右近本人に悟られぬよう妹探しに手を貸そうと始めた「花見の座敷」、そこでの丁半博打では儲けは二の次、とにかく右近が目立つように思い切り趣向を凝らした。朱塗りの盆に波蒔絵の壷、六色の面を持つ賽、葡萄葛(えびかずら)の袷に千鳥格子の帯をキュッと締めた右近からは普段の清潔感が程よく抜けて、その代わりにほのかに漂う色気が、やがてさらされる白い肌の桜吹雪を一層鮮やかに惹きたてる。

 縁側に出て煙管を吹かしながら見るともなく右近と客の様子を眺めているうちに、何かが引っ掛かった。

 見栄えの良さならば言うことの無い右近だが壷振りとしては素人同然、客として招く相手も素人、もとより儲けは二の次であればイカサマなどを仕掛ける手間も考えず、素人同士がお互いに壷を振り合って当たったの外れたのと楽しんでくれればよいと思っていた・・・が、何かが自分の思惑と違う動きを見せている。



 右近と客は、お互いに壷を振って勝ったり負けたりしている。

 今も、右近が振って出た目を客が当てたところだ。

 そして、次に客が振る。

 右近が当てる。



 右近が振る。客が外す。

 客が振る。右近が当てる。

 右近が振る。客が外す。

 客が振る。右近が当てる・・・右近が振り、客が当て、客が振って右近は当てる。



 ちょっと待て。



 何かおかしくないか。



 そう思って見ていると、その後3回振り合った結果、客の勝ちが1、負けが2だったにも関わらず、右近は全て勝っている。

 右近が口を開こうとして客が待ったをかけ、壷を伏せた盤の下に手を差し入れて、もう一方の手で壷を押さえたまま盤を一度引っくり返して置き直し、賽の目を変えるという荒業(あらわざ)をした時も、右近は慌てることなく涼しげな顔で当てていた。

 偶然にしては出来すぎている。

 何を手がかりにしているのかは見当がつかないが、右近は壷の中にある賽の目が半か丁か分かるのではないか。もしそうならば、この先思わぬ大金を稼ぎ出してくれる予感は十分にあるが、この場ではそう手放しでも喜べない。

「まずいな」

 客もそこそこ当てているので、右近が丁半を絶対外さないということにはまだ気づいていないようだが、このまま続けていればきっと怪しまれる。

 イカサマ博打の印象がつかぬうちに止めさせなければ、繰り返し座敷をかけることが難しくなる。



 今日のところはこのへんで止めておいた方が良さそうだ。



 縁側から隣の間に控えている芸者たちに目配せすると、忍び笑いのようでいて華やかな嬌声が沸き起こる。そして、中でもいちばんの別嬪が心得たとばかりに右近と客の居る座敷の襖をほんの少し開け、そこから縁側に居る名雲屋へ声をかける。

「ねェ、名雲屋の旦那ァ。早う呼んでおくれでないと、人目につかぬうちにこっちの桜が散っちまいますよゥー」

 不意に聞こえてきた艶(つや)っぽい声に、思わず顔を上げる客。

 その動きを逃さず、名雲屋が軽く手を打つ。

「ではご隠居、桜吹雪もさることながら、今を盛りの花見の座敷と参りましょうか」

 名雲屋の言葉を合図に襖が開け放たれて、次々と入ってくる芸者たちが客を取り囲むようにして連れ出していく。

 先ほど声をかけた姐(ねえ)さんが三味線を弾き、自慢の喉を披露して粋な長唄が流れてくる。

「・・・右近様も、たまにはご一緒に如何です?」

 諸肌脱ぎにした着物の袖を直す右近の前に膝をつき、桜吹雪が見え隠れするくらい襟を緩く整えながら誘ってみる。

「いや、それがしはここで」

「左様でございますか、ではいつものように膳をこちらへ用意させましょう」

 断られるのは承知の上、自分が緩めた襟を右近が合わせ直すのを手伝うように手を下ろし、右近の膝の前にある壷に賽を転がす。

 ・・・カラカラカラカラ

 右近は名雲屋の動きを気にするふうでもなく、後ろに置いてある刀を取ろうと半身をひねる。

 構わず壷を盆に伏せる名雲屋。

 コロコロコロン。

 刀を取ってこちらに向き直った右近と目が合う。

 用心棒の顔に戻りつつある右近の表情は、しかしまだ勝負師に似た匂いを残しており。

 澄んだ瞳に潜む挑発的な色を隠すように瞼を閉じても、口元には自分を試そうとしている相手に勝つ自信が、微笑となって浮かんでいる。

「丁、・・・一(ピン)ゾロの丁」

「一(ピン)ゾロの丁にございますか?」

 思わず聞き返す名雲屋。

 自分の問いかけに答えるかのように瞼を開いた右近の両眼に宿るのは、勝負師の余裕。半か丁かを当てるのをこちらに見越されていると察して、それより更に上の勝負をかけて勝ってやるということか。



これは面白い。

 意外と負けず嫌いなのだな。



 それにしても、右近が壷の中を見通す千里眼でも持っていない限り、

 まさか賽の目までを当てることなど出来るものか。



 半信半疑で壷を開ければ、朱塗りの盆の上に綺麗に並ぶ賽ふたつ、揃って白地に赤の丸ひとつ、一(ピン)ゾロの丁。

「・・・・・・一(ピン)ゾロの、丁・・・」

 これは、

 これは一体何事だ。



 久しぶりに驚いた。



「お見事にございます、右近様」

「いや、お褒め頂くほどのことではござらぬ。ただのまぐれにござる」

 謙遜する右近の爽やかな笑顔からは何の後ろめたさも感じられない。

 そうすると、やはりまぐれなのか。ただの勘働きだけであの余裕を見せていたとあれば、大したハッタリだ。それこそ勝負師と言うべきか。

「まぐれでも何でも、賽の目まで当てなするとは大したものでございますよ。壷を振る姿もサマになっておいででしたしね・・・とても素人とは思えませず」

 そう、

 道具立てや衣裳など、上っ面(うわっつら)をいくら整えたところで本人に馴染みがなければどこかしら浮いて落ち着かないものだが、右近からはそんなぎこちなさは微塵も感じられない。寧ろ、桜吹雪を背負った右近には、今のちょいと色っぽい壷振り姿の方が普段の地味な浪人姿よりも似つかわしく、その所作も板についている。

 江戸に流れてくるまでに、どこぞで手ほどきでも受けたのか。

 浪人とは名乗っていたが、幼い頃に両親を無くし、妹とも生き別れ、桜吹雪の紋々を背負って生きて行くには、日の当たるところばかりを歩いてもいられなかっただろう。

 いずれにせよ、

「ご隠居も随分と楽しまれたご様子、右近様さえよろしければ、これからもよろしくお願い致します。それから、」

 客の残していった金を一掴み、右近の懐に入れる。

「これは右近様の取り分にございます」

「何を申される名雲屋殿、それがしは用心棒として既に手当てを受け取っておるゆえ、これは頂けぬ」

 驚いて金を取り出そうとする右近の手を軽く押さえ、笑顔で首を振る。

「用心棒は用心棒、壷振りは壷振り。これが名雲屋の筋にございます。金はいつ入用(いりよう)になるやもしれませぬゆえ、どうぞお受け取り下さいまし」

 

「オヤオヤ、名雲屋の旦那。何もここで桜吹雪を散らせるこたァないンじゃござんせんかい?続きはお屋敷でやっておくんなさいよ。ご隠居があちらでお待ちですよ」

 膳に酒と肴を載せて入って来た姐さんが、名雲屋が右近の手を押さえるのを見てからかうように声をかける。

 咄嗟に言い訳をしようとする右近を制するように、笑顔のまま立ち上がる名雲屋。

「ちょうど良かった菊千代姐さん。こちらが初(うぶ)な御方で、姐さんがあんまり別嬪すぎて逃げ腰になったのをこの名雲屋が姐さんのために捕まえたところにございますよ」

「あら、そいつァ有難う存じます。何しろこちらは名雲屋の旦那がお連れになる方にしては珍しく水も滴るいい男、ご挨拶のひとつもしとうござんすからねえ」

 隣の座敷へと向かう名雲屋を嫣然(えんぜん)と見送り、右近の横に腰を下ろす菊千代。

「お初にお目にかかります、菊千代にございます。どうぞ、ご贔屓に」

「それがしは稲垣右近、名雲屋殿の用心棒にござる」

 生真面目に姿勢を正して名乗る右近を楽しそうに眺めながら盃に酒を注いで渡す菊千代、その盃を受け取って口に運ぶ右近の所作は丁寧で品が良く、それでいて葡萄葛の袷を少し着崩した風情がどこか艶(つや)っぽい。

「用心棒だけにしておくのは勿体無くなっちまったのかねえ、名雲屋の旦那は」

「え?あ、ああ、いや、常にはこのような派手な格好はしておらぬし、壷を振るのも今宵が初めてにて」

「そんな慌てなくッたっていいンですよ、稲垣様。名雲屋の旦那の気まぐれはいつものことでござんすからね、たぶん稲垣様の桜吹雪をご覧になってちょいと思いついただけでしょうよ・・・それはそうと、その桜吹雪はいつ背負いなすったンです?」

「これは・・・」

 

「菊千代姐さん、ご隠居がお呼びですよ」



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