South Side



 volume1

 

 Hi,there!
 まずは礼儀として名乗っておくことにしようかな。オレの名前はジェフ・カンパルスキー。ジェフリー・ガイ・カンパルスキーだ。とりあえず皆からはジェフって呼ばれたりビッグ・メシー(『BIG MESSY』、残念ながら、オレは整理整頓が死ぬほど苦手なのだった)って呼ばれたりしてるのでお好きなように。

 なんでいきなりオレがここでこうして名乗りをあげたりしてるのかって言うと、オレがこう見えても今をときめくシュトロゼックチームのクルーだからだ。オレのこのとりとめのない報告は、後からうまいこと編集されて(まずい場所は削除してくれるそうだから安心だ)、二ヶ月後に雑誌の特集を飾ることになるだろう。

 オレは元々S.G.Mに所属していたので、ハイネル監督との縁が強い。シュトロゼック自体が今年CFに参戦したばかりの若く歴史のないチームなので、スタッフを大別するとハイネル監督との縁が深い者、ドライバーであるジャッキーとの縁が深い者、そして全く新規に加入した人間の3種類に分かれる。
 ハイネル監督自身、その聡明さと辣腕ぶりを疑う者はいないものの、CFというモータースポーツのトップカテゴリーに位置するチームの監督をこなすには若すぎ、経験値もゼロに近い。容姿端麗、頭脳明晰、おまけに自身も昨年までステアリングを握っていた才能あるレーサーであった彼をやっかむ輩は多い。ただでさえ新興チームに当たりがキツイこの世界で監督が彼だ、何かにつけ我がチームは話題や槍玉にあげられる宿命を背負っているのだった。
 まして、おれたちが擁するドライバーはジャッキー・グーデリアン。
 『アメリカの星』とたたえられ皆に愛されたレーサーが、何をとち狂ったか天敵とまで称された元ライバルが抱える、おまけにドイツ基盤のチームに移籍することになったのである。その時の騒動は、ハタから見ているだけのオレたちクルーでさえももう2度と思い出したくない悪夢と化しているので、監督やジャッキーたち当事者にとってはそれ以上の出来事だったのだろう。


 ともあれ、今オレたちはこうしてレース漬けの毎日を送っている。タイプはまったく違うとは言え、監督とドライバーに若く見目良く魅力的な人材を抱えている我がチームは、信じられないほど女性に人気があるらしい。今回の特集でも彼女たちを意識してレポートしてくれとのことだったので、オレもそのつもりでこの項を進めていくことにしよう。



 
 ひょっとしたらキミは、『サイバーに関わる仕事に就けたらいいなぁ。それが、あのシュトロゼックチームだったりしたらもう最高!麗しいハイネル監督が率いるあのチーム。擁するのは炎の星条旗、アメリカのセックス・シンボルジャッキーグーデリアン!!彼らのそばにいて、彼らの勝利への手伝いができるんだったら、いつ死んでもいいくらいに幸せ』・・・・・なんて思ったりはしていないだろうか?
 
 ・・・・思ってるんだろうな、やっぱり。だが、思うのと実行するのとでは天と地の隔たりがあるんだっていう厳然たる事実は、いつでも胸にとどめておいて欲しい。
 
 モータースポーツっていうのはハッキリ言って男女比にかなり偏りがある。考えて見るといい。どこに行ったって行楽地のトイレの前には行列が。その行列って絶対オンナの方が列が長いだろ?

 ・・・・・・・キミがオンナの子だったら、一度モータースポーツイベントに行ってみるといい。男の列は延々と続き、オンナの列はスカスカ。感動の光景を視界に入れることができるだろう!


 残念ながら、・・・・本当に極めて遺憾ながら、この世界における女性の進出率は非常に低い。理由はいくつもあげられる。まずモータースポーツに興味をもつ女性自体が少ないこと。物理学や電子工学、空力学に長ける人材は男性に偏りがちなこと。
 それから、単純にこの世界が非常に厳しいことがあげられる。体力的にも精神的にも筆舌に尽くしがたいほどのタフさが要求されるし、何よりもシーズン中はこの世界に隔絶されてしまう。家族や友人、恋人たちと離れ、毎日毎日体も精神も酷使しなくてはならない環境に耐えられる人間は男性でも少ない。憧れや理想だけではやっていけないのがこの世界なのだ。

 もちろん、それは我がシュトロゼックも例外ではない。オレもヒマではないから、これから毎日少しずつオレたちチームの様子をリポートしていくことにしよう。




 1日目。

 今CFはレースとレースの合間、1ヶ月のオフにある。
 それならゆっくり骨休めができるだろうって?とんでもない!最初に言ったろ、ただでさえシュトロゼックは今年1年目で他のチームよりもあらゆる点で劣っているんだって。こういう時こそ少しでも他チームとの差を埋めるべく努力をしなければいけない・・・とは、我が麗しき監督の弁だったが。
 だがまぁ、それはチーム全員一致して抱えている思いでもある。今のオレたちに休息という言葉ほど似つかわしくないものはない。

 オレたちは今イギリスのテストサーキットにいる。もちろんシュトロゼックはドイツ資本のドイツを基盤としたチームなのだが、テストコースはドイツの他にもここイギリス、アメリカなど数カ国に擁しているのだ。オレたちは新興チームで何かと他チームに比べて不利ではあるが、潤沢な資金を抱えている点だけはレースの神に感謝しなければならないだろう。何はともあれこれがなければレーシングチームは成り立たないのだ。

 時刻はAM9:00になろうとしている。ドイツ人なだけあって時間に正確なあの人のことだから、もうすぐだろう。


 ・・・・そら来た。とたんにピット内が活気づく。


「おはようございます、監督!」

「ハイネル監督、おはようございます!」

「監督、ヒューミディティーは23%、路面温度25度。絶好のテスト日和です!」


 いつものように寸分の乱れもなく身だしなみを整えた我らがフランツ・ハイネル監督がピットに現れたのは、9時10分前だった。誰よりも激務をこなしているはずの彼は、時間に遅れたことなどこれまでに一度もない。
 昨日も昨日で、ドライバーであるジャッキーと連れ立って帰宅したのは(ドライバーの健康管理という名目で、監督とジャッキーはホテルのスイートで同居しているのだった)深夜をとうに回っていたらしい。それでもこうして一部の隙も見せない彼の毅然とした態度は、元々彼に心酔してる者の多いこのチームにあって、ますます信頼を深める結果となっていた。

 もちろんフランツ・ハイネルという人間が生来生真面目なタイプだということもあるだろうが、彼は自分が新興チームの監督としてはあまりに若く、チームスタッフたちに不安を与えてしまいがちだということを誰よりも理解しているのだろう。
 トップが頼りなければ、自然とそれは下の者にも伝染してしまうものだ。残念ながら、人間悪い影響ほど簡単に受けてしまうようにできている。
 そういう意味でフランツ・ハイネルは監督として、上の立場に立つ人間として申し分がないと言っていいだろう。
 オレは後にも先にも彼ほど自分を厳しく律し、全ての不可能を可能に変えてきた男を知らない。優美な外見に騙されていたら手ひどいしっぺ返しを食らうのがオチだ。


「おはよう、ニック。君は明日がオフだな。その分今日存分に働いてもらうぞ」

「はい!ホントはオフなんていらないくらいなんですけどね。体を休ませるのも義務のうちだって分かってますから、明日はゆっくり休養をとらせてもらいます」

「ヒルさん!データBは無事にコンバートできましたか?」

「ああ、ハイネルくんか。そっちの方はバッチリだぜ。後はプログラムの修正がうまくいってみるか、実践してみるだけだ」


 オレは皆にあいさつの言葉を返している監督の横顔をこっそりと観察した。
 白くほっそりとした顔には、やはりぬぐいきれない疲労の影がまとわりついている。
 彼は長身だし、元レーサーだけあって決して脆弱なイメージはなく、むしろ細身の剣のようなイメージがあった。研ぎ澄まされた、一瞬の隙を見せたら二度と癒えぬ傷を与えることができるであろう細身の剣。あるいはしなやかな鞭のようでもある。
 それでも、連日の過酷なスケジュールは確実に彼のほっそりとした体から体力を殺ぎ落としているようだった。

 ・・・・そんな状態でも決して弱音を吐かず、弱みをみせようとしない監督のことを敬愛しているオレたちは、彼のそんな所を尊敬しているからこそなかなか口を挟むことができない。けれど、心の底から案じているのも本当なのだ。彼はこのチームの核の一つなのだから。

 ・・・・にしても、毅然とした態度の合間合間にわずかに見せる、けだるげな表情がやけに艶っぽい。襟元まできっちりと隠す禁欲的な監督服に包まれたしなやかな長身と整った顔立ちに、道を間違えてるんじゃないかと本気で心配したくなるスタッフもいないわけじゃない・・・・というよりは、結構多いのだった。ここだけの話だけど。


「ジェフ!ジェフリー・カンパルスキー!」

「あ、ハイ!」

「朝からぼっとしている暇はないぞ。例のタイヤは届いてるか?」

「もちろんです。もう装着は済んでるので、後はジャッキーが来たら実際に試してみるだけです」


 ・・・・突然当の本人に名前を呼ばれたものだから、死ぬほどビックリしてしまった。メガネの奥に隠された信じられないほどキレイなグリーンアイズは、いつ見ても鋭く輝いていて身が引き締まる思いがする。

 言い忘れていたが、オレが担当しているのはありとあらゆるレース関連の物資の供給と到達のチェックなのだった。つまりオレはメカニックではなく(人材が不足しているこのチーム内でたまたまこのポジションに配属されただけで、メカニックの知識も技術も持ってるのだが)、情報分野に携わっているということになる。
 当然ハイネル監督やジャッキーと接することも多い。特にハイネル監督は自分で何もかもを把握していたいという完璧主義者なので、時折オレは彼の秘書の一人のような気がする時がある。
 ・・・・もっとも、敬愛する監督の秘書として扱われるのなら、光栄に思いこそすれイヤだと思うことなどないのだが。






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