act 3.
なるべくL.Aまでの道のりを急ぎたいとのことだったので、次の日は朝早くにモーテルをチェックアウトして、休憩をとりながら一日中国道を走っていることとなった。
だが、国道に出る前にまた一悶着あった。一刻も早く先に進みたいハイネルをよそに、ハンドルを握っているのをいいことに、グーデリアンが勝手により道をしてしまったのだ。しかも、その行き先はカジュアルなファッションショップだった。
昨日、わずか二時間という準備期間しかハイネルはグーデリアンに与えなかったので、多少は気がとがめていたのだろう。グーデリアンがシンプルなジーンズやシャツを物色していても、ハイネルは文句を言うことはなかった(何か言いたそうではあったが)。だが、それも、試着室に自分が追いやられるまでの話である。
「ちょっと待て!なんで私が試着室なんだ!お前の服なんだからお前が試さなければ意味がないだろう!!」
「誰がオレの服だなんて言ったよ?お前の服だからお前が試着するに決まってんだろ?」
試着室の向こうが一瞬沈黙する。五秒ほどして、すさまじい勢いでハイネルが反論してきた。いわく、なぜこの私がこんな服を着なければならないのか、私は十分着替えを持ってきている、うんぬん。
グーデリアンは金髪をがしがしとかきあげながらハイネルに説明しなければならなかった。
「あのなハイネル、お坊ちゃんのお前にはわかんないかもしれないけど、こんな国道走ってて、お前みたいなスーツ着てたら目立つんだよ。ダイナーでメシ食ってたとき、店に入ってくるヤツみんながみんなお前に注目してたのに気づかなかったのか!?オレたち、今逃避行中なんだぜ!!」
「そ、それは・・・」
実は気づいていなかった。ハイネルは、そういうことにはとことんニブイのである。さらに、店に来る人間の視線を奪っていた理由は、着ていたものよりも、ハイネルのぬきんでた容姿にあった。グーデリアンはもちろんそのことに気づいていたけれど、どちらかと言えば中性的な顔立ちを本人がイヤがっているような素振りを見せていたので、それには触れないでおいた。グーデリアンはハイネルとは逆で、見た目よりもそういったことに気が回るタチなのだ。女性という女性にもてまくっているのも納得がいく。
「とにかく、そのスーツはだめだ。オレは雇われの身だけど、依頼人を守るために必要最低限な口出しをする権利はあるはずだろ?必要以上に目立つのは得策じゃないと思うんだ。オレの言ってることは間違ってるか?」
「・・・・間違っていないな、わかった。今着替えるから待っててくれ」
試着室の向こうで、ハイネルが小さな声で言った。おや、とグーデリアンは片眉をあげる。ずいぶん高飛車なお坊ちゃんのように見えたけれど、ハイネルは自分に非があればきちんと認めるだけの度量を持っているらしい。今の一件で、かなりハイネルに対する好悪の天秤がいい方に傾いたような気がするグーデリアンだった。
グーデリアンの言うことに納得はしたものの、彼とは根本的に洋服の趣味が違っているらしいハイネルは、ジーンズ一本決めるのにも多大な時間を要した。あれにしろよ、いやあんなのはガマンできない、とさんざんやりあって、ようやくもめにもめた買物も済み、ハイネルは半ばぐったりとして店を出た。どうやら、ハイネルは自分にはジーンズやカジュアルなシャツなどはまったく似合わないと思いこんでいるらしく、今の自分の姿がみっともないものだと思っているようだ。
ハイネルがどうしてもと言うので、あの独特のツンツンヘアーやメガネはそのままだが、それでもスリムジーンズをはいたハイネルは、すらりとしたスタイルがより強調され、スーツ姿とはまた違った良さがあった。だからグーデリアンが言葉をつくしてほめてみせるのだが、一向に彼は聞く耳を持たない。相当自分の容姿にたいして誤った評価を下しているに違いない。
ハイネルは車に乗りこんでからもかなり長い間不満を表明していたが、今はおとなしく助手席におさまっている。というより、疲れが一気に吹き出して眠ってしまっていた。
自分が眠ってしまってはずっとハンドルを握っているグーデリアンに対して悪いと思っているらしく、初めのうちはなんとか睡魔と戦っているようだった。こくこくと頭が前にかしぎそうになるたびにハッと起きあがり、グーデリアンに他愛もないことを話しかける。そうでもしないと再び眠りに入ってしまうのだ。が、しばらくするとまたこくこくやりだす。
そこで、グーデリアンが眠っているように言ったのだった。それでもかたくなな態度で固辞していたのだが、疲れには勝てなかったらしい。やがて穏やかな寝息が助手席から流れてきた。
「よっぽど疲れてたんだな」
風に髪が吹きさらされるままに、グーデリアンはぽつりとつぶやいた。今日一日の疲れというよりも、もっと長い間の疲れがたまっているのだろうと思う。色が白いので、顔色の悪さがすぐに見てとれ、実を言うと昨日から心配だったのだ。体つきも華奢だし、食も細い。デスクワークばかりだろうから、あまり体を動かす機会がないのかもしれない。
けれど、グーデリアンが眠るように促すと、彼はこう言ってきたのだ。
「私よりもお前だ。私にも車の運転くらいできるから、いつでも言ってくれ。ハンドルを握りつづけているのだから、精神的にも疲れているだろう?」
からかいや言葉の上だけでのねぎらいではなく、本心から言っているとわかる口調と表情だった。初めはとても冷たく見えていたメガネ越しの緑の瞳が、心配そうに細められているのがわかる。深い森の中の湖のような瞳で、とても綺麗な色だった。
今は眠っているので、その美しい瞳は閉ざされたままだ。伏せられた長いまつげを、不思議な生き物を見ているかのようなまなざしで見守った後、グーデリアンはアクセルを踏みこんでいった。