碇アスカの孤独な戦い・外伝


Original text:PDX.さん


香 -KOU-


 碇ゲンドウの妻となったアスカの日課。その中で、もっとも苦痛と困惑に満ちているのは、夕方から夜にかけてのこの時間帯であった。
 食事と入浴の用意を終え、『夫』の帰宅を待つ時間。
 世間一般の新妻にとっては、もっとも心踊り浮き足立ち、まるで恋する娘のように愛しい夫を待つひとときである。
 だが、アスカが待っている相手は恋人であるシンジの父親にして彼女の夫。まだ高校生でしかない彼女の処女を最悪の形で汚した男であった。
 裸身を隠すことすら許されず、憎き鬼畜を待つひととき。
 羞恥と、憎悪と、そして後悔を噛み締める毎日。それらの苦痛の他にもう一つ、困惑が彼女の肩にのしかかる。

 潔癖症とも言えた彼女は自慰の経験すらさほど豊富ではなかった。未開発な青い肢体を引き裂かれた屈辱の処女陵辱。
 勝気な彼女から抵抗の意志を削ぐ為に、敢えて力任せに行われた破瓜の一撃。
 その翌日からは、掌を返したかのような甘美な愛撫。二人の間の性経験の絶対量の差は圧倒的ですらあった。
 指で、唇で、舌で。長い長い時間をかけ、若々しい肢体をすみずみまで嬲りまわすゲンドウ。いっそ死んでしまえた方がどれだけ楽かと思えるおぞましい責めにむせび泣くアスカの身体の奥で脈打ち始める官能の鼓動。
 自分の手で性感開発をしたことすらない彼女は、憎い男の手によって全身のあらゆる性感帯を探られ、開発されていったのだ。若い肉体は、与えられる愛撫に敏感に反応し、そして開花してゆく。
 アスカ自身の意識とは無関係に淫らに開いてゆく美しい華。
 ゲンドウの執拗な愛撫により、何度も何度も絶頂を極めさせられる。もう腰も立たなくなるほど悦がらされたあげくに、あの剛直で貫かれる。
 残された理性を総動員して耐えないと、自ら腰を浮かせ、淫らにくねらせてしまいそうな快楽の暴風。そしてそれは彼女のささやかな抵抗をあざ笑うかのように吹き飛ばし、官能のうねりで絡め取る。

 こうして『夫』の帰宅を待つ彼女を襲う困惑は、彼女の体の奥底に宿っていた。
 彼が帰ってくる。また奉仕を強いられる。またあの腕で抱かれる。またあの唇にキスを求められる。またあの男根で犯される。
 決して外れることのないその想像に怯えているはずの彼女の股間は、既に大量の淫蜜に溢れかえっていた。
 ゲンドウとのセックスを拒む心と、悦楽を望む肉体。
 僅かな日々の間にここまで淫らに変えられてしまった自分に困惑する。そして、約束の期限……三年という日々の間にどこまれ変えられてしまうのかという恐怖に震える。

 ピンポーン!
 そして、いつもと変わらぬ呼び鈴の音。
 アスカは、慌ててリビングのソファから立ち上がる。最後の嗜みとして、ウェットティッシュで股間の滴をぬぐってから玄関に向う。
「おかえりなさいませ」
「うむ」
 アスカに手渡される鞄。そして、彼が手にしたまま持ってゆくもう一つの荷物。
「あ、あの、それは」
「土産だ。お前のためのな」
 振り向きもせず答えたゲンドウの口元には、あのいやらしい薄笑いが浮かんでいた。

「香炉……?」
「ああ。セカンドインパクト以前のものだ」
 寝室のサイドボードの上に置かれたそれを見て首をかしげるアスカ。
 彼女のための土産と言うが、別に彼女は骨董品などに興味は無い。
 そして、ゲンドウはその香炉に香を置き、火をつける。こんなときにライターではなくて昔ながらの紙箱のマッチを使うところなどこの男も芸が細かい。
 やがて香炉からたなびく白煙が、玄妙な香りを伴って室内に満ちてゆく。
「来い」
「……はい」
 ゲンドウに呼ばれ、彼の傍らに立つアスカ。
「お前への土産はこの香炉ではない。この香の方がお前のための物なのだ」
「香?」
 まさかこの男にアロマテラピーの趣味でもあるのだろうか、アスカの脳裏を一瞬かすめたその考えは、ゲンドウの一言でいとも容易く否定された。
「これは古代中国の後宮で使われていたものでな。性感を高め女を酔わせるためのものだ」
「!!」
 その言葉にアスカが身を翻す前に、彼女の腕はしっかりとつかまれてしまっていた。そのままもう一方の手でアスカの頭を掴み、香炉から立ち上る白煙の上に彼女の顔をかざす。
「わかるだろう? この煙が、この香りがお前の頑なな心も、まだ堅い身体も蕩けさせてくれるのだよ。私とより深く愛し合うためにな」
「う、ううっ!!」
 たなびく白煙を吸い込むまいと息を止めて抗うアスカ。しかし、そんな抵抗がいつまでも続くはずが無い。
 やがて限界を迎えた彼女は、大きく息を吐き出し、次いで深呼吸をせざるを得なかった。そして、大量の煙を吸い込みむせ返る。喫煙の経験のない彼女には、香炉から立ち上る煙にすらむせ返らざるを得なかったのだ。
「げほっ、げほっ」
 煙を吸うまいとしても、それを避けられない。甘いとすら感じる玄妙な匂いに嗅覚を支配され、息が詰まる。
「どれ、そろそろ利いてきたかな」
 アスカの腕を掴んでいた方の手で彼女の股間をまさぐる。ゲンドウの指が触れた先は、これ以上ないほどに濡れそぼっていた。
「くくく、今日はここで愛してやろう」
「ああっ、嫌あああっ!」
 片手で器用に己の分身を取り出し、そのままバックからアスカを貫く。多量の淫蜜で溢れる秘洞は、節くれだった巨大な剛直を容易く受け入れてしまう。
「ああああっ!」
「ふふ、いつもよりも締まりがよいのではないか?」
 せせら笑いながら腰をグラインドさせるゲンドウ。彼女をしっかりと抱きしめ、たなびく白煙の中に彼女の顔をかざし続ける。
 犯されているというのに感じてしまう肉体。激しい悦楽に喘ぎ、荒い呼吸をするたびに煙を深く深く吸い込んでしまう。
(駄目……煙を……すっては……ああ……)
 だが、堅い肉柱で一突きされるごとに、その意志が揺らぐ。深々と抉られたまま腰を振られ、胎内を掻き回されて悲鳴を上げる。そしてまた煙を吸い込んでしまう。
(ああ……こんな……犯されているのに……ああ……)
 無理に息を止めたりするせいで頭がふらふらする。いや、これも媚香の効果なのか。アスカの抵抗は次第に弱まり、そして、いつしか悦楽に身をゆだね、甘い歌声を漏らし始める。
「くく、気に入ったようだな」
「ああ……!」
 ズン、と一際深く突き込まれる。子宮口すら貫かんばかりにねじ込まれる巨根。一匹の牝と化したアスカを翻弄する肉の槍。
「さぁこれが欲しいのだろう。もっともっと喘ぐがよい」
「ああっ! ああああーーーーっ!!」
 悦楽に理性を吹き飛ばされ、自ら腰をくねらせ始めるアスカ。体内で荒れ狂う官能の渦が、彼女を最初の高みへと連れてゆく。いや、それどころかゲンドウが彼女の子宮めがけて熱い淫汁を注ぐまでの間に、彼女は三回も悦楽を極めてしまった。
「ふふ」
 剛直を引き抜き、アスカの姿勢を変えさせるゲンドウ。バックからではなく、互いに向き合った姿勢のまま彼女を貫く。
「ああああーーーっ!」
 長身のゲンドウに突き上げられ、アスカの踵が浮く。爪先立ちで耐えつづけていたが、やがて目の前の男にしがみついてしまう。逞しい腕で尻を持ち上げられ、脚を絡めてしまう。
 駅弁スタイルで貫かれ、揺さぶられたアスカは抱き寄せられたままゲンドウにしがみつき、自ら唇を重ねてしまう。憎いはずの男に自ら舌を捧げ、ねっとりとした舌で口の中をかきまわされながら、さらなる絶頂へと導かれてゆく。

 翌朝。
 玄関を出てゆくゲンドウが、新妻に命令を下した。
「私が帰ってくるのを、リビングではなく寝室で待つように。それと、あの香を焚いておけ。忘れるな」
「………………はい」
 己を狂わせる媚香を、自らの手で焚かねばならない。その残酷な命令に歯噛みしつつ、逆らうことは出来ないと知っている彼女は、ためらいつつもその言葉に従うしかなかった。アスカの辛い日々に、あらたな日課が付け加えられた。
 
 そして今日も、彼女は『夫』を待ち続けている。
 香炉に香を置き、マッチで火を点ける。玄妙な香りを伴う白煙が漂いはじめる。この寝室にいる限り逃げ場などない。換気扇がないわけではないが、ゲンドウが帰宅したときに煙が薄いとまた体罰を受けるだけだ。
「……ちくしょう」
 堅く握り締めた拳。掌に爪が食い込む。
 怒りを抑えこみ、冷静さを保とうとするかのように深呼吸する。深く吸い込んだ空気には、あの甘さすら感じさせる玄妙な香りが混じっている。
「また……」
 また、犯される。あの時、初めてこの香りをかがされた日のように。
 熱く疼き始めた子宮。熱を帯び、とくん、とくん、と鼓動すら感じさせる性器に涙する。
 この香が、この煙が自分を狂わせるのだ。
 しかしそこから逃げることも出来ず、火照る身体を持て余しつつ待ち続けるアスカ。
「ああ……」
 恐る恐る触れたそこは、まるで陵辱を望むかのように熱く蕩けきり、夥しい量の淫蜜をしたたらせていた。
「だ……だめ……」
 媚香の香りに屈しまいとするアスカ。だが、その右手はぷっくらと膨れ上がった肉芽を摘みあげていた。
「ああああっ!」
(だめよ……ああ……)
 しかし、右手は彼女の意志に反して、摘み上げた指先をゆっくりと擦り合わせ、間に挟まれた快楽のスイッチを捻り続けている。
(ああ……だめ……だめ……)
 ぱたん、とベッドに倒れ込む。右手の動きは止まらない。いや、それどころかさらに強く悦楽を求めて蠢き始めている。そして、左手が乳房を撫で、先端を摘み上げようとしていた。
(ああ……狂っちゃう……アタシ、狂っちゃう……!)
 アスカは知らない。
 ゲンドウが用意した香が、どこでも売っているただの香でしかないことを。女を狂わせる媚香であるという言葉が、真っ赤な嘘であるということを。
 彼女の身体は、媚香の効果ではなく、自分自身の淫らさ故に疼き、濡れていたのだ。
 自分が淫らに変わりつつあることを恐れ、拒むアスカに与えられた言い訳、それがこの香なのだ。
 自分は変わっていない。自分は悪くない。己を正当化する理由を与えられたアスカは、ゲンドウの思ったとおり自ら快楽を求め堕落してゆく。
「あっ、あ、ああっ!」
 白煙のたゆたう寝室、大きなベッドの上で裸身をくねらせ自慰に耽るアスカ。
 悦楽に酔いしれる彼女の口から、シンジの名が零れることはなかった。


 終



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