Returner Rei

Original text:引き気味


EPISODE:05 ReiT

『かんぱ〜い』と、もう何度目になるか和やかに唱和。
しかし、そこで続くべきガラス同士の澄んだ挨拶は響かない。
空々しく掲げて見せたコップを、隣同士向かい同士、打ち鳴らせるようでいて一歩手前にブレーキング。
結局掠りもさせないで、淡いゴールドの液体を銘々勝手に口元に、『オホホ』とか『ウフフ』とか和んで見せているのは、“碇シンジを囲む女性の会”のご一同様だ。
―― より正確には、“碇シンジを囲い込んでしまいたい女性の会”だろうか。

大して広くも無いネルフ独身者寮の一部屋。
本日どうにか最低限の人間らしい生活が営めるだけの荷物を解き終わった、残りのダンボールを壁に押しやった隙間に、慎ましやかな独り者サイズのテーブルが一つ。
ごっちゃりと、コンビニ産のジャンクフードの類を並べて囲んでいるのは、デタントを叫んでいた頃の安保理程度には仲良さげに見える、ミサト、リツコ、マヤのネルフ大人の女グループに、一人少女なマユミ嬢。
部屋の主になり立てホヤホヤのシンジは、居心地悪そうに上座に―― 出口から一番遠い席とも言う―― 座らされて、そろそろこの弱気な少年でなくとも逃げ出したくなるほどに彼女達の目が座ってきた、そんな宴も酣も頃合なのであった。

「だいたいなんですか!」

『らいたい……』と言ったようにしか聞こえぬ、怪しい口調でマユミが絡んだ。

「男の子が一人の部屋に、こんな遅くに大勢で押しかけてきて……。非常識です! 不謹慎です! 破廉恥です!!」

最後の一声には心持ち感情高ぶり目で、ミサトの開放感溢れすぎるタンクトップの胸元を睨んでいる。
隣に座ったリツコにしても、ミサトほどの砕け方ではないにせよ些か色気過剰な私服姿。
大きくはだけた胸元のペンダントが、しっとりとした素肌に刻まれた深い谷間を強調しているよう。
赤い口紅の艶やかさも、ちょっとマユミには真似できない―― 『本物のオトナの魅力ってやつでしょうか? え〜い、許せません!』ってなもん。
普段は隙を見せるなんてとんでもないと、きちんと身なりを固めている筈のマヤも右へ倣ってそんな感じ。
言わずもがなの、対思春期少年・暴走挑発仕様な三人なのであるが、

「あっら〜〜ん? そういうマユミちゃんは、“こんな遅く”に男の子の部屋で何なのかしらん? お姉さん、なんだかキケンな感じがするわ〜。私達が来なかったら、ナニするつもりだったのかしらぁ?」
「そうね、感心できないわね。中学生でももうあなた、“女の子”なのでしょう? 彼ももう立派な男の子なんだから、交際の仕方には気をつけないといけないわね。……ねぇ、マヤ?」
「あ、は、はいぃ……。ふ、不潔だと思います」
「なっ! わたっ、私は碇君の引越しの手伝いに来ていただけでっ……!」
「おほっ? いい汗かいたついでに、もう一汗かこうってトコだったのねん?」
「汗を流すといって男の部屋でシャワーを借りるのは、まぁ……誘っているのと同じことね」
「ふ、不潔……」
「なんて下世話な……! なに言ってやがるんですかっ!!」
「まーねー。健康的な誘惑ってやつぅ? 汗で透けた制服姿ってのも、オトコどもには良いらしいし。ねぇ、マユミちゅわ〜〜ん?」
「×××……! ××××××〜〜!!」

自分たちを棚に上げて、決してそのつもりが無かった訳でもないマユミの痛いところを攻めまくる。
面の皮が分厚くなくては生きていけない―― そんな所でも大人な3対1では、分が悪過ぎるマユミだった。
ちなみに自分でも露出度が高過ぎるともじもじしていたマヤであるが、愛しい先輩の命令では是非も無い。
そんな、短すぎるミニスカートの裾を気にする端から密やかなちょっかいを掛けて、さりげにその恥ずかしがる様子を楽しんでいるリツコであった。

「そもそもよ? 折角退院したリツコのお祝いをしようって言ってるのに、顔を出さないって言うからこっちから来て上げたんじゃない。職場での人間関係って大事よぉ?」
「セクハラ上司が勝手な事言わないで下さいっ!! ―― って、碇君もなにデレデレしてるんですかっ!?」
「あ、いや……。その、ちょっと……」

ついでに言うと、マヤへのイタズラは、マユミからは影になったところであってもシンジにはばっちり見える位置を計算していたりで、目を白黒させるシンジも実はリツコの楽しみの内なのだった。
深い世界である。



◆ ◆ ◆



「……でもリツコさん。僕ら、こんなことしてて良いんですか?」

明日は使徒が来る日なのに――
シンジは明日という日付をよく覚えていた。
シンジがエヴァのパイロットとして受けるレクチャーの内に、過去に襲来した使徒との戦いの記録がいやというほど繰り返されていた事もある。
そしてそれ以上に、シンジにとってその日が忘れがたいハプニングのあった日でもあったからだった。

―― どいてくれる?

思い出すたびに手をワキワキとさせてしまうのは、仕方の無いところ。
なにしろシンジにとって生まれて初めて見た異性の裸―― どころか、『触ってしまった、しかもオッパイを! 綾波の……!』という、視覚的触覚的にとくっきり記憶履歴にスタンプされている「良いことがあった」記念日である。
その日はたまたま水曜日だったのだが、以来しばらく、シンジは水曜日が来るたびにドキドキとしてしまっていたものだった。
なんとなくモヤモヤとエッチな気分が拭えない日には、そんな劣情の対象にしてしまう事に罪悪感を覚えつつ、どれだけその記憶を蘇らせて浸っていた事か。
シンジだってそんな年頃の男の子なのだから、急に不審に顔を赤らめて、黙ってしまっても仕方が無いのだ。

「どうしたのかしら?」

プライバシーの欠片も存在しない適格者の生活を、これまたファーブルも真っ青の観察記を通して知っているリツコには、手に取る様に分かり易い反応。
ミサトほどにあからさまではないものの、なんとなく見透かされているような、面白がるような視線で覗き込まれて、真っ赤になったシンジは誤魔化し損ねてしまった。

「いえ……。あ、だって明日は零号機の……」
「起動実験は無いわよ? 今度は暴走は起こしていないもの」
―― あっ!?」
「ふふ。隠し事には向かない性格ね。そんなに心配しなくて良いわよ。別に取って喰おうってわけじゃないんだから」
「はぁ……」

脇の方でギャギャアと噛み付き合っているマユミとミサトを見やってリツコは微笑んだ。
私達もそうなのよ、と。
寧ろ驚くのはシンジの方だったが、マユミに続いてレイにも確かめていたから、気持ちとしてはどこか納得の成分の方が多かった。

「聞いたわよ。ミサトが“続き”をシようって言ったんですって?」
「えええ〜〜っ! し、してないです。そんなことっ! ほんとですよっ!」
「あら。断ったの? 意外ね。ミサトじゃ不満だったのかしら? 性格はあんなだけど、ミサトって結構美人でしょ?」

それとも好みがうるさいのかしら等と聞かれて、茹で上がってしまうシンジである。

「……むむっ? 何か怪しい話をしてませんか、碇君?」
「な、なんでもないよっ!」

レイと二人しての仮借の無い追及になんとか納得して貰ったばかりなのだから、蒸し返して貰ってはたまらない。
すっかり絡み酒モードに突入したミサトと張り合って、目付きもトロンと鈍りきっているマユミが、『あっら〜〜ん? マユミちゅわんってば、いつも構ってて欲しいってタイプぅ? ひょっとしてイタイ女だったりして〜〜。アハハハ、ハ〜〜』と今はミサトの良いオモチャになっているのにホッと安心する。

「……知ってて言ってるんでしょう? からかわないで下さいよ」
「うふふ、ごめんなさいね」

もうっ、と拗ねてみせるシンジだ。
何となく、自分がタイムスリップしてきた人間である事は隠さねばと思っていたのだが、緊張が解れるのと同時にシンパシーが湧いたのかもしれない。
同じ経験をしている相手、しかも年上の頼りになりそうなお姉さんなのだから。
やはりミサトの強要を断りきれなかったアルコールも手伝ってか、シンジにしては珍しく打ち解けた気分になっていた。

「でも、心配しなくて良いのは本当のことよ?」
「使徒の事ですか?」
「ええ。特に今度の使徒は攻略法さえ分かっていればどうにかなる内だから、実はこっそり準備の方は進めてあったのよ。ポジトロンライフルの改良を急いだりね」
「今回はあんな怖い思いをしなくて良いってことですか……」
「そうね。……ああ、でもシンジ君も狙っていたりしたかしら?」
「はい?」
「使徒よ。契約、シンジ君もまだなんでしょう?」

『こう……槍で』と、突き刺す仕草をしてみせながら、際どい探りを入れたリツコは、シンジの呆けた様子に気が付いたのだった。

「契約? それに槍って……何の話です?」

「!? シンジ君……。あなた、ひょっとして……」



◆ ◆ ◆



―― 翌朝。
旧市街の自宅で、夜明け前からスタンバって待ち人の気配に全神経を注いでいた綾波レイは、微かにコンクリートを響かせる足音に目を輝かせた。

「碇君……」

日頃の気だるい低血圧症を忘れてしまったかのような、軽やかな足取りでドアに向かう。
シャワーを浴びたばかりの足下は、ひたひたと素足のままだ。

(……ついになのね)

昨夜の彼女には何時になってもまどろみが訪れず、レイはその瞼を閉じることなくいつまでもいつまでも、シンジがカードを届けに来てくれての、思い描いたそれからに『うふふ……』と瞳を潤ませていたのである。
結局夜通し過ごしてしまった―― 寝不足のレイの眼差しは、いつもよりも更にちょっぴり赤が目立つ。

「……くしゅん!」

ついでにシャワーを浴びている最中も気になってならず、物音を聞いたかと思うたびに浴室から顔を出していたものだから、可愛いくしゃみが止まらない。
バスタオルを肩に引っ掛けただけだなんて涼しすぎる格好は止した方が良いのだけれども、それはレイの拘りなのだから仕方が無い。
なにもかも“あの時”を再現せねばと、それもう、物心付いたばかりの小さな子供が、はじめて誕生日の意味を知ってパーティーの準備に落ち着かずにはいられぬように。
或いはサンタクロースを迎える靴下を、厳かな手付きで枕元に据え付けるように。
綾波レイがけっして長くは無い人生の記憶を振り返った時、ほんの僅か輝いて見える「記念日」の、今日こそは待ち望んだ一日になるのだから、舞台の準備に手落ちがあってはいけないのだ。
ベッドの枕元に散乱しているのは、この日に備えての参考資料の数々。
もうレイは分かっている―― つもりでいる。
愛し合う男女が二人きりで交わす儀式の何たるかを。
今度は、

(どいてくれる、なんて言わないわ……)

覚悟はばっちり完了済みで、より積極的にもソノ気に満々になってさえいるのだった。
ちなみに、基本的に一人で、誰にも聞かず黙々と資料を漁ったりネットに検索したりと調査を進めたレイの頭の中に収まっている「知識」が、どの程度までイってしまっているかは、シンジも勿論知る由もないことではある。
どんなシーンを思い浮かべてか、クスクスと綻ぶ頬も薄くピンクに上気して、レイの期待はふわふわと天井知らずに浮ついて止まらない。

「それはとてもとても気持ちの良いこと。……きっと」

そして、「もっと」だろうとも夢見るレイは、その感覚をもう知っている。
―― 目覚めさせられてしまっていた。
だからこそ、一人でなくシンジと二人ならばと期待もしてしまうのもこれまた仕方がない。
歪で不幸なトリガーだったかもしれないが、レイはそれによってシンジ同様、思春期の少女の生態を身に付けるに至っていた。
無造作に脱ぎ捨てた寝巻き代わりのシャツがグシャグシャの皴だらけで丸められているのも、ベッドのシーツが派手に乱れてしまっているのも、シンジの笑顔を瞼に描いてまんじりとも出来なかった―― それだけの所為でもない。

(……碇君、私とひとつになりましょう。今度こそ邪魔は居ないわ。ここに、二人を隔てるものは何も無いのだもの)

コツコツと足音が近付いてくる。
早く早くと冷たいスチールのドアに身を預けて、レイは幸せそうに胸で手を合わせた。
ふっくらと柔らかな乳房の下で、胸のときめく鼓動がする。
この胸に、レイはシンジに触れられた感触を大切にしていた。
その時は大して思うところは無かったが、やがてその少年が心に多くを占めるようになるのと同じくして、思い出すその掌は甘美なものへと変わっていった。
今は包む感触は自分の手なのだけれども、シンジにならどれほどそれは「心地よい」のだろう。
今度はしっかり確かめようと、そう思うレイは、敢えて思い出しもせぬもう一人―― 慎ましやかなそこを鷲掴みどころか、胸肉の内にまでズブズブと手を突っ込んできたオッサンの事は、さっくり忘れてしまうことにしていた。
どちらかと言うと、その記憶を上書きして欲しくて堪らないのが今のレイである。
『ジーサンは用済み……』とレイの中の深いところ、誰かのゴーストが囁いたかは知らないが。

足音がドア一枚隔てて立ち止まり、ノブを回そうとしたのだろう―― その途端にもう、待ちわびていたレイは飛び出していた。

「碇君―― !」

外開きのドアに押されてたたらを踏んだ胸に飛びつくように、『わわっ!?』ともつれて倒れこむ。
―― その声はちょっと違ったのだ。

「……!?」

勢い良く飛び付いて来たレイの身体を押し止めようとしたからだろうか。
胸の上になって唖然と見下ろすレイの乳房に、その手をムニュッと。
シンジとは似てもつかぬその男は、鼻の下を伸ばしてとりあえず笑って見せた。

「エヘヘ、どうも。綾波さん……ですよね? ニンニクラーメン、チャーシュー抜き。出前持って来ました」

パシン……!

ゴミの散らばる荒れたマンションの通路に、乾いた音が一つ。



◆ ◆ ◆



それだけでは済まなかったのだ。
二度あることは三度あるという言葉もあるが、まさしく三度目の正直を信じる気分で待ち続けたレイは、ラーメン屋に胸を触られ(というか触らせた)、次のピザ屋にまじまじと上から下まで見られ(二度目でも呆然としてしまったのだ)、更にその次には血の気の多かった寿司屋に押し倒され唇を奪われそうになって、そのまた次と次の出前も続けざまにサキエルに片付けさせて、心なしか煤けた背中でへたり込んでしまっていた。

「碇君……」

結局シンジは来なかった。



◆ ◆ ◆



―― そのほぼ同時刻。
大海原を行く艦隊の上にあって、時差の関係まだ真夜中だというのに、甲板から日本の方向にニンマリ笑いが止まらないといった少女の姿があった。

「……うっふっふ、おっほっほ、ほーっほっほっほ……!!」

外洋の強い潮風に乗って、遠くまで良く響く。

「あんたのアホっ面が目に浮かぶわよ。優等生!」

携帯片手に上機嫌。
ちょっと性格の悪そうな勝ち誇りっぷりも見事に、唇の端をひん曲げて吼えるのは真紅の第二適格者、惣流・アスカ・ラングレー。
彼女もやはり、今日という日付を覚えていた逆行者なのであった。
そして勿論、いくら仲が宜しくなかったとは言え、同僚にして色々な意味でのライバルであるファーストチルドレンの自宅を敵情視察に訪問したことはあったし、それで彼女の普段の人の出迎え方くらい知っていたのだ。
後は、その日の話になると覿面うろたえるシンジを脅してすかして鎌を掛けて。
それで漏れ出た僅かの材料だってアスカ様の天才的推理には充分よと、自覚せずとも煮え滾る嫉妬のパワーは偉大だった。
バカシンジとファーストの間に何かあったらしい――
それだけで、邪魔してやるにはアスカ様的に充分なのである。

「さっすがアタシ。その場に居ずにして勝利ってもんよね!」

『ひゅーほほほ……!』と奇怪な笑い声を立てるその姿には、使徒出現の報せを携えて甲板に上ってきた加持リョウジも思わず引いてしまったのだった。




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次回予告

戦え……! 戦え……!!

耳元に囁き続けるその声。
生贄を求めるように共鳴する槍に導かれ、仮面ライダー使徒遣い達のぶつかり合いを目の当たりに。
しかし、モンスター使徒との契約を果たしながら、洞木ヒカリはただ立ち竦むばかりだった。

「私には……無理よ……」

戦いにはとても向かぬ迷える少女に、“声”が、使徒が、選択を迫る。

次回、 仮面ライダーReturner Rei 第六話「決戦、第三新東京市」
戦わなければ生き残れない!