-MODEL- 邂逅


Original text:FOXさん


 その日、少女はとても機嫌がよかった。
 試験明けの午後で天気も最高、お目当ての品……彼女の好みにぴったりで、かつ予算内に収まりそうなもの……が行く先々の店で見つかるのだから当然だろう。
 しかし、それだけが理由ではなかった。

 「ほら、ぐずぐずしない!日が暮れちゃうじゃない」
 「……まだ……行くところ……あるの?」
 消耗しきったその声にはどことなく恨みがましいところがあった。
 「とーぜん。まだ半分しかまわってないもん」
 「ねえ。喉かわいたよ。どこかでジュースでも……」
 「うるさい!」少女はくるりと振り向いた。「碇シンジ!アンタ約束したでしょ?『文句を言わずにアスカ様についていきます』って」
 「そこまでは……」
 「言ったわ。アタシ聞いたもん」ワンピースの腰に彼女は手を当てる。
 「買い物には付き合うって言ったけど……『アスカ様』だなんて……」少年は頬を膨らませた。「だいたい、アスカだってジュースおごってくれるって言ったじゃないか」
 「言ったわ。ちゃんと約束は守るわよ」
 「じゃぁ、そこの喫茶店で」ぱっと喜色を浮かべた少年に彼女はにっこりと微笑んだ。
 「約束は守るわよ。た・だ・し、買い物が終わってから」
 少年の肩ががっくりと落ちた。そのさまにアスカはくすくすと笑ってしまう。
 こんな我が儘を許してくれるのはこの少年だけだということを、彼女は理解していた。
 だけど、
 いや、
 だからこそ、
 彼女はもっと我が儘に振る舞うのだ。

 「ほら、ぐずぐずしない!」少女は紙袋を両手いっぱい抱えた少年の腕を取る。「まだまだ先は長いんだから」
 ぎゅっとしなやかな身体を少年に接近させて、彼に「約束守るから。ね?」と甘やかにささやいて、惣流・アスカ・ラングレーは「荷物持ち」として徴発した幼馴染みの少年、碇シンジを強引に引っ張っていく。

 その日、少女の気分は最高だった。



◆ ◆ ◆



 「ね、渚くん。ここでは……ね。もうやめましょうよ。わたし、恥ずかしくって……」
 「そうですか?でも、もう少しなんですけれどね」
 「で、でも、みんな見てるし……」
 碇ユイは頬を染めて少年にささやく。だが、言われたとおりのポーズは崩さない。
 高級ホテルのオープンカフェで、洒落たテーブルに肘をつき、軽くおとがいを支えた姿勢を。
 「モデルが綺麗だからですよ。ユイさん」
 その姿を横から眺めて鉛筆を走らせている少年はくすくすと笑う。
 「からかわないで……カヲルくん。だってわたし『おばさん』なのよ。それにお店に迷惑だわ」
 「大丈夫みたいですよ。ね?」少年は振り向いた。
 ウエイトレスは真っ赤になってうなずく。
 組んだ脚を下品にならない程度にスカートからのぞかせ、ふんわりとしたシルクのシャツをまとっている成熟した女性モデルと、それの美を十分に引き出しつつあるスケッチブック、そして鉛筆を走らせている渚カヲルの美貌を交互に眺めていた彼女にとって、彼らを追い出すことなどできるわけがないのだった。

 「よかった。続けられそうですよ」
 「……で、でも、早く……してね」
 ユイは引きつった笑顔を浮かべた。周囲のお客が彼女に向ける視線はおおむね好意的なものではあったが、そこにはありありと好奇心がうかがえるのだから。

 碇ユイは思う。
 当然だわ。こんな年の離れた「カップル」なんてあり得ないんですもの。「おばさん」とその息子といってもいい年頃の美少年のカップルなんて。
 その彼に名前で呼ばれ、その指示に唯々諾々と従う女。
 いったいどんな風に見えるのかしら。
 「親戚のコドモを連れ歩いている叔母」なのかしら?
 いいえ。もっと違う見方をしているに違いないわ。
 たとえば「年下の少年を誘惑する女教師」かしら?
 それとも「無邪気なふりをして甥をたらし込む淫乱な叔母」?
 それとも「子供のクラスメイトに欲情する牝」?

 ユイは自分の頬が熱を持ち始めていることを自覚した。
 いや。熱を持っているのは頬だけではない。身体全体が熱をおびつつあった。

 ……誘惑だなんて。違うわ。そうじゃないの。
 ユイは叫びたかった。
 ……そうじゃないの。私は、私は……。

 彼女の脳裏に浮かぶのはその光景。
 渚カヲルに見つめられ、抵抗もできないままずるずると淫獄へ堕ちていくその瞬間。
 貞淑な人妻で、よき母親であるはずの碇ユイが快楽のためなら何でもする女になってしまうその瞬間。

 ……私は、私は……ちがうの。
 ……私は、私は……無理矢理……本当は違うの。あんなことしたく……ないの。

 だが、奈落よりも深いところへ堕ちていく快楽を知ってしまった美夫人は、ある考えにいたって愕然とする。

 ……もし、もし、いま、カヲル……さまに命じられたら?
 ユイの意識は白熱する。

 たとえば……もっと大胆に脚を見せるように、太股までも見せるように言われたら?
 ……きっと、きっと私はその通りにしてしまうわ。太股どころか、えっちなデザインのショーツが見えるくらいまで、それをいやらしく濡らしているのが分かるくらいまでスカートを持ち上げてしまうのよ。

 着ているものを全部……脱ぐように、カヲルさまに命令されたら?
 ああ。とユイの唇から吐息が漏れる。それが周囲に聞こえなかったことが幸運だったと考える余裕はもはや彼女にはない。
 ……もちろん、もちろん従ってしまうわ。カヲルさまに微笑みながらそう言われて、逆らえるオンナなどいないもの。
 周りの驚きと、軽蔑の視線を浴びながら……ああ、それはきっとすごく気持ちいいにちがいないわ……スカートも、ブラウスも、下着も全部脱ぎ捨ててしまうのよ。

 恥ずかしさで気を失いそうになっても、御主人様に言われたとおりに私はポーズを取るにちがいないわ。それがどんなにふしだらなものであっても。

 たとえばこのテーブルの上で股を拡げるように命じられても、その姿勢でお、オナニーを……するように命じられても……きっと、きっと……言われたとおりにしてしまうわ。
 通りの向こうまで聞こえるくらいにあんあん鳴いて、どろどろに煮えたぎったあ、あ、あそこを両手で掻き回してしまうのよ。

 犬みたいに這ってここへおいで。とカヲルさまが自分の膝を指さしたなら、もちろんその通りにするんだわ。
 周りの蔑みの視線を身体中に……恥ずかしいところにも……浴びながら……私は御主人様のところへ手と脚を使って駆け寄って、忠実なペット(事実そうなんですもの!)頬をカヲル様の膝にすり寄せて鼻を鳴らすの。
 そして、そして、「お赦し」が出たらファスナーをお口で下ろして、お、お、おちんちん……を、カヲルさまのおちんちんにご奉仕するのよ。
 みんなの見ている前で。

 だって、だって。
 ユイはうっとりとしたまなざしで、愛しい御主人様を見つめながら心の中でつぶやく。

 私、碇ユイは彼のドレイなのよ。カヲル……さまに身も心も捧げた牝奴隷なのよ。
 アスカちゃんを守るために、自分の身を捧げたんですもの。
 親友のキョウコの愛娘のためなら、どんなイヤらしいこともしますってカヲルさまに約束したんだから。
 シンジと同い年の御主人様のおちんちんが、大好きで大好きでたまらないドレイなんだから。

 ユイは知らず知らずのうちにルージュで飾られた唇を軽く開き、熱い吐息を漏らしはじめてしまう。
 今日のために購入したブラジャーの中で、乳首をかちかちに勃起させてしまう。
 公衆の面前で「ペットのユイ」となることを想像し、ショーツの奥を濡らしてしまう。

 彼女は自身が作り出した淫らな妄想の虜となっていたのだった。
 だからユイは気がつかない。
 今まで彼女が発散していた清楚な雰囲気が不意に妖しく淫らなものに変わってしまったことに。
 周囲の人々がそれに敏感に気づき、ひそひそと会話を交わしていることに。
 そして、渚カヲルがいつの間にか手を止め、彼女を見つめていることに。

 なんども少年から呼ばれてようやく我に返るほど、彼女は「公衆の面前で貶められる碇ユイ」のイメージに溺れてしまっていたのだった。


◆ ◆ ◆



 「ほらぁ。どうしたの?碇シンジ。元気ないわよ」
 少女は喫茶店の出口で振り返るといつものポーズを取った。
 「まだ不満なわけ?ナニいじいじしてるのよ」
 「だってさ」つぶやきかけた少年をアスカは制止した。
 「優しいアスカ様はね、ちゃんと約束を守ってあげただけでなく暑さでへばってたアンタのために、予定を繰り上げて喫茶店に寄ってあげたのよ。感謝なさい」
 「約束って……約束って……」
 「なに?その目は?碇シンジ君はなにか言いたいことがあるのかな?」
 「あのね、確かにジュースはアスカのおごりだったよ」シンジはさすがに我慢できなくなったらしい。「でもさ、ケーキセットの代金が僕持ちっておかしくない?ジュースの倍以上してたじゃないか」
 「……シンジぃ」アスカははぁっと溜息をついた。「男なんだから細かいことを気にしないの。分かった?」
 「そ、そういう問題じゃ」
 「そういう問題なの。次いくわよ。予定押してるんだから」
 シンジの必死の抵抗を少女は簡単に粉砕すると、くるりと背を向けて歩き始める。
 「ったく、アスカって……ワガママで、問答無用で、勝手で、ぜんぜん素直じゃなくて……」
 ぶつぶつ言いつつ少年がそのあとに続いた。

 だけどね、シンジ。
 少年の声を背中で聞きながらアスカはくすくすと笑う。
 アンタだって……そうじゃない。
 アンタがそんなにぶつぶつ言える女の子って、アタシ以外にはいないくせに。
 まぁ、他のヤツにそんなこと絶対言わせないんだけれど。
 だいたい、ケータイのメモリに入っている女の子の番号なんて、アタシくらいでしょ?
 本当に嫌いな相手なら「電話してよね」って言われても電話しないでしょ?
 アンタが愚痴を言える相手なんて、あの相田と鈴原以外にアタシくらいしかいないくせに。
 ……ったく、スナオじゃないんだから。

 惣流・アスカ・ラングレーはいま、少女としての幸福を噛みしめていた。



◆ ◆ ◆



 「見た?あのモデルの女のひとのカオ」
 「見た。エロい顔してたわねー」
 「え?なに?なんのこと?」

 個室のドア越しに聞こえてくる声が届かないよう、ユイは耳をふさごうとする。
 しかしそれはできない。
 彼女の両手はその意志とは無関係にどろどろに煮えたぎった秘所を掻き回していたのだから。
 止めることなどできなかった。
 渚カヲルのスケッチのモデルとなっていた碇ユイ、「いとしい御主人様」に見つめられているあいだ、自分が雌奴隷として淫らな行為を命じられる妄想にすっかり溺れてしまった彼女は、スケッチが終わると同時にこの、大理石がふんだんに使われたトイレに駆け込んだのだった。
 そして、便座に腰掛けると震える手で染みが付いたショーツを引き下ろしてオナニーに没頭し始めたのだ。
 それがどんなに異常で破廉恥な行為であるかを理解しつつも、それを止めることなどできなかった。
 ひくつく花弁に指が触れただけで身を震わせて絶頂に至ってしまったのだから。
 彼女ができたのは理性が快感で蒸発する前に、ポシェットから取り出したハンカチを噛みしめることだけだった。
 だがそれは、彼女がもはや貞淑な人妻としての常識が消え失せてしまった証拠なのかもしれない。
 ルージュを塗ったその唇に上品な刺繍が施されたそれをくわえたそのとき、碇ユイはこれで好きなだけ自慰ができると安堵してしまったのだから。

 だから碇ユイは自らの指による絶頂に身を震わせながら、ドア越しに語られる会話を聞かされることになる。
 あのオープンカフェの客だったらしいOLふたりと、あとからやってきたらしい友人とが「すごく綺麗で絵の巧い男の子とその連れの女性モデル」について語る興味本位な会話に、心を高ぶらせてしまうのだ。

 「……そうなの。あたしも見たかったなぁ。そのモデルのひと」
 「美人だけど、ぜったい三十越えてるよね。でも……一〇〇%出来てる。あの男の子と」
 ……ああ。みんな、みんな分かっていたのね……。
 ユイの心拍が速くなる。花心からしたたる蜜の量がさらに増えた。
 「きっとヌードとかいっぱい描かせてるのよ」
 「そうそう、そんな感じだった」
 「で、そのあと、いやらしいポーズをとって男の子をゆーわくして」
 「うわ、あんたのその考え、やらしすぎ」
 「でも、そう思ったでしょ?」
 「……うん」

 きゃあきゃあと少女のような歓声にユイは涙をこぼしてしまう。
 ……違うの。わたしは、わたしは変えられてしまったの。カヲル……さま……が……無理……矢……理……に。

 「見てみたかったなぁ」
 「ついさっきまでいたのにね」
 「スケッチが終わると同時に慌ててホテルの建物に入っていったから……」あっと声をあげる。「ひょっとして、トイレ?」
 「……もしかして、ここにいるとか」
 「ね?あれ見て!あれ、使用中じゃない?」
 「うそぉ。でも、一番近いのってココ……だよね?」
 OLたちの声が急に低くなる。
 「!!!」ユイは身を固くする。
 OLたちは声を潜めてはいたが、しかしその声はとても楽しげで、同時に残酷な好奇心に満ちあふれていることがユイにも分かった。
 「……出てくるまで待ってようか?」
 ユイは気が遠くなる。
 もし個室でオナニーに耽っていることが知られたら……。
 ユイは身震いした。だがそれは、恐怖や屈辱によるものではない。
 美しい人妻は、そう考えただけで絶頂に達してしまったのだった。
 その事実が碇ユイをさらに絶望させる。

 ……わたし、わたし、こんな女じゃなかったのに……。
 こんなヘンタイなんかじゃなかったのに……。

 扉の外の気配をひしひしと感じながら、ユイはなんとか自慰をやめようとする。
 しかし、それはできないのだ。
 綺麗にマニキュアが塗られたその指は、まるで別の生き物のように彼女の意志に逆らって、でも彼女の密やかな欲望通りにうごめいてしまうのだ。

 ……わたしはもう、戻れないのだ。
 ユイは絶望とともに理解した。
 ……きっとあのときから。カヲルさまに犯されたときに、わたしは別の碇ユイに変わってしまったのだ。
 しかし同時に、彼女は理解している。
 悪夢であるはずのその記憶が、彼女にとってはもはや甘い思い出となっていることを。



◆ ◆ ◆



 そう。それは悪夢だった。

 「い、いや!お願い!お願い!お願いだから助けて!」
 碇ユイは泣き叫んでいた。
 フローリングの床に両膝と両手をついた姿勢で。
 「どうしたんです?ユイさん」
 少年はソファーに腰掛けたまま輝くような笑みを浮かべる。
 ここは渚カヲルの「アトリエ」。
 碇家のキッチンでさらさらと描かれたデッサンに驚嘆した碇ユイが少年に頼まれて訪れ、やや硬い笑みを浮かべてポーズを取っていた場所だった。
 初めて訪れたこの場所で、ジーンズに八分袖のざっくりとしたセーターという活動的で、かつフェミニンな組み合わせで渚カヲルのモデルをつとめた人妻の瞳は、恐怖のあまり見開かれていた。

 なぜなら、彼女は立ち上がることができないのだった。
 渚カヲルが「ユイさんのそのおしりが魅力的に見えるポーズを取ってほしいな。そう、犬みたいな姿勢がいいな」と言ったとたん、彼女の脚はぐにゃりと力を失い床に膝をついてしまったのだ。
 驚きの声をあげるひまもなく塵一つないフローリングに両手をおろし、ゆっくりと下半身を持ち上げてしまったのだ。
 そして、全身の力を振り絞っても、犬のようにフローリングの上で四つん這いになった姿勢を変えられないことを知ってしまったのだった。

 これは悪い冗談にちがいないわ。ユイはそう考えようとした。こわばった、当惑した笑顔を息子の同級生に向け、自分に掛けた「催眠術」を解くように頼むまでは。
 それに対する少年の答えが返ってくるまでは。
 渚カヲルはこう言ったのだ。
 「スケッチしているあいだ、ずっと思っていたんですよ。ユイさんを犬の姿勢で犯してあげたらどんなに素敵な声を出すのかなって」

 ユイは愕然としつつも毅然とした態度で少年を叱る。
 女性に対してそのような物言いは無礼なだけではなく、自分自身を貶めるものであること。
 相手の自由を奪って暴行しても、そのようなことで女性を支配できるなど手前勝手な妄想にすぎないと。
 そして続ける。いま彼女を自由にすればこの件については不問に付すると。

 しかし、渚カヲルはユイの言葉を完全に黙殺する。
 彼はソファーに腰掛け、罠に捕らわれた哀れな人妻を冷笑を浮かべたまま観察するのだった。
 柳眉をきりりと逆立てた同級生の美しい母親の表情が、不安と恐怖に再び彩られ、少年に媚びと怒りがないまぜになった口調で開放を要求するさまを。
 しだいに言葉が少なくなり、その代わりに嗚咽が漏れ始めてしまうそのさまを。
 叫び声を上げつつ、なんとか自由になろうと全身の筋肉を緊張させて抵抗するそのさまを。
 ユイのすべての努力が無駄に終わり、涙をためた瞳で少年を見上げてしまうその表情を。

 少年は立ち上がるとユイのすぐ横に膝をつき、恐怖に震える彼女の背中に手を回して抱きしめる。しかしその仕草はどう見ても少年のものではない。
 「イヤ、だめ、だめ、放し……て!」
 「なにをです?ユイさん」
 「あ……あっ!や、や、いやぁ……な……ぜ……」感電したかのように彼女は身体を痙攣させた。
 「とても抱き心地がいいですね。ユイさんって」
 背中から回された渚カヲルの指が、細くしなやかな「芸術家の指」が彼女の胸をセーター越しにもてあそんでいた。
 「ひっ……あぁぁぁ」
 柔らかな膨らみをそっと持ち上げられ、そしてやわやわと揉みしだかれた。それだけで碇ユイの全身を電撃のように快楽が突き抜けてしまうのだ。
 「……どうし……て……どうして……ひぁぁぁっ!」
 彼女の背中が反り返る。カヲルがもう片方の手で太股に触れたのだった。硬い生地越しにそっと指が進む刺激だけでユイは気が遠くなってしまう。

 少年がその若い躰を密着させた。耳元でささやく。
 「柔らかくて、とてもいい匂いがするんですね。ほんと、ずっとこうして抱きしめていたいくらいですよ」
 その言葉だけでユイは体温が上がってしまっていることを自覚する。
 自分の感情……恐怖と怒りと屈辱……が途方もない質量をもった「幸福感」に押しつぶされそうになっていることに気づいて慄然としてしまう。
 しかしそのあいだにもカヲルの指は彼女を変えてゆくのだ。

 「それなりに『配慮』されてのコーディネートだったんでしょ?」
 その指はサマーセーターの裾からするりと侵入し、滑らかな肌にさわさわと指先を走らせて、彼女に美しいソプラノを歌わせる。
 「あまり女らしい姿だと、息子の友人にやましい気持ちにさせてしまうかも。って思ったんでしょ?」
 その指はゆっくりと進み、やがてブラジャーの中へ侵入すると硬く大きくしこった乳首をこりこりと、まるでダイヤルを回すかのようにいじってユイを甘く悲痛な声で泣き叫ばせる。
 「そういう賢い女の人って大好きですよ。だけど、そんなユイさんも、ジーンズ姿の後ろ姿が取っても魅力的なことに気が付かなかったみたいだね」
 その指はスリムな腰回りから急激にボリュームが増すヒップをジーンズ越しに何度も往復し、碇ユイに自分がどんなにいやらしい躯をしているのかを自覚させた。
 彼女は涙をこぼしつつ、熱い吐息を漏らしつつ、変わっていくのだった。

 一時間が経った。
 「そうですか。ご主人とは三ヶ月もされてないんですか。ずいぶん我慢強いんですね。ユイさんは」
 碇ユイはぽろぽろと涙をこぼす。
 彼女はまたしても秘密を保つことが出来なかったのだ。
 息子の同級生である渚カヲル、彼が耳元で囁く破廉恥な問いに彼女はまたしても答えてしまったのだ。
 少年の「ご主人と『せっくす』されたのはいつですか?」という問いなど無視して当然だったのに、耳元で「さぁユイ。こたえるんだよ」と甘く優しいくせにどこか空虚な響きをもつ声でささやかれ、まだみずみずしさと張りを失わない乳房をたぷたぷと揉まれるとなぜか抵抗できなくなってしまうのだ。
 そしてかちかちに勃起しきった双丘の頂上をぎりぎりと摘まれて、その先端を爪でコリコリされるとユイの抵抗もあっというまに霧散してしまうのだ。
 だから、ユイは普通なら耳も傾けない質問へ正直に素直に返事をしてしまうのだ。

 「……ユイさんが『欲しくなったとき』はどういう風におねだりするんですか?」
 「……オナニーするときはどんな風にしていますか?」
 「……ユイさんが好きな体位はなにですか?」

 これらすべての卑劣な問いに、ユイは涙を流しつつ真実を教えてしまう。
 質問に答えるたびに、思考が白熱していくのが自分でも分かった。
 自分の唇が恥知らずな答えを紡ぎ出すたびに、渚カヲルという少年の存在が大きくなっていくことがユイには分かる。
 しかし、十四歳の少年に一時間以上ものあいだ巧みに全身を愛撫され、牝の本能に火を付けられてしまった彼女には、その質問は不快なものとは感じられなくなっているのだった。

 だから、背後に回ったカヲルがユイのきゅっと締まったウエストを掴み、まるで重さなどないように簡単に彼女の身体を持ち上げると、ユイは「やめて、やめて、お願いだから……」とつぶやきつつもうっとりと瞳を閉じてしまう。
 だから、膝を伸ばした「本当の犬の姿勢」を取らされ、大きく開脚したユイの美臀に少年が下腹部を押し当てたとき、彼女は「許して、こんなこと、こんなことしないで!」と絶叫しつつもジーンズと制服の布地越しでもその存在を感じられる硬く熱い塊に、オンナの部分を押しつけてしまったのだ。
 あまつさえもそのカタチを味わうかのようにゆっくりと腰をグラインドさせてしまったのだ。
 「助けて。誰か、だれか、たすけて……」とつぶやきながら。

 しかし、彼女にも分かっていた。
 助けなど絶対に来ないことを。
 自分が叫び続けている理由はただ一つ、そうしていないと「コドモに犯される碇ユイ」でいることができないからだった。
 叫んでいないと「可哀想な犠牲者」でいられなくなっているからだった。

 そう。分かっていたのだった。

 だから彼女は、コドモにジーンズを剥ぎ取られ、発情した牝の汁をたっぷり含んだショーツをゆっくりと下ろされるときには逆に歯を食いしばっていたのだ。
 成熟した白い尻を高々と差し出す姿勢を強制され、ずぶずぶと緩慢に貫かれたときにも、唇を噛みしめて声を上げまいと必死で努力していたのだ。
 渚カヲルが極太のペニスをユイの秘所になかばまで埋め込み、あえてそこで動きを止めて彼女の柔らかで熱い襞の感覚を楽しみ、絶賛したときも涙をこぼしながら反駁しなかったのだ。

 なぜなら、「さぁ、ユイ。いくよ」と渚カヲルが呼びかけるやいなや巧みな腰遣いでペニスを根元まで沈めたとたん、碇ユイは「いやぁぁっ!良すぎて駄目になるぅぅっ!素敵すぎて壊れちゃう!」と絶叫してしまったからだった。

 そう、分かっていたのだ。
 この美しい少年に子宮の奥を突かれてしまえば、もはや虜になるしかないことを。
 奥深くまで貫かれたあとゆるゆると引き出されたシャフトが再び粘膜をゴリゴリこすりながら侵入すると魂の奥底から歓びに震えてしまうことを。

 「いやぁぁっ!いいのぉぉっ!素敵すぎるの!きもちいいのぉぉ……」
 渚カヲルに容赦なく腰を使われて、碇ユイは泣きむせんでいた。
 ぱんぱんと腰を叩きつけられ、ぐりぐりとこね回され、粘液の音をたてながら引き抜かれて媚襞をこすられて、彼女は恥ずかしい叫びをあげ続けていた。
 「じゃ、ベッドに行きましょうか」少年が彼女の細い腰を掴み、ずん、と押しやった。
 「ひぁっ!だめぇ!乱暴にしないで」子宮を突かれてユイの理性は蒸発する。艶やかな声を上げて四肢が力を失った。
 しかしカヲルは腰を連結させたまま巧みに彼女をベッドへと四つん這いのまま進めていくのだ。
 なんども、なんども、その美夫人に屈辱的な絶頂を味わわせながら。

 「こんなこと……こんなに……うそよ……どうして……あたし……気持ちいいの?」
 白いシーツの上で、碇ユイは屈辱と歓喜に震え、泣いている。
 もちろん後ろから少年に貫かれた姿勢のままで。
 スプリングをぎしぎしさせながら揺れる彼女の前には鏡が置かれ、ユイは美しい少年に犯されてよがり泣くその表情を見せつけられていた。
 顔をそむけようとしても、カヲルはそれを許さない。
 髪の毛を掴んで抵抗を封じ、甘い言葉をかけてじっくりと観察させるのだ。
 理性もプライドも、常識も抜け落ち、シーツにだらしなく涎をこぼす唇から、年端もいかないコドモに犯される歓びを美しいソプラノで唱う牝の表情を。
 自分でも秘かに意識するそのノーブルな美貌が恥ずかしく屈辱的な「イキ顔」へと変化し、弛緩するさまを。
 絶頂を迎えても安息を許してもらえずに、さらに残酷にも未体験の高みへと連れて行かれ、彼女が自分自身でなくなっていくそのさまを。

 「あなた!あなたっ!御免なさい!許して、あなた……許して」
 その瞳にどろりとした光をたたえつつ、碇ユイはつぶやいていた。
 しかしやがてその声も渚カヲルの名前を連呼するものに変わっていく。

 その日、碇ユイは二十回もの絶頂を迎えたのだった。



◆ ◆ ◆



 「どしたの?」
 買い物をほぼ終え、意気揚々と歩いていたアスカは、いつのまにか背後の気配が遠ざかっていることに気づき振り返る。
 「シンジ?」
 十メートルほど離れた路地に彼はいた。
 両手に紙袋を提げ、傾いた夕日に照らされて一点を見つめていた。
 「……シンジ?」
 不安に駆られて駆け寄る。まだ熱い大気に揺らめく少年は、なぜかふと消えてしまいそうに彼女には思えたから。
 「ちょっと、どうしたの?」
 彼は答えない。ただ一点を見つめていた。
 「もう、しっかりしなさいよ。バカシン……」肩を掴もうとしたアスカは息を呑む。
 なぜなら少年の視線の先にあるそれを見てしまったから。
 灼けたアスファルトの上にたたずむそれを見てしまったから。

 それは少女だった。
 それはアルビノの、シルバープラチナの髪をシャギーにした美しい少女だった。
 それはアスカやシンジのよく知る制服を、彼らの通う学校のそれを身につけていたが、そのような人物を二人は知らなかった。
 知らないはずだった。
 しかし、アスカはその声を聞く。
 碇シンジの口から少女の名が漏れるのを。
 そして彼女も知っていた。少年がつぶやいたそれが「間違いなく」その少女の名前であることを。
 「……レイ」アスカがそうつぶやいたとき、少女は二人の方を向いた。
 彼女は紅の瞳をしていた。
 彼女はうすく微笑んでいた。

 そして、忽然と消え失せる。
 路地には惣流・アスカ・ラングレーと碇シンジだけが取り残された。



◆ ◆ ◆



 個室の中で両脚をぴんと伸ばし、つまさきを痙攣させながら碇ユイはオーガズムを迎えていた。
 自らの指による刺激と、壁越しに聞こえる彼女についての淫らなうわさ話と、そして過去の悪夢によって、ユイはどうしようもないほど高ぶってしまっていた。
 だから、ロックしていたはずの扉がいつしか開けられ、目の前に誰かが立っていることに気が付かない。
 「ちょっと目を離すとこうなんだから。浅ましいね。ユイは」
 そう声をかけられるまで気が付かなかったのだ。

 「カヲル……さま?」
 驚愕のあまり心臓が止まりそうになる。しかしそれでも、彼女はオナニーを続けてしまうのだ。
 「見られて気持ちよくなっちゃったんだね?ユイ」
 「あ、ああ、違うの。違うの。そうじゃなくって!あああっ!」ユイの背中が反り返った。
 「すっかりヘンタイだね。ユイ」
 「ああ、違うの……」彼女は泣きじゃくる。あまりに屈辱的だった。
 「いいんだよ。ユイ」しかし彼女の御主人様の声はあくまでも優しく、穏やかだった。「ユイはえっちな牝犬なんだから、我慢できなくって当然だよ」
 「そんな、ひどい……」
 「どうして?」腰をかがめたカヲルにちゅっと唇を吸われると、彼女の抵抗はあっというまに消え失せる。半開きにした唇の中に舌が侵入し、ユイの口腔を蹂躙し始めるとまた腰をもぞもぞと動かしてしまうほどだった。
 そっと頬を撫でられる。幸福のあまりユイは泣きじゃくっていた。
 首に黒いカラーが巻かれても、ユイはうっとりと瞳を閉じたままだ。
 「じゃぁ行こうか。ユイ」
 ぐいとリードが引かれた。ショーツを足首に絡ませたままよろよろと立ち上がる。
 「あ、あの、カヲルさま、わたし、その……あの」
 幼い子供のように声を詰まらせながら、全身で彼女はおねだりをする。その視線をカヲルの下半身から外せないまま。
 「あ、あの、わたし……その、欲しいんです。その、お、おちん……ちんが。ご、ご主人さまのもの……が」
 はっきり分かるほど染みが入ってしまったスカートを胸まで持ち上げ、べったりと濡れたアンダーヘヤーをあらわにする。くるりと背を向けて腰を突き出し「ください」のポーズをなんのためらいもなく取ってしまう。
 「ほんと、淫乱なペットだねぇ」カヲルに苦笑されても、ユイはお尻を振って御主人様へのおねだりを止められない。
 振り返って瞳を見開き哀訴する。「あの、あのっ、せめて、せめてお口で、お口でさせてください!もう我慢できないんです!御主人様のことで頭の中がいっぱいなんです!御主人様のことしか考えられないんです!」
 「僕ではなくて、僕のペニスのことしか考えられないんでしょ?ドレイのユイは」
 「……ああ……」ユイは吐息を漏らす。
 自分自身の意志で、息子と同い年の少年のペニスを乞い願ってしまうなんて。ああ、ひくひくしてるのが分かるわ。いやらしい汁が垂れているのも分かる。わたし、私……。
 「ここじゃだめ」
 悪戯っぽく言われて再びぐいとリードが引かれた。脚をもつれさせて少年の胸にもたれかかる。
 「あ……」全身が震えた。それだけで甘美すぎるエクスタシーがユイを襲う。
 「さ、行こう。ユイ。外はもう大丈夫だよ。OLのお姉さんたちはもういない。ユイのえっちな雰囲気に影響されてたから、男子トイレで発散したら?って提案したんだ」
 言葉を途中で切った少年は首をかしげ、笑みがさらに大きくなった。
 「ふーん。協力してくれる人が出てきたみたいだね」
 壁越しにかすかなうめき声とリズミカルに肉体が打ち付けられる複数の音が聞こえてきた。

 ……ああ、あのひとたち、カヲルさまに支配されて男子トイレでオナニーさせられたんだわ。
 ……そして、偶然入ってきた男の人に見つかって……そのまま……。

 下腹部の奥がうずいていることを、碇ユイはもはや否定できない。
 「さ、行くよ」
 リードが再び引かれたとき、彼女は頬を染めてうなずいてしまう。
 期待に胸を震わせ、何度も何度もうなずいてしまう。
 少年の指がスカートのホックを外した。
 衣擦れの音とともにスカートが落ち、碇ユイの白い下半身があらわになる。
 「……カヲルさま……」感極まった吐息を彼女は漏らした。



◆ ◆ ◆



 「やぁ」と声をかけられて、二人は立ち止まり、ぎょっとして振り返る。
 公園のベンチには渚カヲルが不可思議な、同時に魅力的な笑みを浮かべて腰掛けていた。
 「……や、やぁ……カヲル君」シンジがぎくしゃくと応えた。アスカは黙ったままだった。
 「デートかい?」
 「そ、その……」
 「買い物よ。買い物」シンジの言葉を遮ったのはアスカだった。しかしその頬は公園の青白い街灯でもそれと分かるほど赤くなっていた。
 「こんな時間まで?」
 「そ、そうよ。アタシの服を買いに行ってたの。コレは荷物持ち。思ったより時間かかっちゃって。ね、ねぇ?シンジ?」
 うわずった声と脇腹を肘でつつかれて、少年はがくがくとうなずいた。
 「ふーん」カヲルは微笑する。「てっきり僕は、シンジ君と惣流さんがデートの帰りで、植え込みに隠れたベンチでキスしているものだと思っていたよ」
 「な、なななな……なにを!」
 「カヲル君!」
 少年と少女の声は見事なまでにそろっていた。

 ……ど、どうして、どうして。見られてたの?
 惣流・アスカ・ラングレーは彼女らしくなくパニックに陥っていた。
 ……このあいだ、その……シンジに……あげてから……キスもしてなかったから、近道して公園を通ったときについ、「ね、キスしよ」って言っちゃって、それから、その、気が付いたらオトナのキスになっちゃって……そ、そそその……なぜバレたのよ?
 「ええと、その、その、それはそうとして、渚カヲルはココでなにをしてるわけ?」
 美少年は肩をすくめてから言った。
 「散歩だよ。預かっている犬の散歩」
 カヲルはリードを引いた。

 「へぇー。女の子なんだ。あ、可愛い!」アスカははしゃぎ、カヲルが連れてきた大型犬の毛並みの感覚を楽しんでいた。
 「もう十分オトナだけどね。コドモもいるんだよ」
 「ふーん。だからおとなしいのかな」
 「ちゃんと躾をしてあるからね」
 「そうなんだ」ぎゅっとアスカは大型犬を抱きしめて目を細めた。「ちょっと恥ずかしがり屋さんかな?あっ、逃げないでよ」
 くんくん鼻を鳴らし、身をよじらせる犬をさらに強く抱きしめ、首筋や脇腹を掻いてやる。
 それはとても美しい光景だった。
 人目を引かずにいられない美少女が街灯のスポットライトに照らされて、無邪気な笑みを振りまきながら美しい毛並みの大型犬と戯れているその光景は、(その美少女の本性について、過剰なほどに身にしみて知っている)碇シンジでさえ見とれてしまうほどだった。
 だが、なぜか違和感を感じてしまうのだ。
 惣流・アスカ・ラングレーにではなく、彼女に抱かれている犬になにか奇妙なものを感じてしまうのだ。
 まっすぐそれを見たときは、それは間違いなく「犬」だとシンジにも分かるのだ。しかし視線をそらしたり、ピントがずれたりすると、それは犬ではなく別のなにかに、碇シンジがとてもよく知っているなにかに感じられてしまうのだ。
 「どしたの?シンジ」アスカが少年を見上げる。しかし、シンジはじっと犬を見つめている。
 「……母さん?」ぽつりと少年がつぶやいた。



◆ ◆ ◆



 「ああ……ああ……こんな、こんなこと……」
 「不思議だねぇ。彼は気づいたみたいだよ」渚カヲルはユイの頭をそっと撫でてやる。
 さっきアスカの目の前で散歩に連れた「犬」をそうしていたように、さっきアスカの目の前でそうした場所で。
 碇ユイは紅潮した頬を少年の太股に乗せ、愛撫を受け入れていた。
 彼女は首輪とハイヒール以外、その身になにも付けていなかった。
 磁器のような裸身を人工灯にさらし、先ほどと同じ姿勢で……文字通り犬の姿勢で……太股のあいだをぬるぬるした液体で濡らしながら、むっちりとした美尻を振りながら泣いていた。
 しかし、ときおりその横を通る誰もその光景を異常なものとは認識しないのだった。
 通行人の目には、美しい少年が毛並みの美しい大型犬と戯れているようにしか映らないのだった。 人々には、それが微笑ましい光景としか見えないのだった。

 しかし、碇ユイにとってはそうではない。
 「どうでした?シンジ君の前でアスカちゃんに愛撫してもらうのは?」
 ぶるぶると彼女は全身を震わせた。背徳感と快楽が彼女の脳を完全に支配していた。
 アスカに優しい声をかけられながら裸体を撫で回されたあの感覚。
 息子の前で女芯をどろどろに濡らし、肉豆を硬くしてしまったあの快楽。
 返事の代わりにユイは鼻を鳴らして熱い頬を少年の太股に擦りつける。舌を伸ばして掌を舐めた。
 ……自分は本当に牝犬になってしまったのだ。
 ユイは哀しく結論した。
 首輪を付けられて、ハダカのままで歩き回されて。でもこんな姿でいても、誰も不自然には思わないのだから。
 躯を触れられると……それがこどもでも、女でも、老人でも……すごく嬉しくなって、そして気持ちよくなってしまうのだから。
 もう、カヲルさましかいないのだ。
 ユイは確信してしまう。
 わたしが何なのかを決めるのはカヲルさまなのだ。
 カヲルさまがそうおっしゃるなら、わたしは牝犬なのだ。
 清楚だけれど、どこか妖しい魅力を持つモデルにも、人前で恥知らずな行為を大喜びで演ずる破廉恥な痴女にもなるのだ。
 おくちも、お尻も、おっぱいも、アソコも好きなように使っていただく奴隷となるのだ。
 カヲルさまがそうおっしゃれば、「ゲスト」のかたがたの接待奴隷にもなるのだ。
 それは悲惨であると同時に、甘美な決意でもあった。

 しかし、彼女の決意は少年の言葉によりはやくも試練にさらされる。
 くすくす笑いながら渚カヲルは公園の奥を指さしたのだ。
 「ね、あそこにたむろしてる野良犬に種付けしてもらおうか?」
 ユイは蒼白になった。そこにいるのは文字通り、薄汚い毛皮をした、飢えた野良犬だったからだ。
 彼女はぶるぶると首を振る。涙をためた瞳で御主人様を仰ぎ見る。
 「どうしたの?ユイ、セックスしたくてたまらないんだろ?」カヲルの言葉は穏やかだったが、その目は冷酷だった。
 「さ、犯してもらおうね。コブつきのオチンチンで」
 ……おねがい、そんなの、そんなの許して。お願いです。どうか……。
 しかし、泣きながら赦しを請おうとする。しかし、その桜色の唇からはどうしても言葉が出ないのだ。
 「知ってる?犬のオチンチンってゆっくり、ゆっくり精液を出すらしいよ。二〇分も三〇分もかけて、そのあいだずーっとユイの中からコブつきのオチンチンが抜けないんだよ」
 耳元で囁かれ、彼女の中にイメージがわき上がる。

 犬にのしかかられ、甘泣きしながら貫かれるその姿が。
 結合されたままくるりと背を向けた犬に、時間をかけて熱い精液を注がれていく姿が。

 リードが引かれ、よろめきながら立ち上がる。もはやユイにはその姿勢が不自然なものであるように感じられた。
 しかし、その足は止まる。
 彼女を連れて行くべき渚カヲルが立ち止まったからだった。
 彼女は見る。
 渚カヲルが見るその先を。

 そこには一人の少女がたたずんでいた。
 アルビノの、紅の瞳をもつ美しい少女が。



◆ ◆ ◆



 「驚いたよ。君も来たのか」
 渚カヲルは笑顔で呼びかけた。けれどもその声はいままでユイが聞いたことがないほど緊張していた。
 「貴方が存在すれば、世界は私を呼び出すの。貴方を、滅ぼすために」
 プラチナブロンドの少女は静かに言った。
 「その世界の努力はなかなか実らないようだね。何回失敗した?」
 「数え切れないほど。そのすべての記憶を、私は持っている」
 「それでも僕に刃向かうと?」
 「そうよ」少女は一歩踏み出した。「それがさだめだから」
 「仕方ないね」カヲルが気取ったポーズで指を鳴らす。
 ユイが息を呑む。少女の周囲に闇が凝固し、それが人の形を取ったのだ。
 ひとつ、ふたつ……そしてそれは二〇を数えた。
 ぐるりと小柄な少女を取り囲む。それらは、どういうつもりか黒いスーツを身にまとい、レイバンを装着していた。
 「れ……い」ユイがつぶやく。動悸が速くなる。ユイは少女と初めて出会ったにもかかわらず、その名を知っていることを不思議に思わなかった。
 《黒の男》たちが一歩包囲を縮める。スーツの内ポケットへ無造作に手をつっこんだ。
 「レイ!逃げて!逃げなさい!」ユイが叫ぶ。この瞬間、碇ユイはカヲルの支配を完全に脱していた。
 彼ら全員の手に拳銃が現れる。

 銃声が鳴り響く。
 それも一度ではない。彼らはマガジンが空になるまで撃ち続けたのだった。
 目をつぶるユイ。薬莢の転がる澄んだ音。
 《黒の男》たちの言葉のないどよめき。
 「なるほど……十分力を蓄えていた……か」カヲルの自嘲的な声。
 ユイは目を開き、驚愕する。

 少女の周囲には正八角形の光の盾があった。
 《黒の男》たちが放った弾丸はすべてその盾に遮られ、空中で停止していた。
 少女は、レイはかざしていた掌を下へ向ける。澄んだ音とともに九ミリの弾丸が路上にすべて落ちた。
 そのまま少女は掌を上へ向け、指を曲げてカヲルを差し招く。
 「おやおや」カヲルは呆れたようだった。「ずいぶんと派手な演出だね。レイ」
 「古い……映画を見たの。この街に来てすぐに」レイは無表情のままだった。「渚カヲル、そのひとを開放なさい。それから、消えなさい」

 レイの言葉が終わるか終わらないかのうちに、男達が殺到する。華奢なその肉体を問答無用で押さえつけ、叩きのめそうとする。
 もちろん、そうはならない。
 包囲の一角が弾けるように突き崩され、殺到したときと同じ速度で数人の《黒の男》が宙を舞い、ベンチに叩きつけられた。そのすぐあとからプラチナブロンドの少女が低い姿勢で飛びだし、地面を二度ほど転がって優雅に立ち上がる。
 左手でスカートの乱れを直しつつ右手を伸ばし、なにかをつぶやいた。
 風が吹いた。
 光のリボンが現れて渦を巻く。
 リボンは二つ折れになると瞬時に捻れ合い、奇妙な二股の槍となる。
 無造作になぎ払う。
 果敢に、あるいは無謀にレイへ殺到した《黒の男》が三人まとめて文字通りまっぷたつになった。
 青い炎を上げて消失する。
 ナイフの刃が光をきらめかせて少女に迫った。
 右からの攻撃は軽くスウェイしてかわし、背後の刃は槍でさばく。槍はそれ自身が意志を持つかのように動き、男達の武器を両断した。
 なおも肉薄する男には強烈な蹴りが見舞われる。
 槍を地面に突き立てて支えにし、両脚から放たれたそれの威力は少女の体重や体格とは無関係だった。
 《黒の男》は軽々と吹き飛び、動かなくなる。

 乱戦は三〇秒ほどで終了した。
 青白い街灯に照らされて立っているのは碇ユイと渚カヲル、そして少女レイだけだった。
 「そのひとを開放して」レイがさっきの言葉を繰り返す。
 返事は雷撃だった。空間に突然現れた光球から数条の雷がほとばしり、少女に突き刺さった。
 「光の盾」が瞬時に展開するも彼女はよろめき、膝をついた。
 さらに数回もの雷撃。レイは声にならない悲鳴をあげた。
 「月齢十一か。このあたりが君の限界というわけだね。まったく驚きだよ。この段階で『槍』が使えるとは」カヲルは溜め息をついた。
 「これから私は強くなるの」レイが槍を杖にして立ち上がる。
 「だからいまのうちに消えろ、と?冗談じゃないね」カヲルは哄笑した。「こんなに素敵な牝犬と愛らしい中学生奴隷がいるんだよ。それに、素敵な友人もね。こんな生活、やめられないよ」
 レイが槍を振るった。カヲルはユイを突き飛ばして宙に舞い、十数メートル離れた場所に着地する。
 槍を構える少女にカヲルは言いはなった。
 「レイ、君は勝てない。絶対にね。君が力を付けるためには、この世界とに親和性を高めなければならないが、それは同時に君の存在を変化させるということなのだから」
 「うるさいわ、貴方」
 「真実から目をそむけてはだめだよ。レイ。じゃぁ、また明日」カヲルは微笑み、そして消えた。

 あとには意識を失った碇ユイと、レイだけが青白い人工灯と太り気味の半月の光に照らされている。



◆ ◆ ◆



 「ただいまー」
 「あの、おじゃましますー」
 少年少女のささやき声とともに、マンションの扉がそっと開けられた。
 「だいたいどうして、荷物を僕の家に置こうとするんだよ」
 「だって、あした家政婦さんが来るから、そのときに見つかったらまずいのよ。こんなに買い物したことママに知れたら、きっと出張先から飛んでくるもん」
 「だからって……」
 碇家の玄関で碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーは先ほどからのやりとりを小声で繰り返していた。
 「お願い。迷惑かけないから」アスカが拝むふりをするのに彼は溜め息をついた。
 強気の態度と甘い声でいつも少女はワガママを通していたが、ここ数日になって「キス」と「キス以上のもの」で少年を籠絡するようになったのだ。
 ……なんだかもう、僕ってアスカの言いなりなんだよな。
 そうは思うものの、なぜかそれは彼にとって誇らしい感情を引き起こすのだった。
 「じゃ、僕の部屋にその袋置こう」
 「らっきー。ありがとう!シンジさま」アスカは目を輝かせた。同時にその瞳が猫のようにきらめいた。「じゃさ、シンジの部屋で……その……キスの続き……しても」
 「いいの?」
 うわずった彼に真っ赤になってアスカはうなずく。
 慌てて靴を脱ぐ少年、だが、玄関に靴が二足置かれていることに気が付いてその表情は変わった。

 「……レイ?レイ?どうしたの?」
 シンジはキッチンでカップを抱えて座っている少女に駆け寄った。
 薄茶色の瞳をしたアルビノの少女が彼の姿を認める。
 「あ、あ、あの、い、碇……クン」彼女の瞳に急激に涙が盛り上がるとしくしくと泣き出し始めた。
 「どうしたの?レイ?」従兄らしく保護者然とした口調になったシンジに、「碇レイ」は舌足らずの口調で説明をはじめるのだった。

 あー。大失敗っていうか、腹立つっていうか……。
 帰宅後寝込んでしまったらしいユイの様子を確認したあと(レイはユイのために用意した濡れタオルについて「碇君」に誉められて、たちまちのうちに上機嫌になっていた)、割れてしまった「レイ専用」のコーヒーカップのかけらを片付けているシンジの背中を眺めながら、アスカは腕を組んだ。
 ……すっかり忘れてたわ。この陰気女のこと。ってか、どーして忘れてたんだろ?
 アスカは自分を責めてしまう。
 この従兄のシンジには子犬みたいに甘えて、ユイおばさまの前ではしっかりいい子で、図書館通いが日課で教室では本ばかり読んでいる……無口なくせしてなぜかナマイキな娘のコト。

 こんなのいたら、できるわけないじゃない!ったく、シンジからして忘れてるなんて冗談じゃないわよ!ったくほんとにバカシンジなんだから。こ、この天才美少女惣流・アスカ・ラングレーさまが、その……キスよりももっと……その……してもいい。って言ってるのに!
 アスカは歯がみする。
 「……シンジぃ、アタシ帰る。荷物はあした取りに来るから」
 返事も待たずに回れ右をして玄関へ歩いていく。
 その足音はひどく大きかった。



◆ ◆ ◆



 「んんん……この……バカシンジのせいなんだからぁっ」
 惣流・アスカ・ラングレーは甘くつぶやきながらショーツの中へ忍び込ませた指を動かしていた。
 右手でクリトリスを、左手でGスポットを刺激して、性欲を発散させていたのだった。
 いつの間に自分がこのような自慰を覚えたのかアスカには分からなかった。きっと無意識のうちに覚えたのだろうと納得している。
 しかし、いつもより激しく指を動かしても彼女はなかなか満足できなかった。
 今日は「バカシンジ」と愛し合うつもりだったのだから。

 実際のところ、碇シンジとの初体験はロマンチックな少女の幻想とはかけ離れていた。どちらかというと笑い話に近いものだった。
 キスをしようとすると前歯をぶつけて二人ともうんうん唸る羽目になり、次はおでこをぶつけて涙目になった。
 おずおずと伸ばしたシンジの手は熱を持ったアスカの身体には冷たすぎて、情けない悲鳴をあげてしまったし、愛撫のつもりで少年が知識だけを頼りに指を動かすと「ちょっとちょっと、だめ、そこくすぐらないでー」と少女は笑いながら叫び出すありさまだった。
 あげくに当然のごとく一回目は挿入どころではなかった。
 緊張しきったシンジが成功するためには、アスカの多大な協力(まさか腰の下にクッションまで入れた姿勢がベストだったなんて少女の想像を遙かに超えていたのだから)が必要だったのだから。
 当然、快感を得るどころではない。
 ことが終わったその瞬間、二人ともぐったりしてしまったくらいなのだから。

 でも、それでもアスカは幸せだったのだ。シンジの吐息を肌に感じ、熱いざらざらとした舌で舐められると気持ちが良かったのだ。少年の欲望と好奇心に駆られた指にいじられるのは(ちょっと痛かったけど)、とても幸福だったのだ。
 確かに(今のところは、そう、きっと今のところは)自分の指のほうが早く気持ちよくなれるけれども、終わったあとのむなしさなんてものはあれにはないのだから。

 少女は涙を浮かべながら指の動きを激しくした。
 少年とその従妹を罵倒しながらなんとか快楽を得ようとする。
 あの夢を見ずに眠るために。

 そう、あの夢を見ないために。

 後ろ手に拘束されたまま、「彼」の膝にのせられて掌を舐められる夢を。
 掌を舐められて、自分の血(なぜ自分が血を流しているのかアスカには分からなかった。しかしこれは自らの意志でそうしたはずだった)を舐め取られるごとに自分が弱くなっていくことを実感する夢を。
 「彼」の舌に甘い声を上げつつも、「お仕置き」としてまだ細いお尻をぶたれて泣き叫ぶ夢を。

 そして、椅子に腰掛ける「彼」にハメていただくため、お尻を突き出した恥知らずな姿勢のまま、ゆっくり、ゆっくり後ずさりしてまたがることを強いられるのだ。
 それから自分自身が腰を合わせて、まだほとんど経験のない陰唇に「彼」のシャフトを納めるころには、アスカの粘膜は硬くて熱いそれに何度もこづき回され、擦られてしまってどろどろにとろけてしまっていたのだった。
 泣くまいと思っていても下腹部をごりごりと拡張される感覚に、自分が肉穴として用いられている屈辱に泣き出してしまうのだった。
 だが、さらに残酷なことに、「彼」が背後から「芸術家の指」を伸ばしてアスカのバストや乳首を愛撫し始めると、その泣き声は恥ずかしいいやらしい声に変化してしまう。
 さらにその指が、ペニスを銜えていっぱいに開ききった肉裂の上端で震えている赤白い肉芽を弄りはじめると頭の芯までぼぅっとなって、腰をもじもじ動かして甘いソプラノを奏でてしまう。
 言われたとおりに首をひねり、舌の先端だけをねちねちとすりあわせるとてもいやらしいキスをしてしまう。

 手枷を外されたときには歓喜に震えながら自分の双乳をそっと持ち上げ、中指と人差し指で左右の乳頭をコリコリいじってしまうのだ。
 「彼」とのキスを続けながら、未熟だけれど同級生にはとてもできない淫らな腰遣いをしながら。

 そのうえアスカはいつのまにか目の前に置かれた大きな姿見に写った自分自身に欲情してしまう。
 ミルクを溶かし込んだような太股を限界まで拡げて、貫かれて白い粘液でじゅぶじゅぶ言っている雌花をあらわにし、バストを弄り回して涎を垂れ流しているクォーター娘がとてもいやらしくて、愛おしく感じて、それをうっとりと見つめながらさらに激しく自分の指を動かしてしまうのだ。

 それだけではない。
 その夢の最後では、惣流・アスカ・ラングレーは耳元で囁かれる質問への答えを、鏡に映る変態少女と唱和してしまうのだった。
 「はい!すごく!すごく気持ちいいです!御主人様のチンポ、アスカは大好きです!はい。他のチンポなんてぜんぜん気持ちよくないですぅぅっ!どうか、どうかアスカを存分に使って、アスカをお望みの穴に調教してください!」
 そう叫ぶと同時に、性的経験がほとんどないのにもかかわらずエクスタシーを迎えてしまうのだ。
 とても幸福な、空虚な笑みを浮かべて。


 「ばかぁ、バカシンジ……。シンジのばかぁ……」
 惣流・アスカ・ラングレーは涙を枕にこぼしながら、孤独な自慰に耽っている。



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