第二章
大国AOIは、世界四大大陸の内の一つ、ファース大陸を長年に渡り統べて来た。
AOIが建国された当時、それと同様の力を持つ小国がいくつも存在し、この大陸は全土に渡って争いが耐えなかった。
しかし、ここ数十年。
その争いも沈下の一途。
残り一国を残し、このファース大陸に存在していた小国はすべて大国AOIに統合されていた。
それには、他の大陸と比較しても、唯一二桁の召喚士を保有する大国AOIの対外戦略が大いに関わっていた。
「こちらで間違いないはずだ・・・」
メガネの縁を上げながら、何度も道端の標識と手元の地図を見比べる。
召集から一週間後の国境。
服装は、普段から好んできている足首まで隠れる薄い緑色の長丈ローブに防寒と防御を備えたマント。
歩きなれた革靴。
肩に掛けた鞄には、一週間分の食料と水。
それ以外の荷物は、後方で大あくびをしているグーデリアンに任せていた。
もともとこの世界の絶対神とされる天神に仕える神道ハイネル家に生まれ育ち、グーデリアンに出会わなければ家の敷地から出ることも無かった身。
一度グーデリアンに無理やり武者修行に連れ出されてはいたが、旅は二度目。
しかも、国から出るのは初めてだった。
自然、気持ちが不安で押しつぶされそうになる。
「これ、渡んのか?」
気温は肌寒いというのに、半そでのシャツ姿。
ラフなズボンに、裸足。
頭には、赤いバンダナとデンガロハット。
前回の旅の途中で買わされたデンガロハットを、グーデリアンはよっぽど気に入ったらしくそこが定位置になっている。
そんなグーデリアンの姿は・・・これから国外に出ようとしている旅人には見えない。
しかも、勅命を帯びた旅だというのに緊張感も感じられないお気楽な声・・・
隣国とAOIを結ぶのは、切り立った渓谷に倒された直径1mにも満たない、長さ数十mほどの一本の丸太。
数百メートル下を見下ろせば、以前水を湛えていた川は干上がり、赤茶色の土と岩が転がっている。
「そうみたいだな」
高所恐怖症ではないが・・・これは本当に渡りきれるのだろうか?
樹皮は完全に剥がれ落ち、朽ち始めているのか風が吹くたびボロボロと崖下に木の一部が落ちていく。
「さっさと行こうぜ〜」
躊躇する私を尻目に、グーデリアンは丸太の上に軽々と登り手を差し伸べてきた。
こいつに、怖いとか恐れるとかそういった感情は無いのだろうか・・・
地図を鞄に入れると、その手に自分の手を重ねる。
こうして一緒に旅をしていると、グーデリアンが人間でないということをうっかり忘れそうになってしまう。
温かな手のひらも、その人懐っこい笑顔も・・・
「おぉ、あっぶねぇ〜」
私の手のひらをギュッと握り、先導してくれる背中。
これが国からの勅命でさえなければ、少しは楽しいと思えるのかもしれないな。
眼下に広がる、川、だったもの。
15年ほど前から徐々に減っていた雨が、最後に降ったのは天文省の計測では300日程前。
ハイネル家にいる間は、食料も水も衣服も、生活に必要なすべてのものが傍にあるのは当たり前のことだった。
悩みを打ち明けに来る村民からは、雨が降らず困っていると聞いてはいた。
しかし、ハイネル家の中庭に設置された噴水から水が耐えることは無かったし、誰もそれがどれほどの被害を招いているのか、具体的に教えてくれるものはいなかった。
まさか、大国AOIの中心を流れるこの大河『ゼロ』さえ干上がっているとは。
前回の旅は、都市から都市への移動だけで私の体力がついていけず、点在する山村地域まで足を延ばすことは出来なかった。
今回の旅でも、都市部を進む間は水不足の異変に気付けずにいたが・・・
城を離れ、都市を抜け、徐々に国境に近づくたびに、砂漠化した村が幾つもあった。
都市の路地に潜む浮浪者たち。
骨と皮だけの痩せた子どもたちが、行く先々の村の療養院に溢れていた。
砂に埋もれた家々。
干上がった小川や沼。
雑草さえ見当たらない乾いた大地。
生命が眠りにつき、太陽さえもその日照時間を減らす『水の月』で良かった。
これが『火の月』であったら、照り付ける太陽の光だけで私の体力は吸い取られてしまう。
「風が出てきたな。
ハイネル、気をつけろよ?」
デンガロハットを目深に被りなおし振り向くグーデリアン。
「お前こそ」
今、グーデリアンと向かっているのは、隣国NAGUMO。
このファース大陸のほぼ中心部。
周りを大国AOIに囲まれても、決して吸収されない唯一の小国。
この大陸ばかりか、世界を襲う水不足の元凶がこの国にあると大臣は言っていた。
どうしてこの国だとわかったのか。
何が原因だというのか。
全く明かされない情報源と詳細な内容。
いくら疑問が解消されなくても、勅命だと言われれば王国の計画書に従うしかない。
ローブの下、私の右腕で揺れるブレスレット−召喚士である証。
生活等あらゆる面で国民から優遇される代わりに、勅命には絶対に背かないこと。
それは、この証を持つ者と国とを結ぶ絶対的な契約。
それが嫌で他の大陸に渡る召喚士や、今から向かう小国NAGUMOに流れる召喚士もいるとは聞いている。
どれくらいの召喚士が、このNAGUMOに流れているのかは全く不明。
もしかすると、世界最多数と言われているAOIを凌ぐかもしれない。
もし争いごとになれば、召喚獣の差が勝敗を分けると大臣も言っていた。
私では両腕でも持ち上がりそうに無い鞄を肩にかけ、悠々と前を歩くグーデリアン。
風が何度も私達の間を吹き抜けていくが、私のようにその体が揺れることは無い。
背格好は人間と変わらなくても、獣化せずに今歩いている丸太を軽々と持ち上げることは出来るだろうし、本気を出せば大国AOIさえ滅ぼすのは簡単だろう。
常々疑問なのは、どうしてこれだけ力を持っている召喚種族が、私達のような非力な人間と契約を交わし同属間での戦いも厭わないのか・・・
彼ら召喚獣の種類は五種。
『火・水・土・金・木』
この大国といわれるAOIでさえ、全種の召喚獣を保有しているわけではないらしい。
主にグーデリアンが属する『土』が多く、現段階で『水』と『木』に関しては0だとか。
そう言えば・・・大臣は最後にこう付け加えていた。
『水』の召喚獣をNAGUMOが全て支配している、と。
その情報が正しければ、『水』に対抗できる『土』の属性をもち、なおかつ攻守において攻撃の力に優れたグーデリアンはAOIにとって最大の武器になる。
けれど、それが計画に考慮されることは無かった。
私達に課せられた任務は、城の裏手から忍び込みNAGUMOと『水』の召喚獣の関係を探ること。
もしも何か特別な関係があるとわかったときは、出来るだけ物証をそろえAOIに持ち帰ること。
私がいる限り、同じ領域で他の召喚獣は呼べない。
NAGUMOでもそうとは限らなかったが、小隊でも遂行できる隠密の役割を担うよう命じられた。
万が一、私がいてもNAGUMOの召喚士だけが召喚出来た場合。
いくら『土』の攻撃に長けたグーデリアンでも、複数の『水』の召喚獣を相手にしては苦戦してしまうという予測。
うまく使役できない私には、グーデリアンの攻撃力がどれほどあるかも全くわからない。
私とグーデリアンに関して、計画の立てようがないということもあった。
最悪のことを考えて、最良の策を。
ほかの召喚士の邪魔にならないように。
かといって、遊ばせておかないように。
その結果が隠密行動となったらしい。
この計画書をグーデリアンに説明したとき、てっきり嫌だと断られると思っていた。
温厚な『土』にしては、好戦的な性格のグーデリアン。
隠密など性に合わないと言うかと思っていた。
地続きに入国出来る正門からは、私以外の5名の召喚士たちが視察という名目で正規にこのNAGUMOに入っている。
アスカを含めた残り9名の召喚士は、AOIの防衛のために城に待機。
反撃されることを見越した隊分け。
まるで争いが起こると想定しての配置だと、他の召喚士も動揺していた。
争いが絶えて久しいこの大陸で、本当に争いがまた・・・
考え込んでいたそのとき、横殴りの風が丸太の上を走り抜けた。
咄嗟に目の前の背を掴もうとしたが間に合わず、フワッと体が宙に浮いたように感じたのは一瞬。
「うわっ」
グーデリアンの掌から手を離し、丸太に手を着こうとしたがそれよりも先にそこから転げ落ちる。
思わず目を閉じ、衝撃に耐えようと食いしばったが・・・痛みが走ったのは全身ではなく右腕だけだった。
「ったく、なぁにやってんの、あんたは」
呆れているグーデリアンの声に、恐る恐る目を開ける。
「考え事もいいけど、この足場の悪さでするこっちゃないだろ?」
至近距離のグーデリアン。
その瞳に、右腕を掴まれ呆然としている自分が映っていた。
「すまない・・・」
足元、はるか下に広がる岩肌。
グーデリアンがとっさに助けてくれなければ、命は無かった・・・な。
背筋にゾクッと寒気が走る。
「城からずっと計画書に添って歩き続けて、疲れてんじゃないか?」
丸太の上に引き戻されても、体中が心臓に取って代わったように自分の鼓動の音が煩かった。
「歩き慣れてないし、旅慣れてないし、緊張しすぎだし・・・
一回あっちに渡ったら休もうぜ」
ほらっ!ともう一度手のひらを差し伸べられる。
「そうだな」
前回の旅のときも、今回も。
グーデリアンがいなければ私はいくつ命を落としていただろうか。
いや。
そもそも、こいつに出会わなければ旅などする必要も無かったのだ!
危うく感謝しそうになって首を振る。
あの家から出るきっかけをくれたことは感謝しているが、こんな国の一大事に巻き込まれることまでは想定外だった。
感謝する必要など、無い!
前を歩き続けるグーデリアンを睨みつけ、足元に注意しながら丸太を渡りきった。
「とりあえず、休めよ」
丸太を渡りきると眼前に森が広がっていた。
地面には柔らかな苔が生え、木々には果実がたわわに実っている。
枯れた大地のAOIとは、あまりに対照的だった。
グーデリアンは迷いもせずにスタスタ森の中を歩き続け、他に比べてはるかに大きな大木の前でようやく立ち止まった。
「あぁ」
大地から隆起したいくつもの太い根が、その大樹を支えている。
そのうちの一本に腰掛、鞄から水の入った水筒を取り出す。
城の貯水地から特別に支給された水。
大切に飲まねば・・・
一口だけ飲んで唇を濡らしておく。
「お前も・・・」
そう差し出しかけて手が止まる。
そういえば・・・
「オレ達に水は必要ないんだって」
案の定断られる。
本当に不思議な種族だ。
水も食料も必要ないなんて。
水筒を鞄にしまう。
「オレたちが喰うのは特別なときだけだからな」
そういってどこか寂しげに笑う。
「たしか、大地が傍にある限り、『地』の種族のエネルギーは少しずつ半永久的に補給されるだったか・・・?」
「よく覚えてるな。
一度言ったら覚えちまうなんて、おもしろくねぇ」
私が休む間、地べたで胡坐をかき頬杖をついて待ってくれている。
「試しに人間の食料を喰ってみたけど、不味過ぎて話しにならなかった。
きっと喰いたいと思わないと、美味しく感じないんだろうな」
「それは、我々でも同じことだ」
あまり自分や自分の種族のことを語らないグーデリアン。
それだけに、ふと漏らす召喚種族の話は貴重だった。
召喚士認定の講習会に参加していないこともあって、召喚獣に関して知らないことばかり。
読み尽くしたハイネル家の書庫には、召喚獣に関するものは何一つ無かった。
天神を唯一と崇めるため、異端の力である召喚獣はわざと排除されてきたのだろう。
「妹の方が、良かったか?」
唐突に思い出して尋ねてみる。
グーデリアンとの出会いは二年前の夏。
突然グーデリアンがハイネル家の庭に現れ、妹のリサを外に連れ出そうとしたのだ。
リサの悲鳴を聞きつけその場に駆け寄ったとき、必死でリサの身代わりを私から申し込んだ。
グーデリアンがなにものであるかも知らず。
そのときまで持っていた常識が、金銭目的の誘拐だと勝手に解釈していた。
天神を恐れぬなんと野蛮なヤツだと思いながら、その手を取った。
「まぁ、女の方が正直良かったけど・・・
これもこれで面白いから今は別に」
そういって口角を上げてうっすらと笑う。
男の召喚士に雄の召喚種族は、大国AOI始まって以来の組み合わせらしい。
男の召喚士には雌の召喚種族。
女の召喚士には雄の召喚種族。
それが今までの常識だった。
周りはありえないと召喚士認可当時、かなり騒いでいた。
「なにか、契約に関わる性の法則があったんじゃないのか?
私が男であるために、お前の力が制約されているとか・・・」
真剣に人が尋ねているのに、
「AHAHAHAHA〜!!!」
身をよじり、転げまわって笑い出す。
・・・一体なんなのだ!?
「A,AHAHAHA〜
ったく、もう、ハイネルちゃんってば!!!」
涙目になりながら、なおも笑い続けるグーデリアン。
「そんな、面白い法則ないって。
単に好みの問題だってぇの!
ひー、苦しい!!
んな真剣な顔して・・・AHAHAHA〜
もしかして、ずっと悩んでたりした???」
肩を揺らしながら聞かれ、睨みつける。
まるで、悩んでいた私がバカみたいではないか!!
「さっさと行くぞ、バカモノ!!」
来た方向と逆にむかって私は歩き出す。
背後からは、足音よりも笑い声が追って来る。
いつまでも、笑っていろ!!
山一つ分ほどしかない小国、NAGUMO。
私の知る情報では、人口も千人に満たない農村世帯の多い長閑な国。
AOIが建国したのとほぼ変わらない時期にNAGUMOも建国していたはずだ。
同じ時期に変わらぬ領地で始まった両国。
徐々に差が広がり、今ではAOIの十分の一にも満たない面積とそれ以下の人口。
周りがAOIに囲まれているせいで、他大陸との国交も無い。
いつまでも傘下に入らないことで、どんな利益があるというのか。
私にはその理由さえ分からない国だ。
森を抜け、緩やかな丘を下るにつれて、NAGUMOの全景が眼前に広がりはじめていた。
小さな平野にいくつも流れる小川にはせせらぎが絶えず、点在する家屋の傍でいくつもの水車が回っている。
世界は、水不足で困窮しているというのに。
どうしてここには当たり前のように水が広がっているのだろうか。
「旅の人・・・?」
川辺で遊んでいた童子たちが、丘を下ってきた私たちを見つけ走ってくる。
「どこから来たの?」
「どこから来たの?」
わらわらと囲まれ、さすがに戸惑う。
確か、隠密に行動しろと言われて・・・
「だーかーら、言ったろ?
ちょっと見たいとかそんな好奇心で、なんで森から抜けちゃうかね」
私の横で同じく童子たちに囲まれ、ため息をつくグーデリアン。
NAGUMOの資料は少ない。
敵対しているせいか、隣国であるにもかかわらず謎が多い。
どうせ来たのならこの目で確かめたいと、森の中を歩いて城に向かえという計画書から外れてしまった。
それを強行したのは私、だ。
「あー、私たちは、その・・・」
何か言った方がいいのかと口を開けたとき。
ドドーン
大音響と共に地が震え、童子たちは立っていられず地面に次々倒れこむ。
「・・・始まったな」
私の肩を抱き寄せてくれていたグーデリアンが、頭上でポツリともらす。
振り向けば、私達が目指す城があるとされていた方向から土煙が幾つも立ち昇っていた。
「ウワーン」
「痛いよ〜」
膝や肘を擦りむき泣き出す童子たち。
点在する家の扉が開いて、そこから大人たちが走ってくるのが見えた。
「この国のことはこの国の人間に任せて、オレたちはあっちに行くぜ」
返事を待たずに右肩に荷物のように担がれ、ありえない速さで周りの風景が私の横を走りぬけていく。
「おい!
グーデリアン!!」
全く耳を貸さずに走り続けるその背を何度叩いても、森に入るまでその速度が緩むことはなった。
このとき、もしグーデリアンの顔が見えていたら。
思いつめたどこか遠くを見る瞳を覗いていたら。
ことの重大さを、私も少しは自覚できていたかもしれない。