ハイネルはすこぶる不機嫌そうだった。ムリもない、半ばムリヤリグーデリアンに拉致連行されてきた形なのである。ただでさえグーデリアン相手には素直になれない傾向にあるハイネルにとって、この状況で楽しそうにしろというのがムリな話だった。

 ハイネルというのはこれで妙に律儀なところのある人間なので、なぜか先ほどまでのやりとりで今日の自分はグーデリアンと食事に出かけなければならないと思いこんでしまったらしく(そんな義理はまったくないにもかかわらず)、うながされるままにグーデリアンオススメだというレストランに足をむけた。
 ・・・が。

 ハイネルはメニューをチラリと一瞥しただけで、窓の外に視線を流した。意地でも『今の状況は不本意だ』とグーデリアンに分からせるつもりなのである。
 もちろん、グーデリアンにはちっっとも伝わっていなかった。

 グーデリアンはクリスマスと誕生日が一緒にやってきたかのようににこにこと満面の笑みを浮かべ、鼻歌まで飛び出してきかねないほど楽しそうにメニューを目で追っている。
 ほどなくして、彼もメニューを置いた。なんだか声さえも弾んでいるようだ。


「ハイネル、オレはサーモンステーキにするけど、お前は何にする?」

「・・・ラディッシュのサラダを」

「おいおい、せっかくシーフードが美味いとこなんだから、もっといいもん頼めよ」

 ハイネルとしては、『思いっきり不機嫌なんだぞ』ということが相手に伝わるように、低い声でイヤミそのもののオーダーを出したつもりだったのに、グーデリアンは気にした風もなく再びメニューを手にとってのぞきこんだ。ふむふむ、と分かったような顔をしてうなづくと、ハイネルの方をうかがう。

「オマール海老は?」

「結構だ」

「ロブスターなんてどう?」

「そんな気分じゃない」

「じゃ、シーフードのパスタ」

「昨日食べた」

「んーと・・・コレなんか美味そうじゃない?タイの白ワイン蒸し!」

「・・・・」

「あ、コレもよさそうだなぁ。シーフードバーベキュー。デザートにアイスクリームもつけてくれるみたいだし。なぁ、どうする?ハイネル。”今日のシェフのおすすめ”っていうのも美味そう。オレもう腹へって腹へって。・・・で?注文は?」

「・・・・・・。・・・・・・。タイの白ワイン蒸しを」


 結局、バカらしくなってハイネルの方から折れた。というより、グーデリアンには自分たちが言い合いをしているという意識すらなかっただろう。
 勝手にハイネルがムキになり、勝手にあきらめただけだ。


 ジャッキー・グーデリアンという少年のこの大らかさは並ではない。さすがに普通の少年とは器の大きさが違うようである。史上最年少のインディチャンプになっただけのことはあると言っていいだろう。
 ・・・とまぁ、ヘンなところでハイネルは感心していたりもしたのだが、表情は相変わらず冴えなかった。まだグーデリアンに対しての不信感がぬぐえないからである。
 ぬぐえないどころか、その思いはどんどん大きくなってくるようだった。
 嬉しくて仕方なさそうなグーデリアンに気づかれないよう、こっそりと彼の表情を横目に観察しながら、ハイネルは彼が自分にちょっかいを出してくるたびに浮かんでくる自問をまた繰り返す。




 ・・・”だって、そんな大らかで子供のようなところのある少年が、なぜ自分みたいな神経質な人間に絡んでくる必要がある?わざわざ自分のような気が難しい上に相性が最悪の人間を選ばなくても、構ってくれる人間には事欠かないだろうに。”



 
 ・・・いくら考えてみても答えがわかるはずもなく、ハイネルはため息をつきたい気分で、目の前の脳天気そのものの少年をちらりと見やるのだった。







 やがて注文した品が運ばれ、二人ともそれぞれの食事に手をつけはじめた。
 ハイネルとしては、ライバルであるグーデリアンと長々と食事などしていたくなかったし、グーデリアンの方も堅苦しいのは好まないのだろう。コース形式ではなくメインディッシュだけを取る、それこそ普通の食事(グーデリアンは食後のアイスを頼んだが)だったのがハイネルにはありがたかった。

 これなら食事にそれほど時間がかからないだろうし、それほどグーデリアンと対峙していないで済む。食事にだけ集中してさっさと切り上げてしまおう。

 ・・・・と、ハイネルは内心で安堵していたのだが、コトはそうスムーズには運ばなかった。食事に集中するどころではなかったのである。
 原因はグーデリアンにあった。
 とは言え、彼がとくに何をしたというわけではない。そうするのが彼のクセなのか、時折ナイフやフォークを操る手を止めてハイネルの顔を見てくるだけである。

 だが、ハイネルは平静を装いながら、その実ひどく落ち着かない気分に見まわれていた。意識すまいとすればするほど、余計にグーデリアンの視線が気になってしまうのだ。
 グーデリアンとしても、食事中にあからさまに相手を注視するほど礼儀知らずなマネはしてこない。時折不自然ではない程度に視線を流してハイネルを見るだけなのだが、ハイネルが過剰に意識しすぎているからなのかどうか、やけにその視線には熱がこめられているように感じられる。

 あの真っ青な目で見つめられるとどうにも落ち着かなくて、ハイネルとしては噛んでいるものの味もよくわからなくなってしまうのだった。


「どうハイネル?けっこうイケルだろ?」

「・・・まぁ、美味しい・・・・と、思う」

「ハイネルにしてみたら、すっごいほめてるつもりなんだろ?それでも」


 気にした風もなく、そう言ってグーデリアンは笑う。
 目が合うと慌ててハイネルは視線を落とし、ナイフとフォークを操る手に集中しようと努めた。
 だが、気をぬくと手からナイフがすべり落ちてしまいそうだった。
 グーデリアンがすすめてきたとは思えないほど、確かに食材も調理もすばらしいものだったのだが、どうもグーデリアンの視線を感じるとハイネルは居心地の悪さを感じてしまう。
 その容姿のせいで、幼い頃から人の注目を集めがちだったので、ハイネルは自分ではそんな視線などやり過ごすすべを知っているつもりでいた。
 ・・・が、相手がグーデリアンだとどうも勝手が違う。

 なんだか心の奥がざわついてきて、今すぐ席をたってしまいたいような、それでいてふわふわとした不安定な自分の気持ちを味わっていたいような、何とも言えない気分になってしまうのである。

 『あんまりこっちを見るな』というのも何だかヘンな話だったし、何よりグーデリアンに、自分がグーデリアンのことを意識しているとは思われたくなかった。
 それがライバルに対する対抗心からきているのか、プライドの高さからきているのか、はたまた別の理由からなのかはわからなかったが、ともかくハイネルとしては、『お前なんか眼中にない』とグーデリアンに思わせておきたいのである・・・たとえ事実はどうあれ。
 そんなワケで、ハイネルはざわざわしつつも平気なフリをしていなければならなかったのだ。



 相変わらずグーデリアンは楽しそうに、ハイネルがろくに相槌も打たないというのに食事の合間に話を続けている。
 たいていは他愛もない話だったが、時折ハイネルがぎょっとしてしまうようなことさえ、彼は平気で口にした。



「・・・で、マックがこのコースにはエキストラソフトが合うって言うんだ。マシンテストしてみたら、意外とタレが少ないからって。オレの感覚としては、ソフトコンパウンドの方がイケルと思うんだけどさ、でもまぁES(エキストラソフト)でもいいかなって」


「グーデリアン!何てことを言うんだ!」


 食事の途中であることも忘れ、ハイネルはギョッとして大きな声を出した。周囲の客の注視を浴びたことに気づき、頬を赤くしながらも目だけはグーデリアンをにらみつける。
 他人に、それも同じレーシングトラックで戦う敵のレーサーに大事なタイヤの情報を漏らすなど、信じられない失態である。


「何てことを口にするんだ、お前は!常識を考えろ!」

「へ??なんで?ES使うの、そんなにヘンかな。1/3くらいのチームは使ってくるんじゃないかと思うんだけど」


 当のグーデリアンはとんちんかんな返答を返してくる。ハイネルは今すぐ席を立ってしまいたい怒りにかられながら、テーブルに両手をついてイスから腰を浮かし、グーデリアンの方に身を乗り出した。決して行儀がいいとは言えない行為なのは分かっていたが、構ってなどいられなかった。
 至近距離でグーデリアンをにらみつけ、ムリヤリ怒りを押さえつけた低い声で告げる。

「そうじゃない!なぜお前は私を前にしてそんなチーム事情を口にする?お前はそこまでバカなのか?それとも、私のことを、敵だとすら思っていないからそんなことが言えるのか?・・・・。お前のことを今まで、少しは見こみのあるレーサーだと思っていた私がバカだった!」

 そこまで一気に吐き捨てると、ハイネルは顔をそむけた。わずかに荒くなった息を整える。
 と、グーデリアンが名を呼んできた。
 
「ハイネル」

「?」

 育ちがいいせいか、どんなに怒っていたとしても名前を呼ばれると素直に反応してしまうハイネルは、その時もそむけていた顔をグーデリアンの方に向けた。
 ・・・すると。


「!」


 いつの間にかこちらも身を乗り出していたグーデリアンに振り向いた拍子に頬へと口付けられ、ハイネルの体中から一気に力が抜けた。
 張りつめた風船が破裂する時のように、あっというまの出来事だった。


 テーブルについて自分の体を支えていた腕に力が入らなくなり、ハイネルはストン、と力なくイスに腰をかけなおす。
 キスを受けた頬は真っ赤になっていたが、目だけはグーデリアンをにらみつけたままなのはアッパレだった。

 グーデリアンも改めてイスにすわりなおし、にっこりとハイネルに笑いかけ、言った。


「目の前にハイネルのほっぺたがさらされてたからさ、キスしていいのかと思って」


 よくもまぁこんなセリフが吐けるものである。
 真っ赤になっていつつも、目を三角に吊り上げてハイネルも応戦する。

「いいわけがあるか!バカ!お前みたいなバカなヤツに対して、本気で腹をたてた私がバカだった!!」

「ハイネル、人のことあんまりバカばか言うなよな。傷つくよ」

「ふんっ、お前のその太すぎる神経が、少しくらいのことで傷ついたりするもんか!」

「ひでーよ、ハイネル。ふつーそこまで言わないぜ?」

 そう言いつつも、グーデリアンはけっこう楽しそうである。
 ハイネルが頬を赤く染めたままなので、悪口も照れ隠しで言っているようにしか聞こえないからだろう。



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