アニマル・ソング
※このお話はレース用語が多いので、とっても親切な作りになっています(笑)。わからない言葉がでてきたらリンク先でおべんきょーしましょー!・・・って、余計なお世話だ!(笑)しかも、あんまりひんぱんに用語を確認していると、話の展開がわからなくなってしまいます・・・。←試してみた。
さて、これも二人が別チームに所属していた、まだまだ青い頃の話である。
ベルギーのスパ・フランコルシャンサーキット。スパと言えば何といってもオー・ルージュ。急な勾配のあるコースをすさまじいスピードでマシンが駆け抜けていくたびに、観客たちが熱狂的な声をあげる。
ちなみに、今回開催されるのはCFではなく、「グッドデイズGP」という名が冠されたお祭り的なモーターイベントだ。使用されるマシンもF1やCARTで使用されるような、サイバーマシンを搭載していない昔ながらのものである。
たまたまこのイベントにグーデリアンとハイネルの二人がかち合わせてしまい、レースはめったにない白熱したものとなっていた。
このレースはスパのサーキットを45周して行われる。ポールシッターはわずかコンマ3秒というタイム差で後続を押さえたハイネル。グーデリアンはセカンドローにつけていた。
10周目、グーデリアンはハイネルにすきありと見て、ケメル・ストレートエンドで彼を抜きにかかったが、その時フロントウイングをハイネルのマシンのリア・エンドにひっかけてしまった。明らかにグーデリアンのしかけたポイントが早すぎ、彼のミスと言える。
だが、言ってしまえばそれもありふれたレーシングアクシデントの一つでしかなく、ハイネルのマシンもグーデリアンのマシンも無事だったので、それはそれで済む・・・・はずだった。
問題はその5周後、ふたたびグーデリアンが同じケメル・ストレートでハイネルにしかけていった時である。
グーデリアンは今度は慎重に機をうかがい、アウト側からしかけていった。後ろから観察していて、ハイネルのマシンはどちらかと言うとオーバーステア傾向が強いということを見てとっていたグーデリアンは、アウトからしかけていくのが得策だとふんだのだ。事実、そのまま行けば、グーデリアンは綺麗にハイネルのマシンをパスできるはずだった。
だが、まるで五周前の借りを返すとばかりに、今度はハイネルが自分のマシンの左リヤを、グーデリアンのマシンの右フロントにぶつけてきた。どう考えても、ハイネルのテクニックならば回避できた接触のはずである。故意の仕返しと考えるのが自然だろう。
ほんのわずかな接触だったのだが、運悪くグーデリアンのマシンはそのせいでコースオフしてしまった。幸いにもマシンにダメージはなく、すぐにコースに復帰することができたのだが、もちろんハイネルのマシンはその間待っていてはくれない。0.5秒ほどだった二台のマシンの差は、一時7秒にまで開いたのだが、そこから猛然としたグーデリアンの追い上げが始まり、再びハイネルを抜く射程圏内に入ったというところである。
「見えた!さっきはよくもやってくれたな、ハイネル!ぜったいこのオレ様がぶちぬいてやるぜ!」
無線を通して聞こえたグーデリアンの独り言を聞きとがめたスタッフが、あきれたように声をかける。
「おいおい、ジャッキー。赤い布を目の前にチラつかされた雄牛みたいにコーフンしてんじゃねーよ。まさにケダモノだね」
「うっせーなぁ。ハイネルの前周のタイムは?」
「はいはい、愛しの王子様のタイムね・・・コンマ2早いな、お前より」
性能のいい無線用マイクが、低いグーデリアンの舌打ちをひろった。マシンのコクピットとピットという空間のへだたりを越えて、グーデリアンの毛穴中から吹き出す闘志が届いてきそうだ。
「ジャッキー、あんまり熱くなるんじゃないよ。ただでさえムリな追い上げのせいでお前のマシンのタイヤはたれてるんだぜ。相手はマシン巧者のハイネルだ。あせったら逆に食らいつかれるのがオチだぞ」
しばらくの間、コクピットのグーデリアンから返事はなかった。最後のシケイン区間に入ったからである。
シケインを抜けると、再びグーデリアンの声が聞こえた。自分に向けてつぶやいているような声だった。
「ハイネルの、あの取り澄ました顔を見てると、思い知らせてやりたくなるんだ。『お前だってオレと変わらない、マシンに乗りこめばアクセルを踏みこまずにはいられない動物なんだ』って」
無線の相手のスタッフは、グーデリアンのその言葉に、返す言葉をもたなかった。
言葉を返すかわりに、モニターを見つめる。そこには自チームのドライバーであるグーデリアンが、猛然と前を行くハイネルを追い詰めようとしている場面が映し出されていた。
グーデリアンのマシンは、右に左にとラインを変えて、ハイネルのマシンを牽制する。ハイネルもバックミラーでグーデリアンのマシンの動きをよく観察し、グーデリアンに抜かせまいとマシンを左右にスライドさせる。まるで、サーキット上に他のマシンはいないかのように、二台はお互いのみを視界にすえて、限界ギリギリの戦いをつづけているのだ。
その屈託のない笑顔のせいで、実年齢よりも少年ぽく見られることの多いグーデリアンだったが、レースをしている時は別だった。
獰猛な、一瞬でもスキを見せれば相手の頚動脈にくらいつく肉食獣を思わせる精悍な顔をしている。
インディの頃からのつきあいであるスタッフには、あのヘルメットの内のグーデリアンが今どんな顔をしているのか、手に取るように分かるのだった。
「・・・スピード・アニマル」
スタッフは意識しないでそうつぶやいていた。スピード・アニマル。スピードの世界にとりつかれた獣。ジャッキー・グーデリアンは明らかにそういった人種だ。
だが、グーデリアン自身、分かっているはずだった。言われなくても、フランツ・ハイネルは自分自身がスピードに取りつかれた動物だということを自覚しているはずだ。しなやかで美しいが、その手には長く鋭い爪をかくした優雅な獣。
二匹の獣がレーストラックでぶつかりあい、本性をむきだしにして競いあう。
時には本能のまま、善悪など考えもしないで相手にぶつかっていってしまうのだ。
残り4周。
バックミラーでグーデリアンのマシンの動きを確認しながら、じっとりと汗をかいた手でハイネルはステアリングを右にきった。思ったよりマシンが曲がらない。
周回を重ねるほどオーバーステア傾向が強く出てきており、コーナー一つ回るのにもマシンとの格闘を強いられた。
だが、すぐ後ろにはジャッキー・グーデリアンがいる。彼の操るマシンが、タイヤが摩耗したせいでコーナーコーナーですべるのもものともしないで、一位を走行しているハイネルのマシンに食らいつこうとしている。
「お前にだけは抜かせるものか、グーデリアン!」
ハイネルのステアリングを握る手に力がこもった。
マシンに乗っていると、まるで自分が自分ではなくなってしまう。原始の記憶が呼びさまされ、本能のままにステアリングを操り、アクセルを踏みつける。
まるで動物そのものだった。
だが、獣となってマシンを操っているこの時こそ、もっとも気分が高揚し、人として生まれてきた実感がわく。大きな矛盾と、それを上回る喜び。
残り3周。2周。ラスト1周。
ハイネルはグーデリアンのマシンを従え、次々とサーキットをかけぬけていく。レ・コーム、マルメディ、リバージュ、ブーオン、デ・ファーニュ・・・さまざまに名付けられたコースを抜け、残るはブランシモン、そしてバスストップシケインのみとなった。
ハイネルが勝利を確信した時。
バスストップシケインに入っていく時、バックミラーに映りつづけていたグーデリアンのマシンが一瞬消えた。
「!?」
ハイネルは驚愕し、ほんの一瞬アクセルをゆるめてしまう。気づくと、グーデリアンのマシンは左のサイドミラーに再び姿をあらわしていた。
彼がまたアウトからしかけてきたのだ。
「こんなところで!?」
バスストップシケインでしかけてくるなど、まったくハイネルの予想の範囲外だった。あわててブロックしようにも、すでにグーデリアンのマシンはハイネルのマシンのぴったり横につけている。今グーデリアンのマシンの方に寄せていったら、二人ともリタイヤはまぬがれないだろう。
このシケインを抜ければゴールチェッカーはすぐだ。もう抜きかえす場所はない。
あとはブレーキングとテクニック、そしてドライバーの勇気がぶつかりあうだけだった。
「おい、すげぇ、見ろよ!」
「今マシン同士がぶつかってなかったか!?」
観客たちはざわめき、声援を送ることさえも忘れて二台のマシンに見入られた。
グーデリアンとハイネルは、バスストップシケインを抜け、横一列になってラ・スルス、チェッカーフラッグのある場所へと向かっていく。数秒後、黒と白のチェッカーフラッグが激しくふられていた。
二台はほとんど同時にフィニッシュしたように見えた。わあっとすさまじい歓声があがる。
二台とも定められた場所までマシンを止め、まず最初にグーデリアンの方が姿をあらわした。スパは高所にあるので比較的涼しいというのに、彼の体は全身汗に濡れ、まるで上から水をかぶったようだった。
続いてハイネルもヘルメットをはぎとり、立ち上がる。
マシンのコクピットから出てくる時、ハイネルの足元がふらついた。あまりにも集中してドライビングをしていたため、軽い脱水症状に陥ったのだ。
自分でも驚くほど体力を消耗していたハイネルが自分の体を支えきれずに地面にひざをつく前に、その体を支えた手があった。
「グーデリアン・・・」
「いいレースだったな」
ハイネルの顔にほがらかな笑みが広がる。その一言で十分だった。どんな苦労も疲労も、その一言でふっとぶ。
それは、およそレーサーが同じレーサーに向かってかけることのできる、最高の一言だったから。
グーデリアンも笑っていた。いつも、笑うとずいぶん子供っぽいヤツだ、とハイネルなどは思っていたのだが、こうして見ると彼もレーサーの顔をしていた。戦う男の顔だ。
「グーデリアン・・・どっちが勝ったんだ?」
「さあね。でも、すっげーおもしろいレースだったよな。あれだけワクワクできりゃ、もう結果なんてどうだっていいだろ?」
「それはそうだ」
お互いの顔を見合い、笑いあう。ふだんはこれ以上ないくらいにカンにさわり、大キライだと思う相手なのに、レースをしている時だけはこの世に二人しか生きていないような感覚を味わう。それがハイネルには不思議だった。そして多分、グーデリアンも同じように思っていることだろう。
グーデリアンがごく自然にハイネルの背中に腕を回し、ハイネルもその行為を受け入れた。そのまま二人で、熱狂したクルーと観客たちの声がとびかうグランドスタンド前を歩き出す。
しばらくすると、電光掲示板に『1位 ジャッキー・グーデリアン』の名前が表示された。また一段と歓声が大きくなる。
グーデリアンはハイネルに手をまわしたまま、もう片方の手で観客たちに手をふった。
ハイネルも二位に入ったドライバーとして、ひかえめながらも手をあげる。
そんな二人に、惜しみない拍手と歓声が降り注いでいた。
表彰台の上でアメリカ国家を口ずさみながら、グーデリアンはとてもうれしそうだった。当然だろう。
ポディウムのてっぺん。レーサーにとって、この世で一番高く、一番ながめのいい場所だ。一番渇望する場所でもある。
ここからチームクルーや同じレースをたたかいぬいたドライバーたちをながめ下ろすこと以上に充足感を得られる場所が他にあるだろうか?
よろこびでクシャクシャになったクルーたちの顔、顔、顔。自分の勇気と技量を心からたたえる戦友たち。
背後の一番高い場所で、スターズアンドストライプス、あざやかな星条旗がひるがえっている。
一片の曇りもなく晴れやかな思いで祖国の歌を口にする、その歓喜。
国歌斉唱が終わり、優勝トロフィー授与の時になると、グーデリアンはおもむろに二位の段にいるハイネルを見下ろした。
不穏な思いにかられて緑の目をすがめたハイネルにニッと笑ってみせ、おもむろにその手をつかむ。
どうなっているのか分からないまま、気がつくとハイネルはグーデリアンの手によってポディウムのてっぺんへと引き上げられていた。
「なっ・・・なっ・・・」
ビックリして言葉もないハイネルにかまわず、グーデリアンはその肩を力をこめて抱いた。
幅はあるが、レーサーにしては薄い肩だった。腰に腕をまわした時も、背の高さのわりに肉付きが薄いと感じられたものだった。
だが・・・グーデリアンは思う。フランツ・ハイネルはまぎれもないレーサーだ。自分よりもずっとほっそりとした体で、だが鋭い牙とツメを剥き出しにし、自分をギリギリまで追い詰め、食らいつこうとする獣の血をもつレーサー。
「グーデリアン、離せ!」
狭く、高いところにいるためあまり暴れることもできずに、ハイネルは困惑したように声をあげる。だが、グーデリアンはますます手に力をこめた。
「ハイネル、いっしょに見ようぜ。この景色を。この世で一番キレイな景色だ」
その言葉に、ハイネルは目を見開いた。自分のすぐ隣にいるグーデリアンを見上げ、それから前を向き、視線をおとす。
グーデリアンの不意の行動に、ポディウム下にいた人々がからかうように口笛の洗礼を送る。だが、グーデリアンはまったく気にした様子もなく、かえって見せつけるようにハイネルを引き寄せた。
「・・・すごいな」
自分とグーデリアンがどのような体制になっているのかも気づいていない様子で、ただただ驚いたようにハイネルがつぶやいた。
『ここが自分たちにとって、世界で一番尊い場所。』
グーデリアンには、言葉にしないハイネルの言葉が聞こえたようだった。
シャンパンファイトが行われ、琥珀色の液体が空中に舞い、光をはじいてとびちっていく。
甘い黄金のシャワーを浴びて、レーサーたちは一時の喜びに酔いしれる。
そしてまたかえっていくのだ。命をかけて魂のやりとりをする、あのサーキットへ。コースを駆け抜ける、一匹の獣となって。
何この、さわやかでもなければラブラブでもない、毒にもクスリにもならないようなお話は!?(笑)
・・・・という心のつぶやきはさておき、たちばなさん!2800番をゲットして下さって、ほんとうにどうもありがとうございました!このお話、『レースをしているグーハー』というリクエスト条件は見事にクリアしているお話と言えるでしょう!付加価値がまったくありませんが(笑)。こう、もっとラブラブな要素を入れるとか、そういうコトはできなかったのでしょうか・・・でもそれをすると、異様に長くなってしまいそうだったんです・・・。
ちなみに、『アニマル・ソング』というのは、裏でもB.G.Mに使ったサヴェージ・ガーデンという人たちの歌です。この歌も詞が個人的にすごく好きなのです。
何はともあれ!たちばなさんに少しでも楽しんでいただけるかどうか、自信はまったくないのですが、私としてはとても楽しく書けました。ありがとうございました!レース用語ばっかでうっとうしいお話ですみません(笑)。