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2007/06/14 (木) コンピュータの長老
研究室にある紫外可視吸光分光装置(UV-Vis)を制御しているパソコンが、ハードディスクの断末魔とともにこの世を去られました。カリカリカリ・・・ガツッ、ガガガガリガリゴゴゴゴ・・・で画面が真っ黒になって、〜ファイルが見つかりませんとか不良セクタがありますとか。使用頻度が高く(ほぼ毎日)、現役で動いている中では一番古いもので、FujitsuのFmV 5166シリーズ。1996年製で、OSはもちろんWindows95、CPUはPentium 166MHz、メモリは32MB、HDDは2.1GB、PCIスロットにはSCSIカードが入り、LANポートも搭載してます。ちなみに中学生だった僕が初めてパソコンを手にしたのも同じ時期で、NEC PC-9821V7、Pentium 75MHz、メモリ8MB(後に自分で増設して24MBに)、HDD 850MB(後に外付けで2GB追加)、ISAバスだったのに比べると、当時としてはかなりの高級機種だったはずなんです。さすが研究用途。今の性能と比べると、だいたい当時のハードディスクの容量は今のメインメモリくらいになってるし、当時のメインメモリがCPUの2次キャッシュくらいになってる。そしてCPUのクロックがマザーボードの基本クロックに・・・ とまあ喜んでばかりもいられないのですよ。高価な分析機器はそう頻繁に入れ替えるわけにもいかないのに、パソコンとの通信に使うインターフェースは次々と登場しては消え、更新されていきます。これも、PCIバスだったからいいものの、ISAだったら終わってたなぁ・・・と思います。
そういえば中学のときはあのPC-9821V7で色々遊んだなぁ。世界初のデジカメ、CASIO QV-10で撮った写真をフォトレタッチソフト(たしかMicrografx WindowsDraw)で合成・加工したり、パラレル接続の外付け33.6kbpsモデムを使ってインターネットやメールを経験したり、「一太郎6」で日記を書いてみたり。気象庁の衛星写真とか、NASAの火星探査機が撮った画像とか必死で見てたのを今でも憶えてます。そうそう、買ったソフトがうまく動かなかったので、メールで問い合わせたらDOS窓の操作を指示され、意味のわからないコマンドを打ち込んで自力で直せたときは感動したね(今思えばHKEY...というレジストリの変更)。でもあれ、買って2年ほどでスペックが低すぎてほとんどの新作ソフトが使えない状況になったので、よく使ってたようで短命だったのかもしれません。(今なんか5年半前のやつでもちょっと改造して現役で使ってるし)
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