BEAUTIFUL PARTY

第9話 前編



著者.ナーグル
















「ぶち殺すわよ、あんた」

 喉元に掴み掛かり、シンジを押し倒すと馬乗りになってアスカが睨む。金髪がふわりと浮き上がり、青い瞳が炎のように燃えあがる。瞳の中のシンジは幻の炎に包まれ、ドラゴンブレスを浴びたように全身が燃え上がるのが見えた。
 彼女はシンジが恩人であろうとなかろうと、こちらの事情がどうであろうと、そうすると決めたら確実にその言葉を実行するだろう。
 睨み付ける目も猛々しく言いきった彼女の言葉には、そうシンジに確信させる覚悟があった。

 僕、命の恩人なんだよね?
 なんで脅されてるの?
 何か間違ったのかな僕。

 自問自答するだけ無駄か。ああ、そうか、うん。無駄だ。わかってたけど。

 レンジャーの超感覚が警告してくるのでわかっていたけれど、彼女の ――― アスカの目は本気だった。
 下手なことを言ったら本気で殺しにかかる。見た目は似ても似つかないが、雰囲気だけならギロチンつきの仕掛け寝台に縛り付け、生か死のゲームを強要した宿屋の主人とそっくりだ。いや、あれは宿屋じゃないよなぁ、今にして思うと。気違い殺人鬼のねぐらだよなぁ。…とかなんとか懐しく思ってる場合じゃない。

 彼女達の事情もわかる。助けるんならちゃんと最後まで助けなさい。と言ってるわけだ。
 なにごとも中途半端はいけないわよん。と、ちゃかした口調の師匠の言葉を思い出す。

(ちゃんと助けるためには、その、えっと…彼女達と、エッチなことしないといけないらしいけど)

 顔が、耳が熱くなるのを感じる。たぶん、きっと色んなところが真っ赤だ。というかエッチって…と初々しすぎる単語に自分で自分に突っ込んでしまった。
 およそそう言った性的なことを告げるのに最も縁遠そうな黒髪眼鏡の少女 ――― マユミの方に目を向ける。眼鏡越しに一瞬目が合い、こっちの表情に気がついたマユミもまた、顔を真っ赤にして目を伏せた。
 知り合いの女性は何というか、みんな気の強い人ばっかりだったから、何とも言えず新鮮だと思った。そして彼女のことを可愛いと当たり前に思ってる自分に気づいて驚いた。

(彼女とも…いや、彼女だけじゃなくて他の子達ともするって、こと、だよね?)

 赤目で銀髪の少女、眉が太くて垂れ目で栗色の髪の少女、髪をまとめ左右のお下げにしたそばかす顔の少女…。

 衣服と鎧の下の股間が熱く、硬くなるのを感じる。
 普通なら喜ぶとかなんとかそんなレベルじゃないくらいに歓声あげてOKの三連呼だったかもしれない。
 オークに汚されたとはいえ、見惚れるほどの美少女達が彼に助けを求めている。布で作ったあり合わせの服の膨らみや、その下の肢体を想像し、喉がゴクリと音を立てる。

 無理矢理ではないし、相手の困難につけ込んでいるわけではない…と思う。性格はやや善よりの中立のシンジだから、この上目遣いの懇願に ――― 約一名もの凄い三白眼で睨んでるけど ――― 応えない理由はない。
 正直なところ、奥手な彼がいつかはそういう関係の異性…とどのつまりは恋人をつくるのはドラゴンと一騎打ちして勝つより難しいだろう事はわかっていた。

 ヘタレだし。

 まず声をかける度胸がない。口下手で愚痴っぽくて、女の子と共通の話題もない。親の仇を追っている、と言えば聞こえは良いけど、結局そういう事情に逃げているだけだ。周りの様子が気になって、なんでもつい自分から謝ってしまう。今までにパーティを組んで冒険をしたことはある。でも、いずれも自分から声をかけたのではなく、それとなく技量を誇示して誘ってもらってばかりだった。
 最後に他人と一緒に冒険したときは…。

『みんな、ちょっと聞いてくれ。彼、レンジャーのシンジ君が仲間に入れて欲しいそうなんだけど…』

 うわっ、嫌な過去思い出した。
 誰かと親しく付き合う、異性に好きだと告白する…それは彼にとって、アビスや地獄に潜るより勇気がいることだ。
 これではダメだ、勇気を出そうと思ったことは何度もあるけど、いざ実行しようとすると失敗したときの情景が脳裏に浮かんで、そして躊躇してしまう。もっと強い自分になりたい。こんな僕でも何かできることがあるはずだから。
 気弱で内気で人見知りするところとかは痛いほどよくわかってる。
 その一方で女性に…特に子供の作り方とかに…ぶっちゃけ性行為に興味がある。もしかしたら人一倍、興味があるかもしれない。だから、自然な流れで童貞捨てられそうなこれはチャンスだ。もしかしたら最大にして最後のチャンスかもしれない。

(本音を言えば、彼女の希望は全力で叶えたい所なんだけど…)

 ただ、そのためにしなければいけないことが問題だ。
 他人の弱みにつけ込むような行為に気後れしてる。

(失うもの…か)

 彼が愛用している魔法の鎧『初号鬼』には母親の強い思いが取り憑いている。極めて強力な力を有しているが、その鎧を纏うための条件は…童貞であること。彼が女性と関係を持てば、一人前の大人になったと判断して彼を守ってはくれなくなる。要するに特殊合金製のフルプレート+2 相当の鎧になってしまう。
 分身を数多作れるほど強力な黒魔導師を仇として持つ彼としては、使えるカードは何枚あっても足りない。
 それに、付き合ってるわけではない今日あったばかりの女性と関係を持つことにも、根が生真面目な彼は抵抗を感じる。

(でも、彼女達…凄く困ってる)

 困ってるという意味で言えば自分の比ではない。女顔をしてると言っても、所詮男の彼にはわからない困難だ。
 命を助けただけでも充分だ! と啖呵を切ってアスカの脅しも無視することは可能だけれど…。

(きっと師匠…ミサトさんは、いやドライなようでいてリツコさんも許さないだろうな。ああ、きっと加持さんも許さない。女の子を泣かすなんて、最低だぞ…て声が聞こえるみたいだ)

 むしろ、何を躊躇ってるんだ? とか言ってそう。いや確実に。
 あの人は据え膳我慢しない人だし。

 嘆息すると、静かにアスカの目を見返した。挑戦的な瞳は至近距離からの異性の視線に少し怯んだけど、真っ向から見つめ返してくる。
 綺麗だな、と思った。故郷にあった湖みたいで青く澄んでいて吸い込まれそうで。でもどこかで見た覚えがあるような気がする。こんな印象的な瞳なら、忘れるはずがないと思うんだけれど。…むしろ思い出したくないような。あれ、なんでだろう?

 まあ、それはともかくとして。

 鎧を着られなくなるのは惜しいけれど、中途半端な何でも屋レンジャーを続けることに限界を感じていることも確かだった。ちょうど良い機会だったのかもしれない。そもそもレンジャーになったのだって、単独行動のスペシャリストな事と、師匠の一人…前述の加持がレンジャーだったからなんとなく選択しただけだから、実のところあまり執着もなかった。
 彼女達にはこれを逃したらもう時間もチャンスもないけれど、自分はそうではない。失った力を取り戻す機会がないわけではない。替わりの鎧がないわけでもない。これをきっかけに、もっと自分に向いた職や、今まで以上の力を持つことだって…。

「ちょっと、あんた何黙り込んでるのよ?」

 怪訝な顔でアスカが問いかける。そう言えばずいぶん長い間考え込んでいた気がする。

「…わかったよ。でも、その、さ」
「なによ?」
「いや、なんでもない」

 嫌じゃないのかって、聞くまでもない。嫌に決まってるんだ。











『最初は私よ♪』
『違うわ、私よ!』
『わ、わたし、その、あの…』

 なんて三者三様ならぬ五者五様でシンジを取り合う、なんて事はあるわけもなく。
 アスカはさっさとその場を仕切って、順番を決めた。襲われた順番で良いでしょ。凄い作業っぽいやりとりに、自分が種馬に見られてるように感じてアスカに対する印象を悪くする。

(やっぱり苦手だ)

 そして、最初にシンジの前でもじもじと居心地悪そうにしているのは、お下げ髪をした落ち着いた雰囲気の少女…ヒカリだった。

 緩やかにウェーブした黒髪は柔らかく、肩に掛かるくらいの長さがある。お下げ髪をほどけば印象はがらりと変わるだろう。
 上目遣いの瞳、薄い唇。ほんのりとそばかすとニキビの痕の残る顔立ちは地味、なのだが落ち着いた雰囲気を感じさせる。アスカのような目を見張る美人というわけではないけれど、側にいると安心できる優しさに満ちている。
 そして印象とは裏腹に豊かな胸の膨らみに、初めて触れる女性の身体にシンジは興奮を隠せなかった。

「あぅ、ふっ、くぅ」

 草の上に敷かれた毛布の上でヒカリは小さなかすれ声で呻いている。シンジの熱い吐息を耳に吹きかけられて、ビクンと体を震わせる。

「んんんっ…あっ。感じちゃ、ダメよ。ダメ、なのぉ」

 仰向けから横臥状態になったヒカリの背後から細いが引き締まった腕が回された。細く繊細な指がお椀型をした乳房を撫で回していく。『ご主人様』と昨日まで呼ばされていた相手とは、比べものにならないくらい下手くそで、おっかなびっくりの愛撫。強すぎたり弱すぎたり、乳首をつまむのも躊躇して、何をするにも確認するように一瞬止まって間を作る。

「あ、ああ、や、だ」

 快感にはほど遠い刺激がくすぐったい。
 でも、ぎこちないのが、逆に何とも言えないもどかしさを感じさせる。なにより、暖かい。
 指が触れたときにビクンとヒカリが震えると、大げさにシンジもビクリと震える。

(い、良いのかな? 痛がってるのかな、か、感じてるのかな…)

 ヒカリの反応にシンジは戸惑う。彼は自身が愛撫されてるように呼吸を乱し、全身汗にまみれている。今も汗が滴となって額や背中を伝い落ちるのを感じる。
 胸が苦しく、目が回りそうだった。
 自分はもうちょっと体力があると思っていたが、予想以上に疲労していることになおさら戸惑っている。

(で、でも、仕方ないよ。だって、こんなの、こんなのが初体験だなんて…。変な趣味ができたらどうしよう)

 心の奥底で言い訳しながらも、シンジはヒカリに興奮がいや増すのを隠せない。

「く、ひぃぃ…んっ。あ、ああっ。お願い…ああ、やめてぇ」

 目と鼻の先で首を振って愛撫を拒絶するヒカリの両目は塞がれている。鎧の補修に使う皮バンドが目隠しとして巻かれ、彼女の視界を塞いでいるのだ。それだけでなく、両手首もまた革帯で巻かれて動きを封じられている。

「いやぁぁぁっ。酷い、酷いわ。ああ、こんなの、こんなのぉ。オークなんて、ああ、こんなっ!」

 オークの魔の手から暗闇の中で逃れようとするヒカリだが、背後から抱きすくめられていては不可能だ。すぐ近くにいるはずのアスカ達の名前を呼んで助けを乞うても、彼女達は助けてくれない。首筋を舐める舌の感触に、かすれ声で「ケダモノ…」と呟くことが精一杯だ。


 彼女がそんな姿なのには理由がある。

 オークの子供を産むよりは…とシンジに抱かれることを選択したヒカリだったが、だからといって全て納得し、受け入れられるわけではない。当たり前だが潔癖性で高いモラルを持つ彼女に、初対面の相手と性行ができるはずもなかった。あくまで程度の問題で、どっちも嫌なことに代わりはない。
 近寄られた逃げる。手を触れられて悲鳴を上げる。その度にシンジはなぜか謝り、無為に時間ばかりが過ぎていく。

(このままじゃ…でも…)

 自分だけの問題ならともかく、このままでは他のみんなに迷惑をかけてしまう。先に他の人を…といったがヒカリのそんな性格を予想していたアスカは、やや強硬なまでに最初はヒカリだと主張した。

(私だけじゃなく、みんなが手遅れになっちゃう…。お姉ちゃん…ノゾミ…私に、勇気をちょうだい)

 覚悟を決められない自分に業を煮やした彼女は、羞恥に全身を真っ赤に染めてシンジに懇願した。

『…その、六分儀…くん。…私に目隠しして。手を、縛って。それから、私が何を言っても、暴れても……お願い…無視して』

 それだけ途切れ途切れに、消え入りそうな声で言うとヒカリは顔を伏せた。顔から火が出るようで、目を開けることもできずに震えている。「良いの?」と恐る恐る尋ねるシンジに、小さく、本当に小さく頷き返した。

「仕方ないじゃない…」

 シンジは戸惑い、夢でも見ているんじゃないかと思いつつも、荷物から革帯を取り出して言葉もなく震えるヒカリを縛り、目隠ししていく。

(なんだろ、これ。凄く…ドキドキする)

 そして手首を拘束し、目隠しし終わったヒカリの背後から息を荒げて抱きついた。
 上着を脱ぎ捨てたシンジの胸にしなやかな女の背中が触れる。女を襲っているような感覚に、シンジは陶酔感と共に吐き気を覚えていた。

(どうするんだよ、これ。でも、やらないと)

「いやぁぁぁ……」

 肌を粟立たせて悲鳴を上げるヒカリ。シンジの手から逃れようと、身を捩り哀れっぽい泣き声をあげる。
 悲鳴を聞いて反射的に力を緩め、ヒカリを放そうとしたが、寸前の彼女の言葉を思い出して動きを止める。

「あ、ああっ! いや、いやぁぁ! 強姦されるっ! 助けて、助けてっ! 誰かっ、誰かぁ! アスカぁ!
 オークに犯されるなんて、絶対に嫌ぁぁ!」

(どうして妙な要求をするんだろうと思っていたけど…。こうして誤魔化さないといけないんだ)

 昂ぶってはいたが、奇妙に冷静にシンジはヒカリの嘆きを受け止めていた。滑稽な茶番なのかもしれないが、目隠ししてオークに強姦されると思いこむことでシンジに抱かれようとしている。

(強姦が…僕の初体験なのか…)

 釈然としないながらも、だがシンジは無言でヒカリを強く抱きしめた。興奮を隠しきれないことと、役得だと喜んだことの自己嫌悪に押しつぶされそうだ。しかし、助けると決めた以上、全力でヒカリの期待に応えるしかない。

(ああ、やっぱり僕、ちょっと喜んでる。最低だ、ぼく、いや、俺って…)





「あうううぅ、はぅ、うううぅぅ。も、もう、お願い、嫌ぁ」

 ぎこちない…はっきりいうと下手糞なシンジの愛撫だったが、ヒカリは爪が食い込むほど強く手を握りしめてこらえている。オークに調教された体はおままごとレベルの愛撫にも反応していた。涙の痕が残る頬は赤く染まり、口元からは涎が垂れている。仰向けに押し倒されて、大きく左右に押し広げられた足は強ばり、ブルブルと痙攣するように震えていた。

「はぁぁ、あぅ、ああぁ…見ない、でぇ」

 無防備に秘所が『オーク』の前にさらけ出されているのを感じる。目隠しを取り、闇に慣れた目を開くとそこにいるのは族長だ。
 突き刺すような視線は族長の物。屈辱と羞恥に彼女は息を呑んだ。

(見られてる…じろじろと、オークに、恥ずかしいところを…ああ、そんなところダメ。汚いのに、おしっこが出るところなのに…ああダメ、イヤぁ)

 次は何をされるんだろう?
 それを思うとゾクゾクとした暗い喜びを感じる。
 指が触れてくるのか。それとも舌でたっぷりと舐られるのか。あるいはいきなり怒張を挿入してくるのか。

(なんて淫らなの…わたし、喜んでる。わたし、わたし……不潔、不潔だわ)

 凌辱を期待している自分に気づき、ヒカリはオークによってすっかりと体が作り替えられてしまったことを悟っていた。
 相手が実際にオークであろうと、初対面の人間であっても、ちょっと愛撫されただけでたちまちの内に反応してしまう。
 はしたないことに、淫唇はだらしなく開き、白く濁った愛液でぐっしょりと濡れている。いきなりでも、さして苦痛なく受け入れることができるはずだ。

「ああ…。不潔…よ…」

 シンジは生まれて初めて見る女性の性器に、言葉をなくしていた。
 興奮で赤みを帯びた太股の間のぷっくりと膨らんだ柔肉が、誘うように息づいている。産毛と恥毛が縁に生えた肉の盛り上がりと、その割れ目からのぞく食虫植物の花弁じみたものがひくついていた。

 彼が感じているのは、興奮? 歓喜? いや、まったく違う。

(な、ない…ぞう?)

 正直なところそれは嫌悪だった。

 かろうじて思ったことを言葉にしないだけの分別はあった。
 直前まで興奮で心臓が痛くなるほどだったに、それが水をかけた火のように収まっていく。痛いほど硬くなっていた股間の一物から心地よい痛みが引いていく。依然として硬度は保っていたが、だが夏場の雪のように性行為への興味が薄れていく。
 食虫花や貝に喩えた話やラッシュウォームの巣に喩えた話を聞いたことはあったが、正直なところ大袈裟に言ってるだけだと思っていた。人間にそんな異生物の一部がついているはずがない。いや、まあ、何度も捌いた動物の内臓とか、結構気持ち悪いのが多かったから、あってもおかしくと思うけれど。

(まさか的確な喩えだったなんて…)

 男性器だって女性から見たら大概だが、オーク族長の異形のペニスを見たシンジからしたら、アレに合わせて作り替えられたんじゃないかと思うほどグロテスクに見えた。
 今まで食事にするためウサギや鹿を狩ったことはあり、注視したわけではないが動物の性器を間近で見たことは何度もある。だが、人間の性器は犬や鹿など獣とはまったく別物に見えた。

(屍肉喰らい(芋虫の怪物)の触手が出てきそうなくらい気持ち悪い…。でも、なんでだろ。目が離せない)

 異臭のするこれに触れたり、舐めたり、性器を挿入…する?
 信じられない。
 探るように充血して赤くなっている秘所へ恐る恐る指を伸ばし、直前で利き腕でなく左手を伸ばしなおす。

(噛まれたり…しないよね?)

 ヴァギナデンタータという、歯が生えた女性器にしか見えないアベレーションがいると聞いたことがある。そんな話を聞かなければ良かったと思うが、今更言ってもしょうがない。勿論、正真正銘の人間であるヒカリの秘所が噛みつくわけがない、と頭ではわかっているのだが…。

「…っ! ひゃん」

 チョン、と薬指でつつくとヒカリの体が踊るように跳ねた。反射的に「ご、ごめん」と謝る。予想と違う手触り。殺したて動物の内臓に似ているが、それとは少し違う。より柔軟だと思った。
 ちりりと痺れる指先についた蜜を、それが熱湯か酸であるようにじっとシンジは見つめた。

「なんだよ、今の」

 噛まれはしなかったが、むしろ背筋を痺れさせる電流の方にシンジは驚いた。気持ち悪いと思っていたはずなのに、今の感触だって決して心地よいとは言えなかったのに。
 改めてぱっくりと開いた淫唇やその奥の秘肉を見つめていると、言葉にできない高揚を覚える。
 悪臭と思っていた匂いが、今ではそれほどでもないように思う。

(…もっと触りたい!)

 これが本能…だろうか。
 嫌悪を忘れたようにハァハァと荒い息を吐き、中指と薬指を押しつけてゆっくりと上下させる。欲情した雌の香りが鼻をつく。

「あっ、あっ、あっ、ああっ」

 指の動きに合わせて小さく、途切れ途切れにヒカリは喘ぐ。

「はっ…はっ、はっ、はぅ。ああぁ…ん、やぁ」

 族長の乱暴すぎる愛撫とは違う、おっかなびっくりの指使いがヒカリを惑わせる。族長に比べれば物足りないと感じてもおかしくないのに、ヒカリは辿々しい愛撫に反応していた。蜜で秘所を濡らし、腰がひくつくのを止められないでいる。

(感じて…るのかな?)

 喉がカラカラになり風邪を引いたときのように痛む。頭が熱く締め付けられるように痛んだ。
 淫唇にそって充血した箇所を撫でたり、ぷっくりと膨らんだ豆を突いたりと表面を責めていたシンジは、やがてひっそりとした割れ目を探り当てる。
 だらしなく開いた淫裂に指を沿わせて力を込めると、ジュプと粘ついた感触と共に指先が沈んでいった。

「あぅ、ううぅ、あぁぁ…。お、あああぁ」

 首を左右に激しく振り、喉を反らせてヒカリがビクビクと体を硬直させる。ヒカリの反応に荒い息を吐きながら、シンジは執拗に指を前後させる。一間接分潜り込ませた指先を締め付け、吸い付いてくる膣の内壁の感触に無我夢中だ。
 奥から止め処なく愛液があふれ出て、シンジの左手を濡らしていく。
 股間が鉄のように硬くなっていた。

「う、ううぅ(なんだ、これ。指、なのに、凄く、気持ちいい)」
「あっ、あはぁ、はっ、は、は、はふ、あっ、あん、あっ、あん、あっ、あっ、あっ、あっ、ああぁ」
「…洞木、さん」

 人の顔と名前を覚えるのが苦手な彼だが、自然に彼女の名前が口から出る。
 ヒカリを…女性の体をもっと味わいたい。もっと感じたい。

 最初に名前を言わないで、オークの族長になったつもりで抱いてと言われていたがシンジは我慢できなかった。
 所詮彼は童貞の青年だ。汗っかきで脂ぎった肌のオークではないのだから、オークのふりして女性を抱くなんてできるはずがない。
 それ以前に、オークとしてヒカリを抱きたくはなかった。
 ヒカリにはオークではなく、自分に抱かれていることを認識して欲しいと思った。

「洞木さん」
「あ、な、なに?」

 シンジの呼びかけにヒカリは大きく肢体を震わせる。下手すぎてがむしゃらすぎる愛撫は、逆に彼女にオークを感じさせない。目隠し越しの暗闇にいるのはオーク族長なんかではなく、会ったばかりで名前もよく知らない男性の顔だ。
 妙に疲れて老けた感じがするが、優しい顔の…。

「あ、はぁ、はぁ…。ああ、そうなの、ね。うん、うん。良いよ。六分儀君」

 蹂躙巨獣(ジャガーノート)のような勢いでヒカリにのし掛かった。

「あ、あ……ほ、洞木さんっ。いれる、よ」
「お願い、優しく…うぅ」

 股間は痛いほど硬くなっていた。このままでは破裂してしまいそうだ。
 風船なら空気、水嚢なら水、布団なら綿や羽毛。この場合は…。

 興奮した童貞の手によって、仰向けに押し倒されたヒカリ。両胸をきつく指の後が赤く残るほど強く握りしめられている。ドッドッと激しい高鳴りが伝わる。
 涙が滲むほど痛いが、ヒカリはその痛みを望ましい物のように受け入れる。むしろ、この痛みこそ破瓜の傷みだ。
 艶めかしい両足を押し開き、シンジが秘所に一物を押し当ててくる。先走りで濡れて、血が集中するあまりどす黒く膨れあがった亀頭の熱を感じる。
 良く躾けられた物で、ヒカリは無意識のうちに長く尾を引くような息を吐いて、体を弛緩させる。

(くる。男の人が、入って―――)

 ヒカリの誘導もあり、入り口を間違えたり戸惑ったりすることもなく…。
 ぬるり、と愛液で一杯の蜜壷に抵抗なくシンジの一物が飲み込まれていった。
 最初に亀頭がぬるりと潜り、一瞬の間をおいて竿の半ばまで。

「あああ、ふぁっ、ああっ」
「はいった、うあああっ」

 族長のとはまるで違う、表面に突起も絨毛も何もないつるつるで、尿道口の横にまだ剥けきれない癒着を少し残した童貞の一物。
 物理的に、数値だけで見れば族長とは比べものにならないくらい貧相な人間の性器。

「んっ、ああ、はぁぁぁ。い、いいぃ」
「ほ、洞木、さん。ああぁ」

 だがその瞬間、硬直した双方の体が跳ねるように痙攣し、言葉にできないような快感と充実感が、ヒカリの頭のてっぺんから爪先までを痺れさせた。

「あっ、ああああっ、んんんっ…」

 いまのシンジの目は見開いてはいるが何も見えていない。
 冒険者達にとって目であり、耳あることを要求されるレンジャーにあるまじき失態だったが、ヒカリの膣は熱くて、柔らかく吸い付いてきて彼に世界を忘れた。

「ひっ、ひぃ! ああ、六分儀…くん、あああっ!」
「洞木さん!あ、はっ、ああ…ん、あん」

 シンジの一物が挿入された瞬間、ヒカリは族長を忘れた。
 そしてシンジは、後にヒカリから何度もからかわれることになる、女の子のような呻き声を漏らして女体にしがみつく。
 締め付けられてもなお押し込むことで皮がめくられ、包皮の癒着が剥がれる鋭い痛みに、ほんの僅かにシンジは眉をひそめる。痛みは数秒で熱に替わり、次いでむず痒い疼きに取って代わった。

「はぁ、はぁ、あっ、はっ、はぁ、はっ、はっ、あっ、あっ、はぁ、はっ、はふ、あぁ、はぁ、はぁ」
「はっ、はっ、はっ、洞木、さん、はっ、はっ、ひ、ひぅ、ひはっ、はっ、はっ」
「ひぅぅっ、はっ、はぁっ、うぁぁ。ろく、ぶんぎ…くんっ」
「ほらき、さん、洞木さん、ああ、洞木さん」

 二人とも似たようなリズムで荒い息を吐く。ぬるぬると濡れ光る一物がヒカリの秘所を押し割り、愛液をかき分けお互いの敏感な粘膜を摩擦していく。加速度級数的に快感がいや増していく。
 本能に導かれるまま鳥肌だったヒカリの全身を舐めるように指を這わせ、腰が全部焼け溶けるような快感に身を任せる。オークも人間も、こうなると同じかもしれない。

「洞木さん、洞木さん、洞木…さんっ」
「あ、ああ、ああ、ろ、六分儀、くん」

 ヒカリの乳首は硬く屹立し、体の動きに合わせて淫らに踊り狂う。

「くっ、あああぁっ!」

 唐突にシンジは金切り声を上げて体を仰け反らせた。伸ばした両足が強ばり、筋が浮き上がる。
 身体が裂けて中身がこぼれるような感触があった。
 背骨に流れる快感と共に、体内の何かを吸い取られていく。射精に伴う高揚感で指先一本動かすこともできなかった。

「ん、あぁ、あん」

 呼吸も忘れて青臭く熱いパトスをヒカリの胎内に精液を注ぎ込むと、ゆっくりと一物を引き抜きぐったりと脱力した。1分と持たずに射精した一物は、未だ硬度をなくさずお互いの愛液で淫らに濡れ光っている。
 がっくりと脱力して座り込むシンジの側で、もどかしげに身を捩ってヒカリは呻いた。

(熱い、熱い…私の中で、男の、人の…)

「う、嘘…本当に、熱い。熱い、あつ…痛い」

 余韻を感じることもできず奥歯をぐっと噛みしめ、痛みを堪えた。痛みによる脂汗で額を濡れた。まるで、重い重い生理が来たような不愉快な痛み。

「ああ…」

 シンジだけ一方的に絶頂を迎えて私はまだなのに、という欲求不満はあったが、痛みでそれどころではなかった。

「い、痛い…」

 押し殺した声でそれだけ言うのが精一杯だった。うずくまる彼女に向かって、事が終わったことを察したアスカが近寄ってくる。まだ痛みは続いていたが、ヒカリは仲間の顔を見て安堵を覚えていた。

(終わったの? これで…?)

 鋭い痛みは潮を引くように薄れていき、今は重たい鈍痛が残る。不快だけど、これなら何とか耐えられる。
 ヒカリは急速に眠気を感じていた。そう、ただ、泥のように眠りたかった。アスカ達から慌てて下半身を隠すシンジを横目で見ながら、ヒカリはそっと瞼を閉じた。
 みっともなくてなんとも頼りがいのなさそうな人だけど、でも、安心できる…。











 ヒカリがアスカ達の手によって焚き火の側に運ばれ、柔らかく設えられた寝床の上 ――― 草と落ち葉を集め、毛布で覆ったもの ――― に横たえられた。今彼女は仲間達の手によって守られていた。記憶を消せるわけではないけれど、これで悪夢を忘れられると良いのだが…。

 今、シンジと向き合っているのはマユミだった。

 長く艶やかで癖のない髪は墨の様に黒く、肌は和紙のように白く、紅潮した頬と唇は紅を引いたわけでもないのに赤く艶めかしい。ほっそりとして華奢な身体はなで肩で、一目で図書室の華だったとわかる美女。
 遠視用メガネのおかげで常より大きく見える目のため幼く感じるが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ成熟した女性らしい体つき。清純そうな外見とのギャップもあって、初見の印象とはまるで違う不思議な印象を受ける。
 彼女に眼鏡越しとはいえ見つめられると、ぞくり、と背筋が寒くなる。怖いというわけではなく、何というか、彼女に間近で見つめられるに相応しい人間なんだろうか、と自分に自信が無くなってしまう。
 お互いに最初は無言で、チラチラと探るように目を盗み見る。

「あ、あの…六分儀? さん」

 怯えているわけではないが、小動物のように震える目でシンジを見つめるマユミ。ヒカリと似ているようで、また違ったタイプの彼女に、シンジは初めて異性を意識したときのようなドギマギとした気恥ずかしさを感じていた。

「な、なに。…えっと、その、やっぱり」
「あ、その、そ、その、お願いが…あるんです」

 ヒカリみたいに目隠しして、とかかなとシンジは思った。
 シンジの予想とは異なり、マユミは吃音ながら言葉を続けた。嫌って訳じゃないです、あ、いややっぱりちょっと…。と小さく首を振りながら、か細い声で呟いた。
 こそとも思っていなかった言葉を、上目遣いで、じっとシンジの顔を見上げながら。

「碇君…って呼んで良いですか?」
「え゛?」

 マユミの口から紡ぎ出された名前に、シンジはビクッと後ろから脅かされた猫みたいに大仰に身をすくませた。
 彼女の頭とお尻の当たりに、存在しないはずの犬の耳と尻尾が見えるようだ。ああ、尻尾をパタパタと勢いよく振ってる。
 目を見開き、頬をヒクヒクと痙攣させて顔を強ばらせたシンジの様子に、頬を紅潮させて自分の世界に入り込んだマユミは気づかない。

「じ、実は私の、初恋の人なんです」
「え? あ、その……………ふ、ふーん。えっと、その、どこの人なのかな。差し支えなければ、教えて欲しいんだけど」
「はい。…実は、私は孤児…でした。両親が亡くなってから私は色んな親戚の所を転々としていいました。
 …そして、彼とは、碇君とは8歳の時、とある街にいたときに会いました。彼も両親がいなくなったと言ってました。預けられた先の人と折り合いが悪くていつも一人だって…。
 私もそう。
 根暗で内気でブスな私はいじめの標的でした。でも無抵抗で、泣き声一つあげるわけでもない私をあの人たちは面白く思わなかったんですね。あの日、あの人達はハサミを持ち出してきて、それで、私は髪の毛を切られたんです。お母さんにそっくりだって言われた髪を…」

 呆然とするシンジの様子にも気づかず、自分の世界に入り込んでいくマユミ。
 薄く笑いながら、今は長く伸びた濡れたように光る艶やかな髪をいじる。

「さすがに私も怒って、がむしゃらにあの馬鹿達からハサミを奪って、それで、それで…」

 思い出さない方が良いことまで思い出したのだろうか。感情の欠片も感じさせない顔をするマユミは尋常じゃなく怖い。眼鏡の反射で目が見えなくなって、前髪がかかって影になって。

「あの生きる価値もない屑共にハサミを突き刺したら、魔女や狂人として火炙りだったかもしれませんね」

 またちょっぴり口元を歪めてマユミは笑う。

「あのとき、碇君が、私を助けてくれなかったら…止めてくれなかったら。私の代わりに、あの人達の前歯が全部折れるくらいに殴ってくれなかったら…。あの人は私にとってヒーローで、憧れの人です。
 どうしてそんなことしたのかわからないって、あとで言ってました。でも、私は嬉しかった。私のために何かしてくれる人がいてくれたってだけで…。
 それからも、相変わらず私はいじめられ続けましたけど、以前ほど酷くはいじめられなくなりました。それに、碇君がいてくれるようになったから」

 辛いことや悲しいこと、ほんちょっとだけど楽しいことを二人だけでたまに話す。お互いを気遣いあって、必要以上には踏み込まない。ほとんど会話もなくただ一緒にいて無言で本を読んだりして時間を過ごすだけという、奇妙な、8歳という年齢以上に大人びた奇妙な関係は1年ほど続いた。
 マユミはまた別の親類の家に預けられ、それっきりシンジと会うことはなかった。

「今、どこでどうしてるのかしら…」

 そこまで呟くと、ちらちらと横目でシンジを見つめるマユミ。
 ぎこちなくシンジは問いかける。その動きはヒカリに触れたとき以上にギクシャクとしていて、まるで出来の悪いゴーレムのよう。

「その、さ。君の言う碇君って…。下の名前…なんて、名前、だったのかな?」

 半ば答えがわかってるのに、それでも万一を期待した問いかけに、ちょっとだけマユミは眉をひそめる。
 瞬時に機嫌が悪くなったのか目付きが少しきつくなる。

(本気で言ってるのかしら? それとも、私のことを思い出すのが嫌なの?)

 ちょっと鳩尾の当たりに痼りを感じる。

(私もそうじゃないかな、って思ったのはついさっきですけど)

 雰囲気はあの時の8歳の碇君そっくり。他人との会話に慣れてないのか、ぎこちないところや、内気なだけかもしれないけど優しい眼差しが、記憶の中の『碇君』とまったく同じで変わっていないとマユミは思った。
 自分もすぐにはわからなかったけど、彼は自分が過去の話を振るまで気づいていなかった。勝手なのかな、とは思うけれどでも一目でわかってくれなかったのは、やっぱりムッとする。

「は、ははは、はは…。僕と同じ…シンジ、じゃないよ…ね」
「同じです」

 あなたと同じ『シンジ』さんでした。と、強調して告げた。
 シンジは数秒間息を止め、長く深いため息をつき、天を仰いで、それから上目遣いとはちょっと違う、やや睨むような目をしてマユミを見つめた。

「10年経って…お互い大きくなりましたよね」
「ああ、うん…冗談みたいだよ」

 あの時、別れ際に「また会えると良いですね」、「会えるよきっと…」とは言って言われてさよならしたけど、本当にまた会えるとは思ってなかった。
 再会したマユミは小動物…子犬みたいな目はそのままだけど、背も伸びてすっかり大人になっている。自分はどうだろうかとシンジは思った。

「訳あり、なんですか?」
「人前で碇って呼ばれると、色々とまずいんだ」

 また会えたのは嬉しいけど、過去の自分を知ってる人間には会いたくなかった。

「そうですか。それじゃあ…」

 シンジさん、って呼んで良いですか?











「はっ、んんっ…」

 シンジはマユミを抱きしめてその唇を吸っていた。甘く柔らかい唇の感触を堪能し、おずおずと絡みつく舌を味わう。マユミがうっとりとキスに耽溺しているのを感じると、シンジは左手を背中に回し、右手で髪をかき分けうなじを撫でながら引き寄せた。
 ビクビクと大仰にマユミが震えると、そっと胸に手を伸ばした。白くたっぷりとして、それでいて柔らかな膨らみ。感触だけでもその胸が大きくたわわに育っていることがわかる。

「ちゅ……ん、ちゅ、ちゅる、ちゅぷ」
「………はぁ。ああ、シンジ、さん」

 布越しに硬くなった乳首を探られ、つままれてマユミはじわりと全身が熱くなるのを感じた。

「ああぁ、んっ…きゃふ、きゃ…あんっ」

 砂糖よりも黒蜜よりも甘ったるい甘え声でマユミはシンジにしがみついた。抱きつく手足は、興奮で痺れている。思いもかけぬ場所で再会した初恋の人と、漠然とそうなりたいと思っていた関係になるのだ。
 これから、シンジに抱かれる…。

(でも…)

 甘美であればあるほど、嬉しければ嬉しいほどにマユミの心は闇の中で苦しみに引き裂かれる。
 眼鏡の下で閉ざされた目から涙が一筋流れ落ちる。

(初めてを、あなたに捧げられなくて、ご免なさい)

 勿論、そんなことを気にするような人じゃない。
 10年近い歳月と経験は人を変えるには充分だ。
 理屈と感情は違う。
 本当は昨日の今日で笑ったり、思い出を語らったりなんてできるはずもないのに。
 無理に強がって、都合の良い方にばかり考えて。

「ご、ごめんなさい…ごめんなさい。いか…ううん、シンジさん。ごめんなさい…。初めてじゃ、なくて」

 あの醜悪なオークの族長に。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 思い出した瞬間、瞼が急に熱くなって涙が止め処なく流れた。
 喉の奥が風邪でもひいたように熱くなって、苦しくて…。
 急に泣き出したマユミに驚きながらも、ある程度予想していた彼は、しゃくり上げる彼女の髪の毛を撫で、指で梳きながら瘧のように震える体をそっと抱きしめる。彼女の苦しみと悲しみを感じ、彼も同様に喉の奥に痛みを感じていた。

「嫌なの、こんな、自分を誤魔化してばかりで、ずるい私が、嫌…。本当は、シンジさんに抱かれる資格なんて、ない。嫌…なの。こんな、自分が、嫌…なの」

 そんなことない。
 シンジはそう言おうとしたけど、喉が張り付いたようにひりついて声が出なかった。
 内気とか優しいとか言うのは嘘っぱちだ。それは単に他人の痛みに敏感で放っておけないから、自分のことのように感じるから。自然と他人を気遣い、それを優しいと他人が言うだけなんだ。
 だから、たぶん、僕は彼女に嘘がつけないんだろうな、とシンジは思う。同時に、マユミもまたシンジに嘘をつけないだろう。こんなにもそっくりだから。

「山岸さん…」

 やっと、自然に名前が呼べた。なぜか大きく安堵のため息をつき、しゃくり上げるマユミを抱き寄せる。頭を抱えるようにして胸に抱き、痛いほどきつく抱きしめた。震えが胸を通して心臓にまで伝わってくる。まるで初めて会ったときと同じ、8歳の女の子みたいに弱々しい。

(酷い目に遭わされたんだよね)

 甘い甘い、砂糖よりも甘い認識だった。
 どうすれば良いんだろう。好きだ、愛してるとか、僕がついてるとか言えば良いんだろうか。場合によってはそれも正解だと思うけれど、今は正しくないと思う。面と向かって本当に好きなのか、とたずねられたら即答できないだろう。

(…逃げちゃ、ダメだ)

 答えられないなら、いっそ何も言わない方が良い。言葉より行動だ、と加持さんは言っていた。
 何も言わず、シンジはマユミを下敷きにするように押し倒した。強姦の時の記憶を思い出したのか、シンジとわかっていてもマユミは体をすくませている。
 だが、抵抗はしない。
 シンジさんがそれを望むのなら…。

「ああ…」

 小鳥のように震えるマユミの服をゆっくりと脱がせていく。あり合わせの服だから、帯をほどくだけで簡単に脱がせることができた。上着を脱がされ、腰布をむしり取られ、瞬きをする間もなくマユミは一糸纏わぬ姿をさらしていた。

「…やだ。そんなに、じろじろ見ないで、下さい」

 マユミは恥ずかしそうに両手で胸を隠し、両足を摺り合わせるようにとじ合わせて股間を見せないようにする。
 羞恥に赤く染まった顔をイヤイヤと小さく左右に振る。
 艶やかなストレートロングの髪がさらさらと揺れた。

「シンジさん…恥ずかしい、です」

 果実のような球形をした乳房は、仰向けになったことで左右に少しひしゃげている。シンジは無言で鷲づかみにした。柔らかさと弾力を指先だけでなく、手の平全体で楽しむ。
 シンジは大きい胸が好きなのかな、そうだったら邪魔だと思うくらい大きい胸もちょっとは嬉しいとマユミは思う。

「もっと触る、よ」
「あ、は、あ…ん。胸、触って…ください」

 ずっしりとした量感と重みを感じ、シンジは思わず息を呑んだ。改めて、幼なじみが大人になっていたことを実感した。
 胸に感じる痛みは嫉妬だろうか。
 ピンク色の乳首をそっと撫で、つねるようにつまんでこね回すと、切ない喘ぎ声でマユミが身を捩る。

「はっ、あっ…ああっ、あん、あっ、やっ。シンジ、さん…ああ、んっ、あっ、あっ、あぁ」

(僕で、感じてるんだ)

 魅惑的な姿に興奮するが、一方でなぜか腹の底にチクチクとした不快感を感じた。

(変だな、何だろ、これ)

 悲しい喘ぎ声で啼くマユミの姿に、オークの幻影が絡まっているのが見えた。そう、最初に感じた嫌な予感は、マユミが彼の過去を知っていることに対して感じたのではなかった。他人の痛みを強く感じてしまう彼だからこそ、マユミの受けた辱めもわかってしまう。
 思い出は汚されていた。

(こんな、下手な、ぎこちない手つきなのに、感じるはずがないんだ、感じるはずないのに。それなのに、こんな、こんな…)

 初心者のシンジを気遣っての感じてる演技、ならまだ良かった。真実は演技ではなく、初心者の愛撫でも感じてしまうくらい淫らな体にマユミがされてしまったのだ。
 この髪を、唇を、首筋を、胸を、腹を、太股を、尻を、薄い恥毛が生えた恥丘を、全部オークに奪われた。舐められ、愛撫され、揉まれ、噛まれ、そして、そして…。

「あっ、はぁ、あぅ、はっ、はっ、はふ、あうぅぅ」

 マユミがあの変異したオークに組み敷かれ、犯されている姿が浮かぶ。
 想像の中でマユミは泣き叫び、必死になって助けを呼んでいた。徐々に拒絶の声は弱まり、ついには謝りながら喘ぎ始める。巨乳を揉まれ、全身を舐められ、しゃぶられて全身に汗を滲ませ、眉を八の字にしてヒィヒィとかすれ声で喘いでいた。
 そして、涙を一杯に目に浮かべて、あの異形のペニスを挿入されるのを拒絶しようとするが、聞き入れられるはずもなく…。

「胸がチクチクする…」

 大切な思い出を踏みにじられて奪われた。
 さっき格好を付けたことを言ったけど、自分に、こんな醜い独占欲があったとは思いもよらなかった。自分の卑小さを自覚すると、途端にどうしようもなく、頼りなかった。すぐ近くにいるのに、抱きしめられるくらい側にいるのに、光のない深い縦穴に落ちていくようにマユミが遠くなっていく。
 いや、まだ間に合う。手を伸ばせば届く。届く、はずだ…。



 シンジの葛藤をよそに、マユミはうっとりとした表情をしてシンジの愛撫に身を委ねていた。

(胸、触られてる…指、熱い。ふわふわして雲の上で跳ねているみたい)

 愛撫に身を任せ、無意識に身体をくねらせる。
 マユミは四つん這いにされ、背後からシンジがのし掛かるようにしがみついていた。

「あっ、ああぁ…そん、なっ。ああぁ…シンジ、さん」

 乳首を捏ねられた途端、腕がブルブルと震え、上体を支えきれずに崩れ落ちた。腰だけ高く上げ、風下から獲物を伺う猫のような格好だ。胸が大地に押しつけられ、ぐにゃりと拉げたように形を変えた。

(ああ、み、見られてる…恥ずかしい、所を、シンジさんに)

 秘所よりも恥ずかしいところも丸見えになっている。肛門もなにもかも全部丸見えな自分の姿を想像した。

「ううぅ、は、はずか、しい、です。う、ううぅっ」

 羞恥のあまりマユミは布を噛みしめて嘆いた。このまま雪のように小さくなって、溶けて消えていきたいような。
 小さくしゃくりあげているマユミのくびれた細腰がつかまれ、シンジの方に引き寄せられる。

「あ…」

 硬く、熱いシンジの一物の気配を感じた。白く濁った愛液で濡れる秘所に押しつけられた亀頭の感触。

(こんなに、恥ずかしい格好のままで)

 恥ずかしいけど、でも後ろからで良かったとマユミは思った。今はまだ、シンジの視線を受け止められる自信はなかった。

「はぁ、あ、ああぁ、はぁ。シンジ、さん…」

 膨らんだ秘所を押し開くように、ゆっくりと亀頭が割れ目に沿って擦りつけられている。
 ちゅく、ちゅくと濡れた音が聞こえた。

(わたし、凄く濡れてる。ああ、来る…来て…)

 顔を快楽と喜びに惚けさせて、悲しみと喜びに涙を流して、熱い吐息をマユミは漏らす。
 期待と申し訳なさで息を荒くなる。震えながら深く息を吸い、ゆっくり吐き出したとき…。ぬるりと先端部分が飲み込まれた。

「くっ、んんっ………ああぁ(あ、熱い…シンジ、さんが、入ってきてる)」

 亀頭が膣壁を押し開く感覚に目を見開き、バネ仕掛けのように首を反らせた。長い黒髪が跳ね上がった。
 黒髪の美女の全身が快感で小刻みに震える。
 亀頭を包み込む熱い感触にシンジの指先がきつくマユミの尻に食い込んだ。

「ああああっ! あ、ああっ! くっ……シンジっ、さん!」

 強く腰が突き出され、竿部分まで全部呑み込まれた。

「うっ…くぁぁぁぁ。は、あぁ、いかり、くぅ…ん。あぅ、あ、ああぁ」
「ううぅ。山岸、さんのなか、熱くて、きつい…」
 マユミの目の前が真っ赤になる。プクリと膨れたカリの部分がゴリゴリと削るように膣襞を擦り、刺激していく。

「くぁ、あぅ、あはぁ…」

 狂いそうだとマユミは思った。シンジと結ばれた幸福感が彼女の全てを満たしていた。今、彼女の体も心も、どこを切っても出てくるのはシンジだけ。
 彼のことしか考えられない。

シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ…。

「はっ、はっ、はっ、は、は、はっ、はふ、ふぁっ、あ、あっ、あっあっあっ、ああっ」

 気がつくとシンジは攻め手を変えていた。激しい突き込みでいつの間にかマユミはつま先立ち、両手をついて高く腰を持ち上げるようにしていた。
 シンジの両手が伸ばされ執拗に胸を揉み続けているのを感じる。胸を愛撫しながら回転させるように腰を動かし、一物で最奥を擦っている。

「あう、はっ、ふ、はふ、ふぁああっ、あん、ああっ」

 火傷しそうなくらい、熱い…。
 だらしなく開いた口から涎が垂れていた。揉まれてほぐされて乳首が硬く立っていた。
 思い人の指が触れるたびに、ピリピリとマユミの背筋が震えた。ゾクゾクとした快感で背筋が震え、快電流で粟立った肌が痺れていく。自分の喘ぎ声が自分の物じゃないみたいに感じる。

(ああっ! き、来ちゃう!)

「ひぃぃぃっ、いっ、ああっ、ああああぁっ! いかっ、あっ、いや、しんじ、さんっ!」

 もう何度目かわからない最奥への突き込みが子宮口を叩く。
 太くて硬い物で胎内を蹂躙されていく。
 ヒカリの時と違い、童貞を捨てたからかそれとも一度射精したことで余裕が出来たからか。シンジとの交合は深く、経過した時間を忘れさせるほど長く続いていた。

「ああうう、あう、はっ、ひゃう、くっ、ひっ、ぃ…あああ、あぁ、溶けちゃう、あっ、ああ、私、溶けてく…。
 おお、お、お願い、待って、これ以上、う、動いちゃ」

 マユミは既に何度か意識を喪失していた。
 もう何度だろう。唐突に意識の断絶を悟り、また甘美な快感で暗闇から意識を覚醒させるのは。無限に続いてるような気がする。
 どれくらい時間は経ったのか。数分? それとも数時間?

「うう、山岸さんが、絡みついて、くる…」
「そんな、は、恥ずかしい、こと、言わないっ、でぇ! あ、あ、あっ、ああっ。こ、こんな、ひゃううっ!?」
「ああ、うう、山岸さん、山岸さんっ、うう、ま、マユミ、さん」
(ああ、名前を、呼んで…もしかたら、初め、て? ああ、ああああっ!?)

 名前を呼んで貰えた。
 そう意識した瞬間、股間が痺れたように疼き、愛液が洪水のようにあふれ出すのを感じた。
 挿入されたままぷるぷると小刻みに震えるシンジの一物が、マユミの中で一層膨れあがった。

「ひっ、ひぅ、う、うううぅぅ。乱れてる私を、はぁ、あ、あぁ。もっと、いじめて。く、くっ…ふぅ」

 いつしか、マユミは膣が痺れて、無感覚に近い状態になっているのを悟った。
 慣れて感じなくなってしまった…わけではない。

(こ、これって)

 唇を噛みしめて声を抑えながら、マユミはあり得ない異様な光景を見ていた。
 潮が引いて海底を露わにした海岸に、水平線の向こうから巨大な水の壁が迫ってくるイメージ。
 この波はシンジだ。
 そして自分は波に呑まれる小さな島…。その埠頭に係留されたさらに小さなボート…の側に浮かんでいる小さな木の葉。木の葉にしがみつく、小さな黒蟻。
 大波に飲まれ、もみくちゃにされ、散り散りバラバラにされてしまう…。

(来る…津波が、大きいのが、わたし、い、いっちゃう…)

 津波のイメージとそれの意味を悟った瞬間、赤黒く膨れあがった一物が深く強く挿入された。一杯に膨れあがったシンジの分身で、文字通り身体の中が一杯になるマユミ。
 反射的にマユミは全身全霊でシンジを締め付けた。膣の襞で、愛液のぬめりで、熱い体温でシンジを喜ばせようと…。

「ちょっ、い、いっ…ああっ!! シンジさん、ああ、やっ、ああああぁぁぁっ!」

 何もかもが押し流されていく。
 固く閉じた目から涙を流し、大きく開いた口からは悲鳴じみた啼き声を漏らす。全身が茹だったように熱く、細胞がとろけていく言葉に出来ない絶美の快感だった。

「しんじ…さんっ!」

 我を忘れて叫び声をあげながらも、ビクビク、ヒクヒクと全身を痙攣させ名残惜しむように、絞り出すようにシンジの名前を呟いた。
 絶頂に達した彼女は、ビクン、ビクンと大きく全身を震えさせて前のめりに崩れ落ちた。半ば意識を失いつつも、一滴も逃すまいとするように膣全体でシンジを締め付ける。泡を吹いた精液が子宮に注がれていく。
 熱をもち鈍感になった膣内にドクドクと注ぎ込まれる精液の感触を感じる。
 気持ちいい、と叫んだつもりだったが喉をついて出たのは叫び声だった。

「ああああああっ! うぁあぁぁぁ――――――っ!!」

(満たされてく―――。シンジさんで、私の、全てが)

 魂を絞り出すような射精感に飲まれたシンジに、骨が折れそうなくらい強く抱きしめられている。記憶の中のそれとは比べものにならないくらいたくましくなった腕に抱かれ、痛いなんて物じゃないけれど、その痛みすらも彼女には心地よかった。胸に残された指のあともシンジの残してくれた物だから。

「あ、ああ、はぁ、あ、あぁ。まゆ…、山岸、さん」

 名前で呼んでくれても良いのに。でも、そんなところも昔のままの彼らしい。

 射精された精液の熱さと染み渡る感触。
 鈍痛を覚え、急に重くなっていく腹を彼女はそっと撫でる。
 マユミはその存在をもう一度確かめるようにシンジの手を握り、タバコの煙を吐き出すように深く長いため息をつき、そっと目を閉じた。






初出2010/10/24 改訂2011/06/05

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