ブラザー・スイッチ
私の兄は、自慢の兄。
物心ついた時から、ずーっと!
兄妹げんかした記憶なんかないくらい、いつも私を優先してくれていろんなものから守ってくれる。
優しくて、頼りになって、大好きな大好きな兄。
しかも、容姿端麗、才色兼備。
10代の頃から参戦したレースでも、周りの大人を唸らせる理論をさらさらっと構築し、それをレースで実現できる技術を磨き、ビジネスに対しては身内にもシビアな父を納得させてS.G.Mを立ち上げさせた。
でも。
その頃から、常に冷静沈着、完璧を目指す兄だと思っていたのに、レース中のクラッシュや場外乱闘とか今まで知らなかった兄の一面を見始めて・・・なんだかびっくりしながらも嬉しかった。
男女差もあったし、次期当主として期待されている兄と比べられることなんてほとんど無かったけれど・・・あまりに完璧すぎて、その存在がちょっと妹としてはコンプレックスにもなっていたから。
そんな兄が、S.G.Mで親の七光りと陰口が全くでないくらいの走りをして見せた翌年にあっさりレーサーを引退。
急に犬猿の仲であり、終生のライバルと言われていたジャッキー・グーデリアン選手を引き入れて新チームの監督兼マシンデザイナーに。
兄が考えたことだからと、ハイネル家では誰もが不思議に思いながらあえて深くは踏みこまなかった。
だから。
私も、あの日まで全くなんにも疑ってなかったの!!
きっと兄なりの考えがあって自分以外の人をレーサーに選んだんだから、これからチームは優勝に向かって大きく変わっていくんだわって。
すっごく期待してたから、オフにいろんな話を聞くのを楽しみにしていたの。
それまでの兄のオフは、実家に帰宅して、仕事スイッチを完全に切って、私をドライブやお買い物に連れて行ってくれるっていうのが定番だったから。
なのに、兄が段々帰ってこなくなってきて・・・結局詳しく聞けずじまい。
きっと、初めて出来た兄の大親友。
幼い頃から、一回りも二回りも上の大人が周りを囲んでいた兄にとっては、グーデリアンさんの存在は犬猿の仲と言われていた頃から大きかったはず。
対等の立場で語れる同世代と、同じチームになってはしゃいでるんだわ。
しばらく帰ってこないのは、我慢しなくっちゃって思ってた。
だって。
だって、だって!!
兄がギムナジウムに入学してから、同性に次々告白されて襲われて!
その対抗策のためにボクシングを始めたことは、ハイネル家の中で『めずらしい笑い話』として有名だったんだもの!!
留守がちな両親やその留守を預かる執事よりも、私は兄を一番近くで見てきたのよ。
兄が、男性とお付き合いするなんて絶対有り得ない!!
そう思ってたのよ、あのときまでは。
大学在学中から、何度か兄のチームにはお邪魔していた私。
監督とレーサーを両立すると決まってから、分刻みのスケジュールが続いている兄のお手伝いという名目でスタッフとしてすんなり入り込めた。
今日は、スタッフとしての初日。
バインダーを握り締める手に思わず力が入ってしまう。
今でも耳にこだまする兄の怪しすぎる声!!
『メリー・クリスマス、リサ。
こ、ら!!や・・・めろ、バカ!!
あぁ、リサ、ま、また、電話する!!』
去年のクリスマス。
贈ってもらったプレゼントの御礼をするために電話をしたのに・・・後方の誰かに声を抑えながら怒りだして。
でも、全然怒りきれてない甘い声を出す兄に唖然!
前回の電話で、一緒にクリスマスを過ごすのはジャッキー・グーデリアン選手だってことは分かっていたから・・・分かりすぎていたから・・・
回線が切られてからも、しばらく頭の中がその出してしまった答えに真っ白になってしまったのよね〜
「・・・というわけだから、リサにはしばらくこの監督室とピットの繋ぎとして動いて欲しいんだが。
聞いているのか、リサ?」
うつむいた私を、しゃがんで覗き込んでくる穏やかな翡翠の瞳。
「任せて、監督」
にっこりと微笑んでは見たものの。
「そうか、よろしく頼む」
フワッと微笑み返され、心の中ではクラクラ。
スタッフに紹介されている時は、的確な指示でチームを纏め上げていた兄。
もしかして、グーデリアン選手が私をからかうために兄を巻き込んで?とか思っていたけど。
二人きりになって実感できた。
以前から、私に対してはとってもあまーい兄。
仕事スイッチが入りながらも、ついつい甘くなってそのスイッチは緩んでたのよね。
他のスタッフとは、口調や表情も違う優しい指示を受けてはいたけれど。
・・・こんな、花開くような笑い方を仕事中にするなんて!!
今まで、無かったわ!
私にとっては、うらやましい限りの美人顔。
その顔に変なコンプレックスがある兄は、人前で笑うことさえ躊躇するほどだったのよ。
柔らかい髪の毛を、わざわざ時間をかけて立たせたり。
必要の無い伊達メガネをしたり。
自分の素顔を、ひたすら隠してきていたのに!!
妹の私には、仕事中でも微笑んでくれることは確かにあったけど・・・なんか、今までと違う!!
ビジネスでは厳しいけど、実は過保護な父が兄に監視ナシでチームを任せるなんて有り得ない。
そう思って、父からスタッフにハイネル家の息がかかったスタッフがいるんでしょ?って探りを入れたけど結局秘密。
『リサに知られては、フランツに気付かれるのも早くなる』
なんて・・・もう!!
存在は認めてくれただけ、身内への甘さを感じれたけどさ〜
結局、本人たちに聞くしかないのかしら。
ただの勘違いなんて、ほとんどないと思えるだけに。
兄に聞くのはちょっと怖い気がする。
どんな反応をするか、全然予想できないんだもの。
私に対して変なことを言うなと怒り出すのか。
それとも、慌てて否定して隠そうとするのか。
それとも。
それとも・・・認めちゃうのか。
そのどれでもない気もするし。
「リサ?」
押し黙った私に心配そうに声をかけてくれる兄。
私は・・・ハイネル家の重圧にさえ屈せず、まっすぐに大人と渡り合っていた兄を誇りに思ってた。
でも、年相応にグーデリアンさんとじゃれあってる兄を見るのも本当に嬉しかったのよ?
私には、本当のことをその口から教えてくれてもいいんじゃない?
「なんでもないわ」
渡されたプリントを受け取り、目を通す。
まずは、お仕事、お仕事。
時間はたっぷりあるんだもの。
じっくりと、出来たら兄の口から聞けるといいな。