海で触手(1)


Original text:なーぐる




 あらすじ

 時に西暦2019年。

 戦いの日から3年後。彼らは平和を謳歌していた。
 そしていつものメンバーで南の島に旅行に行ったシンジ達。
 シンジを中心にレイが、アスカが、マナが、マユミが激しく競い合う。
 だが、彼女たちは知らない。楽しく遊んでいる彼女たちをじっと遠くから見つめている瞳があったことを…。




























































 彼はいた。
 自分が何者かは知らない。何かはわからないし知ろうと思ったこともない。
 ただ本能と呼ばれる物に導かれるまま、彼は危険を侵して、今まで決して近寄ろうとしなかった場所に近づいた。
 牙のような暗礁を乗り越え、大渦を越え、鮫の群をすり抜けて。

 そこには彼が初めて見る…はずだが、どこか懐かしい生き物がたくさんいた。


 黄色く濁った瞳は、色々と迷いながらその得体の知れない生き物…人間たちを舐り尽くすように視姦する。見つめるのは小柄だが胸部が膨れ、柔らかそうな体をした個体。つまり、女だ。それも若く健康な女性のみを見つめる。
 何をどうすればいいか知らないのだが、だが全身の細胞が沸騰したようにたぎっていく。
 海水の中に全身を浸しているのでなければ、たちまち茹だってしまっただろう。

(アレだ…! アレを手に入れるのだ! 俺はそのためにここに来た)

 言葉を知らない彼ははっきり意味のある考えを持ったわけではない。だが、彼はそう考えた。そして心に決める。
 最高の素体を…もっとも相応しい女を手に入れなければ…。
 その中でも彼はとあるグループに注目する。

 何百といる女性達の中でも、一際輝く美女達だ。
 つまり、第三新東京市から遊びに来た彼女たちだ。

 澄んだ水の中で河童顔負けの泳ぎを見せるレイ。
 セパレートの水着に包まれたモデル顔負けの肉体を陽光にきらめかせるアスカ。
 競泳用の水着にスレンダーな体を包み、カモシカのようにしなやかな太股が印象的なマナ。
 はしゃぐトウジ達を生真面目に諫めながらも、沸き立つ感情を抑えきれないでいる18にもなってスクール水着のヒカリ。
 マニアック

 まったくもって素晴らしい。
 もし一度にではなく、それぞれを別々に見かけたとしたら彼は迷うことなくその女性をさらっていったことだろう。

(!)

 値踏みするように彼女たちの間を彷徨っていた視線は、ピタリと一点に固定された。

 他の女性に比べれば控えめな雰囲気だが、だからこそ彼女は彼の目をひいた。
 引き寄せた。
 興奮を抑えることができず、酸素をたっぷりと含んだ海水を大量に吸い込みながら、彼は大きく喉を鳴らす。

 黒に黄色い線が走ったワンピースタイプの水着の下で、豊満でありながら均整のとれた肢体は若イルカのように瑞々しい生命力で溢れている。椰子の実のように大きな乳房は初めて見る物でありながら、それがとても素晴らしい物であることを彼に確信させる。
 海で踊る海草のように長く艶やかな黒髪。
 白い肌は海の底の真珠。
 顔についている奇妙に光る物がなんなのかはわからないが、それは彼にとって些細なことだ。かえってそれが彼の興味をかき立てる。

 決めた。

 アレだ。アレこそ彼の運命に定められた陸に生まれた人魚姫だ。
 深く静かに潜航した彼はするすると彼女に向かって泳いでいく。鱗と海草のような触手に覆われた彼の体は、泳ぐことに特化している。長く平べったい尾は舵を取ることと推進力を得ること両方に使える。
 もし泳いでる途中の彼を見た人間がいても、イルカか…それとも巨大な魚が泳いでいるとしか思わなかっただろう。





















「いい気持ち…」

 腰ほどの深さの所に立ち、流れる砂と波の感触に目を細めながらマユミは大きく伸びをする。濡れた水着の上に来たTシャツが、水を吸って二の腕や背中に張り付くが、彼女はそのひんやりした感触をも楽しんだ。

(手を伸ばせば遠くに見える水平線にだって届きそう)

 エメラルドグリーンの海水、山吹色の日差し、波間を泳ぐ魚たち…。

(本当に来て良かった)

 本音を言えば、自分だけを誘って欲しかったな…と思うけれど、今は素直に誘ってくれたシンジに感謝したい。きっと、今日というこの日を忘れることはないだろう。

「山岸さーん。そろそろ昼食にしよう」

 浜の方からシンジが呼びかけてくる。
 美味しそうな肉の焼ける匂いやフルーツ、花の香りが漂ってくる。そう言えばお腹も大分すいた。考えてみれば1キロ分は泳いだ気がする。

「はーい、シンジさん今行きま」

 彼女は言葉を途中で飲み込む。
 自分の方を見るシンジの目が驚愕に見開かれ、何かを指さしながら大声で叫んでいる。
 振り返ると、黒く大きな影が自分の方に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるのが見えた。

(さ、鮫!?)

 逃げなくては、と思ったときにはもう全てが遅かった。
 水柱と共に彼女の目の前に黒い大きな影が伸び上がり、ごつごつしたものが彼女の顔を眼鏡ごとつかみ、そのまま押さえつけた。

(な、なに!? なんなの!?)

 血を吐くようなシンジの叫びが突然途絶えた。ドボンという音とともに天地が逆転し、ゴボゴボと泡が沸き立つ。塩辛い海水がのどの奥に流れ込み、叩きつけるような圧力が全身を押さえつける。
 水中に引きずり込まれ、そのまま沖へと連れ去られていると気づくことなく…。
 そしてマユミは意識を失った。





















「なんで探しに行かないんですかっ!」

 必死になって食い下がるシンジだが、地元の漁師達や役所の人間達の反応は鈍い。
 気の毒そうな顔をしているが、口から出るのは、「鮫に引きずり込まれてはもうあきらめた方が良い。死体だって見つからない可能性が高い。一応探すが、あまり期待しないでくれ」というあまりにも、あまりにも冷たい言葉だった。

 そして彼らの言葉を裏付けるように、空がオレンジ色に染まる頃には捜索に出ていた船は一斉に引き上げ始めていた。

「なんで、なんでなんだよ…っ!」

 悔しげにシンジは唇を噛む。
 そばで同じように納得行かないと言う顔をしていたアスカ達も、今のシンジにはとても声をかけられない。何を言っても、彼の心を慰めることはできないって事は、彼女たちが一番良く知っているからだ。

「みんなが山岸さんを助けてくれないなら、僕が、僕が…!」

 夕日の中、赤い涙を流しながらシンジは拳をコンクリートの防波堤に叩きつけた。
 絶対に、マユミを、助け出す! たとえ、可能性が0以下だったとしても。





















 ちょうどそのころ。

「う、う、うう…ん」

 どことも知れぬ暗い空間の中に、途切れ途切れのうめき声が響いた。ひんやりとした感触を、押しつけられた片頬と背中に感じ、ぶるっと体を震わせながら声の主は身を捩らせる。濡れた海草のクッションはそんな彼女の身じろぎを優しく受け止める。

「は、はぁ。………あ、こ…ここ、は?」

 微かに感じる植物の腐敗臭が気にさわる。
 ゴミ捨て場にでもいるのだろうか、と場違いなことを考えながら、のろのろと瞼を開ける。

「あうっ!」

 突然飛び込んできた光と、目の粘膜を直に刺激する海水の滴に苦痛の声を上げてマユミは目を押さえた。小さなガラスの粉で擦られているような痛みにマユミの息が詰まる。そのままマユミはじっとして動かない。
 だが、溢れる涙が塩分を洗い流して徐々に痛みがひいてくる。
 十分に痛みがひいてから、改めてマユミはゆっくりと目を開けた。指の隙間から見える世界は薄暗くぼんやりとしていた。 
 奇妙な違和感。ふといつもの癖で手を頬に当てたとき彼女は気づいた。

「あ、あれ…」

 指先に触れるはずのフレームの感触が、つまり眼鏡がない!
 遠視であるため、眼鏡がないと何もできなくなる…と言うわけではないが、それでもマユミは言葉にできないような不安に襲われた。恐る恐る上半身を起こしながら、影に何か潜んでないか探るように周囲を見渡す。
 そしてその時になって、ようやく今の自分の状況を考える余裕が彼女にできた。

「なに、ここは。いったい私どうしちゃったのかしら」

 彼女がいるのはとても奇妙な空間だ。
 直径10メートルほどの円形の空間に彼女はいる。周囲を見ると、キラキラと真珠貝やアワビなどの貝殻の裏側みたいに白くすべすべとした壁が彼女の視線を遮る。出口を求めて更に注意深くマユミは周囲を見渡すが、彼女がこの空間に入るための、あるいは出るための通路のような物は全く見えない。

「そんな、それじゃあ、私、いったいどこから」

 不安を押し隠そうと努力するが、それは報われているとは言い難い。シンジと知り合い、アスカ達と友人になってから影を潜めていた癖、ついつい独り言を言う癖が出てくるのがその証拠だ。

「落ち着くの、落ち着くのよマユミ。よく考えれば…あ」

 ふと視線を下に向けた時、彼女の疑問は氷解した。
 部屋の中心には、丸い直径4メートルほどの池があった。微かに聞こえる潮騒の音に合わせて、揺れていることから考えて、恐らく外の海とつながっているのだろう。そして自分のいるのは、海水の池の中心にある直径2メートルほどの岩場の上だ。
 海亀のような岩の上には、どこからか集められたらしい海草がみっしりと敷き詰められてちょっとしたクッションのようになっている。中心がえぐられたように窪んでいたため、多少身じろぎしても外に落ちると言うことはなさそうだ。
 その岩と海草で作られた天然の寝台の上に彼女は横たえられていた。





 誰がそんなことを…と思うが、考えるまでもない事実に思い至りマユミは吐き気に襲われた。

(あのとき、私に飛びかかった黒い、影が…私を)

 あの時は鮫か何かと思ったが、頭を捕まれたときの感触と明らかに何らかの意図を持って自分をここまで運び、寝かせていたことでそれは完全に否定される。
 潮風に触れてヒリヒリとする肩や頬を撫でながら、マユミは恐ろしい物を見るように細波を浮かべる水面を見つめた。
 そう、あれは鮫などではない。明らかに把握力を有した手を持つ鮫など聞いたこともない。

「人間…?」

 だが人間にはあんな泳ぎはできない。金メダリストにだって不可能だ。
 そもそも、人間には鱗や水掻きのある手は存在しない。

ちゃぷん

 突然聞こえた水音にビクリとマユミの背筋が凍り付く。
 恐怖のあまり肌の痛みや喉の渇きも忘れ、マユミは息をすることもできずにいた。

(あ、あ、ああ。怖い…怖い…。シンジさん、なんでそばにいてくれないの?)

 水着と濡れたTシャツだけを着た今の自分はなんと頼りなく心細いことか。

「お願い、お願いします…神様、神さまっ!」

 恐怖に見開かれたマユミの瞳。
 振り返った先では、天上から滴った水滴が水面に波紋を作っていた。

「は、あはは。ほら、考え過ぎなのよ。そんな、そんなことあるわけないわ」

 肩の力が抜けたために、半分壊れたテープのようにマユミの口から軽口が漏れる。本当は闇雲に叫んで、涙を流してそこら中を駆け回りたい気分なのだが。

「恐がりすぎ。本当に私は」

 言いかけて再びマユミは口をつぐんだ。
 頭を戻した先には、水滴を滴らせる鱗に覆われた黒い胴体があった。割れた腹筋は鍛えられた人間によく似ているが、だが人間には鱗は勿論、フジツボが張り付いていることなど絶対にない。
 百歩譲って鱗があるとしよう。だが人間の腰から下にあるのは二本の足のはずだ。だが目の前の何かにあるのは、胴体に相応しい逞しい足ではなく、ウミヘビによく似た太く逞しい一本の触手だった。その触手は海草のクッションの上にとぐろを巻き、半分沈み込みながらも逞しい上半身を支えている。

 漂ってくる塩と魚の腐ったような臭いに体を震わせながら、マユミは憑かれたように影を見上げる。
 逞しい胸板。その中心からは胸毛によく似た、だが確実に胸毛ではないなにかが無数に生えていた。さながらもずくのようなそれはヒクヒクと糸ミミズのように蠢いていた。
 そして真っ直ぐに伸びた腕は人間と同じ5本指を備え、指の間には魚のひれのように半透明の水掻きがついている。
 だが、それよりなにより問題なのはその顔だ。まともに見れば10年は悪夢にうなされる。況や直視しているのは気の弱いマユミだ。
 顔半分ほど直径のある目は瞬きをせず、まんまるな瞳孔はどこを見ているのかようとして知れない。
 そして人間と同じ位置にある口は、どういう構造をしているのか縦ではなく、横に開くようになっている。

「ひっ、あ、ああ」

 マユミの目が動いたことに反応したのか、突然謎の生物の口が開いた。血の気を感じない生白いな口腔からずるりと顔をのぞかせたのは、先端部分に無数の短い触手をはやした橙色のイソギンチャク。
 それは彼の舌だった。

「きゃあああ――――っ!」

 遂にこらえきれなくなり、マユミは甲高い悲鳴を上げた。彼女のか細い心では、これ以上の恐怖にはとても耐えられない。耐えられるはずがない。
 だがマユミに突きつけられる絶望的な現実は未だ終わらない。

 彼女の悲鳴に反応したのか、突然マユミの眼前にピンク色の花が開いた。いや違う。彼のへその下に細い亀裂が縦に走り、そこから細長い棒状の物が飛び出してきたのだ。
 太さ自体は人差し指くらいで大して太くないが、長さは20〜30センチほどもある。細い骨の周りに頬肉の内側のような軟らかい肉が取り巻いているのだろう。そして根本からはミミズかゴカイのように蠢く、赤黒い触手が密生していた。
 彼女の知識にある人間の物とはあまりにも異なっているが、マユミは本能的に悟っていた。

 これは生物のペニスだ…と。そして、野生生物が通常厳重に保護してるそれを外に出したと言うことは…。

「いや」

 いやいやと首を振りながら後ずさる。
 マユミが後退すれば後退するだけ彼は前進する。

「いやぁ」

 ぽたぽたと粘液を垂らしながら、ゴカイ状の触手が細いペニスにからみつく。見る間に生皮を剥いだ筋肉のようにも見える、太く長いペニスができあがる。
 マユミの喉がゴクリと音を鳴らした。だが、乾ききった彼女の口には一滴の唾液もない。

 長い爪の生えた指先がマユミの肩に掛かる。
 白いシャツに、青黒い粘液が染み込んで嫌な色合いを帯びていく。
 もう一方の手が脅えるマユミの太股を押さえ、気味悪いほど優しく撫でさする。

「い……いやぁ――――――っ!
 あぐぅっ」

 壁に映っていた二人の影が一つに重なり、マユミの悲鳴が途切れた。





















「船を出せない…ってなんで!? どうしてなんですか!?」
「もうすぐ夜だ。暗くなってから探したって見つかるわけがない。それなら明日探した方がよっぽど見つかる可能性がある。明日の朝になったら船を出してやるよさ」

 ここもか。
 暖簾に腕押しと言った感じで、シンジ達が当たった漁師達はのらりくらりと要求をかわし続けた。それはどこか偏執狂じみた反応だった。
 彼らの年収に匹敵する謝礼を払うと言っても、彼らは眉一つ動かさないのだから。
 ただわかることは一つ。

「……見つけるって、探すって何をですか。山岸さんは生きているかも知れないのに。なんで、なんで探してくれないんだよ」

 どんなに必死に頼んでも、彼らは決して船を出してくれない。
 今もアスカ達がシンジと同じく船を探しているが、この分では船が見つかりそうにない。
 どす黒い絶望がシンジの心を一面に塗り込める。

「やま…ぎし、さん。う、うううっ」

 その場にくずおれ、シンジはむせび泣いた。
 隣で漁師の老爺が見ていることもかまわず、恥も外聞もなく彼は泣いた。

「……………」

 漁師はしばし無言だったが、あまりにも哀れなシンジの姿に胸を打たれたのだろうか。秘密を胸に秘匿することに耐えられなくなったのか。
 ぽつりと、小さく呟いた。

「探したって無駄だ。あんたの言う娘は、海神様が連れていったんだ。60年前のあの日のように」
「え…?」
「これは独り言だが。
 喩え山のような札束を積んでも、きっと島の誰も船を出してくれないだろうよ。なぜって、この島の人間はみんな海神様を恐れ、敬ってるんだからぁな。その海神様の意向に逆らうようなことは出来ねぇよ」
「海神…そんな非現実的な」

 おとぎ話じみた漁師の言葉に、シンジは目を剥いて怒りをあらわにするが漁師はひょうひょうとした物だ。淡々とシンジにかまわず言葉を続ける。

「何百年も前だ。この島は酷い飢饉に見舞われた。酷い日照りで作物はみんな枯れた。山の獣もほとんど取り尽くした。ひでぇ事に海の魚も捕れなくなったそうだ。
 よそに助けを求めたくても、本島はずっと遠くで行って帰るのにも一苦労だし、飢饉はあっちも同じこった。島のみんなは干からびて死ぬことを覚悟したそうだよ。
 そんな時だ。とある漁師の網に人とも魚ともつかぬ奇妙な生き物がかかった。
 驚いたことに、それは人の言葉でこう言ったらしい」


 私に妻をよこせ。おまえ達の中から若く健康で、美しい女を。
 そうすれば私はこの島に幸を授けよう。


「飢え死に寸前だった島の人間は否応もなかった。どっちにしろ口減らしをしなけりゃいかんかったしな。海神の言うままに、若い娘を嫁にやったそうだ。
 そのやり方はこうだ。年頃の娘達一同を、裸にして浜に立たせる。波と戯れさせる。それを海神様は遠くから見て、最も美しい女を選んで連れていく」

 微妙に違うが、それは正に昼間の彼らの状況なのではないか。
 だが…。

「そして嫁に選ばれた娘はそれっきりいなくなる。代わりに、この島の周囲には魚がいつも泳ぎ、雨も降って野菜も育つ。家畜は勝手に子供を産んで肥え太る」

 懐からキセルを取り出すと、漁師はそれに火を付け、肺一杯に煙を吸い込んだ。
 軒先から、夕日が赤く照らす水平線を見る目はどこか潤んで見えた。

「それから、海神様は60年ごとに若い娘を嫁にするようになった。時代が変わってもそれは続いた。戦争が始まったときには、不思議なことにこの島に軍は近寄らなかったそうだ。なんでも、原因不明の座礁を起こしたりしたらしい。
 とにかく、律儀に海神様は島に幸福を与えるという約束を守っていたらしいわ。そして時代が変わり、漁でなく観光で食うようになるとこの島も一変した。あまりなかった珊瑚がそこら中で育ち始め、謎の海底遺跡とやらが見つかったりする。変な話さ。今まであそこの海にそんな物なかったはずなのによ」
「そんな、馬鹿な…」

 狂ってる。漁師もこの海も島も何もかも全てが。
 吐き捨てるようにシンジは言った。そう、狂ってるとしか言いようがない。この科学の時代に、海神だの生け贄だの…。

「儂の許嫁が嫁にされてから今年はちょうど60年目だ。今の村長達は信じてなかったから、平気で観光地として浜を解放したんだな。馬鹿な話さ。あれだけわしら年寄りが警告したってのに」
「でも、それが本当だったとしても! 山岸さんはこの島の人間じゃない!」
「海神様には関係がないんだろう。若い娘であれば良いんだからな。ふん、信じる信じないのはおまえさんの勝手さね」

 胸が痛い。肺は鞴のように激しく動き、心臓は壊れたメトロノームのようなピッチで鼓動を続ける。
 汗ばんだ手をきつく握りしめながらシンジは呻いた。

「…どこだ。どこなんだよ」
「海神様は、ずっとずっと沖の海にぽつんとある島に住んでる。昔、そこでいなくなった娘の泣き声を聞いた漁師がいたそうだ。一番速い船でも1日がかりの所だ。暗礁が多いところで、儂らはそこを黒い岩礁ってよんでるよ」
「黒い、岩礁」
「……………ああ、そう言えばここに儂の船の鍵があるな。しかし、儂は年だしもう暗くなって目もよく見えん。誰かが勝手に持っていっても」

 ふと、漁師が振り返ったときにはもうシンジの姿はなかった。
 漁師は何度もうなずきながら、遠ざかるシンジの後ろ姿に―――手を合わせていた。

「気持ちは分かる。ただの変な生き物なら儂だって…。
 でもな、相手は海神様なんだよ」





















ビリ、ビリリーッ!


「やだ、いやぁぁー!」

 耳障りな音を立ててシャツが引き裂かれる。

 たっぷりとした胸がシャツの残骸の下から顔をのぞかせる。水を吸って肌に吸い付く水着は、マユミのボディラインをくっきりと浮かび上がらせる。
 少しきつめの水着に包まれた彼女の体が大きく震えた。
 何とか怪物の手から逃れようと必死になって身を捩るが、海草のクッションに押しつけられた彼女の体は鋳型にはまったように逃れようがない。力を入れて踏ん張ろうにもぬるぬるした海草はつかみ所がなく、かえって粘ついた粘液を分泌させてマユミを展翅された蝶のようにつなぎ止めてしまう。

 くねくねと身を捩るマユミはまな板の上の鯛ならぬ、海草の上の人魚だ。
 ぬるぬるした粘液を吸って艶々と光る黒髪を撫でながら、怪物……海神は嬉しそうに喉を鳴らした。
 誰かに教えられたわけではない。だが、これから自分がこの娘と成すことはとても楽しいことだと言うことはわかった。

「いや、いやぁ」

 目から海水のような滴を流す娘の姿はとても美しい。美しいと言えば、彼はふと手の中にあるキラキラ光る物を思い出した。
 マユミをこの愛の巣に引きずり込む直前、うっかり海の底に落とした彼女の一部。すぐに彼女と本能の赴くまま愛の営みをしなかったのはこれを拾ってきたからだ。

「助けて、シンジさん。こんな、こんなの嫌…です」

 前髪を目から払いながら、そっとそれを元あった場所へと引っかける

「……!? な、なに? こ、これ…私の、眼鏡?」

 予想外のことにマユミは一瞬動きを止めた。
 この気味の悪い生き物は、それがマユミにとって大切な物だとわかっているかのように、海の底に消えたはずの眼鏡を拾ってきてくれたのだ。それに彼女は恐怖した。
 この生き物は、盛りのついた犬よろしくただ欲望を吐き出したいわけではないのだ。どんなに足掻いて逃れようとしても、きっと彼女は逃げられない。
 はっきりした視界がその逃れがたい事実を告げていた。
 この眼鏡は、これから起こることで見たくなかったことを嫌と言うほどマユミに突きつける。




 マユミの肩に海神はそっと両手を置く。さわさわと親指で白い肌の表面をこそぐるように蠢かせる。やがて指先は肩紐の下に潜り込み、ブドウの皮を剥くように自然な動きで水着を引き下ろしてしまう。

「んっ…。いやぁぁぁ、やめて、そんなことしないでぇ」

 あらわになった乳房の半分にぞくりとした感触が走る。ビクン、と体をすくませてマユミは喘いだ。僅かに反った背中が琴の弦を弾いたようにぶるるっと震える。

「あう、くぅ」

 生物はそのまま柔らかい乳肉の手触りを楽しむ。小降りのスイカほどもある乳房をぐにぐにと音がしそうな勢いで揉み、その先端にあるピンク色の乳首を指の腹でつまみ、転がした。

「はぅぅっ! あ、あっ、あっ、あっ…」

 粘液で包まれ、鱗の生えた指先は人間の指とは全く違う不可思議な感触を生み出す。それは初なマユミにとってあまりにも刺激が強すぎた。乳を他人に良いように弄ばれた経験なんて、マユミにはほとんどない。
 混雑した電車に乗ったとき、数度痴漢にあって胸を嬲られたことはあった。それはあくまで一方的な陵辱で、嫌悪の対象でしかなかった。だが、この指先は違う。喩え嫌悪しても、紛れようのない気遣いと優しさがその愛撫には感じられた。

「くう、うぁっ! いやぁ、いや、ですっ」

 気を抜いたら一気に体中がとろけていきそうになる。どこかぼんやりした目をしながら、マユミは嫌々と首を振って悶えた。
 しかし、マユミに追い打ちをかけるように海神は更に水着を引き下ろした。

「脱ぐの嫌です、そんな、やめて、あ…ああぁ」

 へその所までずりおろされた水着は絞られた雑巾のように頼りない。そして隠す物がなくなった白い乳房は、出来立てのプリンのようにぷるぷると揺れる。
 その頂点で揺れるサクランボのような乳首が特にお気に入りなのか、彼はそれをつまみ、擦り、弄ぶ。

「ひ、ひん、ひんっ。ひど…い」

 あまりの羞恥にマユミは全身をピンク色にして弱々しい泣き声をあげた。艶めかしく開いた口からは、甘く熱い吐息がハァハァと途切れなく漏れる。その可愛らしい人魚姫の姿と様子は、完全に異なる種であるはずの海神の心を激しく高ぶらせた。

 ぐいっ

「ひゃ、きゃん!」

 二本の腕で胸を愛撫しながら、残る三本目と四本目の手で乱暴に彼女の両手首をつかむと、海草の中にめり込むほどの力で押しつける。小さく万歳でもしたような姿勢のまま、身動きもできずにマユミは呻いた。髪の毛が海草と絡み合い、プチプチと奇妙な音を立てる。頭皮に感じる苦痛と髪をぞんざいに扱われることにマユミは抗議の声を上げようとするが、寸前にその言葉は飲み込まれた。

 自分を見下ろす海神の顎が…昆虫のように横に開く顎が…大きく開いていた。そして開口部からは、細長いイソギンチャクのような器官が生ぬるい粘液を滴らせながら顔をのぞかせている。
 呆気にとられたマユミは、ぼんやりと口を半分開いたまま恐ろしい光景を見入ることしかできない。

 しゅる

「んっ、ぐぶぅっ!?」

 次の瞬間、マユミはガクガクと全身を痙攣させて首をのけぞらせた。必死になって逃れようと首を振って体を捩るが、しっかりと両手首を捕まれていては、とても逃れることはできない。

「んぶぅ、ふうっ、ぐっ、うっ、ううぅ―――っ!」

 独立した生物のように蠢く口腔器官は、容赦なくマユミの口を陵辱する。無数に生えた触手は口の中でのたうつミミズのように暴れ、奥に差し込まれた本体部分からはとろりとろりと生ぬるい粘液が分泌される。

「あふぅ、んんんっ、んふぅ―――っ! ふっ、ふっ、うぶぅ――!」

 恐ろしい味だった。生卵の白身のようにぬるりとした液体は、必死に舌で押しのけようとしても喉の奥に流し込まれていく。
 それは全てが塩辛いこの世界で、唯一彼女が飲むことのできる液体なのかも知れない。

「んんん〜〜〜っ! んっ、んふぅ。
 ……ふぁ、あぶ、こくっ。ん、ごくっ、ごくっ」

 閉じられた人魚姫の瞼から美しい宝石がこぼれ落ちる。そして彼女の喉が無情に上下する。溢れる液体を、その嫌悪と共に飲み込む運命を粛々と彼女は受け入れるしかなかった。

 ずちゅ…ずちゅ…ずちゅ…ずちゅ…。

「んっ…くっ、ごくっ。ん、んんんっ」

 海草の中で握りしめられていた手が大きく開き、引きつりそうなほど指が伸ばされ空をひっかく。効果があろうとなかろうとかまわずに、必死になって膝で生物の腹を蹴り上げる。

「んんん〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! ……ぶぁっ」

 マユミの顔から血の気が失せ、ヒクヒクと体が痙攣する寸前になって、ようやく満足したのか海神は上半身を起こした。口から引き抜かれる舌からはどぼどぼと絞ったように唾液がこぼれ落ち、マユミの顔と言わず胸と言わずに汚していく。

「はっ……はっ、はぁぁぁ。くぁ、はうぅ。
 ひ、酷い…わ。こんな、こんな気持ち悪いこと、うぐぅっ」

 大量に飲まされた唾液をわずかに吐き戻しながら、マユミは弱々しくえずいた。
 気持ちが悪い。これは嫌悪というレベルで言い表せない。全身の細胞に染み渡っていくようなこの苦い唾液の味を、マユミは決して忘れることはできないだろう。
 一方、彼女の気持ちなど委細かまわず、生物は自らの唾液で濡れたマユミの顔をペロペロと舐め回していく。唾液のついた眼鏡を、濡れた前髪、艶々とした頬、黒子も艶めかしい口元と唇。

「ちゅ……ううっ、ちゅ…ちゅ…くちゅ」

 仕方なくマユミはその舌を受け入れた。海神の舌に自らの舌を絡め、いやいや生物の唾液を受け入れていく。
 嫌悪と恐怖にマユミの心は摩耗したように朦朧となる。
 いつしか、機械的に生物と舌を絡め合うのだった。
 遂に最後の矜持が崩れたその時、じわりと…マユミの股間が海水ではない別の液体で湿り始めるのだった。



 そして彼女は知らなかったが、自らの唾液を交換することこそ、海神にとって最高の愛情交換なのだった。たとえマユミが息苦しさから機械的に行ったとしても、その仕草は彼の獣欲を頂点にまで高める。

 準備はできたという事か。
 ぐったりとしたマユミの両足の間に胴体をこじ入れながら、彼はほんの数瞬後に来るだろう、至上の快楽を夢想した。最初こそは騒々しく泣きわめいていたが、今では自ら舌を絡めてくるまでに積極的なマユミの行為がまた彼の心を高ぶらせる。

 私たちはこうなる運命だったのだ!

 剥き出しになったペニスが痛いほど脈打つ。このままでは、尊い命の滴を花嫁の中に出すことができない!
 一刻も早く挿入しなくては!

 マユミの両手を解放すると、海神はそっと彼女の太股を撫でた。ひくりと震えるが、それも一瞬のことでおとなしく彼の愛撫を受け入れている。産毛の少ない白い太股は彼の手に吸い付くようだ。
 そっと膝の下に手を入れると、大きく左右に押し開く。

「くっ」

 これ以上ないくらいに足を押し開かれ、苦しげに額に汗を浮かべ、マユミは眉根を寄せて呻いた。しかし、呻きながらも寸前までの愛撫で朦朧とした彼女の意識は、そのまま生物と舌を絡ませ、唾液の交換を続けている。

 全ての準備は整った。

 彼は躊躇しなかった。
 ずるりとマユミの上に乗り上げる。堅く細い骨、バキュラムの先端が探るようにマユミの股間に押し当てられた。最も敏感な部分を布越しに擦られて、背筋を駆け上る快感の波にマユミは息をのむ。そして彼は一瞬息をすることも、マユミと唾液を交換することも忘れて体を震わせた。
 じわりと命の滴がペニスの先端から染み出る。

「んあっ」

 そして思いも寄らなかった刺激に、マユミは甘い声を漏らした。腹が微かに揺れる。切ない刺激に耐えようとするように、海草のクッションをまさぐっていた手が、胸の愛撫を忘れていた生物の腕にたどり着いた。

「あ、ああっ、こ…怖い。ん、んんっ。
 怖いわ。このまま、ああ、私…どこか、遠くに…あん、あはぁ……っ。
 くぅっ、いぁ、連れて行かれそう。波にさらわれる小舟みたいに」

 途切れ途切れにマユミはうめく。業火のような性の刺激に、無意識の動作で両者は指を絡め合う。それはどこか吐き気を催し、それでいて待ち遠しい。
 指が絡み合った一瞬―――、マユミは自分の状況を忘れた。敏感で刺激に弱い彼女の意識は焼き切れる寸前だったのだ。

(ああ、何も考えられない。堕ちていく…ああ、わたし、堕ちてく)

 自分が陵辱されようとしていること。
 陵辱者が人間でないこと。
 なにより、これが初めての性行為だと言うことも…全て彼女は忘れた。

 仰向けになったマユミの背筋が反り返り、自らの腰を生物に押しつけるようにもぞもぞと動かす。
 それに答えるように生物は腰を左右に振り、ペニスの先端の鈎をハイレグ気味の水着の股間部分に引っかけた。水を吸って柔らかくなった水着は、そのつたない動きで横に大きくずらされる。

「ひぅん」

 背骨を通って全身を貫くぞわりとした刺激にマユミは啼き声をあげる。重くなった下半身が溶けていきそうだ。
 同時に痙攣したように腰が跳ね上がり、より一層、押し開かれた股間の盛り上がりが生物の腰に押しつけられた。
 その瞬間、生物は腰を引いてマユミの上に乗った。

「はぅ、うううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 マユミはカッと目を見開き、その視線は虚空を見つめたまま固定された。痛々しいほどに引きつった首筋が小刻みに震え、じっとりと汗が浮かび上がる。

(ああ、ああ、ああ、ああああ―――っ!?)

 苦痛は一瞬だった。
 僅かに引きつるような感覚がはじけた。そして灼熱の鈍痛が膣全体に広がる。そう思った瞬間、ペニスは根本までマユミの中に挿入されていたことがわかった。
 胎内に、自分の物とは明らかに違う別の存在を感じる。その圧迫感と熱は、マユミの正気を失わせていた。彼女は自分が犯されたことも、処女を奪われたことも、何も意識することができなかった。
 自分の名前も思い出せない。
 ただ、ただ自分を貫く熱い肉杭が愛おしい。
 全身を貫くこの甘美な快感だけが全てだった。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ああ、ダメ、だ、ダメですっ!
 ダメになっちゃいます!」

 髪を振り乱し、別人のようにとろけた顔でマユミは叫んだ。快感を堪えるように生物の胸に顔を押しつけるその姿は、この上なく淫らで異様で、美しい。

「なにこれ、なんなの!? 中で暴れてる、かき回されてる!
 私の中で、ああ、たくさん、たくさんの熱いのが一杯、一杯ぃ!
 ひぃ―――っ! 死ぬ、死んじゃう!」

 マユミの胎内で、束ねられていた触手がほどけて膣の襞に絡みついていく。
 人間の生殖器では決して得ることのできない人外の快感に、マユミは重いうめき声を上げて悶える。耐えようと思う心はあるのだが、どうしても体は反応してしまう。一瞬思い出したシンジの顔も、彼女の狂態を止めることはできなかった。

 ペニスの先端が子宮の入り口をひっかくたびに、ズグンズグンとうずくような刺激に体が痺れる。滴るほどに濡れた髪の毛は振り乱され、周囲に水滴をまき散らす。
 もうどうやっても耐えられない。
 これはただの生殖行為ではない。
 快楽だけを求めた強姦でもなければ、生殖を目的とした動物の交尾とも違う。

 海神は暴れるマユミの腰をつかむと、逃げられないようにしっかりと押さえた。

「はぅ、あっ、あっ――!」

 膝を立てて広げられていた足が海神の動きにあわせて揺れた。その内、白い足が彼の腰を締め付けるように絡みつく。

「ひぃぃん、ひっ! あっ、いやっ、壊れる、壊れちゃう! やだ、そんなっ!」

 まるで悲鳴のようなマユミの啼き声が、岩のドーム一杯に響き渡る。その声を音楽にして気持ちよさそうに彼は腰を使った。色々な動きを試せば試すたびに、マユミは種々様々な反応を返してくれる。

 本当に素晴らしい。

 だが、その素晴らしい時間はもうすぐ終わりだ。
 もういくらもマユミの熱く潤った蜜壺の感触に耐えられそうにない。彼の亀頭はネバネバとした先走りの液を洩らし始めて、絶頂が近い事をマユミに伝えていた。なにより、マユミ自身が耐えられそうになかった。

「んっ! んぐっ! んんっ! こわ、壊れるっ!」

 痛々しいほどにか細い体は震え、陶酔しきった面持ちを浮かべてマユミは海神の……彼女の夫の体にしがみついた。ちくちくと肌に刺さる鱗の感触も、こうなっては心地良い。

「はぁぁっ、チクチクが、おっぱいに、こすれて…気持ち…良いですぅ……。
 ああ、ああ、あぁ〜〜〜〜あっ、あ、あぁぁぁ」

 彼女の白い腹が波打ち始め、魂が抜けていくような低い呻き声がマユミの口から漏れた。
 彼の体が電気ショックでもかけられたようにビクンビクンと大仰に震える。陰茎内部のバキュラムが折れそうな激しいピストン運動が止まらない。
 妻の胸や肩を愛撫していた指先が白い肌に食い込み、鮮烈な赤が汗と混じりピンク色の滝となって流れる。

「ああっ、はあっ! いいっ、いいですっ! 死にそうに、凄く!
 ああ、これが、これが! ああ、いっちゃう…わたし、もう!」

 青緑色をした腰が激しく動いた。

「――――――っ! ああっ、あなたぁ!」

 耐えかねたような海神のうめきとマユミの美々たる啼き声が重なり、それっきり静かになった。
 いつしか、日は完全に沈んでいた。






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From:触手のある風景