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 ハイネルの姿を追いそこね、呆然と立ち尽くしていたグーデリアンの肩に手がかけられる。
 のろのろと振り向くと、そこにはいたずらっぽい表情をしたアマンダが立っていた。


「ふられたわね、色男」

「まだふられてない!」


 からかっただけのつもりだったのに予想外の返事が返ってきて、アマンダはおや、とばかりに細い片眉をはねあげた。まだ少年ぽさを色濃く残しているグーデリアンの顔をのぞきこむ。

 見れば、グーデリアンは本当に悔しそうな顔をしてハイネルが去った方を見やっていた。不思議な思いそのままにアマンダが問いの言葉を口にする。

「何がそんなに悔しいのよ」

 すると、グーデリアンはハイネルが去って行った方から視線をそらさず、挑むようににらみつけたまま返事を返してきた。悔しいと思っているのがありありとわかる、子供っぽい感情がムキだしになっている口調だった。


「・・・ハイネルがオレのことを信じてくれないから」


 グーデリアンのセリフが意外だったのか、アマンダは目を見開いた。薄いブラウンの瞳がグーデリアンの悔しげな横顔を凝視する。
 グーデリアンは感情の起伏が激しい少年で、いつも笑ったり騒いだりからかったりと忙しい。それでも彼がこんな風に悔しさや悲しさと言ったマイナスの感情をあらわにするのは珍しく、アマンダを驚かせずにはいられなかったのである。
 思えば、本人が望むと望まないとにはかかわらず、フランツ・ハイネルという少年だけがこんな風にグーデリアンを振りまわすことができるのだった。ハイネルだけがグーデリアンにとっては特別なのだ。
 

「・・・ジャッキー・・・。自分の言葉がハイネルくんに信じてもらえないのが悔しいの?」

「言葉だって?全部さ!全部!」


 グーデリアンはそこでようやく幻のハイネルの姿を追いかけていた視線を引き剥がし、アマンダの方に向き直った。
 青い瞳がどこか緊迫した、切羽つまったような光を浮かべている。
 挑むような、何かを決意したかのような目でアマンダを見つめ、グーデリアンは言葉を続けた。


「ハイネルはオレの全部が信じられないんだ。オレの言うこともオレの表情もオレの行動も、何もかも!」

「そんなことないでしょう?ハイネルくんだって、何だかんだ言ったってジャッキーのことを大事なライバルとして、・・・そして友達として信頼してるんだって私は思うわ。そうでなきゃいくらハイネルくんがお人よしだからってこうまでジャッキーに振り回されたりしないでしょ」

「違うんだ」


 グーデリアンの青い瞳は、まだ強い光を失ってはいなかった。こんな時の彼の瞳は妙に大人びて見えて、アマンダのような心身ともに成熟しきった女性でさえもドキリとさせられる。今からこんなことでは数年後にはこの少年はどんな風に人の心を騒がす存在になってしまっていることだろう。
 アマンダはほとんど保護者の心境でため息をつきたい気分に刈られていたが、そんな彼女の心境を知るよしもないグーデリアンは、真剣な表情をして誰をも惹きこむ青い目をアマンダにあてたままである。


「違うんだよ、アマンダ」


 グーデリアンはもう一度つぶやくように言い、斜め下に視線を落とした。暖かでぼんやりとした色合いの街灯が、彼のくすんだ金髪をじんわりと輝かせている。そんな何気ない色合いさえ彼を特別の存在にしているようだ。


「ハイネルはオレのことは嫌ってないんだと思う。多分、友達としてならオレはかなりフランツ・ハイネルっていう人間の中に入りこんでるんじゃないかって思うんだ。・・・でも、でも違うんだ」

「ジャッキー・・・」


 恐らくグーデリアンは、自分の中で多大なるジレンマに襲われているのだろう。彼の青い瞳が内心の憤りと葛藤のために強い光を放っているのを目にすると、なんだかこちらまで切なくなってきてしまう。


「オレ、悔しいんだよアマンダ。どうしたらオレの思いがちゃんとまっすぐにハイネルに届くのかが分からないんだ。だって、オレは素直に自分が思ったことを口にして、自分が思ったことを行動に移してる。それなのにハイネルはオレの言っていることもしていることも信じてはくれないんだ。自分の思いをきちんと声に出して、行動もしてる。これ以上オレにどうしろって言うんだ?」


 アマンダに語りかけながら、グーデリアンが本当に語りかけているのは自分自身の心だった。彼は今自分に問いかけているのだ。
 どうしたらフランツ・ハイネルにジャッキー・グーデリアンの気持ちがきちんとまっすぐ伝わるのか。・・・信じてもらえるのか。
 アマンダはしばらくの間思案顔でグーデリアンを見つめていたが、やがておもむろに口を開いた。


「あのね、ジャッキー。私はハイネルくんのことをよく知ってるわけじゃないから説得力がないし、なぐさめに聞こえてしまうかもしれないけど。・・・・ハイネルくんだって、信じたがってるんじゃないかしら」


 彼女の言葉に、グーデリアンはゆっくりとした仕草で顔をあげた。
 姉のような、母のような気持ちで、この真っ直ぐで純粋で、そして恋に物慣れない少年を包みこめるよう思いを込めて口にする。


「ねえジャッキー。・・・あなたはとても純粋でひたむきで魅力的ね。とんでもなくガキっぽいくせに大人の男の魅力さえ兼ね備えてる。みんなあなたに惹かれるわ。私も、チームのみんなも、あなたのファンたちも、・・・・それから、多分ハイネルくんも」


 でもね、と優しい色合いのルージュに彩られた唇が言葉を形作るのを、グーデリアンはぼんやりと見つめていた。


「みんなあなたを好きにならずにはいられない。あなたはそれだけの魅力に満ちているもの。でも・・・・だからこそ信じられなくなる気持ちもわかるわ。だってジャッキー、例えばいきなり世界一の美女に『あなたが好きよ』って言われたとして信じられる?」

「アマンダ。オレこの前雑誌でミス・ユニバースに選ばれたモデルに声かけられたぜ」
 
「そういう意味じゃないでしょ」


 アマンダは笑い、グーデリアンの肩を軽く叩いた。励ますように、勇気づけるように。


「ね?ジャッキー。今はハイネルくんに誤解されてたとしたっていいじゃない。自信持ちなさいよ。あなたはみんなに好かれてるし、誰もが好きにならずにはいられないような人間なんだから」

「・・・みんなに好かれたって、自分が好きな人間に好かれなきゃ意味ないだろ」

「そりゃあね」


 今度はアマンダもあっさりと肯定した。
 グーデリアンはあまりにも魅力的な少年なので、彼と話していると際限なく甘やかしてやりたくなってしまう。本人は夢にも思っていないだろうが、彼は周囲の人間に『彼のために何かしてあげたい』と思わせてしまうほど人を惹きつける要素に満ちているのだ。
 だが、だからこそ本当に彼のことを好ましく感じ、思いやっている人間は、彼を甘やかしすぎてしまわないように心を配るのである。


 グーデリアンがレースという殺伐とした世界に深くかかわりながらもこれほどまでに真っ直ぐに育ってきたのは、もちろん本人の資質もあるだろうが、周りの人間に恵まれてきたことも大きいと言えるだろう。
 

「で?いつもは頼まれなくても数多の美女たちが寄ってくるのに、ハイネルくんはこっちから近寄ってもなかなか心を開いてくれないから、もうあきらめるの?ジャッキー」


 わざとからかうように、挑発するように言えば、グーデリアンは即座に否定した。


「誰があきらめるって?アマンダ、オレを誰だと思ってんだ?オレはジャッキー・グーデリアンだぜ?」


 その青い瞳にはもう不敵で不遜な光が宿っていた。口元にもふてぶてしい笑みが浮かんでいる。
 少年かと思えば大人の顔を見せ、大人かと思えば少年そのものの笑顔を見せるジャッキー・グーデリアンのその表情に、アマンダは目を引きつけられた。

 グーデリアンに視線を吸い寄せられたまま、彼女は脳裏にハイネルの秀麗な容貌を思い描いた。あの、キレイに整った容姿を持つ、理知的で理論的で冷静でグーデリアンとは何もかも正反対な、それでいて妙にグーデリアンと共にいる姿がしっくりとくる少年を。
 意識せず言葉が口をついて出る。


「・・・・ハイネルくん、ジャッキーにぶつかられて、一体いつまでもつのかしら。なにしろ相手がこのジャッキーだものね・・・」


 この誰からも愛されるジャッキー・グーデリアンという少年がたった一人の相手に思いを傾けるようになったら、それはどれほどの威力となって相手を直撃することだろう。

 これからのグーデリアンとハイネルの行く末を思うと、楽しみなような不安なような、極めて複雑な心境に陥ってしまうアマンダなのであった。




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