エピローグ

すやすやと寝息をたてて眠っているジャッキーの寝顔を見守っていた剣は、自分の身体がふわりと浮き上がったのに驚いた。

見ると、魔法使いが自分をそっと掴んで起き上がろうとしている。

声をかけようとした剣と目が合うと、魔法使いは少し困ったように笑って唇の前に指を立てた。





月夜の丘は青く澄んだ光に照らされ、その光をオレンジに滲ませるようにして焚き火の炎が揺れている。



木の幹に身体を預け、ハイネルは膝と剣を抱えるようにして焚き火に当たった。

焚き火の向こう側には眠るジャッキーの姿が見えるが、恐らく寝ているジャッキーからは、ふたりの様子は炎に遮られて見えないだろう。

 囁き声は、もちろん届くまい。



<どうした?ハインツ。眠れないのか?>

 心配そうに猫目を細めて尋ねてくる剣の言葉に上手く答えられず、目を伏せるハイネル。

自分でも、何をしたいのかはよく分からないのだ。ただ、この思いがけない形での剣士との再会の喜びに素直に浸れるのは今夜だけのような気がして・・・つい、手にとって起きていた。これから3人で過ごすとなれば、既に師弟関係が出来上がっている剣とジャッキーの手前、たぶん自分は保護者然としてジャッキーに接し、剣にも甘えた態度は取れないに決まっている。例えそれを何百年と待っていたとしても。



 視線の先で、美しい月夜の蒼さを映したような刀身が焚き火に照らされて淡くオレンジに光っている。

 さっき、自分が涙で濡らした刀身・・・まだ濡れているかのように艶やかに光っているその刀身に指をあて、少し滑らせてみる。涙の跡は感じられない。もう、すっかり乾いたらしい。それを確かめるように、ゆっくりと指を滑らせていく。その指先が柄まで達した時、逸らしたはずの猫目と目が合った。剣は、思いっきり訝(いぶか)しそうに、細めていた猫目を更に細めて自分を見ている。

その様子に、剣士の面影が甦る。

 思わず、剣の猫目に触れるハイネル。

 瞼の無い剣の瞳は瞬きもせず、自分を見つめている。

「・・・お前の、目・・・」

 猫目にあてた指を、柄から刀身に伸びる飾りへと滑らせる。

「鼻・・・?・・・口??」

 そこから真っ直ぐ指を下ろし、刀身を斜めに横切らせながら後ろへと回していく。

「腹・・・背中・・・ん?刃がこちら側だとすると、どっちが腹でどっちが背中だ?!」

<ってゆーか、俺の場合、腹も背中もねーと思うんだけど・・・さっきから何ブツブツ言ってんだ?お前>

「・・・」

 剣の冷静な突っ込みに急に恥ずかしくなり、ハイネルは手を離した。





 魔法使いの手から離れた剣は、その膝に寄りかかるような形になって魔法使いと向き合った。

 焚き火にほんのりと照らされた魔法使いの身体には、魔王との戦いで受けた傷跡が見える。外側から見えるものでは左胸を黒ずませている血の痕が特に痛々しいが、きっと魔王に入り込まれた身体の内側も痣だらけと言ってもいいくらいで、痛くないところはないだろう。

 全然そんなふうには見せていないけれども。

 その毅然とした態度が却っていじらしい。





 剣の刀身から、その青さが溶け出したような、霧のような柔らかな光が微風とともに溢れてくる。

 風が、俯き加減になっていたハイネルの前髪を軽く払い、頬を優しく撫でる。
 光が、傷だらけの身体を包み込む・・・痛みが、遠のいていく。

 目を閉じると、そのまま心地よい眠りへと落ちていきそうになる。



 でも、このまま痛みを消してはいけない、と思った。

 償うべき相手がいる限り、自分はまだ楽になってはいけないと思ったのだ。

 だから、剣を抱きしめてその風と光を止めた。



「・・・お前の力で、今ここで魔法の力で傷を治してしまうわけにはいかない。私には、まだ償わなければいけない相手がいる。この痛みは、私が最後まできちんと負うべきものなのだ」

<まだ償う相手って・・・お前、短剣に封じ込めた魂を全部返したんじゃなかったのか?>

「私が命を奪ったその場で、残されたものへちゃんと謝罪してから返すべきだと思って、この森のものたち以外はまだ残してある」

<・・・お前、律儀って言うか、不器用って言うか・・・下手したら傷が治る前に傷増やすことになるぜ?>

「いいんだ。私は、それだけのことをしたのだから」

<まぁ、お前がそうしたいんだったら俺は止めねえけどさ>

「だから・・・傷を治そうなんてしてくれなくていいぞ」

<へ?!何言ってんだ??ハインツ。俺、何もしてないぜ>



 耳を疑った。

 その声はすぐ耳元で聞こえたのだけれど。



「そんなわけないだろう、だって、痛みが・・・」

 剣の放つ柔らかな光と風に癒されて、消えていきそうだったのだ。

<気のせいじゃねえの?俺はただ、傷ついたお前がゆっくり休めればいいなと思っただけさ>

 そうか。

 そうなのか。

「・・・魔法じゃないのか・・・」

<だから、遠慮なんかするなよ>



 ためらいがちに、自分を押さえつけていた腕の力を緩める魔法使いの顔には、まだどこか迷いが見える。

 魔法使いは、まだ何かに引っ掛かっている。



 剣は、目の前にある魔法使いの左胸の血痕に、そっと光をあてた。小さな光の点を、そこからゆっくりと広げていく。魔王の残した傷跡をたどるように。

<・・・お前、魔王のこと気にしてるのか?>

「・・・・・・・・・・私は、・・・・・・・・・・お前を殺した魔王をこの手で滅ぼすのだと言いながら、本当はお前の後を追って死ぬのに魔王を道連れにしようとしただけのような気がして・・・・・・・・・」

魔法使いの、宝石のように澄んだ光を湛える瞳が翳(かげ)る。自分を責めている顔になる。魔王の傷跡をたどっていた光を頬に運び、泣きそうな目尻をそっと撫でる。

<ハインツ、お前がもし魔王が苦しんだ分の痛みも引き受けて償わなければならないと思っているのなら、その分はもう済んでるぜ>

「え?」

 剣の運んだ光が、驚く魔法使いの瞳で弾ける。

 

<魔王は、もう苦しんでいないからさ>

「それは・・・お前たちが魔王を滅ぼしたということか?」

<滅ぼしたんじゃない。一からやり直せるように、ゼロに戻したんだ。・・・もともと魔王なんていなかったんだよ、ハインツ。俺たちが魔王と呼んでいたのは、魔王という呪いがかけられた傀儡だったんだ。それに気づかずヤツにとどめを刺そうとしたものは、返り討ちにあって自分で自分の息の根を止めることになる。ヤツはいざという時には相手の攻撃を倍返しにする罠まで仕掛けられてた。それは、俺もお前も体験済みだろ?ヤツを止めたければ、俺たちはヤツを封印したり滅ぼしたりするんじゃなくて、他の魔物たち同様、魔を祓ってやればよかったのさ。>

「・・・そうだったのか・・・」

<だから、気のせいでも何でも、魔王の残した傷の痛みくらいは忘れてもいいんじゃないか?ハインツ>



 目尻から額へ、そして瞼へとゆっくり動いていく光。

 その柔らかな暖かさに眠気を誘われ、瞼を閉じようとしたハイネルは思わず目を見開いた。



 眠っていると思っていたジャッキーが、大あくびをして目の前に立っていた。



「どど、どーした?ジャッキー?!」

「・・・・・・・・・・・・おしっこ」



 照れ隠しに咄嗟に投げ飛ばしてしまった剣に、焚き火の脇を通り抜けようとしたジャッキーがつまづく。

「・・・・・・あれ?師匠ぉ??・・・・・なんでこんなところに居るんだろ・・・・・・まったく寝相悪いんだから。このあいだも気がついたらベッドの下に落っこちてたし・・・」

<それはお前が蹴り落としたんだろーが!!ったく寝相が悪いのはどっちだよ!ってゆーかお前手洗ったか?!>

 剣の抗議など全然耳に入らず、寝ぼけ眼(まなこ)で柄を持ち上げてそのままズルズルと引きずりながら戻って行くジャッキー。

 そして、思い出したように振り返る。

「あれ??フランネルは寝ないの?!」

「私は火の番をしているから、おやすみ、ジャッキー」

「・・・・・・んー・・・じゃぁ、俺も後から交代するから、眠くなったら俺を起こしてね、フランネル」



 笑顔で頷く魔法使いに安心したように、横になった途端ジャッキーは夢の中へ・・・



<いっっっっってぇーーーーーーーなァオイ!何しやがんだ小僧!!>

「・・・おじいさぁん、このトウモロコシ茹で方硬すぎだよぉ〜」

<なぁにが茹で方硬すぎ、だ!!てめぇ今度やったらその若さで総入れ歯にしてやるからな!!!おいハインツ!笑って見てないで何とか言ってやってくれよ!!!!>

「・・・ジャッキー、そのトウモロコシ茹で直してやるから私に寄越せ」

 

 そして再び自分の手に戻って来た剣を抱いて、いつしか眠りにつくハイネル。

 焚き火の向こう側では、ジャッキーが口をモグモグ動かしながら寝ている。

 そんなふたりの寝顔を見守る剣を、月が優しく照らしていた。




 ・・・ということで、「Go Quest」の続きのお話でした!
 このお話はハイネルの優しさが前面に出てきていて、読んでいても優しい気持ちになりますよね。夜の月の柔らかなイメージもあいまって。魔王もきっと、新しい生を今度こそ自分のために生きられることでしょう。
 いつも毅然としている彼も、剣にだけは甘えるというか、素直に頼ることができるんですね・・・・って!ジャッキーは!?ジャッキーくん、早くがんばってハイネルを支えられるようにならないと!!(笑)

 なんだか稲荷さんにはワガママを言ってしまったようで申し訳ないんですけど、そのおかげでこんなステキなお話を読めてとてもうれしかったです。
 これからきっと、彼らには新たな冒険が待ち受けているんでしょうね・・・。いろいろ想像するだけでワクワクしてしまいます。
 稲荷さん、本当にありがとうございました!

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