託児所で触手


Original text:ナーグルさん


 山岸マユミ。
 第三新東京市中心部からわずかばかり離れた一角にある託児所に勤めている。まるで数年前から保母をしているようにも見えるが、じつは先年の保母資格試験に落ちたため、見習いではある。しかし、そのよく気のつく心配り、機敏というわけではないがテキパキとした無駄のない動き、何よりただ彼女がいるだけでホッと心が落ち着ける持って生まれた優しさ…。などの理由から、同託児所に勤める他の職員達に大人気だ。
 勿論、職員達だけでなく、託児所に来るお母様方や、預けられる子供達にも大人気だ。
 上は幼稚園に入園寸前の子供から、下は生まれて1年にも満たない乳飲み子まで。

「ばぶーまゅー」

 マユミの腕の中で、一人の赤ちゃんが喋った。優しく丁寧に飲ませてもらったミルクに、満足そうにキャッキャッと笑う。

「あらあら♪」

 パパ、ママという言葉ではなく、最初に喋ったのが自分の名前とは…。嬉しい反面、少し複雑な気持ちもする。

「悪いことしちゃったかな」

 もしかしなてくもそうだろう。両親にとって、自分の子供に名前を呼んでもらうというのは何物にも換えがたいほどの喜びなのだそうだ。まだ子供を産んでないマユミではあるが、その気持ちは少し分かる気がする。
 天使の笑顔を浮かべる赤ちゃんの顔を見ていると、とても優しく何でもしてあげたい気分になる。そう、…今着ているエプロンとサマーセーターをずらし、ブラをはずし、こぼれんばかりに豊満な乳房をふくませて…なんてことを考えてしまうこともしばしばだ。

(ふくませた小指でも、ちゅーちゅーって痛くなるほど吸うのよね)

 頬を桃色の染め、どこか夢見がちな表情でマユミは熱い息をもらした。
 勿論、経験がないわけじゃないが妊娠していないマユミから母乳が出るわけないし、冷静な部分も残っているわけだから途中でマユミは肩をすくめて手を止める。

「はーい、それじゃあねんねの時間ですよ〜。お休みなさい」

 その子を他の子供と同じように寝かしつけ、マユミは少し目を細める。
 子守歌でも歌ってあげようかと口を開きかけるが、子供達は既に健やかな寝息を立てていた。

「あらら」

 滅多に人前で歌を歌ったりはしない性格だけど、実は結構歌が好きで自信があったのに。

「ちょっと残念かな」

 大きく伸びをしつつ、マユミは横目で時計を見る。ノンフレームの遠視用眼鏡の下の柔和な眼が瞬く。どこか愁いを帯びたような、儚げな微笑みを浮かべたマユミは少し寂しそうだ。

「6時になったらお母さん達が迎えに来るのよね。あと3時間…それで今日の所はあなた達とさよなら」

 癖のない長くのびた黒髪を指で弄びながら、マユミは寂しさに黄昏た。無邪気な子供は大好きだ。子供達と一緒にいるときは孤独を感じないでいられる。満足しきっているわけではないけど、保母という職業は自分にとって天職なのかもしれない…と、実は司書志望なマユミは思った。


◆ ◆ ◆



「あら?」

 そのとき、ふと目に入ったのは…出口の所においてある、段ボール箱。
 第2愛媛ミカンと書かれた、ちょっとしたテレビでも入りそうな大きさの段ボール箱だが、一体いつの間におかれたのだろう?

「なにかしら?」

 子供達を起こさないように、布団の隙間をすり抜けながら静かに段ボールに歩み寄る。

(今日は子供が少なかったから良かったわね)

 子供を規定より多く預かることもしばしばある。そんなときは、台所や玄関口の所に座布団を敷いて対応することもあったりする。幸い、今日は預けられた子供が少ないので段ボールの手前の空間には余裕が結構ある。それでも15人以上の子供達がいるのだから油断はできない。何をきっけかに目を覚まして騒ぐか泣くか。一人でも目を覚ますと、連鎖反応のようにみんな目を覚ましてしまうのだ。

(音を立てないように…。って、それにしてもこれ何かしら? さっき、こんなのあった?)

 恐る恐る段ボールをのぞき込む。
 蓋は閉じられているが、ゴムテープなどできっちりと閉められているわけではない。

「なにが入ってるのか…なっ!?」

 おおかなびっくりマユミが段ボールに触れた瞬間、それは飛び出した。

「ひっ、ああっ!?」

 目の前に広がる赤茶けたものに驚いたマユミは反射的に後ろに下がり、玄関と座敷との間にある段差に足を引っかけた。

「きゃうっ!」

 思いの外大きい音を立ててマユミは尻餅をつくように倒れ込み、反射的に蹴り上げられた足が、何かを勢いよく蹴飛ばした。パンストに包まれたつま先に鈍く生温い感触を感じ、直後倒れた彼女の頭上をなんとも形容しがたい物体が飛び越えていく。長い長い触手を無数にはやしたイソギンチャク…にカニのような足をはやして大きさが大型犬ほどの謎の生物。

「………!?」

 驚きと腰の痛みにマユミは何も言えない。時間を奪われるという表現があるが、今の彼女がまさにそれだ。息をすることもできずに固まってしまっていた。

「な、ななな、なに、あれ?」

 倒れ込んだまま、目だけ動かしてマユミは謎の生物を追う。
 触手まみれの生物は蹴られたことで腹を立てているのか、ブブブッと羽音のような音を立てながら、子供達の間を蠢いている。その生物が一人の赤ちゃん…先ほどマユミがあやしていた赤ちゃんの側で動きを止めたとき、マユミは背筋を総毛立たせた。

(あ、あの子を…狙ってる!)

「だめっ!」

 鋭い制止の声がマユミの口から漏れる。
 瞬間、今にも触手をその子の顔に触れさせようとしていた生物の動きがとまった。そしてどこが目なのか分からないが、だが確かにマユミに視線を向ける。総毛立つ鳥肌と怖気にマユミは体を震わせながらも、マユミはゆっくり立ち上がり、大きく目立つように両手を振った。
 その動きに反応したのか、生物は子供達の顔や胸の上をまたぎながらマユミへと近づいていく。

「だめ、その子は…その子達は、だめっ!」

 ゆっくりと立ち上がりながら、少しずつおびき寄せるように後ろに下がる。貧血にも似た焦燥感と吐き気に襲われながらも、マユミは生物からは目をそらさない。

(そう、こっちよ。こっちに…来なさい!)

 なんとか玄関におびき出し、扉の外に追い出さなくては。
 たとえそれができなくても、少なくとも子供達から離さないと。
 マユミは自分自身の身の危険も忘れ、ただ子供達の身を案じていた。

 ただ子供達のことだけを考えるマユミ。その献身的な行動は讃えられて然るべき物。だが、あまりに子供達のことを考えていたマユミは、また段差のことを忘れていた。

「…こっち、こっちよ、こっ!?」

 あってしかるべきだった床が無く、突然の段差にバランスを崩すマユミ。
 瞬間、生物は飛び上がり正確にマユミに、マユミの上半身に覆い被さってきていた。

「ひっ! いやっ!」


◆ ◆ ◆



 まるで興のついた豚に舐め回されているような、ねっとりとしたなま暖かい感触を顔全体に感じ、マユミは顔を背けて悲鳴を上げた。なんとか逃れようとじたばたと暴れるが、仰向けに倒れた上に、体中にねとねとした触手が絡みついた状態ではいかんともしがたい。

「やっ、やだっ! へんなところをっ、はぁぁっ! んぁっ、あああっ!」

 エプロンとセーターの隙間でもぞもぞ動いていた触手が、卵子に集まる精子のように一斉に襟の部分から内側に進入を試みる。
 胸の谷間、ブラジャーに包まれた柔らかい乳房、敏感な脇、健康的な腹部、いずれも遠慮なく触手は弄ぶ。むにゅむにゅと揉みしだかれ柔らかく変形する乳房を這い上る触手は、ブラジャー越しに執拗に乳首の部分をなでさすった。

「ひゃううっ、やっ、やん! やだ、やめてっ、やめてくださいっ。あ、ああっ、気持ち悪い…よぉ」

 嫌々するように首を激しく左右に振り、激しく暴れる。だが触手の動きは執拗で、的確だった。手慣れた動きでフロントブラのホックをはずし、セーターの下で解放されてぷるるんと揺れる乳房に、独楽に紐を巻くように絡みつく。触手の締め付けに乳房は痛々しいほどに形を変え、触手の隙間から絞り出されるように乳首が顔を出す。その桃色の乳首に、ヒトデのように開いた触手の先端がむしゃぶりついた。

「ああっ! いひぃっ、ダメぇ! ダメですっ、いひゃぁぁっ!」

 ビクリとマユミの体が大きく痙攣し、大きく見開かれた目から涙がこぼれた。そして艶めかしくも色っぽい黒子の横を、堪えきれずに漏れたよだれが垂れる。
 生物とマユミの服に遮られているため、それがわかるのはマユミと生物だけだったが、だが徐々に弱くなっていくマユミの動きと苦悶の悲鳴、セーターの下でもぞもぞ動く触手の動きが、それを如実に指し示している。

「うあああっ、あっ、ああああ! ああ、いやいやぁ」

 眉を八の字にゆがませ、額に汗を浮かべてマユミが悶える。伝線したストッキングに包まれもどかしげに動く足に触手が絡みつき、後ろ手に絡め取られた腕はむなしく床を引っ掻く。

(狂う、狂っちゃう…いやぁ、いやいやっ、こんなの、こんなの、悪い夢…よ。ゆ…め!?)


◆ ◆ ◆



 その時、マユミは自分に起こってることも忘れて目を見開いた。
 逆さになったマユミの視線の向こうでは、眠そうに目をこすりながら子供の一人が上半身を起こしていた。

(そんな、そんな───っ! だめ、気がついたら、あの子達が巻き込まれちゃう!)

 焦燥感と恐怖に生物からの愛撫さえも一瞬忘れる。…あくまで一瞬だ。
 一瞬の空白の後、数倍になって快楽の波がマユミの体を痺れさせた。

「あ、ああ、あああっ!」

『…まゆみお姉ちゃん?
 おっきな声。それ、なに…してるの?』

 無垢な瞳が、マユミにまとわりつく生肉のような生物を凝視している。

「な、なんでもないの! なんでもない…はぁぁっ、から、だから」
『それ…なに? 動いてるよ』
「こ、これは、ふぁっ、これはっ!
 そう、これ、お布団! 布団、なの!」
『布団? でも…。顔真っ赤だよ、お風邪?』

 大好きなマユミの様子がおかしい…そのことを感じた幼女は、起きあがって近づこうとしている。反射的に目で制し、マユミは自分でも説得力のない笑みを浮かべる。

「そう…ひぃん、はぅっ、んん───っ、風邪、なのっ。
 だから、私も、ねんね…してっ、ひくっ、るの…よ」
『そう、なの? 本当に、大丈夫?』
「だ、大丈夫、だから。あ、あなたは…お母さんが、迎えに、い、いいっ…。
 迎えにぃ! あくっ、来るまで…。はひぃっ、ひぃっ、ひぃぃっ! いくぅっ!
 あうっ、ううっ…。ね、ねんねして、待ってて…ね」

 顔を真っ赤に染め、汗みずくになってビクンビクンと体を震わせるマユミはどんな風に見えているのだろう。
 恐怖に顔をこわばらせながら、幼女は何度もうなずいた。

「そう、いい子…ね。じゃあ、お休み…あぐぅっ!」

 ぞわぞわと蠢きながら、幾本かの触手がスカートの隙間から内側に潜り込んできた。汗と触手から漏れる粘液ですっかり透き通っているだろう薄いショーツでは、あと1分と生物の攻めに耐えることはできない。そしてその時、彼女は耐えることできないだろう。
 その時が来る前に、声が聞こえないところに…行かなくては。

「ちょ、ちょっと、わたし、トイレ…だから」

 ぬめぬめとミミズのように蠢きながら、幾本もの触手がショーツとむっちりとした白い肌の隙間に割り込んでくる。ぞくりとした感触が背筋を走り、マユミは全身に冷や汗を浮かべる。腰ではいずるようにして上半身を起こし、腕が使えずバランスがとれないため、震えながら何とか立ち上がる。それだけで意識が途切れそうだ。

(と、トイレの…扉…)

 幸い、トイレの扉はノブではなくレバー型だ。
 ぽたぽたと汗以外の何かを滴らせながら、マユミは生物の体をレバーに引っかけるようにしてあけると、倒れ込むようにトイレに駆け込んだ。刹那、ガチャリと音を立てた扉が閉まる。

 恐怖に震えながら布団に潜り込んだ幼女の耳に、くぐもったマユミの呻きが聞こえてきたのはその直後のことだった。



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From:触手のある風景