さて、もちろんレーサーの、そしてチームの本分はマシンを速く走らせることにある。例え(結成からまだ日が浅いと言うのに既に)『サーキットのイロモノチーム』などと影でささやかれることのあるシュトロゼックでさえもそれは変わらない。
そして、この時ばかりはいつもケンカばかりのグーデリアンとハイネルも真剣なやりとりを交わすのだった。 いつも以上にクールなグリーンアイズをモニタに向けながら、監督がインカム越しに自チームのドライバーに檄と指示を飛ばす。
「グーデリアン!調子はどうだ!」
『かわいこちゃんはセクション2がおキライらしいな。ここに来るとどうもご機嫌ナナメになっちまう。もっとスマートにエスコートしてくれって言ってるぜ!』
高性能のインカムは雑音を拾うこともなくグーデリアンの声を明瞭に届けてくる。シュトロゼックには監督命!なばかりにレーサーにあたりのきついスタッフが一部いて、彼らはこういったいかにもグーデリアンらしい言い回しを耳にするたびに『アレで伝わるワケないだろ』と吐き捨てたらしいが、理性と理論のヒトのはずの監督にはこれでバッチリ通じてしまうのだった。
「わかった。セクション2で足回りががたつくんだな?ヒルさん、プログラムαを用意して下さい!」
「OK。プログラムαだな?」
指示を受けたスタッフは、すぐにプログラムセッティングへと向かった。シュティールはバイカーのようにまたがって運転するライディングスタイルばかりが特異な面として取り沙汰されがちだが、ありとあらゆる面で革新的なマシンである。だが、それはそのままこのマシンに関するデータが絶対的に足りないことをも意味していた。
シュトロゼックという新しいチームは、可能性も未知数だがはらんだ危機もまた未知数なのである。速さを追い求めることはもちろんだが、このチームは安全性というレーシングチームを営む上で最も根幹を成す部分もまた追っていかねばならない。他チームが行うマシンテストとは違った意味での重圧がかかってくるのであった。
ゆえにマシンテスト中は常に耐え難いほどの緊張感が張りつめ、誰もがピリピリと神経を尖らせている。
・・・・はずなのだが。
「グーデリアン!貴様、先ほどからタイムがコンマ2も落ちているではないか!」
『だってこれでもうランチタイムがあけてから52周目よ?オレもうハラ減ってハラ減って。こんなんじゃドライブに集中できないぜ!』
「分かっている!貴様の好物のチリビーンズを用意しておいたから、マシンから降りたら食えばいい」
『さすがハイネルちゃん、気がきくねぇ!オレ、前お前が好きだって言ってたワインを買ってきたんだぜ。後であけような』
「ああ。だが、まずはお前が無事私の元に戻ってくることだ。ケガなどするなよ!」
『オーケイ。オレがケガしたら一番参るのはオレ自身じゃなくてハイネルちゃんだからな。さーて、飛ばしていくぜ!』
インカムごしの彼らのやりとりを耳にしているスタッフたちは、なんとなく心にひっかかりを覚えながらも、あえて深くは追求しないのであった(彼ら本人にも、自分の心に対しても)。この状況をあえて例えるとしたなら、もはや敗色濃厚となった戦で、誰もが敗北を心の片隅では意識しながらも、それを認めてしまうことで危惧していたことが現実となってしまうような、そんな不安感といったところだろうか。全然違うかもしれないが。
まあ要するに、スタッフ達はあえて現実から目をそらしているワケである。どんな現実かはさておくとして。
仕事の手は止めずに、視線だけはぼんやりと麗しの監督に向けながら、スタッフの一人がぽつりと呟いた。
「ジャッキーと監督ってさあ・・・」
「ん〜?なんだよ」
話しかけられた方はモニタから一時も目を離さず、刻々と移り変わるマシン状況を分析している。次の瞬間には何が起こるか予測がつかないのがレースの世界だ。レースに関わる人間はみな自分の仕事に集中しながらも周囲の状況にも気を配るという、ある種超人的な努力を強いられるものだが、シュトロゼックのスタッフはその能力がずば抜けていると一部で評判だ。
つまりそれだけ周囲の状況に気を配らなければならないということなのだが。約2名がいつ騒ぎを起こすか分からないので。
相変わらず(日本人の記者が、グーデリアンとハイネルの記事で『相変わらず、彼らはケンカしつつもいつも一緒にいる』と書くべきところを『愛変わらず、・・・』とやってしまったのだが、その出版社の人間が誰一人として書き間違いだと気づかなかったのは余談である)監督は無線を通してのレーサーとのトークに没頭していた。タイムや路面状況、マシンの状態についての言葉に混じって次のオフの予定だの食事のメニューだのといった単語が飛び交うこの状況を異常なものと思っているスタッフはもはやいない。ただたまに我にかえったスタッフが「うーむ、あの二人ってどこかおかしくないだろうか?」と首をひねる程度である。とにかく深くは(それが例え己の心に対してであっても)追求しないのがシュトロゼックでうまくやっていくコツなのだ。
「あの二人ってさ、・・・いわゆるツーと言えばカーってヤツなんじゃないの?」
「ツーカーだって?言えてる言えてる。でも、あの二人はむしろグーと言えばハー、って感じだろ」
「ツーカーならぬグーハーだって?はははは、上手い(どこが)!座布団3枚!」
仕事の手は緩めずともこんな会話を交わしていた彼らの表情を一変させたのは、他ならぬ監督から飛んできた指示だった。
「オズボーン!午後はハーフウェットの状態にして新しいインターミディエイトを試す。手配を頼む」
「はい、監督!」
「トラヴィス!君はステアリングのニューデバイスを持ってきてくれ。αプログラムならあれがしっくりくるはずだ」
「わかりました!」
きびきびと飛んでくる言葉に遅れることなく、彼らはすぐに言われた仕事に取りかかっていった。この辺りの対応の素早さがシュトロゼックのスタッフたちの一番の特徴だと言えるかもしれない。
こうして、他のチームとは一味も二味も違うマシンテストは順調にこなされていったのだった。