冬/20歳 6
「見ろよハイネル!雪だぜ、雪!初雪だっっ」
教会から出ると、グーデリアンは犬のように大はしゃぎをしはじめた。天から白い雪が舞い落ちてくるのを、ハイネルも口元に笑みをたたえて見守っている。
「そういえば」
「そういえば、何?」
子供そのものの無邪気な顔をしてこちらをのぞきこんでくるグーデリアンに、ハイネルは細い指で彼の金髪につもった雪をはらいながら答えてやった。
「この教会に来てからは意図的に考えないようにしてたんだが、今日は私のバースデーなんだ」
「なにぃ!?」
とたんに素っ頓狂な声を出してわめきはじめたグーデリアンは、じだんだを踏んで悔しがっている。いわく、なんでそんなに大事なことを事前に言っておかないんだ、うんぬん。
ただでさえ大人と子供の差があるのに、見た目に変化はないとはいえ、更にハイネルに年を重ねられることなど我慢できないとばかりに、幼い頃ハイネルに誕生日をたずねていなかったグーデリアンのミスである。
が、彼はいまになって深くそのことを後悔しているようだった。なにしろ、長年想いつづけてきた相手に想いが通じ、初雪が降って、ついでにバースデーだ。めでたい尽くしのロマンティックナイト!・・・になるかもしれなかったのに。
「くっそう、なーんもプレゼント用意してないじゃねーか!」
まだぶつぶつ言っているグーデリアンに笑いながら足を踏み出し、ハイネルは庭の隅の影に気づいた。
ハイネルと同じくその影に気づいたらしいグーデリアンが、改まった声をかけてくる。
「ハイネル、あの子は・・・」
「わかってる」
ハイネルは短く答え、影に向かって歩き出した。うっすらと積もりはじめた雪が、彼の足跡を残していく。
司祭が近づいてくるのを、影は・・・彼女はじっと待っていた。
白い息を吐き出し、肩にかかる雪さえ払おうとせず、ただ司祭を待っている。
「私、ずっと赦されないことをしつづけていたんです」
少女は身じろぎもせず、ただじっと司祭の目を見つめていた。ゆっくりと少女の方に歩みより、司祭も少女を見返している。
「私も同じだ。人はみな何かの罪を抱えて、それを赦してもらいたがっているのかもしれないな、だれかに」
少女の鼻先に立ち、司祭は彼女を見下ろした。そっと手を伸ばし、グーデリアンにもしたように、その髪と肩につもった雪を払っていく。
「私は、会ってはいけないと、・・・会うことを禁じられた人にずっと会ってたんです」
少女の若草色の瞳がうるんでいた。長いまつげに細かい雪のつぶがのっている。
「司祭様。それでも、あなたに会うと、私はいつも満たされました。あなたに名を呼ばれるだけで・・・」
「リサ」
少女がすべての動きを止めた。
雪の重みにたえきれなくなった枯れ枝が、雪をはじき飛ばす音。遠くで聞こえる鳥の声。木々のざわめき。
そんなものがこの静寂の空間を通りすぎていった後、少女に訪れたものは涙だった。
「司祭様、わたしの、名前を・・・」
涙でうまく言葉をつむげない少女の背中に腕をまわし、司祭は一音一音かみしめてその名を口にする。
「君の名は、リサ=マリア=ハイネル。会うことを禁じられていた、私のたった一人の妹だ」
少女の細い腕が精一杯司祭の体に巻きついた。雪が音もなくかれらの体にふりかかっていく。
「お兄さん・・・」
彼女の唇から、絞ったような声がもれた。
「会いたかったの。どうしようもなく会いたかったの。会ってはいけないとわかっていたのに、会わずにはいられなかったの」
しがみついてくる体をどうしようもなく愛しく思いながら、司祭は少女を抱きしめていた。
「リサ。お前に会えてうれしかった。お前が背負う罪など何もない。罪なら私がすべて背負う。お前が気にする罪なんか、何もないんだ・・・」
「なら、兄さん。・・・あなたがすべての罪を負うと言うなら。神も、だれもがあなたの罪を赦さないと言うのなら」
兄の薄い胸に小さな頭を押しつけ、リサは閉じたまぶたから次々と涙をあふれさせていた。それでも、彼女の声は誇りと清らかさに満ち、力強かった。
「お兄さん、私は赦すわ。あなたの罪を、あなたのすべてを赦すわ」
「リサ。リサ・・・」
威厳に満ちた、けれど細く震えている少女の声に、彼女を抱きしめながら、司祭は泣いた。
すべての感情が心の内から溶けて流れ出していくかのように自然に涙はあふれ出た。
「誰がゆるさなくても、私だけはゆるしてあげる。あなたの想いも、罪も。兄さん・・・」
華奢な少女に包まれ、司祭服に雪を積もらせながら、年若い司祭はすべての罪が浄化され、赦されたのを知った。
身じろぎもせず抱き合う兄妹の姿を、グーデリアンは青い、慈しむような瞳で見守っている。
雪はただ音もなく、世界を白一色に染めかえていった。