こうなるともちろんもうヒゲ剃りどころではない。片手でハイネルの体をさらに引き寄せながら彼に気づかれないように伸ばした足でカミソリを蹴り飛ばし(こういうところは非常に器用な男である)、グーデリアンはさっさとその先へと行為を進めていった。ハイネルの頭を片手で抱き込むようにして深いキスをほどこし、もう片方の手はせわしく背中や腰に愛撫を加えている。
 暖かなグーデリアンの手のひらの感触と、与えられるキスの熱さ。きっとハイネルのシワの多い脳はなぜ自分たちがこんな体制でいたのかも忘れ去っているだろう。
 ただ、深く唇を合わせているので、顔の角度を変えるたびに苦い味が口中に広がる。なおも顔を寄せてくるグーデリアンを避けるように手で押しのけながら、ハイネルは熱に浮かされたような声でつぶやいた。

「あ、泡・・・が・・・・・」

「うん」

 生返事を返したグーデリアンは相変わらず自分の指先に神経を集中させている。いつの間にかハイネルのスラックスからベルトが引き抜かれ、きっちりと着込んでいたはずのシャツはすっかり乱されていた。ぴったりと隙間なく密着している半身には、無視することのできない熱が育ちつつあった。

「バスルームに行こう」

 キスの合間、ささやきをハイネルの耳元に落とし、グーデリアンは彼を抱きあげてすぐそばのバスへと足を向けた。服も脱がず、さらに泡にまみれるために。

 もちろん次の日、スポンサーとの会食の前に立ち寄ったファクトリーで、スタッフはやけに不機嫌そうな監督の姿と、整髪剤で整えられてはいたが散髪したにしてはやけに襟足の長い髪をしたレーサーの姿を目撃することになったのだった。










 さて、この話にはちょっとした後日談がある。こんなエピソードがあった次のオフ、今度はグーデリアンがにわか美容師と化していた。滅多にない二人ともがそろってのオフだというのに姿が見えないのをハイネルがいぶかしんでいたら、彼は何やら一人で準備を進めていたのだった。

「ハ〜イネル!」

「・・・・」

 リビングのソファの上で新聞を広げてくつろいでいたハイネルは、グーデリアンが指し示した指の先にあるシンク、そしてその前に鎮座ましましているリクライニングチェアを目にしてうんざりした顔をしてみせた。
 カミソリこそ置いていなかったが、シンクにはシャンプーリンス類とタオル、ローション等が整然と並べられており、いかにも(こういう時だけは)用意周到なグーデリアンらしい。

「さて!今日はオレがサービスする番だぜハニー」

「・・・・・結構だ」

「はいはい、早くこっちに座った座った!」

「結構だと言っているだろう!」

 もちろんグーデリアンはハイネルの抵抗などモノともしない。露骨にイヤがるハイネルの腕を引っ張ると、グーデリアンはさっさと以前自分がそうされたように、ハイネルをシンク前の椅子に腰掛けさせた。こういう時には非常に迅速な男である。

「さてお客様。本日はいかがいたしましょう?」

 わざとらしく恭しい礼を一つとってグーデリアンが言うと、もう抵抗するのもバカらしくなったハイネルはわざと聞こえるようにため息をついて肩を一度上下させた。他の人間が見れば気を悪くさせたかと心配するかもしれないが、言ってみれば、これはハイネルからの『あきらめたから好きにしろ』というサインでもある。グーデリアンにしてみれば『待ってました!』の心境であるはずだ。案の定、ハイネルにかけられた彼の声はこの上なくハツラツとしていた。

「お前はあんまりヒゲを剃る必要もないだろうし、お前のキレイな肌に傷をつけでもしたりしたら大変だから、とりあえずヘアケアでどう?」

「ヘアケアはいいが、それ以外のことは絶対にせんぞ」

「『それ以外のこと』って?」

 いかにも邪気のない口調でグーデリアンは聞いていたが、ハイネルは不機嫌そうに眉を寄せて黙りこんだだけだった。照れるか怒るかするだろうと踏んでいたのがアテが外れ、グーデリアンの唇に淡い苦笑が浮かぶ。彼の目にはハイネルのこういう姿もすねているようにしかうつらないのだった。
 かわいいと言えばもちろんそんなところもかわいいのだが(少なくともグーデリアンにとっては)、今日は貴重な二人きりのオフ。いつまでも相手を怒らせていては『世界の恋人』の名がすたるというものである。こめかみに一つキスを落とし、グーデリアンは弁解の言葉を口にした。

「この前のこと、まだ怒ってるのか?せっかくお前がオレの髪を整えてくれるはずだったのにごめんよハニー。でも恋人にあんな風に触れられてたら誰でもそういう気分になるもんだろ?」

「そんな気分になるのはケダモノのお前だけだ!」

「でもオレがお前に触られてその気にならない日がきたら、そっちの方がコワイと思わない?」

「その気もどの気も猪木もあるか!」 ←ハ・・・ハイネル・・・(笑)。

「・・・素敵な言葉をサンキューハニー」


 これ以上刺激するのはかえってよくないと判断したのだろうか。グーデリアンは苦笑混じりの声で言うとシンクに備えつけのシャワーノズルを手にとった。手で湯温を確かめてから、少しずつハイネルの栗色の髪を濡らしていく。
 その手つきは慎重で優しく、何事にも大らかで大雑把な普段の彼が見せる動きとはほど遠いものだった。
 シャワーの水音。暖かな水温。そしてやわらかく触れてくるグーデリアンの指。
 音のリズム、温度、触感、そして時折かけられる言葉の響きが、段々とハイネルをリラックスさせ、体を預けさせていった。グーデリアンになら(さまざまな意味で)自分の体を預けてもいいのだということを無意識下で感じとっているのだろう。

 節太いグーデリアンの指が、見た目からは想像できないほど器用に動くことをハイネルは知っている。それがどんなに優しく触れてくるのかも。
 十分に髪が濡れたところでグーデリアンがポンプを押し、シャンプーを手にとったのがわかった。細かな泡が髪を包みこみ、すべらかにゆき過ぎる指がいたわるように白い泡をかきわけていく。
 ゆっくりと丁寧な仕草で髪を洗われていると、その心地よさから眠気を誘われてきた。激務が続くことが珍しくない彼の生活では、こんな風にリラックスできる時間は貴重である。うとうとしはじめた頃、この感覚は突然ハイネルを襲った。

 グーデリアンの指が耳の生え際をゆき過ぎた時だった。

「あ」

 ぴくん、とハイネルのまぶたが震えた。声をもらしてしまったことに自分自身驚いてしまったのだろう、ハイネルは慌てて自分の口をふさいだ。半ば落ちかけていたまぶたが開かれ、緑の瞳が軽い驚きをあらわしている。
 グーデリアンは何も特別なことをしているわけではない。意図的な動きは何もなく、ただ髪を丁寧に洗っているだけだ。ただそれだけだと言うのに。
 
「どうした?ハイネル」

「いや・・・な、なんでもない。すまない」

 グーデリアンは手を止めて聞いたが、ハイネルの返事に再び髪にさしいれた指を動かしはじめた。今度はうなじと襟足の境に刺激を与えている。時折グーデリアンの親指がうなじを辿り、長い人差し指や中指が頭皮をやさしくこすりあげると、予期せぬ電流のような流れが走ってハイネルを心底狼狽させた。ぞくりと体をかけ抜けるしびれはなぜか甘く、この感覚をもっと得たいと思うことがやけに後ろめたいことのような気がして、さらにハイネルを困らせるのだった。

「ハイネル」

「な・・・・なんだ?」

「ちょっと重いかもしれないけど我慢してくれよ。泡が目に入ったら大変だからな」


 グーデリアンはそう言い、以前ハイネルがそうしたように、今度は自分が椅子に腰掛けているハイネルをまたがるようにして向き直った。目にかからないようにハイネルの前髪をかきあげ、そのまま指を動かして洗いあげていく。間近で見るグーデリアンの青い瞳は真剣そのもので、ハイネルはなぜかその顔を直視できずにわずかに顔をそらせて目を閉じた。
 だが、視界を閉ざしてしまうと感覚はさらに鋭敏になってしまうものである。一度ある種の刺激を拾いあげることを覚えてしまったハイネルの神経は、さらに貪欲にそれを得ようとしているかのようにグーデリアンの指の動きに反応した。

 すぐ近くにグーデリアンが体を乗り上げているせいで、ほのかな体温さえ伝わってくる。
 こめかみのあたりや、額の生え際。執拗なほどやわらかく優しい仕草でグーデリアンの指が行き来していく。何度もハイネルの体がぴくんと震え、唇がわずかに開いた。

「ここ?ハイネル。・・・いい?ここがいいの?」

「・・・・んっ、」

 白い頬がほのかに色づき、唇から零れる吐息もかすかに色めいていた。
 グーデリアンはほとんど唇がつかんばかりの距離でハイネルの耳に言葉を流し込んでくる。そうして彼に、どこに触れて欲しいのか、どんな風に刺激を与えて欲しいのかを聞いてくるのだった。

「ハイネル」

「何だ?あ、・・・・・・っ」

 耳元をくすぐるような指の動きに、ハイネルは肩を揺らせて反応した。思わず閉じていたはずの目も開いてしまっていた。・・・すると、

「な?オレの気持ちがわかっただろ?」

 グーデリアンがいたずらっぽい瞳で顔をのぞき込んでいた。その青い目にはいたずらが成功した時の子供のような色が浮かんでいる。グーデリアンには最初からハイネルの反応などすべて伝わっていたのだ。彼がどんな風に感じているかをわかっていて、その上で全く気づかないフリをしていたのである。あまつさえ知らん顔をしてさらなる刺激をほどこし、ハイネルの反応を見て楽しんでいたに違いなかった。

「キスしてもいい?」

「・・・」

 ハイネルは不機嫌そうに眉を寄せただけで答えなかった。だが、もちろんグーデリアンは答えが返ってこなかったことこそが何よりの答えだと知っている。
 グーデリアンがキスをすべく顔を寄せても、ハイネルは拒まなかった。すぐにそのキスは深くなっていく。
 以前と全く同じ、泡だらけのキス。だが今回はシャンプーだけあって以前より更にひどい状況である。グーデリアンは自分たちの衣服が泡にまみれようとソープの苦い味がしようとお構いなしでキスを進め、さっさとハイネルの衣服を乱していった。

「なあハニー。そろそろ髪の泡を落とさないとまずいかな?」

 不意に何かを思い出したかのようにキスするのをやめて顔をのぞき込み、グーデリアンが聞いた。今更こんなことを聞いてくるのは、もちろんハイネルからの答えを期待しているからだ。
 思い切り不機嫌そうな表情のハイネルが思い切り不機嫌そうな声で答える。

「・・・・調子にのって泡をたてすぎだろう。このままではシンク周りが泡だらけになってしまう。だから・・・・」

「オーケイハニー。バスルームで泡をキレイに流さないとな。最後までめんどうみるぜ。優しく、隅々までね」

 ・・・・だから、もちろんグーデリアンは続きをするべく、ハイネルを抱き上げてバスルームに運んだのだった。




 突然ですが今回のお話。以前いただいていただきもの欄に展示させていただいているあいりさんの素敵なお話がやっぱりひげそりのお話なので、あからさまにネタがかぶってしまうのです。
 しかし今回は気をてらった話じゃなくて、素直な話を書いてみたかったので(実を言うとこれと並行して裏の「ネバーカミング」を書いてたのでした。←ひねくれ系)そのまま書いてしまいました。
 グーハーに限らずだと思うんですけど、どちらかがどちらかの髪を切ってあげたりするお話って多いのではないかと思います。そもそも私はグーハー以外の同人的なカップリングにはあんまり興味がないのでよくわからないのですが、グーハーに関しては好きです!なんとなく色っぽい感じがしますよね。
 しかし案の定私が書いてもぜんぜん親密な感じが出ませんでした。

 キリリクを久しぶりにちょこっとずつ書いてるわけですが、非常に思いだしつつあるこの感覚。それは、毎回リクエストを下さった方に対して感じるこの申し訳なさ・・・・(笑)。
 とんそくさん、リクエストをして下さってありがとうございました!そして、やっぱり力不足ですみませんでした。毒にも薬にもならない話に・・・。
 あ、ところで。「ミー・イン・ハニー」って考えようによっては非常にイミシンな言葉ですが、この「ハニー」はそのまんまハチミツのことです。「ハチミツの中にいるボク」。「ハニーの中にいるボク」って解釈するとホントに意味深長に・・・(笑)。これも曲のタイトルなんですけど、別に話とは何の関係もありません。たまたま最初にかけてたのがこの曲だったのでした。シーン・・・・ホントは「ハチミツにとらえられて身動きが取れなくなったハエのようなボク」のことで、ものすごーーーく暗い曲なのでありました。


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