Go Quest14

 何度か夢に見たことがある。



 あの、最後の夜に戻れたら、と。



 目が覚めると、焚き火の傍に剣士が居て、自分にこう聞くのだ。



『これからも俺と一緒に組まないか?俺の剣の腕とお前の魔法があれば、恐いものなんか何も無いぜ』



『何百年もひとりで生きるのは、寂しいだろう』



 自分は、迷わずにこう答える。





一緒に組むと言うのなら



この先何があっても



一日でもいいから、



長く生きてくれ。





ひとりで何百年も生きるのは、寂しいからな。



 そうしたら、あの日、剣士は死ななかったかもしれない。







 ふと目を覚ますと、体の節々が痛かった。

 不思議だった。

 目が覚めたことと、体の節々が痛いことの両方が不思議だった。



 自分は死んだのではなかったのか。

 形見の短剣で胸を一突きし、剣士のもとへと行ったはずではなかったか。

 少なくとも痛みを感じるということは、自分はまだ生きているということか。



どこからか、話し声がする。



<だから、こいつらに一発ずつ殴らせてやればいいんじゃねーの?親兄弟殺されて何も無しってのは腹の虫がおさまらねーだろーし、コイツだって本当は死んで詫び入れるつもりだったみたいだし、まあ、それで済むってもんでもないだろうけど、だからせめて一発ずつでも殴られろって言ってんの>



 ・・・この声は?



 目を開ける。

 

 輪を作っているたくさんの動物たちの向こう側に、焚き火が見える。



 そして、その焚き火に当たっているのは・・・





 剣を木の幹に立てかけて焚き火に当たっていたジャッキーは、煙を吸わないように火の風上に寝かせていたフランネルが目を開けたのに気がついた。

「あ!フランネル気がついた?」

<お!じゃぁ、お前ら並べ並べ〜一発殴らせてもらえ〜・・・え?!>



 一発殴られたのは、師匠だった。



<痛ってーなオイ!何しやがんだハインツ!!>



 思いがけない一発を喰らって地面に倒れた剣は、三角にした猫目を丸くして驚いた。



<ハインツ?>

「どうして・・・」



 魔法使いの涙が、自分に落ちてきた。



「どうして戻って来てくれなかったんだ?あの時!」



 次から次へと零(こぼ)れ落ちる涙に濡れていく。

 泣いている魔法使いの顔は、怒っている。



「私が、この私があんなに頼んだのに!!こんなところでそんな姿で何やってるんだ?!」



<あれ?お前、俺が分かるのか??>

「何が、俺が分かるのか?だ!私が分からないとでも思ったのか?!」



 驚いた。

 あの魔法使いが溢れる涙を拭おうともせず、怒り泣きするなんて。

 何いばってるんだよ全然気づかなかったくせに(しかも底なし沼に捨てたくせに)、と突っ込むのもためらわれるくらい、その顔や、言っていることがまるで子どものようで、剣は思わず目を細めた。



「どうして、戻って来てくれなかったんだ、あの時戻って来てくれたら、こんな剣なんかにならなくて済んだのに・・・そんなに私の力は頼りにならなかったのか?!私のせいで、お前は、」

<それは違うぜ、ハインツ。俺がこうなったのはお前のせいじゃない>

「でも、」

<ゴメンな、ハインツ。でも俺、お前の言うことに逆らっても、どんな姿になっても、お前を守りたかったんだ。だから、あの時戻るわけにはいかなかったんだ・・・俺が自分で決めたんだよ、ハインツ。俺の生き方は俺が決めるさ>

「・・・!!」



剣を濡らし続けていた涙が止まる。

 魔法使いの眉間に皺が寄る。

 睨むように剣を見ていた瞳を閉じると、大粒の涙が零れた。

 頬を伝う涙が唇の端で弾ける。

  

「・・・良かった・・・生きてたんだな・・・生きてるんだな、良かった・・・」



 笑顔になったと思った瞬間、その表情が再び引き締まる。



 そして、

 

 くるりと身体を反転させると、幾重にもなって後ろに並んでいた動物たちへ深々と頭を下げた。



「・・・すまなかった」



 伝説の魔法使いともあろうものが、自分たちに頭を下げている。その真摯な態度に面食らう動物たち。

 ジャッキーも、神妙な顔で見つめている。

 

「私は自分の復讐のために、取り返しのつかないことを・・・お前たちから大事なものたちを奪ってしまった。それがどんなに辛いことか知りながら・・・自分の辛さから逃れるために」



俯く魔法使いの顔の表情は見えないが、厳しく自分を責めているのは声で分かる。



「・・・最後に、自分の命を引き換えにすれば許されるとさえ思うようになっていた・・・本当は、そんなものでは償えはしないのに」



 もしも願いが叶うなら、仇をうつだとか、自分の命を投げ出して後を追うだとか、そんなことではなく、その死の事実そのものを無かったことにしたいだけなのだ。自分が、死んだと思っていた剣士が生きていて信じられないくらい嬉しかったように。



 だから、余計に目の前の動物たち・・・いや、ここへ来るまでの道のりを考えれば幾千とも知れない魔物と呼ばれたものたちへ自分がしてきたことが許されないのだと思い知らされる。



 魔物になる前は、皆、普通に生きていて、それぞれにかけがえのないものがいて。



 それを、魔物だから殺されても構わないなんて理由をつけて命を奪った。



 命に変わりはないのに。



 代わりも無いのに。



自分の命を差し出したところで、誰も喜びはしない。

 

 命は、命でも贖(あがな)えないんだ。

 

 その重みに、更に頭を深く下げるハイネル。額を押しつけた手の甲が後悔の涙に濡れる。

「本当に、すまないことをした・・・謝って許されることではないことも分かっているが、私を殴って少しでも気が晴れるなら、思う存分殴ってくれ」



 しかし、傷だらけの身体で土下座をしている魔法使いを殴ろうとするものは誰もいなかった。

 誰も、そんなことは望んでいないのだ。



失われた命を挟んで、奪ったものと奪われたものの切なさがせめぎあう。

 

魔法使いと動物たちの間にいるジャッキーは、両方の抱える心の重荷に肩を貸すようなつもりで、居たたまれない気持ちに耐えていた。





 胸を締めつけられるような静寂を破ったのは、剣だった。



<顔上げろ、ハインツ。頭下げて謝ってるヤツなんて殴れねえよ。それより、仮にもお前は伝説の魔法使いなんだから、何か出来ることがあるんじゃないのか?>



「私に・・・出来ること?」



<今のお前なら、分かるはずだ。皆が何を望んでいるか>



 皆が、何を望んでいるか?



 それは、



<お前、俺の短剣どうした?>



 あ。



 そうか。



 そうだ。



「ジャッキー、私は短剣を持っていなかったか?」

「短剣?持ってたよ。握ったままずっと離さないから、俺取るの諦めたんだもん」

「何?!本当か??」

 そう言われて見ても、地面についた両手には何も持っていない。

「よく思い出してくれジャッキー、私は何も持っていないではないか!」

「・・・フランネル、師匠に平手打ち食らわした時に離したんじゃないの?」



 そんなことは記憶に無いながらも振り返ってみると、焚き火の明りから少し外れたところに落ちている短剣が見えた。

 

 復讐に全てを捧げていた自分を支えていた短剣。



 魔王の居場所を探り当てるために、魔物たちの命を奪ってその魂を封じ込めていた。恨みの念が、魔王を求めて助けを呼ぶように。

 

肉体を滅ぼしてしまった以上、もう、元の姿には戻せない。



 だが、



「どんな姿であれ、せめて、お前たちの元へと還そう」

 

 瞼を閉じ、短剣に手を翳すハイネル。

 短剣から、一筋の煙のように淡い光が立ち昇り始める。

 今まで血のように赤く鈍い光を放っていたのが嘘のように、青く、清浄な燐光。

煙のようだった光は次第に明るさを増していき、丸い球となって天へと伸びていく。



 そして、その光を見上げていた動物たちの頭の上でまるで打ち上げ花火が花開いたように弾け・・・満天の星が降るように、明滅する雪のように、青白い光の粒がふわふわと舞い降りてくる。



「・・・すっげぇ・・・」

<小僧、大口開けて見てると隣の子リスの親父とか食っちまうぞ>

「えええええええええ?!こここ、これ全部皆の・・・??」

<ンなわけねーだろ!伝説の魔法使いともあろうものが、そんな芸の無いことするかよ!!なぁ?>

「・・・悪かったな、芸が無くて」

<何?!マジかよハインツ??おいコラ小僧!口閉じろ!!>



 降りそそぐ光の粒はあっちこっちで泡のように弾け、青い燐光に濡れて浮かび上がったのは・・・焼け焦げた森、そしてそこに生きる動物たち。

 既に息絶えたかのようだった森の、焼け残った木々の枝や、黒焦げの草むらから、青い光に導かれるように瑞々しい若葉が芽を出し始める。



「皆、まだ生きている・・・例え姿は変わっても、お前たちの森を守り続けるために戻って来たのだ」



 魔法使いの言葉に、張り詰めていた空気が柔らかく流れ出す。



 生きて再び会いたいと願う魂と、死に瀕して尚生きようとする草木の生命力が新たな息吹を生み出していく。



 自分たちを淡く照らし出す光に包まれながら、思い思いのところで、あるものは目を閉じ、またあるものは若葉をみつめて、それぞれの再会の時を静かに祝している。





そして、



<俺たちと一緒に組まないか?ハインツ>



「ねーねー師匠、師匠からも頼んでよフランネルが俺を弟子にしてくれるようにさー!」

<なんで俺がそんなことを頼まにゃならんのだ!ってゆーか、お前のようなうっかりもんが魔法使いなんぞになったら末恐ろしいわ!!> 

「・・・そうだな。ジャッキー、お前せっかく伏魔の剣が使いこなせているのだから、剣の道を極めれば良いのではないか?」

<ちょっと待てよハインツ!この俺をこの小僧が使いこなしてるだと!?今までお前、剣が俺だって気づいてなかったから小僧が自分で振り回してると思ったんだろ?逆だ逆逆!!俺が小僧を振り回してんの!>

「そうか、ならば尚更剣の修行に励む方が先ではないか?私の見たところ筋はいいのだから、無敵の剣士に鍛えてもらえば魔法なんて使えなくても十分人のためになれるぞ」

「え?それってフランネルのためにもなるってこと?」

<まあ、用心棒くらいにはなれるだろうな>

「そっか〜じゃあ、俺がんばる!師匠!!これからもよろしくね!!!ところでさ〜、師匠、明日は俺が真ん中で寝ていい?」

<何言ってんだ、3人川の字になって寝る時は、いちばん丈の短いやつが真ん中って決まってんだよ。な!ハインツ、そんなの常識だよな〜>

「・・・どこの国でも常識ってワケでもないだろうが・・・(それに、嘘では無いが本当でも無いような・・・)」



 そんな他愛も無いことを言いながら、3人の新たな旅が・・・始まる?のかな。




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