Gargoyle 6
『はっはっ、・・・・・は、』
ベッドの端まで辿りついてしまったハイネルにもう逃げ場はない。一歩踏み出せばそこには清潔に整えられたシーツの波が広がっている。
男の手はエレベーター内部でそうしていたように、ゆっくりと、時に性急な手つきで彼の欲望に刺激を与え続けていた。再び熱がたまりつつある彼の欲を包む下着の中は一度目の吐精でじっとりとぬめり、男の指が下着ごと彼自身を擦りあげるたびに彼の感じたことのない不快感と悦楽を同時に与えてくるのだった。濡れた布が硬く形を変えつつある彼の欲に絡まり、男の指の動きに合わせてじゅくじゅくと淫らな音をたてている。
エレベーター内で放った時からじりじりと燻りつづけていたハイネルの欲望の熾火は、今や炎となって再び燃え上がっていた。
『はっはっはっ、・・・・は、う』
固くまぶたを閉じ、苦しげに短い呼吸を繰り返すハイネルの姿は哀れでさえあった。動きを止めるために男の手に添えられた彼自身の手には全く力が入らず、時折すがるように指に力がこもるのみである。
『あっ!』
ビクン、と彼の背中が大きく波打った。背後から首筋に歯をたてられたのと同時に、乱暴につかまれた欲望ごと男の方に引き寄せられたからだった。
『んあ!』
肩口をきつく吸い上げながら、男の指は瞬く間にスラックスのジッパーを押し下げて直接内部へと入りこんでいた。ぬるりとした精の残滓を手のひら全体ですくいとり、それを擦りつけるかのような荒々しさで刺激を加えてくる。先端に指を滑らせた時は、ハイネルの唇から悲鳴のような声があがった。
『あっ、ああっ、・・・・あーっ!』
足に力が入らず、ハイネルの体が崩折れる時を見越して男は素早く彼の腰だけをすくいあげた。ハイネルの上半身と左足はベッドに乗りあげ、右足だけがかろうじて床につき、腰は殆ど男に抱えられている状態だった。
隙間なく腰を密着させ、男はなおもハイネルへ刺激を与え続けている。男の欲もまた硬く、逞しくふくれあがり、すっかり形を変えているのが布ごしにハイネルにも伝わっていた。
『あっ!いや・・・だ』
体の奥、足の合間にピタリと押し付けられた男の性器の感触があまりにリアルで、彼は半ば恐怖に襲われて必死に体を揺らしてその感覚から逃れようと試みた。だが彼があがけばあがくほど布ごしに男の欲と彼の足が擦れあう激しさはかえって増し、擬似的な性行為に耽っているかのようだった。
下着の中にまで滑りこんでいた男の手のひらが混乱のうちにうごめき、彼がまとっていたスラックスを落とした。無意識のうちにハイネルが逃れる先はベッドの上しかない。全身を乗り上げ、這うようにベッドヘッドに向かおうとした動きを利用して彼からジャケットをも取り去った男は、場違いなほど柔らかな声で言った。
『あのエレベーターボーイは、今ごろトイレにでも駆け込んでお前を頭の中で犯してるんだろうな。それとも、オレがお前を犯すところを想像してるのかな?聞いただろう?あいつが唾を呑む音を。お前がオレに犯されてる場面を想像して興奮してたんだぜ』
『や・・・やめ・・・・言うな!』
グーデリアンの手から逃れようとでもするかのようにハイネルは身をねじったが、グーデリアンがスラックスの中の欲望を軽く握り込んで上下に揺すると、トクン、と一段とそこに血が凝ったのが分かった。
ハイネルの耳に舌を差し入れて舐めあげ、既に十二分に形を変えている欲をゆっくりと擦りながら、男は優しい声で続ける。
『あのボーイの頭の中で、オレはどんな風にお前を抱いてたんだろうな。想像してみろよ。あいつの目の前で、"見るな"と言いながらオレに犯されてる自分の姿を。・・・興奮するんだろう?』
『ち・・・・違う!んう!』
突然手を取られ、眩暈とともにハイネルの視界がぶれた。気がつけば彼はベッドに仰向きになっており、開いた両手を男の手で拘束されていた。
上から彼の体を押し付けている男に見られていると気づき、ハイネルは顔を振った。今自分がどんな顔をしているのか、とても男の青い瞳にさらす勇気はなかった。
『お前はあのボーイに言う・・・"見るな"』
『んんっ!』
シャツの上から右の乳首に軽く噛みつかれ、反射的に彼の左足が上がった。男がその足からスラックスを完全に取り去れば、あとは右足首に黒い布が絡みつくだけとなる。光沢のあるブラックフォーマルとは対照的に、彼のすらりと伸びた足は全く日にやけておらず、目に眩しいほどの白さだった。滑らかな足に片手を滑らせながら、男はぷくりと立ち上がった乳首に舌を絡め、指を弾かせる。
『ああっ!』
ちゅ、と音をたてて吸い上げれば、こらえきれない甘い声が唇から零れ落ちた。ちゅくちゅくと音を響かせ、男は舌と歯、指で刺激を加え続けている。
微かな、笑みにも似た呼吸の波動をハイネルの胸元に残した後、男の顔がなぶっていたそこからようやく離れた。薄いシャツの生地が濡れてすっかりと透け、赤く熟れた胸の尖りを隠さずさらけ出している。ハイネルが呼吸を繰り返すたびに胸の動きに合わせて突き出す赤い尖りは、男を誘う甘やかな果実のようだった。羞恥と快感に打ち震える彼の表情も目を奪って離さないに違いない。
今もしここに、あのボーイがいたら、この痴態を見つめていたら。
『それから、お前は言うんだろうな・・・"聞くな"』
欲の先端を滑る指。白い喉をさらして彼は喘いだ。
『あっ!やっ!ああ、ん、あ!』
既にハイネルは放ちそうな程限界にまで欲望が高まっている。それを指で締めつけることで制し、男は尚も続けるのだった。
『"見るな""聞くな"・・・・そう言われると余計に燃える、分かるだろう?そんなにリップサービスしてやることないんだぜ』
男が覆いかぶさり、首筋にねっとりとした舌の感触を感じた。両手を押さえつけられていた圧迫感が消えた直後、今度は両膝をすくうように手が差し込まれたことがわかった。羞恥に抵抗する間もなく大きく足を開かされる。
何もまとわずにいる素足が冷やりとした空気に触れる感触。だがそれより何より彼を苛むのは足の間に挟み込んだ男の存在だった。
ハイネルの足を容赦なく開かせて自分の腰の上に乗せた男は既にジャケットを脱ぎ捨てていた。開いたボタンの合間から逞しい胸がのぞいている。
ベルトが引き抜かれて投げ出され、男は手を止めずに自らのスラックスのジッパーに指をかけた。そのまま何の感情も感じられない手つきで下着の中に指を伸ばしていく。
『はっはっはっ・・・・は、』
上半身をベッドに沈み込ませたままハイネルはせぐるしい息を繰り返している。白い頬は上気し、緑の瞳は潤んでいる。情欲と恐怖の入り混じった呼吸だった。
男が硬くたちあがった欲を取り出した。
快感に半ば蕩けていた意識が冷たい恐怖に醒めていく。男がこの凶器と化した熱い楔をうがち、欲望を満たそうとしているのは自分の体なのだ。
無意識のうちにハイネルの唇から言葉が零れ落ちていた。
『いやだ・・・・やめてくれ、頼む』
『それも男を喜ばせるセリフだな』
『いやだ!私は、私は、こんな・・・っ』
更に足を開かされ、奥にぴたりと硬く、ぬめったものが押し付けられる。その圧迫感と熱さ。
ハイネルは予想を超える質量と生々しさに、理性もプライドも捨てて懇願した。
しかし男は先端を狭い入り口に押し当てると、一気に深い場所まで刺し貫いた。
『ああっあーっ!』
「っ!!」
唐突に現在に意識が戻り、ハイネルの体が大きく揺れた。
額から吹き出した汗が水滴と混じりあい、頬から顎へと伝っていく。
ハイネルの脳裏を過る記憶は時間軸が狂い、しかもわずかに紗がかかっている。
だがあの男の目・・・・。
あの目の青さ。暗い金髪。そして体を貫かれる痛みと熱さは現実であるかのように鮮明だった。
「うっ」
定期的にこみあげる吐き気に促されて体を折った時、おざなりに着込んだだけのスラックスの下、体の最も奥深い場所から生暖かいものが滲み出してハイネルの腿を濡らした。既に渇いて白い足にこびりついた残滓に、また新たな跡を残していく。少しみじろいだだけで、体の奥にじわりと言いようのない感覚が広がった。
激しい水音。彼は乱暴に口をすすぐとまたシンクに手をついた。
「はあはあはあはあはあ」
体の奥が熱い。
暖かなもので満たされ、湿ったそこは、まだじりじりと熱の余韻を残している。
「いやだ・・・・」
我知らずシンクの上に上半身を屈めたハイネルの唇から言葉が漏れていた。それと共に見る見るうちに涙が露を結び、渦に吸い込まれていった。
「いやだ・・・こんな・・・・こんな・・・・・」
一度溢れ出した涙は止めることが叶わず、後から後から彼の頬を濡らした。意識は醒めつつあるが、だからこそ体の奥底で燻る火種を意識せずにはいられない。
もっとも貪欲で激しく、穢らわしい欲望の火種を。
涙と共に、何度も彼は声に出した。
「いやだ・・・・・いやだ、こんなのは・・・」
『あの時もお前はそう言っただろう?』
男の幻が優しく囁く。
『あの時もお前はそう言ってたよな。"イヤだ"って。何度も、何度も』
『ああっ・・・・いやだ・・・・いや、・・・・・あ、ぁあ!』
何度も交わった後、口で欲望を高められたハイネルの体は、もはや男の侵入を従順に受け入れていた。
獣のように這わされ、後ろから何度も男の欲望が突きたてられるたびに耳を塞ぎたくなるような音がする。シャツをまくしあげて現われた白い背中を舌が這うと、男を包み込む狭い場所が一層きつく締まった。
「いやだ・・・・あれは・・・あれは・・・・」
唇がほどけ、ひっきりなしに甘い声をあげていた自分の幻を打ち消すかのように首を振り、彼は絶望的な行為を繰り返す。彼を救ってくれるはずの薬瓶のフタは開かず、涙が硝子に弾けて飛んだ。
『はっ、はっ・・・・んあ、・・・ア・・・・は、』
男を迎え入れ、何度も精を注ぎ込まれたその場所は熱く収縮を繰り返し、硬い杭が突き入れられ、内部を乱暴に掻きまわされるたびに全身が痺れるような快感を得た。貫かれ、引かれるたびに擦りあげられ、そこはうずいてより激しい動きを望み出す。
声を止めることなどできなかった。
「違う・・・・」
ハイネルはとうとう自分にとっての神である薬瓶を握りしめた。力を込めるあまり、白い指が血の気を失ってますます色を失っていた。
その指にも、透明な硝子にも涙は滴り落ちる。
「違う・・・・いやだ・・・・、」
『お前はあの男・・・パーティー会場にいたあの男の肉を食ったんだろう?』
熱い吐息。わずかに乱れた口調。だがその時のハイネルに発せられた言葉の意味など解せるはずもなかった。
ただわずかに緩慢になった淫らな動きに不満をあらわすかのように小さな声をあげた。
男は激しい突き上げを緩く深いものに切り替え、時折気まぐれに彼のポイントを突いて泣くような声をあげさせた。
『んあっ!』
『言っただろう?今度はオレがお前を食う番だと。オレがお前を食うぜ・・・奥の奥まで』
止まらない涙が顎先から落ち、ハイネルの足元を濡らしている。片手はシンクの縁を、片手は薬瓶を色を無くすほど握り締め、彼はあらゆる衝動と戦っていた。
体の奥でじわりと鎌首をもたげつつある感覚。強く自分を律していなければ、恐らく彼の手は記憶だけで熱を持ち初めている自分の欲望に伸びていることだろう。
『何故我慢するんだ?解放してやれよ、もう一人の自分を』
「違う!いやだ!」
『パーティー会場にいたあの男が、エレベーターにいたボーイがどんな目でお前を見てたか知ってるか?どんな目をしていたのか、お前は知ってるのか?』
「違う!」
『そしてお前は・・・・・』
「いやだ!」
聞きたくない。
『オレに犯されて、自分がどんな目をしているのか知っているか?』
「イヤだ!!」
聞きたくない。
脳裏に語りかけるあの男の声も。エレベーターを降りる時に耳にしたボーイの押し殺したうめきも。欲望を音にしたかのようなパーティー会場の男の荒々しい呼吸も。
そして何より、
『ああっ!いや・・・だ・・・んん、んん・・・・んう』
『はっ、は・・・・ふ・・・ア、あ、あ・・・っ』
『や・・・あ、イヤ、』
淫らにあがっていた自分自身の声を。
再び突き上げるリズムが早くなり、その激しさに体を支えていられなくなった彼は上半身ごと荒々しく揺さぶられていた。呼吸は荒く、息の合間に零れる音はもう意味を為さない。
貫かれるたびにはしる甘い痺れに、男の動きに合わせて夢中で腰を揺らしていた。引き抜かれる動作のたびに自分から腰を突き上げて続きをねだる。
いやだ・・・・いや。
いやだ。
いや。
いやだ・・・・・やめないでくれ。
「私じゃない!!」
絶叫が唇から迸り、彼は手にしていた薬瓶を目の前の鏡に叩きつけた。
激しい音とともに銀色の破片が宙に舞う。
「あれは・・・・」
涙が流れるにまかせ、彼はなおも鏡の中から見返してくる自らをにらみつけていた。
「あれは・・・・・」
破片が飛び、ヒビが入った鏡の向こうから、歪んだ姿を持つもう一人のフランツ・ハイネルが見つめ返している。
「あれは私じゃない!!」
闃(げき)と静まったその部屋で、彼の悲痛な叫びを耳にした者は誰もいなかった。