Go Quest2
 
風が騒いでいる。

 闇より黒く空を覆っていた雲を一陣の風が薙ぎ払う。

雲の切れ間に、血のように赤く染まった満月が浮かぶ。

頬を撫でる生暖かい風と共に禍々しい気配が充ちてくる。





これは、



これほどまでに邪悪な「気」を放つものは。



心当たりはひとつしかない。



しかしそれは、自分が数百年前に、耐え難い犠牲を払って封印したはずだ。

 その封印が解けたというのか?

 一体、どこの誰がそんな愚かな真似をしたのか。あの封印を解くほどの力を持っているのは大したものだが、魔王復活に手を貸してしまうような非常識で無神経な頭の持ち主では、その力も宝の持ち腐れというものだ。或いは、復活の恩を売って魔王と手を組む下心でも持っていたか。その方がまだ動機として理解できる。

それとも、魔王だとは知らずにやってしまったか。



・・・数百年という歳月は、人々から魔王に対する恐怖の記憶と警戒心を失わせるには十分過ぎるかもしれない。





『これからも俺と一緒に組まないか?俺の剣の腕とお前の魔法があれば、恐いものなんか何も無いぜ』



『何百年もひとりで生きるのは、寂しいだろう』



 急にそんなことを言われても返事に困った。ひとりで居ることを寂しいと感じたことはなかったからだ。



 しかし、その直後に思い知らされた。

 ふたりからひとりになることが、どんなに寂しいことなのかを。



 ひとりで居ることが寂しいのではない。ひとりになることが寂しいのだ。



数百年経とうとも、自分の中では色褪せることなく鮮やかに甦るあの日の記憶。激しい後悔の念に、胸をえぐられるような痛み。心にぽっかりと空いてしまった大きな穴は、何によっても埋められることはなかった。





 それほどまでに大きな代償と引き換えにした封印が解かれたのだ。封印を解いたものに対する怒りが爆発して当然だと思った。

 ところが・・・。



 魔王の封印が解かれたことを、むしろ喜んでいる自分がいた。



 なぜならば、



「これで仇が討てるではないか」



 鏡を通して魔王の洞窟を覗くと、魔王はもちろん、封印に使った伏魔の剣が無くなっていた。あの剣は魔王が手にすることは出来ない。だとすると、封印を解いたものが持ち去ったか。宝石で美しく飾られた剣に見えるから、それが目的だったのかもしれない。

 それならそれでいい、とハイネルは思った。

 今の自分は魔王を再び封印しようとは思っていない。だから、封印のための伏魔の剣は必要ない。



 次に魔王と戦うことがあったら、これで魔王の肉体も魂も残さず滅ぼすと決めていた。

いよいよ、あの剣を使う時が来たのだ。



『いくら魔法使いだからって、護身用の短剣くらい持ってろよ。咄嗟の時には呪文を唱えるより早く役に立つぜ』



 そう言って渡された剣には、錆びた硬貨が埋め込まれていた。



『ああ、それは俺が初めて稼いだ賞金さ。親を人喰い熊に噛み殺された娘が、村の男たちに、誰か仇を討ってくれって賞金を出したんだ。でも10歳の子どもに用意できたのは銅貨が一枚。誰も相手にしない。なんか俺、腹が立ってきてなあ。俺はまだ13歳でこの短剣しか持たせてもらえてなかったけど、その剣を人喰い熊の口に刺しこんで、なんとかやっつけたんだ。』



 本当は賞金の銅貨なんて受け取らなくてもいいと思っていたのだけれど、初めて誰かのために何かと戦って、尚且つ勝った記念に有り難くいただくことにして、それ以来自分の守り刀のようになっていると言った。そんな大切なものを借りられないと断ると、他の剣は普段剣を使ってないあんたには扱えない代物だから、自分がガキの頃に熊を倒せたこの剣くらいしか初心者には貸せないよ、と笑顔で押し付けられた。

 

 そして、それはそのまま彼の形見の品になってしまった。

 自分が彼の守り刀の剣を持っていたばっかりに、彼が命を落とすことになったのではないか。

 そんな自責の念も、今から断ち切れる。





あの時は魔王を封印した後だったから、どうすることも出来なかった。彼の命を奪われた怒りも悲しみもぶつける先がなく、ハイネルは自分自身を責めることしか出来なかった。自分の腕が未熟だから彼は傷を負い、魂も戻って来られなかったのだと。それは自分の胸に穿たれた穴を自分の手で更に深く掘り進むようなもので、穴は塞がるどころか大きくなるばかりだった。ここから立ち直るためには自分自身の手で仇を討つ・・・魔王を倒すしかないということに、ハイネルは気がついていた。だが、それは魔王の封印を解かねば叶わず、そんな無謀なことが許されるわけがないと諦めていたのだ。



 その願いが、何者かによって叶えられたのだ。

どこの誰かは知らないが、感謝するぞ。魔王復活に手を貸した、非常識で無神経な愚か者よ。

 



こうして、魔法使いハイネルも自ら戦いの中に旅立っていった。




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