きする度に、徐々にアスカの全身に緊張が蓄積されていき、アスカの意識は快楽に絡み取られ高みに登っていく。

(く、来る…! アレが、来る、来ちゃう!)

 ハァ…と熱い息を漏らし、アスカはシンジに救いを求めるようにせっぱ詰まった声を上げた。

「あっ、あっ、ああっ、あん、あっ、ああっ! 嘘、いや、嘘でも、良い! もっと、もっと、シンジ、シンジぃ!」
「アスカ、アスカ、アスカ!」
「あああっ、ああぁ――――――っ!!」

 ビクンッ、ビクッ、ビクッ!

 二人の身体が激しく痙攣した。シンジの睾丸が縮み上がり、限界にまで膨れあがっていた一物から最後に残っていた精液が勢いよく迸った。

「熱い…シンジ、のが、中に…」

 愛液と精液がアスカの中で混じり合い、ゆっくりと汚されていたアスカの胎内に染み渡っていく。
 刺激が強すぎたからか、それとも喜びからか。涙を流しながらアスカは大きく肩を震わせて荒い息を吐いた。
 震えながら、泣きながら、肩越しにシンジの顔を見つめる。

「シンジ、シンジ…わたし」
「アスカ」

 ぎゅっと抱きしめ、シンジはアスカの額にキスをする。
 動きの止まった二人の身体がゆっくりと力が抜けていった。

(忘れ、られる…かも。ううん、期待しちゃ、裏切られる。でも)

 凌辱の記憶そのものは…忘れられたわけではないから、ふとした折に思い出すかもしれない。何かの拍子にあの感覚を思い出し、悪夢に悩まされるかもしれない。またあの地獄を見たいとマゾヒスティックな感覚に囚われるかもしれない。
 でも、今は、少なくとも今日は、オークのことを思い出すことはなさそうだ。











 煌々と月が銀の光で森を照らしていた。靄が掛かり、星が瞬く神秘的な夜だ。
 遠くからフクロウの鳴く声や、狼の遠吠えや鹿の甲高い鳴き声が聞こえてきた。

「良いのかなぁ」
「何よ。私とじゃ嫌だってーの?」
「そうじゃないけど、でも男女七歳にして同衾せずって…」
「言わないわよバカ」

 森の中だが月光を反射する池の近くだからか意外に明るい。
 仲間達のいるキャンプ地まで戻らず、池の畔で毛布にくるまったままシンジとアスカは抱き合って夜を迎えていた。
 オークの精とシンジの精が内で争う鈍痛に苦しんでいたアスカを、無理に動かせなかったからという理由もあるが、それ以上にシンジが疲労紺倍していたことと…アスカがちょっとした我が儘を言い出したからだった。

『今夜だけで良いから…一緒に、二人だけでいて』

 他のみんなに聞かせたくない、見せたくない姿をなぜかシンジにだけは晒しておきたい。
 乙女心と言えばそうなのかもしれない。
 リーダーとしていつも気張って、頑張って。そんな彼女がちょっとだけ見せた弱気なところ。
 冒険者のリーダーにあるまじきことかもしれないけど、仲間達は仲間達で回復してるだろうし、ホワイトライオンという強力な護衛も側にいる。何かあったら1分と掛からず駆け付けることが出来る。
 だからたぶん、大丈夫。

(でも後で文句言われるでしょうね)

 特にマユミとレイから文字通り無言の抗議が…。
 無理ないか。普段から男嫌いを公言していた自分が、今はこうして仲間の幼なじみで初恋の相手を独占しているんだから。移動する気力と体力もなくなったからではあるけれど。いや、やっぱりそれは言い訳かもしれない。
 そろそろ痛みも引き、むしろ眠気が強くなってきていた。もっともまだまだ眠り姫になるつもりはない。
 安心すると好奇心が膨らんでいく。この謎多き青年の秘密を根掘り葉掘り調べなければ…。

「ねぇシンジ。あのさ、あんたのこと、話してよ」
「僕の?」
「そう。興味あるわ」
「あまり話すことないよ。14歳で冒険者になってからはずっと敵討ちの旅してただけだよ。それ以前のことなら綾波か…山岸さんに聞いた方が」

 やれやれと肩をすくめ、シンジの胸に愛くるしい顔を埋める。悪戯心を起こして軽くキスをしたりする。
 自分にこんな媚びを売った行動が出来るなんて思いもよらなかったけれど、あんまり嫌じゃない。むしろシンジを困らせるのは楽しい。
 シンジの『くすぐったいよ』という言葉にますます調子に乗ってアスカは髪の毛を擦りつけ、彼の体臭を吸い込んだ。シンジの身体は汗くさいけど、でも嫌な臭いじゃなかった。
 月光の元で、金色のはずのアスカの髪は白く輝く。

「バカね。あんたの口から聞きたいのよ。話せる範囲で良いわ。たとえば、一番幸せだったときとか」
「でも」
「私も話すから。それならおあいこでしょ」

 ため息をつきながら仕方ないな、と肩をすくめるシンジにアスカはほくそ笑む。ちょろいもんだわ。

「…そうね。じゃあ言い出しっぺの私から話すわ。私が一番幸せだったのは、4歳の頃。
 まだ私が何も知らない年齢相応の子供で、パパとママが夫婦してたとき」
「夫婦…してた?」
「やっぱり気になる? 色々あったのよ。そう、本当に色々。
 あれは4歳の時。パパがまだ破産が確定する前だったわ。貧乏で破産寸前だったのにまともに働くなんて考えることも出来ない、気位ばかりの放蕩貴族。絵に描いたようなダメ人間。それが…私の…パパ。
 労働を下層階級の下賤な義務と考えるような人だったけれど、それでも破産するなんて嫌だったのね。色々事業を考えては、出資者探しで知り合いや親類を回ってたわ。
 ある日ね、大口の出資者の所を訪問するとき、ママと私も一緒に連れて行かれたことがあったわ。パパはそんなつもりはなかったんでしょうけど、それは最初で最後の家族旅行だった。雰囲気に飲まれたのか、パパが娘と思ってもいなかったはずの私にぬいぐるみ買ってくれたりしたのよ。ふふ…。
 そのね、行った先にね、私と同い年の男の子がいたから…仲の良い夫婦を演じた方が受けが良いと思ったんじゃないかしら」

 無数の星を見上げながらアスカは呟く。
 シンジは何も言わず、寂しそうな青ざめた横顔から目をそらせないまま、彼女の剥き出しの肩を抱いて引き寄せた。どうしてそんなことをしたのか彼にもわからない。

「その、同い年の男の子…たぶん、きっと初恋、じゃないわね。でも、初めての友達。好きか嫌いか聞かれたら、好きって答えると思う。
 その子、というかその子の家…凄い大金持ちだった。私だってね、破産寸前とは言え貴族なのに、掘っ立て小屋に住んでるような気がするくらい大きな屋敷にたくさんの使用人と一緒に住んでいたわ。もしかしたらただの貴族じゃなくて、どこかの王様だったかもしれないわね。
 パパがいろいろ仕事の話をしてる間、私はその男の子と一緒に遊んでいたわ」
「その…さ。どんな人、いや子供だったの?」
「名前も思い出せないけど、ぼやーとしたのんきな子だったのは覚えてるわ。顔もうろ覚えだけど黒髪・黒目で、マユミみたいだったんじゃないかしら。でも、一々格好つけてた。初めて会ったとき馬に乗ってたし、貴族の義務とかレディファーストとか4歳なのに律儀に守って。
 きっと、あの怖そうな髭の父親と優しいお母さんに愛情一杯で育てられたんでしょうね」
「…よくわかんないよ」
「ん…まあ、あんたはそうでしょうね」

 滅んだとはいえ元王子なんだけど、と思ったけどシンジはアスカの言葉に口を挟まなかった。
 それよりもなにかが引っかかる。

「あれ? もしかして怒ったのかしら? あらあら無敵のシンジ様は子供のことなのに嫉妬して大人げないわね〜」
「嫉妬してる訳じゃないよ。ただ、ちょっと」
「なによ?」
「いや、一応、僕も父さん母さんが死ぬまでは貴族…みたいなのだったから」

 おやおやとアスカは目を丸くした。本当だったとしても、ここで自分が貴族なんて口にする必要はないはずなのに。
 気持ちの良い風が吹き、梢をさわさわと音を立てて揺らした。
 耳をなぶる風にうっとりとしながら、あれ、もしかして本気で嫉妬してるのかな? とアスカはムキになるシンジの様子にちょっと嬉しそうにする。

「へぇ〜見えないわねぇ。でもあんたも元貴族だって言うなら、あの子の爪の垢を煎じて飲んだ方が良いわね。
 まあ、できたら、なんだけど」
「なんで一々つっかかるのさ。別に良いけど」
「本気で怒ってるの? ちょっと軽い冗談じゃない。それとも嫉妬してるの? 子供の時の話で」

 ケタケタと笑い出すアスカにシンジはため息をつく。
 わざとやってるんじゃないだろうか?
 今度はさすがにシンジの目が細くなり、空気に張りつめた感じが漂う。

「…別に。そもそも僕は君の恋人とかじゃないし、嫉妬するわけないだろ」
「あ、ああ、そうね。そう…よね」

(嘘…本当に、嫉妬してるの?)

 シンジとふれあってる部分の体温がチクチクと痛みを覚えるくらいに熱い。剣呑な物を感じて、たぶん、100年に一度くらいのしおらしさでアスカがシュンとした。
 急に黙り込んだアスカに今度はシンジの方が戸惑い、小さく舌打ちするとまた少し強く抱きしめた。
 怒っているわけではないけれど、なんだか胸がもぞもぞする。下腹にも痼りみたいな物を感じるし、本当に嫉妬しているんだろうかとシンジは思う。

「怒ってないし嫉妬もしてない」
「うん。そう言うことにしとくわ」
「それで、その子がどうかしたの?」
「え、聞き…たいの?」
「途中まで聞いて止められると気になるだろ。最後まで話してよ」

 さすがに躊躇する。
 これ以上怒らせたら嫌われるかも。いや…そもそも、嫌われたからどうだって言うんだろう。たぶん、彼と接点があるのは今夜だけ、明日からは別々の道を歩んで二度と会わない相手なのに。
 だけど…。

「でも…」
「話さないなら、僕もはなさないよ」

 そう囁きつつ、ギュッと抱きしめてくる。
 話さない? 離さない? どっちの意味なのかとアスカは少し疑問に思う。

(後者なら嬉しい…イヤイヤ、何を考えてるのよ)

 顔の見えない夜で良かったと思いつつ、アスカは言葉を続ける。

「それじゃあ、話すけどね。どんな子かと言われると、説明に困るけど…。
 えーとね、その男の子と池の側で遊んでいたとき、綺麗な花が水面に浮かんでいたのよ。それを見て、私が綺麗だよねって言ったら、その子、いきなり池に飛び込んでずぶ濡れになりながら花を私のために取ってくれたのよ。
 要するに、そう言う男の子だったってのよ」
「ふーん…。僕も、4歳の時似たようなことあったよ。たださ、『あの花取ってきてよ。男の子でしょ』とか言われて遊んでいた女の子に突き飛ばされて、溺れたんだけど」

 その所為でレンジャーなのにカナヅチになったんだ、と自虐的にシンジは笑った。
 乾いた笑いとは、こういう表情を言うんだろう。そんな顔をシンジはしていた。
 抑揚のない笑い声を「ははははは」と上げるシンジをはたと見据えながら、アスカは心の底から同情して慰める。

「なんか、とんでもないのと友達だったみたいね。でも、あまり気にしたらダメよ。マイナスにしかならないわ」
「………うん。そう、だね」
「それだけじゃなくて、あの男の子色々貴族らしからぬ所があったわ。蜂の巣壊して蜂蜜取ろうとしたり、ポケットの中まで泥と虫で一杯にしてたりしたわ。でも、男の子ってみんなそうなのかしら?
 私、男の子に生まれた方が良かったのかな…そうしたら、あの子と友達になれたかもしれないもん」

 シンジは少しだけ返答に躊躇する。アスカは確かに男として生まれた方が似合ってたかもしれない…と、思う一方でそうしたら彼女とこんな関係になることもなかったわけで…。少なくとも、数時間前のめくるめく一時は過ごせなかった。それは惜しい、かな。

「あんたはどんな子供だったの?」
「アスカとは正反対の子供だったよ。外で遊ぶことがないわけじゃなかったけど、どちらかと言えば大人しい性格だったから。母さんに本を読んでもらったりするのが好きだった。
 さっき言った女の子に無理矢理引っ張り回されるのは苦痛だったよ。活発で何をするのかわからない花火みたいな女の子だった。蜂の巣にいきなり石を投げて一人だけ遠くに逃げたり、僕の下着の中にまでミミズや虫や泥を詰め込んで、僕が泣き出すのを見て大笑いしたり」
「あんた女の子にいじめられてたの?」
「うん、正直に言えば、いじめられてたよ。やっかいなのはその子、父さん達の客としてきた人の娘だったから、無碍にすることも出来なくてさ。父さんと母さんは仲良くしろと言うだけだったし。
 ああ、そうだ。その子が夜泣きしたとかで母さんが添い寝してやれって言われて…。
 子供だったし、それだけなら、まあいい話だったかもしれないけど…。その子寝相が悪くて蹴られて、一方的に話しかけてきて寝させてくれなくて、そのくせ先に寝たかと思えば歯ぎしりして寝るのを邪魔するし」

 今度はアスカが少し怪訝な顔をする。なにか、色々引っかかるような。
 ちょっと考えてみて、優雅な動きでシンジの胸に顔を寄せる。とても素晴らしいことを思いついたと言わんばかりの顔で彼の腕を引き寄せ、二の腕に頭を乗せた。

「…なにしてんだよ?」
「腕枕」
「いや、あの、腕痺れたらいざというとき…」

 睨まれました。
 怖いと言うより、なんか訳わかんなくて黙り込むシンジ。

「…頼りない奴ね。こういうときは片手でも何とかしてみせるくらい言ってみなさいよ」

 シンジは笑おうとしたけど口元が引きつっただけで笑えない。

(本気だよこの人)

 まあ、レンジャーだから左手で武器を使うことはなれてるからなんとかなる。なるのだが、たとえそうであっても、万一に備えて腕枕はできないと突き放せないのがシンジの弱さであり、優しさかもしれない。時に厳しくすることが優しさって事もあるのだけれど。
 シンジは心の中で苦虫を千匹くらい噛みつぶした。
 なぜだかアスカには逆らえない。

「…わかったよ」
「あら? 意外に素直じゃない」
「どうしろっていうのさ…」

 たぶん、何を言ってもアスカは気に入らないんだろうな、とシンジは思う。

「あんたさ、女の子が苦手でしょ。私ともそうだけど、なんかとことん…その、思い出の女の子と相性悪かったみたいだしね」
「…否定はしないよ」
「でも面白いわ」
「なにが」
「私も似たようなことあったからよ。
 さっきの話に戻るけど……環境が違ってたからかしら。ある夜ね、パパがママをベッドに押し倒して裸にして、まあ、今ならわかるけど、その、してたのよ。でも子供だった私に何してるかなんてわかるわけもなくて、ただ怖くて、泣きながら廊下にさまよい出たのよ。ママを助けてとか言って。
 ぬいぐるみを抱いて何時間も、もしかしたら数分だったかもしれないけど…泣いてたら、滞在先の人が、さっき話した男の子のお母さんにみつかって色々話を聞いてくれたわ。子供の泣きながら支離滅裂な話なのに、嫌な顔一つしないで優しかったの覚えてる。
 私の手を握って男の子の寝室まで連れて行ってくれて、安心して良いわよって、一緒のベッドで本を読んでくれたのよ」

 ふと眉をひそめてシンジは怪訝な顔をする。
 天衣無縫、豪放磊落…まあ派手で勝ち気な性格のアスカがこんな夢見る乙女のような顔をして語る相手に嫉妬しているのか、それとも…。

「どうしたのよ?
 それでね、その、男の子ね、泣いてた私に驚いたのか…ベッドの中で私の手を握ってくれてたわ。朝目が覚めたときも」

 なんだかますます妙な気分がする。初恋じゃないと思ってたけど、他人に、男性に話しているせいか思い出の男の子のことを意識して仕方ない。
 言わなくても良いことまで、なぜか口の端をついて出てしまう。

「仲良かったんだね。僕の方と違って」
「うん…」

 シンジに嫉妬されてる…んだろうか。彼の軽やかな声からは窺い知れない。むしろ、嫉妬して欲しいと思っている?

(私、シンジのこと…どう、思ってるのかしら。今日を最後に、たぶん、二度と会わないだろう男。恩着せがましいところはないけど、陰気で無口で、たぶん人嫌い。
 私はこの人に感謝、それとも警戒してるのかしら。なにか落ち着かないわ。丸太をかじらされてるみたいな感じよね。
 落ち着かない…なにかもうちょっとで原因がわかりそうなのに)

「それで、ね。いつまでもその子の所に滞在してたわけじゃなくて、たしか10日か2週間くらいだったと思うわ。さよならする日が来て、それで、私、今思えば随分大胆なことをしたの」

 肩を抱くシンジの指先に力がこもるのを感じてアスカは息を詰める。
 深呼吸を数回 ――― それからおもむろに言葉を続けた。

「さよならするのが寂しくて、わたし、その男の子に抱きついて、ほっぺに…キスしちゃったのよ」

 シンジの身体全体がぶるっと震えるのをアスカは感じた。

「………そうしたら、その子も感極まっちゃったのか泣き出して、私もつられて一緒になって泣き出して、その大変だったと、思う」

 シンジは何も言わない。ただすこしばかり体温が上がったのか彼の身体は熱を持っていた。

「私は好き…だったわけじゃないけど、でも、たぶんあの子は私のことが、好きだったんじゃないかな………」

 過去の自分を他人のように置き換えて一息に喋ったけれど、それでも『好き』という単語を口にするのは気恥ずかしい。耳まで真っ赤にしてアスカはチラリとシンジの様子をうかがった。
 面白い話をしてもらって喜んでるのか、それとも嫉妬を覚えているのか…。
 一握の期待を込めて、シンジの言葉を待つアスカに投げかけられたのは、感情を押し殺した鏃のように鋭い言葉だった。

「違う…だろ」
「え?」
「あれは……………キスじゃない。キスじゃなかった」

 奥歯をキリキリと噛みしめ、しっかりと抱きしめて視線をそらせないようにして真っ正面からアスカの顔を見据えるシンジ。

「なんであんたがそんなこと」
「噛みつかれたんだ。
 ……………血が出るくらい、強く噛みついたんじゃないか! なに都合良く記憶を改変してんだよ!」
「う、ちょ、ええ? あ、あんたなに言ってるのよ。人の思い出にケチを付けないでって…嘘、嘘よね。そんなまさか」
「あの時は、痛くて怖くて泣いたんだよ。別れるのが寂しくて泣いた訳じゃない!」

 アスカは目をパチパチと瞬きさせ、瞼の裏の思い出の君と眼前のシンジの顔を見比べる。
 言われてみれば面影があるような…。

「ああああ、もう! 思い出した、思い出したよ。アスカ、アスカだ。あの僕をいじめた女の子の名前はアスカだった…!」
「ええ? ええええ?」

 気恥ずかしさと記憶の混乱に翻弄されながら、自分の言葉がどこから出たのだろうかと十数分前のことを思い返してみる。シンジをからかってその反応を見たいと思っていたけど、でももしかしたら、自分も無意識のうちに気づいていて、思い出させたくて確認したくて誰にも話したことのないことを話してしまったのかも…。

「ちょ、本当にあんたはあの一緒に遊んだ男の子…シンジ、なの?」
「ああ、そうだ。そうだよ。忘れていたけど思い出した。君だ、アスカだ、アスカは君だったんだ」

 頭痛を感じるのか、こめかみを押さえるシンジ。沈痛さと過去の憧憬でまだらに彩られて顔からは感情を伺うことが出来ない。
 すなわち、次に彼の取る行動もアスカにはわからなかった。

 愛情、恨み、憎悪。あるいは拒絶。あるいは無視。

「そうだ、母さん言ってた。アスカと仲良くしろって、男なんだから守ってやれって…。わかったって約束、母さんと約束してたのに」

 意外なことにそのいずれでもなかった。
 シンジは頭を抱えて、苦痛に耐えている。母親の言いつけを守れなかったことを後悔している。それは物理的な重荷となって彼を苦しめていた。
 予想外の再会に驚き慌てながらも、アスカは冷静にシンジを見ていた。

(自分もたくさんの事情を抱えているけど、シンジもたくさんの事情を抱えているのね)

 一度に記憶が蘇り、アスカ達の苦難の責任が全部自分にあると自分を責めて苦しんでいるシンジにどう言ってやればいいのか。無言で抱きしめたり、責任がないことをシンジに話しかけたりすればいいのか。それも正解だろうけど、きっと自分がすることじゃないとアスカは思う。

(私が出来ること…私がシンジにするべきことは)

 レイやマナみたいに剥き出しの好意や、マユミやヒカリの控えめに三歩後ろを付いていくような好意は自分には相応しくないし、そもそもこっ恥ずかしくてできっこない。
 あれしかないかな、とアスカは頭を掻いて小さくため息をつく。

(やれやれだわ)

 僕の所為だ、俺って最低だ…と自己嫌悪のあまり内面世界に囚われたシンジの顎に、密着してたので肘打ちを一発当てた。

「いい加減に帰ってこい!」
「がふっ!?」

 首の骨がコキャッと凄い音を立てたが生きてるようだから無視。
 いろいろ恨まれて、暴力女と思われるだろうけど、読み通り口を押さえるシンジの目に正気の光が戻っていた。

「あ、アスカ…」
「自惚れてるんじゃないわよまったく。
 …だいたい私は、私たちはあんたのこと恨んでないし、そもそも私たちが…あんなことになったのは、あんたの所為じゃないわよ。
 本当に、バカね」
「でも、僕、母さんと約束したんだ。約束、してたんだよ」
「いいの。もういいのよ。あんたは結局私たちを助けたじゃない」

 逃げようとするシンジの瞳を真っ正面から見つめ返してやりながら、アスカはそっと呟き、抱きついた。
 裸の胸を押し当てながら腹の調子を改めて確認する。さっきまで感じていた重苦しい痛みは、今はもうほとんど感じない。
 蠱惑的に唇を舐めながら、シンジの耳にそっと息を吹きかける。

「……それでも、自分が悪かったと思ってるなら」

 躊躇いがちに抱きしめ返してくるシンジの腕に安堵しつつ、アスカは言葉を続けた。

「今夜一晩、添い寝しなさいよ」
「う、うん」

 彼が言葉通りに解釈するのか、もう一歩先に進んでくれるのか。
 シンジの温もりに顔を緩ませながら、どっちでもいいかとアスカは思った。

「アスカ…」
「シンジ」

 お互いの名前を囁きあい、二つの影はもぞもぞとしていた。
 溶け合うように一つになっていき…しばらくして、静かな寝息と共に穏やかな夢の中にまどろみ落ちていくのだった。








初出2011/06/10

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