Go Quest9 


どのくらい雨に打たれていただろう。

ずいぶん長い時間だったような気もするし、ほんの一瞬だったような気もする。

ただ、気がつくと目の前からフランネルの姿は消えていた。





轟々と滝のように落ちてくる雨に体の感覚は麻痺し、頭の中まで水浸しになってしまったように、何も考えられない。

そんな空ろになった頭に、フランネルの言葉がぐるぐる回る。



『剣に連れられて、ここまで来たのか』

『だったら、もうここで帰れ』



雨の音と、低く柔らかなフランネルの声が響きあい、その奇妙な心地よさに導かれて言うことを聞けば、どんなに安らかになれるだろうと思う。

 

 でも。



『剣はもう底なしの沼へ沈めた。お前の冒険はここでおしまいだ』



 ん?



『剣は』

『もう』

『底なしの沼へ』



 沈めた・・・??

 

「ああああああああ!!たた、大変だーーーーーーーーー!!!」





雨に紛れてこの場を抜け出そうとしていた長老は、ねじの切れた人形のように座り込んでいたジャッキーが突然大声を上げたのに肝を潰し、危うく馬から転げ落ちるところだった。更に、自分目がけてジャッキーが駆け寄ってきたのを見て、すっかり観念した。剣を盗んだことはもちろん、その剣を底なし沼へ飛ばされたことを謝るしかあるまい。しかし、そんな長老の声を遮ったジャッキーの言葉は、非難でも恨み言でもなかった。

「す、すまん、実は」

「ねえねえ、おじいさん、おじいさんは師匠が底なし沼へ沈むの見た?」

「いや、剣は魔法使いが何処か遠くへ飛ばしてしまったから、沼へ沈むところは見ておらぬよ」

「遠くへ飛ばしちゃったの??どっちの方向?」

「確か、森を越えた向こうの空と思ったが・・・」

「え?!ってことは、さっき流れ星があった方角だね!おじいさんは、流れ星は見た??師匠のことお願いしようと思ったら間に合わなかったんだよーそれで師匠底なし沼に沈められちゃったのかなぁ・・・」

 

その流れ星が師匠自身だったとは、夢にも思っていないジャッキーである。



「ねえ、おじいさん、俺を馬に乗せてくれない?!」

「そ、それは構わんが・・・??」

「ありがとう!」

(馬に対して)若干短い手足をじたばたと駆使し、長老と馬の首のあいだに何とか跨るジャッキー。馬のたてがみを撫で、まずはご挨拶。

「急に重たくしてゴメンな、俺、ジャッキー。よろしくね」

 馬は軽くいなないて応えると、どこまで行くんだ?と言うようにジャッキーの方を見た。

「師匠を助けに行きたいんだ。雨の中悪いけど、全速力で底なし沼まで頼むよ!!」





 手綱を握る長老には不思議なことに、自分が手綱をさばくより先にジャッキーが馬の耳元で「あっち」「こっち」「そっち」と言うだけで、馬は勝手に右や左へ進んで行った。指示を出すジャッキーが一度も馬の進路を直さなかったところを見ると、彼らのあいだでは意志の疎通が出来ていたらしい。こうなると、長老は、ただ自分とジャッキーが猛烈な勢いで疾走する馬から落ちないよう、バランスを取るためだけに手綱を握っているようなものだった。



 黒い煙をあげて燻っている森の傍らを通り抜け、崖を駆け下り、川を横切り、渓谷の奥へと進む。

雨雲の下から抜け出したジャッキーたちの行く手を清めるかのように、明け方の白い光が闇を追い払う。



「あ!あそこだ!!」



朝の光を享けても輝かず、それまでも呑み込む暗い水を湛える沼。



そこから、一筋の燐光が立ち昇る。



 ジャッキーは迷うことなく飛び込んだ。



 

<・・・>

「良かった〜師匠、もう会えないかと思ったよ〜」

<・・・・・・>

「どうしたの?何で黙ってるの??師匠」

<・・・・・・・・・>

「もしかして照れてるの?やだなぁ、助けに来たお礼なんていいよ!だって俺と師匠の仲じゃんか」

<誰がお前相手に照れるかっつーの!呆れてモノが言えねーだけだバカ!!ベラベラベラベラ喋りやがって、息がもったいねーとか思わないわけ?>

「えーだって嬉しかったんだもん」

<・・・・・・とにかく、喜ぶのもお前に礼を言うのも陸に上がってからだ!いいな!!>

「何かここの水、変な感じ。ドロドロして、シチューの中で泳いでるみたい。・・・ああ、何かおなか空いてきちゃった。シチュー食いたいなぁ」

<おいコラ小僧、間違ってもここの水を飲むんじゃねーぞ!ってゆーか、口閉じとけってんだバカ!!>



 

 沼のほとりに取り残された長老は、ジャッキーが底なし沼から上がってきた時に冷えた身体を暖められるようにと、とりあえず枯れ木を集めて火をおこし始めた。そして、焚き火にあたり、雨に濡れた身体を乾かしながら静まり返った沼の水面を見守っていると、水中に青い光の輪が見えてきた。

 その青い光の中に、人影が見える。

 と、思った途端に水面が大きく波打ち、笑顔のジャッキーが顔を出した。

 その背中には、あの剣。

沼から上がり、剣を手にとって、何か話しかけながら歩いてくるジャッキー。

その楽しげな様子を見ると、あの剣の今の持ち主は魔法使いではなく、やはりこの少年なのだな、と思う。



「うわぁ、焚き火だー暖かーい!おじいさん、ありがとう!!」

「いや、なに、せめてもの罪滅ぼしじゃよ」

「え?トウモロコシ??焼きトウモロコシもあるの?!どこどこ??」

<誰も言ってねぇよ!トウモロコシなんか!!お前、人がいいのか悪いのか分からんヤツだな・・・精一杯謝ってるじーさんにトウモロコシまでねだるつもりか?トウモロコシなんて無いのにお前の期待に満ちた笑顔のせいで、見ろ、じーさん困ってるだろーが。>

 剣の言う通り(と言っても剣の声は長老には聞こえないのだが)、長老は困っていた。こんなところにトウモロコシなんてあるわけが無いと思いつつ、もともと後ろめたいところがあるだけにジャッキーの頼みは断れない。と言うより、孫のような年頃の少年にあんなに嬉しそうな顔をされては、多少無理をしても願いを叶えてやりたくなってしまう。

「ト、トウモロコシかね?村に戻ればあるかもしれぬが、はて、このへんではどうかのう・・・どこか家を探して聞いてみるかのう」

<トウモロコシなんて聞かなくていいから、この沼がどこかに通じてないか聞いてきてもらえ。この沼は、魔王の隠れ家に通じてる可能性がある>

「え??ホント?!」

<ああ、だから、魔法使いより先に魔王を見つけるためにも、この沼がどこと繋がってるのか知りたいんだ>

「じゃあ、ここで待っててくれるかね?わしはちょっと家を探して、トウモロコシを分けてもらえるか聞いてくるからのう」

「あー!おじいさんゴメン!!トウモロコシじゃなくって、この沼がどこに繋がってるか聞いてきてくれない?」

「沼と繋がってるところじゃと?」

 腰を浮かせた長老は動きを止め、ジャッキーの方を向いて座り直した。

「そんなの、どこにでも繋がっておろうよ。底の無い底なし沼の水が枯れぬのは、この世の全ての川や洞と地の底で繋がっているからじゃと、昔から聞いておるからのう」

「えええ??この世の全ての川や洞??」

 長老の言葉にちょっとやる気を挫かれたジャッキーだったが、剣は動じた様子が無い。それを見て、ジャッキーも気を取り直す。他にも何か手がかりとなるものがあるはずだ。



<・・・魔王を封印させた国の王の話を知ってるか聞いてみろ>

「それじゃあ、ねえ、おじいさん、魔王を封印させた王様の話知ってる?」

「もちろんじゃとも。あの話の主役は伝説の魔法使いじゃがな、封印してくれと頼む王様が出てこなければ話は始まらぬからのう」

<その王は、どこの生まれか聞いてくれ>

「その王様はどこで生まれたの?」

「はて、詳しいことは知らぬが、もともと悪い王様によって国を追われ、西の果てから戻って来て・・・とか言う話じゃったと思うがなぁ・・・」

<と言うことは、国を追われて一度このあたりに来ていたってことか・・・このへんでいちばん近い洞窟は何処だ・・・?>

「おじいさん、このへんでいちばん近い洞窟ってどこか分かる?」

「いちばん近いどうかは分からぬが、ここに来る途中の渓谷の奥に、何か見かけたような気がするがのう」

<よし、とりあえずそこに行ってみるか!行くぞ小僧!!>

「ありがとう、おじいさん!じゃあ、俺行くね!!」

「行くって、その洞窟にかい?それじゃあ、わしも村に帰るから、途中まで送ろう」

 そうだ、乗ってけよ、と言うように、馬もいなないた。



 川を渡る手前で、ジャッキーは馬から降りた。

 日の光を浴びている川向こうの山の斜面とは対照的に、これからジャッキーが進もうとする渓谷は濃い陰を孕んでいる。

「気をつけてな・・・」

「ありがとう。おじいさんも気をつけて帰ってね」

ニッコリと笑うジャッキーの顔が明るければ明るいほど、その背後に待ち受けるモノの暗さと釣り合わない。

だから思わず、ジャッキーの笑顔に似合うことを言いたくなる。日常的な約束をして、こちら側に繋ぎとめておきたくなる。それはもう、自分が年寄りだからだろうか。

「・・・帰りには家に寄ってくれぬか?焼きトウモロコシを山ほどご馳走しますぞ」

「ホントに?楽しみにしてるよ、ありがとう、おじいさん。じゃ、行ってくるね!」



 



樹海の奥から、生ぬるい風が吹いてくる。湿り気を帯び、微妙な圧力を持つ風。迂闊に吸い込めば、腹の中に澱のように瘴気が溜まっていきそうな・・・内側からドロドロと溶かされてしまいそうな厭な風だ。この感覚は、底なし沼に近い。いや、それよりも瘴気が強い。その証拠に、ジャッキーでさえ息を止めている。



<・・・間違いない。ここに、魔王が居る>





風は、鬱蒼と茂る木々のあいだから吹いてくる。目を凝らすと、ぽっかりと口をあけた洞が見える。

 ジャッキーは口を真一文字に引き締めて、その厭な風を送り込んでくる底知れぬ闇の奥を睨んだ。

 闇は、それ自体が呼吸しているかのように、朧げな輪郭を伸び縮みさせている。

その闇を取り囲む樹海の枝が幾重にも重なり、視覚から得られる距離感は失われていく。

 目を閉じ、頬に当たる風の音に耳をすませる。

 そして、闇の中へ一歩踏み出そうとしたその時。

 

 ジャッキーを呑み込もうとしていた全ての邪気が一瞬にして消えた。

 思わず息を吸い込む。少し冷たさを感じるくらい清廉とした空気が体にしみわたる。

 その空気のように少し冷たい指先が、ジャッキーの頬をそっと撫でた。

「どけ、ジャッキー。ここはお前のような子どもが来るところではない」

「その声・・・フランネル・・・?」

「・・・帰れと言ったはずだ。・・・それとも、帰り道が分からぬか」

 肩にかかる手のひらの感触。この感じは自分が魔法使いのところから自分の村へ帰された時に似ている。目を開けなければならないと思うのに、瞼が重い。開かない。自分の肩をつかむ指に力がこもったな、と思った瞬間、軽く突き飛ばされるような衝撃を受け、ジャッキーは尻餅を・・・つかなかった。

「二度も同じ手には引っ掛からないよ!まだ俺、帰るわけにはいかないんだ!!」

手にしていた剣を地面に突き立てて踏みこたえ、叫んだ拍子に目が開いた。

目の前の闇に消えていく背中が見える。

追いかけようとしても、ジャッキーを中心として渦を巻く風の壁に阻まれる。清廉な風の渦は、邪悪な口を開けている闇からジャッキーの体を引き離そうとしているかのように回転を速める。ジャッキーと地面を繋ぎとめる剣が抜けてしまったら、あっという間に空の彼方へ吹き飛ばされそうな勢いだ。

ちぎれ飛ぶ木の葉の後を追うように次々と枝が折れて舞い上がり、地面に張り巡らされた幾筋もの根が足の下でみしみしと音を立てながら浮いてくる。

このままでは木の根っこごと地面から引き剥がされて飛ばされてしまう。

「ま・・・負・け・る・も・ん・かー!!」

 歯を食いしばり、一歩踏み出す。

剣の柄を握り直す。

「なんだ、こ・・・んな、壁!!!」

<わ!バカ!!気合だけで行くな!!!>

 剣を地面から引き抜くと同時に猛然と壁に向かって体当たりをするつもりだったジャッキーの体は、くるくると風の渦に巻き上げられた。

「あ、あれー?!」

<何が、あれー?だ、バカだなお前はホントに最後は俺が乗っ取るぞ!!>

 刀身から青い燐光を放って、剣の切っ先が風の壁に食い込む。そして、緑色の猫目が光る。

<汝らの主の名によって命ず、証はこの瞳、直ちに静まりて我が内へ戻れ!>

 その瞬間、風の渦の向きが変わった。

 空の彼方へ向かって伸びていた渦が、今度は地面に向かって降りてくる。

「うわ、なんだよコレ?目が回るよー師匠ー!!」

<何言ってんだ、今度は逆回転なんだから回ってた目が元に戻っていーじゃねーか>

「あ、そーなんだー、なるほどねー」

<・・・・・・>

 そして、くるくる回りながら落ちてきたジャッキーの足が地面に着くと、まるで嘘のように風は止んだ。

 手にした剣の青くゆらめく燐光が、ひんやりとした霧のような冷気をたちのぼらせている。

 その冷たさは、あの指先と同じだ。

「・・・負けるもんか」

負けない。

魔法使いがどんなに自分を子ども扱いしても、魔王がどんなに強くても、負けない。



<急げ小僧!今のアイツには魔王を倒せない!!絶対に!!!>



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