ミー・イン・ハニー
とにかく落ちつきがない!
というのが彼らのグーデリアンに対する一致した見解であった。活発で陽気なのは大変けっこうなのだが、それにしてもパワーが有り余っているらしい節がある。じっとしているのが苦手で、いつでも体を動かしていたいタイプ。それがジャッキー・グーデリアンという男だ。
そんな彼の性質は、時として軽率ともとられかねないほどアグレッシヴなドライビングスタイルにもよくあらわれていたが、意外な面で発揮されることもある。
それが散髪なのだった。
「まったく、子供かお前は!」
うららかな午後の光がさんさんと降り注ぐ穏やかなリビング。
その一角で穏やかさとはほど遠い剣幕でハイネルは怒りまくっている。グーデリアンはいつものごとく悪びれた様子もなく、のんびりと彼の怒るさまを見ていた。それがまたハイネルの火に油を注いでいるのだが。
ことの起こりは今日の午前。明日は大事なスポンサーとの会食があるのだが、伸びるにまかせたグーデリアンの金髪はかなり中途ハンパな状態になってしまっている。もともと野性味のある男なので、そんな髪型が似合わないどころか少し野暮ったい感じがかえって彼のワイルドさを引き立たせている感さえあるのだが、いかんせん彼が所属するレーシングチームの監督は何事もきちんとさせることを美徳とする性質なのだった。彼が所属するレーシングチームの監督とは、即ちハイネルのことである。
レーシングチームにおいての神はレーサーではなく監督だ。少なくとも彼らの所属するチームではそうだった。
『そのだらしのない髪を何とかしろ!』
という神が下した命令のもと、グーデリアンは散髪してサッパリきっちりと姿を整えてスポンサーとの会食に挑むことになった。・・・・・ハズだった。
「だってさ〜、やってくれんのがカワイコちゃんならともかく、むっさいおっさんだったんだぜ?しかも『ん〜、この顎のラインがワイルドでステキ』『切り落とした髪、もらってもいい?何に使うのかって?・・・・・フフ。ふふふ』とか言うんだもん」
「何が『言うんだもん』だ。子供か貴様は!」
結局、グーデリアンは散髪台にむかった43秒後にはそこから逃げ出し、こってりハイネルからお小言をもらうハメになったのだった。あいにくこの辺りにはそこしか美容院がなく、彼はどんなにハイネルに怒られようと『Nein』の返事しかしなかった。よほど身の危険を感じたのだろう。
今、グーデリアンは半ばハイネルに押しやられるようにしてバスルームにあるシンクの前に腰を下ろしたところである。彼らがいくつか所有しているうちの一つであるこの家は、彼らが大柄であることとリラックスできる空間を求めたことから全てがゆったりしたサイズでしつらえられている。バスルームやシンクも当然例外ではなく、座りごこちのいいリクライニングチェアを運んでくればちょっとした即席ビューティーサロンの出来上がりだった。つまりハイネルがグーデリアンの散髪番を努めることになったのだ。
「いや〜、ハイネルちゃんにサンパツしてもらえるなんてボカァ幸せだなぁ」
「ふん。出来上がりを見て泣いても知らんぞ」
ハイネルは冷たく言い放ち、まずは最も気になっていた不精ヒゲから片付けてしまうことにした。髪はなでつければまだ何とかなるものだが、ヒゲばかりはそうもいかない。さらに、彼は旧式のカミソリを持ち出してきた。刃物を見せればさすがのグーデリアンも大人しくなるだろうと踏んだのかもしれない。
「動くなよ」
「オーケイハニー。オレの命はとっくにお前のものだぜ。オレがお前のマシンで走るって決めた時からね」
「大げさな。だが、少しくらい痛くても私を恨むなよ」
ハイネルはそう言ったが、ぞんざいな言葉とは裏腹に手つきは慎重きわまりなかった。さすがのグーデリアンも刃をあてられている時には黙っているしかない。たっぷりと泡立てたクリームをグーデリアンの顔に塗り付け、ハイネルは少しずつ丁寧にヒゲを剃っていった。
刃が進むたびにクリームが拭き取られ、そこからグーデリアンの肌があらわれてくる。一度大まかに剃り終えたハイネルは、彼らしい几帳面さで後をたどり、剃り跡を確かめていった。
白い指が日に焼けて色をかえたグーデリアンの肌をたどっていく。オフなので素直に下ろされたままの髪型をしたハイネルはいつもよりもリラックスした空気を身にまとっているが、見つめる緑の瞳は真剣そのものだ。
マシンを検分するメカニックそのもののような真剣さでグーデリアンの剃り跡を確認していた彼は、やがてもう一度クリームを泡立てて肌に塗り込み始めた。念には念をいれるやり方がいかにも几帳面な彼らしい。
「少し窮屈だろうがガマンしろよ」
ハイネルはそう一言言い置くと、椅子に腰かけているグーデリアンの体をまたいだ。ひじ掛けのない椅子に座っているグーデリアンと向き合う形で彼をまたぎ、ハイネルは自分たちが今どんな体制になっているのかにも全く気づいていない様子で熱心にクリームをグーデリアンの顔の上で伸ばしている。一度何かに打ち込むと徹底的に集中してしまう彼は、どんなに手先が器用だろうとやはり美容師よりはマシンデザイナーやメカニックの方が適職だった。
少し椅子をリクライニングさせているため、ハイネルは半ばグーデリアンに覆いかぶさるような体制になっている。それでもグーデリアンは何も言わず、ただにわか美容師にされるままになっていた。先ほどから一言もしゃべっていないグーデリアンを不審に思うこともなくハイネルは黙々と作業を続け、十二分にクリームが相手の肌にのったことを確認すると、満足げにうなづいて再びカミソリを手にとった。
暖かなクリームの上を辿っていく冷たい刃の感触。数度刃を滑らせるたびに一度置き、手で触れて剃り跡を確かめていく。しつけの行き届いた指が辿るグーデリアンの顎、口元、頬。
それまで黙っていたグーデリアンが口を開いたのは、半ばまで剃り終えた頃だった。
「なあハイネル」
「なんだ?」
半身をひねり、カミソリについた泡を熱い蒸しタオルで拭き取ることに夢中になっているハイネルの返事は生返事だ。それでもまったく気にした風もなく、グーデリアンはクリームを顔につけたまま続けた。
「オレの耳をちょっと引っ張ってみて」
「は?・・・耳?どちらの耳だ?」
「両方。いっぺんに」
「なぜだ?」
「いいから。今すぐに引っ張ってくれ。早く!」
「あ、ああ」
あまりにも意外なことを言われたせいでハイネルは手を止め、グーデリアンに向きなおった。言われた通りグーデリアンの左右の耳にそれぞれ指をかけ、引っ張ってみる。何か変化があるのかと思ったが、当然耳たぶが多少伸びた程度でまったく変わった様子はなかった。
「グーデリアン。こんなことに何か意味はあるのか?」
「もちろんあるぜ」
「どういう意味だ?」
「そりゃあ、」
グーデリアンはそこでニヤリと笑うと、信じられない敏捷さで体を起こしてハイネルの唇をふさいでいた。
「何・・・・!う・・・・・・っ」
「ああ言えばカミソリを手から離すだろ、お前」
素早くハイネルの足をさらい、そのまま自分の太ももの上に彼の体を乗せ、グーデリアンはぴったりと自分たちの体を密着させた。元々距離が短かったため、彼にとってはあまりに容易な行為だった。
「ひ・・・卑怯だぞ、グーデリアン!」
「おっと!凶器を持ち出すのも卑怯だぜ、ハイネル」
楽しそうに言いながら手を伸ばしてとっさにカミソリをつかもうとしたハイネルの手を取り、そのまま自分の指を絡めて深いキスをしかけていく。
体をこわばらせ、腕を突っ張ってグーデリアンの胸に抱き込まれるのを防ごうとあがいていたハイネルの体から力が抜けていくのに長い時間はかからなかった。