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「ジャッキー!!」
「ハイネルくん!!」
モニタをのぞき込んでいたそれぞれのチームクルーたちが息を呑む。
特にグーデリアンのチームのクルーたちはこれまでに自チームのレーサーがクラッシュする場面をイヤというほど目撃してきているのだが、こればかりは何度目にしても慣れるものではなかった。氷の塊を背中にあてられたかのような感覚が走り、誰もがぞくりと身を震わせる。
だが、クルーたちが自チームとそのライバルレーサーの身を心配している間に、当の本人たちはすさまじい勢いでクラッシュしたマシンから這い出していた。
二台のマシンが同時にサンドバリアに突っ込んだために砂塵が舞いあがってモニタ越しではよく様子がつかめなかったことも一因していたのだが、落ちついて見ればマシン自体にも大したダメージはなさそうだった。この分ならば二人のマシンとも修復するのはそれほど困難ではないだろう。
まずはレーサーの安全が一番だが、やはりレースを闘うものとしては、マシンの具合も気になるのが本当のところである。
レーサーもマシンも大事ないと分かり、スタッフたちは安堵の息をもらした。
「良かった・・・」
「ほんっとあの二人はいつもハラハラさせてくれんだからな!心配するこっちの身にもなってくれよ!」
ようやく一時の緊迫した雰囲気も和らいでスタッフたちの顔に笑みも浮かぶようになった頃。
・・・・もちろん、クラッシュ現場では新たな戦いの火蓋が切って落とされていたのだった。
「何を考えてるんだ!ああなったら私に譲るのが当然だろう?あんな所であきらめ悪くコースにへばりついて何の得があるって言うんだ!」
ヘルメットをかなぐり捨て、最初に声を荒げたのはやはりハイネルの方だった。グーデリアンも遅れてメットを剥ぎ取り、ハイネル以上の大音声でいい返す。
「何言ってんだよ、どこに目ぇつけてんだ。お前がムリに寄せて来たんだろ!」
思いもかけぬことを言われ、ハイネルの頭に一瞬で血が上った。普段冷静沈着だなんだと口にしてはいるが、しょせんハイネルとてまだ人間形成途中のハイティーンで、更にレーサーである。こんな状況で落ちつき払っていられるほど人間ができてはいないし、何よりレースを安く考えてはいない。
「どの口がそんなことを言うんだ!どう考えたってあの時はお前が悪いんだろう。私はきちんと十分なスペースをお前に与えていた。それを無視して抜かれまいとムダな努力をし、突っ込んできたのはそっちの方だ。そんなこともわからないだなんて、頭だけじゃなくて目まで悪かったんだな!遅いマシンは遅いなりに、速いマシンの邪魔をしないよう気をつけろ!」
「お前こそ、ひねくれてんのは性格だけじゃなくて視力もだろ!?乱視でも入ってんじゃねえのか?ちゃんとメガネの度ぐらい合わせとけ!」
当時はまだハイネルのメガネが伊達だということを知らなかったグーデリアンも負けてはいない。
火に油を注ぐとはよく言ったもので、ただでさえ髪型そのままに怒髪天をつく勢いだったハイネルの眦が怒りのあまりキリキリと吊り上がった。
「私の視力の心配をするヒマがあったら、自分のドライビングを見直すんだな。あんな走りをしているようでは話にならない。ぐるぐる回ってるだけが脳のオーバルコースでも走ってろ!!」
「オーバルの難しさも知らないヤツがよく言うぜ!お前みたいなヤツがオーバルを走ったら、カベが怖くて泣き出すのがオチだな。サイバーで拾ってもらえたことを感謝するといいぜ、お坊ちゃん!」
ハイネルが息を呑む。噛み締めた薄い唇と白い頬に朱がのぼっている。
無意識のうちに力の込められた両手がわなわなと震えていた。
「大体・・・」
「なんだよ?」
「大体お前、私のことを好・・・・だとか言っておきながら、一度マシンに乗り込めばこれか!一体どういう神経をしてるんだ!!」
怒りのあまりそんなことまで口にしてしまえば、グーデリアンの口元が酷薄に歪んだ。いつも少年そのものの屈託のない笑顔を浮かべている彼からは想像もつかないほど容赦のない強い光をその青い瞳が浮かべている。
言葉にしてしまった後でハイネルはとてつもない羞恥に襲われ、その強い青い目から視線をそらせてしまった。
それでも、視線を感じる。
あの青い目が焼き殺されそうなほどの熱をもつ視線を送っているのを薄い皮膚の下で感じとっている。
耳をふさぎたかったが、ハイネルの最後の矜持がそれを思いとどまらせた。足に力を込め、眉間に力を入れてゆっくりと首を巡らし、再びグーデリアンの青い目と向き合う。
彼の青い目と真っ直ぐ向き合うのには、途方もない精神力を要した。
こちらが心の奥に抱えているほんのわずかな疚しさをも容赦なく暴きたててしまいそうな青い目に対峙するのは、心の弱い人間には不可能だ。あの青い目は、それをのぞき込む人間の弱さを鏡のように映し出す。
ハイネルはそれを知っていた。知っているからこそ、今この場で目をそらすわけにはいかないのだ。
グーデリアンは変わらず強い視線をハイネルに送り、挑発するように口を開いた。
「ハイネル、確かにオレはお前のことが好きだよ。キスしたり抱きしめたりしたいって思うような『好き』だ。だけどハイネル、お前はオレがお前のこと好きだからって、レースの時に手を抜いてやるとでも思ってるのか?・・・そうしてもらいたいのか?」
その一言が、一度はグーデリアンに対してひそかに怯んでいたハイネルを再び奮いたたせた。レースを愛する者として、今のグーデリアンのセリフだけは絶対に聞き逃せないものだったのである。
「バカにするな!私は・・・・私はレーサーだ!他のレーサーに手を抜いてもらって勝利を得てもうれしくなどない!私を・・・私をバカにするな!!お前なんて、私のことを何にも分かってないじゃないか!私はレーサーだ、私はレースが好きだから走ってるんだ!金持ち息子の道楽なんかじゃない!お前なんか私のことを何も知らないクセに、私のことを好きだとか何とか言うな!!」
「分かってないのはお前の方じゃないか!」
鋭い語気に、ハイネルは激昂していたことも忘れて呆然とグーデリアンを見つめた。
グーデリアンは両手でハイネルの両手を強くつかんでいたのだが、驚きに支配されていたハイネルはそのことにさえ気づかないでいた。
グーデリアンが体を引き寄せ、自分たちがずいぶん間近で見合っていることもその時のハイネルにはわかっていなかった。
「分かってないのはお前だ、ハイネル」
グーデリアンは強い口調でもう一度繰り返した。
「お前は紛れもないレーサーだ。オレと全く変わることのない、単にマシンを速く走らせることが好きで好きでたまらないレーサーだ。だからこそオレはお前とバトルしてる時に心の底から熱くなる。・・・オレが好きになったフランツ・ハイネルっていう人間相手に、レースでは本気で挑むことができる。こんなにすごいことってあるかよ?」
「・・・グーデリアン、」
「レースでもそれ以外でも、ハイネルはオレに一番熱い思いをくれるんだ。・・・・マシンから降りれば抱きしめたいほど愛しくて、マシンに乗り込めば叩きのめしてやりたいほど憎い相手。・・・ハイネル。お前は、自分という人間がどれくらいオレの気持ちを揺り動かすのか、全然分かってない」
グローブに包まれたままのグーデリアンの右手がハイネルの左手から離れ、彼の白い頬に寄せられていった。直前までハンドルを握っていたそのグローブはお世辞にも清潔でキレイな状態とは言い難い。
それでも、ハイネルはその手を避けることができなかった。
・・・その手は、自分を熱くする走りをするレーサーの持つ手なのである。
グローブ越しだというのに、グーデリアンがハイネルの頬を撫でる仕草は繊細とさえ言ってよかった。ハイネルは言葉を無くしてただグーデリアンの青い目を見上げている。まるでそれだけが彼の世界になってしまったかのようだった。