第三章



ようやく肩から下ろされたのは、肉眼で城壁の筋さえ見分けられる森の端。
城の向こう側では土煙と爆音が吹き荒れ、人の悲鳴が風に乗って私の耳にも届いてくる。
「な、んだ・・・」
「なんだ、じゃないぜ、ハイネル。
先に正面部隊が戦争始めてるようだ」
「せ、戦争!?」
すっかり混乱している私の両肩を掴み、すべてを見透かす瞳で覗き込んでくる。
「時間が無い。
オレにはオレのやらなくちゃいけないこともあるからな。
あんたはここでちょっと待っててくれ」
いいな、と言い残し・・・背を向けてさっさと去ろうとするな!!!
「待て!!
召喚獣だけ戦いの場に行かせるなんて、聞いたこと無いぞ!!」
グーデリアンのシャツの端を握り締める。
「大丈夫、オレって特別だし、オレ達って規格外だし」
ウィンクして応えるグーデリアン。
規格外とは、私たちのことをほかの召喚士たちが影で嘲る呼び名だった。
確かに、今まででは考えられない規格外的なことが多いらしいが。
「だめだ!
お前が行くなら、私も行く。
第一、勅命では城内に侵入して探れとあるのだ」
「そんな勅命気にしてる場合じゃないだろ?
すでに戦いは始まってるんだ。
血に染まる場所に降り立つのは、神道では御法度だろ」
・・・確かに人同士の争いには中立を守るため、近寄ってはならないと教えられていた。
国同士となれば、尚更。
うつむく私をそのまま置いていこうとするグーデリアン。
シャツを掴んでいた私の右手を剥がそうとされて、逆に左手でその手を握り締める。
「今は、召喚士だ!」
グーデリアンの瞳に、一瞬イラッとした不穏な炎のようなものが見えた気がした。
「おま・・・」

「はーい、そこまで〜!!」

にゅっと私とグーデリアンの顔の間に、一対の手が割り込んでくる。
パン!と一打ちしたあと、驚く私とグーデリアンに向かって手の主は、
「こんなとこで争ってる場合じゃねーだろ、おふたりさん?」
したり顔で私とグーデリアンを交互に見比べた。
緑の私同様に、上向きにセットされた髪。
オレンジのメッシュとの色合いは、一度見ていれば忘れられないもの。
多分、初めて出会う・・・はず。
まるで尻尾のようにフワフワと宙を泳ぐ後方の三つ編スタイルもめずらしかった。
・・・黒いマントで身を包んではいるが、良く見るとその姿は宙に浮いているように見える。
「な、んだ???」
にらみ合っていたのも忘れ、咄嗟にグーデリアンの後ろに回る。
「あ〜、加賀か。
なんで、ここにいんのさ?」
どうやらグーデリアンの知り合いだったらしい。
グーデリアンはあまり驚かずにただ肩をすくめ、突然現れた人に話しかけだす。
・・・グーデリアンの知り合いということは、人間ではないのかもしれないな。
召喚種族、なのか???
私の前では、AOI国の召喚士がいくら呪文を唱えても一度も召喚を成功させることは無かった。
それは、二回にわたる王の間における大岩事件でも、国内の旅の最中でも同じだった。
本当に彼が召喚種族であるなら、グーデリアン以外で初めて出会うことになる。
グーデリアンの背中越しに覗いていると、目が合ってしまう。
ヒラヒラと手を振られ、慌てて頭を下げた。
「いやぁ、旦那が来るのが遅いからさ。
このまま来ないつもりなのかな?とか、心配していたわけよ!
ワザワザ『力の領域』まで発動して、一体これと何楽しんでたんだよ?」
クルクルと私とグーデリアンの周りを回るもの。
まるで重力など感じさせない滑らかな動き。
一体何の話をしているんだ???
来るのが遅いとか、力の領域とか・・・
「ハイネルは、ちょっとここで待っててくれ」
有無を言わせない笑顔で押し切られ、頷く間もなくグーデリアンは近くの木に足を掛け、あっという間にその木の中腹まで垂直姿勢のまま登りきってしまう。
「ま、確かに。
中の上くらいの美人さんではあるけど、『力の領域』まで出して他に威嚇しなくても・・・」
値踏みするように見られ正直いい気はしない、が。
もしも彼が召喚種族であるなら、グーデリアンが離れている今、逆らわないほうがいいだろうと受け流す。
「加賀、さっさと来いってぇの!」
頭上から降ってくるグーデリアンの声。
「へーい」
彼は返事をすると、宙を蹴ってグーデリアンのいる場所まで上がってしまった。
う、浮いている・・・よな?
私はその背を見送りながら、呆然と立ち尽くしていた。



「なーんで、お前がここにいるんだよ!!」
ハイネルには聞こえないよう、木の上に加賀を呼び出す。
「だーかーらー!
お前を待ってたんだって!
一向に来ないしさ、オレ、思わずAOIに情報流して焚きつけちゃったぜ〜
怒られるときは一緒だからな!!」
木の枝につかまりながら話すオレと違い、空中で胡坐をかいている加賀。
ニヤニヤ笑いながら言う台詞かよ!
どうりで城からの勅命があやふやなわりに、段取り良かったり持たされた地図が正確すぎるはずだぜ。
「で、ホントのとこは?」
覗き込むが、加賀の瞳が揺らぐことは無かった。
「さて、なんのこと?」
すっとぼけるつもりか・・・それとも『風』らしくただこの流れを見ているだけなのか。 
「そ・れ・よ・り!!」
ドンドンと肘で肩を突付かれる。
「こっちの件はほったらかしで、人間なんかと何してたんだよ??
しかも、『力の領域』なんて使っちゃって!!
探し物を見つけるためってのはナシだぜ?
それなら、この国に入ったときにだけすればいいんだからな。
わざわざ隣の国にいるときから、格下の仲間全部を召喚させない強制フィールドを張り続ける意味無いんだし〜」
ニヤニヤ笑ってオレの顔を覗き込もうとする加賀。
「お前が何もいわないのに、なんでオレだけネタをばらさなくちゃいけないんだよ?」
その腕を掴み、引き寄せる。
「怖い顔すんなよ!
ま、オレが言えることは、な。
正直ないから言えないっつーか」
めずらしくため息。
こいつがため息なんて、らしくない。
「どういうこった?」
「まぁ、男ってのがあんたらしいけど、あれと本当に契約してるなら、持てる技全部教えといた方がいいぜ。
お前がすぐに来なかったせいじゃない。
それよりもずっと前から、アイツの心はこの国に飲み込まれちまってんだ」
低く紡がれる言葉。
真剣な声が、その内容の深刻さをオレに伝えてくる。
「・・・ばっかじゃねーの!?
王族のくせに、何人間に肩入れしてんだ???」
考えもしていなかった展開。
オレとしては、放置していた課題をさっさと回収して終わらせるだけのつもりだったのに・・・
「まさか、あれ」
城から立ち上る煙と、仲間達の悲鳴や咆哮。
「あれはそのせいなのか?」
加賀は頷く。
そして、舌打ち。
「オレもさ、いろいろ話をしたりしてたんだけど・・・どうも種族の差ってやつか?
あの考えを変えることは出来なかった」
そうとわかっていれば・・・
オレ達を不安げに見上げているハイネル。
・・・あんなの、連れてこなかったのに。
退屈しのぎどころか、足手まといじゃねぇか。
「ま、そういうことだから、さ」
掴んでいたオレの手をすり抜けて、木から離れた場所に浮く加賀。
「オレはここで見てることしかもう出来ない。
悪いけど、グーデリアンの旦那に後は任せるよ」
「任せるよって・・・オレに任せたら」
加賀は大丈夫だと頷く。
「どうなるか、アイツも知ってる」
だから、あぁなってるんだと城の方を指差す。
ったく、どいつも、こいつも・・・
「力があるばっかりに、借り出されて大変だな」
そう笑って消えてしまう加賀。
その消えていく様子を見ていたんだろう。
地上ではハイネルが目を見開き突っ立っていた。



メンドクサイ。
ありありとその降りてきた表情が物語っていた。
地上に立っても、私とは視線を合わせずにため息をついているグーデリアン。
グーデリアンたちの会話は全く聞こえなかったから、気にならないといえば全くのウソ。
突然現れ、宙に浮き、忽然と消えてしまった話し相手のこともかなり気になる。
けれど。
「行くぞ、グーデリアン」
それ以上に。
NAGUMOの城から聞こえる争いの音が私には辛い。
戦いなど、何も産まないというのに。
「私の嫌われ具合が、もしNAGUMOの召喚獣にも同じことが言えるなら争いを小さくすることが出来るだろう」
そう告げれば、しばらく考えた後にグーデリアンは頷いてくれた。
「ま、しゃーねーわな。
ここにあんただけ待たせておこうと思ってたけど・・・見つかっちまったし」
バン!!とグーデリアンの両手のひらが地面に力強く突きつけられる。
何が起こるのかわからない私を引き寄せ、隣に座らせるグーデリアン。
私達をぐるり取り囲むように土が盛り上がり、瞬きする間にそれは私たちを包み込むドーム状の壁となった。
「一体・・・?」
「来るぜ!」
グーデリアンの声を掻き消すように、土壁に向かって何かがぶつかる音と振動が続く。
天井からは、パラパラと土が耐え切れず降ってきた。
「人間どもがなんか投げてきてる」
「一体どうする・・・」
話している途中の私の口を塞ぎ、グーデリアンはもう片方の手で地面に何かを描き始める。
見慣れない字、いや、絵・・・?
右手1つで何か印を組むグーデリアン。
その象形文字や印を覚えるより先に、文字が光りだし、周りの地面ごと一気に地下へ沈んでいく。
「城まで抜ける。
後か前か・・・どっちでも危ないな」
弱いし・・・と私を見てため息。
正直、召喚種族のおまえと比べられても困る。
「まぁ、中は種族同士でやり合ってるだけみたいだし、オレたちが近づけば争いも小さくなるだろう。
賭けだけど、前、あんたね」
ポンと肩を叩かれ、出来たばかりの穴を指し示された。
「わ、かった」
生唾を飲み込み、膝を折り、ゆっくりとその中に頭を入れてみる。
なだらかな斜面を描くその先は、暗くて何も見えない。
「さっさといかねぇと、城が瓦礫になっちまうぜ」
その中を、促されるままに私は進み出した。



グーデリアンの力で作られた穴を這い続け、途中休憩しながらもなんとか地上へ再びぬけることが出来た。
いつものんびり構えているグーデリアンが、今回ばかりは遅いだのなんだのすぐ後ろでわめき続けていたせいか必死になりすぎていたようだ。
ローブは砂だらけ、それ以上に手の皮はすり剥け、セットしていた髪もすっかり降りてしまっていた。
「あー、時間食っちまった」
イライラと穴を塞ぎ、周りを見渡すグーデリアン。
いつもなら私が負ったどんな些細な傷でも見落とさないのに、それどころではないらしい。
私はそっと怪我した両手を背に組み、グーデリアンの指示を待った。
旅や戦い。
それに役立つ知識など、経験の前には無きに等しい。
それは前回の旅でグーデリアンに何度も突きつけられた事実だ。
今の私では、何の役にも立たない。
穴の先は、どうやら城の内部。
精巧な造形の人物像や絵画が飾られた廊下の一角だった。
AOIの城と大きく異なるのは、両側に幅半歩ほどの水路が流れていること。
城中に水を行き渡らせる工夫の一つだろうか?
グーデリアンは上空の天窓を見上げ、土煙の昇りたつ正門の方角を確認したようだ。
水路を跨ぐ形で壁に近づくと、そこを軽く叩き、それだけの動作で精密に組まれていた手のひらより一回り大きな長方形の石を外に押し出してしまう。
「・・・AOIのやつらは撤退か」
覗き込み、思惑通りだといわんばかりの口調。
グーデリアンが退いた後。
私が同じように水路を跨ぎ覗き込むと、そこから見えたのは門から逃げ出す白いローブとそれを乗せた召喚獣の集団だった。
「さて、と」
グーデリアンは廊下に両手を突き、瞳を閉じた。
グーデリアンの輪郭が、次第にボンヤリとしたオレンジの光に包まれていく。
『地』の召喚獣としての力を全身で使おうとしているのか?
邪魔にならないよう息を潜め、NAGUMOの人間が近づいてこないか周囲に注意を払う。
「・・・ちっ」
しばらくの後、グーデリアンは苦々しく舌打ちをした。
険しい表情。
いつも人をバカにしたような、ニヤニヤしているグーデリアンばかり見てきた。
現状が良くないことを容易に推察できる。
「オレたちの侵入にもすでに気付いてやがるな。
すぐに正門にまわっていた人間が戻ってくる。
ハイネルは、どうする?」
「まだNAGUMOと『水』の関係を掴めていない。
私はそれを調べなければならない」
何のために来たのかを忘れてはいけない。
グーデリアンをまっすぐに見つめる。
「そういうと思ったぜ」
ため息をついて前髪を掻き毟る。
「オレもちょっと行かなきゃいけないとこがある。
かといって、お前一人でなんとか出来るとも思えないし・・・」
「お前の用事とやらを、優先させてもいいぞ?
探れといわれてはいるが、何をどう探るのかもわからない状態だ」
グーデリアンは苦笑。
「まぁ、しかたねぇか・・・」
自分が被っていたデンガロハットを私の頭の上に乗せる。
「いざとなったら、隠れることくらい出来るよな?」
「・・・バカにしているのか?」
私の問いに答えず、グーデリアンは背を向けて歩き出した。
迷いもせず、自分の目的に向かって。



「邪魔だ!!」
グーデリアンの右拳が壁に叩き込まれる。
それだけで、壁には四方に亀裂が走り大音響と共に崩れていく。
「うわぁぁあああ!!」
「下がれ〜!!!」
逃げ惑うNAGUMO国の兵士たち。
「あ、あまりやりすぎると、城が壊れるのではないか・・・?」
さすがの私も黙っていられず、人が近づいてくるたびに壁を壊し続けるグーデリアンの背に語りかけてみた。
「だから?」
たった一言背中越しに返され、顔をしかめるしかない。
場内に進入し、歩き出してから万事が万事この調子。
なにかに苛立っているようだが・・・
「・・・この地とかの地を結ぶ風よ。
この声、この願い、かのものに・・・」
召喚呪文の詠唱が、角の向こう側から流れてくる。
このまま進めば正面対決になる!
「おい!」
かまわず歩き続けるグーデリアンの背を掴もうとしたが、触れるまでに手を引っ込めた。
・・・熱い。
ゆらりと蜃気楼のようにグーデリアンを取り囲む空気の層がゆがんで見えた。
何が、起こっているんだ?
私の声を無視し、グーデリアンは苛立った気持ちを抑えようともせずに前を歩き続けている。
人型のときよりも、重量が桁違いに増えるという獣化。
それが始まっているのか、グーデリアンの足跡が深く廊下に刻まれていく。
戦う、つもりなのか・・・?
隠密での行動を命じられていたこともあるが、出来れば戦いたくは無い。
争いは、何も産まない。
けれど・・・こんなに余裕の無いグーデリアンは初めて見る。
私には、きっと、止められない。
「召喚獣が来ないぞ!?」
「どういうことだ!」
逃げていく足音と人の声にホッと胸をなでおろす。
「良かった・・・」
どうやら、私の嫌われ具合はNAGUMOでも通じるらしい
召喚獣同士の戦いは、強さによってはそれこそ国一つ滅ぼしかねない。
大きな損害を両国にもたらすことは、どうやら避けれたようだ。
グーデリアンの臨戦態勢も解けるかと思っていたのに。
「近いな」
低く呟くその声には、緊張感が含まれていた。
角の手前で止まるグーデリアン。
「何かあるのか?」
私の声に振り向いたグーデリアンの瞳は、赤く染まっていた。
緋色の瞳。
それを見たのは、初めてだった。
「一応守ってやるつもりだけど、今までのようには行かないぜ。
ハイネル、覚悟しとけよ」
唇から見え隠れする尖った犬歯。
グーデリアンの獣化が、確かに始まっていた。
私が、今まで見たことの無い、グーデリアンの獣化が。


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