秋/17歳 1

 森は秋の装いへとその姿を変えていた。
 グーデリアンは17才になった。
 少年らしい屈託のなさはそのままだが、背は伸び、ぐっと男らしくなった。褪せた金髪も、だれよりも強い光をもつ青い瞳も、広い肩も、もう一人の男のものだ。
 それでいて彼の笑顔は少年そのものだった。何の迷いも憂いも見あたらないまっすぐな目をして、彼は無邪気に笑ってみせる。

「ハイネル!」
 秋の傾いた日差しが、グーデリアンのくすんだ金髪をまばゆいまでに輝かせていた。逆光に目を細め、司祭は顔をあげる。
「かーさんがさ、木苺のパイ作ったからもってけって!」
 庭のテーブルについて読書に興じていたハイネルにはかまわず、彼はさっさと持ってきたパイをテーブルに置き、自分はハイネルの前の席についた。まるでそれが当然の権利だと言わんばかりだ。
「ハイネル、お茶かコーヒー入れてきてよ。オレ、キリマンかアップルティーね」
「ここはハイスクールのカフェテリアじゃないんだぞ」
 一応グーデリアンをたしなめるような言葉を口にはしたものの、司祭の口元には微笑が浮かんでいた。
 実際、グーデリアンという人間は、多少ワガママなことを口にしても、かえってほほえましい気分にさえさせてしまうところがある。きっと、彼の屈託のない笑顔のせいだろう。彼のそんなところは、子供のころから少しも変わっていなかった。
「まったく、お前はぜんぜん変わらないんだな。子供のまんまだ」
「何だよ、子供あつかいすんなっていっつも言ってるじゃないか!オレ、もうハイネルよかぜったいデカイぜ!何ならはかってみるかよ!?」
 ハイネルの言葉がたいそうグーデリアンの気に障ったようで、彼は荒々しくテーブルに手をついて立ち上がったが、当の司祭は涼しい顔をしたままで首をふった。
「身長なんかにこだわってるのが、お前がまだ子供だという証拠だ」
 今ではすっかりソバカスの消えた頬を赤くして憤慨しているグーデリアンを残し、ハイネルはお茶の用意をするために教会へと足を向けた。




「それでさ、エレンがオレといっしょじゃなきゃぜったい踊らない!とかダダこねちゃってさ、ダチには恨まれるし、いっしょにいたステファニーにはにらまれるし、さんざんだったぜ」
「司祭相手にプレイボーイ自慢とはあきれるな」
「だれがプレイボーイだよ、オレはただ女の子にもヤローにも友達がいっぱいいるだけだぜ。女の子に優しいからさ」
 たしかに、濃い蜜色をした髪、恵まれた体躯、伸びやかな明るい笑顔、そして何よりこの澄んだ青い瞳が人をひきつけて離さないだろう。幼いころから無邪気で屈託がなくて、意識せずとも人目を集める青年だったが、今では時折見せる『男』を感じさせる仕草が、さらに魅力を付加していた。
「な、それよりさ、今度の土曜日にオレの通ってるハイスクールでプロムナードパーティーやるんだ。ハイネルも来いよ。たまにはいいだろ?教会離れしてるいまどきの若者に触れ合って、布教でもしろよ。これからは司祭も営業の時代だぜ」
「何を言ってる。それに、私は人の多いところは好きじゃないんだ。知っているだろう?」
「いいじゃん。オレがずっとそばについててやるからさ。ちゃーんとハイネルの面倒見てあげるよ。帰りも送ってってあげるし。何っかハイネルって世間知らずっぽくて心配なんだよな」
 にっこりと笑ったグーデリアンに、ハイネルは呆れたような声を出した。
「グーデリアン、お前は私にとって年の離れた手のかかる弟なんだ。そのお前に、そんなことを言われたくはないな」
「子供あつかいはするなっていつも言ってるだろ!それに、いまは年だって離れてるように見えないじゃないか」
 すねたような、それでいておこったようなグーデリアンを、司祭は複雑な思いで見つめていた。
 ときどき、7年という歳月をハイネルは思う。17才になったグーデリアンと、見た目は21のまま変わっていない自分が並べば、たしかに同年代にしか見えないに違いない。
 こんなにも変わったグーデリアンと、何も変わらない自分。・・・ひそやかな秘密とひきかえに時を止めている自分。歳月は自分にとっては残酷なものであり、グーデリアンにとっては神の祝福であったのだろうか、と。
「ハイネル?」
 ティーカップに手をおいたまま、どこか気を散らしている司祭の様子に気づいたグーデリアンが彼の名を呼んでいた。あわててハイネルは声を追ってグーデリアンの方を見る。
「何でもない、すまなかったな、グーデリアン」
「とにかく、プロム、いっしょに行こうぜ。約束したからな!」
「そんな一方的に・・・」
 再びグーデリアンを振りあおぐと、思っていたより青い瞳がずっと間近にせまっていて、思わずハイネルはその距離にたじろいだ。
「ハイネルってほんとにキレイな目をしてるよな」
 息さえかかりそうな距離で、グーデリアンはその真っ青な瞳をじっとハイネルにあてたまま感心したように言った。
 わけもなくうろたえ、ハイネルは視線をそらせてしまう。
「いきなり何を言い出すんだ」
「オレさ、ハイネルに初めて会ったガキの頃からずっと思ってたんだ。『なんてキレイな目をした司祭サマなんだろう。なんてキレイなんだろう』・・・ってさ」
 笑って言うグーデリアンに、ハイネルは呆れたふりで息をつく。
「よく言うな。お前は教会を自分の遊び場か何かの代わりに利用してただけだろう」
「そんなことないって!オレのガキの頃から憧れてるキレイな司祭サマとさ、プロムに行きたいんだ。いいだろ?こんなに田舎のスクールじゃプロムだってそんなに人は来ないだろうし、それに、オレぜったいにハイネルのそばを離れないよ!」
 少年のような笑顔を浮かべ、こちらをまっすぐ見つめてくるグーデリアンに逆らえる人間など、この世に存在するだろうか。
 ハイネル司祭は肯定はしなかったが、否定もしていない。彼の目元に『困ったヤツだ』という文字が浮かんでいるのを見てとったグーデリアンは、それがハイネル流のO.Kだと解釈した。
「行ってくれるんだな!オレうれしいよ。ハイネルが来てくれるなら、ぜったいに今までで一番サイコーなプロムになるよ」
「お前がプレイボーイだって言われてるわけがよくわかるな」
 苦笑しながら自分を見つめてくるハイネルに、グーデリアンは口をとがらせた。妙に子供じみた仕草だが、不思議とグーデリアンには違和感がない。
「ハイネル、前から思ってたんだけど、オレのこと何か誤解してんじゃないの?オレ、たしかに仲がいい女の子はたくさんいるけど、プレイボーイっていうわけじゃないぜ。だってオレは・・・」


「ジャッキー!」

 テーブルから乗りだし、ハイネルに詰めよっていたグーデリアンの名をだれかが呼んだ。グーデリアンもハイネルもハッとしてそちらを見る。何をしていたというわけでもないのに、なぜか罪悪感にとらわれたハイネルは、あわてて冷静な顔をとりつくろった。
 庭の生垣の向こうから、グーデリアンと同じ年頃の少女がこちらに向かって声をかけていた。少女といっても、彼女はもう大人の女性の雰囲気を多分に身にまとっている。
 すらりとした体を包む花柄のワンピースと、サーモンピンクの口紅が、彼女によく似合っていた。
「もう!ジャッキーったら、土曜日にあるプロムのことで話がしたいからって言っておいたじゃない!今度のプロムは私をエスコートしてくれると思ってたのにダメだって言うから、話がしたかったのよ。あなたがなかなか見つからないから家に電話させてもらったわ。そうしたら、多分ここだって言うから来たのよ」
 走ってきて息がきれているのか、細い肩を荒く上下させながら彼女は一気にまくしたてていたが、しばらくたってからようやく司祭の存在に気がついたようだった。
「あっ・・・・司祭様ですか?ジャッキー、司祭様といっしょだったんだ・・・」
「どうしたんだよ、ナタリー、呆けた声出して」
「だって・・・話には聞いてたんだけど、こんなに若くてキレイな司祭様だとは思ってなかったんだもの。私たちと変わらないくらいじゃない?」
 ハイネルは気まずげに苦笑した。どうもこの整った顔をした司祭様は、自分の容姿にコンプレックスを持っているらしい。
 出会ったころは元気いっぱいの少年だったグーデリアンが、近ごろとみに男らしくなってきたのが悔しいらしく、『知能はそのままなのに、図体ばかり大きくなった』とおよそ司祭らしからぬ暴言さえ何度か吐いているほどだ。
 グーデリアンはそんなハイネル司祭の一面をよく知っていたので、ナタリーの言葉と、それに対する司祭の反応を内心おかしく思っていた。笑うとハイネルが怒ってしまうのがわかっているので、一生懸命笑いをこらえているのだ。
 昔からともにいる自分の前でさえ、いつも毅然とした態度をくずさないハイネルなので、たまに見せるこんな幼い仕草が、グーデリアンにはたまらなくうれしかった。数年前は手の届かない大人だったハイネルが、今はほんの少し身近に感じられる。
「ねえ、ジャッキー。プロム、私と出てくれるんでしょう?トーマスが誘ってくれたんだけど、私、できればあなたといっしょに出たいのよ」
「でも、オレ・・・」
 ちらりとハイネルに視線を流したグーデリアンを意図的に無視し、ハイネルは立ち上がった。ナタリーと呼ばれた彼女にやわらかな笑顔を向ける。
「私は教務があるのでこれで。よかったら、この庭でゆっくりして行ってください」
「何だよハイネル、待てよ!」
 焦ったような声をグーデリアンが出したが、ハイネルは振りかえりもせずに踵を返した。長い裾をさばき、早足で歩いていく。
 そのほっそりとした姿が教会の白い扉の向こうに消えていくのを、グーデリアンの青い瞳がまばたきもせずに追っていた。せつないまでの真摯さで。
 
「どうかしたの?ジャッキー」
「・・・何でもないんだ」
 
 不思議そうに自分を呼ぶナタリーに、グーデリアンはもう一度何でもないんだと言って笑ってみせた。ふだんの少年のような笑みとは違い、細められた青い目に翳りが落ちている。
 彼女はそんなグーデリアンに見入られた。
 子供のような屈託のなさで笑った直後に、目元に大人の男の孤独を漂わせる。これほどまでに仕草の一つ一つが人をひきつける人間を、彼女はほかに知らなかった。
「ね、ジャッキー。プロムナード、いっしょに出てくれるわよね?」
「ごめん、その話はまた今度!」
「ちょっ、ちょっとジャッキー!まだ話は終わってない・・・んもう!」

 グーデリアンは強引に話を終わらせると、席をたった。呆然としているナタリーにはもう構わず、教会の中に入っていく。
 グーデリアンがハイネルを探すと、彼はミサを執り行う祭壇の近くの信者席に座り、読書をしていた。
「何でさっさと一人だけで戻っちまったんだよ」
 グーデリアンの声はいつもよりも低くかすれていた。ハイネルは彼から背をそむけたまま、教理本をひもといている。
 背後にいるグーデリアンには、彼の細い栗色の髪が、高い襟詰めの間からのぞく白いうなじにかかっている様がよく見てとれた。手を伸ばして髪にふれると、ビクリと震えて司祭はふりむいた。
 深い色をした、二つとない緑の双眸がグーデリアンを見つめている。
「何で一人で帰っちまったんだよ」
 グーデリアンは同じ問いをくりかえした。
「・・・・聖体拝領の準備をしなければならないのを思い出したんだ」 
 カトリックの世界でいう聖体拝領は、ミサのときに一人一人が聖体、つまり神の体を受け取る儀式である。
 神の体といっても、無論本物の神ではない。ホスチアと呼ばれる丸いパンに司祭が祝福を与えて神の分身となし、それを信者に与える形でとりおこなわれることが多い。
 ハイネルの信仰するディーヴァ教もカトリックを母体としているため、この儀式は日曜のミサのとき、定期的に行われていた。ここベルトラの町では、ホスチアの代わりに聖餅が用いられている。
「いろいろやらなきゃならないことがあって、ハイネルも大変だよな」
 皮肉をこめてグーデリアンは言ったのに、ハイネルの顔色は変わらなかった。
「司祭だからな」
 無意識にか、ハイネルの手が喉元をさすらった。司祭であることをあらわすカラーがそこにはめられている。
 禁欲的に喉元をしめあげる白いカラー。ディーヴァの司祭服はカトリックとは違い、カラーをはめないタイプのものもいくつか用意されていたが、潔癖な彼には白いカラーがよく似合っていた。


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