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2008/10/31 (金) 仕事
どんな仕事につくのかは、誰にとっても悩みであり、またそれは思い通りにならない人生の象徴のようなものだと思います。今、25にもなってPh.Dコースなんぞにいますが、世間から見るとかなり特殊な進路であり、メリットデメリットを両方兼ね備えているから、それを決めるときにもそれなりの悩みがあったし、両親へどうしてもそうしたいんだと告げるのにもそれなりに苦心しました。自分は進路を決めるにあたって他人に相談することはあまり多くありませんでしたが、進路選択当時は研究室がどんどん論文出すっていうにはほど遠い状況だったtので、興味はあってもデーターがでるかどうかわからない、論文書けないかもしれないという不安が特に大きかったと思います。その後何度か死にたくもなったりしたんですが(笑)、結局今は結果もそこそこついてきて、楽しくやってます。論文は急がなきゃいけませんけどね。そして今は就職に関してはほとんど完全にアカデミック志向なわけで。 何よりもサイエンスは好きだし、まとまった美しい仕事がしたい、論文は必ず数式や論理的な考察を入れたい、たくさんの分析技術を取得したい、(自分が電気化学にいるせいか)有機化学合成ができなければ化学者じゃない、実験技術は何よりも重要、など挙げてみると結構な欲望と偏見の持ち主ですが、この前同じく進路で悩んでる後輩と話してて気づいた、多くの人にも誤解されているであろう事実は、がんばりや興味の根底には、自分が有名になりたい、誰かに認めてもらいたい、環境問題を克服して、人の約に立ちたいという欲望があることです。べつに「好き」だけで論文読んだり、実験したり、理論考えたりしてるわけじゃありません。もし、自分の考えや実験結果について誰にも相手にしてもらえなければ、おそらく興味を失うでしょう。多くのアカデミックで働いている人もそうだと思います。仕事の中身の質の高いのを認めてもらう、引用回数の多い論文を持っていることを認めてもらうなど、色々あります。そこに関する文系のひとたちの誤解が、日本企業の、発明者に対して相当な対価を払わない・・・という姿勢にもつながってるんじゃないかと思いおます。
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