Go Quest7

流れ星の去った夜空を、何かが赤く染めた。何だろう?と見上げたジャッキーの顔面に、息も出来なくなるような熱風が襲いかかる。思わず目をつぶり、顔を庇うように両手を大きく広げる。ものすごい圧力に立っていることすら覚束ない。熱風に飛ばされたらしく、魔物なのか動物なのか分からないものが次々とジャッキーにぶつかってくる。痛いのも痛いが、何だか熱い。薄目を開けて見ると服のあっちこっちが焦げている。そこにまたひとつ、火の粉を撒き散らして小さなものが飛んでくる。ジャッキーは身をかわさずに抱きとめ・・・バランスを失って地面に転がった。

地面を転がりながら風を避けて大木の陰に隠れたジャッキーは、腕の中で燻っている小さな生き物の火の粉を急いで払った。小さな体をあっという間に嘗め尽くす勢いだった火は、ジャッキーの胸や腕や手のひらを多少炙りつつも消し止められた。だが、もし、もっと大きなものだったら、抱きとめたジャッキーもろとも炎に包まれてしまったかもしれない。

でも、抱きとめずにはいられなかったのだ。それが例え魔物だったとしても。いや、魔物ならば尚更助けたかった。師匠が言っていた。魔物は、本当は心優しきものたちなのだと。傷ついて魔物になって、その上また魔物だからって生きながら焼かれてしまうなんて酷すぎる。

いつか、どこかで救われるチャンスがあってもいいじゃないか。



 熱風は炎を伴い、渦を巻くようにして空から降りてくる。

 今、その炎を跳ね返す力がない自分が悔しい。

この炎の森を抜ければ、師匠がいる。

 師匠の放つ清浄な光が、みんなを救ってくれる。

 ジャッキーは震える魔物を抱えたまま、再び走り始めた。







 自らの心の動揺を戒めるかのように、ハイネルが行った2度目の攻撃は苛烈を極めた。

その手のひらから繰り出された赤い風は、森そのものを焼き尽くす炎となって襲いかかっていった。



 無数の影が逃げ惑う森の中に、助けを呼ぶ声が充ちる。



 目を閉じろ。耳を塞げ。

 非情になれ。



伏魔なんて中途半端なことをしたせいで、魔王は復活し、また多くの者たちが魔物に堕ちてしまったのだ。

全ての禍根は断たねばならない。

どんなにその手が汚れても構わない。汚れた自分を恥じる相手はいない。



もう、何者にも心を動かされるまい。

復讐を果たすその時まで。

死に行く魔物たちの魂よ、私を魔王のもとへ導け。



そんなハイネルの胸の内に応えるように腰に帯びた短刀が微かに震えながら赤く光り始め、ハイネルは業火に焼かれる森から視線を短刀へと移した。



あの森の最後など、見届けるまでも無い。



短刀は、強い磁力に吸い寄せられるようにハイネルの手を夜空の向こうへと引っ張ろうとしている。

錆びた銅貨を中心に、赤い光が濃さを増していく。

ハイネルの手のひらから放たれた赤い風とは違う、何か、禍々しささえ感じさせる光。

その赤い光を映したハイネルの緑の瞳が、妖しく紫に輝く。



「・・・行くか」



 この手応えは、今までになく大きい。

魔王に近づいていることは間違いない。



進まなければ。





そして、ハイネルが踵を返してその場を立ち去ろうとした時。



「フランネル!!」



 嬉々とした声がその足を止めさせた。

 

 自分の心の中から追い出さなければならないものが、まだ残っていた。

 胸の違うところが、痛んだ。恐らくそこは良心と呼ぶものだろう。そんなものは、復讐の名のもとにとっくに捨てたつもりだった。



「すごいや!もう願いが叶っちゃった!!」



無邪気な笑顔。

穢れない青い瞳。

その瞳に晒される自分は、無慈悲な殺戮者だ。



無慈悲な殺戮者。

それは分かっていることだ。分かっていてやっていることだ。そうあることに、迷いはなかったはずだ。



「森が燃やされて大変なんだよ、みんなを助けてフランネル!」



森を燃やしたのは自分だ。



しかし、この青い瞳の持ち主は、そんなことを疑いもしていない。

その無邪気な笑顔に追い詰められる。

自分を信じきっている者の瞳が、こんなにも耐えがたい圧力を持っているとは知らなかった。

いや、そう感じるのはただ自分が脆いだけなのか。



 遠ざけなければならない。

 この、無邪気な穢れなきものを。

 自分から。

 そして、こんな戦いから。





 そのためなら、偽善者にもなろう。





 ジャッキーの期待に満ちた眼差しから逃れるように天を仰ぐハイネル。

 その両眼から禍々しい赤い影は薄れ、冴え冴えとした月の光を享けて青味がかった碧に輝く。

 軽く息を吐いてから短く歌うように呪文を唱え、唇にあてた指を空へと向ける。



 その動きにつられて空を見上げたジャッキーの頬に、ぽたりと何かが落ちた。

 と、思う間もなく、まるでぽっかりと空に穴が開いたように、昼間の青空よりも深い蒼い夜空の奥から黒い雨雲が次々と湧き出し、滝のような雨を降らせ始めた。この勢いであれば、あの燃えさかる森の炎を消し去るのも時間の問題だろう。それにしても、どうして森から離れたこの場所までこんな豪雨に見舞われなくちゃならないのだろうか。あまりに激しい雨に、目の前に居るフランネルの姿さえ霞んでしまう。



「ありがとう!!フランネル!!!森のみんなもきっと喜んでるよ!!!!」

 

 大声を張り上げても聞こえないのか、フランネルからの返事は無い。

 ジャッキーは迷わず駆け寄って、屈んでくれるようにフランネルの服の裾を引っ張った。すると、懐に入れていた魔物が抜け出て、ジャッキーの腕を伝ってフランネルの体を登っていった。ああ、お礼を言いに行くんだな、と笑顔で見送ったジャッキーは自分の目を疑った。

 フランネルの首筋に、魔物が噛み付いていた。

「おいバカ!!命の恩人に何やってんだ!!!」

 慌てて魔物を取ろうとジャッキーが手を伸ばすよりも少し先に、フランネルの指が魔物を摘み上げた。

 魔物が離れた後の首に小さな赤い点が見える。牙が深く入る前だったのか、思ったよりも血は流れていない。

「ごめんよフランネル!許してやって!!そいつ森で死にそうに怖い目に遭って、訳分かんなくなっちまってるんだ、きっと!!!」

 

 自分の顎の下で大いにうろたえているジャッキーに、ハイネルは低い声で答えた。

「・・・いや、こいつは間違っていない。当然のことをしたまでだ。許しを乞わねばならぬのは、私の方だ」

 このくらいの報復を味わった方が、偽善者面を通すよりも救われる。

「え??何?よく聞こえないよ!」

 返事の代わりに、ジャッキーの手のひらに魔物を乗せてやる。

「ありがとうフランネル!」

 ジャッキーは急いで別の手で蓋をすると、キョロキョロと辺りを見回して何かを探し始めた。

「あれ??おかしいな〜師匠どこかな〜」

「師匠?あのご老人のことか?」

「ご老人??」

 

 自分が剣を盗んだ相手のジャッキーが現われた時点で逃げ腰になっていた長老だったが、突然の豪雨にすっかり足止めをくわされて困っていた。

 とりあえず馬の陰に隠れて様子を窺っていると、不覚にもジャッキーと目が合ってしまった。怒り出すと思った長老の予想に反して、なぜかジャッキーは笑顔で首を振っていた。



「違うよ、フランネル。あの人は師匠じゃない。師匠を預かってくれた人。あ!そうか!!森の向こうまで師匠がひとりでどうやって行ったのか不思議だったんだけど、おじいさんが連れて来てくれたのか、そっか、なるほどね!」

 晴れ晴れとした口調のジャッキーとは対照的に、ハイネルの声が曇る。

「・・・師匠とは、青い色の剣のことか?」

「うん!師匠の青い光に当たれば、こいつも元のリスかなんかに戻って、無闇に人を噛んだりしなくなるはずなんだ」

 そう言ってから、ジャッキーはちょっと照れたように首をすくめた。

「って、そんなのフランネルがいちばんよく知ってるよね!だって、師匠はフランネルの剣だったんだもの」

「・・・なぜ、それを知っているんだ?ジャッキー」

「あ」



 忘れていたわけではないが、威張って言えることでもなかった。

 肝試しに入った洞窟で、魔王に唆されて封印の剣を抜いたなんてこと。

 

「剣を抜いたのは、お前か」



 その時のことを詳しく話すと全て言い訳になるような気がして、ジャッキーは黙って頷いた。



「剣に連れられて、ここまで来たのか」



 それも間違いではないから、黙って頷いた。

 そして、魔王がフランネルの命を狙うと言い捨てて姿を消したこと、フランネルを守るために、魔王を探し出して倒すために旅をしているのだとつけ加えようとしたジャッキーの言葉は、短くも厳しい声に遮られた。



「だったら、もうここで帰れ」



「・・・え?!」



 思わず聞き返すジャッキー。

 神妙になっていた分、反論に出るのが遅れる。

 次こそは聞き逃すまいと集中したその時、一瞬、周囲の雨音が遠のいた。

 フランネルの声だけが、耳元で響く。

 

「剣はもう底なしの沼へ沈めた。お前の冒険はここでおしまいだ」

「!!」



 頭が真っ白になった。

 

 雨は、一段と激しさを増した。



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