South Side



 volume6



 慌ただしくも楽しいコーヒーブレイクが終わると、オレたちはマシンテストを再開させた。なごんだ笑顔がウソのように引き締まり、各自自分のポジションでなすべきことをなしている。

 オレは帰ってきた直後だし、しばらくマシンの様子を見ているようにとの監督からのお達しがあったので、彼の横に立ってモニターを眺めているところだ。

 今マシンを走らせているのはジャッキーではなく、依頼しておいたテストドライバーだ。
 テストドライブは普通複数の人間を使って行われる。一人の人間が必要以上に疲労を蓄積するのを防ぐためでもあるし、クセの違う異なるドライバーがマシンを運転した時の差異や特徴を確認するためでもある。断っておくが、別チームに情報を漏らされたらとんでもないことになるので、このテストドライバーともチームは一年間の契約をしている。よって情報漏洩についてはご心配なく。

 言うまでもないと思うが、もちろん監督の反対側にはジャッキーが立っていて、同じようにモニターを眺めている。


「グーデリアン、彼の走りを見てどう思う?」

「サイアクだろありゃ。オレの方が百万倍うまくシュティールのヤツを操ってやれるね」

「そんなことは分かっている」


 当然のようにあっさりとそんなことを言い切った監督は、多分自分がどんなことを言ったのか分かってないんだろうな。オレが呆けて彼の白い横顔を見つめていると、オレのそんな視線に気付いたらしいジャッキーがいたずらっぽくウインクしてみせた。
 そんなオレたちのやりとりに気づいていないらしい監督が続ける。


「私が聞いているのは、マシン全体の挙動についてだ。シュティールの挙動について何か意見があるか?」

「そうだな・・・ヤツは左コーナーの処理がヘタクソだからっていうのもあるとは思うけど・・・シケインでのふらつきがちょっとひどいよな。オレ自身がドライブしてる時もそう感じたし、まだマシンバランスが悪いのかもしれない」

「そうか・・・・。その辺りはまた調整しよう。・・・・ボブ!何をぼっとしているんだ。君の仕事はモニタを眺めていることではないだろう!?タイヤのチェックをするように言われているはずだ、早く行け!」

「はっはいっすみませ! んっっ!!」

「まあまあ、固いこと言うなよハイネル。誰だってマシンを走らせてる時はそっちの様子が気になるもんなんだからさ」

「お前がそんな風に甘くてだらしないから、チーム内にその雰囲気が伝染するんだ!」

「お前が厳しすぎるからちょうどいいだろ」

「その考えが甘いって言ってるんだ!」

「だからハイネルのその考えが厳しすぎんだよ」



 ・・・・・・・・・・・・・・・・また始まった。あきないとは言ったが、さすがにこう頻繁だとこう・・・・呆れるよな、正直。本人たちが楽しそうだからいいんだけど。
 彼らのどつきあい・・・・というよりはじゃれあいは、ピット内の緊張感をほぐす役目も果たしてくれてるんだからいいんだが、でも・・・・。



「ハイネルさん、そろそろ1度目のピットインです」


 オレの代わりに、チーフメカニックであるダンズミラーさんが進言してくれた。彼は監督のことを絶対に『ハイネル監督』ではなく『ハイネルさん』と呼ぶ。彼はオレよりもさらに昔からハイネルさんと同じチームでやってきている人で、それだけに『フランツ・ハイネル=レーサー』という思いが強いらしい。・・・・その気持ちはわからないでもない。
 当たり前のことなのだが、同じチームにあっても、クルー一人一人の思いや考え方は違うものなのだ。


「あ・・・すまない。私としたことが・・・・」

「何が『私としたことが』だよ。いつものことじゃねぇか」

「お前は黙ってろグーデリアン!予定通り1度目のピットイン練習を行う。ボブ、交換済みのタイヤはすぐにラボに回してくれ!摩耗具合を調べてもらうよう既に話はつけてある」

「はい!」


 にわかにピット内が活気づいた。

 さて、マシンの動向を目で確認する必要のある監督やジャッキーと違い、オレはいつまでもこうしてここで時間を費やしているわけにはいかない。やらなくてはならないことはまだ山積みだ。
 まずはクレイグに出張中のことをまとめて提出しなくてはならないし、ヒルさんに品物の不足状況を確認しなくてはならない。

 まったくもって目が回る。でも、今のところチームもマシンテストも上々だ。オレもがんばっている甲斐があるというものである。そろそろこの場を辞退して、1度自室にひきこもるべきだろう。
 
 ・・・・・・・・あの、見ただけでうんざりするような混沌の場へと。



 



 Here we now!ようやくここまでやってきた。もうすぐ筆を置くことができそうでオレは今とてもホッとしている。
 今回の依頼はとても楽しかったが、やっぱりオレの本業はレース稼業だ。毎日まいにちマシンやチームのことばかり考えて飛びまわってるのが性に合うんだな。
 ま、やがて出版されるであろう本稿を読んだオンナの子のファンたちがオレに『もっとチームのこと、監督やジャッキーのことを教えて!』ってたくさんファンレターでも送ってくれたらまた筆を取るかもしれないが。
 ・・・・・写真つきだとその確立も高くなるかも。忙しすぎて、なかなか彼女を作るヒマが・・・・って、それはともかく!

 そろそろこの稿もまとめなくてはならないだろう。最後に、キミたちが必ず胸に抱いているであろう疑問に答えよう。



 なんでこんなタフな仕事に身を捧げてるのかって?
  
 うん、いい質問だ。そしてとても答えるのが難しい質問でもある。例えばそれは誰かを愛することと同じで、理由をあげようと思えば千もの言葉を重ねることもできるし、理由などなく、単なる感情の問題とも言えるからだ。
 だけど、オレにはどうしてもキミたちに伝えたいことがある。

 オレが通常業務の妨げになるかもしれないとわかっていてこの仕事を受けたのは、これを言いたかったからなんだ。

 なぜオレが、オレたちがこんなに特殊で苦しい仕事から離れないでいるのかを。



 シュトロゼックチームのヒミツを教えてやろうか。結成1年目の、しかもバラバラの個性が寄り集まって、なおかつ瓦解していないそのヒミツを。

 第一に、オレたちは皆ハイネル監督が好きだ。愛してる。
 第二に、オレたちは皆ジャッキーが好きだ。愛してないけど。
 
 第三に、オレたちは皆・・・・・レースが好きなんだ。マシンが好きなんだ。愛しくて愛しくてたまらない。そして、そんな人間が集まっているこのチームを愛さずにはいられない。

 何度裏切られても、何度傷つけられても、何度泣かされても、オレたちはその度にこの世界のすべてを呪い、憎み、そして再び深呼吸をし、背筋を伸ばしてこの世界の中核へと飛び込んでいく。

 裏切られることを恐れずに。傷つけられることを恐れずに。涙するその時さえ予期しながら。

 キミが思ってるほどレースの世界はキレイじゃない。理不尽だし、ドロドロとした目を覆いたくなるほどの汚い取引は日常茶飯事だし、思う通りに事が運ぶことの方が少ない。だってそうだろ?いいマシンとドライバーさえ揃えば勝てるんなら、オレたちのチームは毎回優勝して今ごろワールドチャンプが確定してる。

 憤り、怒り、悲しみ、すべてを投げだしたくなる無力感に耐えられない人間は、次々とこの世界から脱落していく。・・・・・無事逃げ出すことができた、と表現した方がいいのかもしれない。

 この世界にいるのが辛くなったのなら去ればいい。オレも、そして他の人間も止めはしない。恨みもしないし後ろ指を差したりもしない。オレたちにはそんなヒマさえない。
 そして、新たにこの世界に飛び込もうとする人間がいるならば、オレたちは誰でも歓迎する。そして、1度飛び込んできたのなら容赦はしない。
 まさに去る者は追わず、来る者は拒まずの精神だ。


 それはオレたちが薄情だからじゃない。レースを愛しているからだ。レースを愛しつづけることのできる者でなければこの仕事は務まらないと分かっているからだ。
 


 キミは心も体もすり減らし、これ以上ないほどクタクタになって、・・・・・それでもレースを、マシンを愛しつづけることができるか?



 レースの世界に飛び込もうとしている者は、まずこの言葉を胸の奥で反芻して欲しい。

 これは、オレが常にオレ自身に問いかけている疑問でもある。いつか遠い未来・・・・まだオレには予測もつかないが、いつかオレもレースに対する情熱や愛情を若さと共に失う時が来るだろう。
 そして、その時が来たらいさぎよくこの世界を去ろうと思う。・・・・・レースを愛しているから。マシンを愛しているから。敬意を失わずにこの世界を去ろうと思っている。オレはただ・・・・その時が遠い遠い先であることを願うのみだ。





「ジェフリー!」

「あ・・・監督。何ですか?」

「ファクトリーから先ほど連絡があった。アクセルデバイスの仕上がりが遅れているそうだ。冗談ではない!すぐ支度してくれ。何が何でも次戦に間に合わせてもらわなくてはならない。明後日イタリアに飛ぶぞ!」


 ・・・・相変わらず、キレイで知的な見てくれをしているわりには過激な人だ。明日はチーム全体がオフの予定とはいえ、明後日はイタリアか。さすがに日帰りではムリだから、2,3日はまた皆と離れることになるだろう。
 ・・・・おかしいよな。なんだか家族と離れる時みたいにさびしい。
 チーム自体も一週間後にはドイツの本社に移動することになっている。本当にめまぐるしい毎日だ。






 今日オレたちは南にいる。明日は東に向かい、あさっては西にいるかもしれない。めまぐるしく旅を続け、ホッと一息つくヒマもなく次の日には別の場所で呼吸をしている。
 家族や友人、恋人と遠く離れ、時に死ぬほどの孤独に襲われ、時にどうしようもない郷愁に駆られながら今日も異国の地で機械油と汗にまみれている。


 だがオレたちは故郷を捨てたわけじゃない。西にいても東にいても、北にいても南にいても、オレたちは常にしっかりと自分の属する世界に足をついて立っているのだ。

 オレたちの故郷・・・・・それは、我が愛するこのチーム、シュトロゼックの名を冠する若くもろく危うく先の見えない、けれども限りない可能性を秘めたチームなのである。


 そしてオレは願うんだ。・・・・オレたちの愛するこのチームを、これを読んでくれているキミが、ほんの少しだけでもこれまでよりもっと好きになってくれればいいと。


 オレの願いは叶うかな?

 ・・・その答えはもちろん、これを読んでくれた人一人ひとりの胸の中にあるだろう。



 ・・・・いや、私も、シュトロゼックはたった1年で解散とゆーか、分裂しちゃうのは知ってるんです。知ってるんですってば!!(笑)
 私、ツェンダーのことはよく分からないので(ゼックもよくわかんないんですけど)、どうしてもチーム的なことを書こうとするとゼックのことばかりになってしまうのでした。
 でも・・・ツェンダーとかも基本的にはいっしょですよね・・・・・・ち、違うんでしょうか・・・(弱気)。

 グーハーの方には申し訳ないのですが、(そしてこれを読む方が恐らく一人残らずグーハーなのはほぼ間違いないと思われるので、すなわち全ての方に対して申し訳なく思っているわけですが、)でも私はこのお話を書けてよかったです。書いてて楽しかったです。

 ちなみに『South Side』をタイトルにしたのは、『さぁイーストサイドにやってきた(このサビは四度繰り返して、四度で東西南北を一巡するのです)。友達をのっけて車で旅を始めよう。一晩中、そして1日中車を走らせるんだ。やってくる人もいるかもしれないし、留まる人もいるかもしれない』というようなくだりがすごく『みんなで旅に出ている』雰囲気が出ていて好きだったからなのです。MOBYという人の曲です。

 実はもう1話おまけ(ホントにおまけ程度ですが)を考えていますので、あきれていない方はもう1話分だけおつきあいくださいませ。←後日注:このおまけは当時UPしましたが、今はもう下げました。限定でしたので。
 あの・・・思ってたよりたくさんの方が『このお話つまんなくないですよ』ってなぐさめてくださいました(笑)。私としては『いつも以上につまんなくてもいい!』と半ば開き直りの気分で書いていましたので(やさぐれモード?)すごく励まされました。この場を借りてお礼を言わせていただきたいです。本当にありがとうございました!

 後日後書き:このお話はPCの故障でデータを紛失していたのですが、といきゃっとさんのご協力により復活させることができました。文字化け等を直すために再読したのですが、つくづくヘタくそだと感心しました。
 上でも言っている通り、本当にグーハーの方にはおもしろくも何ともないとは思うのですが、つたなくてもヘタクソでも私はこのお話を書いててすごく楽しかったんだろうと思います。私は自分の書くお話がワンパターンでヘタクソでものすごーくつたないことをよくわかってるんですけど、それでもやっぱり自分なりの愛情はあるのでした。
 再読して下さった方がいらしたらありがとうございます。そして、初めて読んで下さった方がいらしたとしたら、そういった方々にも感謝します。ありがとうございました!ほんの、ほんの少しでも楽しんでいただけたらすごく嬉しいです。


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