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  tarosa's room (たろさ)
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日記


2006/10/17 (火)

まるで「虚構新聞」

 「虚構新聞」というサイトがあります。A新聞社のサイトに似せたつくりで、中身のニュースは全部ウソ。でも現実に「即した」ウソです。あまりのおかしさに読んでて腹の底から笑いがこみ上げてくるものから、世の中を風刺してて妙に感心させられるものまで多種多様で、楽しく読ませていただいています。ところが最近の北朝鮮関連のニュース。北朝鮮外務省が制裁決議を「宣戦布告と捉える」とか、「北朝鮮を崩壊させる米国のシナリオ」とか、「われわれの自主権と生存権を少しでも侵害するなら容赦なく無慈悲な打撃を加える」など。本物のニュースなのに、まるで「虚構新聞」を読んでるかのような感じにさせてくれる、そういう北朝鮮が不思議です。

注:虚構新聞へのリンクは、記事の内容をウソだと知らないで読む人を出しかねないので、あえて行いません。適当な検索エンジンで「虚構新聞」のサイトを探し、サイトの趣旨を理解してからご覧ください。


2006/10/15 (日)

原付にハイオクガソリン

 興味本位で入れてみました。ハイオクってのはガソリンの燃えにくさを示すオクタン価ってのが高いガソリンで、通常は圧縮比の大きい大出力エンジンを積んだ自動車に、耐ノッキング性を求めて入れるもんですが。私の原付は燃焼の制御なんてやってない旧式の2サイクル。エンジンかからなくなったらどーしようかと思ってビビッてたんですが、結果は全くの逆でした。まず、悩みの種だった、エンジン始動直後に出力が弱く安定しない・・・っていうのが無くなりました。そしてスロットルを大きめに開けたときの音も気持ち静かに。あとは35km/L程度だった燃費がどう変わるのかです。


2006/10/14 (土)

J-COMがタダ

 オーナーが金払ったとか何とかで、うちのアパートはケーブルインターネットがタダになりました。といってもつい半年前にNTT光に変えたばかりなのに。どうやらモデム取り付け工事は強制のようで、今日がその工事日でした。工事内容はテレビアンテナ線に分配器を通してモデムを接続、というごく単純もの。早速回線チェックしてみたところ、最高1.7Mbpsで、しばしば1Mbpsを下回ることも。まあ十分といえば十分なのですけどね。ちなみに今の光の環境は30〜40Mbpsあり、非常に安定しています。んで料金はプロバイダとひかり電話含めて4900円。光を解約するなら、電話をNTTアナログ回線に戻すとして、基本料が1200円アップ、通話料が3倍になるとして、差額は月々2500円安くなる計算です。でも光の環境ってあこがれだったんだよね〜。今の環境を月々2500円で買い続けるか、それとも回線の品質は犠牲にしてやめちまうか、悩みどころです。


2006/10/08 (日)

50円

 北千里の駐輪場は料金徴収が自動です。自転車や原付に施錠をして、3時間まで無料、それを過ぎたら150円または250円が加算されます。んで、今日その料金とやらを払う羽目になったのですが、250円を入れても「残金50円」の表示。返却口にも出て無いし、引っかかってるのかともう50円を投入。すると鍵は開きましたが、300円取られてしまいました。悔しいですが、50円だからいいかと諦めかけたところに目に留まったのはフリーダイヤルの電話番号。どういう対応になるのか興味があったので、帰って電話してみました。とめた時間とさきほど起こった事の一部始終を説明すると、すんなり信用しちゃって。。。ウソついてるとか、100円玉と50円玉を勘違いしてたとか、いろいろ可能性はあろうもんですが、とにかく郵便小為替という形で50円を返却していただけることになりました。ああ、たった50円のためにフリーダイヤルの電話代、郵送料、小為替の手数料を負担しちゃって、お気の毒。


2006/10/07 (土)

勉強会

 今日は京大で関西電気化学会の勉強会がありました。午前中は研究室に行き先生と実験のディスカッション、それが終わってから急いで阪急で京都に向かいました。良く知ってる京大の先生の、バイオ電池のはなしがおもしろかったです。負極の燃料の酸化と正極の酸素還元の両方を酵素で触媒することによって作動する、一種の燃料電池です。生体内で直列にすることができれば人工臓器の電源としても役に立ちそうですが。さてどうやるのでしょう。
 先週の土曜日に祖母が亡くなってから葬儀を済ませ、そのまま研究室に戻ったので全然休めずに、精神的にも肉体的にもかなりしんどい思いをしてました。でもようやくもとの生活のペースにもどれてきました。


2006/10/06 (金)

NOVAで

 最近にしては珍しく生徒二人の少人数レッスンでした。でももう一人の人レベル高っ!ヒヤリング完璧だし、語彙力あるし、何か完敗したなぁって思わされました。


2006/10/05 (木)

絵づらの全てがおかしい

こんな写真を見つけました。クマがバイクに乗ってるだけでもおかしいのに、それがさらに綱渡りして、バイクには人がぶら下がってるという光景。ありえない。中国四千年の歴史。
 記事の解説も変!?。「女性をぶら下げながらバイクに乗って綱渡りするクマ。」と、まるで「お土産を両手にぶら下げながら新幹線に乗って帰省する家族連れ」程度の扱い。クマがバイクに乗って女性をぶら下げながら綱渡りするのって、さらりと流していいほどに当たり前のことなんかい!


2006/10/03 (火)

大阪に戻りました

 午前中の新幹線で大阪に戻りました。一人ではなく、岐阜から来ていた叔母といっしょにです。1歳4ヶ月の子供を連れてますから、荷物持ちにということで大阪までは一緒に帰る事になりました。子供ってすぐに大きくなるもんですね。丁度1年前に会ったときとはすっかり変わって。お話こそしないものの、おもちゃとか車の種類とか結構語彙力あるし!。ああ、叔母さんより年の離れてる従兄弟。何だかなぁ。歳取ったなぁ。かわいいもんです。しっかしよく泣くし大変そうでした。おそらく自分も母を同じ目にあわせてたと思うと感謝の気持ちでいっぱいです。
 広島駅に行くとレールスターが満席。座席が広いし、多目的室の近くに席が取れればいいなぁとの思惑は見事に打ち砕かれました。その後ののぞみも二人隣の席は取れないとのこと。閑散期の平日なのに。もっと列車増やしてくださいよJR西日本さん。1時間に5本じゃ足りません。


2006/10/02 (月)

葬式の日

 母方の祖母の葬儀がありました。ああ、3日間色々ありすぎ。めまぐるしすぎ。親しい人が亡くなるってのが、物心付いてから初めてだったもんで、疲れ果てました。もちろん葬儀自体もその世話も。それにしても、世間じゃ誰それの死に目に会うとか会わないとか言いますけど、人が死ぬ瞬間ってのは、できれば居合わせたくないもんですよ。


2006/09/30 (土)

祖母が亡くなりました

10月6日に書いています。

 9月30日土曜日。朝早くに病院から電話がありました。母が電話に出て、こわばった声で応対してました。昨日から祖母の様態が悪いとのこと。祖母は進行性核上性麻痺というパーキンソン様の病気で1年間半前から入院しており、最近はほとんど体が動かず、話もほとんどできない状態でした。意識ははっきりしてましたけど、病院が母の家からも祖父の家からも遠いということで、週に2回ほどしか見舞いや世話に行かれず気の毒でした。電話を終えるとすぐに車で20キロほど離れた病院に向かいました。
 祖母は一般の病室から別室に移され、酸素マスクをはめられて、数日前に会ったときとは全く違ってました。肺炎で低酸素状態に陥っていました。そこの病院では設備上何ともできないので、祖母の家の近くの病院に転院する事が決まりました。私と母は点滴をしながらの救急車での搬送には付き添わず、荷物を持って車で向かいました。そのときの医者の話からして、死ぬなんて全然思ってませんでしたから、ちょっと悪い状態だけど(また再び)近くの病院に入院させてもらえてよかったと半ば喜んでいました。
 転院先の病院には救急車を見送って出発した私たちが何故か先に到着し、10分ほど待ちました。ところが運び込まれた祖母はすぐに心電図計を取り付けられ、そこからは不規則な拍動音とともにどこかで聞いたようなアラームが。全く突然のことに悲しいやら驚きやらでわけがわからなくなって、人工呼吸器を着けるか?と聞かれて、やっぱりその後の祖母にとっての負担と苦しみの事を考えると着けてくださいとは言えず、1分も経たないうちに心停止に至りました。物凄い悲しみと驚きの中祖父の家に行き、祖母が死んだ事を伝え、近所の人にも伝え、葬儀屋に行き、遺体を引き取りに行きました。私はずっと手足が震えていました。その後葬儀の段取りがありましたけど、今となっては何やってたのかほとんど覚えていません。初めて人が死んでいくところを目の当たりにした私にとって、その後の通夜、葬式、火葬という一連の儀式はおまけのように感じられました。


a-Nikki 1.06
Last Update: 2020/11/04 01:04:17