Requiem fur Schicksalskinder

オマケ あるいは蛇の足



著者.しあえが










「なに黄昏た顔で空見上げてるのよ。らしくないわよシンジ」
「うん、ちょっとあの日の事を思い出してたんだ。あの時、カヲル君はアスカを助けられるかもしれないって、そう言ってた。でも、代償として僕は下手したら死ぬかもしれない大変な目に会うって言ってたけど……」

 はぁ、と少年の外見にそぐわない深く重いため息をシンジは漏らした。
 その動きと馬車の振動で恐獣の外皮で作られた鎧が擦れて、かすかな軋み音を立てている。
 馬車……演劇の舞台ほどの大きさのある荷台をサイより大きな獣が引く乗り物を馬車というならば。荷台の後方にはカバーを掛けられたなにか、巨大な物の影が見えていた。

(口ではそう言うけど、結構楽しんでるくせに)

 お姫様から聖騎士様〜とか言われて煽てあげられて、デレデレしていたことは絶対忘れてなんかあげない。
 まあ、それはそれとして。
 ニヤニヤと笑い、シンジが着ているのと同じでデザインだが真っ赤に塗られた全身鎧を着たアスカが、御者席に座るシンジに背後から抱き付いて、頬を触れ合わせてくる。

「まあ、少なくともカヲルってのが言うことは、嘘じゃなかったんだからその事に関してだけは感謝してやっても良いんじゃない?」

 幾分ひねくれているとは言っても、他者に素直に感謝できる。アスカもアスカで変わったらしい。

「でもさぁ。まさか異世界とか、魔法とか、妖精の力で治療とか。斜め上過ぎる展開を予想できるわけないだろ。ビックリしたよ」

 アスカの為ならなんだってする。そう伝えたシンジにカヲルが伝えたのは、予想していたこととまったく違うベクトルの事柄だった。


 渚カヲル。渚とは海と陸の狭間の世界を意味する言葉。
 この世界に顕現しなかったレリエルの力は僕の中で眠っている。その力を使えば君と第2の少女を魂の安息場所である狭間の世界に送ることができる。そこなら彼女を治療することができる筈だよ。

 実際、とてつもない苦労と、一緒に着いてきたレイの助力もあってアスカを助けることはできた。
 確かに助けることはできたけど。感謝の気持ちでいっぱいだけど。

「でも剣と魔法のファンタジーってのはなんだよ、おかしいだろ!!」
「あれ〜? 男の子ってこういうのが一番好きなんだと思ってたけど意外ねぇ。憧れてたりしなかった? 眠り忘れるトキメキとかなかったの?」
「誰も彼もケンスケみたいに考える訳じゃないよ。前にも言ったけど、僕の望みはもっと小市民的な物なんだ。小さくても大切な家族がいて、おはよう、ありがとう、お休みって言ってくれる生活だけあればそれでよかった。そんな細やかなもので良かったのに」

 処置なしだわ、と肩をすくめて身を離すアスカ。
 あいつ折角のセカンドライフを全然楽しんでないわ、とそれまで無言を通していた深紅の瞳に蒼髪の相棒に話しかける。レイは少しだけ顔を上げて、アスカと、それからシンジに視線を向けて小さく肩をすくめた。だが、彼女を本当によく知るものだったら、口元に楽しそうなほんのちょっぴり笑みを浮かべていたことに気づけただろう。
 この世界は苦労とトラブルの方が多いかもしれないけど、少なくともアスカとレイ、双方の体の問題を完全に解決することができたのだから。今の二人は完全な人間として、シンジと添い遂げることができるんだから、少なくとも二人にとっては感謝気持ちの方が強いだろう。
 だからシンジを諫めるようにレイは小さく、だがハッキリと聞こえる声で呟いた。

「……力ある者の責任」
「いい加減、シンジも理解して覚悟を決めればいいってのに。地上人の私たちはどうしたって理力が強いんだから、トラブルは毎朝おはようのキスをしてくるぐらいの日常だってーのに」

 そう覚悟を決めて開き直りさえすれば、この世界は悪くない。むしろ現代知識のある自分たちには楽しいかもしれないのに。そうしていれば、お尋ね者として追われることもなく、今頃は一国一城の主として王と女王様としての優雅な暮らしを満喫できていたのに。
 やっぱりダメかも。数か月で飽きて飛び出してそう。
 そして自分の世界に入り込んでしまったシンジは今もブツブツと、ダウナーな事を呟き続けていた。

「それが何の因果かこの平和なはずの世界でも、理力騎士に乗って戦う羽目になって……。あげく、国盗りだの世界征服だの、そんな物騒な陰謀劇に巻き込まれて当事者にされて! もう僕のメンタルはボロボロだよ!」
「こいつの愚痴ってもはやルーティンね」

 ちょんちょん、とアスカの背中をつつきながらレイが後方の空に目を向ける。
 うっすらと虹色の光りが煙のように広がっているのが見えた。それも二カ所で。

「ん〜〜? あれって理力変換器から漏れる光りじゃない。あ〜あ、とうとう追いつかれちゃったか」

 だからいい加減、アンタも覚悟決めなさいよ! そう宣いつつ猫背気味に項垂れるシンジの背中に蹴りを入れる。

「右はセの国の王族専用理力騎士。確か『サトゥルヌス』だっと思う。……そう。本当に碇君のために国を捨てたのね彼女」

 全身を鋭利なトゲと刃で彩られた昆虫の様な姿をした理力騎士の姿を見つめながら、淡々とレイが告げる。

「あっちはコの国の理力騎士ね。『トライデント』だったかしら。天ぷらとかいう三位一体攻撃仕掛けてくる鋼鉄三人組」

 今度は止めを刺してやろうじゃないの。と、物騒な事を呟きながらアスカが敵愾心を高めていく。「天ぷら」じゃなくて「トリプラー」とツッコミを入れるレイを綺麗に無視し、あの好敵手とでもいうべき栗色の髪の女の顔を思い浮かべた。
 恐竜のような姿をした理力騎士のシルエットがぐんぐん迫ってくるのを横目に、アスカは荷台の載せられていたもののカバーを取り外した。アスカの専用機である真っ赤に塗られた理力騎士の姿が陽光に晒される。同じく、レイも自身の専用機からカバーを外し、素早く乗り込んでいる。
 進行方向からも光りが近寄ってくるのが見える。落ち延びようと考えていたビの国の理力騎士の放つ光りだろう。
 果たして敵となるか味方となるか。敵か味方かという意味で言えば、後方の2機の理力騎士も敵ではないのだけれど。ただアスカやレイにとっては恋敵ってだけで……。

「なんでこんなことになってるんだろう? どうして僕を一人にしてくれないんだよ」
「みんな、碇君の事が好きだから」
「そうかな。そうなのかな?」

 僕はただ……もう一度会いたいって思っただけなのに。
 マリが絶対迎えに来ると言ってたけど。
 それはそれとして元の世界に戻る方法を調べることを本気で考えつつ、シンジは泣いてるような笑ってるような複雑な表情を浮かべるのだった。





終結






初出2021/07/04

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