ボクのヒミツたいけん


Scene.06
Original text:通行人Sさん


(……あたしに、あたしにアレを舐めろって言うの……!)
 アスカのその時の感情を、ひとことで言い表わすのは難しい。
 とんでもないことを言われたと言うことに対する怒り―― は無論あったが、それ以上に心を占めていたのは戸惑いだった。この部屋に招き入れられてからの出来事が、果たして現実であるかさえもアスカにとっては解らなかった。潔癖症なはずのヒカリが卑猥な話をしたり、あまつさえあの鈴原の男性器を口にするなどと――
(こ、こんなの……こんなの夢よ……)
 自分に言い聞かせるように、アスカは思う。
 あまりにもギャップのある現実は、時としてそのような思い込みを生む。もっとも、アスカは悲しいばかりに聡明だった。そう言い聞かせるのは、自分がこれを現実と認識しているからに他ならない。
 アスカが震えながら凝固してしまったのを見て、ヒカリは内心で舌打ちして、もう一度トウジのペニスを手にとる。そして、それに頬を寄せた。
「……アスカは、わたしを汚いって思ってるのね」
―― え?」
 アスカは虚を突かれたかのように瞬きした。
 ヒカリは自嘲の笑みを見せてから、トウジのペニスの裏側の筋に舌を這わせ、舐め上げた。
「アスカ、私が汚らわしいって思ってるんでしょ?」
「そ……んな……けど、そんなの口にするなんて……」
 言い淀む。
 これをやったのが(まずあり得ないが)ミサトや、レイだったなら、アスカは「汚い!」とか「変態!」とか「淫乱!」とか平気でぶちまけただろう。彼女は思ったことを容赦なく口にする。しかし、それをヒカリに対してはできなかった。アスカにとって見ればヒカリはこの国にきて初めてできた友人だった。というより、今までの人生で最初の同年代の同姓の友人だった。
 元々からして、アスカは孤独を嫌う。さびしがりやだ。当人は決して認めようとはしないだろうが、独りでいては精神の均衡を保つことも危うい。しかし、彼女は同年代の友人を持つ機会を得られなかった。彼女の天才を知る同年代の少年少女たちは、物怖じして近づいてもこなかったのだ。アスカがステップにステップを重ねたのは何も大学を卒業して己のステータスにするためだけではない。アスカの「天才」という肩書きを気にしないような人間達を求めた結果として、そうなったという側面もある。
 だから実は、アスカは綾波レイにはかなり期待していた部分があった。それこそ当人は絶対に認めないが来日前の彼女は、自分と同い年で同姓で、同じくエヴァのパイロットということで、ファーストチルドレンとは対等の人間関係を築けるかも知れないと思っていたのだ。そう。『仲良くしましょ』というのは本気だったのである。『その方が都合がいいからよ』というのは、単なる照れ隠しでもあった。
 ……結局、レイとはその後もぼちぼち声をかけたりはするのだが、まるで自分のことなぞどうでもいいように対応に、アスカはいい加減失望していた。
 そうこうしている内に、レイとは対照的に自分の一挙一動に反応してくれるシンジに対して興味を持ち、恋心を抱き、そのシンジの話をできる唯一の相手としてヒカリという親友を得て―― 現在へと到ったのである。



◆ ◆ ◆



(そりゃ、ヒカリのことは大切だけど……だけど……)
 フェラチオという行為のことはアスカも知っている。無論、やったことはないし、アスカがイメージするSEXの中にはそのようなことをしている自分の姿もない。男に奉仕する形だと思っていた。屈従されている状態でなければこんなことはしないと思っていた。いつか誰かに自分の全てを捧げる時がきたとしても、こんなことはしないと彼女は考えている。
 しかし。
 アスカは目が離せない。
 興味はあるのだ。初めて目にした勃起している男性器は、彼女がかつて見たどんなものよりもグロテスクに見えた。それにヒカリの舌が絡まり、唾液が塗されていく……。
 知らず、アスカは唾を呑み込む。
 ヒカリはどういう気持ちでアレをしゃぶっているのか。
 ヒカリはどういうつもりで自分にアレをしゃぶれと言っているのか。

“男の子はね、これを一番悦ぶの”

 そう言っていた。
 それは確かなのだろうと、アスカは思う。トウジの堪えるような声が聞こえる。ヒカリの舌が、唇が、トウジに快楽を与えているのだとはすぐに察することができる。けど、それを自分がする理由はない。ないはずだった。
 と。
「私は、アスカのためを思っているの」
 ヒカリは、不意に視線を落とし、言う。
「あ、あたしのため……?」
 理解不能だった。いや、最初言っていたような気もする。「碇くんを悦ばせたいんでしょ?」と。それとこれとにどう言う繋がりがあるのかはよく解らなかったが。
「アスカは、碇くんが好きなんでしょ? SEXしたいんでしょ?」
「何言ってるのよ!?」
 あまりに直截的なものいいに、アスカは声を荒げて言い返す。
「あたしは――
「今のままじゃ、アスカは碇くんと上手くいかなくなるわ」
 ヒカリの声は静かだった。
 その静かさのためか、アスカは口をつぐんだ。
 そして。
「何よ、それ?」
「男の子って、誰でも欲深いのよ。アスカはキスだっておおごとだろうけど、男にとってみれば、そんなのはすぐに飽きちゃうの。続きに進みたがるの。舌を差し込んできたり、胸を触ったり、あそこに手を延ばしたり……」
「…………………シンジも、そうなの?」
 弱弱しく、アスカは呟いた。
 ヒカリはそっとアスカの後ろに回って、背中から抱き込む。
「それにね。今時の男の子って、いやらしいビデオとか漫画とか見てるから、最初なのに女の子にフェラチオとかさせようとするの」
「ヒカリも……ヒカリも鈴原に?」
 無言でヒカリは頷き、目を伏せた。



◆ ◆ ◆



(よういうわ)
 トウジは自分のペニスを握るヒカリに向けて、呆れたような眼差しを向けていた。ぎゅっと握る力が強まったのは、瞬間に萎えかけて硬度が落ちたのを察したのだろう。内心でため息を吐く。

 彼が今日の昼休みにヒカリに呼ばれ、打ち明けられた計画は、到底正気とは思えなかった。こともあろうに“あの”惣流アスカ・ラングレーを、己らの性愛の密戯の中に取り込もうというのだ。
「……何を考えとるんや?」
 さすがに真剣に聞き返すトウジに対して、ヒカリは熱に浮かされたような表情で答えた。
「アスカなら、世間知らずだもの。どうにでもなるわよ」
「そういう話ちゃうやろが。アイツはシンジに気いあるんやろ?」
「……知ってたの?」
「知らいでか」
 態度を見れば解る、とシンジをも超えるキング・オブ・ニブチンと目されていたトウジが言う。
 ヒカリも少し驚いたが、ふっと脳裏に浮かんだ光景がそれがあたりまえのことなのだと肯定させた。
 彼女が恋した少年は、(解り難いが)優しく、(無駄に)察しがいい人だったから。
(やっぱり、やめようかしら)
 一瞬、そう思った。思ってから、アスカの顔が浮かんだ。トウジのペニスを咥え、欲情に瞳を潤ませ、頬を赤く染めていた……。
 唾を飲み込む。
(だめよ……ワタシは決めたんだもの……)
 決意と共に、トウジの襟首を掴み、引き寄せる。そして、唇を重ねる。トウジからの抵抗はなかった。無駄だと知っているからだ。ヒカリが強引な態度をとり始めた時、それが手遅れなのだと彼は学習していた。最初のころはさすがに戸惑っていたものだが、今となってはそのことで何かを考えるなどということはしなくなった。
(まあ、しゃあないなあ……)
 諦めと共に、彼のもまた妄想した。それはアスカの肉体を愛撫する自分の姿だった。あの生意気なことしかはきださない唇から「許して」と何度も懇願の声をあげさせ、意味をなさない甘い吐息を出させる……。
 ポルノコミックやAVの世界だ。しかし、それが彼にとっては当たり前に浮かぶ。思春期の少年によくあることであるとも言えるが、ヒカリとの爛れた関係がそれを助長させているのも確かだった。欲望のままに同世代の少女を貪り、奉仕し、される。今までの価値観を根底から覆す事態の連続によって、トウジの自我はその方面に対して肥大化しつつあった。
 ……そうして二人は、昼休みの長い休み時間を使い、アスカをどう陥落するかを考えたのだった。

(いけしゃあしゃあと……ホンマ、女は怖いわ)
 アスカを後ろから抱き込むように手を回しているヒカリは、その耳元にぼそぼそと囁いていた。
 自分がいかなる思いでトウジの要求を呑み、その行為からどうにかこうにか快楽を得られるようになっていったかを。
 その内容の大半が大嘘であることを、無論、トウジは知っている。
 そして、ヒカリがアスカのことを心配しているという以上に、自分以下の淫乱な雌に堕としたがっていることも。それが「女」としてアスカに対して感じていた劣等感を埋めるためなのだということも――

 鈴原トウジは、知っていた。



To be continued...



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