Returner Rei

Original text:引き気味


EPISODE:06 HikariT

「けふ、けふ……。う〜〜……、けふ、けふん! うぅ〜〜」

ウィンドゥの中では、先程から延々『お恨み申します、こんちくしょう』な視線でレイがシンジを睨んできている。
ただでさえ視線恐怖症気味なシンジにこれは堪ない。
胃痛の気も無い筈なのに鳩尾の辺りがシクシクと。それで、なるべく目を合せない様に顔を背けたいところなのだが、

「……ぅぅ、う〜〜!」

たちまち抗議の呻きが強まるのでままならないのだった。

(勘弁してよ、綾波……)

「……どうして、どうしてなの? 碇くん、どうして……けふっ、けふん。……ずずっ。うぅ〜〜」
「だから、ね……? 今度はリツコさん、カードの事なんて言わなかったし……」

言ってはみても、依然、返される上目遣いはじっとり変わらないのである。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……。赤い眼差しがサクサク突き刺さる。
―― 聞いちゃあくれないしで、泣きたくなってくるシンジだ。

そんな調子がエヴァへの搭乗待機以来現在まで、小一時間ほど続いている。
出撃前から精神的にグロッキーなシンジは、そろそろ引き攣らせたままの首もキツくなってきていた。
レイは緊急招集にも応答せず、なにやらプチ音信不通な状態に陥っていたのだが、同僚達の数多の犠牲を思い出してかやたらと腰の引けた黒服連絡員の、恐る恐ると差し出した携帯でもってシンジからの説得を受け、渋々やっと本部に顔を出して来た―― 顔を合せた途端からコレなのであった。
ちなみにどうやら風邪っぽいらしく辛そうな様子なのだが、それで気遣えば一層恨めしそうな顔を向けてくるため、シンジはほとほと困り果てていた。

(僕が何をしたって言うのさ……)

何もしなかったのがお気に召さないらしい。
それくらいはシンジだって分かるのだが、それってつまり……と考えてしまうと、まじまじとレイの顔を見返してみたくなる(実際は怖くて出来ないのだが)。
思春期な少年らしさがゆるゆると顔にはみ出してしまいそうな、そんな顔色を青く赤くと忙しかったり、鼻をすすったり咳き込んだり睨んだりと忙しい適格者達をさておいて、肝心の使徒はと言えば、

「ええ〜〜!? 反応が消えたぁ!?」
「は、はい。領海線の手前で海自が迎撃を行っていたんですが、Nを派手に投入した辺りで機影をロストしたらしく―― どうやら、殲滅したものと判断しているようです」

オペレーターの報告に、ミサトは実に面白く無さそうな顔をしてみせた。
口元に当てた親指の爪をガジと噛む。

―― ッたく、折角準備万端歓迎の用意をしてたって言うのに……」
「零号機の拘束具の強化、無駄になったわね」
「今度はレイを真っ先に打ち出してやろうと思ってたんだけどねー」

『残念だわ』と二人して腕を組んで、一見深刻そうに。
しかし、ネルフの実戦部門両トップが考えていたのは、特務機関としての存在意義である使徒殲滅の手柄を奪われた事に対してでも、ラミエルの射線上に零号機を固定状態で放っぽり出して『フフフ……』とか日頃の鬱憤晴らしを企んでいた事でもなかった。

「ま〜た、先を越されちゃったかぁ」
「6人目か、多分7人目ね。一体誰なのか……」
「……ねぇ。それだけど、シンジ君が槍を持っていないってのは、ほんとなの?」
「人を騙せるような器用さを身に付けたんじゃなければね。あの様子だと、使徒についても、何も“ルール”は知らないようね」
「レイや山岸さんを見てるんでしょう? あれで不思議に思わないって言うの?」
「あの二人、特にレイは前から普通じゃ無かったし、渚カヲルの事もあるのよ。もう誰が何を隠していても、驚かないつもりかもしれないわ」

あれだけの事があったのだし、されたのだしねと、リツコの声には自嘲めいた影が落ちていた。
コンソールを叩く手元に落とした目には、赤い羊水の中で崩れ行く人影が映っているのかもしれない。
ミサトも敢えて触れるつもりは無いが、二人の間に気まずい空気が漂ってしまうは仕方がなかった。

「……そう。上っ面に見えているだけの“当たり前”なんて、最初から信用出来なくなっていれば、何を見ても驚きはしないってとこかしら」
「昨日も気付いていたでしょう? あの子、前よりも人に対する壁を高く作るようになってるわ。多分、自分でもそんなつもりはないのでしょうけど。無理も無いわ」
「でも、待って。それじゃあ、シンジ君は私達とは違うって言うの?」
「分からないわ。私達だって、あの“声”に言われただけしか知らない。まるで理解していないままなのよ。時を遡るだなんて、そんな荒唐無稽なこと……」
「自分で経験してみたって、まだ素直に信じられるものじゃない、か……」
「EVAと同じ、仕組みを理解していなくても使う事は出来る。その程度でやっているのよ。今の私達は」
「あんたの言う通りだろうけどさ。まるで分からないどこかの誰かの仕掛けに、ただ乗せられてるだけってのは……面白くないわね」

或いは、シンジだけがゲームの外に置かれている、その事が鍵となるのかもしれない。
そう、リツコは胸の裡にだけ呟いた。



◆ ◆ ◆



第3新東京市は、この国の次期首都として整備されている完全計画都市である。
それが所詮は欺瞞であるにせよ、今、世界のどこよりも資本という名の祝福に恵まれているこの街には、拡大していこうという貪欲なバイタリティが昼夜を問わずざわめいている筈だった。
夜空の下にも、ビル街の尾根に息づく赤い警告灯の脈動。
昼の人口がそっくり夜に入れ替わる不夜城には、四角い灯りの連なりが。
そしてそこかしこに忙しなく行き交う、工事車両の黄色いテールライト。
十二分に与えられる黄金の養分を飲み干して、鉄とアスファルトの触手を昼にも増して成長させていく――
しかし、使徒襲来という二度の強風が吹き抜けた時、ヴェールの下から現われた景色は街のそれではなかった。
メインストリートを縁取るテナントビルに、どうしてミサイルの束が埋め込まれているのか? 市街地そのものが、堅牢によろわれた要塞へと変貌してさえみせたのだ。
挙句、賽の目に整えられていた都市基盤には、所々抜け落ちたようにぽっかりと真黒の淵が口を開いている。
一つや二つではない、市街の一区画もあろうかというそのクレーターの場所には、つい先日までは新築のビルがぎゅうぎゅうに詰め込まれていたのである。
紛れも無い戦火の爪跡。

そこは人々が安んじてねぐらを構えていられるような、そんな安息の地ではなかった。「街」ではなかったのだ。
そこは真実、戦場でこそあったのだから。

疎開という言葉をしばしば街角で耳にするようになって、都市は次第に潤いを失いつつあった。
櫛の歯が欠けゆくような物寂しさを、特に夜は肌身に迫って感じられる。
無残な傷跡に溶接の火花を散らしていた職工の一人が、汚れたタオルで汗を拭い―― ふと、うそ寒そうに首を竦めた。
砕かれてはトラックに積み出される、染みのひとつも浮かばぬまま瓦礫へと転じたコンクリートの山。その合間に忙しく首を振るうクレーンの向こうに、傾ぐように一歩一歩地響きを立てる巨大な幻影を垣間見たのであった。
「使徒」という少し洒落たコードネームなど巷間に広まっている筈が無かったから、大人達はいやいや「怪獣が―― 」と、真面目な顔をして口にせねばならなくなっていた。
更に馬鹿馬鹿しいと思うのは、合わせて近頃は「怪物」という言葉にすら、微妙なリアリティが生まれつつあることだった。
怪獣よりは等身大に語られるその「モンスター」は、路地裏の影やマンホールの蓋が外れた暗い底など、ごく身近な場所に潜むという。
避難訓練が繰り返されているような怪獣ならば「災害」として付き合ってもいけるが、新世紀のこの世の中、そんな怪談やオカルトの類まで息を吹き返すのかと正直辟易もしよう。
それでも、笑い飛ばしも出来ない惧れはなにやら禁忌めいた感情を喚んで、夜の闇を更に見通し辛く、彼らの顔を背けさせるのだった。
『くわばら、くわばら……』と。その鉄骨格子から覗く暗い夜空から、音もなく異形の影が飛び込んできたことを知らないままで死ねたのは、その若い職工には幸いだったのか――



◆ ◆ ◆



―― 見当たりませんね」
「でも、確かにここに逃げ込んだ筈……」

塞ぎ掛けの天井から舞い降りた二人、マユミとレイは、背中を合わせるようにして慎重に辺りの様子を探っていた。
多分そこは地下駐車場だった場所。
恐らくは使徒襲来の騒ぎで一度半壊したのを、大急ぎで直していたのだろう。

「……人が死んでいるわ」

槍の先でレイが小突いて示した。
その無造作な仕草にマユミは眉をひそめる。
ひとこと言ってやろうと開きかけた口を、遺体の惨状が噤ませた。

「うっ……」

差し込む月明かりにまともに見てしまった。
すっかり干乾びてしまっていて、まるでミイラだ。
喉の奥にこみ上げそうになった悲鳴と嘔吐感を、マユミはなんとか堪えた。
作業服の首にタオルを巻いて、ついさっきまで作業をしていたのだろうが――

「最後まで吸い尽くされたのね」
「惨いことを……。何もここまでさせなくても……」
「それだけ追い詰めてはいたということ」

『でも、この分なら……』とレイは辺りを見回した。
どこかで配線がショートしているのか、バチバチと瞬く赤い光の中に、同じく作業服の死体がいくつも転がっていた。

「失った力も、もう取り戻しているかもしれないわ。……あなたも注意したら」

そう無造作に言って、さっさと奥へ歩いていく。

「あっ、ちょっと、綾波さん……!」
「……なに?」
「たくさんの人が死んでしまっているんですよ。もう少し……」

抑えてはいたが、少しずつ声のトーンが上がっていた。
どう言えば良いのか、何故かスムーズに言葉を紡げないもどかしさ。
ただ、平然と死体の傍を踏んで行くようなレイの振る舞いは、死者を悼む気持ちを忘れているのではないかと、それは良くないことなのだと―― マユミは何かを言わずにはいられなかったのだ。
だが、

「……何を言いたいの?」

尖った視線がマユミに返される。
危険な敵が潜んでいるのに、その気配を探る邪魔をするのかと、そうレイの目は難じていた。
マユミには真似の出来ない、物音を立てるのを最小限に抑えた猫のようなその足取りを、じっと止めて振り返ってきている。

「…………」
「……いいえ。なんでもありません……」
「なら、あまりうるさくしないで」

その赤い眼差しの前に、マユミは結局、何も言えないまま目を逸らしてしまった。
反発する気持ちを維持し続ける事が出来なかった。それは何故なのか、マユミ自身にだって本当のところ分かってはいたのだ。
ただ、彼女のような人間にはあまりに直視し辛い現実だったという、それだけのこと。
少し舌の上に残ってしまった不快な酸味に顔をしかめながら、マユミはレイの後を追い掛けた。



◆ ◆ ◆



「なっ……!」

モニターに表示されていた波形がみるみる内に消えていく。
あわあわと焦ってコンソールを叩くマヤだったが、それはまるで霞を捕まえようとしていたかのようにあっけなく。突然に第3新東京市内に検出された反応は、そのまま現われた時と同様の唐突さで、パターンを青と識別し終える前に消えてしまった。

「なんだ、どうかしたのか?」
「え? えーと。その、ちょっと……」

同僚の訝る声は、つい数時間前まではすわ使徒襲来かという緊迫下にあっただけに厳しさを残したものだったが、マヤのごまかす様な曖昧な笑顔に勝手に納得したようだった。
青葉シゲルのだらしなく長髪に伸ばした顔が、またかよと呆れを含んで彼自身の仕事に向き直される。
隣のシートの日向マコトも、小さく首を振っていた。
『はぁ……』と、そっとのつもりだろうが、しっかりマヤの耳にも届いて突き刺さるため息だ。

「あは、あはは……」

今や所属する組織に対してもこそこそと隠し事を抱えなければならないマヤである。
実はATフィールドらしき反応があったにも関わらず、個人的な事情で握り潰したところだったのだから、あっさりと彼らが放置してくれたのはありがたかった。
しかし、

(なんだかみんな、最近冷たい……)

同僚らの視線が、どうにもそっけなさ過ぎる気がしてならない。
日頃の業務でもさりげに時間逆行者の利点を活かし、“今度は”そんなに大きなミスもやらかしていない筈なのにと、心当たりの無さに首をひねるこの頃だ。

「せんぱ〜い……」

泣き付く声は彼女の優しい上司を呼んで、『あらあらどうしたの?』だとか、『困った子ね……』だのとベタ甘に甘やかしてもらっている―― 特に他の職員に対するリツコの態度はクールの一言に尽きたから―― それこそが理由なのだとはまったく気付いていないのだった。

「私たちは研究室の方に戻っているから。ここは宜しくね」
「あ、はい。分かりました、赤木博士」

二人の背中がドアに隠れたのを見届けてから、

「はぁ〜〜……」

オペレーターフロアに残された男二人は、また溜め込んでいた息を重苦しくこぼれさせた。
青葉が、なにやら恨みがましく、それでいてやりきれないような、えらく複雑な目でどんよりドアを睨んでいる。

「マヤちゃん……まさか本物だったとはなぁ……」
「もう、疑う余地もないっていうか、どう見てもだよな。……赤木博士は意外だったけど。なぁ? シゲル」
「だよなぁ。ある意味、似合いだとも思うが。しかし……」
「やっぱり――

『女王様?』と声を上擦らせる、若い二人であった。

第三使徒襲来の後暫くして。それまでも根強く囁かれていた技術部師弟の百合疑惑は、何件かの微妙なシーンの目撃を噂の芯に、ほぼ確定に違いないだろうとのダメ押し認識に至っていたのだが――
それが、清楚な雰囲気と童顔の可愛らしさで人気のあった伊吹マヤだっただけに、ネルフの男子職員達はえらくがっかりしたのであった。

『ああ、二人とも美人なのに。女同士だなんて勿体無い……』

一方で、やはりその美貌で評判の彼女達であったから、彼らは一様に妄想に耽らずには居られなかった。
一時体調を崩していた赤木博士の許を足しげく見舞いに通い詰めた末、とうとう伊吹嬢の想いは通じ、病室の白いベッドの上に、二人の愛の花が咲いたのだそうな―― とかなんとか。鼻息も荒くハァハァと。
そんなヨコシマだったりセンチだったりな視線は、当の本人に面と向かって合わせられる類のものではない。
女性職員達だって、同性だけにひょっとすると男子職員以上に気恥ずかしかったり、興味津々の一方で戦慄したりだ。
自然、こそこそと顔を背けたりの連続で、マヤは思わぬ疎外感を味わっていたのである。
そんな周囲の事情に付けて加えて、当人にその自覚は無かったが、やはり色ボケの陽気に沸き気味マヤは、結構なミスを連発させては日向や青葉を呆れさせていたのだった。



◆ ◆ ◆



「多分、あの子達ね」

市内に観測されたATフィールド未満の反応に、リツコはそう推測してみせた。

「待機を解いた後も随分とイライラしていたみたいだし」

どうせまた、いつものようにシンジを迎えに来た山岸という少女と、レイが一悶着起こしたのだろうと。
そして、それはまた事実大正解でもあったのだ。
MAGIの監視記録には、本部からのリニアトレインを降りた早々、駅構内で顔を合わせるや否やいきなり言い争いを始めてしまった少女達の姿が残っている。
シンジはと言えば、レイとマユミに両脇を固められて周囲の好奇の視線に晒されながら、いかにも胃の痛そうな渋面で項垂れていた。

「それでも、さすがにシンジ君の前では控えていたんでしょうね。一旦時間をおいて、改めてリターンマッチに及んだといったところかしら」
「まだ中学生なのに……。こんな遅くに出歩くのは、あまり関心しません」
「あら、どうせレイのご同類よ。普通に不良少女をやってるよりも、よっぽど性質が悪いと思うけど」

なにしろ彼女は、現状確認されている中では、使徒を従えることに成功している二人目の存在なのである。
レイと並んで、その危険性は計り知れない。
たとえ同じく“槍”を持とうとも、使徒との契約を果たしていないリツコやマヤでは相手にならないと、既に証明されていることだった。
敬愛する上司の味わされた敗北と、その顛末に巻き込まれた屈辱を思い出したのだろうか。マヤの目にレイに対する敵愾心が浮かぶ。

「まぁ、この山岸という子。家族は義理の父親が一人だけらしいけど、心配は掛けたくなかったんでしょうね。寝静まるのを待ってこっそり抜け出して……」

『ふふふ……』と、マユミの普段を隠し撮りしたらしい写真を捲ってリツコは笑った。
チルドレン周辺の人物としてピックアップされた身上調査書には、いかにも大人しく引っ込み思案なといった容姿に相応しい、品行方正さを絵に描いたようなこれまでが報告されている。

「それがこの街に来た途端、男の子と交際を始めるわ、夜遊びはするようになるわで、お義父様が知ったら卒倒するわね」
「……ですが、この反応があの子達の呼び出した使徒のものだとして、どうしてすぐにMAGIの監視網から消えてしまうんでしょう?」
「おそらくは……邪魔が入っては困る人間が居るのだと思うわ」
「システムをごまかしているのだと? ……でも、どうやってですか? MAGIは“前”に倒したどの使徒だってちゃと見付けてみせたんですよ!?」
「そうね。例え使徒そのものの侵入は食い止められなくても、彼らがその力を振るう兆候を―― ATフィールドの煌きをMAGIが見逃すことはありえないわ」

使徒の気配を人が嗅ぎ取るためのATフィールド検地システム。その基幹をMAGIによって打ち立てた、赤木の名二代のプライドが言い切ってみせる。
―― だけれども、と。

「私には、その存在を隠してみせるやり方に想像が付くのよ」
「どういうことですか?」
「……アンチ、ATフィールド――

声を潜め、まるで禁忌を告げるように、鮮やかなルージュを引いた唇が厳かにその言葉を紡いだ。

「…………!」
「そう。真逆の性質を持つ波形で打ち消せば、それはまったくの無風と同じ。隠されているのではない、消されてしまっているのよ。戦場の存在自体を」

こうなってはさしものMAGIもお手上げだと、リツコは物憂げにため息を吐く。

「アンチATフィールド……。まさか……レイが、ですか?」

恐る恐る口にしてみせるマヤの声は、微かな怯えに震えていた。
レイがその力を行使してみせるということは、それはつまり、リリスという恐るべき女神としての覚醒に他ならない。
その力の前にはいかなるATフィールドも抗うことは出来ず、あぶくも同然にかき消されてしまう―― 人間が自らのATフィールドで維持している、そのかたちを保つことさえ叶わないのだ。
そんな相手を敵に回すなどというのは、まさに自殺行為も同然のこと。ギリシャの大神ゼウスを蔑したイクシオンよりも愚かしく、確実な滅びを賜るに違いない。
だが、この時リツコの脳裏に浮かんでいたシルエットは、レイのものではなかった。

(あのレイがそんな風に気を使っている?)

考えられないわと。
現にレイは、ネルフの最下層を舞台にして、リツコ自身をも贄にした大胆な“狩り”を行ってみせている。
いまさら使徒を操るその姿を、ネルフに対して隠蔽しようとは考えないだろう。
仔細は一切気に留めず、傲慢なほどに真正面から障害の全てを打ち払おうとするのが、寧ろあの少女の振る舞いとしては自然だと思えた。
それよりももう一人、レイよりよほどその手の策謀を巡らせるのに相応しい人物に、リツコは心当たりがあるのだ。

(ありえない事だと、少し前の私なら自分で否定したでしょうね)

レイを除けば唯一、リリスの神気を匂わせて不思議は無い―― 彼女。

(だけれども、今は……。そう、時間を遡るだなんて夢物語を体験させられた今の私には、真剣に疑うことが出来る。その可能性に備えようとすることが出来るわ)

この悪趣味なゲームのお膳立てをした、あの“声”。
その正体が彼の女性であれば納得だと、そう思えてしまうのは自分の女としての妬み故だろうか?
科学者でありながら、そして無様と笑う教訓を目の当たりにしていながら、結局は理性の徒であることに失敗した―― その一度の死をもってしても尚拭えない、鬱屈した情念に偏向を帯びた、誤った推理なのだろうかとも疑う。
それでも、

―― 納得は行くのよ。確かに彼女なら……、鍵となるのはあの子で間違いはない。疑問の答えは見えて来なくても、その在り処と見込んだ裏付けにはなるわ……」
「……先輩?」

思案の裡に沈めていた顔を持ち上げて、リツコは要領を得ない表情でいるマヤを見詰めた。
この、優秀でありながらどこか幼さが抜けきらない後輩は、自分にどこまでも仕えようとひたむきな献身を寄せてくれている。
いとおしいと思うのは、彼女が決して自分を裏切らないと知っているからだろうか。
意に染まぬ罪悪にさえ手を染めて、マヤはそれを証明してくれた。
子供の時代に多くの人が忘れてくるような―― そんな純粋さを残していながら。それでもその瞳を盲させたのは、自分と同じ愚かしさの故……?

(ちょっと理解し難い趣味だと、今更私が言うのもおかしな話でしょうけどね)

或いはこのゲームの裏に潜むものも、そんな救いようのない心なのかもしれない。

「あの……?」

不意に口元を綻ばせたリツコに戸惑っている様子だ。

「ねぇ、マヤ?」

今度は間違いなく、その可愛い後輩に向けた微笑みで、

「なんだか肩が凝っちゃったわ。また揉んでくれないかしら」
「あ……、は、はい!」

言下に匂わせた誘いに喜んで、マヤは華やいだ声を上げた。



◆ ◆ ◆



「外した……かしら?」

辺りには濛々と土煙が上がっている。
レイとマユミ、二人の使徒遣いが従僕に命じて、ありったけの火力を集中させたのだ。
サキエルが灼き尽くす視線を注ぎ、マユミの使徒は破裂する棘を雨のように降らせた。
狙いと定めた周辺は球状に膨らんだ熱波と衝撃にごっそりと抉られている。
―― にも関わらず、槍を手に構えを崩さない二人には、確実に仕留めたという手応えを欠いていた。

「外したかしら、じゃないでしょう!」

ぼそりと溢したレイに、マユミが声を荒げた。
埃を被った頭を振って、きいっと喚く。普段物静かな彼女にしては、少しばかり錯乱気味に怒りを露にしていた。

「また逃げられちゃったんじゃないですか、良い様にやられたばかりで!」
「知らないわ。私は上手く避けていたもの。……悲鳴を上げていたのはあなただけ」
「何がですかっ! とぼけないで下さい。あ、あ……あなたがヘマをやったから!」
「……何のことかしら」

詰め寄られてとぼけようとするレイだが、ここにネルフの年長組―― ミサトあたりが居たならば、まだまだ青いわねと笑っただろう。そっぽを向いていても、赤くなった耳が見えてしまっている。

「静かにしろだとか、物音を立てるなだとか言っておいて。結局あなたがくしゃみなんかするから―― 。見て下さいっ!」

そう喚くマユミの制服は、鋭利な刃物で切り付けられたようにスッパリと横に裂けていた。
辛うじて服のたわみだけで躱しているが、紙一重で胴体が二つになっていたところに違いない。マユミの顔から血の気が引いてしまっているのも無理はないといったところだ。

「また制服がだめに……」

固めた拳をわなわなと震わせる。

「こういう物騒な事に掛けては専門家だろうからと、そう思った私が馬鹿でした」
「……不可抗力、病人なのだから仕方が無いわ。けほ、けほっ。……ほら、また咳が」
「えらそうに人に命令するなら、体調管理ぐらい満足にしてみせたらどうなんです!? 怪物退治のプロが、聞いて呆れるとはこの事です!」
「酷いわ……貴方には労わるという気持ちが欠けているのね。心が冷たく出来ているの。きっと碇くんもそんな子は嫌いの筈」
「なっ―― !?」
「碇くんは優しいもの。病気の私を心配して……そう、一人暮らしの私を放っておけないと、碇くんは付きっ切りで看病してくれるの」

レイはぽっと頬染めて幸せな世迷言に浸る。

「氷枕を取替えたり、林檎の皮を剥いてくれたり。それから美味しいお粥を作ってくれて……、ええと、いつもすまないねぇ、それは言わない約束だよおとっつぁん―― だったかしら?」

わざとらしく口元に手をやって『けふん、けふん』とやってみせる。
勿論、その手の下に覗いていたりするのは、レイには育ての親とも言える誰かさんにそっくりのほくそ笑みだ。
マユミには癇に障ることこの上ないが、それが彼のお人よし少年に有効なことは疑いようがない。

「ええい、却下です! 誰がそんな羨ましいことを―― じゃなくって、碇君に風邪が伝染ります。あなたはネルフの優秀なお医者様にでも面倒を見て貰えば良いでしょう!」
「なんて人情に薄いことを言うのかしら。やっぱり碇くんも貴方みたいな人は好みじゃないと思うの。……はっきり嫌いと言われる前に、早く転校したら? そう、これは情けなの。あなたが心の痛い思いをしないようにと。……なんて優しい私」
「……っ、ッ!!」

こめかみに青筋が浮くほど引き攣りながら、マユミは『すーはー』と息を吸って我慢した。
今はそれどころじゃありません。この屈辱は後で倍返しに……とかなんとか、胸の中で繰り返して辛うじて声を落ち着かせる。

「とにかく。今はそれより討ち洩らした使徒と、その使い手の方です。私と綾波さんが戦っている最中に、不意打ちを仕掛けて来たような人ですから、放っておいてはまたいつ狙ってくるか……。おちおち安心もできません」

結局一度として姿を見せないままレイ達二人を翻弄した攻撃法を、卑怯なというそのマユミの憤りはレイには不思議に感じられるものだったが(はっきり言って上手いと思っていた。今度は自分も真似てみようと思うほどに)、侮れない強敵であるのは間違いない。このまま看過は出来ないとは、彼女自身も危機感を覚えて頷くところだ。

「……追い掛けるの?」
「回復される前にとも思いますが……」

二人して覗き込んだ破壊の跡には、おそらくはジオフロントの外殻部に続くのだろう複雑な地下構造が口を開けていた。
一見して迷路のように入り組んでいると窺える奥は、はたして追い掛けても見付けられるものかと、正直その目は薄いように思える。
『ううん……』と唸るマユミだったが、唐突、その背後にだ。

―― ビチビチッ!

「な、何ですか!?」
「隠れていた……、の……?」
「……ええっ? 何っ、ヘビっ!?」

地下駐車場の赤い非常灯に照らされた薄暗い床の上を、紐に似た物体が勢い良く跳ね回っていた。
薄いピンクに光っている。
良く見れば、そのピンクの紐の先は黒ずんで棒っきれのように固い音を立てているのだが、とにかくグネグネと踊る様は気色が悪くてしょうがない。
トカゲが切り離し捨てたシッポだとか、頭を潰したくせに死んだ事に気付かず暴れもがく百足の脚だとか、とにかくマユミのような世間並みの女の子には耐え難い、生理的嫌悪感を直撃する活きの良さ。
引き千切ったような黒い端から、これまた不気味な液体を撒き散らしながらビクンビクンと。
悲鳴を上げるマユミの横合いから、しかしこちらは世間並み外れて至って冷静なレイは―― 『えい』と、あっさり槍を突き出して終わらせたのだった。

「光らなくなっていく……死んだんでしょうか?」
「……脚だわ」
「え゛……?」

串刺しにした穂先で、ほらと示す。

「や、やっぱり虫ですかっ……!? ちっ、近付けないで下さい、綾波さん……!!」

のけぞり叫んで抗議するマユミだ。

「貴方と私の攻撃、当たってはいたのね。それなりの深手は負って……それでまた逃げたんだわ」

どうやらと、レイは眉根をしかめてその敵が残した手掛かりを見詰めた。
完全に輝きを失って垂れ下がるムチ状の器官と、まさしく昆虫の脚を数倍にしたような節。レイには見覚えがあった。

(そう、彼女なのね……)



◆ ◆ ◆



コンクリートの壁がいとも容易く切り裂かれ、不揃いの升目に分断された塊がガラガラと崩れ落ちる。
普段はその外観通り虫のように這い進む“それ”だったが、信じ難いほどの切れ味を見せる「ムチ」を使うには、どうしても立ち上がらなければ不自由が多い。
工事用の通路らしく低い―― それでも一般的な大人の背丈なら余裕のある筈の天井に、派手な目玉模様の入った頭部を擦り付けながら、ついでとばかりに体当たりをさせると、ぽっかりと開いた穴から光が眩しく溢れ出した。
とっさに目を覆ってしまう。
やっとまともな人間の活動する領域だと示す、蛍光灯のふんだんな光。

―― もうどれくらい暗闇の中を逃げ惑っていたのだろう……?

突然の明るさの変化に着いていけない自分の目を置き去りに、突き破ったばかりの穴を潜った“それ”の視界で見回すと、オレンジの繋ぎを着込んだ作業員が二人、腰を抜かした様子でへたり込んでいた。
しめたと口元が緩んだ。
片腕を喪った苦痛を訴えていた“それ”からも、喜びの波動が伝わってくる。

「うぁあ!? あ、バケモノ……!!」

赤紫の甲殻の、壁のこちら側に残っていた半身が勢い良く引き抜かれると、向こう側から聞こえていた悲鳴が一つ、あっという間に聞こえなくなった。

(ああ……)

辛さが少しだけ和らぐ。
暖かいような、足りないでいたものが満たされるような、そんな胸に広がる感覚。
そして、傷口が急速に癒されているのだと分かる、痒みにも似た気持ちの良さがある。
これがつまり、よく聞かされていた「シンクロ」と言うやつなのだろうか?
いつになっても慣れない不気味な姿の“それ”と視覚はおろか痛みまでも分かち合うというのは、いくら我慢しなければならないのだとはいえ、嫌で嫌でならないことではある。
絆という言葉を真っ先に連想する、特別な繋がり方。それを認めるわけにはいかない。
“それ”はただの道具。他に手立てはないと言われた、たった一つのやり方。だから我慢するしかない。
けれども――
甘いお菓子を食べるのとは違う。綺麗な花の香りを嗅いだ時とも、大好きなCDを聴いているのとも異なる―― この快さは、これは悪くないかもしれないと、そうも思うのだ。
分かってはいる。これは多分、あれと同じものなのだと。
いけないこと。恥ずかしいこと。不潔な……そして、いやらしいこと。でも、自分が知っていたものは、こんなにも確かで、大きいものではなかった。
ともすれば、夢中になってしまいそうだ。

「ふぅ……ん、んん……」

ポットにお湯を沸かす程の時間を数えて、もう良い頃合だろうかと閉ざしていた「視界」に意識を戻す。
抱きしめていた八本の脚を解き放ち、床の上に転がし捨てたものはなるべく見ないようにして、

「ひぁ、あ、ああっ……!」

空気の漏れる音のような掠れた声に目を向けると―― ああ、なんてついているのだろう。もう一人、壁際に背を押し当てて震えているのは、若い女の人ではないか。
“それ”も大喜びで舌なめずりをしている。男の人より断然良いのだから無理もない。
これで傷は全部元通りになるだろう。
『ふふ……』と、こみ上げる嬉しさのまま身震いして、次の食餌を命じようとしたその時だ。

「いやぁ……。た、助けて……、助けてよーっ!!」

誰かの名を呼んでいる。声の限りに、繰り返し、繰り返し。
それは多分、あの人の一番大切な誰かなのだろう。
恐怖に目をぎゅっと瞑って涙を溢れさせながら、その名前だけに縋るように。
……無理もない。

(私だって、そうだったんだから……)

あの時自分は一度死んだ。―― 殺された。
とても酷い目に遭って、泣き叫んで必死に……そう、呼んでいたはずだ。

―― すずはら……。

「……あ? ああっ……!? わ、わたし……」

唇が、ひとりでに紡いでいた。
怪物を操り、争う友人達。その姿を物陰から窺って、自分の操る怪物に襲わせた。
そして暗闇の中を怪物の背にしがみ付いて逃げ回る、現実とも思えない、悪夢めいた一時。息遣いさえ押し殺すようにして閉じ合わせていた唇から、その名前が、思わずして。

「わたし……なにを、してるの……!?」

久し振りに聞いた己の声は、冷水にも似た衝撃に精神を揺さぶって。
彼女―― 洞木ヒカリは、異形との交流がもたらした上気を頬に薄赤く残したまま、呆然と立ち尽くした。



◆ ◆ ◆



「やめてぇぇぇええええ……!!」

ひび割れた叫び声が暗い通路に木霊する。
そのままヒカリは、壁に開いた穴の横にずるずると崩れ落ちた。

「わたし……、なんで……。こんな……こんな、恐ろしいことを……」

俯いた顔を覆う手のひらの隙間から、凍り付いた悲鳴の雫が一粒、二粒、伝いこぼれる。
力無く両膝を突いた下に点々と染みを作っては、冷たいコンクリートの床と薄く積もった埃に見る間に吸い込まれて、跡も残さず消えてしまう。

壁一枚を隔てた向こう側からは、甲殻の従僕の抗議の思念がヒカリに繰り返し向けられてきていた。
貪ろうとしたまさにその寸前で拘束を解かれた生贄が、最初いざるように後退り、次いでこけつ転びつ逃げ去っていくのを、人ならば腹立ちとも未練とも呼ぶべき感情に見送っている。何故に制止するのかと。

「いいからっ、もう……もう消えてよぉ……!」

不服の色をちらつかせながらも諾うと伝えて、おぞましい気配は宙に掻き消えた。



◆ ◆ ◆



―― 数日後。萎れ切った少女は、家族の心配する声にも応えぬまま自室を一歩も出ようとはしないでいた。
あれ以来、学校も休んだきりだ。
自分の犯した罪も、その罪深さを承知の上で今一度やり直す機会をと願った赤い海での覚悟も、そしてそのいずれもを忘れてただ異形が貪る快楽に引き摺られていた事実にも、全てから目を背けて。厚くシーツの中に立て篭もり、枕に顔を埋めたまま、時折すすり泣き洩らすだけ。
何もかも忘れていたい―― そんな気分のヒカリだったのだが、もはや眠りの中に逃避することも叶わないのだった。
泣き疲れて眠って、また惨めな気持ちに浸ってを繰り返していた彼女は、ヒュプノスの与える一時の救いからも既に見放されてしまっている。
加えてが、姿は見えないものの影のように寄り添う傍から、しきりにヒカリを呼び続ける使徒の存在だ。

「……うるさいのよ……」

カリカリ、カカリカリ……と節を鳴らし、付きまとって離れるということが無いその脚音が、いくら耳を塞ごうとしても脳裏に直に響いている。
繰り返し、繰り返し、癒されぬままの傷の痛みを訴えては色濃い食餌への欲求を滲ませる。それこそがヒカリの精神を最もすり減らしているのだった。

「だからっ、黙っててって……!」

癇癪を起こし、枕を壁に投げ付ける。
一瞬だけ怯んだように脚音が収まるが、じっと影の中から窺っているのが分かる。すぐにまた空腹を叫び始めるのに違いないだろう。

―― まるで気違いだとヒカリは思った。

一人きりの部屋の中で、髪もばらばらに梳かさないままの女の子が、居もしない何かに向かって喚いて、泣いて、ヒステリーを起こして……。
姉も妹も何事があったのかと心配している。
相談に乗るからと部屋のドア越しに伝えてくれた姉は、あれは多分落ち込みの理由を取り違えているのかもしれないが、気を遣ってくれていることに違いは無い。
このままが続けば、仕事に忙しく家を空けたままの父にも連絡が行くことになるだろう。
だが、だからといって何と言えば良い?

「死にたく……ないの……」

未来から時間を遡って帰って来た。
そして未来を変えるために、願いを叶えてくれる、たった一つの勝利者の椅子を巡って友人達と争っている。見るもおぞましいバケモノを従えて。
そんなふざけた話を、誰がまともに聞いてくれるだろう? 相談に乗ってくれるどころか、正気を疑われるのがオチだ。誰に言えよう筈がない。
同じ立場にある少女達なら或いは分かってくれるかもしれないが、競争相手だからと―― たとえ罪悪感に震えながらであったとしても、襲えと怪物に命じたのは自分なのだ。

「どうしよう。……どうしたら良いの? すずはらぁ……」

また一人嗚咽をこぼすその耳元を過ぎったのは、いつの間にまたやって来ていたのか、耳鳴りにも似たあの“声”だった。

「な、なによ……!?」

“声”は言う。ただ、『戦え』と。一度ゲームの盤上に上がることを選択したのなら、戦い続けなればならない。それがルールであると。

「いやなのよ! こんな……こんな酷いことを続けるのも、また誰かを傷つけなきゃならないのも……もう、もう嫌なの……。戦いたくないのよぉ……」

いやいやと首を振るヒカリに、“声”はただ冷徹に伝えるだけだった。
戦わないのは自身の自由。だが、それが何を意味するか、わかっている筈――
戦わなければ、契約した使徒に餌を与え続けなければどうなるか? 震えるヒカリに追い討ちを掛けるように、あの節足のざわめきがひた迫る。

カリカリ、カリ、カカリカリカリリ……

ふと見上げた姿見の中、ヒカリは蟲の脚に絡み取られた自分の姿を幻視した。
背後から回された八本の節足が、檻にも似て彼女の抵抗を封じ込めている。
着衣を引き破られた素肌にキチキチと耳障りな鳴き声を上げて喜色を露に。開かれた肢の間、蜂が毒針を挿すようにしてスカートの下に侵入する――

「いやっ、いやぁっ! こんなのっ、……どうして!? どうして私が……」

私はただ、幸せになりたかっただけ。普通の幸せでいい、笑って平和に生きられさえすれば―― その心からの叫びに応える者はいない。
“声”は去り、飢えを抱えた使徒の気配が充満する部屋にただ一人、咽び泣く少女だけが取り残されたのだった。




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次回予告

結果の見えた茶番劇ほど馬鹿らしいものはない。

「どーせ、放っといたって止まるんだしぃ」

あっさり出席を取りやめたミサトに代わり、やる気無くもJ.A.のデモンストレーションを眺めるリツコとマヤ。
だが、事態は“正史”を外れて順調のままに幕を閉じる。
困惑する二人の元に更に届けられた、内務省長官殺害の報せ。
―― JA計画の立役者であった筈の彼が何故?
騒然とする会場を後にしようとした彼女たちの前に立ち塞がったのは……。

「そう、あなたが犯人なのね?」
「私に相応しい生き方をするためです。今回の事を仕組んだ人間は、全て始末してしまえばいい」

新たな仮面ライダー使徒遣いの猛攻を前に、未だ契約を結ぶべきモンスター使徒を手に入れられずにいるという圧倒的な不利。
危機に陥ったマヤを救うべく、遂にリツコの切り札がアドベント召喚される……!!

次回、仮面ライダーReturner Rei 第七話「人の造りしもの」
戦わなければ生き残れない!