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「おーいハイネル〜?」
 それから十日ほどたって殴られた痕も消えかけた頃、グーデリアンは学院中、ハイネルを探し回っていた。医務室、書庫、資料室、自習室と、いそうな場所は全て見て回ったのに、ハイネルの姿はどこにも見当たらない。
「おっかしいなあ」
「どうしたグーデリアン。ハイネルなら今、出掛けてるぞ」
「な、何だってロペ! あいつ、俺に内緒で、一体どこへ行ったんだよっ!」
「い、痛いぞグーデリアン……」
「あ、ご、ごめん、つい……」
 グーデリアンは無意識のうちにロペの襟首を鷲掴みにしていたのだ。
「名雲の知り合いが、貴重な魔導書を手に入れたらしい。すぐ受け取りに行きたいのだが、名雲は進級試験で忙しくて手が放せない。そこで替わりにハイネルに行ってもらったんだ。なに、あと二、三日すれば帰ってくる」
「名雲だって……」
 グーデリアンの目が訝しげに瞬いた。
 名雲は、この学院の魔法学の教官である。ハイネルに言わせれば、東方の魔導に関する知識では並ぶ者がない程の術者らしい。
 だが、何を考えているのか全く分からないその曖昧な笑みに、グーデリアンは以前から極度の不信感を持っていた。
 今回のように、何かと言えばハイネルを構うのも気にくわない。
「ハイネルがいないうちに、スタンピードを使いこなせるようにしておいたらどうだ?」
「……分かってんよ」
 冗談めかして言う学長から顔を背け、グーデリアンは吐き捨てるように言った。
 グーデリアンがこの学長ロペに呼び出されたのは、ちょうど一週間ほど前のことだ。
 用件は簡単だった。
 上級課程で魔法の講義を受講する際の必須習得魔法であるサイレントスクリーマーを、グーデリアンに限っては特例としてスタンピードに変える、ということだった。
 魔法は剣術より、個人の資質に寄る要素が大きい。グーデリアンの資質を考えると、サイレントスクリーマーよりスタンピードのほうが相性がいいだろうというのがその理由だった。
 しかし、これはあくまでも表向きの理由だ。そもそも、わざわさ個人の資質に合わせて課題を変えていてはきりがないし、公平さにも欠ける。
 グーデリアンは魔法自習室で、何度もサイレントスクリーマの練習をしていた。ところがやる度に失敗して、なぜか物理攻撃魔法を発動せてしまう。
 それも火の球や氷の剣、雷の矢などで、広い範囲を強力に攻撃するものばかりだ。
 魔法自習室には魔力が外部へもれないよう、魔法学の教官によって強固なバリアが張られている。だがグーデリアンの魔法は、このバリアをも打ち破りかねない程強力だった。
 一度など、究極の破壊魔法である隕石弾を召喚してしまい、魔法自習室はもとより、あやうくS.G.M全体を壊しそうになった。
 事ここに至って、教官たちは魔法自習室のバリアをより強いレベルのものに変えた。だがこんなことを続けていると、今度は教官たちのほうが疲労のあまり過労死してしまう。
 さらに、サイレントスクリーマーが敵の精神に作用する魔法であるため、グーデリアンは何人かのクラスメイトを練習に引きずり込んでいた。
 彼らはサイレントスクリーマーをかけられることは覚悟していたものの、実際に身に降りかかったのはそれとは似ても似つかぬ最上級レベルの物理攻撃魔法である。
 これでは練習に付き合う方の身がもたない。
 魔法自習室のバリアを張る魔法学教官の代表である名雲と、練習に付き合ったクラスメイトたちに押し付けられた日吉の二人にやいのやいの言われた挙げ句、学長はグーデリアンに課題魔法を変えるよう提案したのだった。
 最初はぶつぶつ文句を言っていたグーデリアンだったが、最終的には納得したようだ。
 スタンピードはサイレントスクリーマーとは全く違う系統の魔法だ。異世界より幻獣を召喚して、それを使役する。
 学長の言った通り、この魔法はサイレントスクリーマーよりはるかにグーデリアンの資質に合っていたようだ。最初は何度か失敗したものの、グーデリアンは比較的簡単に幻獣の呼び出しに成功した。
 だが、それからが問題だった。
 幻獣はグーデリアンの指示にちっとも従わないどころか、まるでグーデリアン自身を馬鹿にしたような態度をとり続けている。
 グーデリアンが召喚した幻獣は姿形は馬に似ており、背中に大きな翼を備えていた。その気になれば天を翔け、地上を駆るどんな馬より速く移動することができるはずだった。
 剣士見習いであるグーデリアンは、馬術に関しても抜きん出た才能を持っていた。片手で馬を全力疾走させながら、もう一方の手で巨大なクレイモアを操って敵を叩き切るなどということができるのは、下級部でもグーデリアンだけだ。
 ところがこの異世界の獣は、グーデリアンの言うことを全く聞かない。乗ろうとすれば後ろ脚で蹴られる。何とか乗れば振り落とされる。仮に振り落とされなかったとしても、天を翔るどころか一歩たりとも歩こうとしない。
 お陰でグーデリアンには別の意味で生傷がたえないようになった。とはいえ、今度は怪我をするのはグーデリアンだけで、学院そのものや教官、他の生徒には何の被害もない。幻獣が扱えなければ、来年度のグーデリアンが魔法の授業を受けられないだけだ。学長のロペや名雲は、そんなグーデリアンを半ば無責任に見守っていた。
 一方のグーデリアン自身は、今回は幻獣に負わされた怪我とはいえ厳密にいえば魔法の怪我ではない。わざわざハイネルの手を煩わせるのも悪いような気がして、自分で薬を塗って治療していた。先日ついキスしてしまって手ひどく殴られた事とか、結局サイレントスクリーマーができなかったという負い目とかもあったのかもしれない。そんなわけでちょっとばかりハイネルから目を離していたら、彼はいつの間にか出掛けてしまったという。
(一言ぐらい、俺に伝言してくれてもいいのに……くそっ!)
 誰にともなく口汚いののしりの言葉を発すると、グーデリアンはロペに別れをつげて、そのまま魔法自習室へ向かった。
 だが、何やらいやな予感がしていた。
 魔法の能力は皆無に等しいと言われているグーデリアンだが、勘だけは実によく当たる。特にハイネルに関することは。
 まあ、勘が鋭いのは剣士に必要な才能の一つとも言える。敵がどういう攻撃にでるのか、瞬時に判断できるという意味で。
 とはいえ、ハイネルによればグーデリアンの勘のよさは『おまえは動物並みだからな』という一言で片付けられてしまうのだが。




 グーデリアンの勘は見事に当たった。
 彼がこんなにも待ち焦がれているにもかかわらず、ハイネルは三日たっても学院に戻ってこなかったのだ。




「いったい全体、どうしたってんだよっ!」
 怒りを露わにしたグーデリアンが学長室へ入っていくと、沈鬱な表情のロペと、相変わらず曖昧な笑みを浮かべた名雲がいた。
「ああ、グーデリアンか。よかった、今呼びにいこうかと思っていたのだ」
「って、ハイネルに何かあったのかっ!」
「少しは落ち着いたらどうかねグーデリアン。焦りは剣士に不必要な感情だぞ」
「魔法学教官のあんたにだけには言われたくないね名雲」
 ロペにくってかかるグーデリアンの肩を名雲が叩く。グーデリアンは振り返ると、吐き捨てるように名雲へ叫んだ。
「そもそも、あんたがハイネルにあんな用事を頼まなければ……」
「おやおや、ハイネルはいにしえの貴重な魔導書を誰よりも先に読めると知って、喜び勇んで出掛けていったんだよ。私を恨むのはお門違いじゃないかな」
「くだらねえおしゃべりはそこまでだ。ハイネルがどうしたのか、さっさと言いやがれ」
 ロペはもちろんのことさすがの名雲までも、この時ばかりは唖然とした表情でグーデリアンを見つめたまま、声も出せずにいた。
 グーデリアンの様子には一学院生というよりは、一人前の剣士そのもののすごみがあったのだ。
「ハイネルに使いを頼んだのは、学院の東方にある小さな村だ。そこへ行くには、途中で『白の一族』が住む場所を通らなければならない」
 小さく咳払いをしてから、ロペは静かに語り出した。
「白の一族ぅ?」
 S.G.Mでも基礎教養科目として、緑の王国の周辺諸国や民族の歴史や地理を教えている。だが剣技や馬術などの体技以外の科目はいつも赤点すれすれのグーデリアンが、そんな細かいことまで覚えているはずもない。ロペは手で額を抑えたものの、ゆっくり説明し始めた。
「彼らは緑の王国はもとより、他の国とも一切交流しようとしない、非常に閉鎖的な一族なんだ」
「で、それとハイネルとどういう関係があんだよ?」
「……彼らの風習の一つに『緑の目を持つのは魔性のもの。満月の夜に抹殺すべし』というのがある」
 言いにくそうに言葉を詰まらせるロペの替わりに名雲が答えた。
「な、何だって!」
 グーデリアンの脳裏に、ハイネルの顔が映し出された。
 初めて見た時、こんなにきれいな碧の瞳は今まで見たことがないと思った。
 人はハイネルのひとを冷たいと言う。あの碧の瞳はまるで石みたいだ、と。
 でもグーデリアンは知っていた。その碧が、時として春に芽吹く深緑のように、優しく包み込むような表情を見せることを。
「って、ま、まさかハイネルは……」
「S.G.Mの学長として白の一族へ丁重に問い合わせてみたところ、さっき返事が来た。確かにハイネルの外見と酷似した魔性を捕らえている、とな」
「まあ、古き因習は一見納得がいかないように思えても、信じる者にとってはそれ相応の意味を有するもの。外部の者が文句を言うのは筋違いだとは分かっているが、まさかハイネルがねえ……」
「じょ、冗談じゃねえっ! ハイネルが魔性だって! そいつら、一体何を考えてんだよっ! おい名雲! やっぱりあんたのせいじゃないかっ!」
「グーデリアンっ!」
 名雲の首を締め上げそうになるグーデリアンを、ロペが慌てて止める。
「そんな事をしていていいのかなグーデリアン? 今日の月齢は?」
「月齢……?」
 ロペに押さえ込まれたグーデリアンからようやく身を離すと、名雲はののしるでもなくただ意味ありげに微笑みながらのたまう。
 こういうところが名雲の気持ち悪いところだなと、グーデリアンはつくづく思う。
「満月は明日の晩だぞ」
「明日……」
 グーデリアンの背筋に冷たい物が走る。
「もちろんS.G.Mとしては白の一族へ正式な抗議およびハイネルの返還を要求するつもりだが、それでなくともこうした交渉事は時間がかかる。双方の距離を考えたら、間に合わない可能性も高い」
「って……」
「だが、天翔る幻獣スタンピードなら、もしかしたら満月の夜になる前に白の一族の地へ辿り着けるかもしれない」
「あっ……」
 グーデリアンはたちまち学長室を飛び出した。
「あれで、よかったのだろうか?」
 不安そうにグーデリアンを見送るロペに背を向け、名雲はデスクに置いてあったケースから煙草を取り上げ火を付ける。
「だいたい、お使いの途中であっさり未開民族に捕まるなど、我が校開闢以来の秀才の名が恥ずかしいというものですよハイネルは」
 名雲はふうっと煙を吐き出すと、唇の片端を持ち上げた。
「ま、後はあの見習い剣士に全て任せて、学院側としては何が起こっても知らぬ存ぜぬで通すのが得策でしょうね」




 学院の庭へやってくると、グーデリアンは幻獣スタンピードを呼び出す呪文を唱え始めた。
 これだけはもう手慣れたものである。
 もうもうとした煙が立ちこめたかと思うと、馬にも似た青黒い獣がその姿を表した。
 黄色っぽい翼は折り畳まれたままだ。今にも『めんどうくせえなあ』と言いそうな表情を浮かべている。
 いつもならそんなスタンピードを見るとむらむらと怒りが沸き上がってくるグーデリアンだが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
 一刻も早くハイネルを助けに行かなければ。
 スタンピードの目を睨み付けるように見据えると、グーデリアンは一言ずつゆっくりと、言い含めるように言葉を綴る。
「俺の大切な人が、今、捕らわれている」
 スタンピードの瞳が一瞬だけまたたいた。
「明日の夜までに助け出さないと、殺されちまうかもしれない」
 またたきが速くなる。
「俺を、白の一族の地へ連れて行けスタンピードっ!」
 グーデリアンにはスタンピードが笑ったように見えた。
 次の瞬間、スタンピードは黄金色の光に包まれたかと思うと、己の身の丈よりもはるかに大きな翼を一杯に広げた。
 ばさばさと、まるで慣らすように羽ばたくと、一声甲高くいななく。
 グーデリアンには、それはまるで『さっさと乗れっ!』と言っているように聞こえた。
「よっしゃ!」
 グーデリアンがひらりと飛び乗ると、スタンピードは今一度高くいなないた。
 羽ばたきが速くなったと思ったら、スタンピードはグーデリアンもろとも空へ浮かび上がっていた。
「ふーむ、あれが伝説の幻獣スタンピードですか。なるほどなるほど」
 いつの間に外へ出てきたのか、名雲は短くなった煙草を靴で踏みつぶしながら呟いた。
「誠に残念ながら、君には上級課程で魔法の授業を受講することを許可せざるを得ないようですね、ジャッキー・グーデリアン」
 スタンピードどグーデリアンの姿が見えなくなった空を、名雲はいつまでも見上げていた。




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