Go Quest6


 誰かが助けを呼んでいる。

 小さいような、大きいような、声が聞こえる。

 聞こえると思った途端に、ジャッキーは目を覚ました。

 暗いはずの窓の奥が鈍く赤く光っている。

 夜の森が燃えている。

 助けを呼ぶ叫び声は、そこから聞こえてくる。瞳を凝らすと、炎の中を逃げ惑う無数の影が見える。



「大変だ!誰があんなひどいことを・・・早くみんなを助けに行かなくちゃ、ねぇ師匠!!師匠?」

 返事が無い。

 いや、返事どころか、枕もとにも布団の中にも、ベッドの上に剣の姿は無い。

「・・・あれ?!師匠ぉお??」

 枕をどかしても、シーツを剥がしても、ベッドの下を覗いても、どこにもいない。

 おかしい。

 そう言えば、自分は寝る前にどこに師匠を寝かせたのか。

 

寝る前??



風呂から上がって、急にものすごい眠気に襲われて、それから・・・



「あ」



 思い出した。



おじいさんに預けたんだった。



「おじいさんの部屋はどこかなぁ」

 

 なんてのんきなことを言っている弟子に檄を飛ばすかのように、青い閃光が森の向こう側で炸裂した。

 暗い森の全てを呑み込むかと思われた赤い炎が、清廉な青い光に包まれてどんどん色褪せていく。

 

「すっ・・・げぇー・・・」



あの青い光は、師匠だ。師匠が、ひとりで戦っているのだ。

こうしてはいられない。早く師匠のもとに駆けつけなければ。



 赤い炎と青い光と白い煙の渦巻く森は、陽炎のように揺らめきながらジャッキーを待ち受けていた。





 <いい加減にしろ!!それ以上やったらお前まで魔物になっちまうぞ!!!>

 あの情け容赦のない攻撃の仕方は尋常じゃない。何かおかしい。どこか違う。

 自分の声も届かないくらいに心を閉ざしているなんて普通じゃない。

 

お前がやめないんだったら、やめられないんだったら、この俺が止めてやる。



例え、剣を振るう手が無くても、今あいつの暴走を止められるのは自分しかいない。

そう思った時、禍々しい赤い風を薙ぎ払うかのように明るい青い燐光が剣から天空へと閃いた。





 突然目の前を遮った青い閃光に、漸くハイネルは視線を動かした。

 村の長老の背中から、天地を逆流する青い稲妻のような光が空に向かって伸びている。

 天空に開いていた赤い死の傘が、青い稲妻に切り裂かれてバラバラに千切れていく。

 



 自分の背中で光る剣に腰を抜かした長老は、馬から転げ落ちるように降りるとハイネルの足元にひれ伏した。

「ど、どうぞ私の背中から剣をお取りください魔法使い様!これはあなた様の剣にございます!!」

「・・・私の剣?」

「はい、村を助けていただいたお礼にはこれに勝るものはないと、急ぎ駆けつけて参りました!」

 

喜んでくれるものと信じて疑ってない長老に、ハイネルは眉をひそめた。





あの青い燐光を見た瞬間、自分でも信じられないくらい胸が痛んだ。

不意に照らし出された心の傷は、まだ癒えていなかった。

魔物どもを次々に倒していくことで塞がりかけていた心の傷口が開かれる。





剣士が魔王の体にあの剣を突き立てた時も、あんなふうに青い閃光が走り・・・次の瞬間に剣士の姿は血の海に沈んでいた。

息絶えたばかりの体はまだ暖かく、抱きかかえた膝の上の顔は眠っているようだった。

魔法使いである自分ならば、その自分が全身全霊を傾けて祈れば、きっと彼は目を覚ますと信じていたのに。



剣士の体を抱え、その顔に手を翳し、どれだけ呪文を唱えていただろう。

どんなに呼んでも剣士は閉じた瞼を開けてはくれない。魂は戻って来ない。



諦めきれず、呪文を唱えるために翳していた手で、まだ暖かいと思っていた剣士の頬を撫でた時。

何かが手の甲に落ちた。

そこで初めてハイネルは自分が泣いていることに気がついた。

とめどなく溢れて落ちる自分の涙が剣士の頬に零れていた。剣士の頭を抱えていた手の、自分の指先に濡らしていた。

暖かいと思っていたのは、自分の涙だった。

剣士は、もう、冷たくなっていた。



ハイネルは、もう、呪文を唱えなかった。ただ、懇願した。

お願いだから、目を覚ましてくれ。声を聞かせてくれ。

今までひとりで生きてきた。ひとりには慣れている。人間と魔法使いでは生きる長さは桁違いだ。一緒に生きられる時間なんて、たかがしれている。そんなことは分かっている。いつかは、ひとりに戻ることも承知していた。



でも、だからといって、

今、ひとりにしないでくれ。

お願いだから。



今ひとりにはしないでくれ。





ほんの一瞬の閃光に、あの時の胸の痛みが甦る。



その上、剣まで。



剣。



剣士を死に導き、魔王の封印すら守れなかった剣。



そして今、魔物どもを倒すことを邪魔する剣。



そんなものは、



「私の剣ではない」

「・・・え?」

 思いがけない言葉に驚いて顔を上げる長老。

「し、しかし、これは伝説の伏魔の剣でございましょう?今の青い光、普通の剣とは思えませぬ!!」

それを聞いた魔法使いの、宝石のように美しい瞳が少し細められ、微笑んでいるようにも睨んでいるようにも見えた。しかし、いずれにしても、その視線が自分に向けられているのではないことだけは長老にも分かった。

 魔法使いの瞳は、自分の体を透かして背中の剣を見ている気がした。



「・・・いかにもその剣はかつて魔王を封印した伏魔の剣。されど、封印は解かれ、今また魔物どもを救うために私の術を破るとは、永らく魔王の体と共にあったせいですっかり魔王の僕となってしまったようだ。情けない話だな」



<はぁ?!何だそりゃ??本気でそんなこと言ってるのか?>



「そんなものを野放しにしておくわけにはいかぬ」



 ハイネルの手が、剣にかかる。

 剣の猫目が、ハイネルの瞳を見返す。

 ハイネルの瞳には、何の動きも起こらない。宝石のように光を反射しているだけで、何も見えてない。

 望んだ時に叶えられなかった願いは、それを諦める時に希望さえ心から奪ってしまったのだろう。

 だから、あんなにも切望した再会を果たしていることに気がつけない。

 

 そして、



「失せろ。この役立たずの裏切り者」



 二度と私の前に現れるな。

 私の心の傷を道連れにして、誰の手も届かない底なしの沼へ沈め。



 

 しなやかに弧を描き、ハイネルの手から空高く剣が放たれる。

 青い燐光が尾を引くように、夜空を横切っていく。

 その姿は、逃げ惑う魔物たちの流れに逆らって森を走るジャッキーの目にも飛び込んで来た。



「あ!流れ星♪」

 

 走りながら、手を合わせる。



「えーと、森のみんなが助かりますように!早くフランネルに会えますように!!それから、師匠が・・・あ。見えなくなっちゃった。ま、いっかー」

 

 その姿は、底なし沼へ一直線に飛ばされていく剣の目にも飛び込んで来た。



<何やってんだバカ!俺だ俺!!のんきに願いごとなんかしてんじゃねー!!!追いかけて来い!!!!>



 しかし、残念ながら師匠の声は弟子には届かなかった。



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