第一章 



「なぁ〜、早く帰ろうぜ〜」
耳元で、何度も何度も、何度も何度も、しつこく繰り返される言葉。
それを無視し、私は足元に視線を落としたまま決まりごととなっている口上を述べ続けていた。
「・・・女王様に置かれましても、ますますこの国の発展のために御尽力され、どの地に赴きましてもその賞賛の声が・・・っ!」
しつこく絡んでくる相手に、今回だけは我慢しようと天神にまで誓いを立てていたというのに!
膝を地に付けこの大国AOIを統べる女王に挨拶する間、後ろからずっしりと体重をかけるように覆いかぶさられ、耳元でごねられているくらいなら我慢も出来た。
が。
首筋をゾロリと舐められ、さすがに我慢も限界を突破した。
「き、さ、ま、は!!
さっさとここに座って膝を折り、頭を垂れろ!」
この場が王座の間であることも頭から消し飛び、その不埒極まりないバカの手首を掴もうとして空振りに終わる。
「AHAHAHA〜」
私の手を軽く交わし陽気に笑う、一見ただの人間にしか見えない、いや、ただのバカにしか見えないものを苦々しく睨みつけた。
「やーだよ、ハイネルちゃんってば!
なんでこのオレが、こんなちっぽけな人間なんかに膝曲げなきゃいけないっての?」
黄金の髪を軽くかきあげ、見るもの全てを吸い込むような青い瞳で王座に座る女王を映す。
「許可無く女王を直視するな!!」
あまりの無礼ぶりに、このバカの耳を引っ張り元の位置に座る。
「お前もここに座れ!」
膝を折る体勢になんとかさせようと、両腕を捕らえてしゃがませようとしていたら。
「あっれぇ?
ハイネルってば・・・」
「?」
名を呼ばれ、思わずなんだとバカを見あげてしまった。
実際は、尋ねる間もなくその太い両腕で逆に抱き寄せられ閉じ込められる。
「さっきまでなんとも無かったのに、なんでケガしてんのさ」
呆気に取られている私の右手を取り、その指先に口元が近づけられる。
そこには、この王座の間に入るための白ローブを身に纏った際、留め具で引っ掛けてしまった薄い傷があった。
「バ、バカモノッ!!
放せ、グーデリアン!!
制止の声も全く聞かず、熱い舌で何度もその傷というのもおかしな薄い線をなぞられる。
「やめんか!!」
そればかりか、指ごと口に甘く含まれ動揺してしまう。
ま、周りの視線を気にしろ!!
暴れても、睨みつけても、このバカは。
腰にまわした左腕を緩めることなく、私の指先の治療に瞳を閉じた状態で専念していた。
この王座の間にいるのは、ざっと目測で40名ほど。
壇上の王座におられる今日子女王。
その右を守る大臣と、左を守る大将軍。
檀下には、私同様召集された召喚士が15名。
後のものは、この部屋を警護する兵士たち。
あるものはため息をつき、あるものは眉間にシワを寄せ、この行為が終わるのをひたすら待っていた。
ち、沈黙が痛い。
チュッと音を立てて指先にキスをし、この場を読めぬバカ、グーデリアンが私の拘束をやっと解いてくれたのは、私が青ざめるのを通りこし冷や汗をかき始めた頃だった。
「ダメだぜ、ハイネル。
ちょっとの傷でも、人間はよわっちぃから死ぬってお前が言ってたんじゃないか」
「だーまーれー!!
私が以前言っていたちょっとの傷とは、矢で射抜かれたり、壁の下敷きになったり、そういったことで出来た傷のことだ!!
こんなかすり傷にもならない傷が・・・」
指先を見ると、すでに治癒されたそこには跡さえなかった。
ニヤニヤ笑うグーデリアン。
・・・わかっているとも、あぁ、わかっては、いるとも!!
ヤツが、何を言わせたいのか!!!
怒りで肩を震わせながら、なんとか口にしてみる。
「・・・ありが、とう」
「いいってことよ!!」
AHAHAHA〜と気楽に笑うグーデリアン。
ここが王座のまで無かったら、その口を摘んで空っぽの頭をしこたま殴ってやるのに!
「・・・もう、終わったかしら?」
頭上から落とされる呆れた声。
女王のその声に、慌てて姿勢を戻し、ずれかけたメガネの位置も整える。
立ったままのグーデリアンは、この際無視。
「いつ見ても仲のよろしいこと。
召喚士と召喚獣の性は相反するのが常識でしたのに、それを初めて破ったペアだから見慣れなくて特別そう見えてしまうのかしら?
召喚獣グーデリアン。
制御不可能というのは聞いていますけど、ここに来たくないのなら、出て行ってくれてかまいませんのよ?」
やんわりとだが、かなり怒りに近いオーラをはらんでいる声。
言われた本人は、ケロッと言い返す。
「お前がハイネルへの呼び出し自体しなけりゃ、オレだってこんなとこに来ないっての!
ここにオレを来させたくないんなら、ハイネルを呼ぶなって何回言わせんだ?」
・・・あ、頭が痛い。
己の膝から視線を上げることも出来ず、早くこの時間が過ぎればいいのにと思っているのは私だけではないはずだ。
私が召喚士として召集を掛けられるたび、繰り返されるこの会話。
「・・・何度も、何度も、言いますけど。
この国の召喚士である以上、召集には必ず従っていただきます。
あなたが、この国の者と契約を交わしていなければ良いだけの事でしょう。
ここに来たくないのなら、さっさと他の国で契約を交わしてきなさい」
「オレも、何度も何度も言うけどな。
オレは、あんたに指示される筋合いはない。
いい加減に分かれよ。
さもなくば、消すぞ?」
グーデリアンの右手のひら数十センチ上の場所に、突如現れる大岩。
王座の間に影が差し、周りの空気が一瞬にして凍りつく。
「しょ、召喚獣を呼び出しなさい!!」
「ダメです、女王様。
ハイネル氏がいる場では、このもの以外の召喚は不可能です」
「今もそうかなんてわからないでしょう!?
誰か試しなさい!!」
「落ち着いてください、女王様!!」
混乱する王座を、ニヤニヤ笑って見上げているグーデリアン。
一国の王相手に、遊んでいるな・・・
周りの兵士は召喚獣の力を理解しているため、下手に手出しも出来ず固唾を飲んでこの状況の好転を願うしかない。
手に剣や槍を持ってはいるものの、グーデリアンに向かって構えることはなかった。
「何をしているの!!
早くなさい!!」
女王の甲高い声に、他の召喚士達は召喚呪文を繰り返しては見るものの目の前には何も現れない。
私が召喚士になってから、召喚のたびに何度も繰り返されている王座の間でのやり取り。
前回の召集で、初めて大岩まで出したグーデリアン。
皆が驚いている間に、王座に向かってそれを躊躇なく投げこみ危うく女王に怪我をさせるところだったのだ。
前王が女王にも非があると言ってくださらなければ、召喚士である私が処刑されていた。
今回も同じことをさせるわけには行かない
「グーデリアン!!
早くこれを消せ!!」
立ち上がり、グーデリアンが出した大岩に触れる。
表面から零れ落ちる砂が、手から伝わるその重みや質感が、それは幻ではなく本物の大岩であることを伝える。
私の身長よりもはるかに大きな岩。
それを、軽々と呼び出して支配するグーデリアン。
もともと召喚士として学んだことの無い私では、やはり荷が重いのだ。
自分のしたことの非礼ぶりを全く感知せず、
「どうした?
まだ痛むのか???」
大岩を消し去り、能天気に私だけを心配するこのバカにもう1度ため息をつく。
人と変わらぬ外見を持ちながら、人が持ちえぬ力を持つもの。
別の世界に生息し、契約を交わした人間―召喚士との交信に従いこの地に姿を現す種族。
召喚士になるためには、召喚種族の知識はもちろん、そのものを魅了するだけの突出した何かをもたねばならない。
そして、その力を悪用すること無く、この国のルールを理解し良い方向に行使するのも役目のひとつであるのだ。
けれど・・・
「気分が悪いわ!
あとはあなたがやりなさい!!」
王座では、ようやくパニック状態から落ち着いた女王が大臣に指示を出していた。
「わかりました」
恭しく頭を垂れる大臣。
この大国AOIの秩序を守るべく、召喚士たちを束ねる方だ。
すでに六十を過ぎて実戦から遠のかれてはいるが、『金』と『火』をそれぞれ属性とする二頭の召喚獣と現在も契約されている。
世界中の書物を読み解くことの出来る知の賢人。
「では、まずあなた方に今回の緊急招集について説明を行いましょう」
いつも穏やかな瞳に緊張が見えた。
そして。
その口から知らされる世界の現状。
ざわめく召喚士たちを尻目に、グーデリアンは背中合わせになった私の背に体重を預けて寝始めていた。





「・・・やはり、というべきか」
「それほど深刻だったとは」
女王と大臣たちが去った王座の間で、誰とも無くため息を落とす。
私はため息こそつかなかったが、重大な内容だけに気が重かった。
「みんな、深く考えすぎよ」
その場の重い空気を払拭する明るい声。
全員の視線がその一点に集中する。
召喚士が王の間で謁見を受ける際、着用を義務付けられる白いローブ。
それを特別に女性ということでピンクに染めることを許された少女、アスカ。
アスカは、召喚士最年少であるにもかかわらず笑っていた。
「別に国同士の戦争を始めるわけじゃないんだから!」
腰まで伸びた黒髪を靡かせながら、深刻な面持ちの召喚士たちの肩を叩いて回る。
「いつも自信満々で、自分の召喚獣は最強だって言ってるじゃない!
しっかりしてよ、先輩方!」
最後に膝を折ったままの私の横で止まると、肩を叩く代わりに顔を覗き込まれ、ねっ!と微笑まれる。
召喚士の中でも、私が唯一彼女の後輩に当たるからだろう。
「そうだな」
なんとか微笑を作る。
それを見ていたほかの召喚士も、お互いの気持ちを奮い立たせる気になったようだ。
お互いに声を掛け合い、それぞれ負かされた任務のためにこの場を去っていく。
「ミス・アスカ。
あなたは、不安ではないのか?」
他の召喚士が去った後、そっと尋ねる。
「大丈夫よ。
私たちはあの国みたいに無理やり従わせているわけじゃないわ。
召喚士が弱ったとたんに、召喚獣に攻撃されることもないし。
なにかとんでもない事態に陥ったとしても、ちゃんと守ってくれるもの」
私の背中で未だに目の覚めないグーデリアンを見下ろす。
「ハイネルさんにグーデリアンさんがいるように、私にもいるのよ」
紹介するわねと前置き、私が止める間もなく彼女は右手の人差し指に輝く黄金の指輪にキスをしてから召喚呪文を唱え始めた。
「わが名はアスカ。
この地とかの地を結ぶ風よ。
この声、この願い、かのものに運べ。
わが契約獣、ランドル召喚!!」
しばらくの沈黙。
けれど、どれだけ待っても何も彼女の前に姿を現さなかった。
「あっれ〜???」
戸惑うアスカ。
「私のせいだ、すまないミス・アスカ。
どうやら私はもともと召喚士を望んでいなかったせいか、これ以外の召喚種族には嫌われているのだ」
背中に体重を預けたまま、未だに寝こけているグーデリアンに目をやる。
「前回の王の間でもそうだったが、敵味方関係なく、私の前で召喚呪文が成功したことは一度もない」
「そうなの?」
アスカは首を傾げる。
「私が契約しているランドルも、あの女王様とは仲があんまり良くなかったのよ。
だから実はあのとき、きっと来ないだろうなって思って召喚試してなかったの。
ランドルは気難しい『金』属性の中でも、貴族にあたるハイクラスなの。
でも、綺麗なものには目が無いし、今なら戦いの場じゃなくても来てくれるかなって思ったのに・・・」
意味のわからない理由に私の方が首をかしげる。
「意味が・・・」
「やっだー!
ハイネルさんってば!!
ハイネルさんも私と一緒で、『魅力』で引きつけちゃったんでしょ?」
バシバシと肩を叩かれ、その揺れと甲高い彼女の声で背中のグーデリアンが起きた気配。
「うるっせぇな〜」
明らかに不機嫌に曇る声。
「ちょうどいいわ!」
アスカは立ち上がったグーデリアンに話しかけ始めた。
「ハイネルさんって、女の私から見てもとっても綺麗だもの。
あなたも、それに惹かれて契約したんでしょ?」
頭二つ分以上の背の差。
それよりも広がる力の差。
それに全く臆することなくアスカは語りかける。
てっきり無視すると思っていたが、めずらしくグーデリアンは寝起きにも関わらずその話題に乗り始めた。
「それだけじゃないけどね〜」
機嫌がよほどいいのか、頭に被っていたデンガロハットを指先でクルクルまわし始める。
「でも、あなたってすごいのね!
召喚士のコマンド無しで、召喚獣が勝手に術を行使するなんて聞いたことも無いもの。
あなただけじゃないかしら?」
「ま、ね」
私以外のものと、グーデリアンがこれほど上機嫌に話しているのはめずらしかった。
私が他の召喚士や人間と話すのを徹底して嫌がるグーデリアン。
そのためか、グーデリアン自身も私以外の誰かと話すこともほとんど無かったのだ。
他の召喚士とは違って、アスカとだけは召集の度に挨拶程度は交わしていたようだが・・・私がアスカに近づくことは全く許してくれなかった。
私にとっては、今回が他の召喚士と話をする初めての機会だった。
「召喚士が、他の召喚獣と話すのってお互いの相手が嫌がるでしょ?
先輩方は先輩方で、ハイネルさんたちの常識破りな召喚形態をよく思ってないし、皆の前では正直話しかけづらかったのよ。
私の幼馴染でハヤトって言う子がいるんだけど、その子、ハイネルさんと一緒の『地』の召喚獣と契約したいみたいで。
ハイネルさんとグーデリアンさんから、なにかアドバイスもらってきてくれないかって前から実は頼まれていたの。
でも、ほかの召喚士ってけっこう修行とか勉強とかしてなってるけど、私とハイネルさんは別でしょ?
アドバイスも無いんじゃないって一応断ってるから、特に無かったら気にしないでくださいね。
今召喚契約している召喚士の中で、特別な修行も勉強も無しに偶然契約してる特例って私たちだけらしいし」
良くしゃべる子だなと圧倒されていた私の耳に入ってきた単語。
・・・偶然契約!?
その言葉に、強く反応してしまう。
突出した能力を高めなければなれない召喚士。
自分のような例が他に居たなんて!!
思わず掴んだアスカの両肩。
驚くアスカを覗き込み、尋ねる。
「君も・・・」
「はーい、そこまで!」
私の両手首をグーデリアンの手のひらが包み込み、その肩から簡単に引き離される。
「おい、離さんか、グーデリアン!!」
「だめ!」
即答。
一歩下がらされ、アスカから距離をとらされる。
「うわ〜
ランドルもかなり独占欲強いけど、私が嫌がったらよほどのことが無い限り行動を遮ったりしないわよ?
まったくそっちの世界に帰らずに、もしかしてここに居るの?」
半ば呆れた声。
「そっちの世界??」
わからない単語を反芻する。
「・・・え?
私、どっちに驚いていいかわからない状態なんだけど・・・ハイネルさん、教育受けてないの・・・?」
「召喚士登録させられたときの講習のことだったら、受けていない。
このバカが、行かなくてもいいと勝手にキャンセルして、無理やり武者修行だと旅に連れ出されたのだ」
そのときのことを思い出し、眉間に皺が寄る。
「キャンセルって・・・出来ないはずよ?
受けなかったら、いろいろな面で優遇されるこの召喚士の証はもらえないもの」
右手首につけられた自分のブレスレットを指すアスカ。
大国AOIの紋章を金で彫刻し、召喚獣の五属性を表す青・紅・黄・白・黒それぞれの色に擬えた宝石がはめ込まれた白いブレスレット。
「いや、それならここに・・・」
同じ仕様のそれを見せる。
初めての召喚士招集の際、この城で大臣から直々に手渡された。
装着も義務だと説明を受けているため、常に右手首に嵌めている。
「・・・」
「・・・」
お互い、答えの出せない疑問符に固まるのがわかる。
先に口を開いたのは、アスカの方だった。
「・・・ハイネルさんは、私以上に特別ってことね」
私にというより、自分に言い聞かせるような口調。
自分のブレスレットを左手のひらで包み込み、下唇をかみ締める陰りのあるその表情。
何か、重いものを背負っているのか・・・?
どういう意味だと尋ねるよりも、グーデリアンに引っ張られるほうが早かった。
「さっさと行こうぜ、ハイネル」
「おい、こら!!」
去り際に振り返ると、視界の隅で手を振る彼女が見えた。
その顔には翳りはなく、見慣れた笑顔がそこにはあった。



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