South Side



 volume5



 ・・・・つ、つかれた・・・・。とにかくつかれた。もう息をするのさえ一苦労って感じだ。
 ペンを握る(今時オレは携帯PCではなく、レトロにもペンとメモでこの稿を書き進めているのだった)手にもうまく力が入らず、字がふらふらとしてしまっている。

 今オレはどでかいメタリック・シルバーの超高級車(もちろん自社製だ)の後部座席に収まっている。
 オレの前、助手席にはハイネル監督がいて、運転手を務めているクレイグ・エドワーズと先ほどから何やら話し続けていた。クレイグは外との交渉が必要な時に全ての段取りを整えてくれる若いが有能な男だ(ちなみに、監督がオレのポジションをこいつに渡すぞ、と言って名をあげた男である)。
 オレが指一本も動かしたくないほど疲弊しきって柔らかなシートに体を預けまくっているというのに、監督は一週間後にドイツの本社で行われる予定のプレゼンテーションについてクレイグと話し合っているようだった。
 ・・・・・あのほっそりした体のどこに、あんなバイタリティが隠されてるんだ?ハッキリ言って、オレだったらとっくの昔に過労死してるね。


 オレたちは六日ぶりに懐かしき仲間・・・・ドライバーのジャッキー・グーデリアンや、その他愛すべきスタッフたち・・・に会うべくテストサーキットに向かっているところだ。
 この六日間というもの、それこそ寝る間も惜しんでオレは働きまくった。あっちの工場、こっちのラボ、そっちの取り引き先・・・・。
 だが、ハイネル監督はオレ以上に働きまくっていたはずだ。ジャッキーが一瞬だけ見せた、あの憂いを含んだ青い瞳が忘れられなかったオレはなるべく彼のブレーキになるべく努めたが、それでも彼の働きぶりはすさまじいものがあった。よく倒れないものだと思うが、元から白い顔にやつれの影が見えているので、恐らく気力でカバーしているのだろう。
 彼の体が心配なのは山々だが、後は、チームと合流してからジャッキーが何とかしてくれるに違いない。

 おかしな話だが、監督があれだけきちんとした人で、対するジャッキーは見ての通り大らか極まりない男だというのに、オレたちクルーの間では『ハイネルさんが働きすぎている時はグーデリアンに任せておけば安心』といった認識が成り立ってしまっ! ている。・・・なぜなんだろうな。

 話が少しそれてしまったが(オレ、ひょっとしたら話し手としてもまとまりがないのだろうか・・・)、残念ながら今回のビジネス・トリップについては、チーム事情に関わる事柄が多すぎるために詳細に語るわけにはいかない。
 もっとも、ハイネル監督といっしょにヨーロッパの国々を飛びまわっていたわけだから、監督のファンからは『あんたみたいな人がなんでハイネルさんとそんなに一緒にいられるのよ!』となじられ、ジャッキーのファンからは『なんでチームで一番大切なドライバーについて全然語んないのよ、キーッ!!』・・・・なんて吠えられそうなので、語らない方が良さそうだが。



 ともかく、それから数時間してようやくオレと監督はテストサーキットの地を踏んでいた。
 やっと自分たちがあるべき場所に戻ってきたってわけだ。我がチーム、我が故郷に!体は疲れきってるが、これを喜ばずにいられるか!!



「ハイネルくん!それにB.M(オレのあだな、『Big Messy』のことだ)じゃないか!よく戻ったな!」

「ヒルさん、ただ今戻りました。グーデリアンはテスト中でしょうか?」

「ああ、君たちががんばってくれたおかげで、昨日深夜にモーターが届いたんだ。うれしくって徹夜で作業しちまってさ、早速朝からテストして試してるところさ。グーデリアンのヤツはぶつぶつ文句言ってたけどな。ヤツももうすぐ一度目のブレイクに入るはずだろう。ほら、B.Mももっとこっちに来い!久しぶりだな、おい。たったの六日でやつれたんじゃないか?」

「監督の人使いが荒くて」

「上司にたてつく元気があるうちは大丈夫さ。ほらほら、皆二人の帰りを待ち構えてるんだ。早く奥に!」


 ああ、・・・・・・『帰ってきたな』と思う。懐かしいチームクルーの顔。どこか雑然としたピット。独特の水素燃料の匂い。
 ああ・・・・帰ってきた。

 例えこのチームが結成一年足らずで、このテストサーキットを利用したのがまだ二回目だとしても、・・・・それでもオレの居場所はここなんだ。


「ハイネルさん、ジェフリー!」

「監督、お疲れでしょう?ジェフも大変だったな!」


 ほんの数日離れていただけで、こいつらの顔がとても懐かしく感じられる。愛すべきレースバカたち。オレもお前たちが恋しかったよ。
 
 ひとしきり再会のあいさつを交わしていると、早速無線を通してマシンを走らせているジャッキーに声をかけていた監督が(彼らはお互い、とにかく一番最初に相手の動向を確認しないと気が済まないらしい)声を荒げているのが耳に入った。


「グーデリアン!何を言ってるんだ!まだピットインまで三周残ってる予定だろう?それが何故今の周で戻ってくることになる!?予定を勝手に変更するな!」

『だってハイネルやっと帰ってきたんだろ!?』


 監督のヘッドフォン越しにもジャッキーの大きな声が漏れ聞こえてきた。それに対して監督は一言二言言い返していたのだが、ジャッキーにしては珍しく声を潜めて何か言ったらしく、しばらくの沈黙の後ハイネル監督の白皙の頬が見事なほどに赤く染まっていた。
 ・・・・・またジャッキーのヤツが監督のことを何かからかったのかな?

 どちらにしろ、こうして無事チームに戻ったことと、それから出張に出ていた間の報告をする必要もあるだろうと判断されたことで、結局一度ブレイクをいれることになった。
 ジャッキーは『それまで流し運転』疑惑が出るんじゃないかと思うほどの速さでピットに戻ってきた。・・・オレはこの場にずっといたわけじゃないから何だが、それでも先ほどまでヤツの走りを見ていたはずのスタッフが唖然としたようにモニタを見やっているのでほぼ間違いないだろう。
 ジャッキーはコクピットから出る時にヘルメットも耐火マスクもはぎとり、文字通り飛ぶようにしてハイネル監督の元へとやってきた。
 で、問答無用の抱擁とやらをぶちかます。

 ・・・もう慣れたけどね。久しぶりに飼い主に会えた犬みたいだ、・・・・なんて言ったらジャッキー本人にもファンの子たちにも殺されそうだからこの辺りは削除してもらおう。


「ハイネル、おかえり!」

 ジャッキーの汗に濡れた前髪が少し色を変えている。

 我がチームが誇るドライバーだ。アメリカの星。そして今は我がシュトロゼックの星。

 ジャッキー・グーデリアンは一度それこそ絞め殺さんばかりの勢いで監督を抱きしめた後、唐突に体を離してそう言った。浮かんでいるのはジャッキー・グーデリアンにしかない、少年そのものの笑顔だ。青い目がキラキラと輝いていて、彼の両手はまだ監督の肩にかけられている。

 ハイネル監督は相手のあまりの勢いに押されているようだったが、しばらくするとようやく口元をわずかに綻ばせた。かすかだけれど、とても柔らかで暖かな笑顔だった。


「・・・・ただいま」

 
 その笑顔に、より一層深い、目を奪われずにはいられないような笑顔を返してジャッキーはもう一度監督を抱きしめた。それからオレの方に向き直る。


「よ、ジェフ。お疲れだったな。ちゃんとハイネルのお守をしててくれたか?」

「お守ってジャッキー・・・」

「グーデリアン!何てことを言うんだ。私はジェフリーの上司だぞ、私が彼の面倒を見る立場なんだ!大体お前、テスト走行を勝手に早く切り上げてしまったのはどういう了見だ!?」

「そりゃー、一刻も早くハイネルに再会したかったからさ」

「ばっ、馬鹿者!こんな所で・・・い、いや違う、そんなバカなことを言うな!」

「なんでハイネルに会いたかったって言うのがバカなことなんだよ」

「だから、それがバカなのではなくて、・・・・と、とにかくお前がバカだからいけないんだ。このバカ!」

「おっ前、人のことそんなにバカバカ言うか!?大体な、お前だってオレに会いたかったクセに・・・」

「だっ、誰がお前に会いたいなんて言った!!??私がいつそんなことを言ったというんだ。何月何日何時のことか言ってみろ!」

「今時ガキだってそんなこと言わねえぜ、ハイネル!」


 ・・・・・・また始まった。あの二人、毎回まいかい同じこと繰り返しててあきないんだろうか。・・・・あきないんだろうな、やっぱり。
 大体、・・・・・ここだけの話だけど、毎回まいかいおんなじような言い争いを繰り返し目にして耳にしても全然あきないもんな!
 この二人のやりとりはいつ見ても気持ちがいい。胸がすく気分だ。
 多分、互いが互いのことを本当に嫌っているわけではないんだっていうのが、言葉や態度の端々からものすごくよく分かるからなんだろうな。・・・・・監督に言ったら『私はこんなヤツ嫌いだ!』と激しく反論してきそうだけど。

 ホント、こんなこと言ったら監督は激怒するだろうけど、この光景を見ると『自分のチームに戻ってきた。自分のチームに日常が戻ってきた』って実感できるよなぁ。やっぱりうちのチームにはこれがないとな!
 ・・・・これを読んでくれてる人たちだって、みんな首をタテに振ってくれる自信がオレにはあるぜ。


 


 オレたちクルーは暖かく彼らの再会の儀式を見守り(ハッと我にかえって赤面している監督が見物だった)、それから即席ミーティングとあいなった。
 オレやハイネル監督からどのように物事が進行していったかの報告があり、それが済むと今度はドライバーであるジャッキーやヒルさんからこちらでの様子が報告される。

 一時期喫茶店のマスターになろうかと本気で考えていたというスタンがいれる美味いコーヒーを全員が手にし、思い思いの場所に陣取って話が続いていた。場所はピットから移していないので、ある者は積み上げられたタイヤの上に腰かけ、ある者は壁に背を預けている。
 監督はいつもそうするように真っ直ぐ背中を伸ばしてスタッフ全員を見渡せる位置に立ち、その横には当然のようにドライバーであるジャッキーの姿もあった。そうして立っていると、二人はあらかじめ対になるように定められているようにも見える。
 この二人を軸にして、オレたちはバラバラの位置にバラバラに立ったり座ったりし、だが意識は一つにまとまっているのだ。

 これも不思議な光景だ。不思議な緊張感と、・・・・そして、家族と団欒を囲んでいるような安堵にも似た思い。そんな複雑で相反する感情を味わえる場所が他にあるだろうか?


「新しいモーターの具合はどうだ?」

 ハイネル監督が美しい緑の目をちらりと横に流して聞くと、ジャッキーは親指をぐっとあげてみせた。


「最高だね。ストレートの伸びがぐっとよくなったぜ。ハイネルたちが戻ってきたから予定より2周早く切り上げちまったけど、それでもほとんどレースディスタンスを走りきってる。全くのトラブルフリーだったからうれしくなっちまったよ。な、デイビッド!」

「グーデリアンの言う通りさ。とりあえずこれで当分エンジンの方の心配はなくなったんじゃないかな。もちろん、まだ油断はできないけどな」

「そうでなければ私やジェフリーが寝る間も惜しんで飛びまわった甲斐がない」


 監督はそう返し、クールに笑った。だが、グリーンアイズには誇らしげな輝きがある。それはそうだろう。彼がどれほど苦労に苦労を重ねてあのモーターを勝ち取ったのか、そばにいて彼の補佐をしていたオレには誰よりもよく分かっている。

 ちなみに『レースディスタンス』は通常のレースで走行する距離で(もちろんサーキットごとに違うわけだが)、『トラブルフリー』は『トラブルゼロ』のことだ。ストレスフリー、シュガーフリー、スモーキンフリー・・・ま、そういうことだな。


「エンジンの方はひとまず置くとして、その他は?スタン、ピット作業の立場から気づいたことはあったか?」

「はっ、はい!作業中の話ではないんですけど、交換済みのタイヤを見てると、右のリヤの減りが大き過ぎるように思いました。左フロントも減りが大きかったんですけど、それよりも・・・」

「ということは、第二セクションのシケイン処理が荒すぎるということだな。左コーナーの侵入時にマシンが大きくぶれて右リヤが縁石をこすり、続くゆるい右コーナーの直後にくるタイトな左コーナーで今度は左フロントをこすっているんだろう。グーデリアン、そこのムダを無くせばコンマ1は縮められるはずだぞ」

「なんだよ。今回のテストはとりあえずエンジンとモーターの耐久度をみるためのもんだろ?テストサーキットなんだし、そこまでタイトに攻めてどうすんだよ」

「グーデリアン、私はお前ならできるのが分かっているから言ったまでだ」

「・・・・・・ハイネルって時々すっげえズルイよな」

 
 そう言ってジャッキーはがしがしと粗い金髪をかきあげた。ヤツはこんな何気ない仕草も男っぽくて人目をひく。
 そのクセすねたような口調が子供っぽくて、そのギャップにオレは思わず小さく吹き出してしまった。


 こんな些細なことの積み重ねがうれしくて仕方ない。やっぱり、ここがオレの息する場所なんだ。

 
 


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