act2

 フランツ・ハイネルがジャッキー・グーデリアンの元をはじめて訪れてから二時間後には、二人は車中の人となっていた。
 二人が乗っているのはハデハデなオープンカーである。真っ赤なキャデラック。グーデリアンは赤いバンダナにグラサンを身につけてハンドルを握っていた。派手な車だが、金髪碧眼、加えて身にまとう雰囲気さえも華やかな彼にはとてもよく似合っている。褪せた色の金髪が風になびく様は、女性でなくとも目を奪われてしまうだろう。
 だが、隣に座っているフランツ・ハイネルは何もかもが気に入らないらしく、グーデリアンと目をあわさないようにぷいと横を向いていた。
「なんだよ。さっきから何が気に入らないんだよ」
 グーデリアンはそう言うが、声にはまったく気にしているような響きがない。のんきそのものの口調である。ハイネルは音がしそうな勢いで左隣に座っている男の方を向くと、一気にまくしたてた。
「何もかもだ!!何もかも!私は狙われてるんだと言っただろう!!それがなんだ!この派手な車は!10Km先からでも見つかるような派手さじゃないか!!」
 ハイネルがあまりの剣幕でまくしたてるので、グーデリアンまでカチンときたらしい。がしがしと髪をかきあげると、彼は反撃に出た。
「だーかーらー、飛行場までの辛抱だって言ってんだろ?大体さ、会議は二週間後、しかも東京で行われるっていうのに、なんで行き先がイギリスなんだよ。しかも!チケットをとった飛行場がロサンゼルス!ロサンゼルスだぜロサンゼルス!アメリカの反対端じゃねーか!!何が悲しくてニューヨークからいちいちLAまで車で行かなきゃいけないんだよ!行き先はイギリスだぜ?ニューヨークからのがよっぽど近いじゃないか!お前、頭よさそうな顔して実はオツム弱いんじゃないか!?」
「敵をあざむくためだと説明したはずだ!!」
「こんな目立つ車に乗っといて何があざむくだよ!!」
「この車はお前が悪いんだろうが!!」
 オープンカーでギャーギャーわめいているので実に目立つ。ただでさえ人目をひく二人組みが同乗しているというのに、それこそ見てくださいと言わんばかりのパフォーマンスを繰り広げている彼らは、もはや周りのことなど目に入っていないに違いなかった。
「まったく、ブリードという情報屋から、腕利きだと太鼓判を押されたから選んだというのに、私は間違った選択をしたようだ!だが、もう時間はないし、どうしたものか・・・」
「なんだよ、まだブツブツ文句言ってるのかよ。しつこいヤツだなー」
「しつこいだと!?大体、お前は最初からやることなすこと・・・・」
「ちょっと待った!」
 また際限なく言い争いが始まるかと思われたとき、グーデリアンが低くハイネルを制した。グラサンのグラスを上にはねあげ、青い目を細めてバックミラーをのぞきこむ。それからグラサンを元に戻すと、前を向いたまま言った。
「後ろからブルーバードがつけてきてるぜ」
 グーデリアンの言葉に、ハイネルは一瞬彼の方を向いた。だが、すぐに平静に戻って前を向く。そして、何でもないことのように言った。
「まいてくれ。できるか?」
 すると、グーデリアンの口元に少年のような笑みが広がった。心底楽しそうな笑みだった。
「まかせとけ!!オレのテクを見せてやるぜ!ちゃんとつかまってろよ!」
 言い終わらないうちに、アクセルを思いきり踏み込む。急な加速にハイネルが文句をまた何か言ったが、グーデリアンの耳にはすでに届いてはいなかった。
 実は、グーデリアンが本業にしたいという職業とは、レーサーなのである。なにしろレースを続けるには金がかかる。彼は自分にはプロでも十二分にやっていける才能があると自負していたが、いかんせんその才能を発揮する場に恵まれていない。
 グーデリアンの実家はたいそうな資産家なのだが、自分の力だけで身をたてたいと願っている彼は、決して家に頼ろうとはしなかった。そのため、悪友のブリード加賀とともに、何でも屋稼業に身をやつしているのである。加賀もまた、いつかは自分のチームを持って走りたいという夢をかかえているのだった。
 そんな彼なので、こんなシチュエーションに燃えぬわけがない。自然にハンドルを握る手にも力がこもろうと言うものだ。
 グーデリアンたちのキャデラックが急加速をすると、後ろのブルーバードもすぐに異変に気づいたようだった。こちらもアクセルをふかしてくる。
 こうなるとグーデリアンにとってはますます面白い状況だ。
「グ、グーデリアン!スピード出しすぎじゃないのか?今何Kmでてるんだ!?」
「口開くなよ!口開いてると舌かむぜ!?いいから、オレを信じてろって」
 言いながら、すさまじいスピードで左コーナーに侵入していく。スピードが乗りすぎたキャデラックはそのまま対向車線に飛び出していってしまいそうな勢いで、思わずハイネルが目を閉じる。が、グーデリアンは猛然とハンドルを左に切った。フロントがコーナー内部を向いたところですかさずハンドルを右に切りなおす。リアがすさまじい勢いで流れ始め、キャデラックは一時完全に横を向いた。公道とは思えないような派手なドリフトである。
 グーデリアンのすさまじいテクニックのおかげなのか、対向車線に車体がはみだすことはなかったのだが、驚いたのであろう対向車がヒステリックにクラクションを鳴らしながら走り去っていった。カーブにさしかかった所で対向車が自分の方に向かってくるように見えたら、そりゃだれでもびっくりするだろう。さすがにブルーバードのドライバーにそれだけの技量と度胸はない様子で、後ろの銀の車体はみるみるうちに遠ざかっていった。
「見たか!オレさまの華麗なテクニック!もうほれぼれするだろ?」
「どこがだ!!私だったらもっとむだのないライン取りで、ずっと早くコーナーを抜けていた!」
「なにい!?ハイネルって、キレーな顔してほんと口悪いよな!性格ブスってヤツか!?」
「何だと貴様ー!!」
 アクセルを踏みこんだまま、平気で言い争いをしているドライバーと同乗者。ブルーバードをまいて三時間後に今日の宿とするモーテルに到着した時には、二人とも車にというよりも、口ゲンカにつかれていた。


「オレ、ハンバーガーのセットとチキンソテーセット。それにバドワイザー。ハイネルは?」
「私はサラダとオレンジ・ジュースを」
「何だよ。道のりは長いんだぜ。ちゃんと食っとけよ」
 アメリカのモーテルは主に長距離ドライバーの宿泊施設となっているため、それほど豪華な調度は望めない。
 それでも体を休められるだけマシということで、彼らは国道沿いの小さなモーテルに宿泊することにした。完全に腰を落ち着ける前にとりあえず腹ごなしというわけで、近くのダイナーに足を運んだのである。
 グーデリアンにすすめられ、ハイネルもとりあえずチキンソテーのセットを頼んだ。だが、あまり食がすすまないようで、半分ほど口にしてからはフォークがすすんでいない。
 それにしても、こんな田舎のダイナーにいると、ハイネルは目立ちすぎた。このへんは職業ドライバーや地元の農夫たちの馴染みの場所らしく、多くの客たちが入れかわりたちかわり現れては、めいめいに食事を楽しんでいる。どの顔も日によく焼け、屈強そうな体つきだ。
 ところが、ハイネルはいかにもホワイトカラーといったノーブルな容姿に、おまけにスーツ姿である。ただでさえ秀麗な容姿が人目をひくというのに、こんな場所では悪目立ちしすぎてしまうのだ。さっきも、いかにも腕力のありそうなトラック野郎が店に入って来るさま、ハイネルを見て口笛を吹いていた。もっとも、ハイネル自身はまったく気づいていないようだったが。
「こりゃ大変だな、これから」
 思わずため息をついてしまうグーデリアンなのであった。


act 3に続く 

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