第四章
グーデリアンが、硬質の石で出来た床へ刻む足跡。
踏みしめるたび、足跡から床へと幾つもの亀裂が入っていたが・・・次第に亀裂も入らなくなり、周りの床ごと床がどろりと溶解していた。
まるで飴細工の上を歩いているように、床に足跡が残されていく。
グーデリアンを取り巻く熱気が徐々に温度を上げ、それが床をも溶かしているのか・・・
息を殺す私などお構い無しに、グーデリアンは迷い無く先へと進み続けていた。
その先に待っていたのは人間の非力さを思い知らされる戦いだった。
召喚が出来ないことを知ったNAGUMOの兵士たちは、槍や剣を手にグーデリアンの行く手を阻もうと何度も何度も押し寄せてきた。
相手が私であれば、その一振りだけで命など刈り取られてしまう鋼の武器。
グーデリアンの前では、それは小石以下の攻撃力しかなかった。
「邪魔だ!!!」
近づいてくる兵士たちに、グーデリアンが手のひらを向けただけでその足は進めずに床へとめり込む。
拳を床へ振り下ろせば、そこを基点に床が真っ二つに裂けてしまう。
・・・一方的な戦い。
まだ、グーデリアンが相手の命を取ろうとしていないことが救いだった。
召喚士になってから、いろいろな依頼を引き受け、グーデリアンの力を借りてはいた。
しかし、平和な大国AOI。
その領域内で武器を手にした戦いなど起こってはいなかった。
使役の不十分な私たち相手に舞い込む依頼は、探し物や地質調査など攻撃力を全く必要としないものばかり。
この場で見せ付けられるグーデリアンの力は、私の予想を遥かに超えていた
「わぁぁ〜!!」
「逃げろ!!」
国を挙げての戦争だと、覚悟していたはずの兵士たち。
けれど、圧倒的に不利な状況。
徐々に後方から逃げるものが現れると、動揺は一気に広がり、蜘蛛の子を散らすように兵士たちは退却し出した。
気持ちごとへし折るには、十分すぎる圧倒的な力の差。
私自身、改めて知る召喚種族の脅威。
たかが人間。
そう言って、人間を小ばかにしていたグーデリアン。
目の前の戦いを見ていれば、そう思ってしまうことに納得せざるを得ない。
召喚士の承認のために、講習を義務付ける意味も実感できる。
これほどの力を、召喚士である私は制御せねばならないのか・・・
私をかばいながらも、圧倒的優位のまま進み続けるグーデリアン。
「どけー!!」
その歩みを止められ、吼える。
廊下を破壊しながら進んだ先に現れた大きな鉄の扉。
それを2人の兵士が、震える手で剣を持ち守ろうとしていた。
周囲が錆びているものの、ところどころ彩色の施されていた跡は見受けられる。
色とりどりの宝石をはめ込み、大国としての力を見せ付けるAOIの扉とは対照的だ。
「う、うわ〜!!!」
破れかぶれなのか。
何も映らない瞳で、グーデリアンに向かって突進してくる兵士たち。
足はもたつき、私にさえその攻撃に何の威力も意味さえもないことがわかった。
「はっ!」
グーデリアンはその行動を鼻で笑い、おそらくわざと、その剣2本を右腕の甲で受け止めた。
グニャリ
剣の形が、いとも簡単に捻じ曲がる。
「こんなもん、効くかよ!」
無造作に床に落とされる剣。
カラカラと音を立てて兵士たちの足元へ転がる。
「「あ、あ、あぁぁぁぁああああ!!!!」」
力の絶対的な差。
悲鳴を上げながら、私の横を走り抜けていくその顔は恐怖で歪んでいた。
彼らの甲冑が擦れあう音と足音が次第に遠ざかる。
「・・・追っ手はいないようだな」
両壁や床にグーデリアンが破壊した跡が生々しく残っている廊下。
振り返っても人の気配は全く感じられない。
「この先に、何かあるのか?
すでに兵士たちの気配はない。
全員退去した後では?」
私の問いにグーデリアンは首をすくめ、両手をその鉄の扉に押し当てた。
大人が2人掛かりでも開きそうにない重厚な扉が、軋みながら音を立ててゆっくりと開かれていく。
グーデリアンの目的は、この部屋にあると言うことか。
ギギギ−ッ
錆びた扉を開け、中に一歩入る。
高揚する気持ちが強すぎて、危うく扉を溶かしてしまいそうだった。
自分を覆う熱気が、ゆらりと揺れ動いているのがわかる。
「見つけたぜ、ロストチャイルド」
前方、数百m。
そこに、天井から滝のように流れる水のカーテンと、それを受ける池があった。
池の中央には王座があり、その横で紫のローブに身を包んでいる探しもの。
「来たか」
オレの言葉に応えたのは、探しものではなく王座に座る人間だった。
「お前が、元凶だな」
その問いには答えず、うっすらと笑いやがった。
肯定ってことか。
「これからというときに、AOIの女王はまるで狙ったようなタイミングでわが国に侵入。
先ほどの召喚獣とは桁外れの力をもつ召喚獣を裏から送り込むとは・・・いい作戦だ。
しかも、コレ以外の召喚獣をねじ伏せるとは・・・一体何者だ?」
どうせ、こいつは生かしちゃおけない。
オレは肩から担がされていた荷物を外し、後ろでもたもた歩いてきていたハイネルに投げた。
受け取らず避けるハイネルを目の端に収めながら、人間に応えてやる。
この世界に来たときから、召喚種族が召喚士にしか明かさないパワーネームを。
「オレは、ファイヤースター。
すべての運を味方につけ、絶大なる力で周りを畏怖させるものだ!!!」
力の解放。
押さえつけていた内なる力を、外に向かって解き放つ。
産まれて初めて、全力で戦える。
笑いが止まらない。
自分さえ知らない、自分の力を知ることが出来るのだから。
息が、詰まる。
ハイネル家から連れ去られたとき、木の上で教えられたグーデリアンの真名。
決して誰にも明かしてはいけないと教えられた。
それを人前で口にしながら、笑っているグーデリアン。
兵士たちを適当にあしらっていた今までの姿ではない。
全力で戦おうとしている意志が伝わってくる。
金色の炎がグーデリアンの足元から吹き荒れ、その身体を包み込んだ。
そして、爆発。
ゴォォォォォー
あまりの熱量に、目が開けていられなかった。
「AHAHAHAHAHA!!!!!」
グーデリアンの高笑いが、くぐもっていく。
喉の奥から笑う声。
その、後。
ダンッ!!
力強い音と、地面を揺るがせる振動。
そして、
『ウヲォォォォオオオオオオ!!!!』
大気さえ震わせる、獣の咆哮。
瞼を開けた私の目の前には、床を嘗め尽くすように広がった炎の絨毯。
その中で、炎の鬣を震わせ牙を剥く1頭の金色の大獅子が立っていた。
その前足1本が、私の背よりも高く、私の体よりも太い。
見上げても、背は視界に入らないほどの大きさ。
グーデリアンの姿もない−つまり、この姿がグーデリアンの獣化ということか。
通常召喚種族を召喚獣と呼ぶのは、その力を最大限使う際に召喚種族が変容するからだと聞いてはいた。
けれど、これほど姿も形も大きさも・・・変わってしまうとは。
グーデリアンから発散される熱気とそのエネルギーに身体が震える。
マントで熱気を避けながら、私は扉へ一歩下がった。
これが、召喚獣・・・
「めずらしい力だな」
天井から流れる滝のベールに、床に広がった炎が反射してキラキラと光る。
その滝を受け止める部屋の1/3を閉める巨大な池。
その中央に設けられた王座の男性。
あまり私と年が変わるとは思えないが、その黒い瞳には確かな決意と覚悟を感じる。
肩まで無造作に伸ばされた黒髪には王冠。
黒いローブの上からは、青いマントが着けられていた。
この国の、王なのか?
彼は動揺ひとつ見せずにゆったりと構えていた。
圧倒的な力の差は歴然。
兵士たちが逃げ出していることなど知っているはずなのに・・・
彼は、自分の隣に立つ者に視線を向けた。
フードですっぽりと頭部から足の先まで覆っているため、年齢も性別も伝わってこない。
『・・・彼は、オレを取り返すために来た特殊な任を帯びている』
落ち着いた声が、そこから漏れた。
途切れそうなくらい小さな声なのに、まるで耳元で話しかけられたような近さを感じる不思議な声。
青年なのか?
まだ幼さの残る声からすると・・・私よりも若いかもしれないな。
この国の王子だろうか?
ローブの下から日に焼けた両腕が伸び、頭部の覆いを取り去った。
短く整えられた薄い金色の髪は、明らかに王座に座る黒髪の男性の縁者とは思えない色。
細身の身体に、ぴったりと吸い付くような黒い肘までのシャツとズボン。
武器は何一つ身に着けていなかったが・・・その足は、宙に、浮いていた。
何も履いていないその足は、床に着いていなかった。
『カクゴハ、イイカ?』
グーデリアンが、地を震わせる声で彼らに語る。
抑揚の無いその声は、獣化前のグーデリアンの声とは全く違って聞こえた。
「フィル」
王座の男性は足を組み、おそらく彼の召喚獣に向かって命じた。
『はい』
頷く彼。
その両足が宙を滑り、池の上に降り立つ。
滝の水が天井に向かって逆流し、フィルと呼ばれたその周りを円となって囲んでいく。
「名乗らずに戦うのは失礼だな。
私はNAGUMO国第49代王位継承者、名雲京志郎だ。
これは、フィル。
後ろの彼は、君の召喚士だろう?」
指を組み、私に向かって微笑む名雲。
この人、いや、この方が、王なのか。
NAGUMOの王を前にして、隠密などと言っている場合ではないな。
「わ、私は、AOI国公認召喚師フランツ・ハイネル。
この国と水の召喚獣との関連性を調査しにきた」
姿勢を正し、声をはりあげる。
「なるほど」
名雲は頷いただけだった。
この問いに答えは必要ない。
ここに来るまで見てきたNAGUMO国。
そして、彼の前に居る水を自由に操る召喚獣フィル。
これらが、おそらく答え。
「世界から水を奪い、一体何を企んでいる?」
私の居る扉付近をのぞき、炎に包まれた部屋。
あまりの熱気に、喉が痛い。
「企む?
それは酷いいい様だな。
AOIこそ、何代にも渡りわが国を吸収しようと画策してきていたではないか。
気まぐれに攻めてくるAOIに、どれだけ多くの犠牲を払わされてきたことか!」
王座から立ち上がり、名雲は忌々しげに私を睨みつけた。
確かに、AOIとNAGUMOの確執は長年に渡る戦いの歴史でもある。
AOIがNAGUMO以外の、ファース大陸すべての国を手中に収めるまでそれは続いていたはずだ。
残り一国となったとき、いずれ時間の問題だと戦いを起こす事は無くなった。
逃げ場の無いNAGUMOには、AOIに対抗する術などない。
そうはっきりと記した書籍もあった。
「戦場は毎回この国で起こっていた。
今ある緑の大地が広がるまでに、どれだけの時間がかかったことか。
それと同じだけの痛みを、AOIに与えて何が悪いというのだ?」
何代にも渡ってAOIの脅威に晒されてきた国の王。
声を感情のままに荒げることは無かったが、その言葉に込められた想いは強い。
しかし・・・
「やられたらやり返す。
その考えでは、またこの国が争いの場に・・・」
説得を試みようとしたとき、
『ウルサイ』
それまで黙っていたグーデリアンが会話をさえぎった。
私の方を振り向こうともせずに、尾をイライラと揺らす。
炎の鬣が、一段と力を増して風も無いのに大きく揺れた。
『イクゾ』
そう告げ、四肢で大地を強く蹴りあげる。
その巨体の一歩は数十メートルの距離を一瞬でゼロにする。
床も天井も嘗め尽くす炎の中、わずか数歩で王座の前へ迫っていた。
名雲は落ち着き払い王座に座りなおすと、迫り来る牙に怯えもせず、フィルに命じる。
「我を守れ!氷の盾!!」
名雲の腕で何かが輝き、それに呼応するかのようにフィルを取り囲んでいた水の流れが変わった。
フィルの周りを離れ、それは名雲の手前まで後一歩と迫ったグーデリアンに向かう。
「危ない!」
思わず叫ぶ。
しかしグーデリアンは止まらず、その水を横に払おうと逆に向かって行った。
水とグーデリアンの前足が交差する。
ピキピキピキッ
その時を待っていたかのように、水は瞬時に凍りつき盾を形成する。
グーデリアンの足ごと飲み込んで。
『ウゥゥ〜』
右前足を抜こうとするが叶わない。
グーデリアンは低く唸り、すぐ傍で無防備に立っていたフィルへもう片方の前足を振り下ろした。
『あぁッ!!』。
炎の床に何度も体を叩きつけられながら、私のすぐ近くまで吹き飛ばされてくる。
炎の床に阻まれ近づくことは出来なかったが、フィルの体が触れた部分だけ床の炎は不思議なことに消えていた。
そこに炎が再び宿ることはない。
よろよろと宙に立ち上がるフィル。
グーデリアンの爪でローブは切り裂かれ、額の傷からは青い血が滴り落ちていた。
何故・・・自分には盾を作らなかったんだ!?
名雲は微動だにせず、王座から立ち上がろうともしない。
フィルへの攻撃と共に形成を停止した氷の盾。
それ越しに低く唸るグーデリアンしか見ていなかった。
「強き流れで戒めを与えよ!
その力でわが敵を束縛せよ!!
水流の鎖!!」
再び名雲の言葉と共に手首の辺りが光った。
『・・・ッ、ック!』
フィルは揺れ動く身体で、右手のひらをグーデリアンに向けた。
池から水が踊り出て、グーデリアンの身体に襲い掛かる。
「グーデリアン!!」
右前足を捕らえられたままでは、逃げようがない!!
水がグーデリアンの身体を飲み込む直前。
ガガガガッ!
突然グーデリアンと名雲の間にあった炎の床が裂け、岩がグーデリアンを守るように次々と盛り上る。
グーデリアンを囲むように出来た土の壁。
それは向かってきた水を吸い取ると、泥となって形を崩した。
「・・・なんだと?」
名雲は眉を顰め、なぜか戦っているグーデリアンでは無く私を見た。
「一体どういうことだ、フィル」
私から目を離さず、同じ位置に浮くことが出来ずに絶えず宙で揺れているフィルに尋ねる。
とても応えられる状態じゃない。
フィルは震える膝を押さえ、咳き込んでいた。
『バカナヤツ』
グーデリアンは低く唸ると、その腕を捕らえていた氷の盾が溶け出す。
「ありえない」
名雲は何かに驚いているようだった。
「ハイネル、と言ったな。
一体どうなっている?
君たちのような契約形態はありえない」
問われている意味がよくわからない。
私が口を開くより先に、
『イクゼ』
吼えたグーデリアンの口の中で炎が踊る。
「万年の氷よ、集約せよ!
激流となり、走れ!氷弾!!」
名雲の手首が3度目の光を放った。
『っく・・・』
呻きながらフィルが再び両腕を上げるのと、グーデリアンの口から炎が走るのはほぼ同時。
辺りに飛び散っていた水が、グーデリアンの出した炎に向かって一気に集約。
瞬時に凍りつき、向かってくる炎とぶつかり合う。
氷と炎。
相反する力。
相殺しあい、周りに薄い霧を発生させる。
『ジャマダ』
グーデリアンは炎を吐くのを止め、向かってくる氷を避けながら方向を変えた。
「その力で命を貫き、すべてを凍てつかせよ!
氷の矢!!」
背を向けたグーデリアンに発せられる名雲の言葉と4度目の光。
『サイアクダナ。
オマエヨリ、コウゲキヲエラブトハ』
グーデリアンは、名雲の方を振り向きもせず呟いた。
目前のフィルに向かって。
フィルは何も言わず微笑み、震える指をグーデリアンに向ける。
指されたグーデリアンは、臆することなく大きく息を吸いこみカッと目を見開いた。
「やめろ!グーデリアン!!!」
怯えている場合ではない!
グーデリアンを、召喚獣を止められるのは、召喚士である私だけだ!!
「やめるんだ!!!」
フィルとグーデリアンの間に向かって走り出す。
炎に躊躇している場合ではなかった。
いくら同じ召喚獣だとしても、傷ついたフィルがグーデリアンと対等に戦えるとは思えない。
グーデリアンの炎に耐えられるとはとても思えない。
『・・・』
一瞬、グーデリアンが私を見た気がした。
金色の獣の瞳。
『オレが、選んだんだ』
かすれた声で答えるフィルへ、その瞳はすぐに向きを変えてしまう。
あと少し。
絶対に止めなければ!
必死に走る私の視界。
『あんなに、優しくはないけど』
フィルの紫の瞳とぶつかる。
『でも、選んだ』
その表情は。
微笑んでいるように、見えた。