Go Quest


 早い話が、肝試しというやつだ。13歳ともなると皆それなりに体も出来上がり知恵もついてくるから、多少無茶なことをさせても大怪我には及ばない。そこで、ジャッキーの住む村では男の子が13歳の誕生日を迎えると「魔王の洞窟探検」に挑戦させられる。

 日の出と同時に村を出発し、丘の麓にぽっかりと口を開けている洞穴に入っていって、魔王の牙と言われる青白く光る石(鍾乳石)を取ってくるのだ。これは洞穴の奥に進めば進むほど石の青味が増すため、取って来た石の色を見ればどこまで行けたのかが分かってしまう。

少年たちの人生の中で、男の意地を賭けた最初の勝負なのだ。



もちろん、ジャッキーは誰よりも青い石を取ってくる気満々で洞穴の中に入っていった。

まだ誰も辿り着いたことが無いと言う、穴の終わりのところ・・・それはもしかしたら丘の反対側に抜けるという結果になるのかもしれないが、とにかくそこを目指そうと思った。





どれだけ歩いただろう。

行く先も、来た道も、真っ暗な闇に沈んで見えない。

自分の汗なのか、どこからともなく滴り落ちる水のせいか、単なる湿気か、気がつくと体全体が濡れている。

闇が、細かな霧となって洞穴に充満しているようだ。

 ひょっとしたら、終わりなんて無いのかもしれない。

 そんな憂鬱な考えが浮かんだその時、今まで止まっていた空気が突然動いた。

 前から後ろへ、風が吹きぬけたのだ。



 風は、目の前に壁のように積み上げられた岩石の隙間から吹いていた。



終わりが無いのは厭だと思っていたが、行き止まりで終わりなんて、もっと厭だ。何とかして壁の向こう側には行けないものか。石と石の隙間に手をかけると、上手い具合に石がひとつ壁から抜け落ち、子どものジャッキーなら通れそうな穴があいた。



そこでジャッキーは思いがけないものを見つけた。



 岩肌に天窓のように開いた穴から差し込む朧な光が、それを浮かび上がらせていた。

もはや、人なのか骸骨なのか分からないようなものが、岩に磔にされていた。



<・・・助けてくれ、勇気ある少年よ・・・>



 その哀れな声は、ジャッキーの頭に直接響くように聞こえてきた。



<この剣を抜いてくれ・・・お願いだ>



 見ると、奇妙な形の大きな剣がその胸に突き立っている。

 

 困っている人を見ると助けずにはいられないジャッキーだが、さすがに今回は躊躇した。

 なぜならば、ここは「魔王の洞窟」なのだ。魔王なんか助けたら大変だ。みんながどんなひどい目に合わされるか分からない。お人好しなジャッキーにも、そのくらいの警戒心は備わっていた。



 しかし。



<私は騙されたのだ、頼む、この剣を抜いてくれ・・・>



 ミイラのような体のどこに残っていたのか、その両眼から涙が溢れ出る。



<お願いだ、私にはまだやりたいことが残っているのだ!>



 切羽詰った声がひときわ大きく響いた時、ジャッキーは思わず剣に手をかけていた。

 この人は魔王なんかではなく、何かの事情で無実の罪で苦しめられているのではないか、と、一瞬そんな気がしたのだ。



 力いっぱい剣を引き抜いたジャッキーの頭に同時にふたつの声が響きわたった。

<よくやった!少年!!>

<何しやがるんだ!小僧!!>

「・・・え?!」



 凄まじい轟音と共に、周りを取り囲んでいた岩の壁が吹き飛ぶ。



<これで、やっとあの忌々しい緑の目の魔法使いを八つ裂きにできるぞ!>



崩れ落ちた岩石の上の星空に浮かんで、それは邪悪な声で笑っていた。

乾いた笑い声をたてる口は耳まで裂け、黒い穴のような窪んだ眼窩に鈍い光が宿る。

その姿はまさしく、

<魔王だっつーの!馬鹿かお前!!魔王が居るから魔王の洞窟なんだろーが!!!いくら子どもでもそのくらい分かれ!>



そんな自分を罵倒する声は、ジャッキーの耳に入らなかった。

悪夢のようなひと言を残して魔王が消えた空の彼方を眺め、自分のしでかしてしまったことの重大さに茫然自失していた。



緑の目の魔法使い?!



 まさか。



 ジャッキーの脳裏に、いつかの魔法使いの姿が浮かぶ。

 あの人の瞳は宝石のように美しい緑色をしていた。



 もし、もしもヤツの狙いがあの魔法使いだったら。



<何が、「まさか」に「もしも」だ!いつまでも呆けた面してるンじゃねーぞ小僧!お前、自分が何をしたか分かってんだろう?!男だったら手前の不始末は自分で落とし前をつけようって意地を見せてみろ!!>



 どこからともなく飛んでくる罵声に、ようやくジャッキーの神経が現実的に反応した。

「さっきから小僧小僧って、俺、ジャッキーって言うの!あんた誰?姿を見せてよ」

<姿を見せろだと?馬鹿言ってんじゃねーや!俺は逃げも隠れもしてねーぞ。さっきからお前の目の前に居るだろーが!!>

「目の前って、・・・え??」

その時、ジャッキーの手の中で剣が燐のように青い光を放ち、刀身の飾りかと思っていた緑色の玉が猫の目のように動いた。

ジャッキーは、腰が抜けるくらい驚いた。





剣は、元は向かうところ敵なしと評判の剣士で、昔々ある国の王様に頼まれて魔法使いと一緒に魔王と戦うことになったのだと言う。最初はお互いに自分ひとりで何とか出来ると思っていたせいで言葉も交わさなかったふたりだが、魔王の手下の魔物どもを次々と倒して行くうちに少しずつ話をするようになっていた。



『これからも俺と一緒に組まないか?俺の剣の腕とお前の魔法があれば、恐いものなんか何も無いぜ』



『何百年もひとりで生きるのは、寂しいだろう』



 否定も肯定もしない魔法使いの返事は、魔王を倒してから聞けばいいと思っていた。

 どんな返事が来ても、一緒に賞金稼ぎの旅に連れ出すと決めていた。

 それなのに。





気がつくと、血の海に沈む自分の体を抱えて途方に暮れた顔をしている魔法使いの姿が見えた。魔王は自分が突き立てた剣によって岩に磔になっていた。その剣は魔法使いから託された「伏魔の剣」だから、見事封印を果たしたことになる。・・・ならば、もっと喜んでいていいはずなのに、どうして魔法使いはあんなに悲しそうにしているのだろう。

いや、それよりも・・・なぜ自分は自分自身の姿まで見えているのか。



そこに考えが及んだ瞬間、自分の身に何が起こったのかを理解した。

ひとりで居るのは寂しいだろう、これからも俺と一緒に、なんて言った矢先に死んでどうするんだよ!と自分自身に腹が立った。



思い詰めた顔をした魔法使いが、意を決したように自分の骸を抱えて立ち上がった。

魂がまだ地上に留まっていれば間に合うかもしれない。

そう呟いて洞穴を出て行く魔法使いの後を追おうとした時、魔王の声が聞こえた。



<これで勝ったと思うな!いつか必ず抜け出し、その体を八つ裂きにしてくれるわ!!>

獣の咆哮のような叫び声が剣を揺らして響き渡る。

その動きはあまりにも激しく、体内から剣を弾き出そうとしているかのようだ。

封印が完璧でなかったのか、魔王の力があまりにも強大なのか。



遠くで、自分を呼ぶ魔法使いの声が聞こえる。



あの声に誘われていけば、自分は生き返られるのだろう。だが、それは瀕死の重傷を負って身動きが取れない状態で、だ。そんな体で、今まさに封印を破ろうとしている魔王に対抗出来る訳が無い。下手をすれば、魔法使いの命も危うい。



 魔法使いは、忌まわしい魔王の叫び声にも気づかない様子で、一心に自分を呼んでいる。

そんな魔法使いだからこそ、自分が守らねばならない。

他の誰でもない、自分が。





そして伏魔の剣に宿り、魔王の封印を守ること数百年。



魔王の息も絶えようかとしていた頃で、微かな油断があったことは確かだ。

 だから、

<おい小僧、腰が抜けてとても魔王なんか倒しに行けねーってーなら、今すぐ俺がお前の体を乗っ取ってやってもいいんだぜ!>

「そんなのダメだ!!俺が行く!ちゃんと自分で落とし前をつけてやるさ!!!」

 

 そのジャッキーの言葉を聞いて、微笑むように剣の緑の猫目がすうっと細くなった。

<お前、俺の子どもの頃によく似てるよ。いい度胸してる。だがな、意地と度胸だけでは魔王とは戦えねーぞ。俺が師匠となって剣の使い方を教えてやる>





 と、言う訳で。

 誰よりも青い石を求めて洞穴を進んで行ったジャッキーは、図らずも何よりも青い剣を手に入れ、魔王を倒す旅に出ることになったのである。

 その旅の先で何が待っているのかは、まだ誰も知らない。



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