‖ 孤独の蟲 <4> ‖

・・・偽妄と真実・・・


「フィラ、いますか。」
 抑揚のないエステラードの声が、室内にあるパネルから聞こえた。
 フィラはその、不意に投げかけられた呼び声で、自己を取り戻す。
(自分は人形・・・なのに。)
 そんな疑問を持つ。
「今、開けます。」
 フィラはすぐにドアを開いた。
 エステラードが箱を5つ程抱えて立っている。
「主人から頼まれて、こちらにお運び致しました。入っても宜しいでしょうか。」
「どうぞ。」
 エステラードを招き入れ、ドアを閉める。彼は持っていた箱を床に置くと、フィラを振り返った。
「こちらの箱に入っているのが、本日着て戴く洋服の類です。」
 5つの箱のうち、特に大きい3つの箱を指し示す。
 それからエステラードは、残りの2つの箱を手にした。
「この箱に入っているのが、染料になります。他、必要な物も一緒です。それから、こちらの小さい箱が、アイディスになります。色は5種。好きな色を選択して下さい。残りの4種は処分するように言われておりますので、そのおつもりでどうぞ。」
「アイディスを、捨ててしまうのですか?」
 フィラは驚いて言った。
 アイディスと言えば、大手レンズメーカーが開発した新製品だ。肉眼に直接装着させる膜のようなもので、ゼル状のそれは無害である。洗浄も簡単で、水に浸す程度で済むというものだ。
 しかしまだまだ一般的な値段ではなく、製造上の単一コストも高い。
 それをポンと5色そろえて来た挙句、残りは処分するというのだから、フィラには理解し難かった。
 エステラードは無表情のまま、フィラの問いに答える。
「主人が処分するようにと仰いましたから、私はそれに従うだけです。」
「そう・・ですか。分かりました。」
 フィラは了承すると、その箱を受け取った。
 エステラードがそれを確認してから、他の箱の梱包を解き始める。
 洋服はハンガーに掛けて壁の縁にかけ、染料は鏡台にセッティングする。
 フィラはアイディスを選ぶように促され、その5色を眺めた。
 黒・翠・青・茶・紫。
 フィラは翠をさしたる理由もなく手に取る。久良の黒と対比されるような、その色。
「お決まりですか。」
 エステラードが声を掛けてきた。
「はい。これにします。」
 フィラが残りの4色を返すと、エステラードは迷わずにそれを部屋の隅にあるダストボックスに投げ入れる。バチン、と液体が爆ぜるような音がした。
(なんだか、勿体ないなー・・・・)
 フィラは、樫木が「無闇に物を破壊しないこと」と言っていたのを思い出していた。
 エステラードがフィラに歩み寄り、言った。
「今から支度に入ります。必要事項も承っておりますので、準備をしながらご説明させて戴きます。全ての手伝いは私がしますので、よろしくお願い致します。それから、何かご質問がありましたら、遠慮なく仰って下さい。インプットされている範囲ではありますが、お答え致します。」
 独特の機械音のような声が、淡々と言葉を紡ぐ。
 既に古いタイプのアンドロイドであるから、余計にそう聞こえるのかもしれなかった。

 まず、髪を染めにかかる。
 専用の液体を使わない限り、色が落ちない事を売りにしている商品だ。エステラードが手袋を嵌めながら聞く。
「どの色になさいますか。」
 箱の中には10色程の染料が入っていた。その中からフィラは、茶系を取り出す。余りに奇抜な色は、今後の職務に不向きであると考え、無難な色を選ぶ。
 茶系にもダークブラウンやバーントシェンナといった数種の色があったが、その中でもライトなものにした。
「では、座って下さい。」
 鏡台の前の椅子を引かれ、促されるままにフィラは腰掛けた。一人で準備は出来る、と言おうと思ったが、やめた。主人である久良からの言いつけは絶対だろうから、エステラードが引き下がるとも思えなかったからだ。
 エステラードは無駄な動作なく、染料を手に取り、同時に説明を始めた。
「リスト社は、表向きとしては取引会社ですが、実際はライバル企業です。今回の晩餐もリスト社の方からのお招きですが、恐らくこちらの動向を探る目的と思われます。ですから、軽率な発言は控えるよう、お願い致します。また、リスト社の社長ですが、なかなかのやり手と噂も高い人物です。若干35歳という若さですが、会社の全てを牛耳っているという話です。もし探れるようでしたら、向こうの意向を逆手に取ってみろ、と主人が仰っておりました。」
 フィラは自分の性能を試される事を、確信していた。今日の会合で、リスト社から何を引き出せるか、それが久良の与えたフィラに対する課題のように思えた。
 髪はすぐに染め終わり、塗れたタオルで額や首筋についた染料を落とす。ドライヤーで髪を乾かすと、フィラの金の髪は綺麗なライトブラウンに変わっていた。
「多少、髪を切ってもよろしいですか?」
 訊かれてフィラは頷いた。エステラードは少々長めのフィラの髪を切り揃える。横髪を後方に流すようにセットして、取りあえず終える。
 時計は既に4時を指していた。
「身体に、機械と分かるような特徴はおありですか。」
 エステラードが不意に聞いた。
「いいえ。外見上の区別は殆ど皆無ですが・・・・。後頭部に電極の差込口がついています。」
「分かりました。」
 フィラは用意された細かいストライプの入ったスーツに着替えた。それから青のネクタイを締める。濃い灰色のスーツは、フィラのためにしつらえたかのようにピタリと合う。
 そうして準備をしている間も、エステラードがリスト社との事や、子会社のこと、事業展開について話を進めていた。
 最後に、アイディスを嵌める。
 金の髪に銀の瞳であったフィラは消えて、そこにはライトブラウンの髪に、翠の瞳の人間が立っていた。
 人間になりすました  人形  が。

   準備が整い、フィラはエステラードに導かれて久良の元へ向かった。エステラードがその部屋の前のパネルキーを操作する。
 すぐにドアが開かれた。
「お連れ致しました。」
 エステラードの言葉に、背を向けていた人物が振り返る。
 初めに見たラフな格好とは打って変わり、濃紺のスーツに身を包んだ久良だ。
 深い緑のネクタイを締め、一糸の乱れもなく立つ彼は、先ほど以上に冷たい印象を与えていた。
 エステラードが右手で促し、フィラは室内に入る。
「では、私は失礼致します。」
 一礼して、エステラードが去って行った。ドアがフィラの後方で閉ざされた後で、久良が口を開いた。
「良かった。丁度いいみたいだな。エステラードから話は聞いたな?余り波風は立てたくない。一応とはいえ、取引のある会社だからな。まぁ、無理にとは・・・言わないが。」
 気付くか気付かないか、という程度の笑みを、久良は浮かべる。
 冷たい表情。
(?何故だろう・・・エステラードの話では、そこそこ大きな取引をしている会社の筈だ・・・・。なのに要様はリスト社との交流を破棄したがっている?)
 疑問が心中で沸くも、フィラは余計な詮索をしなかった。
「エステラードも真面目なことだ。4時半に連れて来いと言ったら、ぴったりその時間だ。お前もそうなのか、フィラ?」
「主人を待たせるような失礼は致しません。不快を感じさせる事は、論外です。ですから、時間に合わせて行動を起こす事は、私たちに義務付けられる最低限度のことなのです。」
「そうか。お前も所詮は人形なのだな。」
 久良が人形と人間を区別していないとクリスは言ったが、そうではないとフィラは感じていた。どちらかと言えば”区別したくない”といった感じだった。人間と、人形の差を実感したくないような・・・・・。
(でも何故?通常ならば、区別して当然なのに・・・・)
 フィラの疑問は、久良と対話する度に増える。だが、それを問うのは気が引けた。フィラには久良が何かを隠したがっているように見えるのだ。
(要様の負担になるような質問はしてはいけない。不快を感じさせてもいけない。)
 優先事項が、警戒を発している。
「少し早いが出るか。エステラードが車の準備を終えたようだし。」
 大窓から外を見ながら、久良が言った。窓の外には庭が広がり、門が見える。その門の向こうに一台の車が止まった。
 クリスが表に駆け出すのも見える。門を開けて、エステラードに何事かを話し掛けている。
「では、行こう。」
 久良の後に続き、フィラも部屋を後にした。

 


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