50(フィフティー):(:)50(フィフティー) 〜水の末子〜
序章
この世界における召喚士は、2種類に大別することが出来る。
従える者と従わせる者。
これは、召喚士と召喚されるものとの関係の違い。
共通しているのは。
そこに「対等」である関係は成立しないということだ。
序章
そこは、闇。
三方を荒く削り取られた岩壁に囲まれ、残る一方も頑丈な鉄格子の扉で外界から閉ざされた地下牢。
鉄格子にも岩壁にも、闇の中でも青白く光る文字が描かれた札が何枚も貼られていた。
窓ひとつないかび臭いその場所には、マントと思しき体に纏った布切れごと、幾重にも鎖で縛り上げられ、壁に四肢を繋がれたものがいた。
扉の向こう側に設置された蝋燭の灯火が、ボンヤリとその牢内を照らしている。
頭にもマントを被せられ、うつむくその表情も闇に溶け込んでいた。
照らされた光で、時折浮かび上がるその喉に刻まれた一文字。
その傷は深く、そのものが声までも奪われていることが見て取れた。
そして。
その束縛された姿とは不釣合いなほどに、青く輝く宝珠がその胸元では淡い光を保っている。
堅く瞳を閉ざし、全体重を鎖の拘束に任せたまま微動だにしないそのもの。
その空間では、そのものの息遣いと時折鎖の擦れあう音だけが全て。
そのものは。
何年も何年も、十年を越えて、そこに繋がれていた。
声も力も奪い取られ、ずっとそこに繋がれていた。
この場所に来るのは、そのものをここに拘束したものと。
「よ!来てやったぜ!」
扉も開いていないのに、物音ひとつさせず、たった今、牢の中央に現れたこのものだけ。
この場にそぐわない陽気な声。
現れたものは、地面に足をつけることなくそのものの前で宙に浮かんで立っていた。
暗がりの中、蝋燭の光を反射して光る耳元の三角形ピアス。
オレンジのメッシュが入った緑の髪と背中まで伸びた黒の三つ編。
黒いマントを身に纏った彼は、クルッと回転し牢の中を一望すると、
「いつ来ても、辛気くせぇとこだよな〜」
大仰に顔をしかめた。
『なにかあったのか?』
驚く素振りを見せない束縛されたもの。
切り裂かれた喉ではなく、直接相手の脳に思考を送り込む。
「とうとう動き出したぜ、やつが。
王の命令を受けながら、あいつが実行に移していなかったからこそお前もここに居れた」
拘束されているはずのそのものに、彼は「ここに居れた」と確かに告げていた。
「こんな子どもだましの札も、その形ばかりの鎖も。
成長したあんたには何の障害にもならない。
あいつがここに来て大事になるまでに、さっさと抜け出して帰ったほうがいいんじゃねぇの?」
地面から十数センチの距離を保ったまま宙を歩き、彼は扉に貼られた札を間近で眺め、鼻で笑った。
彼が札に目を向けただけで、それは簡単に扉から離れヒラヒラと重力に逆らうことなく扉の向こう側に落ちていた。
それに呼応するように、牢内の全ての札が効力を失い、文字から光が失われていく。
『・・・それは、出来ない』
鎖に体重を預けたまま拘束されたものは首だけを左右に振った。
鎖の擦れあう音が牢内に低く響く。
「ったく、ほんとうにお前さんとこの一族はおっかしぃんじゃねぇ?
自由より拘束なんて考えられねぇ!!」
その答えを聞いた彼は、参るぜと肩をすくめる。
後ろで一本に束ねられた黒髪の三編みも、それに合わせて上下に揺れていた。
『オレはあの人の傍に居すぎた。
気持ちがシンクロしすぎて、頭では分かっていても傍にいたいと考えてしまう。
これは、オレの一族の性だから仕方ない』
「何度も、何度も言うけどな!」
彼は苛立ちを隠せず、大またで拘束されたものの前に戻ると声を荒げた。
「お前さんがここに居るせいで、お前の一族はあっちの世界からこの国にしか出られず、外の世界はえっらいことになってるんだぜ!?
しかも、その影響が出てきてオレ達の世界もかなりやばいことになってるんだ。
均等だったパワーバランスが崩れてきてる。
ここ数年、危険を感じてこっちに召喚されようとするもんが後をたたねぇ。
お陰で、あっちの世界じゃ種族によっちゃ存続の危機だ。
特にお前さんがここに居るせいで、中途半端な立場を取らざるを得えない『水』のやつらはかなり深刻だぜ?
どんだけねばっても、やつが動き出したら・・・どんな形であっても、お前さんはここを離れることになっちまうのはわかってんだろ?
どうあっても離れちまうんだったら、被害が少ないうちに・・・」
『できない』
拘束されたものは、口元に微笑さえ浮かべていた。
『もう、遅い』
顔を上げ、堅く閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
闇に浮かぶ一対の紫の瞳。
その途端、四肢を拘束していた鎖がその体の上で四散し床にバラバラと音を立てて落ちる。
彼はそのことに驚くことも無く、拘束されていたものの瞳から目を離さない。
「どういうこった?」
真意を探ろうと目を細め、そのものの答えを待った。
そのものは、鎖の拘束から開放されたことで彼と同様宙に浮かんでいた。
彼の前まで宙を歩くと、頭を覆っていた布を外し、全身を包み込んでいたマントから右腕を出してみせる。
「・・・病、か」
蝋燭の炎でわずかに照らされるその肌。
それは、闇の中でも明らかに黒ずんで見えた。
『成獣の力も持たず、オレはこの世界に来てしまった。
今更ここに彼が来て、向こうに帰ったとしても・・・オレはどうせ助からない』
「・・・あんたの種族は白い肌がなにより特徴だった。
それなのに・・・」
その腕を迷うことなく捕らえ、彼はため息をついた。
「こんなに黒くなっちまって・・・」
チッと舌打ちをする彼に、
『オレの命も、もうわずかだ。
あれが動き出したというのなら、あの人の望むままここに居続けることより、あの人の傍で死ぬことを選ぼう』
そのものは、あっさりと自分の希望する最期の姿を突きつけた。
「あの、ヒト・・・ね」
捕らえていた腕を放し、顔をしかめる。
「たかが人間だろ?
そいつにお前がしたことは、ここに拘束し、お前の種族を操ることだ。
そんなやつの傍に居たいなんて・・・種族の誇りも失っちまったのかよ!?
それに・・・その行動が何を生むか分かってんのか!?」
拘束されていたものは、苦笑して、けれど揺ぎ無い瞳で。
自分の孤独を時折埋めに来てくれていた友に告げた。
『・・・すまない』
しばらくの沈黙。
その目が彼から逸らされることはなかった。
その決意が覆らないことを知った彼は、ため息をひとつ。
「オレに、何かしてやれることは・・・ないか?」
『お前まで、巻き込むわけには・・・』
断ろうと紡ぎ出した言葉が、己の胸元で輝く宝珠に目を落とした時点で消えていく。
「あるんだな?
オレのことは気にすんな!
他のと違って、自由が売りだ。
多少関わってもたいした罰は受けねぇ」
ならば・・・と続けられた言葉。
その内容に、動揺を隠せない彼。
それが、始まり。