冬/20歳 2
そのとき、グーデリアンはキャンパスの片隅を恋人とともに歩いていた。視界のすみに司祭の姿を認めたとたん、彼の足が止まる。
グーデリアンの位置からは、司祭の横顔しかうかがうことができなかった。けれど、出会ったときから変わらぬ彼の面影は、いまでも寸分違わずグーデリアンの脳裏に再生される。
二十そこそこの外見をもつハイネルは、下手をすれば大半の学生よりも若く見えた。
色鮮やかな服装に身を包んだ学生たちの中にあって、彼の身につけている白い司祭服はやはりどこか異質にうつる。
・・・いや、むしろ異質なのは、司祭の清く整った外観かもしれない。記憶にある彼と、目の前の彼に少しも差異は見あたらない。侵しがたい清らかな雰囲気はそのままだ。
けれど、グーデリアンは自分の記憶の中の司祭と、現実の司祭との違いを探そうとでもしているかのように、ただ彼を必死に見つめていた。
司祭は、華奢な少女を抱きしめている。
その抱擁は恋人同士のものではなく、むしろ友人や家族の間でかわされるそれだった。
それなのに、その光景が自分の目に苦く映るのは何故なのか、グーデリアンにはよくわかっていた。
初めて口づけた17の年に、彼のことは吹っ切ったはずだった。
その口で神の愛を説くくせに、どんなに愛を告げても、思いを寄せても、かたくなに心を閉ざす司祭。
万人を愛する神のことは愛しているくせに、自分を一途に愛してくる人間の思いは受け入れられないでいる司祭。
だから、グーデリアンはあのときに司祭のことは忘れようと自分の心に誓ったはずだった。
それなのに、こうしてハイネル自身を見てしまえば、自分のその決意がどんなにもろいものだったのかを思い知らされる。
もし、ハイネルがディーヴァ教の加護を受けていず、年とともに姿が変わっていったのなら、自分のハイネルに対する思いも変わっていったのだろうか、とグーデリアンは考えた。
けれど、そんな仮定には意味がない。どんなに姿が変わっても司祭に対する思いが褪せるとは思えなかったし、第一、ハイネルはグーデリアンが愛したままの姿でそこに存在している。
「どうしたの?ジャッキー」
隣にいる、美しくて優しい女性がいぶかしげな声をかけてくる。
一時彼女の存在を忘れていたグーデリアンは、今思い出したかのような顔をして隣の女性を見た。
彼女の顔はなかなかに美しく整っている。前年度のミス・キャンパスに選ばれただけのことはある、知性と教養を兼ね備えた、すばらしい女性だった。
グーデリアンにもそれはよくわかっている。けれど、そんな彼女が、ある一定以上の感情を自分の心に与えることはできないのだということも、彼にはよくわかっていた。
グーデリアンはじっと彼女を見つめた。艶やかな唇より、整えられた眉より、ヘイゼルの瞳よりも彼の意識は彼女の髪へと向いていく。
彼女の、ジェニファーの栗色の髪が好きだった。その髪が、風にあおられて散らばる様を見つめ、指ですきあげるのが好きだった。だれかを思い出させるその栗色の髪。
その前につきあっていた女性は目が好きだった。
綺麗な緑色をした、その瞳だけが好きだった。
もうハイネルの後ろ姿は見えない。
グーデリアンがのろのろと視線を戻すと、彼も、彼とともにいた少女も構内に入りこんでしまったようだった。
この一帯特有の風が、今日もふきわたっている。その風が自分の胸の中にまで吹き込んできているかのように、グーデリアンは自分の胸のうちがザワザワと音をたてているのを聞いていた。
「ジャッキー?」
「・・・ジェニファー」
いつになく真摯な面持ちで自分を見つめてくるグーデリアンに、ジェニファーは不安と同時に胸が騒ぐのを感じていた。
こんなとき、彼の瞳のブルーは言いようもない色を湛えてひたとこちらを見つめてくる。彼のこの瞳からは、だれも逃れることはできないだろうと容易に信じさせる瞳だった。
「・・・君に話さなければならないことがあるんだ」
だが、彼女の心をとらえて話さない男の唇から発せられた言葉は、彼女を失望させただけだった。